無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第046話_黒い夢

---自分に嘘をつくと死期が早まる---

 

ブエナ村の誰もがいつもの暮らしに戻った頃だった。まだロアへの帰還者が列を成している、そんな時期だ。

朝練後にパウロが俺の傍までやって来た。転移事件後にシルフィは朝練に来ていない。親父は1人で訓練をしている。

 

「なぁ、ルディ。お前とシルフィがお互いを避けてるのってなんでだ?」

 

ゼニスは口止めの約束を守ってパウロにも何も伝えていないということだが。今度はパウロか。息子がこんな調子では気になってしまうのも仕方がないのかもしれない。あまり多くの人に何でも話したいと思えないこともある。もう俺はこの事についてゼニスに話したのだ。

 

「父さまたちの夜の共同作業が滞っているのと同じですよ」

 

聞かれたくないことを避けるための牽制ジャブ。

 

「そうか? 避難キャンプでテント暮らしをしていたときも全く話している雰囲気がなかったが」

 

ダメか。むしろパウロの得意分野だと思わせたかもしれないな。パウロなりに俺を心配しているのも伝わってくる。パウロにもゼニスと同じことを伝えてしまってもまぁ良いか。

 

「……そうですね。災害が発生した直後に少し話をしてからは全く話していません」

 

「お前、何かおかしくないか?」

 

「父さまから見たらおかしく映るのも理解できます」

 

説明するのは良いとしてどう説明したものか。

 

「俺はそっち方面なら頼りにしてもらって良いんだがな。困ってるなら相談してみろよ。お前がエリスのことを自分で決めてあんな風にしたなら俺がとやかく言う事はない。ならお前の悩みは解決したんじゃねえのか?」

 

俺が相談を躊躇ったからか今回引き下がるつもりがないからなのかパウロが具体的に知りたいことを伝えてきた。でもなぁパウロよ。人の傷を抉るマネは止してくれ。

 

「別に困ってなんていませんよ。悩みは解決しました。でも僕は最後に失敗したのですよ、父さま。それでシルフィが僕を怖がっているのです。それだけの話です。残念ですが、暫くはそのままにしておこうと思っています」

 

「いいのか?それで」

 

「僕が何かを誘導することで彼女の想いを捻じ曲げたくはないのです」

 

「説明くらいしたらいいと思うが」

 

「僕に都合の良いようにですか?」

 

「真実を、だ」

 

「真実……ですか」

 

何を語るべきか。一拍おいてから俺は話し出した。

 

「真実には表と裏があると言えば判ってくれますか? 僕は真実とは表と裏の2面ではなく、人の数に等しい面数が存在するものだと思っています。人が人を信じようとするとき、人は自分の信じたい面を信じるからです。前に叱られたときにも同じようなことを話したと思います。結果は1つでも真実というものはそれぞれの人の中に存在するのです」

 

「……なんでおまえの恋愛相談はそんなにややこしいんだよ」

 

なぜかと言われれば大人の精神を持った子供だがら。でも蝶ネクタイの坊やとは考え方が違うからかもしれないな。パウロにも理解できる口当たりの良い考え方はこの世をご都合主義で埋めるだけだ。

 

「結果は1つですよ、父さま。僕が災厄を予言して、それが本当に起こりました。災厄による被害を最小限にしようと3年間の旅をして、その甲斐あっておそらく8万人以上の領民を救うことに成功しました。でもロアの市民が千人以上、目の前で光に包まれて消えました。誰もが死ぬかもしれないと恐怖し、悲しむ中で僕だけが助けられた人のことが嬉しくて表情に出てしまったのです。領内全域で言えばその十倍、1万人以上が同じことになったでしょう。経緯を知らない人からすれば、1万人もの犠牲者が出た時に1人だけ浮かれた奴がいたわけです。それに対して誰がどのように思ったとしても、それはその人の中では真実です」

 

「お前が意図したことは彼女に伝わっていないだろう」

 

「いいえ。彼女が汲み取ったことこそが僕の為そうとしたことです。むしろ父さまは勘違いしてます」

 

「どう勘違いしているっていうんだ。教えてくれ」

 

「良いでしょう。でも嫌な気持ちにさせるかもしれません。そうしたくなくて僕がこのことを黙っていたというところも配慮して欲しいです。その覚悟がありますか?」

 

「あぁ、余計な心配すんな」

 

「災害の後、冒険者や裏稼業の人たちが子供や女性を攫ってキャンプ地を離れたことを父さまは気付いていますか? 何人かは僕が見つけて救いましたけれども零れ落ちた人も当然います。僕が父さまにこのお話をするのは、僕も父さまも叔父さんたちも等しく罪があるからです。僕たちはそういう被害者を出さないように、災害後に人攫いを防ぐための注意をすべきでした。人攫いの被害者の方たちが生きていれば、事が起こると知っていた僕らを糾弾するのが彼らの人情です」

 

「俺たちは出来得る限りのことをしていると思うが、攫われたヤツからしたら……そうかもな」

 

「それが理解できるのなら同じことです。この災厄の責任を僕は持っていないと昔に言われましたよね。でも災害の被害者からしてみれば、この災厄が起こることを知っていた者はすべてみな責任者に見えるのです。僕たちは彼らを助けなかった卑劣で無能な奴らなんですよ。シルフィもこの災厄が起こることを知りませんでした。なら彼女の気持ちはあちら側に近くなって当然です」

 

「だから、今からでも説明すりゃいいだろうが……」

 

「説明するならば災害前にすべきでしたね。でも彼女が未熟な子供だからという理由でこの荒唐無稽なお話をしませんでした」

 

「肝心の最後の部分が理解できねぇ。災害前に説明しとけば良かった、そりゃそうかもしれねぇ。それでシルフィの気持ちが被害者側に傾いているのも判る。だけどシルフィはお前に何か言われると自分で考えず、自分なりの判断を下せなくなるってどうして思うんだ? お前はシルフィを信頼していないのか?」

 

いつもならブレーキが掛かるはずだった。でも誤魔化すことに嫌気が差していたし、シルフィが子供であることは悪いことではない。だってまだ10歳なんだ10歳に相応しい考え方で良い。だから少しハッキリと言い切ってしまった。

 

「そうですね。彼女は村から出たことも無く考え方も未成熟な子供です。守りたい対象であっても信頼するに足りえません」

 

俺は言い切ってから言いすぎて叱られるかもと思った。シルフィは俺が旅に出ていた間も一生懸命だったはずなのだ。シルフィのことをパウロがこんなに気に掛けるのも剣術の弟子としてその頑張りをすぐ傍でみていたからだと思う。なのにこんな言い様は良くない。

 

「そうか。そういうことか。余計な事を言って悪かったな」

 

「いえ、心配してくださってありがとうございます。父さま」

 

あれ?……意外とあっさりと受け入れられてしまった。なぜだ。最後のは叱られてしかるべき発言ではなかったのか? 引き下がったパウロに拍子抜けしたが、納得したならこれで良かったのだろう。

 

--

 

数日して再び俺は真っ白な空間に居た。

そこに現世の俺が立っていた。

夢の中で意識がはっきりしている感じだ。

ついに来たか。

だが、俺の目の前に立っていたのはモザイク戦士スペルマンではなく、俺だった。

 

何かがおかしい。

 

自分の姿はどうだろうか。

自分の姿も現世のモノだ。

いや前世かもしれない。

だが前前世ではない。

 

少しほっとした。

 

もう前前世の記憶も曖昧になってきている。

あまりあの姿を思い出したくはない。

 

ヒトガミが出てこない……やはりここはヒトガミと会うための夢の世界ではない。

ヒトガミのようなことをしでかした俺がヒトガミの代わりになった世界かもしれないな。

 

周囲を見渡すと、以前空いていた穴とは別の穴がもう1つ増えていた。

随分と大きな穴だった。

また1つ未来が潰えたのだとすれば、これは俺の未来なのかもしれない。

 

なるほど。

 

これは俺が俺自身を夢の中で見る未来視か。未来視と言っても、未来に何が起きるかが判るわけじゃない。ヒトガミのような強力な未来視ではないってことだろう。俺の将来がお先真っ暗かどうかが判る程度の未来視。

そこに空いた大きな2つの穴。自分のことだから当たり前かもしれないが、なんとなくその意味が解った。

 

--

 

目が覚めたのに腫れぼったくて瞼が開きづらかった。寝ながら泣いていたのだろうか。現実で自分の身体が起こしたことは曖昧で、反対に夢の中のことをはっきり覚えている。

それからというもの、何日も俺の心は失った未来への渇望に飢えた。パウロが言うようにまだ間に合うことも解っている。手を伸ばせば自分の欲しい未来が手に入る。だが、それを手に入れてしまってはいけないことも解っている。欝々とした気持ちが俺の眠りを浅くし、いつしか俺は夜に眠ることができなくなっていった。

モヤモヤとした気分を晴らすべく、夜中の内に俺は商業都市ムスペルムとアルカトルンの復興状況を視察した。まだフィットア領内でルード商店を再始動する時ではないだろう。それでも日々、着実な一歩が見て取れる。……ロアの視察は二の足を踏んでしまった。フィリップがしっかりやっているだろうが、復興への着手時期から推測してもまだ無理だろう。

それからブエナ村の自宅と魔大陸の地下室を転移ネットワークで接続して、魔物牧場の作業、食器の補充を行う。転移事件までに剣の製作の終わったタルハンドはおそらく鉱神に出す剣を造っているはずだ。その分のルード鋼は充分に置いてきてある。出来上がったのなら彼をブエナ村に招待しよう。ロアとブエナ村で昔のメンバーが3人いるんだ。是非、会って欲しい。

そんな作業も定期的にするだけだ。シルフィが家の手伝いに来なくなってから、俺は鍛錬と妹の世話兼教育係として生活している。ただ夜眠れない分、昼に妹が昼寝をするときに一緒に寝てしまうようになった。

寝る度に見る未来視の世界では白い部分より黒い部分が次第に多くなっていった。きっと全ての未来が黒で埋め尽くされたとき俺は死ぬ。ギレーヌが言っていた通りに。身体は元気でも俺は死ぬ。でも俺にはもうどうすることもできない。自分のやって来たことへの責任は自分で取らねばならない。最後の1ドットが白から黒へと変わる瞬間

――――シルフィの顔もエリスの顔も家族の顔も浮かんではこなかった。

彼女達とのつながりは黒い闇の中に葬られたのかもしれないな。

寂しい。孤独だ。おやすみ。もう目覚めたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルディ、ご飯ですよ」

 

声に誘われて、世界は夕焼けのリビングに戻った。いつものように夕食の匂いが部屋へと流れる頃に、妹に起こされた気がして目が覚める。しかしふと思った。妹ではない声と口調、懐かしい音色だと。ここに居るはずがない。

目を擦った。もう会えないかもしれないと思っていたがなぜここに居るのだろう。俺は立ち上がって、ほぼ無意識に彼女を抱きしめた。よくわからないがここに居る。それだけで良かった。

 

「お会いしたかったです。先生」

 

安心できる匂いだ。ずっと嗅いでいたい。こんなに辛いなら1枚失敬しておくべきだったと後悔したことは何度もある。いや良い。もう良いんだ。本人がいるなら。

 

「無事で何よりです。それに随分と大きくなりました。ルディ」

 

「はい……先生はお変わりなく」

 

そう言ったきり、俺は涙と鼻水で何も言えなくなってしまった。自分がすすり泣くたびに背中を優しく撫でられる。10歳を過ぎた俺はもうロキシーと肩を並べるくらい大きくなっている。俺はロキシーの膝の上でコアラみたいになれないだろう。そしてまだロキシーを膝の上に乗せて、彼女のつむじを眺めることもできないだろう。でも、今必要なピースががっちりと嵌った気がする。

 

「皆がダイニングで待ってます。行きましょう」

 

そう促されて抱擁を解き、俺は頷いた。涙と鼻水を拭いて彼女について俺は食事へと向かった。

 

--

 

食事が終わったロキシーと俺たち家族は、自然な流れでこれまでの5年間の話をした。

ロキシーの話によると、ロアで女の子の家庭教師をやろうとして叩きのめされた話、アルスで猿顔の男がスカンピンで物乞いをやっていたのでご飯をおごったらシーローンに行けと言われた話、シーローンのダンジョンを攻略したことで軍事顧問になった話、ルード・ロヌマーなる仮面の剣士がシーローンのダンジョンを全て攻略したので一時的にシーローンから冒険者が居なくなった話、などが主な話だった。

最後にロキシーがここに来た話が語られた。話によるとフィットア領から攫われてきた人が多数、シーローンへ奴隷として流入したからだと言う。奴隷について自慢げに話すパックスの情報から俺たちのことを心配したらしい。自ら奴隷市場に赴き、俺たち家族を探し、情報を得るためにフィットア領の奴隷を買い集めたそうだ。しかし、俺たち家族は奴隷になってはいなかった。奴隷たちの処分に困ったロキシーは結局、彼らを元居たフィットア領まで送り届け、ブエナ村に様子を見に来たという訳だ。その過程で彼女はシーローンの魔術顧問を解任されたが、現王とは仲が良かったため追われることも無かったそうだ。

ロキシーの話にヒトガミの使者が出て来たのは、ギースらしきヤツの御告げでシーローンに行ったってだけだ。俺とロキシーをどうしても遠ざけようとか暗殺しようとする感じはなかった。俺はそんなロキシーがブエナ村に来たことに運命を感じていた。俺の心に開いた2つの穴を埋めてくれる人、ロキシー。分別があり、自分で判断ができ、俺の言葉に惑わされることが少ない、信頼がおける人。俺はロキシーにも自分の人生を自由に歩んで行って欲しいと思っている。でも、もしかしたら。そういう気持ちでいるのも確かだ。彼女が俺と共にいるためにここに来たというなら、俺の胸の(うち)も知ってもらうことができるかもしれない。だけど…………

 

少し遅かったな。

 

俺は夜の自室で1人眠れずに居た。最後に彼女に会えて、色々な話ができた。夕方に見た夢、次に眠ったら俺は心が死ぬのだろう。せっかくロキシーと再会できたのに。

死ぬのが恐ろしくて、それから3日間一睡もしなかった。

だが、結局、抗えなくて俺は眠りについた。

真なる闇。

未来は閉ざされた。

身体が朽ち果てるまで俺はここで孤独に生きるのか。いつか見た夢の中のヒトガミが封印されて捨てられるのが心をよぎった。バーディーガーディがカジャクトで似たように封印されるのも見えた気がする。俺の心は彼らほど頑丈にできていない。みっともなく最後に抗おうとして、『助けて』と叫んだ。でもこの世界で、俺の口から声は響かなかった。それでも言葉にならない音を喚いた。無音の中で喚くのを諦めなかった。

 

「ルディ!」

 

想いが通じたのか世界はまたしても夕焼けに染まるリビングに戻った。だがロキシーの声はしても俺の瞳に彼女はいなかった。この光景自体がきっと俺の幻覚なのだろう。両肩をロキシーが掴む感触があるのに、それを確認できない。

 

「どうしたんですか? ひどくうなされていたようですけど」

 

俺は彼女の顔を探したが見つけられなかった。声は耳元でするのに景色は夕焼けのリビングなのに。ただ虚空を見ながら、呟いた。死ぬからか。そうか死ぬ直前のこと、随分と忘れていたけどこんな感じだったな。

 

「先生、もう僕は死にます。お別れが言えて良かったです」

 

「何を言ってるんですか!」

 

「眠れないのです。暗闇がきます。誰も居なくて、皆自分のせいです。責任は取らねばなりません」

 

「訳がわかりません。判るように話しなさい! お願い。ルディ!」

 

俺は何も言えずにいた。彼女は誰かに呼ばれたのか俺でない誰かに返事をした。そして肩の感触が消えた。離れて行くロキシー。

さびしいよ。

そして他の優しい誰かに包まれた。ゼニスかリーリャかそんな気がした。いやきっとゼニスだ。そんな気がする。でもこれで終わりだ。

いつ眠るかは判らないが間もなくだろう。覚悟はできなかったが抗う術がなかった。闇に堕ちる前に

 

死にたい。

 

 

--ロキシー視点--

 

昼ご飯の準備を手伝いながらゼニスさんから新しい料理を習った。この料理はルディが一番好きなやつじゃないですか?と尋ねると

 

「あら良く覚えてるのね」

 

なんてゼニスさんにからかわれてしまった。その後リーリャさんも加わって、最近はルディが塞ぎ込んでいるので私が来て良かったという話をしてくれた。その時は歓迎されているんだなって少し思うくらいだった。

再会してからもルディはどんどんやつれて行った。眠っていないのではないか?

ゼニスさんに思い切って聞いてみたけど口止めされているのと言われてしまった。

ぐずぐずしていると、ある日リビングの方からルディの声が聞こえた。

 

「助けて!」

 

悲痛な叫び声に家の中の者が皆、リビングへと向かった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああ」

 

ルディがソファで喚いている。グレイラット家の大人達は誰もが諦めた表情だった。幼いノルンちゃんとアイシャちゃんは完全に怯えている。

 

「うあああああ、がああああああ、ああああああああああああ」

 

なぜ誰も助けないのか。私は遠慮せずに彼の肩を押さえつけた。

 

「ルディ!」

 

耳元で叫ぶ。

 

「ルディ! 起きなさい! ルディ!」

 

もう一度叫ぶと、ルディはハッと目を見開いた。良かった。でもその目の焦点は合わず、明らかに異常な状態だ。

 

「どうしたんですか? ひどくうなされていたようですけど」

 

彼はこちらを見なかった。ただうわ言のように呟く。

 

「先生、もう僕は死にます。お別れが言えて良かったです」

 

唐突な別れの挨拶。意味がわからない。

 

「何を言ってるんですか!」

 

「眠れないのです。暗闇がきます。誰も居なくて、皆自分のせいです。責任は取らねばなりません」

 

精神に異常を来たしている。

 

「訳がわかりません。判るように話しなさい! お願い。ルディ!」

 

もう彼は返事を返してくれなかった。為す術もなく呆然としていると、後ろから声がかかった。

 

「ロキシー、すまねぇ。もう休ませてやってくれ」

 

振り向くと、悲痛な顔のパウロさんが居た。

 

 

--パウロ視点--

 

冬を越す準備が整い見張り櫓や村の周りに必要な柵も完成した頃、俺はしばらく遠のいていた剣術の訓練を再開した。最近は息子も調子が良いらしい。俺の邪魔にならないように少し離れた場所で朝練をしている。それで息子にちょっと話しかけてみた。だが俺は甘かった。

言い訳をすれば、サウロスから何か指示があったわけでもなく、俺の采配、独断で村を1つ復興させなければいけなかったんだ。物資はある。皆が協力してくれる。それでも俺は不安だった。

俺は領主の息子なんて立場で生まれてきたが、己の命を危険に晒しながら生活する冒険が好きな男だ。こういう状況がもともと苦手なんだ。

村人が怪我をした、病気に罹った、魔物が出た。悪い情報が舞い込むたびに肝が冷えた。いつまで食料援助はあるのか? 行商人が来たなら、借入れをして何かを買った方が良いのではないか? 答えられないことを聞かれるたびに不甲斐ない気持ちになった。

俺が何かを見落とせば、それで村が窮地に陥る。息子に比べたらそれでもほんの少しの期間であったが、そんな生活が5か月も続いた。だから俺の心は疲れていた。平穏な生活が近づいて、いつもの甘さがでた。

息子が平穏に、できるだけ長く、このブエナ村で過ごせることだけを願っているのに。今の息子の状況をもどかしく感じて、話を聞いてからこっそりと根回しするくらいなら邪魔にはならないだろうと思った。

俺にだって経験がある。振った女のことでもこんなことが起きれば心配になるってな。しかし、それで好きな女を放っておいたら幸せが逃げていくんじゃないか?

息子の自己犠牲の態度も、度が過ぎれば損な性格、不幸体質だ。そういう悪癖を直さなくては幸せはつかめない。

だから息子の話を辛抱強く聞いてから俺はシルフィとの仲を取り持ってやろうと、少なくともあの2人が仲良く剣術の稽古でもしてくれるよう仕向ける作戦を練っていた。

作戦が練りあがる前、話をしてからしばらく経ったある日、息子が昼寝をしてるのに出くわした。娘2人の隣で眠っている。俺の望んでいた光景に頬が緩んだ。それも束の間だった。息子は眠りながら苦しんでいた。夢にうなされているのか?

息子が伸ばした手をとり、咄嗟に握った。寝汗がヒドイ。ただ事ではない。俺は近くに居たリーリャを呼び、リーリャと交代してから庭に居るゼニスも呼びに行った。

息子は毎日うなされていた。夜もうなされているのではと思い、寝静まってから見に行くと部屋はもぬけの殻だった。夜通し村中を探したが見つからず、朝になると普段通りの顔で朝錬に出て来るのを見ることとなった。どんな魔術を使ったのか想像もつかなかったが、昼寝をするようになったのは夜に寝ていないからだろうと判った。しかし、真に気にするべきは息子がなぜうなされているかということだ。

なぜ?

旅で何かがあった、最もありそうなのはフィリップの娘に関することだ。しかし、避難して領外でテント暮らしをしているときは平気そうだった。

なぜ今? ……俺がシルフィのことを聞いたから? 俺はちょっと心配だから聞いただけのつもりだったが、そんなことで?

俺の尺度で測れないこともあるし、理屈ではないこともある。最近は息子の思考を真似してシルフィに剣術を教えていたせいか俺も随分、理屈っぽくなっていたのかもしれない。

日々が過ぎるにつれて息子の体調は目に見えて悪くなっていった。そして息子の顔に死相の気配を感じるようになり、俺達3人はもうどうするべきかの覚悟をしていた。

そこへひょっこりロキシーが現れた。ロキシーと再会した息子の喜びようといったらなかった。彼女は俺たちグレイラット家の皆が心配で来たという。グレイラット家といったが、つまりは息子が心配だったんだろうと俺は察した。俺たちは彼女のおかげで息子が助かるかもしれないと少し期待した。期待したが、結局は2日後に息子の限界が来るのを見ることとなった。

 

 

 




次回予告
僅か5年の間に起きたいくつかの出来事。
誰が、何のために、何をしたのか
現在へ至る欠片が感情と共に吐き出された

次回『告白』
全てを知り、私は決断する


-10歳5か月
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