無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。
 ・ケイオスブレイカーへ転移するための魔法陣に使われている技術
 ・魔法陣・召喚魔法に関する細部の設定
 ・太古の盟約が古代長耳族が残したこの世界のシステム介入装置の一部であるという設定
 ・11の使い魔が精霊ではないという設定
 ・ルーデウスのレポートと日記に書いた新技術の設定
 ・魔道鎧フィギュア
は原作では語られていない部分のため拙作のオリジナルとなります。あらかじめご了承ください。


第004話_新分野の開拓1_召喚魔術

---友のために生きようとすれば友の助けを得る---

 

最近は朝にエリスとの鍛錬を遠慮して、闘気の訓練メニューを実践している。

まずは『操気』の訓練だ。既に大量の魔力量を手に入れてしまった俺がいまさら『操気』を体得するのは非常に難しいといえる。いつヒトガミやその使徒が来るかわからないので、ガス欠前提の『開穴法』は家族を守りたい俺では試せない。

そこで俺が考案した方法が体中から集めた魔力を二の腕から指先の当たりにある魔術発射口から発射せずに体内に戻すというものだ。これは『閉穴法』に近い気がする。今の所、『閉穴法』に由来する体への負担は感じられないが無理は禁物だ。この方法で『操気』が体得できるとも限らない。

訓練はこれからも続けていくことになるが、当初予定していた苦手分野の克服は実証実験の段階に入ったと言える。ならば今日からは新規分野開拓を始めるため、あの場所に行こうと思う。

 

--

 

ケイオスブレイカー城、謁見の間。俺はそこで恭しく礼をしていた。いつもの貴族式の礼だ。シルヴァリルに取り次いでもらって今ここにいる。

 

「よくきたルーデウス・グレイラット。貴様の雷名このケイオスブレイカーにまで轟いておるぞ」

 

ペルギウスからお褒めの言葉をいただく。この人は王だから俺のような凡人にごまをすったりしない。これは望外の喜びだ。

 

「かのケイオスブレイカー城主ペルギウス様にお褒めいただき、このルーデウス・グレイラット感謝の極み」

 

「して、本日は何用か」

 

「はっ、ナナホシのドライン病事件で途中となっておりました召喚魔術に関する講義をペルギウス様に再び賜りたく」

 

「随分と時間が空いてしまったが、今頃になって願い出た訳でもあるのか?」

 

「はい。ナナホシは言っておりました。ペルギウス様はナナホシの大規模・異世界転移魔法装置がまだ未完成であると考えておられると。これからも研究を続けていくだろうとも。そして彼女自身は月に1度目覚める生活をするので研究を続けることができないと。

私はあの転移魔術が完成していて、ただしタイムパラドックス制御機構によって正常動作ができないという彼女の意見に賛成ですが、そうであるなら彼女が転移できるようになるのはオルステッド様がヒトガミとの対決に勝利した後となります」

 

「ふん、それで」

 

「つまり、その場合に3つの新たな課題が生まれると思っております」

 

「ほう、述べて見よ」

 

「一つ、彼女が異世界転送されるのは私が死んだ後になり、今の転移魔法装置の魔力消費量のままではそれを実行できる術者を探さねばならず、見つかるか不明な点。

二つ、大変失礼ながら、ペルギウス様がそのときご存命でない可能性がある点。その場合、スケアコートの時間停止による眠りを代替する方法、もしくはペルギウス様がいらっしゃらないときでもスケアコートを精霊召喚し続ける方法を伝えねばなりません。

三つ、これもペルギウス様ご不在の場合の課題となりますが、転移魔法装置を操作する高度な12人の術者が必要となります。

これら3つのことはナナホシが今のようになった後に考えるようになりましたが、オルステッド様との協力関係のため実行に移せませんでした。最近になって少し時間がとれるようになりましたので、こうして願いでることになった次第です」

 

ペルギウスの生死に関わる話をしたので11人の配下から多少不穏な空気がながれた。そう、ここにスケアコートはいない。今もナナホシを停止させる作業中だ。ただ、その11人にしても主人の嫌な話をすればそうもなろう。しかし、ペルギウス自身は王としての貫禄なのか何も気にした様子はなく、俺の主張を真正面から検討しているようだった。

数瞬の(のち)―本当に短い時間だった―ペルギウスは口を開いた。

 

「貴様の考え考慮に値する。

よかろう。まずはシルヴァリルの講義を受けて、召喚魔術と魔法陣についての知識を深めるがよい。

しかし、貴様には課題を与える。我自らが指導する講義をきいた後、大規模転移魔術の消費魔力削減と実行時の制御者を減らすための研究レポートを提出せよ」

 

「承知いたしました。微力を尽くします」

 

ペルギウスとの謁見は終了した。シルヴァリルの講義再開といこうじゃないか。

 

--

 

謁見をしたその日の昼からシルヴァリルとの講義が始まった。

 

「既に第1回は終わっていますね。復習が必要ですか?」

 

彼女の第一声は疑問形だった。

 

「いえ、しっかりと覚えております。しかし、少し疑問があるので復習がてらお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「ええ、構いません」

 

「講義ではお話されなかった部分を追加しても?」

 

「ええ」

 

「では。

召喚魔術とは魔獣召喚魔術と精霊召喚魔術の二つに分類できます。巷では付与も召喚魔術に含まれていますが、これは召喚魔術ではないというお話でした。

魔獣召喚魔術は、太古の盟約のルールに従っており、『人』と名の付く者以外のありとあらゆる生物を呼び出すことが可能な魔術です。自分の魔力を超える生物を魔獣召喚魔術で呼び出した場合、制御できない場合があります。ただしナナホシとペルギウス様の研究により、生物でないものも魔獣召喚可能であることが判っています。これに関する第一の推測は、太古の盟約にある穴を付くことでそれを可能にしているということです。第二の推測は、太古の盟約は魔獣召喚魔術を安定・簡素化するための単なる枠組みであり、不安定・複雑化を受け入れるならば魔獣召喚魔術に制限はない可能性もあります。この場合は、魔獣召喚ではなく単に召喚魔術とし、現在の精霊召喚魔術を創生魔術とでも命名するべきかもしれません」

 

俺は少し言葉を区切った。家ではよく訓示を垂れる時に話が長いと家族から不評を買っているので、あまりペラペラしゃべるのも失礼かもしれないからだ。

 

「終わりですか?」

 

「続けます。これはオルステッド様から頂いた守護聖獣召喚魔法陣を使って、誤ってアルマンフィを呼び出してしまった時のことです。アルマンフィが言っておりました。オルステッド様の魔法陣には『絶対服従し、家族に振りかかる災厄を払いつづけること。契約期間は、未来永劫と書いてある』と。つまり、私の理解では魔法陣に記載する記述内容には召喚した魔獣に対して、これを制御する旨を記載できます。ただし、召喚された魔獣が自分の魔力を上回る場合はその制御内容は無視されます。間違っている部分はあるでしょうか?」

 

「いえ、続けてください」

 

「次に精霊召喚魔術についてです。精霊召喚魔術は魔力を使って知性ある任意の疑似生命を生み出す魔術です。この疑似生命を精霊と呼ぶと思います。精霊の生存期間は、精霊召喚魔術に付加した魔力量によって決まります。あなたを除くペルギウス様配下の11人は『初代甲龍王』様が作り方を残した太古の精霊です。そして、現ペルギウス様の手でその契約期間をペルギウス様ご自身の寿命の限りに延長する術を付加しています。ここまでが私の召喚魔術で習ったことと、それに関連して体験したことになります。しかし2つの疑問が残りました」

 

疑問を投げかけるフェーズになったのでもう一度言葉を切った。シルヴァリルは口を挿むつもりはないようだ。

 

「第一の疑問は、オルステッド様の守護聖獣召喚魔法陣で精霊たるアルマンフィを呼び出したことです。その後、アルマンフィが持ってきたペルギウス様の守護聖獣召喚魔法陣では大森林の聖獣様が呼び出されました。召喚時に術者の私がイメージしたモノを変更したというのもありますから結果については疑問はありませんが、アルマンフィのような他人が召喚した精霊を太古の盟約が規定する『この世界に存在する人の名を冠しない生命』に含むことができるのでしょうか?しかも未来永劫の契約期間です。彼は疑似生命であり、ペルギウス様の寿命を越えては生きられないはずです。また第二の疑問は、私の知識では現代の魔術は、古代長耳族(ハイエルフ)が精霊と契約して使えるようにした魔術を人間が体系・改良したものだということです。古代長耳族(ハイエルフ)が契約した相手は先ほどの精霊召喚によって呼び出される疑似生命ではなく、この世にたしかに精霊が存在することを証明しており、矛盾していると思います。私の疑問は以上です」

 

「なるほど……あなたの疑問はもっともな点ですね。その疑問は基礎の召喚術を学ぶ中で解決すると思われます。焦ることはないでしょう」

 

「そうですか、少し先走ってしまったようですみません」

 

「いえいえ。ルーデウスさんの現状の知識についてはよくわかりましたので、講義を始めたいと思います」

 

--

 

最初の講義は前提知識の魔法陣についてだった。魔法陣自体は召喚魔術で必須ではないし、他の魔術にも応用ができる。ただ、無詠唱と膨大な魔力量を持つ俺にとっては召喚魔術と転移魔術以外ではあまりお世話にならない分野だ。まぁ魔道鎧の持ち運びのために多少は自習したから、今回は落ちこぼれにはならないだろう。

 

シルヴァリルの魔法陣の講義は、1.魔法陣の大きさと必要魔力量の関係、2.魔法陣の大きさと召喚する対象の大きさの関係、3.材質と魔力の強さの関係、4.魔法陣を書くための特殊な触媒、5.ヴィンド方式、6.アレスタル方式、7.フラック方式、8.積層型魔法陣の8つに分かれていた。

 

魔法陣の大きさと魔力量や召喚対象の大きさに関する説明は基礎。魔法陣に使用する材質と魔力の強さや触媒は応用。ヴィンド方式とアレスタル方式は主流の記述方法の説明で魔道鎧一式に使われているやつだ。フラック方式はオルステッドの呪いを解呪しようとしたときにクリフが口にした気がする。そして最後の説明は狂龍王が残した最先端の内容で研究の余地が大いにある。

 

魔法陣を書くための特殊な触媒についての講義内容によって、ケイオスブレイカーに来る際の光る水を使った魔法陣の起動の意味が判明した。この城の入り口にある石板に彫った巨大な転移魔法陣は最大で12個の任意の石棒に対して同時転移を実行する。それを安定させるにはかなり複雑な制御を必要とするらしい。対して制御用の石板と転送用の石板の間を同じ魔力で満たした水で繋げると、ある種の魔術経路ができて制御用と転送用の魔術が連動するということだそうだ。つまり、あの転送用の石板の近くには制御用の石板があったってことだな。これまで何度も使っていたのに全く気付かなかった。だいたい、ペルギウスは徒歩で一時間もかかるような城内からどうやってあの転移魔法陣を使用しているんだ。その技術は未だ不明だ。

 

数日かかって、魔法陣の講義は終了した。あまり家を空けられないので一旦戻って、嫁と子供、母さんたちと過ごし、講義の内容を復習していた。魔族ってだけでケイオスブレイカーに入れないロキシーはペルギウスの講義に興味があるらしく、俺の復習の手伝いといいながらいろいろ質問をしてきた。さすがロキシー先生!と思う鋭い質問があり、答えられない部分は次にシルヴァリルに会った時に確認するってことになった。俺はそういったあれやこれやを忘れないように日記に書いた。

 

ふといつも書類とにらめっこしているオルステッドの顔が浮かんだ。そんなわけで、しばらく来なくて良いといわれたけど、オルステッドにも会いに行った。

オルステッドは、必要なときはこちらから連絡すると言ったただろうと不満気だったが俺自身の状況報告をさせてほしいと言ったら黙って聞いてくれた。オルステッドの元で慌ただしく仕事をしていたのが随分と昔に感じられた。

 

--

 

地上での雑務を終えて、またケイオスブレイカーにやってくると、ナナホシが目覚めていた。そのことはちゃんと覚えていたので、アイシャが用意してくれた材料で日本風の飯を作った。今回のメインは「海苔」だ。

ごちそうさまをしたところでナナホシが話しかけてくる。いつもなら飯の感想だが、今回は少し違っていた。

 

「召喚魔法の講義を受け直しているらしいわね」

 

「おまえがドライン病になったせいで俺が受けたのは最初の1日だけだったから受け直すってのは語弊があるよ」

 

「あぁ、あの時は本当にお世話になったわ」

 

「いいよ。そんな昔のこと」

 

言って俺はしまったと思った。

 

「そうあなたにとってはもう随分昔のことなのね」

 

彼女は遠い目をしていた。

俺は返す言葉を持たなかった。

その後、少しの沈黙が流れたが、物好きなペルギウスが現れて海苔を食っていった。さすがに甲龍王といえど海苔の旨さは理解し難いらしく旨いとは言わなかったが、乱入してくれたおかげでナナホシとの微妙な空気が緩んだ。残りの時間は彼女が眠りにつくまで魔法陣のことを話して過ごした。

 

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翌日から、シルヴァリルの召喚魔術の講義が始まった。

講義は雑学から入り、魔獣召喚、精霊召喚、そして召喚魔術に共通事項の順に進んだ。

それぞれの内容はよく整理されていて、俺のような素人でも判るようにと配慮がなされていた。そして、俺が幼少期に知りたかったことがほぼ網羅されていたので講義自体を楽しむことができた。

講義で特に有用だと思った知識は、『召喚術師が少ない理由』と『太古の盟約』に関するモノだ。それぞれについて説明しよう。

 

まず、『この世界で召喚術師が少ない理由』は3つある。

第1の理由は、ある程度の攻撃力のある魔獣を呼び出すには聖級以上の魔力量が必要であるからというもの。聖級以上の魔術師はこの世の中にそんなに多くない。だから召喚魔術師も少ないということらしい。だが攻撃力を考慮せずに使い魔のように使役するだけならそこまでの魔力を必要としないと思うのだが、この世界の魔術師にはそのような運用方法は頭に無いようだ。

第2の理由は、魔獣との契約のせいで魔力枯渇を起こすような全力が出せなくなるというもの。召喚された魔獣は精霊召喚のように魔力切れを起こすと消滅するわけではないので一見便利に見えるが、召喚主の魔力が弱まると契約を破棄して襲ってくる不届き者もいるということだ。

第3の理由は、呼び出した魔獣の飼育が大変というものだ。魔獣召喚の講義によると聖級魔術師で呼び出すことのできる魔獣は、リカリスの町の近くの森にいた白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)程度らしい。飼育には魔力を定期的に供給してもいいし、普通にエサを与えることもできる。ウチのレオはエサで飼育しているから後者だな。しかし、白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)が何を食べるとかよく知らないわけで人肉とか要求されたら魔力供給しなければいけなくなる。魔力供給で生活するなんてダンジョンの魔物みたいだ。いや、転移ダンジョンで魔力供給を受けていてもロキシーが食事を必要としたのを参考にすると、『人』の名を冠するものには魔力供給で生活することができない可能性がある。多少こじつけだが筋は通っている気がする。飼育のことは別にしても、白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)をつれて町に入るなんて無理だから召喚術師はルイジェルドさんみたいな生活になるわけだ。よほどのサバイバル能力がなければ生きていけないし、肉体的にひ弱な魔術師では到底不可能とわかる。

つまり、俺があこがれていた召喚術はいろいろ制約も多いし、不便だってことが判った。魔力供給型にするにせよ、ペルギウスのように街中で驚かれないような精霊を使役できるのが理想に近いってことだな。

 

次に『太古の盟約』についての知識についても次のように理解ができた。

知っておくべきことは、『太古の盟約とは、古代長耳族(ハイエルフ)とこの世界の法則を司る古代精霊の間で交わされたルールである』ということだ。古代精霊とは単に精霊のことであるけれども、現代においては精霊が疑似生命の代名詞になっているので少し言い換えている。そしてこの世界のあらゆる法則を具現化した存在が古代精霊ということだ。自然界のそれぞれのものに固有の霊が宿るというアニミズムの考え方をすればすんなり判るだろう。古代長耳族(ハイエルフ)は古代精霊と交信し、太古の盟約を取り付けて、原初的な魔法を手に入れ、力を振るうようになった。

太古の盟約については、長耳族の遺跡の奥深くで巨大な水晶石板に彫刻してあり、この世界に定着しているとのことだ。即ち、太古の盟約とは召喚魔術に関するルールではなく、魔術全般について古代精霊と結んだルールであるとも言える。いや、ルールというよりはこれはガイドラインというべきものだ。シルヴァリルに第二の推測として語ったように、この太古の盟約(ガイドライン)は魔術を簡素・安定化させて敷居を下げる。太古の盟約(ガイドライン)に従って呪文を詠唱すれば体内から魔力を強制的に吸い取られ魔術が発動する。

しかし、この太古の盟約(ガイドライン)には制限(リミッター)が付いていると俺は予想している。その一つが魔獣召喚の『人』の名を冠する~という制限(リミッター)だ。太古の盟約(ガイドライン)を無視してこの世界のシステムにアクセスすれば、オルステッドのように理を外れて力を行使できるようになるということだろう。ただ、それなりの魔力量と知識と技術が必要となる。そこまで理解することで、オルステッドの召喚魔法陣でアルマンフィが呼び出されたという疑問に説明がついた。

さらなる仮説となるが、オルステッドが太古の盟約の内容を理解すれば、魔力回復を向上できる可能性がある。今度提案してみよう。そうなればオルステッドの使命もヌルゲーになって俺の子孫の手を煩わせることもなくなるかもしれない。

 

5日間にわたる集中講義過程が終了したのでシルヴァリルの役目は終わった。俺は感謝の意を伝えて、一度、空中城塞を後にした。前回と同じように家族との団欒(だんらん)を楽しみ、アイシャを「海苔」の件で褒めそやした。召喚魔術師は俺の中でずっと憧れていた職業だったからちょっと残念だった。現実の厳しさを突き付けられたともいえる。あの雨の日に家を放り出された絶望感までは無かったが、少し味気ない気はした。

しかし、完全に諦めたわけでもない。今の俺は何もしなかったあの状況とは違い天狗にならずに基礎を地道に固めてきたのだ。ザノバもクリフもナナホシもこの世界になかったものを生み出している。これからが面白いと言えるだろう。同世代の俺だって新分野の先駆者になれるかもしれない。そういった思いをまた日記に綴った。

 

次の日、今回も事務所に寄ったがオルステッドは不在だった。太古の盟約についてはまた今度提案してみよう。

 

--

 

再々度となる空中城塞の訪問。シルヴァリルに案内されたのは講義室ではなく中庭だった。そこではペルギウスとザノバが談笑していた。こちらに気づいたザノバが声をかけてくる。

 

「おぉ師匠!随分と久しぶりですな!」

 

本当に久しぶりだった。ザノバ商店も軌道に乗ったので彼も気兼ねなくオートマタの研究ををしていることだろう。俺は二人のテーブルまで後一歩というところまで近づいてから、挨拶をした。

 

「ペルギウス様、深淵なる知識をご披露していただきたく。ルーデウス、三度参上しました」

 

目を見てそう述べて、そして礼をする。

 

「よかろう。約束であるからな、研究レポートも忘れるでないぞ」

 

「必ずや」

 

「まぁよい、座れ。ザノバが何やら作ったというのでな。お前も見てやるが良い」

 

「はっ」

 

俺は席に促されて、ザノバの新作となる魔道鎧フィギュアを見ながら可動域や重心、角ばった部分での怪我の可能性について昔取った杵柄もあって専門的に語った。ザノバはメモを取りながら聞いていたが、ペルギウスはそんなことよりも芸術性が重要だと言っていた。一点物の偶像とアクションフィギュアの道、二つが示されたということだ。結局、今回も城についたその日には講義を受けることはなく、次の日になった。

 

--

 

ついに、ペルギウスの召喚魔術の講義が始まった。

講義の内容は、召喚対象のファジー化、精霊のコピー、複数精霊召喚時の相克の3つについての説明だった。

 

どれも非常に高度な内容かつ細かいことに留意していた。こういう事を知らないで(つまづ)くと召喚魔術が上手くいかないという道標(しるべ)のような印象を受ける。

それぞれ半日程度の内容で3日に分けて受講した。講義を受けると残りの半日は暇になるが、復習や習ったことの実験で時間は瞬く間に過ぎた。

ぶっちゃけシルヴァリルに比べてペルギウスの説明は難しい。変なところで、基礎を習ったお前ならわかると思うがって雰囲気で説明を省略してくる。先生としてはシルヴァリルのが優秀だな。ロキシー先生にはシルヴァリルも及ばないが。

 

今回も理解したことをまとめてみよう。まず『召喚対象のファジー化』の講義はレオの召喚のときに既に経験しているからよくわかる。基礎で学んだこととは相反する内容だ。召喚魔術は基礎的には召喚対象を明確にしなければいけない。召喚対象を曖昧にすると召喚に失敗する。これを防ぐための機構として魔法陣に投入した魔力量・目的・イメージをトリガーに適切な魔獣を呼び出す機構を魔法陣に記述できる。この機構のことを召喚獣選択盤(サモンルーレット)と呼ぶらしい。

召喚獣選択盤(サモンルーレット)に任せるメリットは2つある。

1つ目は、『術者を殺すような召喚結果にならない』というものだ。能力を見誤って召喚してしまうという事故の危険性が無くなるのは召喚術を運用する上で非常に大きい。シルヴァリルの説明で召喚術師が少ない理由について説明を受けたときに使い魔のようなものを召喚すれば良いと思ったが、そのように自分の魔力に丁度良い召喚獣の存在が判らなければ運用方法も見いだせないという物なのだろう。一応、召喚獣選択盤(サモンルーレット)も万能ではない。あまりに魔力量が少なすぎると該当するものが無くて召喚に失敗する可能性があるそうだ。

2つ目は、『魔法陣の記述が楽』というものだ。要は安心して使えるし、汎用化できるってことだな。

 

次に、『精霊のコピー』の講義内容によってペルギウスの11の使い魔がそれぞれ古代精霊のコピーであることが判った。確かに光輝のアルマンフィが死んで世界から光が奪われるとかめちゃくちゃ問題になるだろう。基礎で述べたように古代精霊とはこの世界のシステムそのものだ。それを初代の技でコピーし、多少の具現化を施したものが、かの11の使い魔というわけだ。洞察の古代精霊ってのはちょっとわからんて、カロワンテなんちゃって。

 

『複数精霊召喚時の相克』の講義内容は何体も精霊/魔獣召喚する場合の注意点だ。魔獣召喚された生物同士に重複する契約を与えると彼らはその契約を食いあい、相克してしまうらしい。例えば、破壊のドットバースと波動のトロフィモスの両方に自分を守れと契約させるとお互いがペルギウスを守ろうとして、上手く行かず、手痛い結果を手にするというわけだ。召喚魔獣は契約に忠実に動こうとはするが、他の召喚魔獣と協力しようとさせてもできないようだ。だから、複数体の魔獣を召喚したらそれぞれが互いに重複しないように役割を考えて契約しろということになる。

 

これで終わりかと思ったが、さらに3つの特別講義をしてくれた。最初はそのつもりはなかったらしいが、俺がナナホシの将来について語ったことを真剣に取り上げてくれたようだ。ただし特別講義の内容については必要以上に公開するなと念を押された。

 

講義内容は、『初代甲龍王』の作りし、古代精霊召喚術式とその魔法陣、事後的契約変更・動的契約変更・自動更新の手順、契約期間の延長魔術の3つから構成された。

念をおされたのも頷ける。こんなもんホイホイ使われたら世の中大変だ。

今回も理解したことをまとめてみよう。

 

『古代精霊召喚術式とその魔法陣』の説明では、11の古代精霊を召喚する魔法陣について説明を受けた。魔法陣の内容には対象のコピー、具現化、人格付与といった工程がある。人格付与の話はザノバとやっているオートマタにも利用できる話だ。

次の講義は召喚時の契約を後から変更する裏技だ。しかしこれによって、破壊のドットバースに自分を守れと頼んだり、波動のトロフィモスに自分を守れと頼んだりするのを相克なく実行できる。基本の契約は独立させておいて、必要になったら順番に契約変更して使う。ただし、誰の契約がどういう状態になってるかは忘れずに覚えておかなければいけない。間違えると結局、相克を起こす。俺には11体を同時管理できないだろう、実践を想定しただけで頭痛がした。

最後の講義は現ペルギウスが開発した自分の寿命が続く限りという契約期間だ。しかし、俺はオルステッドの未来永劫という契約期間を見たことがあるから驚きはしない。精霊召喚で期間が寿命だったら今でも違和感を覚えていたはずだけど、魔獣召喚なら単に事後的契約変更に条件付けをするという程度のことだ。

 

今回も暇な時間は復習をしたが、古代精霊の召喚については机上の理論として学んだだけで練習はしなかった。時間のスケアコートに何かあるとナナホシが気の毒だからな。講義が終了した後、ペルギウスが『シルヴァリルに習った内容についてはラノア魔法大学に伝えたり、魔術ギルドにその内容を提出しても良い』と許しをくれた。俺はたぶん言われたとき面倒くさそうな顔をしていたと思う。そしたらペルギウスは別にしなくても構わんがと付け足してくれて、二人で笑いあって解散となった。随分仲良くなった気がする。

 

さて、もう6日も家に戻っていない。家に帰ってお父さんしたい。

レポートの提出期限は1年とされたが、すぐに取り掛かれば、仕事の状況によるが、3か月で書きあげられるだろう。もう書こうと思ってることは決まっている。

 

 

--ペルギウス視点--

 

あの男に講義をしてから半年、手元に一冊の本が届いた。本の装丁はスペルド族のような鮮やかな緑色のハードカバーだ。そこに丁寧な金字で「魔法陣の消費魔力低減と操作の簡易化 ルーデウス・グレイラット著」と銘打たれている。といってもこれは金細工ではないようだ。

 

「ふん……」

 

どんなものかと、本の表紙をめくる。

前書きが書いてある。そこにはこの本を書くに至った経緯と協力した人物に対する感謝が添えられていた。本の装丁は炭鉱族の少女の手によるもので、監修はシーローンの王子である。手間がかかっている。例えレポートであっても甲龍王に対する礼を失しないということか、あの者らしくないとはいえ気分は悪くない。きっとザノバの入れ知恵だろう。

目次に目をやると、5つのテーマに分かれている。そこには自分が教えた内容に関することは含まれていなかった。いや、自分が教えたことは召喚魔術であり、彼に依頼したのはナナホシを手助けするための技術に関するレポートだ。含まれていないのは当然である、そう思い直した。

 

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 1.三次元魔法陣を使った衝突回避の記述パターン

 2.三次元魔法陣の魔力充填時の畳み込みと不安定状態の変移

 3.二重螺旋構造型魔法陣.並走型の提案

 4.二重螺旋構造型魔法陣.逆走型の提案

 5.三重螺旋構造魔法陣によって記述できる内容の予想

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このレポートに書かれている分析と報告は、狂龍王カオスが開発し、異世界転移魔法装置の魔法陣に使用した『魔法陣を立体的に取り扱うための技術』に焦点が当てられている。この技術を彼は『三次元魔法陣』と命名したようだ。

1章では複雑な機能を有する魔法陣における二次元魔法陣の限界と、三次元魔法陣を使った限界突破方法が述べられている。そこから三次元魔法陣の使用に関する注意点が書かれている。三次元にするためには魔法陣を書く素材に高い剛性が必要であり、単純に石板に彫る場合は紙に塗料で記述した場合と比較して製作時間、可搬性、さらに魔力の充填量が増加してしまうとされている。1章の最後は剛性が高い紙のような材質があれば魔力の消費量を下げることができるはずという予想がしてある。

本を読む手が止まらなかった。己の飢餓状態だった知識欲を止める術を知っていたはずだったのに、いやこの世界で長く生き、知らぬ物など無いと思っていたのに、それが強く刺激を受けている。人族の男のために自分がわざわざ時間を割いた、その投資に見合うリターンと言えよう。

 

2章を読み始める。2章の冒頭ではシャリーアの商人とラノア魔法大学、魔術ギルドの協力を得て、非常に高度な算術を用いて魔力充填時の魔法陣の状態について分析が行われている。これは、三次元魔法陣を必要とするような巨大な魔法陣では最初に魔法陣全体に魔力を行き渡らせるのに時間がかかり、その過程で起こる魔法陣の不安定な状態を問題視しているのだろう。異世界転移魔法装置では一旦、魔力をプールする機構と充填のための制御機構が設けてあり、既に解決済みだ。面白いのは制御機構を用いず、充填の順序を工夫することで、ある程度の状態の安定性を得られるとする点だ。さらに研究すれば装置に必要な術者を削減できるだろう。

 

3章と4章は三次元魔法陣の変形を実験してみた結果について書いてあった。この章の協力者として前書きにザノバの名前があったことを勘案すると例の自動人形に使われている形状と見える。

 

しかし、続く5章には意図のよくわからない予想がされていた。5章で想定している構造の魔法陣は任意の場所に転移し、さらに元の場所に戻る自在転移の可能性を説いている。便利だとは思うが、ナナホシが必要とする技術に関するものではなさそうだ。あの者の意図を測りかねる。何か示唆に富んだ話のようにも思えるが。

 

読み終わったペルギウスは傍らに立っていたシルヴァリルに本を手渡した。

 

「読み応えのあるレポートだ。お前も読むが良い」

 

シルヴァリルの笑顔がまぶしい。彼女から咄嗟に目を逸らし、空中庭園とその先に広がる雲霞を眺めながら自分の研究計画の変更を余儀なくされたことに悦びを感じていた。

 

 

--ルーデウス視点--

 

スコット城塞跡でアルマンフィを呼び出して、作成したレポートを手渡し、自宅へと帰ってきた。レポートの作成は当初一人で書いていたが、結局行き詰まり、ロキシーに相談をした。彼女との共同作業になるかと思ったが、魔法大学や魔術ギルド、果てはルード傭兵団の商人の力も借りることになった。レポート作成で大騒ぎしていると、ザノバとジュリがやってきて協力を申し出てくれた。彼らも個人研究や人形作りで忙しいだろうと断ると、師匠のために是が非でも協力させてほしいと頑として気持ちを曲げなかった。最後にはこちらが折れてしまって随分壮大なレポートになった気がする。いやレポートというよりあれは本だ。

 

最後の5章はオマケだ。未来の俺の日記によればペルギウスはヒトガミや無の世界についてよく知らない。ただし、彼が5章の研究をまじめに取り組めば、オルステッドが五龍将の秘宝を集めようとしたときに命を長らえることになるかもしれないと書き足した物だ。今回のことでもペルギウスには世話になった。それくらいしても良いだろう。

 

一仕事終えた。オルステッドに暇を出されたはずなのに随分と疲れた気がする。今日は一日、嫁と子供たちで癒されよう。でもまだまだ書きたいことがある。研究意欲に火が付いた。家庭教師時代、さまざまな言語を習得していた時期にも似た高揚感があった。そうして俺はまたしばらく自宅の研究室に篭る日々が続いた。

 

 

 




次回予告
或る日、誰もいないはずの自室で
何かの気配を感じて振り返る。
そこに居たのは老人で、
彼が節くれだった指を出入口に向けた後、軽やかに内側へ曲げると、
まるで動作に合わせるように
扉がバタンと音を立てて閉まった。

次回『新分野の開拓2_重力魔術を求めようとして』
みせるだけみせて彼はなぜ日記に書かなかったのか。


■シルヴァリルの講義
-魔法陣関連
 1.魔法陣の大きさと必要魔力量の関係
 2.魔法陣の大きさと召喚する対象の大きさの関係
 3.材質と魔力の強さの関係
 4.魔法陣を書くための特殊な触媒
 5.ヴィンド方式
 6.アレスタル方式
 7.フラック方式
 8.積層型魔法陣

-召喚魔術関連
 1.雑学.この世界で召喚術士が少ない理由
 2.魔獣召喚.太古の盟約
 3.魔獣召喚.制御文の必須事項
 4.魔獣召喚.代表的な召喚獣と必要な魔力量の目安
 5.精霊召喚.魔力の属性化
 6.精霊召喚.判明している属性の種類
 7.精霊召喚.実在する精霊
 8.共通1.大規模召喚に伴う召喚光の予想
 9.共通2.転移魔術との相違点

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■ペルギウスの講義
 1.召喚対象のファジー化
 2.精霊のコピー
 3.複数精霊召喚時の相克

-特別講義
 1.『初代甲龍王』の作りし、古代精霊召喚術式とその魔法陣
 2.事後的契約変更・動的契約変更・自動更新
 3.契約期間の延長魔術

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■ルーデウスの日記より要約
 等価召喚
 1.依代召喚(不完全等価、サモンルーレットに寄与)
 2.生贄召喚(完全等価、魔力の代替)

 神獣召喚
 1.精霊の構造化
 2.神獣の種類

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