無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第015話_ダンジョントラベル

---覆水は盆に返らず、ただし同志としての新たな道を歩む---

 

フィールドワークからさらに4か月が経ち、4歳と8か月になった。ロキシーは干ばつを魔術で解決し、村で尊敬されるようになった。俺は魔神語をマスターし、ロキシーの家庭教師としての仕事は完全に終わった。また、俺は短剣術と北神流の初級剣術をパウロから学び、ダンジョン探索への許可を得て、いよいよ決行の日取りとなった。今回の旅は7日の行程で荷物は15日分だ。

 

前回のフィールドワークにパウロが付いてきていたせいか、今度は私の番とばかりにゼニスが同行しようとした。しかし、パウロとリーリャが二人だけで何日もいることが心配だと匂わすと彼女は同行を諦めた。母さまとの思い出作りのチャンスだったので断ったことに色々と思うところがある。この埋め合わせは帰ったらちゃんとしよう。

 

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そういうわけで俺とロキシーの二人旅である。フィールドワークで進んだルートを行くだけだったからダンジョンの入り口まで特に問題は起きなかった。ダンジョンに入っても順調だった。ロキシーはダンジョンの探索の仕方や火の取り扱い、罠の確認等、非常に真剣に教えてくれた。ただ俺からしたらドジっ子のロキシーの方が心配だった。

 

地下1階のモンスターは主にアサルトドック単体で、1度だけターミネートボアとのセットで現れた。これを二人の魔術で掃討する。イージーオペレーション。

 

地下1階の掃討が終わり、そのまま野営することになった。焚火を真ん中に囲んで野営をする。向かい合わせの二人が見つめているのはパチパチと鳴る焚火の火だ。

 

俺はここで前々から言おうと思っていたことを言うべきだと考えた。それは前世の振り返りでロキシーが言っていたことを叶えるためには必要なことである。だが、これを言い出すには勇気がいる。神への一時的な反逆。俺の心はまだ震えていた。でももう時間だ。始めよう。

 

「先生、もう8年後に僕に会いに来なくて、いいですよ」

 

「え、どうしてですか?」

 

急にそんなことを言ったからだろうか、ロキシーはびっくりして顔を上げた。俺は顔を焚火に固定したまま動かさなかった。俺の瞳には弱弱しい焚火の火が映っているだけだろう。

 

「ブエナ村にいては知り得ないことを沢山教えてくれた先生のことが僕は好きです。尊敬しています」

 

「そうやってルディは私を褒めますが魂胆は見え透いています」

 

見え透いている? 見え透いてなんていない。ロキシーはきっと考え違いをしている。

 

「でも、どうしてこうなったのか理由は判りませんが、先生は悪い教師になりました。だから僕の家庭教師が終わったら、もう先生は僕に会いに来てはいけないんです」

 

「悪い教師……どういう意味ですか?」

 

いや、理由ははっきりしている。俺のせいだ。彼女が前世で俺に告げたことだ。そしてロキシーは焚火に顔を戻して意味を教えろという。少しは自分で考えて……いや前世の俺は自分で考えずによくロキシーに相談していた。それが絶対に正しいと。俺が彼女をどうして責めれようか。ロキシーが考える解決案はおおよそ正しいのだから前世の俺の行動方針、それ自体を否定したくはない。なら今、この場では立場は逆転しているのかもしれない。たった1年で水聖級魔術師になり、無詠唱魔術を使いこなし、短剣でアサルトドック二体を危なげなく屠ったルーデウス、もうじき5歳になるルーデウス、こいつは自分より正しい判断を下すと。そう思ってしまったのかもしれない。ならロキシーと俺は似た者同士だね。俺の前前世は間違いだらけで、前世だって後悔が多かったんだから、いかにロキシーといえども最初に間違えて、誰にも正されなければそのまま間違えてしまうことだってあるのだ。それは誰かに正してもらわなければ直すのが難しいことなのかもしれない。そうやってもたれ合って生きてくことは別に悪いことじゃない。

完璧超人は一人で生きていけるだろうが、俺もロキシーも完璧超人なんかじゃない。

 

「先に言っておきますが、先生の教え方は僕に合っています。魔術の家庭教師なのに世界の理や歴史まで教えてくれる。冒険者やダンジョントラベルの知識だって惜しみなく与えてくれる。そのために事前にカリキュラムを作り、資料を作って講義してくれる。感謝してもしきれません」

 

「でも悪い教師なんでしょう?」

 

彼女は早く答えを教えて欲しいと訴えている。

 

「焦らないでください。順を追って話しましょう。まず、以前にロキシーの師匠の話をしてくれたでしょう? 違和感を覚えたのはあの時なんです」

 

「ジーナスのこと?」

 

「ロキシーの師匠はジーナスさんというんですね」

 

「あ、はい」

 

「ジーナスさんとロキシーの間が拗れてしまった理由が何だかわかりますか?」

 

「……私も少し大人げなかったところもありますけど、師匠が余計な口を出してきたせいです」

 

俺は首を振った。

 

「違います」

 

はっきり強い口調で否定した。前世の俺がきいたら怒りだして首を締められていたに違いない。

 

「僕の先生は、パウロとロキシーです。でもゼニスやリーリャだって僕からみたら僕より大人で人生の先生です。では、パウロとゼニスとリーリャに有って、ロキシーやジーナスさんに無いものは何ですか?」

 

ジーナスの若かりし頃がどうだったかは分からないけど、この際、良いだろう。

 

「……わかりません」

 

少し考えた後、ロキシーは寂しそうに言った。本当に見当がつかないんだろう。

 

「それは、『愛』です」

 

「は?」

 

ロキシーは5歳にもならない子供に愛を説かれたようなマヌケな顔をして驚いている。いやそのままなんだけど。この世界にはアガペーなんていう都合の良い言葉はないだろうからな。もしかしたらミリスの教えにあるかもしれないが、そういうことをクリフが言っても俺は良く聞いていなかったから覚えていない。

 

「無償の愛です。ジーナスさんの話で分かったのは、ロキシーは師匠と弟子の関係を能力の高い低いで考えているということです。そしてロキシーは弟子を能力で見ています。そこに愛はありません。ロキシーが努力して判り易く教えるのは無償の愛ではなく、別の意図があるように思います。例えばジーナスさんへの反骨心とか」

 

「……」

 

彼女は無言だった。図星だろうか。

 

「ロキシーの教え方の先にあるのは能力の低い弟子に対するぞんざいな態度です」

 

「それが、ルディの言う悪い教師なんですね」

 

彼女は少し判ったような面持ちになった。でもわかっていないだろう。俺が見ている光景は、前世の6人の子供を育てた経験とラノアに来る前のノルンとアイシャにあった軋轢、そしてパックス王子の悲惨な最後だ。あぁいう事になるのは随分根が深い問題なんだ。

 

「無償の愛を持った良い教師はどうするのか、全てが同じとは言い切れませんが、パウロやゼニス、リーリャはどう考えているかが答えになります」

そこから俺が思っていることをロキシーに話した。

俺に才能があるなら伸ばしてあげようと彼らは思っていること。

俺には俺の得意なことや不得意なことがあること。

できないからと情け無く思わないこと。

努力が足りないと叱ったりしないこと。

他の家の子と比べたりしないこと。

それらは全て無償の愛があるからできること。

俺が優秀だから無償の愛をくれるわけではないこと。

俺が優秀でないから無償の愛をくれないわけではないこと。

 

「でも、ロキシーが卒業試験の後に何も言ってくれずにいなくなろうとしたって聞いて判ったんです。僕は弟子としては愛されていなかったんだなぁってつまり……」

 

「いえ、良く分かりました」

 

最後にこう締め括ろうとして遮られた。(ロキシー)からのアガペーを得られなかった人間(ルーデウス)、その悲しみ。俺の瞳には涙が溢れている。いつかのときみたいな水魔術なんて必要ない。俺の言葉を遮った彼女は続けた。

 

「魔術師として私よりルディが優れていることは認めるしかないことです。でも先生としての在り方については私は上手くやっていると考えていました。ジーナスを念頭に私は彼よりも、もっとうまく先生ができるんだって、努力もして自信がありました。その思いの中に確かに……ルディはいません。…………それが悪い教師だとして、私はどうすればいいんです」

 

ロキシーの声の最後の方は消え入った。もしかすると、「どうしたらいいんですか?」という疑問形だったのかもしれない。そして消え入ったのは、自分のやってきた二年間を否定され、さぞ落ち込んでいるからだろう。そう、彼女は二年間近く間違った教育を俺に施してしまい、もうそれが謝ったって取り返せないと理解したのだ。だが大丈夫、挽回できるよロキシー。それは本当に偶然だけど、ロキシーは俺に大切な思い出を沢山くれた。前前世から前世まで40年以上引きこもっていた俺を外に出してくれた。見た目が俺のストライクゾーンに入っていた。だから俺はそんなロキシーにも愛情を傾けることができた。それは前世の彼女にとって幸運でありながら結局、不幸を呼び寄せる要因にもなった。

 

俺の瞳に溜まった涙は焚火の熱で垂れることなく乾いていた。俺は焚火から顔を上げて、ロキシーの瞳を見た。ロキシーの表情をようやくみて彼女の顔が反省と悲しみに彩られていることを知った。でも反省しなくていいんだよ。ロキシーの人生の巡り合わせからしたらこれは避けられないことだったんだ。だから、俺はこれからのことを伝えた。

 

「まぁ僕については何もすることはありません。卒業してしまいましたからね。なら、これからは僕とロキシーは同じ道を志す同志です。同志はね、たとえ離れ離れになっていても出会ったときには共有するんですよ。知識と技術と思いを。そして信頼を忘れません」

 

「それで私は挽回できるのですね」

 

「ええ、あぁでも次の弟子には無償の愛を。出来ないようなら弟子を取るべきではありません」

 

ようやくロキシーの顔に光がさした。俺の心の棘が1つ抜けた気がする。なら、同志なら知っておくべきことを訊こう。

 

「ロキシーはブエナ村を出てどうするつもりなんですか?」

 

「私はルディの成長を見て、魔術師として自分の力不足を感じました。もっと上が目指せるのに水聖級魔術師で満足していました。だから世界を周って水王級魔術師を目指そうと思っています」

 

俺は頷いた。

 

「なら話は簡単です。水王級魔術師になったらまた僕に会いにくるか連絡してくれると約束してください。もし僕が先に水王級魔術師になったらその時はロキシーに連絡しますよ。教えることがなくなったら、はい、さようならなんて悲しい別れはよしてください」

 

ようやく締めくくった。そして、迷える先生との立場の逆転は終わりだ。俺はいつもの俺に戻ろう。

 

「生意気いってすみません」

 

「こんな立派な生徒を持つことができて私は幸せです。ルディ、ありがとう」

 

「僕はロキシーを愛しているから当然のことをしたまでです」

 

「先生としてでしょ」

 

「次に会うときには女性としてかもしれません」

 

そういって涙の跡が残る顔でニッコリと笑った。少し予定とは違ったけど言うべきことが全部言えて満足だ。ロキシーは顔を真っ赤にしてる。でもそれが狙いじゃない。ロキシーは変わるだろう。もしかしたらパックス王子をちゃんと教育して、シーローンの宮廷魔術師として活躍するかもしれない。その先には俺との結婚はないかもしれない。でも後悔はない。

 

--

 

次の日は地下2階の探索だ。パウロによるブリーフィングによると、このダンジョンは地下2階構成で、この階にはボスもいる。

出現する敵は、洞窟蜘蛛、アサルトドック、ターミネートボア、ボスの取り巻き(黒くて足が速いアサルトドック)、ボス(ターミネートボアに大きな角が生えて肌の色が違う少し強いターミネートボア)となる。こいつらはしばらくすると復活するらしい。

 

探索の途中でロキシーの魔力が切れそうなのが見て取れたので、俺の方が先に魔力が切れたことにして探索を中断した。

 

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探索三日目、地下2階の探索をしてボス戦となった。ボスからは緑の魔石がドロップした。サイズは中サイズだ。その他にもここまでの掃討で小サイズの紫の魔石が2つ手に入っている。

さて、ロキシーはこれで終わりだとほっとした表情だ。

 

「先生、少しいいですか?」

 

俺はロキシーを呼び止めて、彼女の返事も待たずに行動を開始した。俺はパウロの話を聞いて既にピンと来ていた。さらにボスのいる場所を見て思ったが、ボス部屋のくせにここにはダンジョンが守護する物がない。こいつは臭い。そう思ってボスのいた場所の周辺や壁を慎重に調べる。間違って罠を踏むわけにはいかない。

 

そこでつなぎ目がおかしい壁があった。しかしどうやって動かすかはわからず終い。なんらかのカラクリがあるんだろうが……俺は、部屋の入口側の壁に移動した。

 

「すみません、先生、こちらへ」

 

俺は先生も入口の方に歩いてきたところで、おもむろに無詠唱であやしい壁に向かって岩砲弾をぶっ放した。すると、壁が崩れてその下へと続く壁が見つかる。二人で顔を見合わせてから俺たちは地下3階へと進んだ。

 

「真のボス部屋ですね」

 

地下3階にいくとロキシーがつぶやいた。

 

「やばそうな雰囲気がしたら倒さずに戻りましょう」

 

「そうですね。ここまでやる必要はありません」

 

俺は階段を降りきって、遠目にボスを見た。ボスは下半身が4つ足、上半身に4本の手、目は8個の複眼、蜘蛛のバケモノだった。俺が全力を出せば倒せる。ただし、それをロキシーに見られるわけにはいかない。

 

「止めておきましょう。あれは相当強そうです。SかAランクという面構えをしています」

 

ロキシーも確認して、納得した。撤退だ。一応、地下3階への入り口は適当に埋めた。

 

こうして俺の初めてのダンジョン探索は終わった。戦利品の分け前はロキシーに緑の魔石(中)紫の魔石(小)を、俺は紫の魔石(小)となった。

 

--

 

ロキシーは戦利品を行商人に売るためにまだ少し滞在すると言っていたが、様子を見ていると杖を作り始めたのであぁそうかと俺は察した。

 

そして5歳の誕生日が来て、ささやかなパーティーが開かれた。俺は、リーリャに事前に甘いケーキか果物の砂糖漬けを用意できるなら、ロキシーの好物だから用意してあげて欲しいと言っておいた。すると、リーリャは両方を用意してくれた。

 

パウロからのプレゼントは剣と訓練用の木剣(短剣サイズではない)で、ゼニスのプレゼントは冒険者用の地図、ロキシーは紫の魔石のついた初級者用の杖をくれた。リーリャからのプレゼントはケーキと果物の砂糖漬けだと考えた。

 

パウロのプレゼントは前回と同じ、くれる時に似たような薫陶を垂れようとしたところも同じだ。ゼニスからは前世では植物事典をもらったが、俺が今回はほとんど本を読んでいる素ぶりを見せなかったから違うものをくれた。しかし、地図だってすごく役に立つ。ゼニスが俺の興味のありそうなものをちゃんと普段から見て、考えてくれているのが良くわかる。ロキシーがくれた杖にも変化があり、付いている魔石の色が赤から紫になった。この前のダンジョン探索の戦利品だ。

 

俺は杖を恭しく受け取ってから尋ねた。

 

「そういえば、この杖を受け取ったら魔術師を名乗っても良いのでしょうか?」

 

「魔術師を名乗るのにきまった資格なんてありませんよ。魔法大学や魔術学校で初級を学んでも杖は贈られませんからね。まぁ一通りの初級魔術くらいは使えないと魔術師として名乗っても周囲が認めてくれはしないと思います」

 

たしかに。非常に納得がいった。

そうそう、ロキシーは主役の俺にケーキを譲ったようで一切れしか食べなかったが、砂糖漬けのお菓子を一人で平らげていた。

 

次の日、ロキシーが旅立った。別れのときに同志の証としてミグルド族のお守りをもらった。前回は卒業の証だったが、卒業したのはもう1年前だからな。理由は何でもよかったんだろう。

 

彼女が家の前の通りから消えるのを見ながら、きっとロキシーは上手くやるだろうと確信していた。強い運命は惹かれ合う。また会えるだろう。いくつかの失敗や後悔があるかもしれないが、前世のようにヒドイ事にはならないだろう。

 

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今回はロキシーのパンツを盗んだりはしなかった。




地下室の在庫(ルーデウス5歳時)
 ・ルード鋼 1,100個以上(+350)
 ・前世で起こったイベントの内容、要因とその後をまとめた前世日記
 ・魔法陣の下書き
 ・この周辺のダンジョンの位置とダンジョン内の情報
 ・紫の魔石(小)(New!)

次回予告
職歴無しの自宅警備員。
家庭教師や冒険者で働いてみるも
どうやら商才は母の腹の中に忘れて来たらしい。
そんな男が目指すアスラ金貨120万枚。
売れるも売れぬも商品次第。

次回『子供の商売』
取引が生み出す新たな出会い

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