無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第141話_クロッシングポイント2

--- 和して同ぜず ---

 

服装よし。

髪の乱れなーし。

靴の汚れなーーし

髭まだ生えてなーーーい。

オ―――ールオケェェェイ。

 

姿見の前でくるくると回って全体をチェック。

宜しい。問題ない。

一張羅に身を包んだ俺は母親たちに見とがめられないよう脱出用に用意しておいた転移石板で郊外へ移動。

そうして、小さな掘立小屋の前に立つと小さく深呼吸。

この感覚も久しぶりだなぁと思いながら、入り口の安普請な板を小気味良くノックする。

 

「ルーデウス・グレイラット。 参りました!」

 

元気良く挨拶。

礼儀の基本だ。

返事があるまで立って待つ。

 

「入れ」

 

低く小さい、だが剣呑な声が扉の向こうから発せられた。

 

「失礼します!」

 

声と共に扉を開けて入室。

素早く半身になり扉を閉めてから、室内を見渡す。

そうして小屋の小窓口からの弱い光を受けながら、龍神オルステッドは小屋にあったのだろう椅子にもたれかかっていた。

俺は彼の前にあるもう一脚の椅子の横に立ち、そのまま待つ。

 

「どうした?

 座ったらどうだ?」

 

「ハッ。

 ではお言葉に甘えて」

 

許可を得てから椅子を引いて着座。

記憶の中でオルステッドとは随分仲良くさせてもらった。

彼は見た目は恐ろしいが、子供に優しく、人好きで信頼のおける人物だ。

だから今の俺の行動が他人行儀な自覚はある。

いや、むしろ意識的にやっている。

1度あっただけの相手にいきなり友人の距離感で接せられたら、オルステッドがどう思うかを考える故にだ。

 

「ルーデウス・グレイラット。

 久しぶりだな」

 

「転移災害の直後に会ってからですから、もう2年半になります」

 

「遠くない内に会いに行くと言った気はするが」

 

「お忙しかったのでしょうから、気にしていませんよ。

 龍人の時間感覚ではこれでも"そう遠くない"に含まれるかと。

 まぁ緊急でしたら、今回のように連絡を取る手段はありましたから」

 

「そうか。

 気にしていないなら良い。

 さっそく本題に入ろう」

 

「えぇっと本題とは」

 

「……何を言っている?

 おまえが呼び出したのであろう」

 

「あ!

 あぁ、そうですね。そうでした。

 では、お尋ねします。

 "紛争地帯を統一した帝国の成り立ちと今後の情勢"についてお話し頂きたく」

 

「帝国と今後について、か」

 

そこで少し、オルステッドは考える素振りで空中に視線を送った。

彼が言葉を選ぶのはよくあること。

膨大な攻略用の情報の中から、適切であろう部分だけを切り出し俺に伝えるためだ。

 

「確か、おまえは帝国を知らぬのだったな」

 

「はい。

 俺が知っている歴史の中に帝国は存在しません」

 

「一応言っておくが、俺の目指す歴史でも帝国は存在する予定になかった」

 

「え?」

 

は? え? は???

存在しないモノが存在している。

非常にまずい状況な気がする。

 

「だが帝国が勃興するルートは何度も経験している」

 

「そ、そうですか」

 

は? え? は???

どういう意味?

 

「大丈夫だ。

 分かるように話す」

 

返事をしようか迷っていると、オルステッドはそのまま語り始めた。

 

「俺の知る歴史において帝国が勃興すると、紛争地帯を統一して王竜王国と戦争を始める。

 王竜王国の北方を司るシーローン王国は最初の戦場となり滅亡してしまう」

 

滅亡"してしまう"。

オルステッドはそれを良くない出来事として表現している。

俺の知っている歴史ではシーローン王国ではクーデターが起き、パックスが死亡した後、第11王子が政権を取ったものの長くは続かずシーローン王国は滅亡する。

また、オルステッドの目指す歴史ではシーローン王国ではパックスがクーデターを起こし、王権を簒奪した後、王政に疑問を抱いてシーローン共和国を建国する。

それはつまり、

 

「もしかしてシーローン王国が帝国によって滅亡すると、シーローン共和国が建国されない?」

 

「いや、帝国による滅亡の場合でも帝国の弱体化まで潜伏したパックス・シーローンがシーローン共和国を誕生させる可能性はある。

 ただし魔神ラプラスの転生場所がシーローン共和国内に確定せず、俺にとっては共和国建国は旨みがないイベントになる。

 だから共和国内に魔神ラプラスを転生させるためにも、帝国の首魁となるウォーレン・ムーンを殺害する。

 その計画は甲龍歴417年に奴がフィットア領ロア支部の魔術ギルド長として活動している時期に行うはずだった」

 

はずだったが、甲龍歴417年に転移災害が起きてしまった。

 

「あぁ……そういう。

 オルステッド様がウォーレン殺害のためフィットア領周辺に居合わせるからこそ、ナナホシを助ける事が可能だった訳ですね」

 

前世でも、現世でも。

 

「そうだ。

 今回、ウォーレン・ムーンは生き残り帝国を興した」

 

「殺害できなかったのですか?」

 

「転移災害が起きてウォーレン・ムーンの居場所が不明確になってしまったからな。

 それに異世界人のナナホシを連れたまま、あの者を探すのは不確定要素が多すぎた」

 

ん?

だとすると、なぜ前世では帝国が興きなかったんだ?

 

「えぇっと。

 俺の生きたループでも転移災害は起きましたしオルステッド様はナナホシを助けています。

 ですが帝国は存在しませんでしたよ?」

 

「今回は生きているが、おまえの生きた回では俺以外の理由で排除された可能性が高い。

 その違いは」

 

そこまで言われて気付く。

 

「――俺が転移災害からフィットア領の人々を避難させたから?」

 

「だろうな。

 おまえ視点でいうところの前回、奴は転移災害に巻き込まれてそのまま消滅したか、転移した先で死亡したか。

 或いは帝国建国が不可能な場所に移動したために、帝国が建国されなかった」

 

オルステッドも俺の言葉を肯定する。

まずい。

まずい。まずすぎる。

それってつまり、ラプラスの転生場所を分からなくした原因が俺という意味に他ならない。

 

「も、申し訳ありません!」

 

謝りながら全速力で椅子の横で地に膝を付き、土下座の姿勢をとる。

 

「やめろ。

 謝る必要はない」

 

頭の上からそう声が降って来ても土下座を続ける。

 

「でも、俺のせいでまたラプラスの転生先が」

 

そう返そうとするも、

 

「ルーデウス・グレイラット。

 顔をあげろ」

 

と2度目の謝罪を遮られる。

無視する訳にもいかず、しぶしぶの態をとりオルステッドを見上げる。

表情的にも叱られる訳ではないらしいとは分かるが、

 

「座れ」

 

「でも……」

 

「座れ」

 

語気が強くなった。

俺が座るまで話は進まない感じだ。

仕方なくゆっくりと立ち上がり、椅子に座り直す。

 

「聞け。

 俺の知る歴史において帝国が紛争地帯を統一し、シーローン王国を滅亡させるのは最速で甲龍歴429年。

 つまり今から10年後のはずだった」

 

新たな情報。

それってどういう事だ? と考えてる内に相槌を忘れていたが、オルステッドは淡々と言葉を重ねて行く。

 

「最小限の労力で帝国の勃興を阻止する方法。

 それは先にも言った通り、甲龍歴417年にウォーレン・ムーンをフィットア領ロアで殺害する方法だ。

 だがそこで失敗したとしても別の"もう少し手間な"方法を俺は知っている。

 超越機関が奴を担ぎ上げようとも、俺が関与することで紛争地帯統一を遅らせることはいくらでも出来るはずだった。

 そうすればシーローン共和国が先に建国できるルートや帝国自体が内部分裂し再び紛争状態になるルートがあった。

 この2年半。

 おまえが設置した転移魔法陣を幾度も使い、俺はそうなるようにフラグを立てなおそうとした。

 だから、謝る必要はない。

 今回、シーローン王国が滅亡し、ラプラスの転移先が判らなくなった責は(ひとえ)に俺にある」

 

まだ防ぎようはいくらでもあったらしい。

でも防げなかった。

超越機関……という組織? については良く知らないが、後で訊くチャンスがあったら訊こう。

 

「甲龍歴418年末。

 今から半年前。

 赤竜の下顎の近く帝国領へと続く東垂れの裾野に広がる森にて、帝国擁する三騎士団の一角『龍撃隊』が偵察に現れる。

 俺がそこに行けば、龍撃隊の隊長であるジャジュカ――ときに隊長はシェスタの場合もあるが――と戦闘になる。

 この交戦で隊長を殺害し龍撃隊の力を削ぐと帝国の活動が縮小し、統一時期を著しく延ばせる。

 そこにジャジュカとシェスタ両人が居合わせた」

 

「2人のどちらかしかいないはずだった、とか?」

 

「いいや、2人が居合わせる場合もあるが、どちらか一方が隊長なら問題はない」

 

それはつまり。

 

「2人とも隊長ではなかった、とか?」

 

「その通り。

 見知らぬ人物が隊長だった。

 そいつのせいで帝国侵攻が10年早まった可能性が高い」

 

歴史と異なる人物か。

確かに怪しい。

 

「隊長の名はフランシス・フィッツジェラルド。

 奴はそう名乗った。

 そして俺はこの者を知らない。今までのループで1度も出てきていない新たな人物だ」

 

オルステッドが今までに知り得なかった人物、となるとあれか。

新キャラが現れると、その理由を分析するために使徒でない限り、敵・即・斬ぜず運命の変化を観測しようとするパターンか。

今回もそのせいで手加減して隊長を殺害し損ねたって話。

もしかすると、新しい隊長を殺しても帝国の活動を妨害できない可能性もあると踏んだのかもしれない。

だからオルステッドの行動は油断からくるものではなく理に適ったものなのだろう。

そう適ってはいる。

けれども、最初からやり直すかもしれないという覚悟は生半可な精神では出来ないだろう。

俺のような凡人にとって、人生は2回も経験すれば十分に過ぎる。

 

「他にマシンメサイアに空を飛行する機能が追加されていたのもある。

 交戦後の調査で"浮遊城"なる移動要塞も現れたと聞くしな。

 これらの変化によって兵站問題が解決し、統一時期や侵攻時期が早まったのだろう」

 

マシンメサイアに浮遊城……また知らない単語だが、後者には覚えがあった。

 

「あぁ、シーローン城の上に滞空しているあれですか」

 

「見たのだな」

 

「はい。

 いろいろ気になる状況でしたのでザノバの無事を確認しに行こうとする道すがらで」

 

「王城に居た者は、みな殺害されたと聞く」

 

「という話でしたが、俺の勧めでザノバはウオル砦に常駐しており、難を逃れています」

 

前世を体験していないオルステッド評では、ザノバは有益な人物ではないはず。

だが提出した書類にはザノバの有用性をいくつか書いておいたので余計なことをしたという判断にはならないだろう。

 

「話を戻そう。

 帝国は空中城塞級の重力魔術(・・・・)の応用技術を持っている」

 

オルステッドの言い方に、引っ掛かる部分があった。

フランシス・フィッツ(・・・・)ジェラルド。

頭の中で一人の人物が思い浮ぶ。

いや、思い浮浮んでしまった。

 

「あーーーーーえっと」

 

「気付くのはまぁ当然だな。

 おまえの書類に出てくる無言のフィッツ、本名シルフィエット・ドラゴンロード。

 この者とフランシス・フィッツジェラルドが同一人物である可能性が高い。

 そしてシルフィエットの子供の名前にジークハルト・サラディン・グレイラットという名前があったな」

 

「あ、はい。

 そうですね」

 

「おまえも重力魔術の教えを請うたサラディン・パラディン。

 奴はこの時期、帝国周辺で活動しているはずだ。

 運命に導かれた2人が出会ったとすれば」

 

シルフィが重力魔術を手にいれて、帝国にその技を伝えるという運びになると。

だが、それは読み過ぎている。

 

「あのー。

 大変申し上げにくいのですが、今回のループで俺はシルフィに重力魔術を教えています。

 サラディンの話は関係ないかもしれません」

 

俺の説明に、

 

「……そうか」

 

と少し残念そうにしてオルステッドは相槌を返して来た。

なぜか悪いことをしてしまったような気になってくるじゃないか。

だとしたら、今の内に一息に話してしまったほうが良いか。

そう考えて、

 

「父パウロの話によるとシルフィは社会勉強のためアスラ王都に行ったはずです。

 もちろん、心配でしたので俺の方でも監視を付けていたのですけど。

 彼女は予定を変更してアスラ王都を離れ、赤竜の下顎方面へと向ってしまった。

 そこで行方が分からなくなっていました」

 

「そうして帝国領内へと迷いこんだか」

 

「はい。

 シーローン王国側で新たに監視網を構築し、待っていたのですが。

 彼女は街道を外れて北進したようです」

 

なるべく言い訳に聞こえないよう事実だけを述べる。

帝国領に行く可能性を考慮しなかった、そこに俺の落ち度があるのは間違いない。

そして考慮が漏れてました、なんて言い訳がオルステッドに通るはずがない。

しかし、オルステッドはそこを突っ込まなかった。

 

「おまえの意見を否定したい訳ではないが、やはり強い運命に支配された出来事のように思える」

 

運命理論。

だがそう思う理由がわからないでいると、

 

「一介の村娘が突如として王宮に現れ、そのまま守護術師になるという話。

 俺には強い運命によって起きた話にみえる。

 そして転移事件の結末が変わり、シルフィエット・ドラゴンロードが無言のフィッツになる運命は阻止された。

 行き場を失った強い運命は、同じ結末になるために彷徨い、そして帝国でそれが結実した」

 

我田引水な話とは思わなかった。

オルステッドの配下として世界各地でさまざまなフラグを立ててきた俺には経験がある。

風が吹いたら桶屋が儲かるみたいなイベントの数々。

 

「やはりウォーレン・ムーンが帝国を立ち上げるために使った魔術の効果に引き寄せられたとみるべきだな」

 

「帝国を立ち上げるための魔術?」

 

「奴はヒトガミの使徒。

 ヒトガミの助言により古代長耳族(ハイエルフ)の魔術『占星(ホロスコープ)』を元にした魔術『事象把握術(ウォーレンレポート)』を発動している」

 

初めて聞く魔術。

そんなものがあるのか。

 

「この魔術が運命を改変するとき、他の運命の力を利用することが多い。

 今回、行き場を失った"シルフィがフィッツになる"という強い運命の力が利用されたのだろう」

 

「占星術の一種、つまり未来を読む力と推察しますが。

 ヒトガミの未来視とどう違うのでしょう?」

 

ギゾルフィがこの分野を研究していると言っていた。

前世で俺の子供の中にもそれに似た能力を持つ子が居た。

ヒトガミの使徒は予言を受けて行動するのだから、ウォーレンは他の者よりも予言の内容が曖昧になる気もする。

むしろただの魔術師だとしたら、使徒に選ばれるような他の特殊な技術・能力があるようには思えない。

 

「……おまえの知的好奇心を満たすために、この会合がある訳ではないはずだ」

 

「ですよね。

 はい。理解しております。

 でもウォーレンが使徒なら、俺が倒した方が効率が良いかもしれませんし」

 

オルステッドは小さく溜息をついた。

何か観念したような顔。

 

「判った。

 だが俺は懇切丁寧に状況を説明するつもりはない。

 ルーデウス・グレイラット。

 50年以上の日々を魔術研究に注いだ世界有数の魔術の大家としておまえを扱おう。

 話についてこなければ自分の力不足を嘆く事だ。

 それで良いな?」

 

「いいですとも!」

 

俺の元気すぎる相槌にオルステッドはやや苦い顔をした。

変だったかもしれない。主にテンションが。

 

「『事象把握術』は未来を直接見る魔術ではなく、あくまで世界中で起きている事象を把握する魔術。

 ウォーレン率いる帝国の魔導院はこの魔術の魔法陣を魔道具に組み込み常時発動可能とし、事象の時間的変化を観測できるようにした。

 帝国はこの魔道具を『運命予測機』と呼称している」

 

それってつまり特定の場所で発生する出来事がどのように推移しているか、リアルタイムに追っているってことか。

自信ないけど。

ただ判るだけ、なのに、予測機とはどういう意味だ?

 

「帝国魔導院は、事象の時間的変化を『運命ベクトル』と定義し、さらなる研究を行っている。

 俺の知る帝国魔導院は近い将来、『運命ベクトル』の"ある特性"を発見する」

 

「特性、ですか?」

 

「『運命ベクトル』に指向性を持たせた魔力を照射し、ベクトルの速度を変化させる」

 

「向きは変えられないので?」

 

「どうだろうな、俺の知る限りそういった研究はされていないようだったが」

 

なんだか研究が不完全な気がしてモヤモヤする。

が、俺のモヤモヤを解消するためにオルステッドの知識がある訳ではないと言われたばかり。

ここはぐっと我慢だ。

 

「それに結局、速度が変化すると間接的に方向は変わる。

 いや方向は変わらないが……」

 

なん、だと。

どういうことだ?

 

「そもそもの古代長耳族の魔術『占星(ホロスコープ)』において"事象"とは出来事・事件を表し、その現在地を指す。

 夜空の星々のように"事象"を同時に多数、図示するモノだとイメージしろ」

 

ってことは事象の推移は、カメラのシャッターを開けっ放しにして星の軌跡を撮ったようなものだろうか。

それが見えると。

うん。イメージできた。

 

「ここで1つ、ある出来事について、その発生から終わりまでを表す方法を考えてみることだ。

 おまえならどうする?」

 

「最近の俺は、流れ図を描いて整理していますね」

 

流れ図、フローチャート図。

攻略本の多くに描いてあるような、攻略すべきイベントの順序と分岐がわかる図だ。

でもこの世界ではそんな便利なものは発明されていない。

なので、メモ用に持って来ていた紙束に自作の鉛筆で攻略チャート的な図を描いてみせる。

 

「こんな感じです」

 

「……魔法陣のような物か。

 ふむ面白い」

 

と呟くオルステッドが咳払いを一回。

 

「お前が書いた図。

 これも、その出来事の単一の図だな?

 基本はそれが正しい」

 

「で、ですよね」

 

あ、あぶねー。

間違えたかと思った。

 

「だが、この魔術では出来事を多数、同時に表示する」

 

「複雑になるだけの無駄な機能に聞こえますが」

 

「これは必要な機能であり、非常に理に適っている。

 たとえばおまえが先程描いた図。

 その結果が歴史を改変する場合、その変更の仕方によっては並行する別の事象に影響を与える。

 ただの歴史であれば僅かに、強い運命に守られた歴史なら、大きな影響を周囲にまき散らす。

 だから1つの事象だけを見て運命を改変するのは非常に危険だ」

 

「マイルストーンを越えていれば、大きな運命の改変を行っても大丈夫みたいな説明を受けたことがありますけれど」

 

「その説明は……俺がしたのか?」

 

「えぇ。そうです」

 

「それは嘘ではない。

 だが運命ベクトルの概念をベースに説明するなら、より詳しい表現が出来るだろう。

 各事象が持つ運命ベクトルは時間と共に消費されていき、最終的には運命ベクトルの持つ運動量がゼロになり確定する。

 これは、ある時間的マイルストーンを越えると、確定させたい歴史を再変更するほどに運動量が残らない、という意味になる」

 

「な、なるほど」

 

「そして『占星』の考え方は全体を見るものだ。

 『占星』の視点で説明するなら、事象同士は相互に関係し合い相対位置が変わると結末に影響する。

 だから歴史を改変するとしても『運命ベクトル』の速度を変えて十分な時間を経過させるのが大事だ。

 そうすれば他事象との相対位置を調整しつつ結末を改変でき、確定時の運動量を残さない事で他の運命に影響を与えずに済む」

 

難しい。

重要な事を言っている気もするが、理解が追い付かない。

とにかく事象の改変をしたいのなら、速度を変えれば十分。

だから、方向を変更する手法は研究されていないってことは判った。

 

「1つ質問なのですが。

 ヒトガミはなぜ運命予測機を使った事象改変を自分で行えないのでしょうか」

 

「ヒトガミも『事象把握術』を常時発動させるのは無理なのだろう。

 かといって無の世界には魔道具を作るための材料がない。

 奴は無の世界を出られず魔道具を作れないため、ウォーレン・ムーンの方法を実行できない」

 

「ではオルステッド様はどうです?」

 

「ヒトガミがウォーレン・ムーンに与えた『占星』には罠が仕掛けられている」

 

「罠?」

 

「あぁ、あの魔術には時限爆弾が仕掛けられている。

 その時限爆弾のせいで帝国は滅び、それを知っている俺は使う気になれない」

 

「罠の解除は?」

 

「今のところ出来ていない」

 

使っていないところをみると、本当にそうなのだろう。

 

「今回、たったの2年で帝国統一を為したのは、"シルフィがフィッツになる"という強い運命を利用し、さらにシルフィの持つ重力魔術をも戦略に利用したからだろう」

 

「ちなみに帝国の侵攻が10年早まった結果、歴史がどう変わるかは?」

 

「俺の知らない歴史だ。

 ヒトガミの意図を逆算すれば、シーローン共和国が建国されない可能性が高い。

 或いはされたとしても国内にラプラスが転生しないという場合もあるだろう。

 他にどのような影響があるか想像もつかんな」

 

うーん。

自分で蒔いた種ではあるものの、オルステッドの邪魔をしないようにという条件付きで活動するのはやはり難しい。

情報源は失いたくないし、敵対したくもないのに。

 

「俺はオルステッド様に話を聞いて、ザノバを説得するつもりでいました」

 

「おまえの都合でか?」

 

「はい。

 全くの俺都合ですね」

 

「ふん」

 

「ですが風向きが変わったように思います。

 帝国が早晩滅亡する、滅亡までに戦争が激化しないでくれる。

 そういう条件の元ではザノバよりもシルフィの安全確保が必要になります。

 ちなみにですが帝国の戦略目標は何を目指しているのでしょう?」

 

「帝国の戦略目標か。

 一言でいえば領内の安寧、だな」

 

「は?

 平和のために戦争を仕掛けている?

 何か不平等条約を結ばされている訳でもないですよね?」

 

俺の理解している国家観とはズレている。

戦争すれば当然、平和ではなくなってしまうだろうに。

 

「紛争地帯を紛争地帯たらしめる理由は3つある。

 1つに、暗殺者ギルドの暗躍。

 紛争地帯の国家が短命に終わり成長できない大きな要因だろう」

 

海牛(シーブル)』、『暗黒の悲嘆の深淵(アムスヴェルトニール)』、『北神流奇抜派』の3つの組織が関わっていると聞いた覚えがある。

 

「2つには、アスラ王国からの浸透工作。

 アスラ王国は王竜王国の発展を望まず、故にシーローン以北の国の領土拡大欲を増長させて緊張状態が続くように仕向けている」

 

それも……前世で聞いた。

ビスタ王国がシーローン王国に攻め、パックスの要請でザノバが魔法大学を中退し、祖国へ帰還したときの事。

その裏にはアスラ王国からビスタ王国への支援があったという話だった。

 

「3つ、ミリス神聖国による外征派遣だ」

 

「あー。

 教導騎士団ですか」

 

「そうだ。

 帝国はこれらすべてを排除しようとする。

 暗殺者ギルドの取り込み、巨大国家による経済的支配からの脱却、他国の情報機関や他国軍の跋扈する現状の改善。

 それに国内産業、農業の振興も欠かしていない」

 

志の高い国だ。

超越機関という組織も善人の集まりなのかもしれない。

が、ヒトガミがこれを利用しようとしているなら、それはオルステッドの敵だ。

俺はなるべくならオルステッドと敵対したくないし、ヒトガミのお告げにも従いたくはない。

 

「だとすると、表向きシーローン王国へ侵攻した目的は……」

 

そこで躓く。

確かに、現在の世界常識からして領土拡大を目的に戦争を仕掛けたからといって他国から批判を受けはしないが。

逆に平和のために侵攻したとするならその落としどころが俺には判らない。

 

「帝国はラタキアを無防備宣言都市に指定し、無政府の緩衝地帯とする予定でいる。

 旧シーローン王国にはいくつも未踏破の迷宮があり、冒険者ギルドが価値を認めて行政機能を代行した結果、王竜王国の再侵攻に耐える、と帝国は読む」

 

オルステッドの知る歴史では、そうらしい。

思いつかなかったが、なるほどそういう落としどころがあるのか。

 

「ラタキアを無防備都市に。

 その場合、前線の砦はどうなるのでしょう?」

 

「さぁな。

 本来、俺が目指していた歴史の甲龍歴429年では、帝国地上軍はシーローン王国の前線砦を順次占領し、首都に入城する」

 

「ウオル砦も?」

 

「そこにザノバ・シーローンは居ないはずだが、陥落する」

 

「同様に繰り返される可能性は?」

 

「どうだろうな。

 帝国の地上軍の多くはまだ編成や練兵を終えていない可能性が高い。

 それにペルギウスの空中城塞と浮遊城が接触・戦闘になったおかげで帝国は自領にまで後退し、復旧作業中のはず。

 これから地上軍派遣となれば、兵站のためにウオル砦を避けて進軍することは考えにくい」

 

え、まじ?

シルフィ、怪我とかしてないよな?

 

「つまり、今暫くの猶予はありそうだと」

 

「そうだな」

 

「オルステッド様の帝国に対する行動予定は?

 情報料代わりといっては何ですが、お手伝い出来る事がありましたらお申し付け頂ければ」

 

「それは俺とおまえの都合が対立しない範囲においては、という事か?」

 

「それは……そうです。

 俺は家族を守りたいと思っていますし」

 

「シルフィも含まれるのだろうな」

 

「まぁええ」

 

「ザノバ・シーローンはどうだ?」

 

「ザノバも惜しいです」

 

「では、アリエル・アネモイ・アスラは?

 奴をアスラ王にしたいとおまえは望むか?」

 

「アリエル様ですか?

 元気でいてくれとは思いますけど」

 

「随分、手の長いことだ」

 

言う通りだと自分でも思う。

オルステッドはたとえ後ろ髪を引かれるような事があっても、それをぶっちぎってとにかく打倒ヒトガミを目指している。

でなければ、一生ループし続けるのだから。

 

「ルーデウス・グレイラット。

 悪いが、明日もう一度ここに来てもらおう。

 それまでに回答を用意しておく」

 

との言葉。そこには俺を我儘だと非難するような素振りは微塵もない。

回答が得られるなら、1日くらい待てる。

そう思考を巡らせて、

 

「判りました」

 

と席を立ち、小屋から辞去しようとして、

 

「待て」

 

文字通り待てが入った。

犬のように待つ本能に焼き付いたような反応で俺は立ち止まった。

 

「この2年間のおまえの活動についても知りたい」

 

それは正当な要求だった。

俺の都合で彼を呼び出し、情報を得ようとした対価。

 

「そうでした。

 ちゃんと用意してあります」

 

そう言って懐に忍ばせていた書類を取り出し、渡す。

ちゃんとマリアに清書させてあるから字も綺麗なもの。

オルステッドはそれを読み始め、俺はその姿を見届けてから小屋を出ようとし、

 

「む?」

 

オルステッドが何かに気付いたような声を漏らす。

俺は一瞬、オルステッドの方を向いてから、その視線が書類にない事を確認し、その理由に気付いた。

 

「ん?」

 

近づいて来る気配がある。

身を固めた俺の耳朶を振るわせる声音。

 

 

--

 

「放せッ、余をたばかってこんな国に連れてきおって!

 これ以上は騙されん!」

 

「騙してなど」

 

「奴隷商に余を売るなら、その商談ごとぶっ壊してやると言っているのだ!」

 

「あぁもう、話を聞かない人ですね。

 どうしたら……」

 

そんな会話が繰り返されている。

小屋の外、少し離れた場所に2人、人影がある。

戸を少し開けて外の状況を確認すると誰かが大声で叫び、それを(なだ)めようとする者がいる。

他に気配はない。

振り返ってオルステッドの表情を窺うと、小さく頷いた。

 

「あぁもうっ!

 今から行くのはあの小屋ですよ。

 行けるんですか?」

 

「余に出来ぬと申すのか!?

 馬鹿にしよって」

 

「どうしました?

 足が震えてるようですけど」

 

「馬鹿者!

 こ、これは筋肉が高速で振動しているだけだ。

 お主には見えぬのか? 余は既に前進しておる!」

 

「まぁ……確かにほんの少しずつ進んではいますね。

 でも龍神がいつまでもここに居てくれる訳ではないのです。

 恐ろしいのなら、ここでお待ちください」

 

「むぅ、だがしかし、しかし……ぇい」

 

背の高い方がこちらに向って歩こうとしたところを、その腰の辺りを背の低い方が掴み、駄々っ子のように纏わり付いた。

 

「ちょっ。

 止めてください。止めなさい!」

 

「止めぬ! 余をこんなところで1人置いていこうとするなぁ」

 

「聞き分けのない。

 でしたら、こうです!」

 

しかし相当の体力差があるのか背の高い方が低い方を引きずったまま、こちらへと向ってくる。

俺はそれを待ち受けるべく小屋の外へと完全に身を出し、後ろからオルステッドも続いて出て来たのが判った。

そして目前に迫ってきた2人。

引きずってきた方が立ち止まると、引きずられてきた方は態勢を崩して地面に倒れ込んだ。

顔面から。

 

「イテー!!!」

 

鼻頭を打ったのか、暫くのたうちまわった後、立ち上がり顔をこちらに見せる、背の低い男。

その人物に見覚えがあった。

 

「パックス王子……と誰だっけ?」

 

と言葉が零れ、オルステッドの方を見る。

 

「記憶にない女だな」

 

そう女。

パックスを引きずってきたのは冒険者の出で立ちの、妙齢の女性。

安っぽくない装備が随所にある、見知らぬ女性。

 

「何者だ?」

 

オルステッドの問い。

普通に呪いが有効な者なら、邪悪の権化に見えているだろうに。

目の前の女性は凄まじい胆力を持っているのか、恐れた様子もなく毅然とした顔で口を開く。

 

「私は、」

 

しかし、彼女が言い掛けたタイミングでパックスが前に出た。

 

「ファーーーーーハッハッハッ!

 余はシーローン王国第七王子パックス・シーローンである!」

 

偉ぶったパックスの口上。

おまえの事は知っている。

でもなんか元気があっていいな、こいつ。

こっちの方が変に擦れてるときよりよっぽど良い。

 

「控えぬか! ()がたかぁぃ、オボッ……」

 

胸を張り尊大な態度を取ろうとしていたパックスが腹を抑えて苦しみ出す。

そして間もなく前のめりにくずおれ、ドサッという音を鳴らした後は身動きひとつせず気絶した。

彼と共に現れた女性が腰を落としてからの綺麗な左フックでパックスのみぞおちを捉えていたのを、俺は見た。

おそろしく速い、闘気を込めた鋭い拳。

並の剣士では見逃してしまうね。

彼女は、そう並以上の使い手。手練れかもしれない。

その行動が嘘だったかのように、振り返った女性は貴族の礼をして名乗りをあげた。

 

「お初にお目にかかります、龍神オルステッド様。

 そしてお久しぶりですサブマスター。

 私、自動人形(オートマタ)のアンでございます」

 

自動人形、アンだって?

その名に身に覚えがある。

だが、目の前のこれは。

カオスの人形を引き継いだ俺とザノバの技術力を凌駕している。

ルード商店の店主、転移ネットワークの管理要員、複製本の作成係にしても自然な挨拶や高度な状況判断能力を備えている。

しかし聖級以上の剣士となれば話は別だ。

どういうことだ? 自動人形の研究を極めた別世界線のアン、なのか?

 

「嘘を吐くな。

 おまえは人族だ」

 

俺の困惑を他所にオルステッドはそう断言する。

なんだ、嘘か。

え、嘘なの?

 

「ゼピュロス家が三女アン・ゼピュロス・グレイラット。

 オルステッド様のご指摘の通り正真正銘の人族。

 ですが、私の精神と記憶の原初の認識は自動人形というのも嘘ではありません」

 

「ゼピュロス家の三女、アンだと?

 聞いた事のない話だ」

 

アン・ゼピュロス・グレイラット。

俺にとっては記憶にある名前だった。

アスラ王の御前にて、拘束された状態で読み上げられた手紙の1つを記した人物。

"あのときは手紙を書いてくれてありがとう"と感謝すべき相手だ。

その後、北方砦でハルファウス長官から聞いた話が気になっている人物でもある。

ヒトガミの使徒か運命力の強い人物。

何よりサブマスターという呼び方が気になる。

自動人形、アン、サブマスター。

これほどの手練れをオルステッドが知らないというのもおかしな話だ。

そこから導き出されるのは。

 

「ってことはもしかする?」

 

端的な俺の質問意図を正確に読み取ったのだろう彼女は小さく頷く。

 

「私は未来からきた霊魂憑依者。

 転生前の正式名称は、自動人形SS-01 アン、またの名を七星一(ななほしはじめ)

 

「ナナホシの関係者だと?」

 

オルステッドからは珍しく困惑の声が上がった。

だが俺にとってはやっぱりという他にない。

いろいろな事の辻褄があったように、しっくりと来た。

使徒の線は捨てても良いのか?

でも、そうすると俺と一緒に転生してきたのだろうか?

それとも別のループから? もしそうなら状況は複雑だ。

 

「オルステッド様。

 前世の俺は空中城塞で眠りについたナナホシの代わりとして自動人形アンを製作しています。

 その者にはナナホシの知人が彼女に気付く手掛かりとなるよう、七星一という別名も付けております」

 

「それが私です」

 

「一応、この者がどの世界線の俺が作ったのかは判然としませんがね」

 

「そういうことか」

 

俺がオルステッドに渡した書類にはこの辺りのことを詳しく書いた覚えはない。

オルステッドの声にも納得というよりは当惑の感情が若干含まれている。

そしてオルステッドの顔がこちらを向く。

そんな目で見ないで。

俺にも正確なところは判らないんだから。

 

「あーえっと。

 一応訊くけどザノバが君のマスターだよな?」

 

「転生前の時点で、ザノバ様はマスター枠から除外されております。

 そしてその後、新たなマスターは設定されませんでした」

 

マスター枠からザノバが外れた理由。

次のマスターを設定しないまま寿命が尽きてしまったから。

そのあと新たなマスターが設定されなかった。

いずれも俺の記憶と符合する。

 

「そうか、そうなるか。

 なら俺の組んだ――もしかしたら別ループの俺が組んだのかもしれないけれど――命令解釈系統の制御は有効かな?」

 

「いいえ、人族に転生した時点で記憶や精神と呼ばれるモノを除いては引き継ぎはありません」

 

「どうして過去に転生したかの記憶は?」

 

「私とサブマスターの人生に後悔があったから。

 私がアルビレオ様直伝の転生術とサブマスターが残した過去に転移する方法を合成し、独自の過去転生術として発動しました。

 むしろ、そのような事をなぜお尋ねになるので?」

 

アルビレオと出会ったことがあるというのも俺のループにあった話ではある。

オルステッドに教えてもらった過去へと転生する方法を記した書類もあっただろう。

これらもまた符合する。

だが俺の前世に後悔はなかった。

やはり別のループの俺な気がする。

 

「俺はその辺りの記憶が曖昧でさ。

 満足して死んだはずが過去で目覚めたんだ。

 だから同じなのかと確認したくてね」

 

「そう、曖昧なのですね」

 

「おまえはルーデウス・グレイラットに製作された自動人形の前世を持ち、自ら転生した者だというのだな」

 

「その通りです」

 

「ふん。

 だがルーデウス・グレイラットと年齢が離れているように見える」

 

初対面の女性に年齢の話をするものではないですよ、社長。

ヒヤヒヤします。

アンさん、怒りだしたりしない? してたら仲裁するのは俺の役目になっちゃうよ。

 

「基点となる(えにし)の違いによる誤差でしょう。

 私は甲龍歴397年、ゼピュロス家にて生を受けました。

 おそらくアンという名前、一緒に転生したマスターの家名、それらによって時空座標が決まったのだと思われます」

 

良かった。気にしてないらしい。

彼女は別の基点によって俺より10年前に転生し、俺は俺自身を基点に407年に再度転生したと。

論理的な矛盾がないようにみえて黙り込んでいると、

 

「オルステッド様」

 

とアンが声をかける。

 

「なんだ?」

 

「今日、私はサブマスターにシルフィの行方を伝えにラノアへと参りました。

 最初からオルステッド様に会えるとは思っていませんでしたが、これも運命でしょう。

 私がして来た歴史も合わせてお知らせしたく」

 

オルステッドはアンの言葉に頷き、アンはこれまでの人生を語り出す。

 

ゼピュロス家で生まれ、育った幼少期。

アスラ王国第2王子ハルファウスとの出会い。

彼を教育した少女期。

成人に合わせて北方砦に赴任。

転移災害を契機に王への手紙をゼピュロス家当主に頼んでから旅に出て、ブエナ村へ到着。

シルフィと出会い、彼女とアスラ王国、王都アルスへ向かう。

王都ではシルフィに冒険者活動をさせつつ図書館や水神流の道場に出入りさせていた。

数か月を過ごした頃、シルフィが街を飛び出し、これを追いかけ、赤竜の下顎を越えてシーローン王国付近の町、ムルロアへ到着。

シルフィはムルロア付近で街道から外れ、帝国領に入りギルド所属らしい暗殺者と遭遇。

アンは暗殺者を撃退しようとするシルフィに追いつき、そこから帝国領を共に数日旅する。

が、帝国騎士に遭遇すると戦闘に敗北。散り散りになったらしい。

アン自身は崖から川に落ち、流れ着いた河原で巡察に出ていたパックスに助けられたのだという。

その後にシーローン王国が侵攻を受けると、パックスと共にラタキア市内の奴隷商の屋敷で身を潜めていた。

潜伏生活も束の間、シーローン王族を襲った惨劇の情報が出回り、奴隷商の挙動に怪しさが混じっていく。

アンは危険を感じパックスを連れて奴隷商の屋敷を脱出、ルード商店を訪問。

店主のジュロウに事情を説明し、転移ネットワークを使ってラノアへと到着。

そして今日、ルーデウス家を訪れるも不在だと言われ、巨大な気配を目指してこの小屋へと到着したのだという。

 

話を聞き終えた俺の所感。

このアンという人物がブエナ村に来たナンシーという剣士なのだろう。

俺の行動が危機に陥りそうになっていたいくつかの場面を裏から支えてくれたのも彼女。

そして、オルステッドの所感は、

 

「興味深い。

 やはりシルフィエット・ドラゴンロードには強い運命があるということか」

 

彼女の評価がどのようなものだったのかが滲みでた言葉だ。

シルフィを運命的に強くない者、歴史を改変するにあたり重要ではない人物と認識していたような感じだ。

かつてのザノバと同じような枠だろう。

 

一方のヒトガミは違う。

重力魔術や結界魔術を覚えた彼女の利用価値を認め、使徒ウォーレンの力で運命を改変。

シルフィを帝国へと導いて帝国の発展を10年早めている。

 

俺が勝手にこれまでの歴史とは異なる力を授けたから。

オルステッドは遅れをとり、ヒトガミは自分有利の未来を手に入れた。

そういう見方は確かにできる。

けれども、どうだろう。

俺にとってシルフィは重要な人物だ。

不能を治してくれたのもそうだし、オルステッドの仲間となる子供たちを立派に育ててくれたのも彼女だ。

会社でいえばバックオフィス業務のスペシャリストであり、責任者であり、重鎮に他ならなかった。

そこが判るように俺の未来日記は描けていなかったかもしれない。

だとしたらそこも俺のミスだ。

そう考えたところで、

 

「申し訳ありません、サブマスター。

 白奥様をあのような危険な地に送り出してしまったのは、私の不始末。

 どのような罰でも受ける所存です」

 

なぜか謝られてしまった。

白奥様というのはシルフィのこと。

懐かしい呼び名だ。

でもこの結果は彼女が意図したものではなくウォーレン、ひいてはヒトガミが企図したもの。

俺がオルステッドに内緒で重力魔術を教え、オルステッドにも彼女の重要性をしっかりと伝えなかったせいもある。

俺のミスをオルステッドが罰しなかったのと同様、俺が彼女を罰する理由はない。

それに俺はシルフィの自由な選択を望んだ。

望んだ末に起きたことをどうして罰せようか。

道理に反している。

もし罰するとすれば、自由な選択を歪めたヒトガミとウォーレンに、だ。

帝国自体が紛争地帯を平定するというのなら、それを邪魔したくはないが。

機会が巡ってくるのなら、奴らに相応の報いを与えたって良い。

 

「罰なんて止してくれよ。

 それにシルフィはただ守られるだけの弱い女の子だったか?」

 

「いいえ、違います。

 あの子は日々成長しています」

 

成長率は"ぼうぎょ"に難ありだが。

種族的なもの。仕方あるまいて。

 

「オルステッド様から聞いた話だと、既に三騎士団の1つ『龍撃隊』の隊長にまで昇り詰めているらしいし。

 それにパックスがこの場にいる、生きているのを喜ぶべきだ。

 ヒトガミがラプラスの復活位置を分からなくするため、帝国にパックスを殺させようとしたのにそうならなかったのだから」

 

アンを偶然見つけ介抱していなければ、巡察を終えたパックスはラタキアに帰還していただろう。

そして襲撃を受け、他の王族と共に殺されていたに違いない。

ですよね? という確信を込めてオルステッドに視線を遣る。

 

「残念だが、共和国樹立は期待するな。

 先の話からして、奴隷商人はシーローンの王族を見限っている可能性が高くパックスに協力するか不透明だ」

 

そんな、そんなのってないよ。

嘘だといってよ、オーニィ!

 

「だ、だ、だだ、だとしても。

 俺の前世のように仲間を増やしてラプラスとヒトガミを倒せば、問題はないですよね?」

 

「そのルートは勿論残っているが、それで倒せると誰かが確かめた訳ではないだろう」

 

「それはそうです。

 俺はラプラスが転生して来るずっと前に死んじゃいますからね」

 

「ならばだ。

 今の時点では別のラプラス転生位置を固定化するルートがある。

 一旦、俺はそちらに注力する」

 

「おぉ」

 

「だが不確定要素が増え過ぎている。

 最悪の場合を考慮しよう」

 

最悪の場合とは、ラプラス復活・即抹殺ができなかった場合のこと。

その場合は俺やザノバ、アリエルの協力を得て仲間を増やすルートを採る訳だ。

と話が進んだところでパックスがもぞもぞと動き出した。

目覚める兆候だろう。

 

「お名残惜しいですが、そろそろお暇の時が来たようです。

 私達は暫くシャリーアに滞在しております。

 パックス殿下のためにも帝国打倒の際には是非、お声掛けください」

 

「あぁ。

 判ったよ」

 

「では、失礼します」

 

そうしてアンはまだ意識のはっきりしていないパックスを軽々と肩に担いでその場を後にした。

戦闘状態に入っていない自然体のまま闘気を使えているのは素晴らしい。

ここまでの闘気理解度があるというのだから、彼女がハルファウスを鍛えたというのも頷ける話だ。

 

 

--

 

アンを見送った後、オルステッドが小屋の中へと戻るのを追いかけ中へと入る。

オルステッドは元の位置に座り直し、ただ黙して何事かを考えているようにみえる。

間がもたず、

 

「厄介な事態になりましたね」

 

と口にしてみるも、オルステッドからは

 

「そうだな」

 

と短い返答があるだけで再び沈黙が流れた。

 

「アン達が来る前にお話ししていたように、また明日お伺いします」

 

「あぁ。

 そうしてくれると助かる」

 

「では、また明日」




次章予告
10章はここまでとなります。
連載再開(11章開始)については活動報告にて別途ご報告します。

次回予告
胸なでおろす再会。
帝国との繋がりがないのなら、
次に取るべき選択肢は決まった。
奴を野放しにせず、
敵対もせずにしておくには

次回『採掘準備』
龍神は求む、運命の石
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