無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。

今回の話では
・Five Star Stories
のネタが含まれます。あらかじめご了承ください。

また、想定パターンの部分については同じことを何度も書いていて少しクドイかもしれません。一度、差分だけ書いてみたのですがわかり難いなと思って全部を書くに至りました。


第034話_秘密会談

---(いいんちょう)は押し付けられる---

 

俺が持つアスラ王国の知識は、前世でアリエルを通じて関わりを持ち経験した事やアスラ王国で生活した子供たちから漏れ伝えた事、それにロアのサウロス邸の書庫にあった書物から不足している情報を足し合わせた物だ。特にアリエルが王に即位する前の状況やアリエルが王に即位したことで改革された習慣や制度については前世の知識には無く、書庫の情報に頼っている。それが完全とは思わないが、これからアスラ王に謁見するのだから少し整理したいと思う。

 

アスラ王国は人族最古の国であり、地理的には中央大陸西部全域を支配している。

主権者はアスラ王であり、血族による世襲制をとっている。なぜアスラ王家の血族で世襲するかというと、王が死ぬ度に王国内の貴族達が合従連衡して内戦になるのを防ぐためだ。ただし前世の継承争いから判るように、血族内での継承順位は無く、実力者が跡を継ぐ体制をとっている。ここで実力者の実力とは推挙する貴族によって判定され、判定が曖昧な場合はどちらの実力が上か実力行使を伴う場合がある。

 

そんなアスラ王家の体制がどのように出来上がったかは歴史を知ることで理解できる。現在の貴族はそれぞれの領地の支配権を有する豪族であった。アスラ王も現アスラ王領を支配する1つの豪族であった。そこから吸収合併を繰り返して他の豪族より大きな地域を支配する5つの大豪族が現れた。この状況に至ると、大豪族同士が戦争をすればどちらも疲弊し、戦争をしていない別の大豪族が得をする関係になることは目に見えていた。そこで大豪族は一計を案じる。支配地域を拡大させるような吸収合併を止め、緩衝地帯を設けて互いの支配地域を隣接させず、無用な侵略や緊張状態を招かぬようにしたのだ。これはある種の同盟関係であり、他の国からの防衛などを考慮した結果、建国の流れができた。

まだ不安は残った。アスラ領は立地的に他の4つの大豪領に比べて塩害地域が多く、河川が下流域であることから権力が弱かったのだ。そしてアスラ領以外の誰かが王になると、権力の集中を招き、緩衝地帯を超えて侵略をする可能性が出て来た。だから領地の広さでは対等でありながら権力の弱かったアスラ族を王に、支配地域をアスラ王領にすることで全体のバランスをとることになる。4つの大豪族の力が強かったためアスラ族はこれを拒否することができなかった。王国の建国により、アスラ王と4つの大豪族が地位を確立し、瞬く間に緩衝地帯の他豪族も王国に参加した。ここにアスラ王国の今の形が出来上がった。

このような建国の流れからアスラ王の実質的な支配圏が及ぶのはアスラ王領のみであり、それぞれの豪族は依然として支配する領地の立法権・司法権・行政権、警察権を堅持した。ではアスラ王に託された権限は何か。それは『領地を規定する権限』、『河川の水利権の認証』、『領地間で起こった紛争の解決(アスラ国家警察、犯罪人引渡等)』、『王国軍の編成』の4つの権限・権力だ。そして、これらの権限を行使するための費用分担や王国軍編成時の兵の捻出は各領主の義務であり、王の権限ではないとされている。少しわかり難いが、領主が持つ行政権の中に徴税権があり、領民は領主に対して税を支払う。この税は国税と地方税のように分かれたものを領民が負担しているわけではないので、国家運営のために領主に課す費用分担は各領主が支払うものであって、アスラ王は王国民への徴税権を持っているわけではない。この辺りは領主が費用分担を領民から徴収する税に転嫁すれば同じことなのだが、主権者が誰かということに起因する話なのだと思われる。

 

アスラ王国の国家運営が始まると、さまざまな機関が設立された。それらの役職は当初は主にアスラ族が担当したが、運営能力に疑義が生ずると各領主の血筋の中からその能力を有する者が輩出されるようになり、領主から独立して力を持つ家も現れた。権限を持ちながら領地の支配をしない者の台頭は『豪族』という定義を前時代的な物とし、新たに『貴族』という概念を生み出した。現在の貴族は独立した領地を持ち、かつ、資金力・軍事力・行政力が高い上級貴族、上級貴族でないが独立した領地をもつ中級貴族、王国騎士団の騎士や王国内の役職に就く者、もしくは上級貴族や中級貴族が支配する地域内の都市を管理する者を指す下級貴族の3つに分類される。そして上級貴族の内で王国建国の流れを作った4つの元大豪族を4大貴族と称するようになった。

 

現在のアスラ王国内の領地区分に目を向けてみると、アスラ王の支配するアスラ王領、ゼピュロス家の支配するドナーティ領、ボレアス家の支配するフィットア領、ノトス家の支配するミルボッツ領、エウロス家の支配するウィシル領、その他の地域がある。その他の地域には、上級貴族と中級貴族がそれぞれ支配する領地と深い森や川が近くになく人が住めないため誰の領地でもない地域が存在する。区分毎の特徴としては、アスラ王領はアスラ王の直轄地で王国騎士団の騎士たちへの給与を賄っており、ゼピュロス家は北側国境警備を、エウロス家は南側国境警備を担っている。またアスラ王以外の領主のことを『地方領主』と呼ぶ場合があり、その言葉の使い方によって暗に田舎者という意味合いが含まれることがある。

 

さらに踏み込んでアスラ王国の国家単位の行政機関について説明すると、シルバーパレスに存在する行政機関は軍務省、財務省、内務省、司法省、宮内省、典礼省、学芸省の7つの省に分かれている。

軍務省は国境砦・王宮の施設管理、軍事物資の調達、国内軍事バランスの統制を担っており、王国内に所属する騎士名簿を持つ。騎士名簿があるからといって、騎士を管理しているわけではなく、騎士はあくまで王や貴族の私兵であることには注意が必要だ。

財務省は地方領主および商館取引から徴収した税を国家事業それぞれに配分する。アスラ領の税金は王国騎士団とその施設および王族を賄うために使われるため、国家事業には配分されない。

内務省は地図、領地境界、道路、治水、衛生管理の事業を行う。シルバーパレスの上下水道の管理をする内務省の1部署に水霊(スイレー)がある。

司法省は領地間の紛争を解決するための国家法の立案・廃案を献策し、アスラ王に進言する組織。また制定した国家法に従ってアスラ国家警察を運用する。現在の上級大臣はダリウス・シルバ・ガニウスで彼が下級大臣の頃、アスラ国家警察の課長として王都周辺を担当していた。

残りの3つについてはそこまで詳しい記述はなかった。宮内省は王族の管理とシルバーパレス内の使用人の管理を行い、典礼省は王族の冠婚葬祭とその他の祭典・儀式を執り行う。そして学芸省は国内の文学と芸術を振興・管理しているらしい。

また行政機関のまとめ役として宰相があり、王国の官吏の最高位となっている。各省の進言全てに意見する権限を持つが、王が成人の場合は王自身がまとめ役となるので空席となる場合も多い。

各省内の役職は最高権限者となる上級大臣、部門長となる中級大臣、課長となる下級大臣に分かれている。ただし中級・下級大臣については単に部門長、課長と名乗るようになっており次第に廃れて行く気がする。

 

最後に地方も含めた軍事力の構成要素についてだ。

平時の軍事力は王国騎士団と王国騎士団以外の騎士からなる。王国騎士団はアスラ王領内の街に住み、領内の警護騎士と王宮騎士から成る騎士集団で、給与はアスラ王から支払われるため全員がアスラ王の私兵という立ち位置をとる。また王国騎士団以外の騎士は王都に住む貴族に雇われ、邸宅の警備や要人警護をする者と貴族として領地内に常駐し、警察権として機能する者とに分かれる。辺鄙な村などの場合は、行政官・判事としても活動する。どちらにせよ貴族の私兵として扱われる。つまりパウロはボレアス家の私兵の1人であり、ブエナ村の行政官・判事・警察官だ。

一方、戦時にあってはアスラ王の権限でアスラ王国軍を編成する。王国軍は王国騎士団と各貴族の私兵を編成し、組織化したもので平時には存在しない。

 

ここで前前世であまり歴史を勉強しなかった俺は混乱した。王様ってのは何でも自由にできる存在だと思っていたし、国内法ってのはだいたい1つの国の中で1つだと思っていたからだ。まぁ中卒の俺の知識なんて当てにならないな。アスラ王は王の直轄領を持っているが基本的に4大貴族より弱い存在で、面倒事を押し付けられたというのが実情のようだ。前世でフィットア領が転移事件で消失してもアスラ王が全く助けなかった理由も概ね納得できたと言える。

 

さて、レイダを連れてアスラ王と秘密裡に会談するならば考えておくことがまだある。それはダリウス大臣の処遇についてであり、彼の処遇については前世の記憶から3つの事を考えねばならない。1つ目はある程度フィットア領が復興するまでの国内バランス、2つ目は王位継承争いの流れ、3つ目はトリスティーナを助けるとともにエリスに自由な生活を与えることだ。

 

フィットア領が復興するまでは領地保護のためにアスラ王領の力が必要となる。アスラ王領の勢力は王族と騎士団それに4大貴族に(くみ)していない地方領主から構成され、最も大きいのが陛下を現王にした大立者であるダリウス大臣のもつ勢力だ。つまり現状、陛下は彼を無下にできないし、アスラ王領の勢力がダリウス大臣無しでも十分強くなるまで彼を失脚させてはいけない。

 

次に王位継承争いの流れをおさらいしよう。前世の記憶において転移事件が起こると、グラーヴェル派の支持勢力であるボレアス家の権勢が低下するが、ジェイムズがダリウスに助力を請い、サウロスを売ることで低下は一時的なもので留まる。また後宮にターミネートボアが出現し、アリエルの守護魔術師のデリックが死に、シルフィが転移してきてアリエルとルークは助かる。しかしアリエル派の上級貴族リストン卿が、後宮に出現した魔獣はグラーヴェル派の仕業と喧伝し、自滅する。こうしてダリウス大臣の苛烈な攻撃が始まり、アリエル派の貴族が失脚または寝がえり、アリエル派は瓦解する。機を見たダリウスは暗殺者を放つが、シルフィの手によって撃退されてアリエルはラノア魔法大学に留学の形で落ちのびる。最後にオルステッドの介入によってアリエル派が返り咲けば、アリエルが女王として即位する。

 

まず転移事件は起こしても人間を転移させなかった場合でダリウスが権力を持っている場合にどうなるか考えよう。

グラーヴェル派の支持勢力であるボレアス家の権勢が低下するが、避難計画や復興計画、アスラ王の領地保護によってジェイムズを裏切らせず、サウロスが死なず、低下は一時的なもので留まる。後宮にターミネートボアが出現し、アリエルの守護魔術師のデリックが死ぬ。シルフィが転移してこないのでアリエルとルークも死ぬ。

ここで俺が介入してシルフィの代わりにターミネートボアを倒す人員Xを用意すると、アリエルは生き残る。もしかしたらルークとデリックも生き残るかもしれない。

この先は推測の上に推測を重ねることになる。アリエル派の上級貴族リストン卿が、後宮に出現した魔獣はグラーヴェル派の仕業と喧伝し、自滅し、ダリウス大臣の苛烈な攻撃でアリエル派の貴族が失脚または寝がえり、アリエル派は瓦解する。機を見たダリウスは暗殺者を放つが、人員Xがダリウスの放った暗殺者を撃退できず、アリエルは死ぬ。

人員Xにダリウスの放った暗殺者を撃退する力があれば、アリエルは生き残り、ラノア魔法大学に留学する。最後にオルステッドの介入によってアリエル派が返り咲けば、アリエルが女王として即位する。

この想定で分かることは、ダリウスを失脚させず、オルステッドのアリエルを即位させるという希望を邪魔しないという条件下で俺が転移事件に介入するためにはターミネートボアやダリウスの放った暗殺者に勝てる人員Xを用意することだ。

 

次に転移事件は起こしても人間を転移させなかった場合で、さらにダリウスが権力を持っていない場合にどうなるか考えよう。ダリウスの権力が弱まれば、アスラ王の領地保護が機能するかは微妙な線だ。そのような不安定な状況で転移事件が起こり、4大貴族の1つフィットア領が消失する。グラーヴェル派はこの時点でダリウスとボレアスという2大柱を失い瓦解する。

人員Xを用意してアリエルの命を守ると、アリエル派の上級貴族リストン卿が後宮に出現した魔獣はグラーヴェル派の仕業と喧伝してもダリウス大臣の攻撃がないため自滅に至らず、アリエル派は勢力を弱めるが瓦解しないか、もしくは一気にグラーヴェル派を追い込む。

アリエルはラノア魔法大学に留学せず、継承権争いは続く。この場合は転移事件の起こらなかった場合の歴史に近いのでオルステッドからの情報が必要だろうが、デリックの力でペルギウスを説得し、アリエルが王に即位するパターンになるのだろう。

 

3つ目を考えよう。トリスティーナの一件にしてもエリスを誘拐しようとしている件にしても俺はダリウスが嫌いだ。もし判っているならダリウス大臣の悪事を止めさせる、ないし失脚させる努力を惜しむつもりはない。

 

やるべきことやダリウスの処遇を整理すると、アリエルを死なせないこと、ダリウス大臣の悪事を止めさせることが必要だ。

アリエルを死なせないためには転移事件前に人員Xを配備しなければならず、オルステッドに会えるタイミングを考えると彼の指示を待っていては間に合わないため、守護魔獣を召喚してアリエルを守らせる。

ダリウスの処遇については転移事件前と転移事件後で分かれる。

まず転移事件前の処遇は、転移事件発生時に領地保護が機能するかどうかで対処が変わる。領地保護が無ければ残りの大貴族によってボレアスが侵略される可能性があるので、領地保護を機能するかどうかアスラ王に見立てを聞いて判断するのが良いだろう。もしダリウスの力が必要ならば、失脚させずに悪事を止めさせるための方策を用意する。転移事件後はオルステッドの指示でどうするか判断すれば良く、問題なければ折をみてダリウスを失脚させ、失脚させた時の未来がどうなるか怪しいなら確実性を求めてダリウスは失脚させない。アスラ王との関係を良好に保つためにはこの点に関しても意見交換をしておくのが良いだろう。

 

--

 

俺は水神から水帝の認可を受けた後、一旦クルーエル邸に戻った。戻ったときには日は暮れていて、あまり2人を心配させると後で説明するのが大変だと思ったからだ。クルーエル邸の敷居を跨ぐと帰ってくる気配を感じたのか、それとも窓から外を見張っていたのか、すぐにエリスが部屋から飛び出してきた。

 

「ルディ!」

 

「ただいまエリス」

 

遅れてギレーヌも出てくる。

 

「無事だったか」

 

「ええこの通り」

 

「応接室にサンドラがいる」

 

「判りました」

 

俺は二人を連れて応接室に入った。部屋には腕を組んだサンドラとクルーエル兄妹の3人が座っていた。

 

「戻りました」

 

「無事なようだな」

 

とはサンドラの言。サンドラやクルーエル兄妹は水神の性格を知悉しているだろうからそこまで心配していないと思ったが、意外に心配してくれたのかもしれない。

 

「ご心配をおかけしたようで」

 

「心配というより状況を知りたくてな」

 

別に明日の朝でもよかったのにここで待っていたというのだから、言葉通りに受け取らない方が良いだろう。俺は部屋に入り、空いているソファに座る。エリスとギレーヌも並んで座った。

 

「まさか残りの3つ全てをレイダが体得しているとは思いませんでした」

 

「何かの運命かもしれないな。それも」

 

ここでイゾルテが拙速に質問してきてもいいタイミングだが、水神流は我慢強い。特に会話に割り込んだりはしなかった。俺は3人ともが何を気にしているのかだいたいわかっている。

 

「水神から教わった奥義ですが、再現可能ですね」

 

「つまり……」

 

「多少の鍛錬は必要ですが、5つの奥義全てを使えるようになりますよ」

 

イゾルテの震えるような声を遮って俺は結論を言った。

沈黙。

エリス以外の4人にはその凄まじさが判るのかもしれない。前世の俺はここに居る誰より長い時間訓練し、闘気すら纏えなかったから気持ちはわかる。自分達の絶対に到達できない所にたった7歳の子供が簡単に到達できると請け負ったのだ。

 

「ねぇそんなに凄いの?」

 

エリスの無邪気な質問。ギレーヌとサンドラに動揺はないが、クルーエル兄妹には動揺が見える。何を言ってもフォローにはならないだろう。ただエリスに答えられるのは俺だけだ。

 

「出来る人は少ないかな。でも才能じゃなくて考え方の違いだとは思う」

 

前世の剣士としての力で並べれば、ここに居る誰よりも俺は才能がなかった。闘気を自然に身に付けることができなかった。中級剣士止まりだった俺が才能を語るなんて馬鹿げてる。前世で魔力量限界説や無詠唱習得法について俺はたまたまこの世界の常識を打ち壊した。現世で読み書きや算術について経験を用いて教科書を作ってみれば、エリスが自分から学ぶ態度を示した。そして俺は前世で闘気が使えないからこそ闘気について研究した。多くの時間を費やして闘気を身に付ける方法について理論を模索した。なぜだか過去に転生したから自分の研究を自分で試した結果がこれだ。3つの事は良く似ている。

何もかもが上手くいったわけではない。大量の魔力を持ってしまってから闘気を得る方法は今のところ判っていない。シャンドルが教えてくれた方法があるが、他にももっと安全で簡単な方法が何かあるのかもしれない。

とにかく俺の努力の仕方は『工夫』による効率化と汎化にある。出来ることをもっと早く出来るように。出来ないことを誰でも出来るように。それはこの世界では奇異に映るのかもしれない。

 

「凄いことですよ。凄いことです。ここにいる誰もがルーデウス君のようになりたくて、そしてきっとできない」

 

イゾルテはうなされたように呟いた。

 

「イゾルテさんは次の水神になりたいですか?」

 

「次代の水神にはルーデウス君がなるべきだわ」

 

「なるべき……。水神になって水神流のために何を為すか。それこそが大事なことだと思います。それに僕は七星流の開祖になることにしましたから」

 

ヒントはここまでだ。イゾルテが水神の道を諦めてしまうとしても、俺ができることはないだろう。イヤ、まだ付け足しておくことがあった。

 

「もし本当に僕のことを天才だと思うのならそれを否定しても仕方ないのかもしれません。そう思うのは個人の自由ですから。でも頂点に立ったとき、"次"が見えなければ超一流とは言えません。僕を目指しても二流で終わりますよ」

 

少し偉そうだったかもしれない。ソファに座って床に足が付かない子供の身で言うことではなかったかもしれない。でもエリスは納得したようだった。それなら、まぁいいだろう。

 

--

 

それから7日が過ぎた昼になる頃、道場にレイダが現れた。

 

「お祖母ちゃん」

 

「元気かい、イゾルテ、タントリス」

 

イゾルテはレイダの両手を握り、タントリスはイゾルテの肩越しに頷きを返している。

レイダは家族の再会はそこそこに俺の方を向いた。

 

「準備が出来たよ」

 

「わかりました」

 

俺はこの街で買い込んでおいたそれなりに上等で、でも華美ではない装いに着替えてからレイダと連れ立って王宮へと向う。

レイダと一緒に連れ立って歩くことでシルバーパレスで呼び止められることはなかった。特にレイダから説明はなかったが、通された部屋はおそらくレイダに割り当てられた一室だろう。そこで頃合いになるまで暫く待っていた。

 

「あんたいくつになるんだい?」

 

「7歳と3か月になります」

 

「グレイラットって家名だったね」

 

「ボレアス家の傍流です。元はノトス家の直系だったようですが、父が出奔しましてね」

 

初めて会う人は皆同じ質問をしてくる。俺の答えも慣れたものだ。だがレイダの感情が急に水面のように静かになった。水神流剣士の戦闘態勢のように。

 

「わからないね」

 

「何がですか?」

 

俺は帯剣していない。代わりにいつでも全身に闘気を纏えるようにした。

 

「剣術はあんたの才能で済ませることができる。けど魔術をそこまで使える人間はこの世界にはいない。あんたが言うことを信じるなら帝級の魔術が使えるんだろう?才能があっても魔術には知識が必要のはずさ。そこが腑に落ちない」

 

彼女の言葉の一刀は俺の急所に切り込んだ。

 

「あるとき村のはずれで龍族の人を助けたらいろいろ教えてくれたんですよ」

 

「そういう嘘をつくときは真顔になるのを止めた方がいいよ。まぁ言いたくないなら訊くべきじゃなかったね」

 

言葉に合わせてレイダの雰囲気が元に戻った。俺も警戒を解く。

 

「僕が帝級魔術師だってあまり口外しないで頂けると助かります」

 

「誰に言ったって信じちゃくれないよ」

 

「その言葉、信じていますよ」

 

話は終わりかと思ったが、時間が来たようだ。

 

「そろそろ行くけど、王との会談には同席させてもらうよ」

 

「レイダさんにも伝えたいことがあるのでむしろ同席頂いた方が手間が省けます」

 

「そうかい」

 

レイダが立ち上がり、俺もソファから降りた。

 

--

 

王の間の前にいるはずの門番がいなかった。俺はそのことに警戒したがレイダは何もおかしなことがなかった風だったのでこれがレイダの仕業だと考えることにした。真実は判らないがそう考えれば合点がいく。そして真実が知りたいわけではない。そう気持ちを整理している間にレイダがノックもせずに王の間へと入って行き、続いて俺も入る。そして目の先でアスラ王が奥の机に向って仕事をしていた。

 

「何事だ」

 

一瞥して訊いてくる。

 

「陛下、ご無礼の程、平にご容赦を」

 

レイダが陳謝すると同時に臣下の礼をとる。俺も遅れて片膝を付き礼をした。

 

「よい」

 

「この者に陛下との秘密裡な会談を頼まれ、借りがある故に断れませんでした」

 

「ならば子供よ、用件を訊こう」

 

俺は顔をあげ、背筋を伸ばして話し始めた。

 

「私の名前はルーデウス・グレイラット。魔法剣士にして、過日、水神レイダより水帝の認可を得た者です。本日は、陛下に私の占命術によって知り得た未来について語るため、ご無礼を承知でこの場を設けていただきました」

 

「ならば、その占いについて話すがよい」

 

アスラ王に促されるまま俺は『災厄によりフィットア領が消失すること』、『既に問題となる不思議な珠は出現しており、防ぐ手立てを探すためペルギウスに助力を求める予定だが防げるかは分からないこと』、『いつ発生するかまでは予測できないこと』、『既にサウロス・ボレアス・グレイラットに伝えてあり、もし発生してしまう場合の避難計画とその後の復興計画については策定中であること』、『復興計画のための資金としてアスラ金貨120万枚が必要と試算していること』といった将来起こる災厄とそれに対する現在の状況について話した。

 

「それで?」

 

アスラ王の言葉は俺の話を黙って聞いて納得し、すぐに用件に入れと態度で表した結果だろう。だから俺も余計な言葉は必要ではないと判断した。

 

「初年度で80万枚、そこから復興するまでに5年で40万枚を復興資金として出していただけませんか?」

 

「それはできぬ」

 

予想通りの答えだ。王はこの国の絶対の支配者ではないのだ。しかし一応の確認は必要だろう。

 

「もし何も対処しなかった場合、多くの領民は飢えることになります。フィットア領の領主であるボレアスも領内の何もかもを失うため、領民を飢えから救えるのは陛下だけです。でも陛下は助けを出せぬとおっしゃる。では陛下は何ができるのかこの未熟な私にお教え頂けますか」

 

「アスラ王国は絶対王政ではない。この国の王権とはお主が考えるような便利なものではないのだ。領主の互助会の長と言っても良い。なればこそフィットア領に手出しはできぬ。儂が為せることは他の貴族に手出しをさせぬよう領地を保護することだけだ。ボレアスのことはボレアスに任せる故に、領民の飢えを救うことはできぬ」

 

やはり俺がイメージしていた国、国家観とは明らかに違う。アスラ王国とは領主の互助会であると王も言っているのだから、アスラ王国を一つの国と考えるよりフィットア領単体を1つの国と考えた方が正しいのだろう。

 

「ですが、陛下はフィットア領を助ける力を持っていらっしゃる。もし、陛下がフィットア領に手助けをした場合はどうなるのでしょうか」

 

「ふむ。災厄と切り離して考えてみるがよかろう。フィットア領が飢えるのも豊かになるのもボレアスの利権の範囲にある。本来は儂の手の及ばぬ世界であるが、法を曲げて儂が助けて糊口をしのぐにはボレアスから利権を奪わなければならぬ。これは王によるフィットアへの侵攻を意味する。武力介入ではなく、経済介入とでも言えばよいかな。王が法を曲げれば他の貴族も黙ってはおらぬだろう。名目を立ててフィットア領をバラバラに解体する。そしてアスラ王国内のバランスが取れるまで、この国は不安定になる。フィットア領ほどの大きさであれば内乱と言って良いだろう。儂はそれを望まぬ」

 

「陛下のお考え良くわかりました。ならば復興はフィットアの民が己ですると致しましょう」

 

「それが良かろう」

 

「ここからが本題なのですが、復興資金を調達するために国と商売をさせていただきたいのです」

 

「お主がか?」

 

「正確に言えば、私が経営するルード商店です。販売するものはルード鋼、もしくはそれを加工したルード剣です」

 

「剣か。なぜ儂に売ろうとする」

 

「ルード鋼はアルスで一番の腕を持つ炭鉱族でも加工はできません。少量を市場に流したところ、これを狙って国内の貴族連中が暗躍していることが判りました。もしかしたら陛下の手の者かもしれませんが、こちらでは判りません。陛下、キルケネス・ブラウンホークなる貴族の名にお心当りは?」

 

「ふむ。知らぬ名だな。しかし、国に直接売らねばお主の身も危険ということは理解した。であるならば、軍務省と財務省が良いと言えば文句はいわぬ。その金は私利私欲のためではなく、この王国の内乱を未然に防ぐために使うのであろう?」

 

陛下は知らぬといったが、真実は闇の中だ。

 

「仰せの通りです。軍務省の軍事バランス統制の元であるならばルード剣を貴族にさらに売っていただいて王領の財政に寄与していただいて構いません。しかし鍛造技術とルード鋼の産出元は独占させて頂きます」

 

「なるほどな。その若さでそこまでの知恵者とはボレアスは良い人材を手に入れたと言えるな」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「以上か?」

 

「いえ、もう1つの占いの結果についてもお話させていただきたく存じます」

 

「申してみよ」

 

「はっ」

 

そこからはダリウス上級大臣の話として、『行方不明のはずのパープルホース家の子女がダリウスの家に監禁されていること』、『両家の力関係に起因する問題であり、立ち入ることが難しく、確たる証拠もないこと』、『そしてこの子女は悪夢のような人生を恨み、国を亡ぼす要因となること』、『一方でレイダは、昔、過去にダリウスに命を助けられた借りがあること』、『レイダが借りを返すためにはパープルホースの子を解放し、ダリウスの急所を絶つこと』を説明をした。これにはレイダへの予言も含まれている。また俺の知りうる前世でトリスティーナは国を亡ぼすことはないが、話を進めるために追加した。

 

「ダリウスとのことを知っているなんてあんたの占いが恐ろしいよ」

 

「ダリウス大臣の今の性格を考えると、その出来事自体が彼の指示だった可能性も否定できませんよ」

 

「それも占いかい?」

 

「いえ、私の分析です。それで陛下はどうされるおつもりですか?」

 

「今までの話からお主の占いが全くのデマの可能性は少ないようだ。アスラ王領とフィットア領が同時に勢力を失えば、儂はアスラ王領の維持で手一杯になり、フィットア領の領地保護に手が回らぬ。であれば、ダリウスの急所を絶つ話はレイダに任せる故、借りを返すが良い。アスラ王領にとっても国家の(まつりごと)にとっても後数年はダリウスの後見が必要だからな」

 

「つまり、必要がなくなればダリウス大臣を切るご覚悟があるということですか?」

 

「儂はダリウスにいろいろ助けてもらったが、あやつが儂を使って利益を得た部分もあるのだ。悪事をのさばらせて内乱を招くようなことは王の所業ではない」

 

「判りました」

 

「最初の件の些事につきましては軍務省と財務省の担当者とお話させていただきたく」

 

「手配しておこう」

 

こうして王との秘密会談は終わった。




次回予告
ルード剣の販売に関して政府高官との調整を終え、
ついにロアへと帰還し、しばし滞在。
ブエナ村へと帰らず留まったのは、大空の支配者へ挑むためだ。

次回『石の伝言』
消されるな、この想い。


ルーデウス7歳と3か月時

持ち物:
 ・日記帳
 ・着替え3着
 ・それなりに上等な服   (New)
 ・パウロからもらった剣
 ・ゼニスからもらった地図
 ・ミグルド族のお守り
 ・魔力結晶×8
 ・魔力付与品(マジックアイテム)
  短剣(未鑑定)
 ・魔石
  黄色(大)
 ・神獣の石板
  スパルナ
  フェンリル
  バルバトス
  ダイコク
 ・アスラ金貨100枚
 ・フィリップからもらった旅の軍資金 (食事や宿泊で使っている)
 ・商い行為許可証inアスラ王領

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