無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

61 / 132
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第061話_王都の論理

---愛すれども其の悪を知り、憎めども其の善を知る---

 

国家警察の本部はシルバーパレスにある。ボレアスに来た役人が出頭せよと伝えてきたのはその本部である。しかしながら俺が連れてこられたのはシルバーパレスの敷地の外にある国家警察中央署だった。

それも当然のことで、国家機関という建前を維持するためにシルバーパレスにある本部は大臣の執務室や王宮内での仕事をする場所であって、罪人を拘留したり、尋問する場所ではない。そもそも王宮と同じ敷地に罪人を置くのは不敬とされている。

そういう訳でアルスにおける国家警察のための留置場を備えた建物は本部ではなく、別に用意してあり、その場所が中央署だ。

中央署がどこにあるかと問われれば、中級市民街にある。勤めている騎士や官僚の効率を考えれば下級・中級貴族や騎士区画に作りたかったところだろう。そうならなかったのは、国家警察という組織が大所帯であるが故に、敷地も大きくする必要があったと考えられる。

中央署の建物について見てみよう。外観には分厚く背の高い堅牢な塀と門扉が備え付けられている。さらに、それらからは一切の装飾性が排されており、重々しい雰囲気を醸し出すのに一役買っている。そして外の塀に阻まれて外からは見ることが叶わないが四角く鼠色の建物が要塞のように構えている。

無機的な物ばかりでもない。入り口には2人の騎士が常に歩哨に立つ。また定刻になると見回りが塀の外を警邏(けいら)し、危険物や危険人物が寄り付かぬようにと活動しているのが判る。これらは有機的な組織体制によってより厳重にこの建物を管理していることを証明している。

その門扉が開くのは本来、中で働く者達のための登庁と退庁の決まった時刻だけだ。捕縛された者が出獄を許されるのは極稀にあるが、そういった者達は入り口横の通用門を使う。

しかし例外もある。今この刻のように午前中、日が高い内に門が開いたのだ。門が開ききると、中から外へと俺は歩いて出て来た。

なぜそのようになったのか。王の謁見の間の茶番が終わった後のことを思い出す。謁見の間を後にしたところで俺は赤い髪の宮廷魔術師の口添えがあり、拘束を解かれて王宮騎士の管理下に入った。王宮騎士は俺を連れてシルバーパレスの外まで行こうとした。そして門外にハイさようならと置いて行くつもりだと察した。でも俺はそれでは困る。1か月の間、抑留されていた中央署に俺の手荷物(主に着替え)があるのだ。それを回収に行きたいと伝えると、王宮騎士は露骨に面倒そうな顔をしたが、結局は市内の警護騎士を呼んでくれて城外で引継いだ。最終的に俺は警護騎士を伴って1度、中央署へと入り、今まさに出てくるところなのである。

入るときは通用門を使ったのだが、出るときはなんと門が開いたので少し驚いている。だが、前方に2台の高級馬車とその前に立つ人物達の顔を確認して俺は合点がいった。目の前に4大貴族の馬車が停まっていて、その関係者が出獄するとなれば通用門ではなく、正門が開閉されるのはおかしなことではないということだろう。

馬車の前にロキシーとエリス、それにギレーヌが待っていた。ロキシーは髪の色を隠すように目深に帽子をかぶり、エリスは腕組みではなく、お嬢様然とした感じで腰のやや下で手を組んで立っていた。ギレーヌは周囲への警戒を怠らずにいて、一見しただけではそれに気づかせぬように自然体で立っている。

「お待たせ」とちょっとデートに遅れたかな?みたいな爽やかイケメン雰囲気で気安く声をかけると……

 

「何がお待たせなの!?」

 

エリスは怒っている。イライラしている。女の子の日か? 攻撃力2倍か?

 

「ルディ、随分長くかかりましたね。せいぜい数日だと思ったら1か月とは。悪夢を見ることはありませんでしたか? さすがに心配しましたよ」

 

ロキシー、その態度の方がエリスよりも心にダメージが。それでも俺は挫けずにギレーヌの反応も待った。

 

「……」

 

「何だ?」

 

「オチがあるのでは?」

 

3段オチなら必要だと思ったのだ。

 

「2人は心から心配していたぞ。ここは紳士な態度が必要な所だと思うがな」

 

お、おう……。2人の顔へとゆっくりと向き直ると依然として表情を変えない2人が待っている。即ち、赤い髪の怒った顔と帽子に青い髪を隠した心配顔の2人だ。

 

「ご心配をおかけして申し訳ありません。長引く可能性があるときは事前に相談させて頂きます」

 

「大変なときは『大変だ、疲れた』と言えば良いのです。変にお道化てもバレバレですよ」

 

「そのとおりよ」

 

俺達のやり取りが終わるのと後ろの正門が綺麗に閉じるのが奇妙にリンクした。

 

「じゃぁ、帰るわよ」

 

エリスの号令の元、前の馬車にエリスとギレーヌ、後ろの馬車に俺とロキシーが乗り込んだ。馬車の中のシートに座り終えるのをどのように判断したのか、一拍おいて御者が手綱を使って馬を走らせ始めた。ガタガタと振動し、馬車が一定のリズムで小刻みに揺れる。

 

「これで一段落ですね、ルディ」

 

「茶番は無事終わりましたが、引っかかることがあります。それを調べねば、またおかしなことに巻き込まれることになるような」

 

「そうですか、でも少しは休みましょう」

 

「体はあまり疲れていません」

 

「心のお話です。自分でブレーキが掛けられないなら私やエリスの言葉にも耳を傾けてください」

 

「はい。肝に銘じます」

 

--

 

2台の馬車が向かった先はボレアス家の屋敷だった。ボレアス家のアルスの敷地は上級貴族の区画にある。この区画は一部の王族の屋敷と王族が所有する別荘、それに上級貴族の屋敷が立ち並ぶ。俺は前世でもここに来たことがある。あれは確か……アリエルと王都に来て、女王になることが決まった一連の出来事の後だった。前世でジェイムズに呼ばれ、シルフィと俺の2人でこの屋敷に乗り込むと、女王と繋がりを持つことができるよう頼まれた。今回もダリウスが失脚してグラーヴェル派が弱まったから早くもアリエルへの繋ぎを頼まれるのだろうか?

そんな屋敷の門を馬車のままくぐって玄関前で馬車を降りる。俺達が降りると、馬車は馬車小屋の方に向って砂ぼこりを立てぬようにゆっくりと動き出した。エリスを先頭に俺、ロキシー、1番最後をギレーヌが連なり、玄関へと歩いて行く。

玄関の扉の前には扉を開けるためのボーイが立っており、彼はエリスが立ち止まらなくても良いようにタイミング良く扉を開ける。ボーイのおかげで俺達は屋敷にぬるりと入った。

そこで待っていたのは盛大な歓待だ。ジェイムズと彼の妻、息子と娘が横一列に並んで立っていたのだ。恐らくは年齢順だろう。小さい子になるにつれてメイドが付いている。乳児はメイドに抱えられ、じっとしてられない子の後ろにも勝手に動かないようにメイドが(そば)(はべ)っている。

俺達4人は玄関口で正対するようにそこに並び、居住まいを正した。機を見たジェイムズが歓迎の口上を述べる。

 

「ようこそ!ボレアス家へ。良い機会だから家の妻とかわいい子供たちを紹介しよう!」

 

そこから12人の子供と彼の妻の紹介があった。……子供大杉!と最初は思ったがこれも道理だ。サウロスには10人の息子がいる。その内、エウロス家に婿養子に行ったゴードンのようにボレアス家を離れていなければ、ボレアス家の習わしにより、その息子の元に生まれた男児は次期当主の家で育てられる。今はジェイムズが次期当主であるから、この屋敷で育てられている。

ジェイムズが1人1人名前を呼び、呼ばれた子供が1歩前に出て貴族の作法でお辞儀をした。この光景、前前世で見た何かの映画を思い出す。イカン。最近は前前世のことを上手く思い出せないな。だが確実に言える。これはギャグだな。

前世で来たときはこのような歓待は無かった。違いが気になるが時の気まぐれによるものかもしれない。彼らのギャグを一通り聞き終えた後、俺の前にエリスが挨拶をし、俺も挨拶をする。

 

「ジェイムズ様、お初にお目にかかります。ルーデウス・グレイラットです。お子様たちも是非お見知りおきください」

 

残りの2人も同じように挨拶をした。

 

「疲れているだろう。父からしっかりもてなすようにと頼まれている。当然付き添いの者もだ」

 

「それではお言葉に甘えさせて頂きます」

 

その後は4人が別々の部屋に案内されてすぐに夕食があり、夕食後に自室に戻ると直ちにノックがあった。対応すると執事が部屋の外で待っており、当主が呼んでいるという。ロキシーからは休めと言われてさっさと寝てしまおうかと思っていたが、当主の呼び出しなら断る訳にもいかない。俺はしぶしぶ執事に連れられて1つの部屋を訪れた。

 

--

 

その部屋に入ると執事の言葉通り、ジェイムズが待っていた。俺は礼儀に則って挨拶をして彼に請われるがままに応接セットのソファに座った。

 

「ウィスキーは嗜むかね?」

 

「いえ飲んだことはありますが、まだ僕は10歳ですから」

 

「ラッカと同じか。悪いが私は一口頂くよ」

 

「お構いなく」

 

ジェイムズは高そうな酒瓶からコップに酒を注ぐと匂いを楽しんだ後、一口含んだ。酒でも飲まないと話しづらい案件かそれともジェイムズは酒が好きなのか。どっちだろうか。そんな風に心で考えていると、ようやくジェイムズは口を開いた。

 

「世話になっていると知らずに不義理なことをしてしまって申し訳なかったな」

 

ジェイムズはまず謝った。彼が俺を呼び出した理由が謝罪だったのだろうか。

 

「元々、僕はボレアス家に命を救われた身です。それにジェイムズさまにとって利があった訳ではないと思います。気にされることはありません」

 

「君があのパウロの息子というのは本当に信じ難い。でもだ。1つ間違いを正させてもらうとすれば、私が貴族でいられるのはフィットアの民がいてこそだ。彼らを守る役目をボレアス家が負っているのなら、代わりに動いてくれた君に義理立てしてしかるべきだった。しかも、巻き込まれた原因の1つは私がグラーヴェル派に属したことに起因しているのだからな」

 

俺は少し考えてみたが、ジェイムズが言っていることの半分も意味がわからなかった。午前中に謁見の間で起きたことで分からなかったこともある。良い機会だ。

 

「実は僕は貴族同士の関係性に疎くて、その辺りの機微が良く理解できません。フィットア領も忙しいですから、もしよろしければこちらでその辺りについて勉強させていただけませんか?」

 

「ふむ。世話になっている君に隠し立てすることもないから教えるのは構わない。だが一応、息子たちのために確認はさせてもらおう。君はあのフィリップの娘と結婚してボレアス家で何をするつもりなのだ?」

 

結婚をするつもりではあるが、結婚すると宣言したわけではない。なぜジェイムズは結婚すると考えたのだろうか。

 

「ええと、どういう意味でしょうか」

 

「フィリップと私の確執に配慮してとぼけたりしなくとも良い」

 

色々と勘違いされている。仕方ない。ややこしいから結婚する前提で話をしてしまおう。

 

「何か勘違いをされているようですが、貴族になるためにエリスと結婚する訳ではありません。本気でエリスを愛しているから一緒に居たいのです。むしろ僕とエリスが結婚するときには貴族の立場を捨ててもらいます」

 

「フィリップが君という人材を手放すとは到底思えないが」

 

「僕には別にやらねばならないことがあります。フィリップさまが邪魔立てするようなら、そのときはエリスにはボレアス家と離縁してもらうつもりです」

 

「本気か」

 

「本気です」

 

ジェイムズは腹を探るように俺を見遣ったが、何の判断材料があったかは解らない。でも話を進めることにしたようだった。

 

「そうか、その言葉を信じよう。貴族のことで知りたいことがあるなら私に尋ねなさい」

 

「よろしくお願いします」

 

しばらくはダリウスの異動の影響で貴族同士の鍔迫り合いがあるそうなので、収まるまでジェイムズも大臣の仕事はお休みで屋敷に居るそうだ。その間に、俺は約束通りジェイムズから貴族の情報を教えてもらう予定とした。

 

--

 

ジェイムズからの呼び出しを済ませて自室に戻ると、部屋の中にはエリスとロキシーが居た。2人とも似たような寝間着に着替えて俺のベッドに並んで座っている。何か楽しそうだな。

 

「ただいま」

 

俺は勝手に部屋に入ったことを咎めることはなかった。

 

「おかえり! どこに行っていたの?」

 

「ジェイムズさまに呼び出されて少しお話をしてきた」

 

「あらそう」

 

「内容を聞いても良いのですか?」

 

「秘密にするような話ではありません。王宮での騒ぎのときに庇い立て出来なくて申し訳なかったと謝られただけです。ジェイムズさまもお暇なようですから、この機会に貴族同士の関係性で解からなかったところを聞くことにしました。それで2人はどうしますか? 僕に付き合わずに観光をしてきても良いのですが」

 

俺の言葉にロキシーとエリスは顔を合わせた。そしてロキシーが口を開く。

 

「実は転移ネットワークを使ったせいでかなり早くこちらに到着しまして。ルディを待っている間に、ルード商店に2人で泊まりながら観光は済ませました」

 

「主だったところで行っていないのはイゾルテのところくらいよ」

 

ロキシーの言葉にエリスが続いた。

ん?国家警察の建物の前で再会したとき心配していたと言っていたのに……。少し違和感を感じたが俺は藪蛇になるのを恐れて追及しなかった。

 

「折角ですから私も貴族の考え方に触れてみたいと思います」

「私もそうするわ!」

 

「では数日中には水神流宗家に顔を出すことにして、明日の内にギレーヌに訪問する予定を伝えてもらいましょう」

 

きっとギレーヌには退屈な話だろうからな。

 

「判りました」

「社交界の知識は覚えたから任せなさい!」

 

ということで明日からはジェイムズからの情報収集を3人で聞き、それが終わった後にイゾルテに会いに行くことになった。予定もゆったりしたもので疲れも取れるだろう。

 

--

 

明くる日、天気が良いから外でというエリスの提案で、俺達3人とジェイムズは庭にテーブルを出して囲むことになった。執事がお茶を持ってきたところで会話が始まる。

 

「ジェイムズさま、お約束通り貴族の情報についてお聞きしたく思います。まずは僕に義理立てせねばならないとなぜ考えたのか、そこからお話頂きたく」

 

「少し長くなるが……」

 

俺の質問にそう前置きしてジェイムズが説明してくれた。だが本当に長かった。水神流の道場に行く日を明日に決め打ちしておかなくて良かったと切に思う。

 

ジェイムズは俺が下級騎士の息子という立場を鑑みて、とても基本的なことから話してくれた。俺自身は前世でのアリエルとの付き合いや前世の息子や娘の付き合いから表面的には王侯貴族の機微を理解している。課題があると考えているのはもっと深い部分だ。何か俺が知らない知識や仕組みが隠されている気がする。総合的に学ぶことは重要だ。エリスが貴族の家柄を維持したまま俺と結婚するならば特に。それに助言役を買って出てくれることが多いロキシーに知識を付けてもらうにはとても良い機会だと考えて、黙って3日にも及ぶアスラ貴族知識の指南を受けた。

エリスが全ての話を椅子に座って聞くことはなかった。たびたびエスケープして、俺達の見えるところで剣の鍛錬をする。それは彼女らしい行動だったので誰も咎めはしなかった。

さて、そんな長かったジェイムズの話のポイントは8つに分かれると思う。1つ目の話は、4大貴族の考え方と維持システムに関する物だ。各4大貴族はアスラ王と同等かそれ以上の勢力を誇っている。もし4大貴族の内の2つが結託すれば簡単に王国は瓦解し、内乱になる。しかし各4大貴族はそのようなことを望んではいない。特に北方への出入り口となるゼピュロス家と南方への出入り口となるエウロス家は内乱によって国力が低下し、他国から勝機と見なされれば真っ先に他国の攻撃を受けることになるため、ボレアス家とノトス家よりも内乱を忌避する傾向が強い。

4大貴族はお互いを牽制しあってきた。だが無意味な威嚇や策謀に疲弊した頃に、内乱にならないシステムが提案された。1つがアスラ王領に権限を渡すことで、どこかで内乱が起きた時には粛清を行うという審判役を作ることだ。もう1つが4大貴族同士で婚姻関係を取り、複雑な血縁関係を作ることでお互いの不可侵の証とした。

そのようなことをするとアスラ王領が不利になるのではと思うかもしれない。だが、元より4大貴族達にとってアスラ王領など眼中にないのだ。アスラ王領に面倒な仕事を丸投げして自分たちは内政に勤しむ。その仕組みが現在の領地制度だということらしい。

 

2つ目の話は、王位継承における4大貴族の不文律に関する話だ。1つの問題は審判役であるアスラ王が恣意的な差配をする可能性だ。審判が公平でないとシステムは不完全になってしまう。

ではアスラ王が誰かを優遇するのはどんなときだろうか。大まかに言えば、アスラ王がピンチのときに助けてくれた貴族には厳しいジャッジは出来なくなる。王がピンチのときとは何か。いくつもそういう状況があるが、その1つは王位継承争いで陣取り合戦をしているときだ。つまり、王位継承争いに4大貴族が関わるとアスラ王が行う行政に公平性が担保できなくなる。

そこでシステムを完全たらしめるための不文律を1つ追加することになった。その不文律とは、王位継承争いの派閥には4大貴族は参加せず、王位継承があるたびに4大貴族のどこかが強くなることがないようにする、という物だ。

これを示しているのが、現アスラ王の擁立においても大立者はガニウス家であり、4大貴族の名前は出てこないということであり、さらに前のアスラ王の擁立にも4大貴族は関わっていない。

 

3つ目の話は、ジェイムズ自身の不正行為に関する説明だ。先の不文律をジェイムズが破った。彼はフィリップとの跡目争いに勝つために人脈を必要とし、手っ取り早くそれを実現するためにグラーヴェル派に属した。4家がこの行為に異を唱えなかったのは、4つの事情のせい、もしくは配慮された結果である。1つ目の事情は、この年にノトス家の当主が次期当主不確定のまま逝去し、ピレモンが弱冠10歳で当主となり、ノトス家内が混乱していた。2つ目の事情は、ハルファウスに継承能力無しと判断したエウロス・ゼピュロスも内心ではグラーヴェルが王位に付くべきだと考え、無用な継承争いを望まなかった。3つ目の事情は、グラーヴェル派の重鎮ガニウス家に対してボレアス家が立役者とならぬという秘密協定が結ばれていた。4つ目の事情は、ボレアス内の因習として次期当主の家に男児を集めなければならないのに、次期当主が決まらない内にフィリップの嫁のヒルダが男児(スルート)を出産した。これらが配慮されることまで計算してジェイムズは掟破りをした。当然サウロスには後でお叱りを受けたそうだ。きっと顔面ストレートが決まってゴングが3回鳴ったに違いない。

 

4つ目の話は、ノトス家の混乱と暴挙に関する説明だ。ジェイムズの不正はあったが全ては上手く行くはずだった。だが、その10年後に事態は悪い方に転がったというのだ。話はパウロが出奔した後、ノトス家当主が急逝した時間に戻る。10歳で当主になったピレモンはノトス家をまとめるために叔父にあたるサウロスに後見人を願いでた。だがサウロスはピレモンを好かず、後見人の申し出を一蹴した。それどころかパウロの方が良いと触れ回った。そしてパウロが戻って来たときのためにとノトス家の有能な下級貴族や騎士を唆し、ピレモンへ協力させないようにした。結果としてピレモンはノトス家をまとめ上げるのに苦労し、ノトス家は中々安定しなかった。

ピレモンはサウロスの嫌がらせを10年もの間、我慢した。サウロスの悪行を糾弾するよりもピレモンはノトス家崩壊の危機を回避することを優先した。彼は実力を見せてノトス家が一致団結できるように動いたが、家臣たちの目に適うほど優秀ではなかった。我慢の限界に来たピレモンは10年目にしてついにサウロスに従っているノトス家の家臣たちに離反工作を行った。

ピレモンが行った離反工作とは、優秀さを見せ始めたアリエルを擁立することだ。もしかしたらピレモンとその周りは4大貴族が王位継承争いに参加してはいけないという不文律を知らなかったのかもしれない。兎にも角にも、ノトス家の家臣はアリエル擁立のためにグラーヴェル派のサウロスとは距離を置かねばならなくなった。ノトス家は当主ピレモンの元で1つに纏まることができたのだから、離反工作は成功したと言える。

他の3家はジェイムズの時に咎めなかったこともあり、ノトス家の工作に対してルール違反を咎めることができなかった。一見すばらしい一手にみえるが、最悪の一手だ。これでは王位継承争いが勃発し、4大貴族同士の争いに発展する。しかも王位が決まってアリエルが女王になった場合にはノトスが台頭し、4大貴族間のバランスが崩壊する。

 

そろそろ疲れてきたが、5つ目の話にいこう。5つ目は災害前のルード商店の不審な動きに関する物だ。ジェイムズが知り得た情報によると、ルード剣の販売によって台頭してくるはずのルード商店は商工会の世界では謎の店として噂が立ち始めていた。質の高い石食器と土像、教科書、アロマオイル。特に読み書きの教科書は破格の値段で販売されている上に、記載されている物語の出来が素晴らしいために、貴族のサロンで読み聞かせ会が行われたこともあったほどだ。ラノア魔法大学で初等教育課程の教科書として採用されるという噂もある。そのためアスラの商館取引を牛耳るアスラ商会は自国の商品が国外取引されていると判断し、商法違反と脱税の可能性を国家警察に通報、同警察が捜査を開始した。捜査の末、ルード商店の商品を生産する工場が一切みつからなかったために当初の不正輸出の嫌疑ではなく、むしろ密輸品の可能性が非常に高いと判断された。そして稼いだ資金がどこに流れているかが掴めなかったため闇ルートで資金洗浄されているのではないか、どこの闇組織に関わっているのかが調査されていた。

しかし、そこで調査は行き詰ってしまった。最終的に、軍務省とそれまで1度も取引がない新興のルード商店が大口の契約をした経緯が曖昧であることから、ルード剣に関わっている軍務省が1番怪しいという結論になった程だ。軍務省の内偵を行うなど国家警察は権限ギリギリの捜査を続けたが確たる証拠はみつからなかった。

 

ここまで5つの話が災害前の状況だった。話を聞いてまともな親族がでてこなかったのが胸に刺さった。

フィリップは次期当主が決まらない内にヒルダを妊娠させた。

ジェイムズは状況はどうあれ、フィリップに勝つために不文律を破った。

パウロは役目を果たさず、逃げ出して冒険者になった。そして父が亡くなったときいても10歳の弟を助けるために何も行動しなかった。

サウロスはピレモンが好かないからと後見人にならず、あまつさえ嫌がらせをした。

ピレモンは王位継承争いを混乱させ、さらに誰が王になろうとも、この後に内乱の可能性を残した。

俺の前世の感覚からすれば、欠点があっても好きな人もいる。対立していたためあまり好感の持てない人だっている。だがどうだろう。こんな風に分析してしまうと、皆、何かしらやらかしていたというのが判る。一方、エウロス家やゼピュロス家はまともに見える。性癖の面でどんな特殊性を持っているか分からないので、一概に羨ましくは思えないところがまた悲しみを増すのだが。

待てよ……前世ではノトス家が擁立していたアリエルが女王になっても4大貴族間で内乱の事態には陥らなかったのでは? 否、違うな。ピレモンはアリエルがラノア魔法大学へ就学と言う名の元に追い出されている内にグラーヴェル派に鞍替えしていたのだ。

そして4大貴族の支え無しにペルギウスの力を使ってアリエルは女王になった。ノトス家のルークがアリエルの側近としてその後も活躍したが、女王になるときのごたごたでピレモンは自分の領地での謹慎となった。また、あの状況ではボレアスは依然として復興中であり、開拓民を募集するなど領地保護の対象だった。故に4大貴族は穏健派のゼピュロス家とエウロス家だけが力を温存し、内乱に発展することがなかったというところだろうか。

そして現世でもフィットア領を災害が襲った。災害が起こった後の話が6、7、8ポイント目となる。

 

6つ目の話は、災害後のルード商店の不審な動きだ。国家警察の調査に光が見えたのは災害が起こる1か月前くらいからだった。ルード商店が大量に食料や建築資材を買い占めてはどこかに持ち込んでいるのだ。そして災害が起きた後は、まだアルスに情報が来る前から何人もの行商人に声をかけ、フィットア領に物資を運んでくれるように運搬の依頼を出し始めた。

国家警察の調査班が、活発になったルード商店の動向を調査していたが芳しい結果は得られなかった。その間に災害から4か月が経ってしまう。その頃になって、ようやくフィットア領が災害に襲われたという一報が入ってきた。神級の魔法の暴走によって災害が起こり、フィットア領にある一切の物が消え失せたという。それなのに8割近い住人は無事で、周辺に難民として流れずに、フィットア領外の緩衝地帯に避難キャンプを設置し、領主の指示の元で速やかに復興に入ったというのだ。

ここまでの情報から状況証拠しかないものの、ルード商店は怪しく、犯罪に関わっていることはほぼ確実視された。そして災害を引き起こすような神級の魔術を使えそうな魔術師がフィットア領には1人しかいなかった。

 

7つ目は、出頭命令の裏側に関する話だ。災害の被害状況が判ってくると、ダリウスはボレアスの災害の責任からサウロスを助ける策を練った。その策とは、前々から怪しい動きをみせていた俺に出頭命令を行い、逃げればそのまま首謀者に仕立て上げるという物だった。そして同時にノトス家に疑いをかけてボレアス家が弱まった分、不利になった勢力の回復の時間を稼ぐ予定だった。

だが、時間を稼ぐ予定は外れてしまう。派遣した国家警察の役人とともに抵抗もなく俺が連行されてきたからだ。水聖級魔術師で水帝剣士、将来は水神にさえなりうるかもしれない男が、無実の罪を受け入れるという事態はダリウスの予想を超えた。その際、本当に俺が首謀者である可能性も検討されたそうだ。

そこでまず取り調べの嫌疑をフィットア領消失事件の首謀者以外に2つ増やすことにした。一に商館を経由しない輸出入(密輸)による商法違反。二に国外取引税の脱税。これらについて状況証拠しかなかったので、より正確な情報を聴取しようとした。

ダリウスがサウロスを助ける策を練ったというところは疑問符が付いた。前世ではダリウスとジェイムズはサウロスを呼び出して、全ての責任を取らせて彼を殺してしまったはずだ。しかし前世では俺はルード鋼を使って怪しい動きをしていなかったし、フィットア領の被害は現世より甚大だった。だからサウロス以外に責任を取れる者がいなかった可能性はある。前世のジェイムズにとってもサウロスに全責任を(かぶ)らせるのが苦肉の策だったのかもしれないし、もしかするとあの事態でサウロス自身が己の命を進んで捧げた可能性だってあるわけだ。ダリウスやジェイムズをこの件の悪役だと思うのは止めよう。

 

ジェイムズはそこまで長い話を終えて、俺に1つの質問をした。

 

「なぜ君は、出頭命令に素直に応じたのかい? 父からの連絡によれば君は止めるのも聞かずに自首したという話だが」

 

「誰が謀略を巡らせて僕を害そうとしているのか見極めるためです。ちなみにダリウス卿は何がなんでも僕が怪しいというような感じでしたか? まるで誰かに唆されて犯人を決めつけるような態度だったとか」

 

ジェイムズは押し黙って過去を振り返っている様子だった。そして1度頷くと言った。

 

「豪胆な話だ。たしかにダリウス卿は知略や陥穽を得意とし、警察権を行使してあくどいこともしている。しかし今回の件についてはあまり強引なことをしている雰囲気ではなかった。むしろ君が怪しすぎた」

 

俺は連行されてから国家警察の本署で1か月にもわたる徹底的な取り調べを我慢して、ヒトガミが裏で糸を引いていないか確認をした。だがジェイムズの意見と同じく、俺も取り調べの中で国家警察やグラーヴェル派の誰かがヒトガミに操られている雰囲気を感じなかった。

 

最後は、サウロスからの手紙を受けてジェイムズが取った行動と考えについてだ。俺が1か月という長い事情聴取をしている間に、ジェイムズの手元にサウロスから手紙が届いた。その手紙はこれまでの俺の努力とそれによって救われたフィットアの民のことが書かれていた。ジェイムズはサウロス自身も騙されているのか、そう思うこともできたが最後の一文で全て真実だと認めざるを得なくなった。

手紙には、「もしルーデウスが極刑となった場合は、ルーデウス・ボレアス・グレイラットとして遺体を引き取るように」とあり、俺が如何に大罪人として処分されたとしても、ボレアスはその不名誉を負ってでも後を看取ると伝えてきたのだ。そこでジェイムズは全てを悟った。

手紙からジェイムズは心情的には俺を助けたいと考えた。だが甚大な災害を受けて勢力を弱めたボレアス家のために、ダリウスのやったことに異を唱えることができなかった。もう策謀は最終段階で、俺がテロを画策しているというストーリーが出来上がっていたし、この後の王都での立ち回りを考えて、ダリウスと敵対したり仲違いすることができなかった。

そんなジェイムズの状況はサウロスによって見透かされていた。だから遺体だけは引き取れと指示したのである。そして王の御前でも何もすることができなかった彼は忸怩たる思いで俺との対面に臨み、開口一番の「不義理なことをして済まない」という言葉に繋がったようである。

俺はなるほどなと理解した。そして気にすることはないと思った。俺にしかあの災害を引き起こせる者はいないと誰もが思うくらいの事が起こった。この王国はそれで人を犯罪者に仕立てることができる。そこまで判っていて俺は渦中に飛び込んだ。それはダリウスやジェイムズの予想を外れ、彼らを苦しませる結果になったのではないか? 俺が知りたかったのはヒトガミが裏で何かをしているかもしれないという疑念を確かめることだ。しかもリスクの少ないものだった。俺の中ではあれは茶番だったのだ。

そして俺は今度は上手く、ボレアス家を許さねばならなくなった。さてどうしたものか。もっと情報を聞いてから判断しよう。

 

 




次回予告
"これ以上、この者に関わる事勿れ"
アスラ王の意図は間違いなく貴族らに伝わった。
どんなに目障りでも、
どんなに欲しい人材に見えても、
大貴族すら失脚させる劇薬。
王位継承戦に関われば、
不測の事態がアスラ王国を席巻する、
かもしれない。

次回『ジェイムズの懸念』
杞憂がルーデウスを阻めるか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。