無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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ハルとナンシーの話の続きから、ルーデウスの話へと繋がっていきます。
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第060話_余波

---寝た子が起き、また眠る---

 

俺は20歳になった。もうこの砦で生活し始めて6年、ゼピュロス家の離れで暮らしていた時間と同じくらいの長さが経過した。理由は定かではないがナンシーは今年に入ってあまり参事官の仕事をせず、出会った頃と同じように歴史の研究時間を多くとるようになった。彼女はゆっくりと俺と彼女自身の仕事の割合を逆転させていったので、それで困ることはほとんどなかった。自然と俺は長官を全う出来るようになった。

彼女がそのようにするか否かに関わらず、この砦では色々なことが起こるし、極稀にお飾りの俺のところにも進言や献策などが上がってくることもある。騎士同士の諍いであったり、規律違反であったり、一般兵士の体調不良といった運営に関わる問題から、通過する冒険者からの情報、果ては天気の報告まで。それらを吟味する。

基本的に情報は必要な者の所まで来たらそこに()まる。ナンシーのように秘密があって知らさないという事でなくても、組織というものが有機的に動くために各担当者は役割を持つ。担当者は役割に応じた権限を持ち、その裁量内で個人として動くことが認められる。組織であるからこそ個人行動が認められる。そして上位者への報告は必要のない部分を(ふるい)にかけたものとなる。だから私が特に注意しなければならないのは、情報の優劣やくだらなさではない。どの部下から上がって来た情報なのか、なぜ私にその情報を知らせるのか、その意図は何か、私はそれを考える。

今日の書類は残りが1つ、いつもより少なかった。俺は綴りになっている書類を読み始めた。だが、読み終える前に荒々しく扉が叩かれた。即座に対応したのは参事官席で個人作業をしていたナンシーだった。彼女の応対を目で見ながらも非常事態が起こったことを察し、読み掛けの書類を元の未処理の箱に戻して、脱いで椅子に掛けていた上着に袖を通し直す。

 

俺が近づいて行くと、ナンシーが慌てる伝令からの情報を簡潔に報告した。

 

「魔物たちが長城の至る所で暴れているようです」

 

「至る所とは? 西の森付近では?」

 

「現在判っているだけで3か所です。それぞれ規模はわかりません」

 

「今日は1番隊の当番日か。コーディ、ノックス殿には砦の防衛を優先し、もし危険だと判断したなら長城の一部は放棄しても良いと伝えてくれ。城門を閉じて旅人は砦の中に避難させるように。後の判断はお任せするとも」

 

「了解、1番隊は砦の防衛を優先。城門は閉じ、通過者は砦の保護施設(シェルター)に避難させます」

 

「よろしい」

 

コーディは1番隊の副長、ノックスは同隊の隊長だ。復唱を終えたコーディは踵を返して走っていく。俺は騎士に対する指揮権を持っていないので、砦の管理者の範囲内で指示を下す他ない。

 

「ナンシー。待機中の2番隊を哨戒任務、3番隊は予備兵力として即応体制での待機を要請してくれ。指揮所は保護施設(シェルター)の隣の会議室を使う。2番3番の隊長をそこに集め、伝令系統が安定したら1番の隊長も呼んでほしい。4番隊は昨日の当直だが状況次第では今日の当直も行うことになると4番隊隊長(デズモンド)に打診する必要がある」

 

「必要なときは私も魔物の討伐に出ます」

 

「あぁ、君の判断を俺は信じる。くれぐれも怪我には気を付けてくれ」

 

彼女はコクリと頷くと各隊長への指令を伝えるべく動き始めた。ゼピュロス家の人間でかつ砦内最強の騎士戦力である彼女に俺の意図は伝わった。彼女がなんと伝えるかにせよ、騎士は能動的に動くと考えて良いだろう。俺も必要資料を持って会議室へと向かい、誰もが納得するやり方を模索せねばならない。

 

--

 

数時間後、会議室に4人の隊長とナンシーが集い、まず1番隊から被害状況が知らされた。砦と長城は頑丈にできていたおかげで深刻なダメージを被ってはいない。しかし、そのせいで(かえ)って魔物の滞留を生み、大きな群れへと成長させているため、放置すれば討伐が難しくなる。そしていつかは長城の破壊に至る。

次に、2番隊から哨戒の結果が報じられた。2番隊は隊を2つに分けて赤竜の上顎方面とドナーティ領方面の両方を同時に調査した。よって、報告は2つとなる。国境の外縁を調査した隊は赤竜の上顎方面では何も起こっていないと報告している。一方内側を調査した隊からは魔物の群れがドナーティ領の北、赤竜山脈との間に広がる森から現れていると結論付けた。この周辺では今のところターミネートボア、アサルトドック、スカラベと(おぼ)しき足跡が残されている。魔物たちの進行方向に一貫性はないが10数匹の群れで暴れている可能性がある。そして村や街があるはずの方角からいくつもの黒煙が立ち上っているのが見えたと締めくくった。

おおよその状況を掴めた後、各隊長はナンシーの顔色を窺ったがナンシーはぴくりとも反応しなかった。そこで俺が口を開いた。

 

「ゼピュロス家からの指示で動かれる騎士殿達はいかがされるおつもりかお聞かせ願いたい。砦の防衛戦力を残していただくことが前提となりますが予備戦力による作戦行動を長官権限で許可します」

 

パトリック殿が応えた。

 

「3番隊は長城に迫る敵を殲滅しに出る。今いる魔物が全てかが分からないため現在確認できる魔物を第1波と呼称したい。よろしいか?」

 

これに他の3人の隊長が同意の声をあげ、2番隊の隊長が考えを述べる。

 

「2番隊は3番隊ほど打撃力がないので南の街道沿いから西の森に向って偵察をしよう。偵察の結果は戦況図として3番隊にお渡しする」

 

「よろしく頼む」

 

「可能であれば、共有情報として指揮所にも回してください。引継ぎ情報は指揮所で管理しましょう。あと防衛用の装備品を使ってください。非常時に出し惜しみをするつもりはありません」

 

「3番隊で確認後に伝令経由で送らせて頂く」

 

俺がまとめ、パトリック殿が同意すると、最後にナンシーから提案があった。

 

「長官、参事官の任を解いてください。私はゼピュロス家の者として周辺の村の被害状況を調べます。発見次第、魔物は掃討し、第2波の種を潰してきます」

 

既に俺は長官室にて彼女に白紙委任状を出した身だ。迷いは許されなかった。

 

「良いでしょう。ここにおられる方に証人となって頂く。口頭だが現時刻をもってナンシーを参事官の職から解任する。私からは以上です。何か質問は?」

 

誰もが口元を引き締め、沈黙が流れた。

 

「各人の奮戦に期待します」

 

俺が会議の終わりを宣言した。

 

--

 

第1波を対処し終えたことによる3番隊の損耗率は15%を超えた。そのため2日目は1番隊と3番隊の役割を入れ替えることになった。また2番隊にも偵察中の遭遇戦によって怪我人が出たが隊の機能に問題なく、偵察を終えた後は4番隊の後詰めとして後方支援を行った。俺は官僚と一般スタッフの管理をしつつ、指揮所で交代時に引継ぐ情報を整理した。また北側に行く旅人に関しては、この騒ぎには関係ないと思われたので出立を許可し、何か危険があったなら引き返して情報を提供してほしいと頼んだ。

夜には第2波が来たが兵士の疲労を考慮して砦での籠城を選択した。この日ナンシーは帰らず、俺は彼女の心配ができるほどの心の余裕もなかった。

結局、4日目の第3波を凌いだところで打ち止めとなったが5日が過ぎるまでは戦闘態勢が継続され、城門は閉じたままだった。6日目になって指揮所に集まった4人の隊長は収束宣言をし、平時の態勢に戻すことが決定した。このときもまだ指揮所にナンシーの姿はなかった。

 

--

 

俺は長城の補修箇所の確認と一般兵による補修のスケジュールを立て、武具の点検と不足品や品薄になった物品の目録を作成した。これらが補充できるのは次の次の補給隊が到着したときだ。それまでの運用は大変厳しいものになるし、騎士連中からの不平不満にも対処せねばならない。

漸く一段落が付くころ、ナンシーが戻って来た。俺は強い彼女の安否を気にしなかったが、もしかしたら解任した彼女はもう砦には戻って来ずにそのまま実家に帰るのではと危惧していた。不安から来る焦りのせいで俺は彼女を労った後、すぐさま状況を聞こうとした。しかし疲れているからと彼女は部屋に入り、一昼夜出てこなかった。

次の日になってナンシーと食堂で顔を合わせても、昨日の反省を基にここでは状況の話をすることはなく、良く眠れたかどうかを訊くに留めた。後程、長官室でタイミングを見計らって話を聞こうと思っていたのだ。なのに長官室に彼女は来なかった。そして自分の失敗に気が付く。戻って来たなら彼女を参事官に再任しなければいけなかったのだ。参事官でない彼女が長官室に来るはずがなかった。

俺は再任のための書類を用意し、必要事項を記入して彼女の部屋へと向う。が、彼女は部屋に居なかった。仕方がないので俺は彼女を探すことにした。何が仕方がないのか自分でもあまり判ってはいなかった。

砦中を探し周ったせいで騎士には冷かしを受け、一般兵からは視察だと勘違いされた。それでも挫けずにいると南側の物見台で彼女を見つけた。彼女は俺が近づいてもこちらを振り向かず南東の空を見ていた。何か見えるのか?と疑問に思い彼女の目線の先を追う。すると、彼女の見ていた方角の空が薄気味の悪い色に淀み、その後に強く光った。光が収まると、彼女がこちらを向いて言った。

 

「少し話したいことがあるわ」

 

俺のセリフだよと思ったが聞いてからでも遅くないと思い、黙って頷いた。

 

--

 

長官室で応接セットに座った。目の前のナンシーはいつも通りの顔をしている。

 

「確かめなければならないことがあるの」

 

俺は彼女の瞳をじっと見つめて言葉の意味を探った。参事官に再任して欲しいと言われたら、"実はもう用意してあるんだ"とお道化た調子で言おうと思っていた。

だが、そこからのナンシーの話はぶっ飛んでいた。彼女はこの魔物の活性化の原因がフィットア領で起きた魔力災害の余波であると言った。そして南東の空があのように不気味に輝いたのならばきっと魔力災害は発生している。しかし、『ルード鋼』を販売した人物によって大災害は防がれると思っていたので彼女は大災害が起こらないと思っていた、らしい。それが起こった。自分の予想と大きくはずれている。被害状況と"ルード鋼"を販売した人物に彼女は興味があり、調査に出たい。

そう、彼女が『ルード鋼』の調査のため砦を離れたときにも考えたことだ。彼女は目的をもって行動している。その目的とはおそらく研究していた歴史に関係している。彼女はいつも過去のことを調べていたが、実は未来に起こることの予想もしていたのだ。その予想は今まで許容範囲内であったのかもしれない。そこから許容範囲外のことが起こった。だから調査にいかねばならない。元々二十歳になったときに1度旅に出るつもりだったらしく、ゼピュロス家の中ではそれは了承済みという。そんなこと了承されないとも思ったが、旅に出るのと交換条件で俺の参事官を受けたということかと俺は合点がいった。

 

「そうか。ならばこの参事官に再任する書類はもう不要だな」

 

俺は懐から取り出した真新しい書類をグシャグシャにしてゴミ箱に捨てた。

 

「引き留めないのね」

 

「俺は王族としての責務がある。だが君は自由に生きるべきだ。何物にも縛られない人生を君に託したい。でも忘れないで欲しい。アン・ゼピュロス・グレイラット、俺は君を愛しているよ」

 

「私もあなたのこと好きよ。ハルファウス」

 

彼女は立ち上がってクルリと回るとそのまま長官室を立ち去った。俺は冷静に彼女の姿を見送り、それから冷めてしまった紅茶を飲み切った。自分のカップと彼女が口をつけなかった紅茶を片付けながら俺は寂しくて肩を落とした。

後にこの魔物の同時襲撃事件は"魔物の大暴走(スタンピード)"と呼ばれるようになり、アスラ王国と赤竜の上顎から下顎にかけての山裾(やますそ)に広がる森林から次々と魔物が現れたと伝えられている。またフィットア領の付近ではこの大暴走(スタンピード)が無かったと指摘されたことで、ボレアス家との因果関係が調査されたが、消失事件という形でフィットア領自体が最も大きな被害に見舞われたので物証も無く調査は頓挫した。

 

 

--アン視点--

 

「自由に生きろ……自由か」

 

なんだか私にとって1番縁遠い言葉な気がする。仕えるべき主を探し出して献身する。それって自由なことなのだろうか? でも今日はこの身体に生まれて1番足取りが軽い。

 

心が軽い。

 

 

--ルーデウス視点--

 

シルバーパレス、その謁見の間で俺は両膝を付き(こうべ)を垂れていた。手首と足首には金属の手錠がかけられ、足元には魔術の起動を阻害する魔法陣が敷かれている。ご丁寧なことに口には魔術を発動させないための猿轡(さるぐつわ)。でも寂しくはない。俺からみて2時と8時の方向に屈強な騎士が、さらに4時と10時の方向には宮廷魔術師のローブを身に付けた魔術師が立っている。宮廷魔術師の1人は薄赤い髪色を腰まで伸ばした女だ。謁見の間で帯剣を許される騎士と入室を許される宮廷魔術師か。彼らの顔に見覚えはないし、俺から見て実力は大したことなさそうではある。神級の魔術を使った容疑者の見張りに付かねばならぬとはなんとも気の毒な話だ。ピリピリしてみるみる内に精神をすり減らしているのが伝わってくる。世間話でもして気を紛らわせてやりたいところだが、あいにく口は塞がっている。

部屋の正面入り口から玉座までには赤絨毯が敷かれていて、俺はそこに膝を付くことを許されず少し左側にズレた大理石の床に座布団代わりにすらならない薄っぺらの魔法陣を敷いて両膝立ちさせられていた。余りにも暇なので最初は魔法陣の内容を読んで暇を潰していたが、これは本当に書いてある魔法陣の上に特殊な塗料を載せて内容を隠し、さらにその上にそれっぽい別の魔法陣を描いたものだ。そうと気づいた俺は魔法陣への興味を無くし床の一点を見つめている。否、最初は床の汚れを探していたのだ。しかしながら完璧に綺麗に掃除された床には汚れが見つからず、ただ一点を見つめるだけになったのだ。いかん、膝頭が痛くなってきた。俺は痛くなってきた膝を無詠唱の自己治癒魔術で回復する。残念ながら魔法陣の効果は俺の体内の魔力操作にまでは影響できていない。試しはしないが体外であっても魔法陣の効果を無視して魔力を集中させることもできるだろう。

 

ドラが鳴って複数の人間が入室する気配がした。

ドラが鳴りやみ、最後に王が着座したであろう衣擦れがした。

 

「王の御前である。面をあげよ」

 

この茶番劇の司会が俺に命じたので、俺は声に従ってゆっくりと顔を上げる。顔はなるべく笑顔を保とうとしたが猿轡のせいで上手くはできなかった。もし笑顔になれたなら不敵に映ったかもしれない。

王は3段も高くなった玉座から俺を見下ろしている。その姿勢は背筋をしっかりと伸ばし、肘置きに両の腕をしっかりと据えた威厳ある態度である。王の表情は以前にあったときよりは少し疲れ気味。誰のせいだろうか。少なくとも俺は原因の1人だろう。それくらいの自覚はある。王の左脇には水神レイダが立ち、腰に携えた剣の柄に手を置きつつもほんの僅かに腰を落としている。臨戦態勢だ。表情は厳しく俺を射抜くような眼光。

さて、厳しい状況にあるのは俺か彼女か。2人が居る場所はS席、主賓に相応しいと言える。

さて残りの客も紹介せねばなるまい。まずアリエル第二王女が俺の前方、王から見れば右手に立っている。次に反対側、王から見て左手に立つグラーヴェル第一王子。2人が居る場所がA席といったところだろう。

俺の右手にグラーヴェル派の貴族達が、左手にアリエル派の貴族達が並んでいる。彼らが居るのはB席。それ以外の派閥の貴族―例えばハルファウス派―は俺の後ろ、少し離れた所、C席に居る気配を感じる。さらにはこの部屋の扉を開け閉めする雑用係とドラ叩き要員が居るのがD席だ。

うむ。ここまで1秒足らずで頭を無駄に高速回転させて見たが、よく考えたら観客席から役者も登場させなきゃいけないのか。良い喩えではなかったな。うむ。気にしないぞ。

司会は続ける。

 

「王よ、ここに出頭せし者こそフィットア領消失の主犯。王の御高配賜りしアスラの威光を曇らせる穢れた魔術師ルーデウス・グレイラットでございます」

 

王は俺を無言で見つめた後

 

「随分と厳重に拘束しているようだが話はできぬのか?」

 

まるで茶番を円滑に進めるためとみえる提案をした。

 

「それは……危険な魔術師ゆえ」

 

司会はそれを無理だと断ってしまう。断らない方がよかったと俺は思った。ここに集まる皆のためにも。俺に仕事の後始末も投げてしまおうとする王の心中を俺は察したが、ままならぬ状況に苦渋の決断をしたようだ。

 

「ダリウス上級大臣」

 

「はっここに」

 

呼ばれたダリウスが、グラーヴェル派の貴族が並ぶ集団の最も玉座に近い場所から素早く王の玉座の前、赤絨毯まで進むのが見える。そして彼は膝を付き、首を垂れた。

 

「儂は斯様(かよう)な子供を拘束して皆で取り囲み、一方的に(なぶ)るのは好きではない。弁明もできぬのであれば法に則って司法省で処理すれば良かろう。何故、この場を設けたか聞かせてくれぬか」

 

「この者はフィットア領消失の主犯、大罪人でございます。それだけならば王の申される通り司法省にて処理すべき事案でございます。が、私が管轄する国家警察の取り調べに依りますれば、この者はアスラ王国の転覆を狙うテロリストであることが判明いたしております」

 

膝を付いたままダリウスが応えた。そこに居並ぶ貴族たちがざわつき、不安を訴える。

 

「国家転覆か。なれば主だった貴族をここにわざわざ集めたことにも納得がいくというもの。説明する機会を与える。詳しく申してみよ」

 

「ありがたき幸せ」

 

ダリウスは立ち上がり、王に貴族の礼をした後、ひとくさり演説をうった。ダリウスが述べた内容はこうである。

 

この少年はノトス家ピレモン卿の兄パウロの息子ルーデウスである。パウロはノトス家を追い出され、遠縁のボレアス家の領内で下級騎士として働いているが非常に肩身の狭い扱いを受けている。そのためパウロはノトス家とボレアス家を恨むようになった。ルーデウスは父親の影響を受けて両家を恨み、さらにはアスラ王国を恨むテロリストとなった。今回の事件ではまずフィットア領を蹂躙し尽くし、ボレアス家の勢力を弱めた。

第一王子派に所属するボレアス家の勢力が弱まったことに対し、最も得をするのが第二王女派である。第二王女派の中でこのような大規模な工作ができるのはノトス家だけだと考えさせ、ノトス家の立場を危うくする。それがルーデウスの狙いである。

一方でルーデウスはルード剣なる武器を王国に販売し、アスラ王領の軍事力を増大させている。これは弱まった4大貴族と強まった王領と地方領主達に内乱をさせるための用意である。そしてフィットア領を蹂躙するほどの強大な魔術を隠匿することから、ルーデウスの背後にいるのは魔法三大国である可能性が高い。

 

これを聞いてジェイムズは顔を紅く、ピレモンは青くなっていた。その他の貴族達も説明された内容をあれこれと評している。ざわつきが最高潮に達し、この場に相応しくない空気が漂い始めた頃、

 

「静まれ」

 

王の一言により静寂が訪れる。静寂を待って王の次の一手が動く。

 

「ダリウスよ。今の話、どこまでの確証を得ておる」

 

「と、おっしゃられますと?」

 

「魔法三大国によるテロ行為が本当であるならば急ぎしかるべき対処が必要である。そこまでいかずともアスラ王領の軍事力が増して各貴族に脅威を与えているというのであれば甚だ遺憾でもある。ただしそれらはこの際、後回しでも良い。アスラ王は貴族みなの領地を保護すると宣言しておる。故に貴族間の内乱によって領地の再編が起こることを許容せぬ。

であるからこそ問うておる。お主は職務に忠実であると信じてはおるがアスラの貴族は強かであるからな。こういった事件を材料にありもしない騒ぎを起こしたがるもの。お主の話、確証があるのはどこまでか正確に答えよ」

 

「……魔法三大国によるテロ行為かどうかはあくまで可能性であり確証がありません」

 

「つまり、なんだ」

 

「は?」

 

「もう良い、ダリウスよ。お主はそこな少年がどうあっても内乱を画策するテロリストであると。そう強弁致すのだな」

 

「お言葉の通りです」

 

「相判った。もう良い、下がれ」

 

ダリウスはその意を受けて、元の立ち位置に戻った。

 

「さてダリウスはこう申したが、敢えて言おう。ルーデウス・グレイラットは犯人ではない」

 

「陛下! 何を根拠にそのようなことをおっしゃられるのです!」

 

自分の前言が覆されたことにダリウスが再び、国王の前に躍り出た。

 

「分を弁えろ、ダリウス」

 

グラーヴェルがダリウスの非礼を嗜める。

 

「良いグラーヴェル。儂が煽ったのだ」

 

王はグラーヴェルを言葉で控えさせた後、ダリウスに向き直った。

 

「ダリウスよ、儂の元にいくつか報告書と手紙が届いておる。ちと長いのでな。まとめたものを用意した。グラーヴェル、アリエル、2人に読み上げてもらうとしよう」

 

銀の盆に手紙を載せた宮廷騎士が2人の前へと歩いていき、紙切れを届けると元居た部屋の隅へと歩いて行った。グラーヴェルとアリエルは目で合図しあったが、グラーヴェルから先に紙切れを読み上げた。

 

「赤竜山脈の裾野に広がる森から魔物が大量に現れ、北方の国境砦が襲撃を受けたことを契機に、フィットア領方面で異常な魔力光が観測されたため事件の詳細を調査した。魔力光は召喚魔術によるものに酷似しており、その余剰魔力によってフィットア領は消失したとみられる。尚、調査の過程でルーデウス・グレイラットがこの事件を予見し、多くの人を救った事が判明した。 元北方軍司令長官付き参事官、アン・ゼピュロス・グレイラット」

 

グラーヴェルが読み上げ終わったのを見て、続いてアリエルが読み上げた。

 

「ルーデウス・グレイラットは非常に優れた魔術師であり、あのように不完全な召喚魔術を行使し、暴走させることはない。彼を不当にも極刑に処せば人族の魔術は百年遅れると目される。故に、その場合はアスラ王国から百年間、魔術ギルドを撤退させることとし、王国内にいる全ての魔術師のランク認定を無効とする。 元筆頭宮廷魔術師、現魔術ギルド総領ギゾルフィ・アリアバード」

 

2人の読み上げに満足した王は続いた。

 

「そして最後の1枚は、この件の全てを説明しておる。全文を読み聞かせて進ぜよう」

 

王は懐から手紙を1枚取り出すと、恭しく読み始めた。

 

「フィットアの地に赤き珠在り、其は人智を越える次元の歪み也。龍の叡智を以って読み解くも防ぐこと(あた)わず、尋常ならざる魔力の本流、彼の地を悉く滅ぼせり。これ龍の(すべ)に非ず、まして人の(すべ)に非ず、天なる意思と我は思へり。 甲龍王ペルギウス・ドーラ」

 

王の言葉を聞いてダリウスは力無く膝から折れ、他の貴族もペルギウスの名前に恐れをなした。

 

「ダリウスよ。発端については甲龍王の名を汚す訳にもいくまい。ゼピュロスの娘の報告もサウロスからの弁明と一致し、アリアバードを敵に回してまでの意味があるとは思えぬ。そして、お主がなぜに先のような考えに至ったかほとほと分からぬ。王国に内乱や無用な諍いを持ち込もうとするのは其方(そのほう)ではないのか」

 

王は1度、ダリウスの返事を待ったが、諦めて続けた。

 

「追って沙汰あるまで謹慎せよ」

 

この事件を以って、俺の無実は証明され、無事に放免された。一方、ダリウスは王の命令によって領内謹慎となると同時に大臣の地位から外されることとなった。

 

 




次回予告
自領を豊かに、領民を幸せに。
そんなささやかな望みすら
優秀な貴族であってさえ、
否、だからこそ
権謀術数、魑魅魍魎と
権力闘争に明け暮れる。
それが泰平の世の理。

次回『王都の論理』
ルーデウスは貴族になれない。
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