無職転生if ―強くてNew Game― 作:green-tea
---家族なら、もっと家族らしく---
ブエナ地下室は出口を潰して3か月になるので転移魔法陣を使わずに、俺は来たときと同じ手順でブエナ村へと帰った。自宅に着いたのは昼前だ。
「ただいま!」
声が明るくなるように、玄関をくぐる。
「お帰りなさいませ、坊ちゃん」
「ただいま、お母さん」
食事を作っていたのだろう。リーリャが台所からこちらへと顔を出して挨拶だけした。とすれば母さまはノルンとアイシャと一緒にいるということだ。もしかしたらシルフもいるかもしれない。
とりあえず真っ直ぐ自室に戻って旅装を解く。部屋は3か月の間に埃の溜まっている部分もある。やはりリーリャも赤ん坊の世話で忙しいのだろう。俺の部屋までは手が回っていないようだ。妹ができた事に比べればそんなのは些事だ。後で掃除すれば良い。しかし、なぜベッドの掛布団がはだけているのか謎だった。行く前には一応綺麗にしておいたはずだが、はて。
旅装を解いた俺は両親の部屋に行き、おもむろにその扉を開いた。2人の妹がスヤスヤと赤子用の小さなベッドにそれぞれ眠っているのが目に入ってくる。視線を動かせば、ベッドでゼニスも寝ている。夜泣きでもされて寝不足なのかもしれない。そう考えて俺はゼニスを無理に起こさず、なるべく静かに扉を閉めた。シルフは昼ご飯を食べに戻ったか、ロールズが見張りの日かどちらかだろう。それとも治療院でゼニスの代わりに仕事をしているかもしれない。
前世では旅からシャリーアへ戻ると誰かが出迎えてくれたものだから、ついそれが当たり前のようで、現状が少し寂しい気がしていた。でもこの家は赤子が2人も増えて忙しいのである。むしろそんな忙しい時期に息子が家を放って旅に出てしまったのだ。家族には迷惑をかけている。そう思い直して、俺はリビングに座って目を瞑る。台所からは食欲をそそる匂いが流れ出してきていた。そうだ、急に帰ってきたから俺の昼ご飯はない。リーリャの調理が終わったら、自分で準備しよう。そう段取りをして、これからやることもいくつかあることを考え始めた。
「あの坊ちゃん」
「あ、はい!」
瞑っていた目を開いて、声の方にいるリーリャを見る。その顔はいつも通りの冷静さでなぜ呼ばれたのかが思いつかなかった。さらに考えを巡らせる。
「あ、ご飯がなかったら大丈夫です!急に帰って来たのですから自分で用意します」
「いえ、そろそろ戻ってくると思いましたので坊ちゃんの分もありますよ」
「そうですか、では何でしょう?」
毎食俺の分まで作ってくれていたんだろうか。いつ帰ってきても良いように。結局、答えが判らずに聞き返すと、リーリャは俺の目の前まできて膝をつき、俺を抱きしめてくれた。
「お帰りなさい」
「ただいま、お母さん。お変わりありませんか?」
俺は会話をしながら優しくリーリャの背中を撫でた。抱擁を解いた彼女と俺の目が合う。
「元気ですよ。みんな3か月前と変わりません」
「家はほっとしますね。父さまはどちらに?」
「見張り櫓が壊れたというので朝から出かけていますけど、お昼には戻ってくるはずです」
リーリャは立ち上がり、俺は彼女を見上げる。
「そうですか」
「ゼニス様とはお話になりました?」
「母さまは寝ていたので、まだ」
「なら、パウロが帰って来る前に起こしにいってくださいます?」
「わかりました」
返事をして、また両親の部屋に戻った。
「あら、ルディ!」
「母さま、ただいま」
どうやって起こそうかとちょっと考えていたのにゼニスは目を覚ましていた。食事の匂いが入ってきている。これで起きたのかもしれない。陽だまりのようなゼニスが起きたことでこの部屋の温度も目を覚ましたようだった。
「おかえりなさい。あらあらあらあら、ちょっと見ない間にもう!」
ベッドから立ち上がったと思ったら、入り口に固まったままの俺のところに辿り着き、熱い抱擁があった。そんなに変わっただろうか。
「あら?リーリャにはもう挨拶したのね」
「えぇ、母さまが寝ていらっしゃったので」
なぜか言い訳じみた答えを返してしまった。別に家族なんだから誰に先に挨拶を済ませようと構わないと思うんだがダメだったのだろうか。そして、ゼニスはくんくんと俺の匂いを確認する。その様はなぜか昔のエリスに通じるものがある。対極にあるような2人の共通点を見て微笑ましい気持ちになった。俺も母さまの匂いは好きだが、今は少し乳くさい。匂いの話は置いておくとして。
「もうすぐお昼のようです。父さまが帰ってくる前に下におりましょう」
そういって俺はアイシャを、ゼニスはノルンを抱いてダイニングへと向かった。アイシャも大きくなった。ずっしりした重量がある。きっとノルンも同じだろう。
ダイニングに着いてリーリャにアイシャを手渡した。もうダイニングテーブルには家族分の料理が配膳されている。シルフ分はない。やはり自宅で摂るのだろう。配膳された食事を前に、パウロを除く家族が揃い、席についた。
ゼニスやリーリャは普段通りのようだが、家族の温かみが先ほどの抱擁から感じられた。寂しく思ってくれたのかもしれない。どれだけ強さを見せてもゼニスの態度が変わらなかったので、俺はゼニスが心配してくれていることを疑っていなかったが、リーリャも同じようにしてくれるとは正直思っていなかった。呼び方は坊ちゃんのままだし血が繋がっているわけでもお腹を痛めた子でもない。俺が彼女をお母さんと呼ぶからだろうか。前世でずっとゼニスといてくれたリーリャを俺は家族だと自然に思い、そう接するからかもしれない。こういう関係になれたことに喜びを感じる。
そんなことを感じながら、話題は概ねノルンとアイシャだった。それとゼニスの庭の話。あとパウロが真剣に修行し始めた話。俺の話はパウロがきたら話せば良い。シルフの話をしてくれても良かったんだが、俺から言うのも変かなと思って言い出せなかった。
タッタッタ。
この足音、パウロだ。俺は立ち上がってダイニングに入ってくるパウロを見た。
えっ!?
俺は絶句した。パウロ、どうしたんだ。どうして……そんなに真っ白なんだ。
「あの、ただいま帰りました」
「おかえりルディ! 元気だったか?」
パウロは別に何もなかったような顔をしている。いつも通りだ。
「父さま……その……どうされたんですか?全身真っ白ですけど」
「あなた!そんな恰好で家に入ってきたら家中真っ白になるでしょ!」
これは木を折ってしまったときと同じくらい怒っているぞ。
「……」
リーリャが無言だ。こっちも目つきが相当怖い。
「父さま、いますぐ外に行きましょう。すぐ済みますから!ね!」
「お……おぅ。すまんな」
俺はパウロを庭に出すと問答無用で広角の水鉄砲を魔術で作り、パウロから白い粉を落としていく。イメージは車を洗浄する高圧洗浄機だ。上から下へみるみる濡れネズミになっていくパウロ。
「父さま、後ろを向いてください」
俺の指示で後ろを向くパウロ。服ごとびしょびしょになっていく。洗い終わると混合魔術『スチームドライ』で頭から乾かす。ゴォォォ。乾かしながら聞いてみる。
「それにしてもどうしたんですか」
「物見櫓が壊れてしまってな。早く帰ってくるために修理を手伝ったんだよ。お前が村に入ってくるの見たってやつがいたからな」
どうして体中真っ白になるかは見当がつかないがまぁいいだろう。それよりも急いで帰ってきて、真っ白になったのも構わず俺と再会したかったのか。いじらしいことをする。
「そうですか。父さまに何かがあったかと思って焦りましたよ」
「平和な村だからな。そういうことは滅多に起こらない。お前も元気そうだな」
「今はお腹が空いています」
「フィリップのところの飯は旨かったか?」
「母さまとお母さんのご飯が恋しかったですよ」
「そうか、よしもういいぞ!ありがとうルディ」
パウロの声で魔術を止めると、パウロは俺に近づいてきて頭をワシャワシャと撫でた。そして2人で家に入る。久しぶりの家族と食べるご飯だ。
漸く全員が席について食事が始まった。俺からしてみれば5年間帰ってくるなと言われた前世と比べて、3か月は短い。でも現世の親たちにとって3か月は俺と一番長く離れていたことになる。そのせいだろうか、彼らが俺に質問するのは風邪を引かなかったかとか食事はどうだったかとかフィリップの屋敷で不自由しなかったかという俺の身体を気に掛けたものだ。そう、俺の旅の目的の核心にせまるような話ではなかった。一応、昔パウロと喧嘩したことを参考に旅自体が楽しいとかそういう雰囲気は極力控えた。
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食後、リーリャとゼニスが食事の片づけをしている間、パウロはノルンとアイシャをあやしていて、俺はそれを眺めていた。ただ甘やかしているだけなら普通だ。しかし、あのパウロが泣かれた妹たちに動揺せずにおむつが濡れているのに気づき、それを慌てず騒がず替え、おむつを洗って戻ってくるのを見るに、その手並みに感心するばかりだ。俺を育てた経験が微妙に変化したことに因るのか、なんらかの心境の変化により今の自分を否定して一歩前に進んだのか。この時期のパウロは夜泣きに悩まされ、ノイローゼになりながらも家事が全くできないはずだがそうではなくなっている。よくよく考えてみると、前世でも転移事件後のパウロはノルンと2人で上手くやっていた。俺が変に手伝ったりするから彼の成長を阻害していた可能性もある。一つ一つの変化に気を配らなければいけない。何が未来を変えるのか。少なくとも……
「ルディ、どうした?」
俺が思索に耽っていると、パウロが声をかけてきた。妹たちはもう寝かしつけられている。
「父さま、どうしたとは?」
何かまずかったか?思い当たらない。
「いやお前、厳しい顔で座っていたら普通聞くだろうよ」
「あぁすみません。家族の前でこんな顔してはいけませんね」
旅行から帰ってきた息子が思い悩んでいれば声をかけるというものか。家族と暮らせることはとても嬉しいことだろう?笑顔だ。笑顔を絶やしてはいけない。胃が少しキリキリした。心安らげる場所だったはずなのに。誰かに相談したかった。全てを。
「ったく、そんなに信頼ないかね。困ったことがあるなら話せよ。お前は俺の息子だぞ」
だからだよ、パウロ。だから話せないんだ。俺は家族を俺の問題に巻き込みたくない。そのための2周目なら、それだけはしてはいけないんだ。でも気持ちはうれしいよ。ありがとうパウロ。
「そうですね。何から話しましょうか」
表面的な話で誤魔化してしまおう。そう判断した俺はギレーヌとの一戦についてパウロに説明し、辛勝したがこのままでは水神には届かないという話をした。
「なんていうか、悩んでいる次元が凄いな」
「すみません」
「謝ることはねえさ。ちなみにギレーヌは吠魔術は使えないと思うぞ」
「そうなんですか」
「あぁ、あいつは故郷では
「なるほど」
情報不足。パウロの手紙のせいでギレーヌと闘ったときは、失敗したなと思う程度だった。だが、パウロに直接指摘されるとミリシオンでの喧嘩の原因が思い出された。今回は運が良かったと言える。結果がそこまで致命的じゃない。俺は自己採点表に付けていたマイナス点を大きくした。
「まぁ勝てるかどうかで悩んでいるお前に言うのもおかしい話だが、もし水神レイダ・リィアに勝っても名前は継がない方が良いぞ」
「『水神にはなるな』ということですか?」
「そういうことになる。お前は知らないと思うが、水神には厳しい掟があるのさ。『水神の伴侶は家を捨てねばならない』そういう掟だ。ロキシーは家出してるみたいだから問題ないが、シルフィやエリスに家を捨てさせるのか?」
掟のことは知っているが、それよりパウロからみてもうエリスが結婚相手の一人に入っているというのはどういうことだ?
「結婚相手なんてまだ決めていませんよ。それに……」
「まて、お前シルフィという名前に違和感はないのか?」
しまった。いや、まだ誤魔化せる。
「? それにシルフィアーナさんはシルフのお母さんでしょう?」
「ま、まぁいい。結婚相手を決めてないならなおさらだぞ。本当に愛する女ができたときにどうする。そいつのために水神の名を捨てることができるのか?」
シルフィの件はセーフ。そして水神の名にこだわりなんてない。
「仮に水神になったとして、その名を捨てたらどうなるんですか」
「そりゃ、水神が空席になったら水帝同士が争って水神になろうとするんじゃねぇか?元水神に恨みを持つやつも出てくるだろう」
「……うーん。思ったより流派の結束が強いんですね。剣神流はそういうことが無いと聞きましたけど。恨みを買って家族へ迷惑がかかるのは本意ではありません。水神に挑みはしますが結果がどうであれ、水神にはならないことにします」
「それがいいだろう」
「父さま、相談に乗ってくれて助かりました」
俺はなるべく気持ちが晴れたような表情を作って話を終わらせた。
--
これ以上の憂鬱な顔を家族に見せるのは止めようと自室に戻って部屋の掃除を始めた俺は、掃除の終りとともに巡り出した考えがまとまりつつあった。心配はかけても良いだろう。でも俺の真相を知らせることはない。俺が全てを話すことができるのはオルステッドとナナホシの2人だ。転移事件が起きるまで、自分を偽って乗り切ろう。商売でもやっているのが一番気が楽かもしれない。仕事をやっている時が一番楽なんて、無職だった俺にとっては気の利かない皮肉だ。
俺はベッドに座り、両手を組んで顎につける。家族と居たい、思い出を作って、親孝行もして……でも胃の痛みは治まらない。誰か。助けてくれ。
ガチャリ。
部屋の扉が開いた。俺は顔を上げた。そこに立っていたのは緑の髪を肩まで伸ばした少女だった。服装も女の子らしい白いワンピースだった。
「ルディ!」
「シルフ?」
彼女が俺の胸に飛び込んできた。咄嗟に彼女を抱きとめる。
「元気だった?」
「元気じゃないかな」
彼女が胸の中で心配そうになった。
「え?元気ないの?」
「さっきまでは少し良くなかったよ」
「今は?」
「充電中」
そう言って少し強く抱きしめた。もうこれはシルフィなんだろう?さっきパウロが口走っていた。そしてシルフィは別に嫌がっていない。俺の為すがままだ。俺は充分な時間そうして、それで少し腕を緩めた。
「もうだいじょうぶ?」
「充電完了」
それでも俺たちは抱きしめ合ったままだった。7歳同士の別にいやらしい感じのしないそれだ。彼女の顔が目と鼻の先にある。
「あのね」
「うん」
「シルフィってよんで」
「いいけど、お母さんと一緒になるんじゃ?」
「お母さんはフィアーナってよばれてる」
「わかったよ、シルフィ」
「んふふ」
名前を呼ばれただけでこれか、チョロフィ。
「髪も伸ばしたんだね。こっちのが好きだ。胸元くらいまで伸ばすのが一番好きかも」
「うん。わかった」
シルフィとじっと目が合う。俺の目に嘘がないと確かめたんだろう。女の子の勘は鋭いからな。
「浮気、しなかった?ロアには女の子がいたんでしょう?」
う、浮気!?どこでそんな言葉を覚えたんだ。そもそも結婚どころか付き合ってもいないのに。さっきのパウロもそうだった。俺はそういうキャラだっただろうか。それとも何かがあったのだろうか。
「お嬢様が一人も友達がいないっていうから友達になりはしたけど……」
「やっぱり」
シルフィは表情をすっと硬くしたと同時に俺から離れて部屋を出て行った。なにがやっぱりなのだろうか。はぁでもシルフィを思う存分抱きしめて俺はかなり充電できた。胃の痛みも消えていた。
充電できた安堵感からしばらくぼんやりしていたが、シルフィ帰ってこないな。追いかけた方が良かっただろうか。でも追いかけて何を言えば。何か未来から来た俺の日記の流れに似ているせいで心配になってきたがそんな風にはなるまい。気にしすぎだ。
さっきまでの状況を打破する答えが出たような気がした。
まだ7歳だが心を癒すのはそれしかないような気がした。
俺は答えが見つかったのに、シルフィに何を言えば良いかの答えは見つからないままベッドから立ち上がった。
--
帰って来た日の夕食後に尋問が始まった。
「ねぇルディ」
「何でしょうか?母さま」
「旅のお話しない?」
「聞いてくださるんですか?」
「ええ、でも占いで出たっていう話に関係するところは母さんよくわからないから……」
「なら何を?」
「そうね。旅の途中で誰かの命を助けたりしたかしら?」
「そういうことはしていませんね。もちろん、力無い方が襲われていれば助けたと思います。ですが、この3か月で命の危機に遭遇したのは……」
「遭遇したのは?」
「自分くらいですね。父さまがフィリップさんに送った手紙の内容のせいでギレーヌと模擬戦をすることになったのですが、最終的にギレーヌが殺気を放って突進してきたので死ぬかと思いました。
あぁそれと、その前日にエリスが夜襲をかけてきて暗殺者だと思ったので、死ぬ思いで撃退したのでそれもでしょうか」
少し離れて話を聞いていたパウロが目を逸らした。
「ねぇルディ」
「はい」
「いじわるしないで」
「本当のことです、本当なんです。母さまお願いです。もし聞きたいことがありましたら何でもお答えしますから機嫌を直してください」
「なら、エリスちゃんとの話をして」
「よくわかりませんが、わかりました」
それからエリスとの話をした。サウロス邸に着いた初日に夜襲を受け殴り倒したこと。お互い自己紹介をして友達になったこと。剣術の稽古をしたこと。店を開くためにお店屋さんごっこをしたこと。求められて魔法剣士の戦闘に関する講義をしたこと。読み書きの教科書のテスターを頼み、その家庭教師をしたこと。ギレーヌと3人で社会見学に行ったこと。話し終わるとゼニスはリーリャと何やら相談を始めた。
シルフィやゼニスの態度から見るに俺がいない間になんらかの相談があったんだろう。ゼニスとリーリャはシルフィを応援か。もしかするとパウロも。
--ゼニス視点--
話が終わるとルディは妹たちのところへ逃げて行った。少し心が痛む。入れ替わるようにリーリャが寄ってくる。
「ゼニス様」
「リーリャ。ルディの話をまとめると、お嬢様の唯一の友達になったそうよ。それで勉強と社会常識を教えて遊び相手になったみたいね」
「それは出会った頃のシルフィちゃんの状況に似ていますね」
「そうね。違いは魔術を教えていない事とギレーヌが付いていることくらいね」
「エリスちゃんも坊ちゃんを好きになってしまうということですか」
「シルフィちゃんのことは大事に思ってるようなのになぜこんなことをするのかしら。……あの子に大きな意図があって狙ってやっているとしても、あんまり女の子の気持ちを弄ぶような子にはなって欲しくないのよね。全部天然なら余計、
「好きになるように仕向けておいて思わせぶりな態度をとる。恋愛に疎い若い子や人付き合いが薄い子ほど簡単に騙されてしまいますね。もはや結婚詐欺師の手口かと」
「浮気はダメと教えたけど、そこまでは教えてないからあの子も悪い事だと思っていないのかしら」
「教育が必要ということですか?」
「教育というより次の旅に出る前に釘を刺して置く必要があるわ」
家の息子は手がかからないと思っていたけど、思わぬところで大きな問題を抱えている気がする。親ってのは楽できないようにちゃんとできているのかもしれない。そんなことを思っていると、隣の部屋からアイシャの泣き声が聞こえた。
「バァァァァァアアアアアアアア!」
--ルーデウス視点--
ゼニスの尋問から半ば逃げ出して妹たちの所に来ると、パウロがノルンとアイシャを交互に高い高いしていた。子供をあやしながらパウロが質問してきた。
「なんだ、逃げ出してきたのか?」
「父さま、僕は悪いことをしたわけではありません。逃げ出す必要なんてないです」
本当は逃げ出してきたのだが、認める気はない。見透かされている気もするけどな。
「おーよしよしノルンちゃんはかわいいでちゅねぇー。それでフィリップの娘に近づいてどうする?上級貴族にでもなるのか?」
「なりませんよ。僕は家族を守りたいだけです。可能であれば大恩ある方たちもというだけです。アイシャ、おにぃちゃんもだっこしていいかな」
後半は言葉をまだ理解していないだろうアイシャに問いかけた。
「グ?」
パウロに遊んでもらう順番待ちをしていたアイシャを抱き上げる。お昼も抱き上げたが全然泣かなかったので無警戒に持ち上げた瞬間、アイシャは表情をこわばらせて……
「バァァァァァアアアアアアアア!」
泣いた。
「あーよしよしごめんね」
俺は暫く泣き止ませようと介抱したが、結局隣の部屋からリーリャがやってきたので専門家にお任せした。パウロに遊んでもらうために待っていたのに横槍が入ったと思ったのだろうか。アイシャも相当、パウロになついている。
「あの坊ちゃん、アイシャが申し訳ありません」
「何がですか?赤ん坊は泣くのが仕事ですよ」
「ですが……」
これはいけないな。
「ハァ、お母さん。もしかしてですけど、そうやってノルンとアイシャを区別して育てるつもりですか?」
「それは……」
リーリャはきっとアイシャをメイドとして育てるつもりだ。前世の経験からそれは判っている。でも妾の子だと卑下して生きることを今回、俺は許すつもりはない。最初が肝心だ。
「妊娠が判ったとき、リーリャ母さんもこの家の同じ家族になったってゼニス母さまは言いました。なら家族同士でメイドの振る舞いをするのはもう止めにしましょうよ」
俺の叱責の声が聞こえたからだろうか、ゼニスも部屋の入口まで来たのが見える。リーリャもパウロもゼニスも黙ったままだ。
「家族の中でお嬢様扱いされるノルンとメイド扱いされるアイシャを想像して僕は憂鬱です。どちらのためにもならない。結局、仲の良い姉妹になるはずだったものを仲違いさせるだけです。僕はそういうの嫌です」
「坊ちゃん。でもケジメは必要です」
「そうですか。夫婦間の事は父さまと母さまと3人でもう一度、よく話してください。子供の僕があまり口を出すことでもありませんから。でも妹の幸せのためなら同じことを何度でも言います。それと僕のことはルディと呼んでください。今後、坊ちゃんと呼ばれても僕のこととは思いません」
そう言って、返事を待たずにパウロの横を通りすぎて部屋を出た。
--
俺は久しぶりの風呂に入った後、簡易の人形精霊を作り、バティルスの茎を収集するように命令しておいた。ここに滞在している間に追加のアロマオイルを調達しておくためだ。そしてリーリャの部屋の扉をノックした。
「あら、坊ちゃん」
「ルディです」
「る、ルディ。何かご用ですか?」
「さっきは生意気なことを言ってごめんなさい。その、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
許可を得て部屋に入ると、アイシャがベッドサイドの子供用ベッドでよく眠っている。ノルンは今日は2階の昔のロキシーの部屋にいるみたいだ。そう思いながらリーリャが待つベッドに座った。
「僕もお母さんの息子として愛されたいです」
「愛していますわ。それに今日はありがとう。また助けられました」
「家族ですから、助け合って生きていくのは当然です。それに母さまとお母さん、二人もいて僕は幸せです」
少しの沈黙。
「身体が冷えるからおいでなさい」
リーリャはいままでよりずっとお母さんっぽい仕草だった。前世で言えば、それはアイシャにだけ見せる態度だった。なんだか嬉しかった。言われるがままにベッドに入るとリーリャの温かさがベッドから感じられた。
「おやすみなさい、お母さん」
「おやすみ、ルディ」
眠ってしばらくするとアイシャが夜泣きしたのでうっすら目が覚める。そこからまたしばらく経ちリーリャが戻ってきて、後ろからギュッと抱きしめられた。
--
次の日になって、リーリャとアイシャを起こさぬようにベッドを抜け出た俺は自室に戻って着替え、朝の剣の鍛錬を始めた。驚いたことに俺よりも早くパウロが既に汗を流していた。
「おはようございます。父さま、早いですね」
「おはよう。ルディ」
そういって俺も自分の鍛錬を始める。模擬戦をしたあの日からパウロは剣の師匠という立場ではなくなってしまった。無言のまま時が過ぎ、自分の型を確認し終えたところで緑の髪が跳ねてくる。
「おはようございます!」
「おぅ。やるかシルフィ」
「お願いします。師匠」
シルフィは昨日のようなひらひらの服ではなくズボンに半袖の格好だ。シルフィとパウロの師弟の関係は、エリスとギレーヌの関係によく似ている。俺は彼らの邪魔にならないように視界に入らない位置に移動して鍛錬の続きを行う。
「ルディ!」
パウロが俺を呼ぶ。
「はい、父さま」
俺は自主練を止めて、パウロの方に駆けた。パウロは俺を呼びはしたものの、俺が近くに来るまで黙っていた。
「フィリップの娘には稽古をつけたらしいじゃないか。シルフィにもやってみないか?」
「構いませんが、僕のやり方でも良いんですか?」
「それが見たい」
「シルフィも良いですか?」
「お願いします!」
ギレーヌと同じパターンか。俺は構えを取る。
「では好きに打ち込んできてください」
シルフィは習った型で打ち込んでくる。だが、踏み込みが近すぎる。剣の振り方も荒いし、初級剣士くらいだな。シルフィの木剣の根本を木剣で受けて流した。それとともに身体をずらしやり過ごす。
「もう一度」
シルフィは体を立て直してまた打ち込んできた。初めと同じで踏み込みが近い。今度はこっちから下がって丁度良い位置で受けてやる。ただし受けてから腕の力で剣を捌きもう一度流す。そういうやり取りを幾度か繰り返す。シルフィの息が上がってきたところで俺は彼女に問いかけた。
「わかる?」
「わかんない……」
賢い彼女ならもうわかったと思ったのだけど。違うらしい。こういうところはエリスのが勘が良いみたいだな。
「ならもう少しやろう」
そういって今度は少し判り易く同じことをやる。判り易くやるために返しも手荒くした。彼女の間合いのミスを突く。何度かの打ち込みの後、シルフィが地面に転がった。そこであの人の真似のように喉元に木剣を突き付ける。
「わかった?」
喉元から木剣を外す。
「たぶん。でも……対処が……わかんない」
シルフィは息がきれたようで立ち上がってはこなかった。
「それは父さまと練習してください。いろいろ試すといいでしょう」
「父さま、僕のやり方はこんな感じです」
「なんていうのか、誰に教わったんだそんなやり方」
「秘密です。でもギレーヌも面白いって言ってくれましたから少し自信があるんです」
どうやらパウロにも今の訓練の意図は判ったらしい。あとは任せても大丈夫だろう。未だに立ち上がれずに座ったままのシルフィに手を差し伸べて立ち上がらせると俺は自分の鍛錬の続きを始めた。
--
鍛錬後の午前中は家の手伝いをして、昼までにフィアーナが来るとロールズを除いたほぼ2家族で昼食を摂る。その後、俺は花壇の花のメンテナンスにとりかかった。いつのまにか最初に植えた分は種を落とし、新しくゼニスが植えた分が芽を出している。結局、自分で育てなさいと言われたのに出来ていない。俺は最初からゼニスに頼もうとしていたが、旅に出るときに引き継ぎをしなかった。そんな狡い俺を助けてくれるゼニスに感謝を表したい。旅が終わったらお土産でも用意しよう。そんな風に考えていると、昼食の皿洗いを終えたシルフィが俺に声をかけてきた。
「ルディ、いつまでいる?また旅に出るってきいたよ」
「そうだなぁ。あと4日くらいかな」
「そうなんだ。つぎは長い?」
「少し長くなるよ。6か月くらいかな。何もなければね」
シルフィの顔が曇る。
「あんまりあぶないことしちゃやだよ」
……これからの予定を考えて
「それより魔術の鍛錬はできてる?」
「うん。でもお空を飛ぶのはまだできてないよ。テストしてくれるっていったのにごめんね」
「家のこと手伝ったり忙しかったんだろう?気にするなよ。どれくらい出来るようになったか見てやるからやってみて」
「うん」
シルフィが集中して魔力を集める。
「星に魂を縛られし者達よ。その鎖を解き放ち、茫漠たる空へと旅立つ術を汝らに与えん。水が空へと落ちるが如く、竜が天へと昇るときなり。舞い上がれ! 『
そして何もおこらなかった。シルフィが悲しい目で俺を見ている。はて……。
「ね?飛べないの」
「シルフィ、ちゃんと最後まで魔術教本読んだ?」
「はじめからよんでるよ」
「おかしいな。書き忘れたのかな……。無詠唱でもう一度やってみろよ。サイズは自分の身体のサイズ、射出速度も小さくね」
「うん?わかった」
やや訝し気にシルフィがもう一度魔力を集める。フワリ。シルフィの身体が浮く。少しの時間ただ浮いた後、元の位置にストンと戻る。
「できた!できたよ!でもなんで?」
「『
「え、うん、よんでるよ!」
「そう、なら良いんだけど」
「あのね、ルディ。おねがいがあるの」
「うん?」
「あのね、次に戻ってきたときにお空を飛べるようになったら。あの、デートして!」
これは応援している親たちの口添えかもしれないな。なら乗ってやろう。
「いいよ」
「ほんと?」
「ああ」
「約束だからね!」
またこの村に戻って来たとき、俺はボロボロになってるかもしれない。それならシルフィとデートして癒されるのが良いだろう。そんな嫌になることから目をそらしつつ、久しぶりに二人で魔術特訓をした。
その後、五日を過ごしてブエナ村を後にした。
--パウロ視点--
フィリップから来た手紙やそれについて勝手に返答しておいた話は結局しなかった。ブエナ村の家族はみなシルフィを応援している。俺だってそうだ。だが、最後に決めるのはルディ、お前だ。お前が望むなら何人でも妻にするが良い。リーリャを本当の母親として扱うお前なら何人でも愛することができるだろう。だから、ゼニスやリーリャが再び旅立つお前に何か言おうとしていたのも止めさせた。俺はお前を信じている。
そういえばロキシーからも手紙がきていた。あいつの机に無造作に置いたが読んだだろうか。まぁ良い、次に帰って来た時に一応確認だけはしてやろう。
次回予告
どの国で生まれたか。それは人生の大部分を左右する。
どんな家で生まれたか。それもまた人生のかなりの部分を左右する。
されど、どのように生きるかは自らが下した決断の積み重ねといえよう。
次回『フィリップの過ち』
故に自ら決断ができるその日まで
我が子を監督・指導する親の決断は重い。
ルーデウス7歳と2か月時
持ち物:
・日記帳
・着替え3着
・パウロからもらった剣
・ゼニスからもらった地図
・ミグルド族のお守り
・魔力結晶×8
・魔力付与品マジックアイテム
短剣(未鑑定)
・魔石
黄色(大)
・神獣の石板
スパルナ
フェンリル
バルバトス
ダイコク
・金貨100枚
※残りの持ち物はロアの客間にそのまま置いてきている