無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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★注意事項
 転移災害を回避したため4章以後はオリジナル設定・クロスオーバー設定が多めになります。そのようなモノが苦手な方にはお勧めできません。またコレジャナイ感を受けましたら早めに読むのを中断していただきたく思います。

今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。

きっとこの胸の痛みも時間が解決するはず……だった。


第4章_少年期_見えぬ未来編
第044話_8万人の帰還兵


---心から笑えていますか?---

 

災害後の最初の1か月に私はルーデウスの集めた資金、事前に用意した食料と資材を基に『生存者と被害者の確認』、『資材の仕分け』、『避難キャンプのテント村建設』、『被害状況調査チームの編成・先遣隊の派遣』の4つの事業を行った。

悲しみに暮れる者や無気力になる者もいたが、多くのフィットア領の民は苦難を乗り越えようとする力を持っていた。資材が集まる前から、復興のためにあれができないかこれができないかと指揮所に来て直談判や献策をする者が大勢いた。私は彼らをまとめあげ、上手く誘導し、自分の手足にしていった。

そうした結果、当然ではあるが、思っていたこととは違う結果になることもある。まぁそれは他人(ひと)を使うなら仕方のないことだ。理由をはっきりさせて反省点を見出し、組織全体でそれを共有し、同じことが繰り返されないようにと注意点を知識として積み上げれば良い。やるべきことが決まれば領民と同じで私もそれをやるだけだ。

なぜそのようなことができたのか。1つの要因は3年間の間に復興計画が十分に練り込まれ熟成していたからだ。ロアの住人の多くは読み書き算術ができたが、残念にもロアから南東ルートで避難したブエナ村を含む3つの村の住人には読み書きができない者が多く、いかに復興計画が綿密に用意してあったとしても失敗は絶えず軌道修正を必要とした。それでも私は力と恐怖で支配せず、勇気と知恵と努力、もしくは領民に対する愛でそれを乗り切ろうとした。娘が見ている前で誇れる仕事がしたかった。

女性についてはヒルダがまとめ上げてくれた。ヒルダ自身に指揮や管理の能力はほぼなかったが、度胸と大胆さでそれをカバーしていた。ヒルダは何でも気後れせずに報告と相談をしてくれたので、私は裏からフォローするための指示をした。料理や洗濯といった業務から乳飲み子を抱えた母親のケア、生理、妊娠中の女性の対応というのもある。不安顔の女性たちは、強く凛々しくあろうとするヒルダに憧憬の念を抱いた。あるいはその力になろうとしてくれた。

エリスも領主の娘ということでエドナを相談役に付け、ヒルダのチームの配下で実践経験を積んでいた。最初は上級貴族のお嬢様として洗濯や料理から遠ざけられていたが、手が豆だらけだと知れるとそこらの奥様方から家事の手ほどきを受けて、その親しみやすさから人気を博するようになっていた。

一見順調そうに見えたが、後手にまわった事柄もあった。それが孤児や迷子だ。後手にまわった理由は明白だった。人攫いである。弱者を攫って金にする連中がいたが、それに気付けず攫われただけの生存者を死亡者として扱っていた。その実行者は主に領民ではない連中や脛に傷持つ連中だった。そういった者達がテント村に定住する必要などなかったのだから、彼らは早々に方々へ旅立った。その時ついでにというやつである。さっと攫って金にしてしまおう。そう考えたヤツらが居た。気付くのが遅くて彼らがどこへ消えたのかは分からないところが多かった。ラノア方面か、シーローン方面か、はたまたアスラの闇市場か。その全てかもしれない。これに気付いたのは生存していたはずの女性が急に居なくなったという報告が多数上り、それに比肩するほど、小さな男の子に助けられたのでお礼がしたく、是非探して欲しいという声が集まった頃だった。

 

--

 

災害から1か月が過ぎると先遣隊が戻って来た。先遣隊の報告でなぜか川には大きな石の板があり、川を渡ることができたらしい。それ以外は予想していた通り、地表をさらったような有様で何1つ残っていなかったそうだ。先遣隊を労い休ませるとともに、編成済みの開拓者チームと資材を運搬するための輸送部隊によって手前から順次、兵站線を整えていった。兵站線が村に到着したら、その村の住民を帰還させる。ボレアスは武家、私も軍略や大規模な兵員移動などの兵站学を得意としていたのでそれを応用した。

ブエナ村の住人は先遣隊が戻ってきてから2か月、事件発生から数えれば3か月で自分たちの村へと帰った。その後、さらに4か月の間、同じく南東ルートで避難した北西の村とロアへの開拓チーム、帰還者たちの長い行列が長閑なはずのブエナ村の道を埋め尽くした。南東に避難したロアの住人がロアに到着し終わったのは実に事件発生から7か月が経った頃だった。

一方、私がロアに到着したのは事件発生から4か月目の半ばで疲労から1週間の休息に入った。まだここからロアの復興作業が待っている。私がロアに到着したとき父はまだ帰ってきていなかったが、ロアの復興計画は既にある。粛々と進めて行こう。

しかしと思う。避難キャンプで食料が無ければ大きな混乱があっただろう。きっと多くの領民は他の領地に流出したに違いなく、残るのは他の所へ行く力も身寄りもない者だけだっただろう。川に架かっていた簡易的な橋もそうだ。魔術ギルド員によればあれらは土魔術を応用して作った物だろうということだった。その頑丈さは恐るべきものでロアで活動している魔術師には心当たりがないという。だが、私にはその心当りがある。彼はもしかしたらフィットア領全体でこれを為したのではなかろうか。

 

そこから1月が経ったある日、ルーデウスが突然現れた。私が言ったあれこれのせいでひどく憔悴し、妻がご飯を食べさせても1口2口しか受けつけない状態が続いていたはずだ。あぁそれで、災害の日の当日に全部吹っ切れたのか食欲だけは戻った状態だった。ただ目の力はまだ無かったと思う。その彼の瞳には今は力が戻ってきていた。何かあったのだろう。だが、こそこそしている雰囲気もあった。何かとはそういう何かがあったのだろう。こういう所はこの子の父親が誰かを考えれば何となくわかることもある。私はその辺りについてつまらない詮索をしなかった。

私自身が忙しかったのもあるし、彼の用件の1つが興味深かったこともある。彼の用件は3つあって、1つ目はギレーヌの昔のパーティーメンバーがブエナ村に集まって会合を開くので数日ロアを留守にさせたい、代わりの用心棒を自分がやるという話だった。私はその話を聞いてエリスと距離を置いていたはずだが……と思った。もしかしたら私の意見を聞き入れる心積りができたのかもしれない。その辺りのことをブエナ村の彼女との間で話し合いができたのかもしれない。一応「エリスに会って君は大丈夫なのかい?」と聞くと「ご心配なく」と返事があった。私はエリスが彼に会いたがっているのも知っている。変に邪魔をしても娘は喜ばないだろう。私は許可を出した。

2つ目はルード商店が提供する物資や資金が十分かという確認だった。それについては気後れがあったがより効率的になるならと幾つか追加で発注した。ただしこれまでの援助を含めて全ては借款ということにした。彼は難色を示したが、もしかしたらこの事がエリスのためになるかもしれないという予感が私にはあった。

そして私の関心を惹いたのは3つ目の用件だ。橋と城壁の材料を造るという彼の提案だ。彼はお金や物資の供給だけでなく復興そのものも手伝えると言った。公共事業だ。彼は魔術でそれらを全て造ることができるといったが、私は資材の生産に留めるように依頼した。なぜなら冬には農閑期が来て農家の仕事は減る。数年の間はその者達の蓄えも乏しいので毎年の仕事を残したい。それに商工業従事者の多くは今も仕事がなく、あぶれている状況だ。町は空前の建築ラッシュなのに人が生活する住居を設計・製作する職人になれる人は少ないのだ。だが、城壁の建築なら単純施工で済むので1つの設計ができれば仕事につける人を増やせる。それならばと彼は城壁を設置する東西南北と橋の建設予定地のたもとに資材置き場を造り、アルスから炭鉱族の建築士を数人寄越してきた。

寄越してきたのだが建築士を紹介されたとき、よっぽどやましいことがあるのか遂にルーデウスは私から目を逸らすようにもなっていた。また何かがあったのだろう。少し気になってきたが詮索はすまい。

そんなことをしていたある日、屋敷……といってもアルテイル川の近くに領民が建ててくれたログハウスへとアスラ国家警察の役人がやってきたとの一報が入った。知らせに来たアルフォンスと私は父がいる部屋に急ぎ、腕を組んで待っていた父の隣に座る。対面にはアスラの役人特有の狡賢さを隠さない陰気な男がいた。私が座ると、役人は懐から令状を出して頼んでもいないのに高い声で読み上げた。

 

「次の者、フィットア領を神級魔術で破壊せしめ、領地間の軍事均衡を不当に損なった(かど)あり、即時、アスラ国家警察シルバーパレス本部に出頭させよ。

対象:ルード商店 店主 ルーデウス・グレイラット。

司法省 上級大臣ダリウス・シルバ・ガニウス」

 

役人は読み終わると令状を封筒に丁寧にしまい直し、席を立ち、父の前にその封筒を置いた。

 

「フィットア領の領民であるこの者を連行してきてください。すぐに捕まるなら私が連行していきますし、時間がかかるならお手数ですがシルバーパレスまで領主様の手の者で連行していただけるようお願いします。隠し立てしますと派閥に叛意ありと取られかねませんぞ」

 

「犯人がその者であるという証拠があるとは初耳だな。可能性であって確たる証拠がないのか?」

 

「ありますとも」

 

こいつらは無くても作ることができるやつらだ。顔に書いてある。

 

「貴公の言い分を信じれば、そいつは神級の魔術を使えると言う。しかも私の聞き及んでいる情報が正しければ、そいつは水帝級の認可を得ている。素直に従わせるなら水神、剣神、北神の3人全員か、それに匹敵する戦力をつれてきているだろうな?」

 

「いえ……」

 

父の言葉に役人が言葉を詰まらせると、父は畳みかけた。

 

「そうか。参ったな。流石のボレアス家でも3神全てに匹敵する戦力はこの状況で用意できぬ。一応説得はしてみるが暴れ出したら私も命が惜しい。その旨、ダリウス殿に伝えてくれんか」

 

流石、父上。これでルーデウスを出頭させれなくても仕方ないと言い逃れできるだろう。しかし、入り口の扉が開いた。突然のことだった。

部屋の中にいるアルフォンスを含む4人がそちらに首を向けると当の本人が立っていた。

 

「その心配には及びません。身の潔白は自分で証明してきます」

 

ルーデウスがそう言ったので父のやり取りは無駄になった。

 

 

--パウロ視点--

 

俺は自分の責務をこなしていたが息子が心配でしかたなかった。

息子は事件が起きて、避難キャンプにテント村ができる前に3日間、やるべきことがあると家族から離れた。そして帰ってくると瞳には力が戻り、昔のようにゼニスやリーリャに家族として接することができるようになっていた。何もかもが戻ったと俺は喜んだ。旅にばかり出ていた息子が家族と一緒にいて妹の世話をしている。それが嬉しかった。俺は結局のところ息子に何もしてやれなかった。ならば邪魔だけはしないようにしようと心に決めていた。その決心は情けないものだったかもしれない。でも俺は息子を愛しているし、あいつに俺の気持ちが伝わるくらい態度で示してやりたいと思っている。全てが遅すぎたかもしれないと怯えていたが、今からでも遅くないかもしれない。そう思えた。

ある日、俺が少し留守にしている間に村人同士での諍いがあったらしかった。らしかったというのは、その話を聞きつけて俺が現場に到着したときにはもう諍いが仲裁されていたからだ。俺が見たのは、諍いに巻き込まれたか何かで泣いている子供をあやす息子だったが、仲裁したのも息子だったんだろうと理解した。

何日経ったのか、その内に息子は妹以外の村の子供たちの面倒もみるようになっていた。そうして集めた子供たちに教師のようなことをし始めた。息子の行動によって子供の不安な気持ちを勉強に向けさせて時間を稼いでくれた。子供を持つ村の大人達は皆が感謝したし、それ以降に村人の中での諍いが無くなった。シルフィはヒルダのところの配下で女性部として活躍していたのでこの活動には参加しなかった。本当ならここで夫婦ごっこのようなことを体験させてやれればと少し思ったが、俺は邪魔……要らぬお節介はしたくなかった。

避難生活が2か月半を過ぎる頃、指揮所から帰還の準備をするように連絡があり、ブエナ村の住人は3か月ぶりに自分たちの村に帰って来た。途中、通った南東の村を見て誰もが覚悟をしていた。新しくできた見慣れぬ兵站倉庫と新しいロアへの道があるだけの故郷。故郷へ戻ったと思えた者は誰も居なかっただろう。それでも立ち止まりはしなかった。

避難キャンプから持ってきたテントを組み直し、テント生活を再開する。兵站倉庫には建築工具が用意されていたので、俺の指示で数軒のグループに分かれてログハウス風の家を造り始めた。自宅はというと息子が魔術で総石づくりの家を地下に作り、その上にテントを張って偽装していた。なぜそんなことをするのかと聞くと、いきなり石だけで全部作ったら村人全員に同じものを作ることになるという。造れば良いじゃないかと言うと、ここをロアの帰還者がみたらロアも、さらに話が広まればフィットア領全部の家を自分が造らなければならなくなるかもしれないと反論を受けた。同じ理由で娘達にも地下室の存在を知られないようにしろという。彼女たちは純粋で素直だから村人に石造りの地下室のことを話してしまうかもしれないのだ。俺は息子のことを面倒を買って出るタイプだと思っていたが、面倒は御免だという態度だったので驚いた。村人には悪いと思ったが息子の言い分もあり得たし、そうなったら息子はまたフィットア領中を周る旅に出ることになる。俺もそれが良いこととは思えず、息子の言い分が正しいと理解できた。

息子はこれまでの旅でやっぱり変わり果てた。俺にはそう見える。素直さや純粋さは擦り切れて腹黒く利己的な存在になったように思う。俺はそうなって欲しくはなかったが、他の家族を守るために動かなかった。信頼している、俺を頼れと口では言いながらあいつがこうなることを心の奥では許容していたに違いないのだ。だから結果、息子はそうなった。

予定より作業が遅れているせいで、越冬の準備が間に合わないかもしれない。夕食で話すついでのようなつもりでぼやくと息子が夜中の内に建材を用意した。手伝ってくれるとは思っていなかった。否、手伝わせるつもりなど無かった。だか息子はこともなげにそう報告して、俺は焦って建築資材の置き場を見に行った。そこには昨日まで無かった資材が山となっていた。それから今使っている村にほど近い伐採場を見に行った。そして唖然とした。近くの伐採場では木を伐った跡がなかったのだ。つまり、息子はもっと森深くから伐り出したのだ。このことによって越冬の準備の進捗状況が改善し、薪は今の伐採場から採れば良く、森の奥に行く必要がなくなった。

俺はそれからもどうしても困ったことがあると息子にお願いし、息子は魔術や知恵で解決してくれた。そういうことがあっても息子は昼間は避難キャンプに居た頃と同じく子供たちの相手をしていた。

ただ何度か手伝ってもらってから、俺は過剰に息子を頼らないようにすることを決めた。息子が行なった材木の伐り出しは普通に考えて、村中の男が総出で行って3日以上かかる作業のはずだった。それを1晩で行ってしまう。本人もケロッとしていて次の日も子供たちと遊んでいる。そもそも息子は積極的に手伝おうとはしていない。なら恐らく頼り過ぎてはいけないのだろう。最初は、息子がこの3年間苦労しっぱなしだったから少し休ませて欲しいと考えているのだと思った。だが同時にこうも思った。俺が頼り過ぎれば住人も頼り、村人が自主的に復興する気がなくなってしまう。その時、家を石で造ったことを村人に教えなかった息子の深意が初めて判った気がした。旅に出るのが面倒なんて息子は思っていない。家族と離れるのも少しなら気にしないのかもしれない。休みなんていらないのかもしれない。息子が気にしているのはフィットア領の民が自主的に復興する気持ちを萎えさせないことな気がする。俺と同じ思いを家族だけでもブエナ村だけでもなく、フィットア領全体に対して考えている優しい子供だ。フィットア領の領民をこの災厄から救おうとしたときと同じだ。ならあいつの根っこは変わってない。そう考えることにした。

 

次に頼るのは天気関係だけにしたいものだ。

 

 

--ルーデウス視点--

 

オルステッドと会ってからアルカトルンの地下室を掘り起こし、転移ネットワークを使ってマリアのプログラムからアルカトルン、ムスペルム、ロアの魔力結晶の管理を停止させた。それからアルカトルンとムスペルムそれにロアにある転移石板を外し、残っていた地下を潰す。そこから、しばらくは妹の面倒を見て暮らしていた。あるとき目の前で他所の子供が泣いていて……いつの間にか俺は村中の子供の先生になって本の読み聞かせをしたり、喧嘩の仲裁をしたり、一緒に遊んだりしていた。

中には俺が朝やっている稽古のときからきて剣を学びたいとか、親にきいたのだろうが魔術を教えて欲しいとか、そういう子も現れた。剣術も魔術も両親の許可と本人の覚悟がなければ絶対に教えなかったが、読み書き、算術くらいならと教えて過ごした。

先生を始めたせいで昼間の内は妹たちばかりを構えなくなったが、妹たちにとっては集団生活で学ぶことも沢山ある。ブエナ村は小さい。いつかは村を出て行くにしても故郷があるということ、大切な友達がいることは心の支えになるだろう。好きな子もできるかもしれないな。

妹たちを甘やかすのは陽が落ちてからで十分だ。彼女たちに魔術や剣術も教えながら読み書き、算術、歴史、理科を学ばせる。アイシャは何でもすぐに理解したがノルンの物覚えの早さは普通だった。それぞれに合った教育を施そう。

 

「ねぇ、なんで皆はこんな簡単なことで間違うの?」

 

「アイシャは間違わないのかい?」

 

「間違わない!すごいでしょ!」

 

「すごいのかなぁ。おにぃちゃんは全然凄いと思わないよ」

 

「なんで?おにぃちゃん以外はみんな褒めてくれるよ」

 

「わからないなら考えてみて。おにぃちゃんがアイシャのことを凄いと思わないのはなぜなのか。判ったらおにぃちゃんに教えてね」

 

「うん」

 

そんなことをしている内に復興計画は進み、ブエナ村へと帰還することになった。帰還が終わるとすぐにテント生活が再開される。何もなければやることは同じだ。

ブエナ村の幸運な点は、東側にあった森のほとんどが転移事件の範囲外だった点だろう。そのおかげで家を建てるための木材や火を扱うための薪を取りに行くのが転移事件前までとほとんど変わらなかった。俺が思うにロアのサウロス邸から同心円を描くように被害がおこったわけではないからそうなった。おそらく転移災害の爆心地はナナホシが召喚された地点で、そこでオルステッドに会ってドナーティ領の方角に歩き出した。つまり、俺と出会った場所から逆算すればフィットア領のほぼ中心ということになる。その結果、ブエナ村より東の森やその先の赤竜山脈には転移災害は及ぶことがなかった。

村が落ち着くまで託児所というか先生の真似事をしていると、パウロから建築スケジュールが間に合わないとボヤかれた。家がないまま冬に入れば体調を崩す者が出るかもしれない。病気自体は魔術で治せたとしてもテント暮らしで落ちたままの体力では辛かろう。そう思って夜中の内に少しだけ建材の調達を手伝うことにした。

俺はパウロを信頼していたので昼間の仕事をほとんど見ていなかったが、建築資材は森の入り口すぐを伐採場にして作業している。スケジュールが厳しいためのやむを得ない処置なのだろうが、入り口付近を余り伐りすぎると今度は薪の調達が難しくなる。ならばと考えて、森の奥にスパルナで飛び、新たに俺だけの伐採場を作った。風魔術を使って木を切り倒し、枝をおとして製材まで済ませると人形精霊を使って作った建材を運び出した。必要数が曖昧だったので2時間くらいで止めた。まだ足りなかったら明日もやろう。

それからもパウロは大変そうだったが村人との絆は深まったように見える。村人の家が全て出来上がって冬が来ると女性部も解散になり、またブエナ村の暮らしが戻って来た。違うことがあるとすればゼニスもシルフィも俺を避けていることくらいだろう。でも前世で彼女たちの身に降りかかったことを考えればずっと良い結末な気がする。だけど少しだけ勇気を出してみようと思った。

 

「母さま」

 

「ルディ?」

 

誕生日に帰って来たとき以来、久しぶりに俺から声をかけた事に本気で驚いている。それがなんだか悲しい。

 

「少しよろしいでしょうか?」

 

挫けそうになる心を奮い立たせて訊き、ゼニスが頷いた。新しくできたベッドしかない自室にゼニスを招き入れると、彼女は許可も無くベッドに腰をかけ、俺は魔術で石の椅子を作って対面に座った。

 

「母さま」

「あのね、」

 

2人の声がぶつかって2人ともが相手の話を待ってしまった。

 

「なんでしょう? 母さまからどうぞ」

 

「あのね、浮気はダメなんて困らせてごめんなさい」

 

「何を謝っているのかと思えば……悩んでいたのは母さまの言葉とは一切関係のないことです。安心してください」

 

俺は本心からそう言った。

 

「本当なの?」

 

「嘘ではありません」

 

「なら何を悩んでいたの……」

 

言うべきかどうか悩んだ。これまでパウロにさえも言わなかった話だ。でも俺の選択のせいで周りの皆が我慢しているとフィリップは言っていた。それに母さまたちがシルフィに色々言うと余計にややこしくなる気がする。こちらの想いを伝えて味方につけるか、口止めさせるのが良いかもしれない。だが、俺の言葉が(くさび)になって負担に思われるのも間違っている気がする。いや、今だって負担に思っているなら同じか。

 

「そうですね。時が来て、僕が自分で話すまで誰にも……シルフィにも言わないでくれますか」

 

ゼニスが頷いたので悩みについて話した。

 

「シルフィは僕のことを好きといってくれて僕もシルフィが好きです。僕は村に居ないようにしていましたから依存しているとは思いませんが、シルフィは村から出たことのない世間知らずな子です。そこに僕が外で知り合った女性を連れてくる。彼女はそれらを納得や我慢をしてくれるでしょう。でも彼女が選んだ僕はそういうことをする人だったとは思えません。そういう裏切りを僕はしたくありません」

 

「でもエリスちゃんのことも愛しているのでしょう? まだ判らないかもしれないけど、夫婦なら少しは我慢することもあるわ。愛する人全てを幸せにするのではダメなの?」

 

「リーリャ母さんの妊娠が発覚したときに母さまがおっしゃった言葉を僕は覚えています。『いつかはこうなるんじゃないかって』その覚悟があるのなら良いのです。でも今のシルフィにその覚悟があるとは僕は思えません。どうせ我慢するなら僕がエリスと付き合うことを我慢すれば良いではないですか」

 

「言葉で伝えてあげなければいけないこともあるわ」

 

「そうですね。でも僕はそれでは解決できないということも判っているのです」

 

「ルディの言うことは難しくて分からないわ」

 

「掻い摘んでお話しすると、僕かそれとも他の誰かが今の話をシルフィに言葉で伝えたとしましょう。シルフィが我慢すれば僕はまた新しい悩みを持ちます。また、シルフィが我慢できず僕の前から去っても僕は別の新しい悩みを持ちます。結局、話をしてどっちに転んでも僕は悩まされるのです」

 

「そういうこと……でもそれこそ悩む必要なんてなかったわ。シルフィちゃんにはあなたがもっと沢山の女性を妻にするだろうことを教えてあるのよ」

 

「知っています。いえ、そうだろうとは思っていました。でも彼女の恋愛経験は僕との幼いものでしかありません。教えてあるからといって自分の内に浮かぶ心情を確かに制御できるほど彼女は大人にはなっていないのです。知識として知っていて大人達に言い含められたとしても、その時になって大きな精神的ダメージを受けることになります。それでは結果はやはり同じです」

 

「それでもルディだけが悩むのは優しさではないわ」

 

「もう少し大人になるか1人で村を出て世界を知った後なら僕も違う対応をしますよ」

 

「そう……」

 

納得した顔には見えなかった。でもゼニスはこれ以降、俺の味方になってくれるだろう。それが良いことか悪いことかは別にして、俺は家族にあまりにも秘密が多すぎる。減らせるものは減らしてしまって良いだろう。

 

「納得してくれたなら僕の用事も聞いてくれますか?」

 

「ええ、もちろん」

 

俺はベッドの下から大き目の木箱を引き出して、ゼニスの膝の上に乗せた。

 

「これは?」

 

「開けたらきっと分かります」

 

俺が目で促したので無言でゼニスは木箱を開け、最初は不思議そうに土像を1つ1つ見ていた。しかしその土像が何を模っているのかに気付いたようだった。

 

「……あんなに遠くまで行っていたのね」

 

ゼニスが目に溜まったものを服の袖で拭ぐっている。

 

「商売のついでにですけどね。お祖母さまに挨拶して母さまの無事も伝えてあります。説明の都合でテレーズ叔母さまには少し失礼なことをしましたけど、たぶん許してくれていると思います。会えなかった伯父さまや伯母さまの分はありません」

 

「ありがとうルディ。大切にするわ」

 

久しぶりにゼニスの心からの笑顔を見た気がする。俺は笑顔を返せただろうか。自信がない。

 

 

 




次回予告
寝ながら見る夢。
目覚めながら見る夢。
誰かに語る夢もあれば
己の心理を表す夢もある。

次回『白い夢』
そして夢にまで見た現実が考慮外の不都合をルーデウスに突き付けた。


-10歳0か月~2か月半ばまで
 転移災害発生
 避難キャンプ生活

-10歳2か月終り頃
 ブエナ村に兵站線が届き帰還を始める

-10歳3か月
 ブエナ村に帰還
 復興生活

--------------------------------------

★フィリップ視点
 転移災害発生
 避難キャンプ生活

1か月後
 先遣隊が戻って来る
 兵站線の整備、順次帰還

4か月後
 ロアへ帰還開始

4か月後半
 ロアへ到着/1週間の休暇(休暇が終わった時点で5か月後へ)

6か月後
 ルーデウスが現れ、3つの提案をする
 また現れたルーデウスが炭鉱族の職人を連れて来る
 中央の役人がきて、ルーデウスが連行される

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