無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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まだまだ続くずっと前の話。
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第058話_ナンシー

---ザ・サード ~蒼い瞳の転生した少女~ ---

 

ずっと昔、私には後悔があった。

私の頭脳たるプログラムはサブマスターを既にマスターと認識していたというのに、その想いを正しいタイミングで伝えることができなかった。そしてサブマスターに機先を制され、先んじて彼の持つ権限により「他の主を探せ」と命令を受けてしまったのだ。

マスターを失うという初の出来事に対しては、何が正しい挙動であったのかを判定できなかっただけのことだが、その1回のミスが全てを決めてしまった。死を悼むサブマスターの心理を考慮せずに、身勝手な対処の申し出をしたためだったと今の私は分析している。

しかし命令は命令である。私はこの広い世界でサブマスターより適格なマスター候補を探さなくてはならなくなった。当てのない旅だ。自分の身体をメンテナンスしながら旅をするためにザノバ商店の資金を一部流用し、強いと噂の冒険者を雇っては一緒に冒険してみたり、各地の王宮を周っては騎士に手合せを願った。だが、残念ながら私の制御デバイスと中央コントローラは、出会ったどの人物にも不適格の烙印を押した。

内部データの整理をしていると、昔にアルビレオから聞いた話が保存してあった。その話の中で彼は『主を失い、いくら転生ができようとも過去へと行く道が無く絶望を覚えた』と言っていた。その状況と全く同じことが自分の身に降りかかっている。これが絶望というものか。

しかし、アルビレオが縋ったのは主の代わりに主の探していた魔術を研究する道だった。私も同じくサブマスターの研究を引き継げばよいのか? 否、私はマスターの結婚祝いの時にサブマスターにも後悔があると聞いたのだ。サブマスターの研究を引き継いで懺悔できる後悔は私の分でしかない。サブマスターの後悔が何かは分からないが、それを懺悔する方法が無い。

私はサブマスターをマスターに代え、仕えたいのだ。ただ仕えるだけではない。仕える主を見つけ、主のために動くことこそ自動人形(オートマータ)の本懐だ。

命題は何か。何か方法はないのか。私の中に付与された疑似人格は、記憶領域から経験とよばれるカテゴリのデータを取り出し、サブマスターをマスターとするための方法を模索するためのロジックにかけた。そして1つの答えへと到達する。

アルビレオが絶望したのは『過去へ行く道がないから』である。アルビレオは私に『転生法について記述した秘伝書』を報酬として渡した。あれはまだ自室のサイドボードの引き出しにそのまま眠っている。サブマスターは『召喚術式と転移術式を入れ替えて過去に行く方法』と『アルビレオの転生法の術式を使って魂だけになる方法』を使ってタイムリープが可能かもしれないと言っていた。サブマスターとタイムリープをして過去へと飛ぶ。私は1つの解、一縷の望みをそこに見出した。

シャリーアにあるルーデウス邸に忍び込んだ。昔はこの屋敷にはエリスとレオという紅白の番犬がいたのだが、前者は寿命で死んでしまっており、後者はララと旅に出ている。無事に侵入できた私はしばらく使われず埃の被ったサブマスターの書斎に行き、召喚術式と転移術式について研究資料を調べ尽くした。そこで気付いたのは、私が清書した文書がすっぽり消えていることだった。その後ろに、サブマスターが機密管理に使っていた謎の言語で注釈のされた魔法陣のページ。この言語については正体が不明であったため、結局解読はできなかった。しかし、召喚術式と転移術式の両方を徹底的に調べた後に、『順番を入れ替える』というヒントを持っている私にはそれが何なのかが判った。これは過去へタイムスリップするための魔法陣だ。

後は、アルビレオの転生法の術式と組み合わせ、1つの魔術として逐次発動させる。これも難題であったが、サブマスターの折り紙魔法陣を使って2つの魔術を連絡させることで解決できた。問題は魔法陣が正しく機能するのか、そもそもそうすることが正しいことなのか、私には判断しかねるということだった。それでも私の人格プログラムには『迷うこと、努力すること、そして後悔しないように己で決断すること』は正しいとある。ならばと私は決意した。

それから私は大量の魔力結晶を集めた。サブマスターの研究資料によればタイムスリップを成功させるためには大量の魔力が必要で、その魔力量はサブマスターであっても50年を無事にタイムリープできないと書いてあった。私がタイムリープさせようとしているのは約75年だ。しかもサブマスターと私の2人分を合わせて150年分、50年のタイムリープの3倍だ。

持てる資金を使って魔力結晶を集めきったが足りているのか不安がある。この大魔術の発動が不十分なとき周囲に迷惑なことが起こるらしい。なら出来る限り集めるべきだ。

そこでエリナリーゼを探した。新しい男を探し続ける彼女は一所に留まっていないはずだったが、奇しくも彼女はシャリーアに居た。

なぜかと聞くと、ロキシーから伝言を受けてシャリーアに来たと言う。ロキシーの伝言は何かと問うと、ロキシーの旦那がそろそろねと悲しそうに答えた。サブマスターの死期が近いことを知った私は、やるべきことをするために動いた。

そうして私は大魔術を発動させ、ゼピュロス家の三女として生まれ落ちた。私は有限の身体を手に入れた。どうやら魔術の内、転生に関しては成功したらしい。少なくとも私に関しては。サブマスターはどうなったのか気になるがすぐには知ることができなかった。

私に魂と呼ばれるものは無いと思うのだが一体どうなったのだろうか。気付くと私は赤ん坊になっていた。名前は、アン・ゼピュロス・グレイラット。愛称はナンシー。サブマスターの研究資料には過去へとタイムスリップするためには起点となるアイテムが必要だと書いてあった。しかし、転生法との兼ね合いと2人同時に転生させるという部分がどう影響するのかは未知数だった。結果から考えると、私とサブマスターお互いを起点として私は転生した。だから、アンとグレイラットの両方の名前を持った子供になった。そうして、まずはままならぬ身体を扱いながらもメンテナンスフリーになったことに解放感を感じた。

いつかサブマスターを探しに旅に出なければならない。もしサブマスターが居ない時代に生まれていたら、またお金を稼いで魔力結晶を集めねばならない。過去へ行くのであればまたあの大魔術を使わねばならない。未来へ行くのであれば転生法を使わねばならない。どちらにしても魔力結晶が……いや待った。人間になったのなら私が魔術師に成れば良い。そう考えてサブマスターが作った魔力量増大法を実践した。この身体に素質がなくて魔力量が不十分な場合は、やはり魔力結晶がいるだろう。

人間には忘れるという機能が付いている。動きまわれるようになると、私は忘れてはならないことをいくつか日記に書き留めた。サブマスターがやっていたことだ。サブマスターの日記を隅から隅まで読んでおいてよかった。

彼の日記は甲龍歴425年から始まっていて、子供たちに関して書いてある部分のところどころに『自分の子供が転生者ではないかと訝り、確認した』という記述がみられる。彼が転生法に気付いたのがアルビレオに出会ったときからだとすると合点のいかない部分もあった。まぁそんなことよりも重要なのは、転生者の子供は怪しまれるというところだ。私は転生者だと知られぬよう動いた。

ゼピュロス家での生活は快適なものであったが、そこに甘えてはいけない。両親や祖父母にも恵まれ、私は愛着というか与えられた愛情に対する反射のような感情を芽生えさせた。そうした方が彼らが喜び、喜ばせるほどに私の自由になることが増えるのだ。人間としての初の人生は何でも上手にという訳にはいかなかったが、多少失敗するくらいが人間らしいと感じた。いつしか喜ばせることにやりがいを感じるようになり、これが愛情なのかと新しい感情に驚きもした。

7歳になると学校に行くように命じられた。必要だとも思えなかったが転生者と怪しまれるよりは良いかと通うことにした。沢山の子供たちに囲まれる生活は、ルーデウス邸でシルフィエット様と子供たちの世話をしたときのことを思い出させる。当時は、子供はみな元気で悩み少なく楽しく生きているものだと思っていた。ただし学校というのはそれとは勝手が違っていることを知る。くだらない感情を無理やり押し込めた四角い箱庭は無邪気な悪意と悪戯の道具箱だった。私は1か月で我慢の限界に達し、さすがに我慢できなくなって学校を自主退学した。

父には勝手なことをするなと叱られたので、家の用事を手伝うから許して欲しいと願い出て、頬に口づけすることで事なきを得た。殊勝な態度とは斯くも効果があるものなのだろうか。クリスがサブマスターにやっていた方法を試してみて良かった。効果がありすぎたのか学校を辞めた私に父は何か用事を頼むこともなかった。ならばやるべきことをやろう。まず考えたのは家族に学校を辞めた理由をどう思われるかだ。勉強より剣術が好きと思われるというのは中々に言い訳として良さそうだと考え、剣術の鍛錬を始めた。筋力が足りないのは分かっていたが、サブマスターの闘気研究を実践し、闘気を獲得していた私には苦というほどでもなかった。闘気を使って筋力を補強する。しかしやりすぎてはいけない。木剣で岩を切り裂けば怪しまれてしまう。むしろこういう細かい制御をするのは難しく、慣れない手つきで剣を振るっていた。

半年が経ったくらいか、早朝の鍛錬を終え、初霜の残る庭から自室に戻ろうとするところを執事に呼び止められた。

 

「アン様、斯様にお寒い中でも鍛錬をされたのですか?」

 

見ればわかることを問うたのではなかろうが、意図を掴むことが難しい。

 

「ええ、ピエールさん。鍛錬を欠かすことはできません。でも何かまずかったかしら?」

 

お嬢様らしく聞き返した。

 

「悪いことはありません。私めが不思議に思いますのは、なぜにお館様に知られぬよう密かに鍛錬をされているのかということです」

 

私が鍛錬を隠している。ピエールは賢い執事だ。なぜそのような考え違いをしたのだろうか。

 

「別に隠してなどおりません」

 

「おや、では早朝に鍛錬しているのはなぜでございましょうか?」

 

「朝に身体を動かすことで身体のリズムを整えています。それに昼には昼のやるべきことがあるのです」

 

「なるほどそうでしたか」

 

「お父様にお話しして頂いても構いませんよ」

 

「承知しました」

 

どうやら父は私が密かに剣術の鍛錬を始めたと思っているようだ。だからピエールを使って私に探りを入れて来たと考えて良いだろう。家族なのにまどろっこしいことをする。それが貴族の在り方だとすれば流儀に倣うのが良いのだろう。いや、人間は男と女でもやり方が異なる。母に相談して対応を決めるのが良いだろう。そも学校を辞めた理由代わりだったのに隠していると思われては台無しである。

朝食を終えてから母の部屋に行った。すると中からピエールが出てきた。ピエールはそのまま私を相手にせずに部屋を退出し、母が私の注意を引いた。

 

「アン。いらっしゃい、何かしら?」

 

「お母さまにご相談があって参りましたの」

 

「あらあら、珍しい」

 

母の含みのある表情から何かが間違っているような気がした。ピエールはなぜ父ではなく母に報告をしたのか。なぜ慌てて立ち去ったのか。なるほどそうか。それはそれで好都合。

 

「実はお父さまが私のことをあれこれと心配してくれているようなんです」

 

母の意図に気付いたが、そのまま父が探りを入れているのではないかというストーリーにしよう。

 

「まぁあの人ったら、でも優しいじゃない?」

 

「お母さま、私、別に勉強が嫌いなわけではないんです。学校の勉強のレベルなら書庫にある本で既に理解しておりますし、遊んでいるわけではありません。早朝に剣の稽古、昼は歴史の研究をしています。どうしたらお父さまを安心させられるでしょうか?」

 

案外、分からないことは素直に聞いてしまえばいい。この7年間で私はそれを理解している。

 

「そうねぇ。1番は普通の子のように学校に行くってことなんだけど」

 

「あのように時間を無為に過ごすことは我慢なりません」

 

「無為なんて……学校では勉強以外にも学ぶことがあるのに。まぁいまさらね。それで師匠に弟子入りもせずに剣術を独学で学び、1人で歴史を勉強してどうするというのです?」

 

「私にはやらねばならぬことがあるのです」

 

私には過去転生した理由がある。それが成功裏に実現するかは分からないが失敗するにせよ、終りまで見届ける必要はある。

 

「まぁ困ったわねぇ。そんなに焦ってなにをしでかすつもりなのかしら? 大人になれば否が応でもやるべきことは多くあるというのに」

 

「焦っているわけではなく単純に時間が足りないのですが、何をするかについては残念ながらお答えできません」

 

「これは重症? あなたの母にも言えぬというのですか」

 

「言えません」

 

主を探しているとか前世は人形だったなど口が裂けても言えることではない。

 

「ねぇ、アン。人の輪を嫌えば人の輪からはじき出されてしまいますよ。あなたは1人で生きているわけではありません。家に住むなら家を建てる大工が、食事をするなら料理を作る料理人が、弱い子供が生きるにはそれを守る大人が必要なのです」

 

「おっしゃる通りです。では、お母さま。お母さまは私が魔術を使えるといったら驚きますか?」

 

「そうですね。驚きますわね」

 

「お母さまは私がそこらの騎士と肩を並べるほど強いといったら怖いですか?」

 

「まぁ怖い。そんなこと考えたこともありません」

 

母の態度はふざけているが私が言いたいことを正確に捉えていると感じる。もう予定だけは伝えておいた方が良いだろう。

 

「そうですか。お母さま、私が二十歳になったときに1度旅に出なければなりません。そこで確かめねばならぬことがあるのです。そしてその後のことは確かめた結果によって決まるので確かなことは言えません。ですからゼピュロス家の三女としてやらなければならないことがありましたら、なるべく早めにお伝えください」

 

「なぜときいても教えてくれぬのなら心に留め置くことにします。状況が変わったのならまた説明に来なさい」

 

「かしこまりました」

 

私は母の部屋を退出した。予定とは違うことを言ってしまったが、言うべきことを言い切ってむしろこれからの行動はスムーズに行くと思えた。

 

--

 

8歳になって半年が経つと、父からの言付けで普段は使っていない中部屋へと向かった。父からの言付けとは珍しい。私は変わらずの日々を送っていたから何かしたというような事はなかったはずだ。最近、部屋の外が騒がしいとは思っていたが……

目的の場所に入ると見知らぬ男の子が1人、テーブルの反対側に座っていた。私が少し離れたところに座ると、近くに居た執事が部屋から出ると共に部屋の扉を閉めてしまった。

何の説明も無かったため、私は静かに椅子に座って目を瞑った。そのまま夕方になるまで椅子に座って瞑想しつつ、闘気の制御を行って過ごした。もし明日も同じように呼ばれたなら、本とメモ用紙を持ってきてここで研究の続きをしよう。生活リズムを崩してはいけない。

やはり次の日もその次の日も何の説明も無く中部屋に押し込められた。何かの罰か実験か。私に心当たりがなければ対面に座る男の子に起因する何かか。とりあえず説明があるまで私は時間を無駄にせぬようにしよう。10日程我慢すると11日目から家庭教師が来て、勉強が始まった。読み書き、算術、礼儀作法の授業だ。私には無駄だったが同席する少年には必要だろうと思い、授業を受けている振りだけは続けて研究をした。ただ礼儀作法の授業は座学が少なかったため無為な時間を甘んじて受けることになった。父に悪意や悪戯がなければ多少の我慢はできるということを証明するのだ。

家庭教師が礼儀作法の授業の一環としてまず最初に自己紹介をしてみろというので、私は「ナンシー」と答えた。家庭教師も呆れていたが私がどんな子供かを聞いているらしく、やり直しはさせられなかった。そして、同席する男の子はハルファウス第二王子だった。サブマスターの日記には『王の器ではない』という説明があるだけでそれほど重要でもない人物……のはずだ。私は研究の対象となる人物ではないと断じた。

家庭教師の授業が始まって1か月が経過した。家庭教師の授業に時間割というものはない。予定の分量を教え終わればその時点で終わる。つまり、教師に聞かれてどんどん理解していればさっさと終わるのだ。逆に理解していないと、次の日に同じ部分からやり直しになる。第二王子の読み書きと礼儀作法に関する理解力は並レベルだが、算術の理解力は酷かった。これでは何年かかっても算術の授業だけやり直し続けることになる。

私は少しイライラしながら彼に声をかけた。

 

「あなた、7かける6は42よ。いつも間違えているから注意しなさい」

 

「わかった。ごめん」

 

小さな子供に少し強く言い過ぎたと思った。シルフィエット様からは子供には優しくしなさいと言われていたはずだ。だが次の日の授業が始まる前に、ハルファウスは昨日の授業の判らなかった箇所について私に教えを請うた。家庭教師の仕事だとも思えた。それでも算術の授業が早く進むならと、教師とは違う方法を心掛けながら教えることにした。なかなか根性のある子供だ。王子のプライドがあるということかもしれない。まぁそんなことは良い。効果はあったようで次第に算術もそこそこ出来るようになってくれた。

それから研究の一環でなぜここに来たのかを尋ねたことで、ハルファウスとは次第に授業以外のことについても話すようになった。なるほど、第一王子からの圧力でこの地に幽閉されていると言った所か。私のやっている歴史の研究に興味を持ち始めたので、清書前のものを渡してわかり難い部分についての指摘をさせた。

 

--

 

10歳の誕生日に盛大なパーティーが催された。主役が私ということで普段はしないドレスを着せられて、早く終わらないかと思って過ごした。会は順調に進んで行ったが、どうやら主役の私がダンスを踊る必要があるらしい。家庭教師もパーティーの進行として、ダンスがあると言っていた。仕方がないので授業で一緒に踊ったことのあるハルファウスとダンスを踊った。ダンスが終わった後に、母から「どうしてハルファウスを選んだのか?」と聞かれたので「深い意味はない」と答えた。他の来賓の男の子を選んで粗相をしたら後のフォローが面倒だと思ったくらいだ。

しばらくすると、ハルファウスが王族慣例の『アルデバランの演劇を見る風習』について私に話した。私はその話を知っていたから話自体の意味よりは、今日がハルファウスの10歳の誕生日なのだろうと理解した。ゼピュロス家はこの男の子のことをそこまで無下に扱ってはいないのに、なぜ王子の誕生日パーティーは開かれないのだろうか。私は彼の話を聞きながら、推論を行った。1番有力なのは、王子の誕生日を開けばまるでゼピュロス家が王子を応援しているように見えるというものだ。幽閉されている王子を厚遇し、パーティーの名目で他の貴族と引き合わせる場所を用意すれば、中央貴族たちはそのように勘繰るというわけだ。

ふと、元王子のマスターの子供たちがジュリとジンジャーにしっかりと育てられている風景が脳裏に映った。誕生日はもっとこう幸せな雰囲気で過ごしたものだ。ハルファウスがわざわざ演劇の話をしたのも祝われたいという願望の発露かもしれない。そう考えた私は、世間話が終わるのを待って演劇が示す『真の王がなんたるか』を考えるべきだと彼に伝えた。彼は少し呆気(あっけ)に取られていたが「考えてみるよ」と嬉しそうに応えた。それからというものハルファウスは私の研究を見ることは少なくなり、代わりに『真の王の資質』について研究している。

この年は甲龍歴407年。サブマスターが生まれた年だ。今までの調査で今よりもっと昔に過去転生したサブマスターらしき偉人は居なかったと考えている。とするとサブマスターは今後のグレイラット家の誰かに転生する可能性が高い。彼の日記にはそれより前に自分自身が未来から過去へタイムスリップしてきたことがあると記していた。つまり、最も高いのは本人に転生することだ。

そこで私はアスラ王国の貴族について研究し始めた。ゼピュロス家を含めたグレイラット家の話を家人や古くから仕えてくれている執事に聞いて回った。

ある日、私はサブマスターについての考察をしていると、運命の悪戯なのか、その日に限ってハルファウスは私の研究メモに目を通した。私はミスをしたと思ったが、ハルファウスは普段通りの対応をしてくれた。彼はこのメモを見て何を想っただろうか。何かを想ったのなら質問してくれた方が気安いのに。

 

 

 




次回予告
武力とは何かを実現するための道具だ。
破壊的に使えば人や物を傷つける。
支配的に使えば相手を支配できる。
勿論、それを隠して生きたって良い。
でも。どう足掻いたってそれは無理だ。

次回『国境砦の生活』
だからお願い。私を怖れないで。


★副題は小説『ザ・サード ~蒼い瞳の少女~』から

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