無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。

今回の話では
・Five Star Stories
のネタが含まれます。あらかじめご了承ください。


第023話_魔神vs黒狼とその弟子

---魔神立ち、黒き狼とその弟子を蹂躙す---

 

サウロス、フィリップへの面通しが終わった。

サウロスが深刻な顔で部屋を出て行く素振りを見せたことで、トーマスが慌てて部屋の扉を開けに行き、どうにか間に合うと扉を壊されずにサウロスが部屋を出て行った。扉の破損を免れたからだろうトーマスはほっと胸をなでおろしている。

俺はそのやり取りをソファに座ったまま見送って、また顔をフィリップの方に戻す。が、ソファから立ち上がらずにフィリップの部屋に居座る態度を示した。

送り出そうと立ち上がったフィリップはそれを見て不思議そうな顔をする。説明が必要だろう。

 

「すみません。二人だけでお話できますか?」

 

「構わないよ。

 ではギレーヌ、トーマス、外へ」

 

フィリップの言葉に従いギレーヌとトーマスが部屋を出て行き、おそらくトーマスが部屋の扉を閉める音がした。それを見届けたようにフィリップが座り直す。俺も扉が閉じる音を聞くまで動き出さなかった。

細かい説明はしない。まずはソファから立ち上がり、フィリップの執務机まで歩き、インクペンを右手に取り、机にある上質紙を左手で取る。そうして座っていた場所に戻ると、テーブルを使って伝えたいことをさらさらと書いて、フィリップにその紙を見せた。

 

『占いではトーマスはダリウス大臣と内通している。動向に注意されたし』

 

フィリップが筆談の内容に理解を示して頷くのを見届けると、俺は紙を火魔術で灰にする。それが終わると、絨毯の上に残っていた背嚢を手に取って、辞去の挨拶をした。

そして部屋を出た。

 

--

 

客間に通された俺はそこが三年間を過ごした部屋だと知って苦笑いを浮かべていた。そこで荷物を降ろし、今日したことを真新しい日記帳に記す。尚、これまで書いてきた日記帳や前世のまとめはどこかで無くすとまずいので地下室に置いてきている。

今日やって来た事を思い返す。手紙を渡し、根気よく交渉してちっぽけな信頼を得た。そこで起こった事は今まで経験したことのない展開だった。これから起こる事の多くは今日と同じように前世の経験を活かせないと予測できる。

その対応にあまり悩まされない方が良い。きっと俺は新しい展開でこれまで以上にミスをすると思う。しかし、最初の目的だけは忘れないで行こう。

最初の目的、転移事件の回避、サウロスの話では赤い珠はあるという。ならば、転移事件によって自分の家族やボレアス家を助けることが俺の目的だ。そのためにここに来た。

 

明日は朝にギレーヌと模擬戦を行って昼から商人組合に赴く。残った時間は赤い珠の研究、寝る前には魔力量増大訓練の作成だ。まだ魔力量増大訓練は必要だから今日も明日もこれから先しばらく寝るときはルード鋼を作成する。ギレーヌが欲しがっていたギレーヌ像も今度作ってやろう。

 

さて、ギレーヌと戦うときのことを考えよう。6歳のときにパウロと戦って勝利し、その完全勝利に俺は後悔した。しかしギレーヌに手を抜いて勝てるとは思えない。ギレーヌの全力は何度か見たが、彼女が敵対して俺に全力で向かってきたことはない。

この未熟な身体でどこまでやれるだろうか。

パウロのように事前に何度も動きを分析したわけではない。『攻撃ポイント』の見切りができなければ一瞬で負ける。召喚術で前衛を置けば良いかもしれないが、この技術は重力魔術以上にあまり大っぴらにできない。相手は超俊足と光の太刀、圧倒的なスタミナを持っている。たとえ魔剣技が多種多様であろうとも、ベースの力の差が圧倒的であれば負けるのはこっちだ。やはり召喚術以外は全力を持って対処するしかないだろう。

闘った後についても考えておかねばならない。負けたなら特に考えることはないが、勝った場合は問題があると思われる。まぁ相手は獣族。勝った俺が格上だと言えば、リニアやプルセナの時のように俺の言う事を聞いてくれるだろう。もう少し何か相手が腑に落ちる説得方法があれば良いんだが、この短い時間では思い浮びそうにない。

ギレーヌと戦うことになる可能性、考慮しておけば良かったな。まさかパウロが手紙であんな挑発をするとは思ってもいなかった。いや、パウロが手紙に何を書いたかちゃんと確認しておいた方が良かった。そうすればフィリップの話もサウロスの話も事前に展開が予想できた気がする。あの親父が聞いたからといって本当のことを言ったかは怪しいが。

まぁいい。大きな失敗ではないだろう。格上宣言がダメでもギレーヌがここで護衛を続けるように願いを言えば良いだけだ。それで良いだろう。

よしルード鋼をつくって寝よう。

今日は疲れた。

………

……

 

眠りに落ちる寸前だった。魔力切れ直前で訓練を止めた俺の部屋に忍びこもうとする者がいる。俺はベッドの上で身じろぎもせずに目を開けた。短剣は鞘に入ったままだが、枕の下にある。

 

カ……チャ……

 

相手に気付かれることを避けるようなドアノブを二段階に分けて動かす音。部屋の扉が開き、部屋と廊下の空気がまざりあう感覚。俺は全身の神経を尖らせ、肉体を闘気で覆った。

 

忍び足。賊は一人だ。寝がえりを打つように右向けになる。右向けになったことで身体で隠れた右手をゆっくりと動かして短剣を掴む。相手を殺すより、無力化して目的を調べ上げた方が良い。そのためには相手の剣撃を水神流で受け流し、カウンターで倒す。

 

相手の足音が無くなる。俺の背中の先にいる。剣が振り降ろされる瞬間!俺は剣を構えて相手を視認した。

紅い髪の少女、エリス!

それが判っても、エリスの剣も俺の短剣も止まらなかった。エリスの木刀に合わせる俺の短剣。水神流・(ナガレ)、そしてそのまま俺のカウンターが決まった。短剣でよかった。傷は浅い。この程度なら上級治癒魔術で回復できる。魔力切れを完全に起こしていたら危ないところだった。そう思いながら俺は手早く上級治癒魔術を詠唱し、彼女を回復させた。

そして、完全に眠気の飛んだ頭でどうしたものかと考える。しょうがない、ギレーヌの部屋にいこう。

 

9歳のエリスは俺より大きくて運びにくかったが、両足を掴んで頭は引きずる状態にして、ギレーヌの部屋に辿り着いた。ギレーヌの部屋をノックする前に扉が開いた。

 

「なんだ」

 

よかった。失神したお嬢様を見て激昂することも視野にいれていたが案外冷静だな。

 

「あなたの弟子に夜襲を受けました。短剣で返り討ちにしてしまったので傷は回復させましたが、明日戦うまでこういうことは止めさせてください」

 

「むっ、そうかすまなかったな」

 

「いえ、どうせこの弟子の暴走でしょう。あなたに非はありません。とにかく目を覚ましたら再教育を」

 

「わかった」

 

「ではおやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

のびたお嬢様をギレーヌの部屋の扉の前に放置して部屋に戻った。もう大丈夫だろう。ふかふかのベッドに入ると、今度こそぐっすり眠った。

 

--

 

あくる日の朝、部屋で待っていると犬耳メイドが部屋にやってきた。朝食に案内してくれるそうだ。明日からは自分で行くと言うと、仕事が減るからだろう、笑顔で「分かりました」と言われた。朝食をとる広間では、簀巻きと猿轡をかまされたままのエリス、ギレーヌ、フィリップ、ヒルダが着席していた。俺は案内された席の前で、ヒルダに挨拶した。

 

「奥方様、お初にお目にかかります。昨日からお世話になっているルーデウス・グレイラットです。以後お見知りおきください」

 

そう言って貴族の礼をした。

 

「ふん!」

 

やはりヒルダの対応はつっけんどんなものだったが、理由もわかっていれば気にもならない。そんな妻の態度にフィリップが補足をした。

 

「こちらは私の妻でヒルダだ。よろしく頼むよ」

 

「はい」

 

そう言って俺は案内された席―ギレーヌの隣に座った。俺が完全に座るか否かというところで、すごい勢いでサウロスが部屋の一番奥の椅子に座り、開始の合図もなく食事が始まった。

 

食事の間中、簀巻きにされたエリスがうーうーと唸っていたが誰も何もそのことに言及しなかった。食事が終わり、サウロスは嵐のように去り、ヒルダも部屋へと戻って行った。残るフィリップはというと、こちらを見ているが何も言わず、もう一人残ったギレーヌが口を開いた。

 

「昨日はエリスがすまなかったな。言い聞かせておいたから、食事だけでも摂らせてやって欲しい」

 

「構いませんが、一つだけ条件を付けさせてください」

 

「言ってみろ。内容で判断する」

 

「この後の模擬戦で僕が勝ったら、僕はギレーヌより格上の存在としてください。獣族ならわかりますよね。もし僕が勝ってあなたの弟子が力を示したいなら、まずはギレーヌを倒してから僕に挑むことになる。そういうことに納得していただけるならその簀巻きと猿轡を外しても構いませんよ。まぁ、負けたら僕はギレーヌより格下ということになるので、そこのお転婆娘は僕自身の手で判らせます」

 

「良いだろう約束させる。元より私の躾の不行き届きなのだからな」

 

会話のやり取りのBGMとしてエリスがむーむーとまだ唸っていたが完全にスルーする。

 

「躾ならご両親でやって頂きたいものです」

 

「おっと僕もか」

 

火の粉が飛んできたような言い回しでフィリップはおどけた。そして楽しそうに模擬戦のことを訊いてきた。それでいいのか。

 

「それで、すぐ始めるのかい?」

 

「半刻ほど後でどうですか?エリスがギレーヌの弟子なら師匠の本気を見るのは今後のやる気に繋がるでしょう。なら、エリスがご飯を食べ終わってから始めた方が良いと思います」

 

「良いだろう」

 

ギレーヌがOKを出したので話は決まった。俺は食事を終えると庭に出て準備運動をするべく歩いて行った。

 

--

 

半刻過ぎて、俺は自分の背丈に近いほどの木剣を構え、ギレーヌと向き合っていた。

場所は屋敷の前の訓練用のスペースだ。ここは植木や造園もなく、自宅の裏庭に似た殺風景な場所である。ギレーヌとの距離は10歩といったところ、彼女にしてみれば目と鼻の先だろう。

 

エリスは碌な事をしないのでもう一度ギレーヌの手で簀巻きにさせた。ついでに猿轡もかませた。そしてフィリップ、サウロス、ヒルダが見ている。昨日からトーマスの姿はない。

 

俺は石を一つ拾うと言った。

 

「この石を投げて、地面に落ちた時が勝負の開始でどうですか?」

 

「良いだろう」

 

ギレーヌが答えた。さっき別れる前と同じ返事だ。

そして間を置かず、俺は石を投げた。石が落ちるまでに俺は剣を構えなおす。石がコツンと地面に落ち、そして二人の間にコロコロと転がった。

 

俺は待ちの姿勢が愚策だと承知している。残像剣(ディレイ・アタック)を使い、光の太刀を牽制する。ギレーヌ程の相手なら俺が何人に見えるのか、彼女の動体視力が俺の予想を超えていれば、残像は発生せず一人に見えている可能性もある。ギレーヌがほぼ最短距離で突進し、光の太刀を繰り出す。その軌道は俺本人から僅かにズレている。そう僅かだが効果がある!

 

右に身体を(よじ)って回避しつつ、三連剣(トライブレード)を繰り出す。不可視のはずの衝撃波の三連撃をギレーヌが右へ左へ鮮やかに回避し、その距離はこの攻防を行う前と丁度に収められていた。距離を完全に保たれている。やはり、戦闘機動に於いて大きな技量差がある。相手の技量が俺の剣技と魔術で覆せなければ、身体能力差で絶対に負ける。しかし、なぜ距離を戻したのか。意図が判らないが俺にとっては好都合だ。

 

今度の俺は旋風剣(タイフォーン)で彼女との間合いに竜巻を発生させ、最短突撃を牽制。連携して、ギレーヌの足元に泥沼を発生させると、彼女がその場を離れるのに合わせて闘気による高速移動から、魔剣技:分身攻撃(パラレル・アタック)を実行し、移動方向の切り替わりとなるベクトル頂点でそれぞれ真空剣(メイデン・ブレード)を放った。合計で4発。俺の分身攻撃時の最大数は今のところ4つだから、これは最大戦力だ。

 

その場を離れたギレーヌに4つの真空波が時間差で襲い掛かる。しかも一つずつの真空波が衝撃波を伴うため、実質は8連攻撃となる。それが彼女の闘気を纏った剣で残らず意味消失する。これは相手に剣撃のテンポを読まれている。つまり、彼女は俺の『攻撃ポイント』を読み切っている。元来、分身攻撃(パラレル・アタック)は前後、左右へ高速に動いて、間合いと攻撃方向を見切らせない技だ。それを使っても見切られる。初見でそれを為す。剣の振りと俺の攻撃への荷重移動から俺の予測の何歩か先を見据えている可能性が高い。110年近く生きた俺に体得しえぬ技術をギレーヌは持っている。

ギレーヌは強い。

 

しかし、彼女が俺の『攻撃ポイント』を見切ったなら、それはそれで良い。それこそが彼女の命取りになる。

ここからは完全な魔法剣士の機動を見せよう。出来れば一回で終わらせたい。まずは出力を抑えて範囲を極大化させた『フロストノヴァ』を発動。回避されるなら相手の機動力を抑えろ、だ。次に剣からは隙の大きい真空斬り(ソニックブレード)を。ついで、左手から『風裂(ウインドスライス)』、右手からは『電撃(エレクトリック)』を発動する。

 

ギレーヌが驚きの表情を見せる。ついに余裕がなくなったのだ。『フロストノヴァ』を避け切れず、たまらず地面で一回転、闘気を練り直すための硬直タイミングに、真空斬り(ソニックブレード)の太刀筋が迫る。この危険性を察知してこれもすんでで回避される。が、ワンテンポずれて迫った『風裂(ウインドスライス)』で身体を切り裂かれ。それに耐えようと踏ん張ったところにさらに『電撃(エレクトリック)』をまともに受けた。ギレーヌは身体中から浅く出血し、その血が電撃によって一瞬で蒸発し、残った熱で煙を上げ、そして膝をついた。

 

ふふーふん(ギレーヌ)!」

 

エリスが猿轡を噛まされたまま叫んだ。

それと同時にギレーヌが覚醒し、顔をあげる。俺もまだ終わりだとは思っていなかったが、そこからの彼女の動きはさっきまでの3倍の速さに見えた。殺気を露わにして突っ込んでくる。よく見れば『フロストノヴァ』を回避した時点でその距離は5歩まで詰められている。ギレーヌの突き出した剣を水神流・(ナガレ)で受けるが不十分。カウンターを打てずに腕力で吹き飛ばされ、追いつくような全力突撃。トンデモナイ身体能力。一瞬でヤられる!

 

その判断から俺は重力魔術を発動し、ギレーヌを空中に放り投げた。ギレーヌは全力突撃の威力を一瞬で失い。空へ。そのまま中空でもがくギレーヌ。勝ちは決まった。

 

俺はそのままギレーヌを地面にたたき落とし、気絶させた。

 

--

 

ギレーヌとの模擬戦に勝利した。結局、重力魔術を使わなければいけなかった。『フロストノヴァ』の威力調節や『電撃』後の戦闘位置に油断があった。それがなければ重力魔術を使わずに勝てたはずだ。まだまだ課題がある。手筋の多さが迷いを生み、迷いが反応を鈍らせ、鈍った反応で判断を誤る。この模擬戦が良い例だ。それにギレーヌは遠吠えを使ってこなかった。今の俺には自己解毒魔術を無詠唱で唱えることができるから意識さえ保てば無効化できるが、それをギレーヌが知るはずもない。使えないのかもしれないが、その点は曖昧だ。俺にわかることは彼女が全ての手札をオープンにしなかったかもしれないという事だ。そもそも最初の攻防の後、距離を10歩に戻した意図はわからない。

俺はギレーヌに近づいて、治癒魔術で傷を癒した。

 

--

 

俺はボレアス家の面々の居る方向を向いて宣言した。

 

「終わりました」

 

「すごいね。本当にあの剣王を倒すなんて」

 

フィリップが素直な感想を述べてくる。サウロスは無言だが、一筋汗をたらした。まぁギレーヌの目が醒めたら話をすれば良い。それよりもそこでいつまでも簀巻きになっている情けない芋虫に教育を施そう。俺は芋虫簀巻きの目の前まで歩いて行った後、話しかけた。

 

「おいっ!」

 

芋虫簀巻きは目を見開き、恐ろしい物でも見るような表情だった。もう少し怖がらせれば小便をお漏らしすることだろう。

 

「ギレーヌは僕より格下。彼女を飛び越えて僕に勝負を挑むことは彼女を無視したことになるノ。僕に挑みたかったらギレーヌに勝ってからにしろ。ワ・カ・リ・マ・シ・タ・か?」

 

言い聞かせてる間に両のほっぺを横に三度ひっぱったり戻したり。最後はおでこを6回突っついて、最後の一言「か?」でデコピンしてやった。彼女は痛みで悶絶し、地面の上でゴロゴロしていたが、もう恐怖を覚えてはいないようだ。その表情を見て俺は「ヨシ」と呟いた後、彼女の簀巻きと猿轡を外してやった。

 

「ぷはーっ。寝込みを襲って悪かったわよ」

 

彼女は猿轡を外されると息を吐き、立ち上がりながら謝った。

 

「まぁこの子は!夜這いをかけるなんて、なんてはしたない!」

 

まとめのところなんだからヒルダさんは変な口を挿まないで欲しい。そもそも夜這いじゃない、夜襲だ。エリスはエリスで、謝っているところを微妙に外してくるから反省の色が見えないな。

 

「さっき言ったことは理解してる?」

 

「うっ……わかったわ。ギレーヌに勝つまで貴方には挑戦しないわ」

 

俺は気持ちが伝わるように怖い顔のまま嫌味を込めて問うと、エリスはバツが悪そうにした。

 

「良い返事だ」

 

これで再教育は終了しただろう。この頃のエリスはまだ人間語を話せる獣と同じだ。

そうこうしてる間にギレーヌが目覚めたようだった。俺はエリスの方を向いているからどんな表情をしているかわからない。

 

「ギレーヌ! 大丈夫なの?」

 

エリスが叫んで俺も視線をギレーヌに移すために振り向いた。

 

「あぁ大丈夫だ。……強いなルディ」

 

彼女は立ち上がれず、目線も大地に向けたままだった。

 

「剣王に褒められるなんて、嬉しいですね。それにギレーヌの最速突撃は完全に僕の予測を越えていました。ズルをしなければ勝てないところでした」

 

彼女は顔をあげた。

 

「そうか。最後のはズルか。優しいなお前は。パウロに似ている」

 

やめてくれ。俺も親父のことは尊敬しているが、他人からそう言われるときは碌なことじゃない。もう彼女の声は沈んではいなかった。彼女は立ち上がって、尻についた砂を払った。

 

「よし約束だ。なんでも願いを一つ聞こう」

 

「判りました。でもギレーヌは僕の願いを2つ聞くことになります」

 

「何?」

 

そんなことをする訳がないとギレーヌの顔が表現している。

 

「最初の願いは、数か月後のアスラ王都に行くときに水神流の道場に行きたいので付いてきてください。二つ目の願いは、僕が作る読み書きと算術の教科書を使って読み書き算術を覚えてください。教科書はまだ書けていないんで完成したらですけどね」

 

二つ目はギレーヌの願いでもあった。だからギレーヌの顔が輝いた。

 

「ありがとう。本当にお前はパウロに似ている」

 

だからやめてくれ。それは本気で褒め言葉じゃないんだぞ。俺の表情から伝わってくれ。

 

「そうだ。ギレーヌが気絶してる間にあなたの弟子には僭越ながら再教育を施しました。あとは師匠と弟子で仲良くしていてください。良いですか、読み書き算術を教え終わるまで勝手に修行の旅に出るのは無しですよ。僕との約束もあるんですからね」

 

「あぁ、判ってる」

 

こうしてギレーヌとの模擬戦が終わった。ギレーヌで苦戦していては水神レイダにどこまで通用するだろうか。課題はまだ多い。

 

 

--ギレーヌ視点--

 

負けた。私の頭の中はそれからずっと勝つための合理を探している。今夜は眠れそうにない。あんなちっちゃな子供が恐ろしい戦闘センスを見せてきた。戦闘のセンスだけでも私と同等だろう。技は多彩だが、技術の面では私より劣る。まだまだ粗削りだ。そして身体が出来上がっていないというハンデを持っている。つまり身体能力では私が上回るのだ。つまり総合力では私が勝つはずだった。だが結果は、私の身体能力差を活かした突撃を無難に押さえつけ、彼は勝利した。私の完敗だった。

 

闘いを思い出してみよう。合理の確認だ。

まず、剣の斬撃を衝撃波のように繰り出すものや、闘気を使った特殊な歩法、水神流の上級技に似た物、あれらは全て剣技だったと思う。しかも、どれもが闘気を高レベルで使いこなす必要があるものばかりだ。おそらくパウロでは魔術の一種に見えただろうが、闘気を自在に操れる私にはそれが解る。特に攻撃のための技は剣技だからこそ、剣を振るう癖や重心の移動でその手が読めた。私の中にある長い剣士経験がそれを可能にした。

しかし、それらは彼の主力ではなかった。私はそれしか力がないから、私は最初それらが主力なのだと疑わなかった。だから彼の特殊な初見の剣技をしっかり見て、それぞれを躱し、余裕を持った。勝てると思った。先程も考えたことだが、総合力で勝てると思ったのはこの時だ。

だが、昨日フィリップはあの子供は水聖級魔術師だと言った。魔術師なら呪文の詠唱があるはずだ。私が身体能力を活かして詠唱させなければ、魔術なぞ怖くない。そんなことは剣士達の常識で当たり前だ。詠唱なしで魔術を使うそんな魔術師を見たことが一度たりともなかった。存在すら考えたこともない。それが存在した。まるで剣技……いや、身体の予備動作なく使ってくる上により多彩さを持つ。これはもう奇跡だ。私の知る魔術師の概念を飛び越えている。

 

しかも厄介なことにルディが使った魔術は、あからさまな攻撃魔術じゃなかった。もしあからさまな攻撃魔術なら光の太刀や彼自身が使った剣技と同じで回避する手管が私にはあった。眼帯の下にある魔力眼だ。だが戦闘中にあれを使うと機動力が落ちるのも問題だ。なら今回は魔力眼では防げないということだ。そう、彼が繰り出すのはもし魔力の流れを見切っても回避が難しい魔術ばかりだった。広範囲の泥、広範囲の冷気、広範囲の鎌鼬(かまいたち)、広範囲の電撃。そして一撃必殺の剣技。まだまだ技術が昇華されていない面があるが、組み合わせは私の処理能力を超えた。そう総合的に私は負けたのだ。私が考える総合より広い範囲の総合がそこにはあった。

 

それでもエリス -愛弟子(まなでし)- の前で気合いを入れて一撃を入れるつもりだった。相手が出さなかった殺気をこちらだけが纏ってだ。あの子は生まれて初めて他人から殺気を浴びせられたのではなかろうか。本当にズルをしたのはこちらだ。それなのに、あの空に飛ばす魔術をズルだとあの子は言ったのだ。そして私は一撃も有効打を放つことなく、負けた。

 

ルディは本当にパウロに似ている。どこが?パウロにはベッドの上以外で一度も負けたことがなかった。それでパウロはベッドの上で一番優しかった。パウロの下手な挑発であいつの息子と闘うことになった。その息子に会った次の日に、闘って負けた。その息子は闘いの後でも私に優しかった。そんなところだろう。

 

ルーデウス・グレイラット、パウロの息子。『S級冒険者チーム:黒狼の牙』が解散した元凶。私より強い雄。たったの7歳。

私がパーティの解散の後、どんなに惨めな思いで過ごしたか。どれだけパウロを恨んだか。サウロス様に拾われて今では人並の幸せに戻ったけれど、あの時のことが悪夢のように一生涯、私を(さいな)むと思った。彼は知るまい。そんな私の思いを。でも、私の不幸がこの子を生み出すための代償だったとするなら。私が生きてこの子と戦うことを許されたとするなら。それが我が祖神ギーガーの導きであるとするなら。全て許そう。もう忘れられる。

私は8年来の頸木(くびき)からようやく解き放たれた。今夜は悔しくて眠れそうにないと思っていたのに、その日、私は笑顔で眠りに落ちた。

 




次回予告
なぜか親元を離れて暮らしている。
可愛い幼馴染がいる。
見た目は弱そうにみえて運動神経抜群。
超がつくほどの鈍感。
完全無欠、パーフェクトな美少女ゲームの主人公。

次回『商人組合』
ある種の真実が含まれるとしても、ルーデウスが求めるものは別にある。


ルーデウス6歳と11か月時/ロア2日目

持ち物:
 ・日記帳
 ・着替え2着
 ・パウロからもらった剣
 ・ゼニスからもらった地図
 ・ミグルド族のお守り
 ・魔力結晶×10
 ・魔力付与品(マジックアイテム)
  短剣(未鑑定)
 ・魔石
  紫(小)×5
  緑(小)×3
  紫(中)
  赤(中)
  黄色(大)
 ・神獣の石板
  スパルナ
  フェンリル
  バルバトス
 ・アスラ金貨100枚
 ・ルード鋼10個(+10)


■分身攻撃(パラレル・アタック)
 闘気による高速移動を使って異なる攻撃位置からほぼ同時に攻撃する技。
 これによって間合いと攻撃方向を見切らせない効果がある。

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