無職転生if ―強くてNew Game― 作:green-tea
---短い旅でも人との距離が近くなる---
俺は4歳で水聖級魔術師になった。おそらく世界最年少だろう。そういえば、5歳の誕生日前だから初級の杖すらもらっていない。どうするんだロキシー。
卒業試験を終えて家を区切る柵の入り口まで帰ってくるとロキシーはカラヴァッジョを馬小屋に戻しに行くために俺と別れた。そこで俺は先に家に入り、丁度リビングにいた二人に話しかける。
「父さま、母さま、お願いがあるのですが」
「なんだ。どうした?」
「実はロキシー先生の卒業試験に合格しました。今日から僕は水聖級魔術師です」
「なっ」
「おめでとう!ルディ」
パウロは絶句し、ゼニスは祝福してくれた。そして俺は言葉を続ける。
「ありがとうございます。しかし問題があります。ロキシーは明日にでも家庭教師を辞めてしまうかもしれません。ここで路銀を貯めてからまた旅に出たいと彼女は言っていましたが、その路銀が1年で溜まったとは思えません。ですから、ロキシーがまだ教師を続けるられるようにして欲しいのです。父さま、母さまがお許しただけるなら魔術以外でもロキシーからまだ学びたいことがあるのです」
「まさか……」
「何を学びたいの? 言ってみてルディ」
パウロは嫌な想像をして顔を青くしているが、ゼニスは冷静だ。パウロよ、お前の考えは判るぞ。だがな、俺はまだ4歳だ。マイエレファントが空を見上げることはできんのだ。
「実は、魔神語を学びたいのです。中央大陸では魔族がほとんどいないようですから、この機を逃したくありません。それにロキシーはA級冒険者らしいので近くにダンジョンがあれば、今後の経験のために一緒にダンジョン攻略をさせていただきたいと思います。ご無理でしょうか」
……沈黙。
「ねぇパウロ、私、ロキシーちゃんに教えたい料理がまだ一杯あるのだけど」
母さまは俺の援護をしてくれている。その言葉が引き金になったのか、パウロは決断した。
「よし良いだろう。ただし、魔神語を勉強してる間に、少し早いが剣の稽古をする。魔術師二人だけでダンジョン攻略するのは少し不安だ。父さんが行ってやりたいが、騎士としてお役目をほったらかす訳にもいかん。お前が有る程度の前衛ができなければダンジョン攻略は無しだ。いいな」
「父さま、大好き!」
こういう時は素直に抱き着こう。
その夜、夕食になってゼニスがロキシーに事の次第を話すと、貯蓄が足りないのでもう少しこの家で住み込みさせて欲しいと逆に頭を下げられた。
明日からはロキシーと魔神語の授業だ。既に俺は魔神語について会話と、ある程度の読み書きくらいはできるが、難しい言い回しや独特の表現まで詳しく学んだわけではない。ロキシーの辞書の出来はすごかったが生の授業を越えるほどではないだろう。それとともにロキシーとパウロの二人でダンジョンの選定や装備品のチェックをするようだ。俺も立ち会ってあれこれ質問し、勉強してる感じにしておこう。そして、選定から外れたダンジョンは後でこっそり行くために場所や状況を頭の中にメモしておいた。
パウロのセリフ通り、本格的な剣術の授業も始まった。パウロが渡してきたのは木剣だが、前世で5歳のときにもらったよりもずっと短い。どうみても短剣だ。
「父さま、剣が短いように思いますが」
「それは短剣仕様だ。来年になったらルディにもちゃんとした剣術を教えようと思っているから、その時はもっと長いのを用意してやる。安心しろ。だが、ロキシーはあと1年くらいで延長期間を終わらせるつもりらしいからな。それでは間に合わん。ルディを見定めるのに待てる期間はせいぜい半年しかない。父さんは、無理だ止めろと思ってるわけじゃないぞ。今のお前の筋力で剣を持つことはできないだろうから、そこに囚われずに短剣を使った前衛の動きを教えようと思う」
「判りました。本日からよろしくお願いします」
「よし、では……」
そこから短剣術を学んだ。どうやら北神流の教えをパウロなりにアレンジしたものらしい。剣を振るう鍛錬はしてきたが、短い剣で突きさす、引き抜く鍛錬はしていなかったから新鮮に学ぶことができた。
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4か月が過ぎて、パウロの仕事が休みのときにロキシーと3人でフィールドワークをすることになった。ゼニスが家に余っていた布を継ぎ合わせて作ってくれた子供用の
準備が整い、ゼニスからはくれぐれも怪我に気を付けるようにとお言葉を賜った。ブエナ村の東端から一行は魔物の住む森へと入る。
一日目、ロキシーはそこらにある雑草を指さし、それが何の草で食用になるかどうか、薬になるかどうかを説明してくれた。パウロは前進するときの警戒の仕方、道の選定などについて解説している。半日かけてそれほど奥にきたわけではない。二人の説明は知っていることも多かったが、知らない知識がたまにぽろっと出てくるので真剣に聞いていた。
昼が少し過ぎたころ、川辺についた。小川ではない。真ん中の方なら大の男でも流されるくらいの水深と水量がある。少し遅くなったが、ここで昼飯のようだ。二人の指示に従って食事を準備する。この世界の旅人や冒険者は主に1日二食だが、体力で劣り、育ち盛りの俺のために昼休憩を取ってくれるらしい。森から川辺への斜面に3人で腰掛ける。俺は魔術でコップを作り、そこに持ってきた乾燥茶葉を二つまみ、最後に混合魔術でお湯を注いだ。インスタントのお茶だな。食べるのは日持ちのする固いパンだ。何気なくそうしたんだが、二人が俺をぎょっとするような目でみていた。お腹すいてるなら自分で持ってきた分を食べればいいのに。そう思って口の中のパンを飲み込んでから訊いた。
「なにか?」
「いや……お前そのコップ魔術で作ったのか?呪文の詠唱は?」
「あー、無詠唱です。父さまは僕が無詠唱魔術が使えること知りませんでしたね。……もってみますか? どうぞ」
そういってパウロにお茶の入ったコップを渡した。
「よくできてる……すごいな売れるぞこれ」
「簡単に作ってるように見えるかもしれませんけど、売るならもう少し見た目にこだわらないとダメじゃないですか?」
「……十分、売れると思います」
先生まで、そんな大げさな。俺は先生の方を向いて逆に驚いた。ずずず……って音が後ろから聞こえる。
「おい、ルディ!」
勝手にお茶を飲まないでください!そう言おうと思ったんだが喉の奥でその言葉は詰まってしまった。舌を出したままパウロがさらなる驚愕に眉根を寄せていたからだ。まだ何かあるのか。
「な、なんですか?僕、何かおかしなことしました?」
「おまえ、どうやってお茶作ったんだよ!しかも、これ熱いお茶じゃねーか」
「えっ?……お茶の葉を乾燥させて粉末状にして持ってきました。ずっとお水じゃ味気ないと思いまして。お湯にしたのは混合魔術です。『水滝』と『灼熱手』を同時に使うとお湯になりますから一度に出せますよ」
「ちょっと待ってください。ルディは同時に二つの魔術を無詠唱で使うことができるってことですか?」
あれ先生知らなかったっけ?
「はい、できます」
「つまり詠唱と合わせて、同時に3つの魔術を使えるのでしょうか?」
まてまて、そんなこと考えたこともなかった。両手から魔術が放たれるからやっぱり最大二つなんじゃないか? いや……闘気を扱いながらできるんだ。闘気の気穴を上手くつかえば3つ同時にいけるのだろうか? さすが
「えーっと、やったことないので分かりません」
「そうですか」
俺はやっとの思いでコップを取り返すと、残り少なくなったお茶と食べかけのパンを腹へと押し込んだ。そんなに驚くことかな。売れると言われたが、コップは邪魔になるので水魔術で泥化して捨てた。
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一日目の夜、夜の番を行う。4歳の俺だって甘やかされはしない。ダンジョンに行くならロキシーにだって休憩と睡眠が必要だからだ。ただし、これが厳しいならロアで何人か雇って行けと言われている。今回はどうしても眠くて辛かったらパウロを起こせとも言われている。4歳の体で深夜に起きたことはない、良いチャンスだからしっかりやろう。どうせパウロは寝てるといっても半覚醒で寝てるだろうからな。夜番は特に問題はなかった。翌日の内容も一日目と変わらなかったが途中で体力が続かないこともなかった。そして二日目の昼に目的のダンジョンの入り口まできてUターンして、帰りの行程に入った。
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三日目、帰り道で魔物が出た。アサルトドック3匹とターミネートボア1匹の集団だった。魔物もこちらに気付いている。
「おい、ルディ。やれるか?」
「父さまは遊撃、僕が前衛、先生は後衛で行きましょう」
そう言いながら、短剣を革の鞘から引き抜いた。ロキシーも文句はないようだ。
アサルトドック3匹のうち、最も右手の1匹に右から近づいていく。それとともに、ターミネートボアを泥沼で動けなくする。
「先生、ボアよろしくお願いします」
指示を出しておく。
アサルトドックは短剣での実践をするために沼には落とさず攻撃魔術も使わない。3匹のアサルトドックがくるタイミングをずらして時間差で対処する。面倒だから左から順にA・B・Cと設定する。最も近くにいるのがCだ。Cが覆いかぶさってきたところを小さく右ステップで躱し、短剣で一度切りつける。致命傷には至らない。Cを躱したことでBからは俺の小さい体は見えにくくなっただろう。連携で攻撃されないように、円運動でCの間合いから遠ざかりつつ、Bに近づき切りつける。と言っても間合いの外だ。狙いは相手の勢いを殺すことにある。勢いを殺されたBはそこから飛びかかってきたが、勢いがなければ対処できる。首の後ろに刺しこんだからほぼ致命傷だろう。Aはこちらの視界外に出ているが、パウロが指示を出してこないから信じて良いだろう。もう一度Cが来るが今度はしっかり首の後ろに短剣を差し込み絶命させる。最初に倒したBも動いていない。Bを倒した頃にターミネートボアはロキシーの火炎弾で爆死している。Aを探したが、Aはパウロが一閃で倒していた。
「毛皮を剥いだりしますか?」
「いや、いらん」
「そうですか、ならゾンビ化を阻止します」
そういって俺は3匹のアサルトドックを火魔術で炭に変えた。剣についた血を水魔術で落とし鞘に戻す。処理が終わったところでパウロのところに集合した。
「お二人とも無傷ですよね?」
「あぁ」
「はい」
仲間の怪我を確認したがパウロは少し暗い。
「どうしました?」
「ルディ、おまえ、なんか歴戦の冒険者みたいな立ち回りするじゃねぇか」
「そうですか、父さまと先生の教えが良いからでしょう」
やりすぎたかもしれない。まぁ中身は前世で列強七位ですからね。多少はね。パウロからしたら何か不満が残るのだろう。この機にカッコイイ所をみせようとしたのかもしれない。残念だったな。
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一行は初日に昼休憩を取った川まで戻って来た。今回もここで休憩のようだ。そこで俺は一つ提案した。
「父さま、水浴びしてもいいですか?」
「川の流れがきついから気を付けろよ」
どうやらOKらしい。
俺は土魔術で川の一番手前の部分を半円上に堰き止めて中の水を火魔術で温めた。適度に湯気が出てきたところで火魔術を止める。最後に手を突っ込んで温度を確かめる。おそらく36度くらい。風呂にはちょっとぬるいくらいだが丁度いいだろう。
子供らしく全裸になってその中にドボンと入った。あぁあったまるぅ……4年振りの風呂だ。
「あの……一緒に入ってもいいですか?」
少し顔を赤くしたロキシーが言ってきた。
「え、いいですけど……」
そんなに大きくつくってないから身体がふれあっちゃいますよ、ロキシー。まぁロキシーはさすがに全裸ではなく、上下の下着は着たまま入ってきた。上は胸部装甲用ではなく薄手のヘソ出しチョッキだ。パウロに見られてもいいんだろうか。まぁ本人が良ければ俺が指摘することでもないだろう。彼女はチャポンと入ると一言つぶやいた。
「はぁ、これは温泉ですね! 中々渋いものを
その言葉を微笑ましい思いで聞き流しながらあまりジロジロ見ないようにした。
「オンセン……良く知りませんが、王宮にお風呂というのが有るらしいので、それを参考に作ってみました」
「これは良いものです」
温泉の事はもちろん知っているが、あまり子供が博識だと怪しいからな。俺はコ〇ン君みたいにはならんぞ。あとロキシー、その言葉は壺を見る時にいう常套句ですよ。お湯につかりながら身体をさすり、先程の戦闘でついた汚れや獣臭さを取る。
「おい、そろそろ行くぞ」
いつまでも入ってるものだからパウロに急かされてしまった。そして家路についた。
夕方前に家に着くと、ゼニスががっしり抱きしめてくれた。心配してくれてありがとう、母さま。俺は母さまの背中をポンポンと叩いて大丈夫だよと返した。
夕食の席ではパウロとロキシーが俺への評価を嬉しそうに話していた。これならダンジョン探索の許可もでそうだ。そして夕食が終わった後、パウロが声をかけてきた。
「なぁルディ」
「はい、父さま」
「川でやってた風呂みたいなやつ。今度、作ってくれよ」
「良いですとも。入りたかったらお昼も一緒に入れば良かったのに」
「あの狭さじゃ父さんは入れなかっただろ……」
たしかに。もう少し大きくつくってやるべきだったな。パウロに何かを頼まれたのも初めてかもしれない。よし、一丁張り切って、凄い物を作ってみせよう。
こうして俺の初めてのフィールドワークは終了した。
地下室の在庫(ルーデウス4歳と4か月時)
・ルード鋼 750個以上(+250)
・前世で起こったイベントの内容、要因とその後をまとめた前世日記
・魔法陣の下書き
・この周辺のダンジョンの位置とダンジョン内の情報(New!)
次回予告
本能の愛、信頼と結束の愛、家族の愛、無償の愛。
愛の専門家たちが愛を4つに分類したという。
では恋人であり同志であり元家族であり神である者に向けるべき
正しい愛の形を何と呼べば良い?
次回『ダンジョントラベル』
全てがないまぜとなったもの。それも愛。