無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。

今回の話では
・Five Star Stories
のネタが含まれます。あらかじめご了承ください。


第031話_フィリップの過ち

---情けは人のためならず---

 

ルディがお父さまに社会見学の許可を取り付けた後、お母さまが私を呼び留めた。

 

「エリス、ちょっと」

 

「はい、お母さまどうなさいましたか?」

 

私とお母さまは似ている。話しかけるときは言葉が足りなくて、話しかけられるときは何事かと身構えてしまう。私はお母さまも家族として好きなのに何か上手くいかないのよね。お互い素直さが足りないって理由は判ってる。一歩を踏み出して素直になってしまえばいいのに。

 

「明日デートでしょう?」

 

「でぇ……、社会見学ですわ」

 

「それはデートよ」

 

「えっ?」

 

「だから、今日はしっかり身体を磨いて綺麗になさい。あとでエルーニャが行くから手伝ってもらうのよ。それと明日着ていく服は私が用意してあげるわ」

 

エルーニャは私の身の回りの世話を一番してくれる歳の近いネコのメイドさんだ。

 

「服くらい自分で準備できますわ。もう子供ではないんです!」

 

ちょっと声が大きくなってしまった。ルディに聞かれたかもしれない。

 

「ルーデウスに嫌われてもいいの?」

 

嫌われたくはない。でも。

 

「でも!先程お父さまもデートかとお訊きになっていましたけど、ルディは否定していましたわ。あまり張り切ると何か期待しているように見えて恥ずかしいのです」

 

「否定はしていたけど、お小遣いをくれたらデートっぽい所にも行くと言っていたわ」

 

「そ、そうですね」

 

確かにその通りだ。明日はデートなのかしら。どうしよう急に緊張してきた。

 

 

--フィリップ視点--

 

ヒルダが寝室に戻って来た。廊下でエリスと明日のことを話していたに違いない。

 

「話は終わったのかい?」

 

「えぇ」

 

「君はルーデウスのことを嫌っていると思っていたけど」

 

「確かに、この屋敷をラッカと同じ年の子が自分の家のように歩いているのは気に入りませんわ。しかもあのパウロの子。ですけど、この一月たらずで考えを変えましたの。エリスをあのように変えてくれたことには期待をしています」

 

ラッカは次男でジェイムズのところに養子に行った我が子だ。ボレアス家を分裂させぬようにするために、男児は皆、跡目を継ぐもののところに養子にいかねばならない。それがボレアス家の伝統だが、ヒルダにしてみれば10か月腹を痛めた子と引き離されただけだ。これも全ては力不足が招いたことだと思えば私は納得できるのだが、外から来た妻が納得しないのも解る。

生まれた頃から引き離された長男のスルートも13歳、ラッカも7歳となれば生みの親より育ての親のが大事だろう。そして私たちに残ったのはお転婆のエリスだけで、あの子が普通に貴族の嫁になるとは到底思えなかった。それも私の責任。兄ジェイムズとの跡目争いにかまけてエリスを蔑ろにしたせいなのだ。ヒルダが貴族の娘で不器用な性格だと判っていたのに何も指示せずにそのまま放置した結果だ。人攫いを嫌って家に半ば軟禁させたのも私だ。結局、エリスが成長の過程で参考にしたのは破天荒に見えるサウロスと不器用な性格のヒルダだった。加えて、生まれてから苦労知らずの貴族。多くの侍従がいれば勘違いもするというものだ。

私が復権することはない。

私はエリスを冒険者にしようと思い、そんなエリスの未来を作るためにギレーヌを剣の師匠にした。しかし、それもまた失敗だった。あの尻尾のせいで私は正しい判断ができていなかった。ボレアスの血が憎い。気付いたときには遅かった。ギレーヌは師匠としてはまだ若く、エリスは腕力のあるお転婆に成長した。そして学校で気に入らない同級生を殴り倒し、学校からもう来ないでくれと言われた。彼女は社会を知る機会を失ってしまった。腕力がなければいじめられたかもしれないが、社会を知る機会は得られただろう。読み書きくらいは重要だと理解できただろう。そのチャンスを失ったのだ。

私は剣王のギレーヌが惨憺たる人生を送り、ボレアスに拾われることとなった経緯を知っている。冒険者とは、この社会で人に騙されないくらいの常識と世渡りの能力を必要とする職業なのだ。ギレーヌは剣の才能しかなく、冒険者としては不適合だった。並行して、別に社会常識を教える家庭教師をつけることができればそれでもエリスにとっては良かっただろう。でも出来なかった場合を考えていなかったのだ。ギレーヌより礼儀を知らないワガママなエリスは仲間をみつけた上で冒険者になるということもできそうにない。貴族の嫁を絶望視していたのに、社会に出ることを絶望視する結果になった。

私はジェイムズに貴族社会に必要な能力で劣っているとは思っていない。歳の差から生ずるいろいろな違いで敗けたと考えている。この世界に平等なんてありはしない。それぞれの立場で有利不利がありながらも勝利を得なければいけない。そこに僻みはあるが、その気持ちは私が自分の姿を鏡でみなければ良いだけの話だ。だが、愛する我が娘エリスから何もかもを奪ったこと、それを彼女に認識させていないことはこの家にいる限り見過ごすことができない。私がどれだけ執務室に篭ろうと限界はある。今はまだ良い。エリスは私が自分の人生を狂わせた張本人だと思っていないだろう。でもいくらあの子でも成人を過ぎて剣だけギレーヌから免許皆伝を得たときに絶望を知り、なぜ自分をこんな風にしたと恨みを吐くに違いない。それが私は怖い。まだ先の事なのに眠れぬ日があるほどだ。

だが状況は変わった。このフィットア領に災厄が起きると、突然パウロの息子が屋敷にやってきた。とても信じられない話だが、父さんしか知り得ない赤い珠のことを知っていた。災厄の中には私が管理するこのロアも含まれている。それは不幸なことだった。でも、そのおかげでこの屋敷にルーデウスが来たのだ。来て数日、私はルーデウスを能力だけで評価した。ルーデウスはギレーヌに勝利するほどの強さを持ち、読み書き、算術、礼儀作法ができて、魔術も何万人に一人の才がある。何でもできる天才児だ。こういう子を今から手懐(てなず)けておけば私のためにきっと役に立ってくれる。そう思っていた。

でも感情的には妻の思いに近かった。なぜパウロの息子はそんなに才能豊かなのか?競争しなくても跡目が得られたはずのあいつの、自分の役目から逃げたあいつの、その息子が。俺は従弟(パウロ)の事が嫌いなわけじゃない。だからこそあいつが困ったときにノトスに内緒で助けてやったというのに。こんな風にして家の娘と比較するような仕打ちはあんまりじゃないか。そう思っていた。

それからルーデウスはギレーヌに商品の教科書を使って読み書きを教え始めた。そこにはエリスの姿もあった。あの子が読み書きを勉強する。その姿をそっと食堂の入り口から見ていた。私の失敗させた状況から娘は立ち直ろうとしている。2年の間、私が用意した家庭教師を悉く叩きのめして追い返した娘が自分から勉強しているのだ。それを上手く誘導したのはルーデウスだ。ルーデウスは冒険者に必要な資質をあの歳で既に理解している。両親が冒険者だったからだろうか。私が気付いていながら娘に与えてやれなかったものを少しずつ娘に伝えようとしている。偶然か。

上手くいけば娘は冒険者になれる。娘が絶望しなくて済むかもしれない。私は娘に恨まれなくて済むかもしれない。8年前にパウロを助けたことが、こんな風に私を救うことになるとは思いもよらなかった。そう、ヒルダと同じように私はこの救いの手に期待している。だから私も言葉がついて出た。

 

「実は私も期待している」

 

「明日のデートでルーデウスのことを気になり出したら、エリスを引き留めないでいただけます?」

 

「それは嫁がせたい、という意味かな」

 

「このチャンスを逃したらエリスはこの屋敷で最後は一人ぼっちだと思ってますの」

 

妻も娘の行く末を心配していた。その責任の多くは私にあるとしても、妻にも責任の一端はあるというところか。それとも母が子に向ける純粋な想いか。

 

「そうだね。このまま読み書きと簡単な算術、お金の使い方くらいを覚えれば冒険者として世の中を渡り歩ける。最初は失敗してもギレーヌのようにはならないだろうとも思ってはいる。けれど、君の言う通りルーデウスと一緒になってくれるならもっと幸せになれるね」

 

妻が頷いた。

 

「嫁の出し先がなくて困っていたんだ。ルーデウスの才能があればノトスに返り咲くかもしれない。それでボレアスとノトスが手を組むことになるにせよ、ボレアスに弱みが1つできるにせよ、私は反対しないよ」

 

「ありがとう、あなた。それならエリスにはしっかり礼儀作法を覚えてもらわないといけませんね」

 

「そうだね」

 

--

 

次の日、娘はギレーヌとルーデウスと連れ立って社会見学とやらに出て行った。小遣いをいくらやれば良いか迷ったが、3人でロアの最高級の宿屋に行っていかがわしいことができるくらいの金を渡しておいた。パウロの息子だったらデートでそこまでする可能性も視野に入れておいてやって丁度いいだろう。これで大人の階段を踏み出しても、それを理由に断れなくできれば娘も結果的に喜ぶだろう。

そう思いはしたものの、いざ陽が落ちて帰ってこないと、さすがに心がざわついた。人攫い……いやあの2人の目を盗んで娘を攫うことができる者が人攫いなどするわけがない。とすれば後は。いきなりデートで朝帰りはないだろうな。一言忠告しておくべきだっただろうか。

そうヤキモキしていたら、帰って来たとアルフォンスが報告しにきて、お小遣いの残りが入った袋が返却された。使った分を計算してみても昼ご飯を食べた程度しか減っていない。ほっと一安心すると同時にデートの内容が気になった。ただ、昨日の夕食の後の話を妻がしたとすれば、これも妻がエリスに聞くのが筋だろうとしばらく我慢を決め込んだ。

妻がなかなか娘からデートのことを聞き出さないので口を挿むと、「デートのことを外野がいろいろ言うと拗れるわ」と諭された。そんなものかと思ったが、娘の性格は妻に似ているから彼女の言い分が正しいだろうと思えた。納得してもう少し待つことにする。

それでもどうしても気になってルーデウスと娘を観察していると、社会見学の後もしばらくの間はルーデウスが読み書きを教えていた。しかし彼は家庭教師ではない。気が付くと読み書きを教えなくなっていた。何をしているかというと、朝は剣術の訓練、陽の高い内は商売、夜はなにやら部屋に引きこもってやっているそうだ。それで災厄に対処できるのかと不思議に思ったりもした。彼は娘より若いが大人として扱うべきだろう。なら心配するのは娘のほうだ。驚くべきことに彼が教えなくとも娘とギレーヌは教科書と辞書を使って自主学習するようになっていた。娘は恋心より勉強なんだろうか、少し娘のことが判らなくなった。娘の性格なら剣術優先で勉強は嫌がると思うのだが、それもこれもルーデウスに気に入られたいための変化だろうか。

いよいよ心配になって食後に勉強する娘を近くで見ていると、辞書を引くのが億劫だったのか質問を受けた。

 

「お父さま、"しょくざい"とはどういう意味ですか?」

 

「どれどれ、あぁペルギウスの伝説に出てくる贖罪のユルズか。うーん。悪いことをしたときに何かで埋め合わせることって言えばいいのかな。でもそれは精霊の肩書だからちょっと違うけどね」

 

娘は私が言うことを聞いてうんうんと頷いた。ちょっと説明が良くなかったかもしれないが、分からないことで悩んだ方が伸びるとも思う。私は少し教科書の内容が気になった。隣のギレーヌが読み書きの勉強を終えて算術の勉強を始めたので、断りを入れて読み書きの教科書を読んでみた。私が昔、学校で使っていた教科書より断然面白い。魔族の冒険や有名な剣士の冒険譚、それにルーデウスのオリジナルであろう話が短編形式でまとめられている。前者は子供受けを狙ったものだと思う。だが後者の見知らぬ物語は象徴的な話や教訓めいたものがあり、これをルーデウスが書いたと思うと末恐ろしくなった。文学的才能に収まらない、教育者としての信念のようなものまで感じる。なぜこのようなものを書くことができるのだろうか。ブエナ村には図書館もなければ本屋だってない。村の道具屋に商隊が本を納品するとも思えない。そもそも村人の大半は読み書きができないだろう。わからない。ただ、娘やギレーヌが自主的に勉強するのには合点がいった。面白いからである。最初はルーデウスに気に入られたいと思っていたのかもしれないが、勉強が面白くなった可能性はある。

しかし、そうだとすると娘はルーデウスにはもう興味がないのかもしれない。私はどうしても気になってしまい、自習が終わったギレーヌを執務室に呼びつけて社会見学で何があったのかとその後のエリスの態度についての見立てを問うた。ギレーヌによれば、社会見学はルーデウスがしっかりとリードして終始良い雰囲気だったらしい。その後も朝の剣術でルーデウスと話し、仲は良さそうに見えるようだ。しかし、ギレーヌによれば異性として意識してはいないと感じるとも言った。ギレーヌの話を聞いてまだ異性を意識するのは早いと放置して良いものか迷ったが、パウロの息子というだけでそれが悪手という気もした。そう感じた私は手紙を一つ書いた。

 

社会見学から2か月以上が過ぎ、ルーデウスが挨拶に来た。ルーデウスは実家に戻り、首都アルスに行く準備をするらしい。アルスに行く際は約束通りギレーヌを連れて行くので一旦、ここに立ち寄るそうだ。ルーデウスは父さんにも挨拶をして帰って行った。

 

 

--ルーデウス視点--

 

朝にブエナ村から再度旅立った俺は、昼過ぎにロアへと戻って来た。サウロス邸を訪れる前に道すがらルード商店に寄り、ダイコクに店の状況をききながら足りない品を補充する。B1Fの棚に土像とアロマオイルを並べていく。また、その場で作成した食器をサイズ毎の収納BOXに収納する。商品を見たダイコクにはプログラムした以上の感情はないが、なぜだが商売のやる気が満ち満ちていて笑顔のように見えた。

商店での作業を終えた俺は次に ―少し遠回りになったが― 魔術ギルドに向かい、灯の精霊の魔法陣の提供料を得る。

その後、サウロス邸へと到着した俺は誰に会うこともなくフィリップの執務室へと向かった。扉をノックする。

 

「ルーデウスです」

 

"入りなさい"

 

室内からフィリップの声が聞こえたので扉を開け、入室する。貴族的な礼をして俺は口を開いた。

 

「戻ってまいりました」

 

「おかえりというべきなのかな。少し掛けて待つといい」

 

促されて席にすわると、フィリップは傍らに付いていたアルフォンスに何やら言付けた。しばらくすると、ヒルダが来てフィリップの横に座り、最後に嵐がやってきてヒルダと反対側のフィリップの隣に座った。座るが早いかサウロスが口を開いた。

 

「良く戻った。ルーデウス」

 

「サウロス様もおかわりなく」

 

礼式に沿って着座の礼をする。

 

「どうだった。故郷は」

 

「父からはサウロス様とフィリップ様へよろしくと言付かりました」

 

「そうか。それでこれからの予定を聞こう」

 

「はい。ギレーヌを連れて王都アルスに向かい水神流に挨拶を。また商業組合で出店許可を得てルード商店の2号店を出店します。さらに、噂によれば王都には王立図書館があるそうなので可能であればそこで赤い珠について調べたいと思います。ギレーヌが居ない間、エリスには不自由をかけますがよろしくお願いします」

 

「いつ出発するのだ」

 

「ギレーヌの予定さえよければすぐにでも出立しようと思います」

 

サウロスは頷いた。

 

「一ついいかな」

 

サウロスの話が終わったと判断したフィリップが口を開き、既に開封された手紙を一通、テーブルに置いた。何かと思ったが、中身を読まずともフィリップが要約した。

 

「君は故郷に結婚前提の彼女がいると書いてある」

 

へー知らなかった。と言うわけにもいくまい。

 

「家族同士で親しく付き合っている同い年の幼馴染です。読み書き、算術、魔術と僕が教えたので好かれてはいるでしょうね。ただし、まだ7つのこの身に結婚の話は早すぎます」

 

「エリスには魔術を教えていないようだが、どう思っているのかい?」

 

どう思っているとはどういうことだ。好きかどうかと聞いてくれた方がまだ答えやすい。

 

「エリスは少しワガママで女の子にしては暴力的ですけどきっと将来美人になりますよ」

 

ゴクリ。サウロスもフィリップもヒルダも表情が読めない。何かまずったか。目が泳ぐ。

 

「で、ではなくてですね……村の外でできた初めての年の近い友人です」

 

「そうか。また旅にでるのだったらエリスにも声をかけて行ってやって欲しい」

 

今度の説明は正解だったのか?これでは良くわからないな。

 

「わかりました」

 

挨拶は終わった。ギレーヌに会っていつ出立できるか確認しよう。エリスはきっとギレーヌといるだろうから探す手間もない。そしたらエリスに声をかけよう。

 

--

 

やはり2人は中庭にいた。邪魔にならぬよう少し離れたところで、ギレーヌとエリスの剣術修行が終わるのを待つ。

一刻ほどエリスの剣術の腕を見ていた。あれほどの動きなら、そろそろ上級剣士を名乗れるだろう。そう考えている間に訓練は終わったようだ。俺は2人の方へと歩くことにした。

こちらから声をかける前にエリスが気付き、駆け寄ってきた。エリスは汗臭いがどこか俺を安心させるあの匂いを纏い、けれども気にした様子はない。

 

「ルディ、戻って来たのね」

 

「元気にしてた?」

 

「問題ないわ」

 

「そう。悪いんだけど、次の旅に出るので約束通りギレーヌを借りていくよ」

 

「次の旅はどこに行くの?」

 

「王都アルスに行って水神流の道場へ挨拶に行って来るんだ。ギレーヌが戻ってくるまで一月半くらいになると思う」

 

「その後はまた田舎に帰るの?」

 

「いや、アルスから戻ってきたらまたこの町でやることがあるから少し泊って行くことになると思う」

 

「そう!ならいいわ」

 

エリスとの話が終わったので後ろで立っているギレーヌに話しかけた。

 

「ギレーヌ、お聞きの通りです。アルスまで同行して、水神流の道場を紹介していただけますか?」

 

「勝負で負けたのだ。当然、約束を果たさせてもらう。それに読み書き算術でわからんところがあるから、旅の間に少し聞きたいと思っていた」

 

「あ、ずるい。私もわからないところがあるのに」

 

「いつ出発できます?」

 

「すぐにでも構わないが……いや、明日の朝の勉強が終わってからでいいか?」

 

「わかりました」

 

「ルディ、それなら明日の朝、わからないところを教えてから出発してよ!」

 

「わかったよ。エリス」

 

今日はここで一日泊ることになった。前に泊っていた部屋はまだそのままにしておいて欲しいとお願いしておいたので、荷物も置きっぱなしだ。そこに戻り、今日は土像でアルマンフィを作って時間を過ごした。何か速さがにじみ出るポージングが良いだろう。ただ走るポーズというのは躍動感はあるが違う気がした。何かアイディアがあると良い。とりあえずは一体立ちポーズで作ってから考えよう。

 

 

--エリス視点--

 

夕食後に自習でわからないところを纏めていると部屋がノックされた。扉を開けるとメイドのエルーニャが居て、お母さまが呼んでいるという。またお小言だろうか。私はエルーニャについてお母さまの待つ部屋へと向かう。

部屋の前にはアルフォンスさんが立っていて、既に扉は開かれた状態だ。そのまま私だけが部屋へと入るとお祖父さまとお父さま、それにお母さまと3人が並んで座っている。少し緊張した面持ちでソファにまでたどり着いた。

 

「参りました」

 

簡潔に言うとお父さまが応えた。

 

「エリス、座りなさい」

 

「はい」

 

私は指示に従って3人に対面する形でソファに座る。

 

「エリス、ルーデウスのことは好きかい?」

 

お父さまの言葉の意図が理解できなかった。

 

「ルディは良い友人ですわ」

 

無難に返す。だって本当のことだ。今度はお母さまの番だった。

 

「初めて会ったものが、この世で最高のものだった。そういうことがあるということです。わかりますか?」

 

何のことを言っているのかさっぱり。

 

「お母さま?」

 

「まだ判っていないようね。なら訊きましょう。あなたと同じくらいの歳であなたより強い知り合いは誰がいますか?」

 

「ルディだけですわ」

 

「そうでしょう。あなたは毎日ギレーヌと修行しているものね。もはや剣聖に届きそうな上級剣士というじゃないですか。ここ最近は驚くほど成長しているとギレーヌが喜んでいるくらいですもの。その歳でそれだけの強さを持つ子供がこの世界にどれくらいいるか分かりますか?」

 

「さ、さぁ?ルディも強いし、案外たくさんいるのでは?」

 

「いいえ。この広い世界で50人いるかも判りません。当然、大人を含めればもっと沢山いますけどね。あなたはそれほど強くなってしまった。少し前に学校の同級生を殴ったことがあったでしょう?今の力でそれをやったら相手は死んでしまいますよ」

 

「あの時より多少は成長いたしました。自分より弱い子を全力で殴ったりなんかしません」

 

「そうでしょう。最近のあなたの態度を見れば私もそう思います。でもね、あなたの本当の実力が自分を殺す程あるというだけで周りに人は近寄りません。もし近寄ってきたとしても決して本心からの友達にはなることもできません。開き直って、力と恐怖で支配しても本当の友人にはなれません。つまり」

 

そこでお母さまは言葉を詰まらせた。少しだけ言うことに躊躇いがあるようだった。いつもは口数の少ないお母さまがここまで言ってくださる。お祖父さまとお父さまも口を挿んだりしない。

 

「つまり、あなたとベッドで一緒に寝てくれる男性はこの世界に49人しかいません。そして49人全員と会えるかもわからないの。会えるのは10人……多くて20人というところかしら。男は強ければ強いほど騎士として名を上げ、恋のライバルは増えるわ」

 

「私が好きになれる相手が少ないというのは判りましたけど」

 

「もう少しお聞きなさい。あなたより強く、あなたの短所を理解しつつも馬鹿にせず、あなたの魅力を理解しているのがルーデウスということです。あなたがボヤボヤしていたらルーデウスは他の子のものになってしまいますよ」

 

そんなこと言ったって。あたしどうすればいいのかしら。

 

「だって、あたしルーデウス以外に友達ができたことないし……」

 

「外に行ってみるといい。ルーデウスにギレーヌが付いていくなら、2人についてアルスを見て来なさい。2人がおれば安心だ。水神流の道場で世話になり、ヒルダが言ったことを自分の目で確かめてから決めるのが良かろう」

 

私の自信のない声に応えたのはお祖父さまだった。いつもみたいに優しい声音じゃない真剣な声だ。

 

「お祖父さま。私、町を出て旅をしても良いということですか?」

 

「そうだ。1人で出歩くことを許すわけではないから、必ずギレーヌかルーデウスについていきなさい」

 

「お祖父さま、ありがとうございます!」

 

その後、旅に出られると浮かれている私はお父さまからしっかり釘を刺されてしまった。旅の目的は『自分がルディのことをどう思っているのか考えること』、『ルディが自分のことをどう思っているのか知ること』、『友達をつくること』、『もし女性剣士がいたら話して、悩みを聞くこと』だ。やることが多すぎるのでお父さまが紙に書いてくれた。文字の読み方を勉強していて良かった。何が書いてあるかわかるもの。

 

 

--ルーデウス視点--

 

食堂で朝食を摂り、そのまま朝の読み書き算術の時間に入った。エリスとギレーヌが自習でわからなかった部分についてメモをしつつ、それらについて別の教え方をして、問題はほぼ解決した。

こうやって躓いた部分については改訂版を作るか、参考書という形で出版するのが良いと思うのでメモをしてネタを集めている。

勉強が終わるとギレーヌとは玄関に集合することにして、エリスとはここでお別れだ。そう思い声をかけた。

 

「エリス、ギレーヌが居ない間、フィリップ様達と仲良くね」

 

「え?、えぇ」

 

「じゃあね」

 

そうして俺は一旦、部屋に戻り、荷物を持って玄関へと向かった。しかし、そこにはなぜかエリスも居た。

 

「あれ?エリス?」

 

「あたしも行くわ!」

 

「でも……」

 

そこで後ろから声が掛かった。アルフォンスだった。

 

「ルーデウス様、大旦那様以下、ご家族皆さまからお嬢様をアルスの道場へ連れて行っていただきたいとの願いでございます。これはその軍資金でございます。何卒お嬢様のためにもお連れください」

 

ギレーヌが最もこの負担を被ることになる。一応、ギレーヌの意思を確認しよう。そう思ってギレーヌの顔を見た。

 

「ルディ、お前が決めろ」

 

「判りました。友人のためというなら喜んで引き受けましょう」

 

そう言ってアルフォンスから軍資金を受け取った。

しかし1つ困ったことができた。ギレーヌは馬に乗れるから2人で1頭の馬に乗って旅をしようと思ったのに3人になってしまった。3人と言っても子供2人だ。くっついていけば乗れないことはない。ただ、片道10日の旅程では馬を痛めるだろう。馬車でのんびり行くか、俺がフェンリルに乗っていくか。そもそもギレーヌは馬車が扱えるのだろうか。

 

「ギレーヌ、馬車の御者ってできますか?」

 

「何度か経験があるが、あまり自信はない」

 

「そうですか。ならエリスと馬で行ってください。2人用の鞍ってお屋敷にありますよね?」

 

「おまえはどうする」

 

「僕は友達がいますから、それに乗っていきますよ。南門の先で合流しましょう」

 

「友達?わかった」

 

「では準備がありますので先にいきます」

 

--

 

南門から一度離れて、フェンリルを召喚する。鞍がないが、フェンリルに跨ると中々フカフカしていて乗り心地が良い。客観的に見れば前世でレオに乗った子供たちに似てるだろう。

 

「南門まで戻ろう。フェンリル」

 

俺がそうお願いすると、フェンリルはそっと歩き出した。南門が見える頃に、エリスを前に座らせたギレーヌとその馬が見えた。もう周りの麦畑は収穫を終え俺の身体を隠すような麦はない。だからギレーヌからもこちらの姿が見えたのだろう。二人を乗せた馬が常歩(なみあし)で動き始めた。遠くからでは分からなかったが、少しすると彼女たちが寄ってくるのが判ったのでフェンリルの進行方向を回転させ、追いついてくるのを待つ。

フェンリルに乗った俺の目線の高さは成人男性くらいなので馬にのったギレーヌの目線の高さのだいたい半分くらいだった。だから少し離れて横並びに停止したギレーヌに対してもかなり見上げた態勢になった。

 

「変わった犬だな。ルディ」

 

「一応、大きな狼です」

 

「ほぅ」

 

まぁ本当は神獣なのだが別に構わないだろう。エリスはボレアス家の(さが)か怪しい笑みを浮かべながらフェンリルを視線で舐めまわしている。

 

「ねぇルディ。そっちに乗りたい」

 

「アルスで良い子にしてれば帰り道は考えても良いかな」

 

「本当に?」

 

「えぇ」

 

フェンリルは露骨に嫌そうな態度だが、どうせ何度か再召喚するから乗せるのはこの子じゃない。

南門からさらに南下した俺たちは昼食を摂るため、道の傍で3人で座っていた。エリスは俺がフェンリルにもたれているのをみて、俺の隣に座ることを理由に彼女自身もフェンリルにもたれることに成功していた。ギレーヌは大き目の平たい石の上に座っている。

昼食後の休憩の間に、俺はエリスとギレーヌに日程と中継点について説明した。

 

 ==================================

  1日目:商業都市ムスペルムへと南進、野営する

  2日目:ムスペルムに到着。宿で一泊

      ムスペルムで買い出し

  3、4日目:ムスペルムを出てアスラへの道を西進する。野営。

  5日目:フィットア領を出て地方貴族領を通る。野営。

  6日目:地方貴族領を通る。野営。

  7日目:地方都市では比較的大きいマリーバードに到着。宿で一泊する

      マリーバードで買い出し

  8日目:マリーバードを出てアスラ王領を目指す。

  9日目:アスラ王領に入る。

 10日目:王都アルスに到着。宿で一泊。

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ギレーヌから特に修正意見がなかったのでそのまま俺の計画が通った。馬での旅行は水場を経由していくのだが、俺が居れば水の確保で苦労することはない。

それからの旅は順調だった。ギレーヌとエリスは、俺がフィールドワークで習ったことと似たようなことを話している。話を聞いていると町に泊れないときは夜番も教えるようだった。フェンリルが居れば基本的に夜番は不要だが、こういうことも経験だと思いエリスやギレーヌにはそれを伝えなかった。

変わったことと言えば、旅の途中では朝の鍛錬をやめて寝る前にやるようにしたこと、限界ギリギリまでの魔力量増大訓練に少し余裕を残して置くようにしたことの2点だ。

後は、夜になるとお互いの事を話して時を過ごした。俺は静かに夜を過ごしたかったのだが、他人に興味がなさそうなエリスが率先してそういうことを聞いてきたのが印象的だった。もう前世のエリスを前提に考えると足元を掬われるかもしれない。俺は聞かれるがままに、両親のこと、妹のこと、幼馴染のこと、魔術の先生のことを話した。ギレーヌも大森林に住んでいたときのこと、師匠のこと、剣の聖地での生活について話してくれた。それにギレーヌ人形のことが掃除に来たメイドから広まり、サウロスやフィリップが大層欲しがった話もあった。どうせ店で売るつもりなので販売価格で2人にも直接販売しよう。

 

 

--エリス視点--

 

お父さまからのミッションをこなすことにした私は、旅の道すがらの夜の暇つぶしにと2人と色々なことを話した。あまり得意ではなかったけど、お祖父さまとお父さまがロアの自宅を離れることを許可してくださったのだから全力で使命を果たしておくことにした。

色々な話をしたのだけど、ルディには同い年の幼馴染の女の子がいるという話が一番気になった。

 

「ルディはそういう子が好きなの?」

 

ついつい聞いてしまった。まるでルディのことを私が気にしているみたいな質問に聞こえたかもしれない。失敗したなと思っていると、

 

「まだそういうのは良く分からないけど、大事な人だね」

 

とルディがさらっと答えてきた。その答えに慌てたつもりはなかったのだけど、止せば良いのに私はさらに変な質問をしてしまった。そんな質問をしたのもきっと慌てていたからかな。

 

「私も大事な人かしら?」

 

「大事な友人だよ」

 

ルディの答えは即答だった。大事な人と大事な友人、似てるようで大きく違う気がする。私の胸がチクりと痛んだ。大事な人になりたい?大事な人になってどうする?既に大事な人がいるというのに二人目になる?今の幼馴染さんを捨てさせて大事な人に成り代わる?よく考えよう。まだ時間はあるわ。

 

 

--ルーデウス視点--

 

6日目に俺が夜番をしているときのことだった。ギレーヌがエリスを起こさないように小さな声で話しかけてきた。

 

「ルディ、水神流と闘うときの突破方法についてパウロは教えてくれたか?」

 

「よく考えると何も教わらなかった気がします」

 

「道場破りをするつもりなら少し準備不足なのではないか?」

 

「道場破りをするつもりはありませんから大丈夫ですよ」

 

「そうか。でも、まぁ聞け。剣神流は水神流と対照的な流派だからお互いのことをよく研究しているんだ。だから剣神流が水神流を相手にするときの対処法について教えてやろう」

 

「お願いします」

 

「いいか、剣筋を見破らせるな」

 

「……それだけですか?」

 

「それだけだ。剣神流は単純だから強い。わかり易くて私向きだろう?」

 

「そうですね」

 

だが、それは俺向きじゃない。困ったな。上手く俺の剣技の中に組み入れないといけないということだ。レイダ・リィアに会うまでに出来る範囲で考えて行こう。

 




次回予告
かつて叡智を授ける魔王に"興味深い"と言わしめた、"その意味を見出せなかった"訓練。
そもこの世界の大多数の魔術師は肉体を鍛え続けようとは考えない。
お前には闘気を纏う才能がない、強さと名声を追い求め過ぎるよりも、もっと大切なものがあるだろう。
それが魔王の意見だった。それでも続けた。
意味はあるはずだ。そう思い続け、研究し続けた。

次回『水帝vsルーデウス』
そして今。
水神流宗家、その門を叩くに至る
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