無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第029話_社会見学

---社会を知り、己を知り、親の仕事を知る---

 

ロア到着14日目の朝食後、さっそく俺はギレーヌとエリスを相手に読み書きの勉強を始めた。部屋は食堂をそのまま使わせてくれるらしい。俺は食事のときに教科書を持参したので、そのまま食堂で待っていると、ギレーヌとエリスが教科書を持って戻って来た。

 

「またせたな、ルディ」

 

ギレーヌはかなりのやる気だ。二人が俺の対面、食事時ならヒルダの隣の席の誰も座っていない席にエリス、さらに隣にギレーヌが座った。

 

「よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

ギレーヌが礼儀正しくしたのでエリスも続き、俺もそれに返答した。今回のミッションの1つはエリスのやる気を高く維持したまま、自立心も高めていくことだ。そのための幾つかの作戦は日記で検討済みだが、さて上手くいくかどうか。まずはギレーヌに顔を向ける。

 

「まずは現状把握ですが、ギレーヌは獣神語と人間語を話せると思われますが読み書きの方は?」

 

「たしかに両方話せるが獣神語も人間語も読み書きができない」

 

ギレーヌから予測通りの受け応えを得て満足する。

 

「判りました。では、はじ」

 

「ちょっと、私にも聞いてよ」

 

では、始めましょうと言おうとしたところでエリスに遮られてしまった。まぁいいだろう。俺はエリスの方を向く。

 

「エリスは、人間語を一応話せますが時と場合で使い分けができず、読み書きもできない。あっていますか?」

 

「あってるわ」

 

一応の嫌味を添加して放ったのだが、エリスは意に介さないようだった。

 

「では、気を取り直してはじめましょう」

 

そこから1時間、文字の種類やその基本の読み方をレクチャーした。

 

「もう少しすれば自分の名前が読めるようになりそうですが、今日はこれくらいにしておきましょう」

 

「まだ自分の名前も読めないんだ……」

 

「ふむ、つまらないですか? エリス」

 

「なんか小難しいし退屈だわ」

 

「ギレーヌはどうですか?」

 

「もう少しでこっちの本が読めると思うと早く覚えてしまいたい」

 

「読み方が判っても単語を覚えないと読めませんよ」

 

「そ、そうなのか……」

 

ギレーヌが残念そうなのは意外だが、エリスの反応は想定済みのものだ。ぶっちゃけ暴力で押してこないエリスはちょっとワガママなお嬢様でしかないからな。闘気を得て肉体的な優位を得た俺であれば色んな方法で彼女のヤル気を出すことができる。少し考えたフリをした後、俺は飴とムチを与えることにした。

 

「うーむ、そうですね。なら7日間、頑張って文字の読み方について覚えることができたら、8日目は町の商店や市場にいって看板を読んで周りましょう」

 

「え?町に出られるの?」

 

「成績がよければ冒険者ギルドの依頼を読ませてあげますよ。冒険者ギルドの依頼内容を読んで理解できたら、きっとギレーヌがいろんな冒険者の知識を語ってくれるでしょうね」

 

「ほんと!?」

 

「いいだろう。いろんな思い出があるからな」

 

「一応、フィリップ様がお許しになられたらということにしましょう」

 

たった7日間で人間語の読みが全てできるようになるわけではない。ただエリスは前世では見たこともないくらいの真面目さで勉強してくれた。言われなくても復習してくるくらいの熱心さだ。なんか効果がありすぎてちょっと怖い。こういうときは不測の事態が起きて俺がピンチになるんだ。きっと。

 

そんな約束をした裏で、俺はこの7日間の間に店の看板を設置し、内装を整理した。またシルヴァリル人形とギレーヌ人形を完成させた。中々の出来だ。

 

--

 

ロアに到着してから21日目の夜。俺は食事の手を休めフィリップに話しかけた。あまり礼儀に適ってはいないが、誰にも叱られたりはしなかった。

 

「お食事中すみません。フィリップ様」

 

「なんだい?」

 

フィリップもヒルダもサウロスも食事の手を休めて、俺の顔を見ている。

 

「実はエリスに文字の読み方を教えていまして、もしご許可を頂けるなら明日は店や市場を周って実習をしたいのですが構わないでしょうか?もちろんギレーヌと僕が護衛として付きます」

 

「ほう。エリスの家庭教師をしてくれているのかい?」

 

今知ったようなことを口にしているが当然知っていただろう。

 

「模擬戦の折、ギレーヌに読み書き算術を教えると約束しましたので、そのついでです」

 

「ついでの割には実習は娘のためなんだろう?」

 

あれ?なんか予想していた方向性と違うな。予想では危険だとか危険ではないとかの話になると思っていたし、こういう反応はエリスの10歳の誕生日前後だと思ったのだが。

 

「んーそうなりますね。いえ、ギレーヌにも実習をしてもらいますよ」

 

「まさか、デートかい?」

 

は? フィリップの突拍子の無さに驚いて、俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まってしまった。エリスとの関係はまだまだ時間がかかる。俺はそこまで性急に事を進めようとなんてしていない。これは単に読み書きの実用性を理解させ、かつヤル気を上げるための策でしかない。

 

「何? なら私は居ない方がいいのか?」

 

これはフィリップの冗談なんだ。ギレーヌよ本気にしてはいけないぞ。エリスもびっくりして俺の顔を見ている。これは必要以上に否定するのもまずい流れか。

 

「ギレーヌも悪ノリは止めてください」

 

「そ、そうか」

 

俺は一旦、フィリップへの回答を保留して隣に座るギレーヌへ顔を向け、そう嗜めた。顔をフィリップに戻す。

 

「フィリップ様、お戯れを申されても困ります。エリスもやる気になっているのですから。ただ、もしお小遣いを頂けるなら、そちらのお嬢さんを年相応のデートっぽい場所へご案内するのもやぶさかではありません」

 

「ははは、冗談、冗談。悪かったね。町に出る件、父さんも構わないかな?」

 

「町長の娘なら町の様子を知るのも良い勉強だ。大いに結構!」

 

「よし、許可を出そう。ただし人攫いには気を付けてくれよ」

 

「承知しました。ご許可を頂きありがとうございます」

 

こうして実習の許可を得て、話は終わりになる。話を振られなかったヒルダは何か言いたげだったが口を挿まないようだ。会話が済んだ雰囲気から、そっと夕食は再開された。

そうして食事が終わって食堂を出ると、エリスとヒルダが珍しく廊下で話し合っているのが見えた。時折、廊下中にエリスの「えっ?」とか「でも……」という大きな声が響いていたが俺はあまり気にしなかった。

 

--

 

ロアに到着してから22日目。朝食後に2人には玄関で集合しようと伝える。今日は実習なので教科書による勉強は無しだ。俺も一旦部屋に戻り、一応、一番綺麗な服に着替える。まぁ本当にデートではないんだが、あまり汚い格好でエリスに幻滅されても困る。そんなことを考えながら着替え終えたところで扉がドンドンとノックされ、扉を開けるとそこにはギレーヌが立っていた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あぁ、そのお嬢様は準備に少し時間がかかるそうだ」

 

「そうですか。まぁ女性の準備には時間がかかるものですから構いませんよ。ギレーヌは護衛もありますから御粧(おめか)ししていなくてもおかしくなりませんけどね」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

ギレーヌが言ったのは時間がかかっても構わないよという俺の意見に対する助かるだ。彼女は7歳児に色目を使うような軟派な精神構造をしていないから大丈夫。前世でも時間稼ぎでギレーヌが俺の部屋に来たことがあったな。そう、そういえばその時は……。

 

「あぁそうだ。実はギレーヌの像を作ったので宜しければ貰って頂けませんか?力作なんですよ」

 

「なんだと?」

 

「今もってきますね」

 

そう言って俺はギレーヌが事態を把握していない間に部屋へと引っ込み、ギレーヌ像を持ってきた。

 

「どうぞ」

 

「これは! こんなすごいものをもらっても良いのか?」

 

「良い出来でしょう?私のお店で販売させて頂きたいくらいです」

 

「許可がいるのか?」

 

この世界に肖像権なんていうものは存在しない。故にギレーヌの疑問は正しい。

 

「そういえば、別に勝手にやっても捕まることはありませんね」

 

とにかく、それ以上の問答を必要としなかったので無理矢理ギレーヌの手に像を持たせた。彼女は丁寧に像を持ち上げて凝視している。気に入ってくれたみたいで良かった。その後、彼女は「伝えたぞ」と言い残して、像を置いてくるため自室へと戻っていった。その足取りはいつもより幾分軽やかだった気がする。

 

俺は部屋に戻り、しばらく手持無沙汰で日記を読み直していたが、そろそろ良いだろうと思って玄関口に向かった。玄関口にはギレーヌの他に執事長のアルフォンスさんが立っていたが、エリスは未だのようだ。

 

俺は玄関口に着いてすぐにアルフォンスに声をかけた。

 

「アルフォンスさん、あなたも同行されるのですか?」

 

「いえ、ルーデウス君。フィリップ様からお小遣いです。お嬢様をよろしくお願いしますよ。どうぞ」

 

「ありがとうございます。そうだ。アルフォンスさん、お昼は3人で外で食べてきますと、お伝えください」

 

「承りました」

 

俺がアルフォンスからお小遣いの入った白い袋を預かるとずしっとした重さがあった。

いくら入ってるんだ……言付かった仕事は終わりとアルフォンスはフィリップの執務室の方へ歩いていく。

 

--

 

アルフォンスとのやり取りから数分もしない内にエリスがやってきた。彼女は綺麗な白の肩出しブラウスに緑色の膝丈のスカートでどこからどうみてもお嬢様だった。靴が履きなれないものであるせいか、歩き方もいつものような感じではない。声もしっとりしていた。なるほどヒルダの仕業だろう。

 

「おまたせ。あの……今日はヨロシクにゃん!!」

 

俺は懐かしい眩暈に襲われた。この風習も矯正する必要があるだろう。今はフィリップもサウロスもいない。2回に分けて言うのは手間だがなんでも効率化するのが良いこととは限らないな。

 

「エリス……。それ何なんだ。嫌なら実習は延期するから止めてほしいんだけど」

 

俺は極力ジト目になるようにして情けない声音で言い切った。

 

「だって、お母さまが……」

 

「はぁ。ボレアス家の風習なら余り口を出したくないけど、友達無くすよ」

 

「そ、それは困るわね。ルディ、今日はよろしく頼むわ!」

 

エリスも危機感からいつもの感じに戻したようだ。

 

「なら良し。今日は実習だけど、せっかくだから楽しくいきましょう!」

 

俺は彼女の切り替えに合わせて寸前の出来事を水に流し、笑顔で彼女に応えた。

 

「あぁそうだ。良く似合ってるよ、エリス。剣を握っているときも素敵だけど、こちらも中々良いと思う」

 

「あり、ありがとう……」

 

ほとんど条件反射的に褒めてしまった。顔を真っ赤にしてるのは微笑ましいがやりすぎると転移事件が早まる可能性もあるんだった。気を付けよう。なんというか弄んでいるみたいで少し鬱になりそうだ。

 

「ではいきましょうか」

 

そういって俺たち3人は屋敷を出発した。屋敷を出るときに、ギレーヌから「その調子でサウロス様やフィリップ様にも頼む」と言われ、期待の目を向けられた。たしかにこの家の風習は精神に来る。1つ仕事が増えてしまった気がするが必要なことだろう。

 

町に出ると看板がなくともエリスは物珍しさからあれは何か、これは何かと聞いてくる。前世の俺の子供たちの5~6歳のときにも同じことがあった。エリスは町を見物することも許されなかったのだろう。社会見学の重要性もそのうち俺の書く教科書に書いておくべきだな。前世では魔大陸からアスラまでエリスも十分に社会見学したはずだったが、あの状況は特殊で無邪気にはなれなかったということかもしれない。

俺が質問に答えると彼女は忘れないように読み方を確認している。エリスもやる気さえ出せれば勉強熱心になるのだな。一方、ギレーヌは護衛を優先したスタンスだ。たまにエリスがしなかった看板の読み方を質問してくる程度だ。それよりも周囲の警戒に8割方の意識を向けている感じがする。相変わらず仕事熱心だ。

ルード商店はちらっと見たがギレーヌクラスだとダイコクに違和感を感じるかもしれない。そういう意図も込めて立ち寄らなかった。

店と市場を巡り終えた俺たちは少し早い昼食を食べるためにロアで3番目くらいにオシャレな喫茶店に入った。子供二人と獣族の女のトリオならこれくらいが丁度いいだろう。店員が4人のBOX席に案内したので俺とエリスが並んで座り、対面にギレーヌが座った。入る前に食べたいものは決めていたので、さっさと3人分の食事を注文した。

 

「エリス、ギレーヌ。料理が来るまでにメニューで読める単語があるか見てみましょうか」

 

「うん」

 

「いいだろう」

 

そういって3人で1つのメニューを見ながら、読み方を教えるとギレーヌは「あぁあれか」と言うことが多かった。対して、エリスは「それってどんな料理なの?」ということが多かった。看板のときと同じように料理の説明もするとエリスは非常に満足気であった。一通り説明を終えたが、まだ料理は出てきていない。間を持たせるためにも話を振ってみよう。

 

「エリス、どう実習は?」

 

「楽しいわ。私も好きなときに外に出られるように早く強くならないと」

 

「強くなるのは結構だけど。一人で出かけたときに最低限メニューが読めないとご飯も頼めないよ」

 

「そうね」

 

それから料理が来て話もそこで終わりになった。

 

滞りなくランチを終えて店を出る。それから約束していた冒険者ギルドに向かうと、着いた頃には昼下がりになっていた。ロアの冒険者ギルドの特徴はギルドの建物の中が平和な雰囲気を醸し出しているところにある。それもそうだ。ここで活躍しているのは冒険者というのも名ばかりの便利屋かモンスターを見たこともない駆け出し冒険者だけだからだ。掲げてある依頼内容もFランクかEランクばかり。俺は少し緊張したエリスに呼び掛けた。

 

「こっちだよエリス」

 

呼びつけたエリスを依頼掲示板の前に向かわせる。

 

「依頼が一杯あるのね」

 

「読めそうなものある?」

 

 =========================

 E

 ・仕事:迷子のペット探し

 ・報酬:銀貨1枚

 ・仕事内容:ペットの捜索・捕獲

 ・場所:ロア町4番通り31番地

 ・期間:見つかるまで

 ・期限:特に無し

 ・依頼主の名前:ルツェルン・インターラーケン

 ・備考:赤い首輪の白猫、3歳

 =========================

 

「うーん、これはEランクのなんて書いてあるのかしら……ペット、探す……細かくは判らないわ」

 

「それは赤い首輪をつけた白猫で居なくなったから探して捕まえて欲しいってさ。だいたい合ってるからもう少し勉強すれば読めるようになる」

 

「そう、もう少しで私も冒険者ができるということね」

 

「そうだね」

 

本来の目的通り、エリスは色々な依頼文を読んではうーんうーんと読みとった単語から内容を想像している。次の授業では依頼内容風の文章を読ませてやろう。参考にするために俺もいくつか依頼内容を読み取っていると、この辺りでは珍しい緊急のBランク任務が目に入った。

 

 =========================

 B

 ・仕事:ルード鋼の調査

 ・報酬:金貨10枚

 ・仕事内容:ルード鋼に関する情報を調査する

 ・場所:フィットア領

 ・期間:2か月

 ・期限:再来月末日まで

 ・依頼主の名前:キルケネス・ブラウンホーク

 ・備考:産出地、取引のルート、売っている店の情報

 =========================

 

……キルケネス・ブラウンホーク。名前からして貴族のようだが、俺の前世の記憶にある上級貴族に同じ家名はない。中級・下級貴族あたりで、どこかの上級貴族の指示で動いている可能性か、この名前が偽名の可能性の両方がある。うーん、これは……

 

「ねぇ、ねぇったら」

 

何度か話しかけられていたかもしれない。

 

「うん?」

 

「どうしたの、固まってなかった?」

 

「あー、この辺りでは珍しいBランクの仕事を見つけてね。じっくり読んでただけだよ」

 

「? ルディって冒険者なの?」

 

「Fランクだよ」

 

「私もなりたい!」

 

「困ったな……」

 

エリスに社会経験を積ませるならFやEランクの仕事を一人でやらせるのは有効だ。ただ、バイオレンスなお嬢様が治ったわけじゃない。俺の前では尻尾を出さないだけだ。いくらギレーヌが護衛についているといっても彼女の常識もその方面では怪しいところがある。ここはもう少し我慢させた方がいいだろう。

 

「そうだね。なりたいならそこの受付にいって申請すればできるけど、文字が読めないと書類の意味がわからないし、名前が書けないと提出できない書類があるよ」

 

「そうなんだ」

 

ギレーヌが冒険者をできていることに思い至ればこの説得は失敗するが、ギレーヌも余計なことは言わなかった。

 

「うん。早く文字を覚えないとね。せめて依頼を読めるようにならないとまともに仕事もできないよ」

 

「そうね」

 

「依頼を見るのはここまでにして、もう少し建物の中を見学してから帰ろう」

 

俺の案内で一通り建物の中を散策した後、3人で外に出る。すると、日は傾き始めていた。余り遅くなればフィリップ達が心配するだろう。そう考えて俺は2人を連れて西に向かって歩き出した。

 

「どこへ行く。ルディ」

 

ギレーヌが固い声で呼びかけてくる。

 

「フィリップ様と約束したところですよ」

 

「そうか」

 

そう言っただけでギレーヌは黙ってついてきた。エリスは初めて見る街並みを眺めるのに忙しいようだ。もしかしたら自分の屋敷に向かっているのかどうかも分からないのかもしれない。

 

すっかり日が傾き夕焼けが町を赤と黒に分ける頃、俺たちは目的の位置に辿り着く。ここに来るまでにエリスが履きなれない靴で足を痛そうにしていたので今は俺がおんぶしている。治癒魔術をしてやればこんなことしなくても良いのだが、まぁ役得だろう。俺とエリスが見上げるのは無限に町が広がると思われた世界を突然に堰き止める高い城壁だ。その見上げる城壁の足元に辿り着いた。

 

「ギレーヌ。ちょっと行ってきます。一緒にいきますか?」

 

「いや、遠慮しておこう。気を付けてな」

 

「はい」

 

「ちょっとどうするの?」

 

俺はおんぶしているエリスには説明せずに、無詠唱の重力魔術で空へと舞い上がった。魔術を調整して城壁の上へと着地する。

 

夕日に染められた広大な金の麦畑と微かに見える隣町は伝説の黄金郷さながらである。

 

「綺麗ね」

 

耳元でエリスがつぶやいた。

 

「そうだね」

 

言葉は少なくても良いだろう。ひとしきり眺めた俺はエリスを背負ったまま今度はロアの町へと振り返る。

 

城壁から延びる影は闇を広げ、もう町の東の城壁へと延びていこうとしている。影に飲まれた足元に近い家々からは室内灯が漏れ出していた。

 

「これが君のお父さんとお祖父さんが守っている町だよ」

 

彼女から言葉は返ってこなかった。ただ俺にしがみ付く強さが少しだけ増した。町が全て闇に飲まれる頃、俺とエリスは重力魔術を使って城壁を降りた。それからギレーヌと合流して3人で屋敷へと帰っていった。

 

--

 

実習を終えて、ロア到着後3か月が過ぎた。エリスもギレーヌも真面目に授業を受けている。そして、基本の単語を覚えた彼女たちは辞書を使えるようになった。教科書の文字が読めるようになったし、判らなければ辞書を使うこともできる。もう俺が授業をする必要もないだろう。

驚くべきことにエリスとギレーヌは算術を個人で勉強している。覚えが悪いと思っていたのは前世において必要な物が揃っていなかったということだろう。勉強が終わればきっとFランク冒険者になり、いろんなことを体験して常識のある子に育っていく気がする。前世の記憶とはイメージがかけ離れているが、その中でバイオレンスな性格が落ち着くのが最良となる。

俺といえば、その間に7歳になり、ルード商店も順調だ。マリア管理のイーサを増やし、魔力結晶をダイコクに取り付けたので彼への魔力供給作業から俺は解放された。これを俺は簡単なことだと思っていたが、ルード商店B2Fへの通路は巨大なルード板で塞いでいたので俺無しでの自動交換は不可能だった。そこでルード板を加工して小さな小窓を作り、2人が魔力結晶だけを交換することを可能にしたことで解決となった。またロアを離れるにあたって皿とコップは多めに用意してB1Fの倉庫に積んでおいた。本も十分な在庫がある。一月くらいは問題ないだろう。

心残りは冒険者ギルドのあのBランク任務だったが、幸運なことに受付期限を過ぎたようで俺がロアを離れる前に依頼欄から取り下げられていた。といっても貴族がルード鋼について何かを調べていることは確かだろう。ブエナ村に戻ったら関係者には注意を喚起する必要がある。できればアスラ王が関係していることを願いたい。そうすればこの後のことも進めやすい。

 

そろそろブエナ村に帰ろう。皆は元気にしているだろうか。そう思い、ちょうど3か月が過ぎた日の朝にフィリップとサウロスに帰還の挨拶をしてロアを後にした。

 

 




次回予告
報告・連絡・相談。
末端社員が問題を溜め込まず、管理職の上司との風通しを良くすることで
組織が円滑に問題解決に取り組めるようにする手法。
オルステッドカンパニーの生え抜き社員であった彼は、それが実に要領よくできる。
報告は短く、連絡はまめに。だから3か月で故郷に戻ってきた。
相談しろと言われれば、受けた相手が解決できそうな問題を提示する。
そして誰もが気付いていない将来に亘る問題点を察知し、事前に対処する手抜かりのなさ。

次回『ブエナI』
優秀な部下には優秀な上司が必要だ。
あぁ。それとだな。
言い忘れていたが、親たちはこのプロジェクトの管理職でも上司でもない。
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