無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。

3章本編のテンポの関係で、どうしても語り切れなかった小さなエピソードを集めているため、時間軸がとびとびになります。
ご了承ください。



第043話_間話_囚われた人_手紙と議論

---どん底で希望が見えなかった者と這い蹲っても希望を見出す者---

 

お祖母ちゃんが1人の女の子を家に連れてきた。この子のことをお祖母ちゃんは何も説明しなかった。ただカーテンの閉じた部屋から絶対に出してはいけないし、この子を家に置いていることさえ誰にも言ってはいけない、と。それで私はこの子が誰かに狙われているのだと思った。情報が洩れれば刺客が来てこの子を連れ去る可能性があるという事だ。

この水神流宗家の道場と隣接した宗家筋の屋敷であれば心配はいらない、と油断はできない。兄と私の2人にメイドが数人の暮らしでは1人々々が強くても警備は万全ではない。本職のアサシンであれば隙をついて女の子1人くらい暗殺できる。そのコストが1人の女の子を暗殺することに見合うとは思えないが、そういうコストを度外視したことをする魑魅魍魎がこのアスラの中心に近い場所程増えて行くのは知っている。だから私はその判断が間違いだとは思わなかったし、誰に狙われているかといえば上級貴族だろうと絞り込めた。それに水神レイダが判断したのだから警戒は必要だ。

兄が近づくと怯えたので兄はこの件にはまったく関わらないこととなった。女の子の世話は信頼できるメイドがしている。髪を梳いて乱れた衣服を直す。たまにメイドにお茶を持ってこさせて部屋の中にお茶の匂いを漂わせる。私が出来るのはそれくらいだったが私も手伝いをしたと言えるだろう。

女の子は一日中ボウっとしていた。トイレ以外で部屋から出せないので軟禁状態だ。瞳に力がなく出された食事をのっそりと摂るだけで会話もない。トイレもこちらが促さないとずっと我慢している。身体を拭くために服を脱いでとお願いするとビクっとなることから、この子がどんな境遇だったのかを窺い知ることはできた。

こういう手合いはこの世の中にうんざりする程いる。魔法三大国やシーローンは奴隷の売買が合法化されているのだ。奴隷が売られた先でどんなことをされるのか、傭兵、軍隊、各ギルドが購入すれば生きている間は兵士としての待遇が待っている。その先に人を殺し合う生活が待っているとしてもだ。だがこの子のように性の捌け口になる場合もある。アスラ王国内は裕福で戦争もしていないから後者の子の方が多いと思う。それを実際に目にする機会が訪れたことにミリス様を恨みたい気持ちも出てくるが、私の気持ちよりこの状態からこの子をいかにして救うかの方が大切だ。

救う方法については簡単には思いつかなかった。あの子は心を閉ざしてしまっている。話もできなければどうやって解きほぐせば良いのだろうか。解毒魔術では心の病は治せない。そんな思いのまま剣術の訓練をしていたら師範に集中しろと叱られてしまった。

師範の言葉で閃く物があった。そう集中だ。嫌な思い出を忘れるくらい何かに集中させてあげれば良いのかもしれない。修行の合間に私は商店を巡って本を探した。私の小遣いで買えるもので少女でも楽しめるもの。そんなものが良いと思った。私は王子様との道ならぬ恋に落ちる話や2人の貴族に求婚されて困るといった乙女チックな話が好きなのだが、そういうのはあの子にとっては辛い思い出に直結すると思われた。だから冒険譚のようなものが良いと思った。しかし売っているのは用途のわからない学術書・植物事典・奴隷の出てくる戦争物語。値が張ったり、内容が合わなかったり、どうもしっくりこない。

近くの本屋をあらかた巡り終わって疲れた私は、気分転換でもしようと良い匂いのするオシャレな雑貨屋に入った。店主らしき男は仏頂面で、とてもこの店とマッチしているとは思えなかったが、置いてある石で作られた皿はなかなか良さそうだったし、店はほんのりバティルスの香りを漂わせていて女性客ばかりだ。

そんな店の奥側には本棚があった。私は何かに導かれるようにそこへ引き寄せられていった。読み書きの本、算術の本、算術の計算練習書。並べられているのは教科書らしいもので同じ本が何冊も売っている。これまでにあったように一点物の本が高そうにディスプレイされているのとは違う。値段を見ても本にしては手頃な値段だ。どの本も一冊金貨8枚。決して地方の庶民がおいそれと買えるものではない。だがアルスの物価を考えれば格安である。求めていた物語のようなものではなかったが、勉強というのはある意味で集中できるだろう。

そう思って私が1冊ずつ取ってカウンターに持って行くと店主と目が合う。

 

「中身を確認しなくて良いのですか?」

 

店主の突拍子もない言葉に私は(いぶか)しんだ。本の中身を読まれては本の価値が下がるのではないか。余程の自信があって2冊、3冊と買わせたいのか。

 

「結構です」

 

少し冷たく言ったが店主は意に介していないようだった。私は代金を払って本を購入すると、夕方の鍛錬に間に合うように屋敷へと戻った。購入した本をあの子のベッド脇のサイドテーブルに置く。

 

「外に出せなくてゴメンなさいね。お暇でしょうから本でも読んでくださいな」

 

面白い物語というよりは勉強するための本ですけれども。そうはっきりとは言えずに見ていたが、あの子はあまり反応を示さず喜びもしなかった。私はそう簡単にはいくまいと思いながら道場へと向かった。

その後、暫くの間は師範から(たる)んでいるからと特別メニューを渡されて特訓の日々が続き、あの子と顔を合わす機会がなかった。特訓の日々は私の体力を限界まで消耗させ、家に帰ったら即ベッドへダイブだ。お肌の手入れも髪の手入れもおざなりだった。

ようやく機会が訪れたのは十数日が経った後だ。特訓から解放されて日常を取り戻した私はあの子の部屋へと向かい、そこでメイドが部屋から出てくるところに出くわす。メイドが扉を開け閉めする間に部屋の中から楽し気な声が漏れ聞こえて、出てくるメイドと言葉を交わしていたのが判った。部屋の中から出て来たメイドも楽しそうな表情だ。私は一瞬、自分が嫌われていただけでメイドとは最初から仲良くやっていたのかも……という思いに駆られた。それでも立ち止まらずに部屋へと入っていく。

 

「おはようございます」

 

あの子がか細いが芯のある声で挨拶してきた。私も返す。

 

「おはようございます。随分と元気になられたようですね」

 

この二十日足らずでいったい何が彼女の心を解きほぐしたのだろうか。

 

「はい。このご本はイゾルテさんが買ってきてくださったとか。ご本を読んでいて色々なことを考えるようになりました。楽しいことも辛いことも書いてありましたけど、気を紛らわせる以上のものがありました。ありがとうございます」

 

「そう。力になれて私も嬉しいわ。何か欲しいものがあったら言って頂戴ね。可能な限り対応しますから」

 

その後もいくつか会話をしたけれど、彼女が興味を持ったのは読み書きの本に書いてある物語のことのようだった。気になるのはあの本にそこまでの力があったということだ。もう1冊買ってきて私も読んでみようかしら。金貨8枚……買おうと思っていたストールを1つ諦めることになるだろうけど彼女を元気づけるためにかかった費用ならお祖母ちゃんに請求できるはず。

数日後、私は納得した。彼女を立ち直らせたこの本の魔力に。この本は面白い。長編はどこかで見た内容だが、短編は聞いたこともない不思議な話でその面白さに私はハマってしまった。その話がしたくてあの子の部屋に行き、彼女と話す。彼女のお気に入りの話を聞き、私のお気に入りの話をする。幸せな日々だった。

しかしある日、予想だにしない単語を耳にすることとなる。

 

「この本の作者のルーデウス・グレイラットという方、どこにいらっしゃるのでしょうか?近くにいらっしゃる方なら是非お会いしてみたいものです。まぁ私はこの部屋から出られそうにありませんから無理でしょうけど、イゾルテさんだけでもお会い出来たら良いですね」

 

彼女の何気ない一言に私はいささか躊躇った。

 

「……ええ、そうですね。私も聞いたことが無いので今度、本を買ったお店で聞いてみますわ」

 

「ほんとうですか!?」

 

彼女に適当に気のない返事をした。私は手に持った本を強く握りしめて自室に戻ると、巻末にある作者の名前を指でなぞりながら初めて確認した。

 

「ルーデウス・グレイラット……」

 

確かに書いてある。最近、聞いた名前だ。この本の作者があの小さい子供?水神流の5つの奥義を全部体得できると豪語し、見たことはないが魔術は水聖級らしく、お祖母ちゃんを納得させるほどの実力を持つ。その彼が本まで書いている!?

同姓同名……

この短い期間で出くわすような偶然を信じるほど私は楽観主義者ではない。彼は商店を開くために昼間の鍛錬には参加していなかった。全てが合致する。

 

このことをお祖母ちゃんに話すと、「ルーデウスならそういう事もあるさね」と言っていた。普通のことだろうか、お祖母ちゃんがそう言うなら余り気にしなくて良いのかもしれない。今度、会えたならあの子の分のサインを貰ってあげよう。

 

--

 

ロアの町、深夜に部屋の窓を叩くように小石が当たる。トーマスは浅い眠りの中でこの音を聞き、目を覚ました。それから人気(ひとけ)のない廊下を通って裏口へと向い、屋敷の外へと出る。さらに区画に沿った道を角まで歩き、辻の手前で立ち止まった。見えはしないが真っ黒な頭巾とそれと一体となった真っ黒なローブの男が闇に紛れて、角を曲がった先に立っているだろう。トーマスは何も言わず待つ。

 

「お館様は暫く羊は不要だと言っておられる。お前も普通に仕事をすることだ」

 

話が終わるまでしばらく待ったが角の先の気配が判らず、トーマスはそこまでと判断して屋敷へと帰った。

先程まで居た部屋に戻ると短い報告書を書きあげる。自分の主人は2人とも簡潔で要点のまとまった報告書を評価するので、書くのに時間はかからなかった。そのせいでまだ夜は明けておらず、報告書を提出するまで時間が余っている。眠気もある。この部屋は以前は自分用に割り当てられていたが、今は誰も使っていないはずだ。問題ないだろう。だから埃をかぶった部屋のベッドで勝手に横になることにした。

翌日、トーマスは自分の後継となったアルフォンスに昨夜書いた報告書を手渡し、暫くは繋ぎは来ないだろうと告げた。そうして、またあの作業場に送られて媚薬造りの毎日が始まる。お館様が失脚して私に情報網の取り先としての価値がなくなっても、この仕事場での能力を示せば生きる道がまだ残っているかもしれない。一縷の望みのために日々を過ごすことになった。

 

 

--フィリップ視点--

 

アルフォンスから受け取ったトーマスの報告書によると、ダリウス大臣は人攫いを暫く止めるようだ。ここから推定できることが3つある。1つ目はダリウス大臣が身辺整理をする引き金となる何かが王宮で発生するということ、2つ目は王宮が落ち着き、次の繋ぎがくるまでエリスは安全だということ、3つ目はタイミングからしてルーデウスが水神レイダに会ったことに関連すること、ということだ。彼はまたしてもエリスのために動いてくれたのかもしれない。

そしてアルスから帰って来た娘は随分と礼儀正しくなっていた。取ってつけたような所作が消えて目線からはおどおどする様な自信のなさも抜けていた。水神流宗家の道場ではそれなりに苦労してきたと思われる。私がメモした旅の宿題についてもしっかりと報告ができていたし、人攫いが止むならご褒美として彼女に冒険者活動をさせてみるのが良いだろう。

私はエリスとギレーヌを執務室に呼び出して、『冒険者活動をしても良いこと』、『ただしギレーヌの力を借りずに1人で任務をこなすこと』、『ギレーヌは手を出さずに少し離れて見守ること』の3点を言いつけた。

 

 

 

 

---親心---

 

私は初めて手紙を書くことにした。手紙の書き方も読み書きの本に書いてあったから安心だ。最初はパウロにだけ送ろうと思ったがゼニスと一緒に読んでもらった方が良いだろうと考えなおして2人宛てに送った。上手くは書けなかっただろうが内容が伝われば良い。

 

--

 

ゼニスと俺宛てにギレーヌから手紙の入った封筒が届いた。あいつが机に向って手紙を書くところが想像できなかったが中身を開けて2人で読むことにした。ゼニスが封筒を開けた手紙を差し出したので俺は受け取って読み始めた。隣にゼニスが座った。

 

『旧友のパウロ、ゼニスへ

 娘も生まれて忙しいようだが元気か?

 私はフィリップ様のところでやりがいのある毎日を送っている。

 すこし問題があり相談しようと思ってこの手紙を書くことにした。

 まぁ聞いてくれ。

 

 ルーデウスが体調を崩した。

 旅で疲れたのが原因だろうと思い休養を取らせたが、休養を取らせても回復しなかった。

 原因は肉体的なものではないかもしれない。

 そう思って原因を探ろうとしたのだが、なかなか話してくれなかった。

 しかたなく酒を飲ませて聞き出すと、原因はエリスお嬢様だろうと判った。

 

 以前にルーデウスが話していたことを加味すると幼馴染がいて大事な人だと言っていた。

 そしてお嬢様のことは大事な友達だと言い張っていたが好きでもない女に

 ハリスコの剣をプレゼントするとは思えない。

 1人の女を愛するっていうのはミリスの教えだったか。

 とにかくあいつは理性で自分の気持ちをねじ伏せているようだが、

 抑圧的な行動と普段のストレスが合わさって限界が来ていると思う。

 血筋の影響もあるかもしれない。

 

 ルーデウスは周囲から"子供なのに"と言われてそれを跳ね返す実績を作っている。

 それでだいたいの大人は納得してしまう。

 でもやってることは普通の大人でも出来はしないことばかりだ。

 水帝も水神もアスラ王もペルギウスだって出来はしないことをやっている。

 それを1人でどうしてやろうとするのか。

 そう聞くと巻き込みたくないと言われた。

 言葉の意味はよくは判らん。

 

 でも判ることもある。

 心を病み始めている。

 このまま放置すれば遠くないうちに心が壊れて戻らなくなるだろう。

 それを誰が望んでいるんだ?

 そんな風になってまで1人だけを愛せというやつがいるのなら

 そんなことを言うヤツを探し出して説得するのを手伝ってくれないか。

 ヒントだけでもいい。

 私はアイツを助けたい。

 あいつが死んだら覚悟しろパウロ。

 次はないからな。

 

 元黒狼の牙、ギレーヌ・デドルディア』

 

ゼニスに読み終わった手紙を渡すまでもなく、彼女は部屋へと行ってしまった。きっと浮気がどうとか女の子を泣かせるようなことをするなとかルディに教えたのはゼニスだろう。しかし、そんなことで賢いあいつがそこまで悩むだろうか。

体調不良の話も気になる。

 

--

 

半年ぶりにルーデウスが帰還したがたった1日しかいなかった。また慌てるように旅に出て行った。そんなにフィリップの所が良いのか。シルフィのことはどう思っているのか。そうヤキモキしていると、今度はタルハンドから手紙が来た。ゼニスはギレーヌの手紙を読んでから少し塞ぎ込んでいる日が増えたので1人で読むことにした。

 

『パウロへ

 こうして手紙を書くのは初めてじゃな。

 なんだかむず痒いわい。

 じゃがそうも行かなくなったと思うから仕方なくじゃ。

 

 お主の息子のルーデウスに頼まれて今、儂は王宮に納品する真っ黒な剣を作っておる。

 冒険者生活も良かったがこれもまた充実した毎日じゃ。待遇も良いしの。

 儂の話はどうでもいい。

 わざわざ手紙を書いたのじゃからルーデウスの話をしようかの。

 

 初めて会ったときの印象は陰気な子供じゃ。

 お主とゼニスの子供と聞いて呆れたわい。

 なんという育て方をしたらああいう子になる。

 生まれてからずっとアサシンギルドで暗殺でも教えていたのか?

 瞳の奥が死んで背中に死神が見えたぞ。

 もちろん昔と変わっていないなら、お主らはそういう育て方をしたわけではないと信じておる。

 だからじゃ、あやつに何を背負わせておるか知らんがもう限界が近づいておる。

 

 儂も力になれることがあれば力になるつもりじゃが本人の口ぶりからすると、

 どうやら2人の女を愛してしまったようじゃな。

 こういう悩みを解決するのに適任はエリナリーゼじゃろう。

 エリナリーゼを探せ。

 良いか?過去のごたごたのことはこの際無しじゃぞ。

 エリナリーゼに直接会いたくないならアルスにいる儂のところにつれてこい。

 息子のためを思うならな。

 

 元黒狼の牙、厳しき大峰のタルハンド』

 

 

エリナリーゼか。会えば喧嘩するのは必至だが必要なら探し出す必要があるだろう。ゼニスが塞ぎ込み、ギレーヌも言っていた通り、やはり女絡みか。2人の女を愛してしまったとか。その悩みなら俺が解決してやることができる。

待て、タルハンドはアルスにいるのか。どういうことだ?いつあいつはルディの悩みを聞いたんだろうか。男色のあいつにはわからんだろうが、ノトス家の血のせいなら俺のがエリナリーゼよりも判ってやれる。あいつを呼ぶ必要はないだろう。

 

--

 

朝練のときの裏庭ではなく、ルディと稽古を始めたときから使っている家の横の訓練スペースで、いつも通り昼過ぎから夕方まで剣の訓練をしていたある日のことだった。

家の中からノルンの泣き声がきこえてきた。子供なら良くあることだ。だが、少ししてアイシャの泣き声もしてきた。これは大騒ぎだろうと思い、訓練を中断して様子を見に行く。

目の前に2つに分かれた紙があった。話を聞いてみると、2人は"かくれんぼ"をしていてノルンがルディの部屋に隠れたらしい。すると、机の上にこの紙があったそうだ。まだ小さいノルンにはそれが何なのかわからず、そこから持ち出して走り回った。ノルンの持っているものが手紙だと気づいたアイシャが取り上げようとしたが、取り合いになり、ついには手紙は2つになった。

俺は娘2人を抱きかかえて介抱するリーリャの傍らで2つになった手紙を繋げて中身を読んでみた。

 

『手紙でお伝えすることをお許しください。

 いろいろなことがあって、自分でも分からないのですが素直になれませんでした。

 ごめんなさい。

 

 しばらく家には戻りません。

 復興資金がこのままでは集まらないのです。

 シルフィには会って自分の口から伝えます。

 心配なさらないでください。

 

 10歳の誕生日には必ず戻ります。

 

 ルーデウス』

 

 

10歳の誕生日……1年以上戻ってこないつもりか。その理由が復興資金が集まらないから?アスラ王と甲龍王、それにサウロスやフィリップは協力していないのか?たしか、50万枚がルード剣で残りは何十万枚かを精力剤や魔法陣で稼ぐと言っていた。でもそんなことは子供の浅知恵だ。あのときは否定しなかったが、それらが売れようと何十万枚の金を稼ぐことはできないだろう。だからきっとフィリップ辺りが知恵を貸して資金を集めていると思ったし、戻って来たときに話さなくても田舎暮らしの騎士に商売の話が通じないからだろうと思った。こちらから聞くこともしなかった。

まさかあいつが自分1人で復興資金を集めてるのか? 何やってるんだ周りの大人は………………俺もその1人か。

手紙を読み終わった俺に「何が書いてあったのですか?」とリーリャが聞いてきたので、なるべく普段の声で「ルディは10歳の誕生日まで帰ってこないそうだ」と伝えると、「そうですか」と意外にも冷静な声が返ってきた。リーリャはルディのことを自分の息子とはまだ思えないのだろうか、ふとそんな考えがよぎった。しかし、そんなことがあるわけがなかった。その日の夕飯はいつもより1品少なかったのだから間違いない。

 

--

 

夕食の後にゼニスにも息子が家出したかもしれないと伝えると彼女は席から立ち上がった。しかしそれは予測済みだったので、彼女の腕を俺は掴んで離さなかった。

 

「離して!」

 

「落ち着け、ゼニス。明日、2人でフィリップのところにいこう」

 

ゼニスは座った。

 

「……フィアーナも連れて行くわ」

 

「あぁ」

 

俺は勢いで同意してしまったが明日は大変なことになる予感がした。

 

「すまん、リーリャ。子供たちのこと頼む。手が回らないならシルフィを泊めてやってくれ」

 

「待っていますわ。ルディのこと頼みます」

 

「任せろ」

 

 

そのままゼニスと部屋に戻った。暗闇の中でベッドの中から声がする。

 

「ルディがもしダメになったら……」

 

「あいつは強い。ダメになんてなりはしない。まずは原因を明らかにして、それからのことはそれから考えよう」

 

「うん……」

 

そうやって眠りについた。シルフィに朝練の場で明日からしばらくの家の手伝いを頼むことにしよう。

でも結局、俺が朝練でシルフィの相手をしている間にゼニスがロールズとフィアーナに説明に行ってくれた。ゼニスがその役を買って出たのは、シルフィにあまり家出の話を聞かれたくないからだろう。朝練が終わり、リーリャとシルフィに家のことを任せてからカラヴァッジョに乗って、村の男衆に「外出する」と説明して周った。最後にロールズ宅まで行く。すると、ロールズはおらずゼニスとフィアーナだけが待っていた。フィアーナの説明ではロールズは昨日から狩りに出ているので数日は帰らないそうだ。

俺はカラヴァッジョの手綱を引きながら鞍にゼニスとフィアーナを乗せてロアを目指した。

 

夕方になった頃、俺たちはサウロス邸に着く。屋敷の入り口で出迎えた執事に俺が突然の訪問を詫びると、彼はやや驚きながらも文句を言わずに対応した。

通されたのは砦で使う作戦会議室のような部屋だった。この館が元々、人魔対戦の最終防衛ラインの砦であったことを考えれば、それこそ昔は作戦会議室として使っていたのかもしれない。そんな部屋の中で、サウロス、フィリップ、ヒルダ、ギレーヌと俺とゼニスとフィアーナがテーブルを挟んで対峙していた。俺が黙っていると自然な流れでフィリップが司会を引き受けてくれた。

 

「それで今さらやってきて事態をどこまで把握してるのかな?」

 

「半年旅に出ていた息子が1日だけ家に帰って来たと思ったら1年以上家には帰れないと置き手紙だけをして居なくなった。たぶん家出だ。あいつは今ここに居ないのか?」

 

「彼は5か月前にこの屋敷に来て2週間の間逗留していった。娘の10歳の誕生日に出席してくれただけだよ」

 

「私が出席するように頼んだのです」

 

ヒルダが補足した。

 

「その前に会ったのはいつだったか」

 

「私とエリスと3人で王都アルスの水神流の宗家の道場に行ったときだ。ルディは水神レイダ・リィアに会い、何事か用事を済ませていた。アルスへの旅は約1月半でそこから3か月程この屋敷に居たぞ」

 

ギレーヌの説明を聞いたフィリップは紙に何事かを書き、確認した。

 

「3か月この屋敷に居たのもペルギウスが来るのを待っていただけのような気もするが、まぁ良い。1年と3か月前に1か月半のアルスへの旅の後、3か月半はこの屋敷で過ごし、ペルギウスに会うとブエナ村に帰った。つまり、今から9か月前に一旦ブエナ村に帰っている。その後4か月についてはこちらでは関知していないが、3か月前に2週間泊って行った。それ以外はこの屋敷に彼はいなかったよ。滞在しているときもほとんどの時間は商店の方に居た。つまり、ここでの滞在期間は1年と3か月の間に4か月くらいだね。もちろん今、彼はこの屋敷にはいない」

 

「9か月前から1か月間ブエナ村にいて、それからまた旅に出た。そこから半年俺はてっきりロアに居ると思ってたよ」

 

またフィリップは紙に何か書いている。

 

「なるほどね。良く分かったよ。つまりだ。8か月前にブエナ村を出発した後の行方が怪しいね。娘の誕生日まで、いまから8から5か月前までの3か月間はどこに行っていたかここに居る誰も知らない。そして娘の誕生日後からの3か月、つまり今から5から2か月前も同じようにどこに行っていたのか誰も知らない。そして1日だけブエナ村に帰り、また家出して2か月が経ったということだね」

 

「この1年と3か月の間に1か月と少しをブエナ村で、4か月をロアで、1か月半をアルスで残りの8か月は行方不明か」

 

サウロスがまとめた。

 

「聞きたいんだが、あいつが稼いでる復興資金の準備は順調なのか?」

 

俺はルディの手紙で気になったことを訊いてみた。

 

「何?」

 

「いや、だから。あいつは7歳になる直前に村を出てロアに向ったんだがその時、災厄が起こった場合の復興資金、金貨120万枚を稼いでくると言っていた。だから俺はお前に息子の商売の後ろ盾を協力する旨の手紙を書いたんだが……」

 

「金貨120万枚!? 商売の後ろ盾の話は手紙で読んだから覚えているが、彼が復興資金を稼いでるなんて初耳だぞ! それにだ。彼は商隊も必要ないと言っていた。商売は割と順調のようだがほそぼそと商売をしているだけだと思う」

 

「いや、アルスでも何やらしていたぞ。おそらくアルスでも店を立ち上げていた……と思う。私はお嬢様の元を離れるわけにはいかなかったから実際に店を見たわけではないが」

 

そこでフィリップがペンを持っていない左手拳で悔しそうに机を小さく叩いた。

 

「そういえばアルスに旅立つときに2号店を出すと言っていた……今の今まで忘れていたよ」

 

新しい情報が出て来た。あいつは商売で金貨120万枚貯めることを諦めていないかもしれない。

 

「フィリップ、俺だって8歳の息子が120万枚もの金を本当に稼げるとは思ってない。だからきっとお前に相談したのだろうと思っていた」

 

会話の主体はサウロスに移った。

 

「そもそもルーデウスは災厄を予言しただけで復興の責務を負っていない。あいつは何を勘違いしている?」

 

サウロスの言っていることは正論だ。俺だって6歳で旅に出るときに同じことを言った。

 

「それは……自分の命の恩人であるボレアス家を助けたいと言っていました」

 

「その話ならお前の息子からも直接聞いた。だが儂は言ったぞ、ボレアス家はルーデウスを助けた覚えなどなく、ただあいつが勝手に助かっただけだとな。助けたとすればパウロお前だけだ。お前がルーデウスにあんなことを吹き込んだのか?」

 

「いえ……そもそも俺は息子に俺が騎士になった経緯は教えていません」

 

サウロスから視線を受けたゼニスも首を振った。俺が騎士になった経緯をルディがどうやって知ったのかという疑問で話は停滞しそうだった。俺は心の中で予言や占いによってそれが為されたと少しだけ考えたが自信がなかったので口に出すことはなかった。停滞を打ち破ったのはギレーヌだった。

 

「ルディが金を稼ぐために勝手に何かやっていて、ここにいる大人達が誰も何も把握していないことは判ったが、それであいつがどこにいるかとかあいつを苦しみから救ってやることができるのかという話が解決するのか?」

 

ギレーヌらしい言い分だ。俺が疑問に思っていたことは判った。話を先に進めるべきだろう。

 

「ギレーヌの言う事ももっともだな。俺たちはあいつが悩んでいることの本質は女絡みだと考えている。以前にも手紙で伝えたと思うが、ここにいるシルフィアーナの娘のシルフィはルディの幼馴染で本当に仲がいい」

 

「うちの子はルディ君と同い年ですけど、もう彼のお嫁さんになるつもりでいます。その気持ちをルディ君も気付いていて受け止めてくれていると思います」

 

フィアーナが追従した。それに反対の意見を述べたのはサウロスだった。

 

「儂が思うに心でシルフィを好きでいながら身体はエリスを求めているというものだ。ノトス家の者なら性に目覚める時期から長耳族への興味が薄れるということもあり得る」

 

確かに、シルフィは良い子だが胸は大したことはない。

 

「ノトス家の血のせいなら娘の胸に反応しているのも仕方ないですね」

 

フィリップがここまで理解を示すとは、あいつもボレアスの血のせいで獣族に血迷うことがあるんだろうか。

 

「私に似て大きくなっています……そういえば眩暈をして調子が悪かったときも私の胸を見ていました」

 

ヒルダは自分の胸を見て、谷間の見える大胆なカットの服からせり出すように持ち上げる。中々良いモノをお持ちでいらっしゃる。見ていると太ももをゼニスがつねった。

 

「言っておくが、俺は長耳族の女だって抱いたことがあるぞ」

 

俺の完璧な発言に、ゼニスとギレーヌがげんなりした目で見ている。なんだよ、本当のことだぞ。俺が言いたいのはノトスというより俺の血が入ってるならあいつはシルフィだって問題なく愛せるってことだ。文句あるのか。

 

「そこの馬鹿で最低な親父(おやじ)とは違う。獣族の鼻で嗅いでもルディからは発情の臭いはまだしたことはない。むしろお嬢様が近づくと困った顔をしていたくらいだ」

 

ギレーヌの意見でサウロスとフィリップはふぅむと、黙り込んだ。

 

「あの……調子が悪かったというのはどういうことなんですか?」

 

ゼニスが不思議そうに尋ねた。確かにギレーヌの手紙にもあったが、俺にも状況はよくわからない。

 

「2か月前のエリスの誕生日に来たときに眩暈を起こして倒れそうになった。部屋で眠っている時間も多く、朝練の動きも精彩を欠いていたし、自分自身の身体の状況については自覚が足りないようだったな。そして食事もほとんど摂らなくなった。それだけだ」

 

ギレーヌの言葉から以前に帰って来たときのことを思い返してみたが、家では食事を普通に摂っていた。残しては……いなかったと思うが。ルディのヤツ、家でそれがバレそうになって逃げたのかもしれないな。フィリップはそれから俺たちに質問をした。

 

「私たちが知っているルーデウスとパウロたちから見た彼は随分と印象が違う気がするよ。良かったら昔の彼のエピソードについて話してくれないか」

 

「良いだろう」

 

俺は答えて、俺の知り得る限りのルディの話をした。ゼニスも彼女なりの解釈を話したし、フィアーナから見たルディのことも補足された。

 

「それでパウロ。君の意見は?」

 

「父親の俺が2人娶っているんだから2人の両方ともと結婚すればいい。あいつはリーリャのこともちゃんと母親としてみれるヤツだ。ゼニスが俺のようになるなという意味で浮気はダメと言ったかもしれないが、俺に話して説得させればいい話だと思ってる。それを賢いあいつは何故か拒否しているように思う」

 

「ふむ。他の方のご意見は?」

 

フィリップは俺の意見を聞いて何事か書いた後、その上に線を引いたように見える。

 

「主人のロールズはシルフィに貞淑さを躾けています。ルディ君がたびたび誘っているようですけどまだ一線を越えるのは早いということです。もしかしてそれが彼を苦しめているんでしょうか?」

 

フィアーナの意見。

 

「その話はさっきのノトスの血の話に戻るから、今は良いでしょう」

 

フィリップは上手く整理したように見えたがフィアーナの意図は別のところにあった。

 

「その。胸のこともそうですけど、家の子はたぶん寿命も普通の子より長いと思います。だからなるべく早くモーションをかけているのかなって思っていました。私も異種族結婚ですからそれなりに分かっているつもりです」

 

「寿命、なるほど…………」

 

フィリップがまた考え始めた。そして顔を上げると大きな独り言を言った。

 

「そうか!彼のやっていることが少しわかった気がする。子供がそのようなことを考えないだろうとは思っていたが、幼馴染が自分の死後もちゃんと生きていけるよう、自立した人間に育てようとしているのか」

 

フィリップがフィアーナの意見を分析してまとめた。言われてみて俺もその通りな気がして補足の言葉を出した。

 

「ルディは旅に出る前にシルフィに対して依存し始めているから自立させるために仕事をやらせてほしいと確かに言っていた」

 

またしてもフィリップは紙に何事かをメモする。そして何かを考えて疑問を口にした。

 

「先ほど、君たちは昔話の中でルーデウスのことを人誑しと言ったね。私もその通りだと思った。でも今のシルフィアーナさんの意見は人を誑し込むのとは真逆だ」

 

「え?」

 

フィアーナが問い返した?俺も同じ気持ちだったし、ゼニスも同じ気持ちだろう。意味がわからない。

 

「だってそうだろう?貴族的思考なのかもしれないが、依存度を高めた方が人を言いなりにできる。本当に心酔させれば、シルフィはロールズの言い付けを守らずに彼の自由にさせてくれたかもしれない。人誑しという言葉は便利だが、彼には悪意がなくて善意に満ちている。なら、彼がやってることは矛盾しているのか?私はそうは思えない。彼がやっていることはいつも意味がある。なら我々が気付けない意図がそこにあるのではないか?そう考えて、先ほど聞いたパウロの第2夫人の話と比べると違いが見えてくる」

 

「違い?」

 

俺は何が違うのかさっぱり分からなかった。フィリップは続ける。

 

「彼は優しいから助けられるモノを助けてしまう。そしてルーデウス本人が辛くとも人を巻き込まないで出来るなら独りでやろうとする。それが彼の性格、ベースにある物だと考えて良いだろう。金貨120万枚は僕ら大人から見て出来るわけがないことでも彼は自分1人でそれが出来ると思っている。いや、もしかすると今まで以上に自分を犠牲にすることで達成する目途があるのかもしれない」

 

息子は俺より頭がよくて剣の腕前も上で礼儀正しくて思慮深い。でも優しいか……俺にとっては容赦がなくて俺はあいつのことになると失敗ばっかりで劣等感を感じていて、そういうのは家族の中ではゼニスの役割のような気がしていた。そして助けているのはいつも女だから"人誑し"……いや"女誑し"でぴったりと思った。だが、フィリップの言う通り、根っこが優しい子だからってだけかもしない。親や家族、フィットア領を包み込むほどの優しさで俺たちを見守っている。親の俺からしたら余計なお世話だし、そんな馬鹿なとも思える。でも、それが真実なのかもしれない。

フィリップの話は続いた。

 

「助けられるものを助けるという話を体現しているのがパウロの第2夫人を助けた話とフィットア領を救おうとする話だ。だが、シルフィとエリスは助けられるから助けた話とは本質的には違う」

 

「だから何が違うっていうんだ」

 

「まぁ待て、今から説明する。いいか?シルフィはイジメから助けられて、友達になった。エリスは軟禁状態で友達がいなかったので友達になり、その後、方法は判らないが人攫いの首魁(しゅかい)の行為を止めさせた。ここまでの事でも我々に出来なかったことだ。しかし、ルーデウスの中では助けられるものを助けたという枠の中の話で良いだろう。

でもだ。シルフィをわざわざ2年も男として扱って、旅に出ることで彼女から離れ、課題を与えて自立を促した。さらに髪の色を染める染料を用意した。これによって彼女はどうなった?いろいろな制約があってあれもこれも出来ないという状況から解放されて、1人で生きて行く力を得たと思う。

エリスに対しても生きるための(すべ)を教えて自立できるようにした。旅に出たのは他に用事があったからかもしれないが、旅に出る前に自立できるところまで持って行った。それによってエリスはどうなった?冒険者になれる道が開けたし、貴族としてもやっていける可能性が出て来た。

それらが示している彼の意図は、エリスに冒険者や貴族になってルーデウスの居ない人生を選んでも良いし、ルーデウスを愛する人生を選んでも良いと提示しているのだと思う。同じことがシルフィにも言える」

 

「何だそれ。愛している女と何で離れるように仕向けてるんだよ」

 

フィリップは今度はノータイムで切り返してきた。

 

「お前が自分の娘で同じことがあるならどうする?私は出来なかった側で言う権利がないからお前の意見を聞きたい。その力があるならルーデウスのように子供の未来のために動くのではないか?子供を愛している親ならそうする気がする。彼はエリスやシルフィに対して親のような深い愛で接した。その結果ではないのか?しかも2人の娘の内、どちらか一方しか選べないとしたらどうする。今のルーデウスみたいに心が壊れそうになる気がしないか?」

 

ノルンかアイシャかどちらかだけを選べと言われたら……俺にもようやく判る話だった。

 

「……そういうことか。なら話は簡単だ。シルフィとエリスの2人に人生を選ばせて、2人がルディを選んだなら1人だけを選ばずに2人ともを愛せば良い」

 

話がそこに戻ってしまったのでフィリップは黙り込んだ。俺にも結局、意味がわからない。

 

「私には分かりますわ」

 

ヒルダが静かに語り出した。部屋中の視線が彼女に集まる。

 

「フィリップ、あなたがギレーヌを妾にしようと声をかけたと私が聞いたときの気持ちと同じようなものを彼は危惧しているのです。シルフィとエリス2人がルーデウスと一緒に居る人生を選んだ。でも同時にではないのです。シルフィが選び、その後にエリスも彼を選んだ。あの子には早く選んでしまいなさいと言っておきましたのに、結局あの子はぐずぐずしていましたから。そして、シルフィとエリスはお互いを知りません。存在は知っているでしょうけど、恋のライバルであって共存関係にはないのです。なら、シルフィの示した愛の中にエリスの居場所はありません。それを理解しているルーデウスはシルフィを愛するためにエリスへの愛を諦めるのだと思います。だって、後から知らない女がきて私の夫と肉体関係になろうとするのは女としてそれほど良い気持ちにはなれませんもの」

 

ヒルダは貴族でミリス教徒でもないが、それと気持ちは別ということだな。そんなことまでルーデウスが配慮しているのか?本当に?否、家にも居る。ゼニス。今は何も言わずにいるがリーリャの妊娠が発覚したときのそのときの気持ちそのままじゃないか。そこでルディが取った行動。リーリャを赦したのは彼女を救うためであり、ルディ本人は自分の信条を捻じ曲げていたのかもしれない。

 

「待ってください。シルフィにはルディ君が貴族に返り咲くと思うからきっと複数の奥さんが出来ると言い聞かせています!」

 

シルフィのせいでこうなったと言われた気がしたのかフィアーナの語気は少し荒かった。

 

「ルーデウスは貴族に返り咲くつもりがあると誰か確認しましたの?少なくともエリスの10歳の誕生日のときにそのような振る舞いはありませんでしたわ。それにシルフィにそう言い聞かせているってルーデウスにどなたか伝えたのかしら?」

 

フィアーナが俺たちを見たのでゼニスも俺も首を振って、否定を伝えた。

 

「たぶん……誰もしていません」

 

フィアーナも推測ではあるが、同意した。

 

「今、私が言ったこともあくまで私の考えであってルーデウスが本当にそう思ったかは分かりませんわ。でもきっと、そういうのに似た考えなのではないかと思いますの」

 

「決まったな。ルディを探し出してシルフィとやらが別に何人でも妻を迎え入れる覚悟があると伝えてやればいい。あいつがこれ以上、自分の気持ちを捻じ曲げて心を失う必要もないとな」

 

ヒルダが言いたいことを言い終えるとギレーヌがそう締めくくった。

 

「まて、ギレーヌ。その通りかもしれんが、あやつがどこに居て、誰が今の話を言って聞かせるのだ」

 

サウロスがギレーヌのまとめに待ったをかける。もしサウロスが待ったをかけなければギレーヌが自分で行こうとしただろう。あいつはヒントだけでもあれば自分が助けると手紙に書いていたからな。だが、この状況なら俺が適任だ。

 

「ルディはきっとアルスに居る。説得は俺が適任だ」

 

「パウロ、お前はブエナ村の騎士をやめるのか?娘たちはどうする。残りの家族全員を路頭に迷わせるのか?」

 

フィリップの当然の指摘。サウロスは口をへの字にしているだけだが、俺の馬鹿な申し出に呆れている。

 

「それは……」

 

失敗した。そんな俺を見かねて結局ギレーヌが申し出た。

 

「私が行こう」

 

「ギレーヌ。そうだな。単独で旅ができるのはお主だけだが、戻ってくるまでエリスはまた軟禁状態にせねばならんな」

 

「アルスに行って捜索するだけなら1か月というところですし、エリスも連れて行けば良いでしょう?」

 

「ダメだ。エリスは今のルーデウスに会わせぬ方が良いだろう。それこそ心を壊す最後の一手となり得る。アルスというのも怪しいものだな。あやつが隠れようとした時点で我々には探す当てもない。予言でこちらが探そうとしているのを察知されたら詰みだぞ。そもそもあやつが何をしていたか今の今まで本当のところを知らなかったのだからな。いや、まだ判ったというのも怪しいものだ。あやつにはまだ秘密がある。きっとな。それを受け止められる者で、そしてあやつが受け入れられる者でなければその役目はもはや務まらん」

 

サウロスの言うことに反論できる点が無かった。そんなことができる人物。ロキシーか?

ダメだな余計に場が混乱する気しかしねぇ。かといってルディと面識のないエリナリーゼでは話が通じないだろうし、それこそエリナリーゼの毒牙にかかったなら目も当てられない。

 

詰んだ。

ルディに頼まれた家族とシルフィを守る以外に俺が出来ることは何もないのか。昔にシルフィの件であいつと庭先で喧嘩したことを思い出す。父親らしくしようとしてあいつを殴ったこと。あのとき父親らしくできなくて情けなく思ったこと。そして素直に謝れなければあいつが家出してしまうと感じていたこと。今、あのときに"しまった"と思ったことが起きているじゃないか。

ルディは家出をして……父親らしく息子のためにしてやれたこと、息子が生まれてから今まで1つも思い出せない。そう思ったらまた情けなくなってきた。何が「お兄ちゃんよりパパのが好き!」大作戦だ。まずは息子に好きになってもらえるようにするべきだったじゃないか。約束通り帰って来ても、次に会えるのは10歳。あいつはどんどん前に進んで行くんだろう。俺にできるのは邪魔しないことだけ……そんな未来しか見えなかった。

 

会議がどういう風に終ったのかすら思い出せない。原因がわかったのだからゼニスとこれからのことを相談しようと思っていたのに、余りのショックでブエナ村に帰っても相談することはなかった。

 


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