無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第062話_ジェイムズの懸念

---予測は確かでなくても良い。その不確からしさを受け入れる度量を持て---

 

今日でジェイムズとの講義は3日目に入った。エリスはもう飽きたのか、ギレーヌと庭で剣の鍛錬に励んでいる。昨日までの講義で、大好きなお祖父さまが悪し様に言われて嫌な気持ちになったのかもしれない。一方、ロキシーは俺とジェイムズの話を聞いてはそれを紙束にメモしている。人の話には矛盾する部分もあるかもしれないし、あくまでグラーヴェル派のジェイムズから聞いた話として考える必要があるから、俺達がそれらの情報の信憑性や正確性を改めて考えておいた方が良いだろう。だから、その時にロキシーのメモは役に立つ。

今回の話でジェイムズから見てダリウスがどのように動いているように見えたかという話と、ジェイムズ自身がボレアス家の当主の名代として王都でどのような立ち位置にいるのかということが、一側面的になるけれども見えてきた。そこで俺は次の話題を振ることにする。

 

「ゼピュロス家が僕を助けるために手紙を寄越したのはどういう意図があるのでしょうか? 大暴走(スタンピード)に対処して、そこから災害との関連を調査し、僕が無実だと言う事が判ったのは理解できます。ですが、だからといってゼピュロス家が僕を擁護する必要性は無かったと思います」

 

「そのことだが。君は災害を防ぐために長い旅に出ていたのだろう? その間にゼピュロス家の縁者を助けたとか、もしくはアン・ゼピュロス・グレイラット本人と友好関係を結んだという訳では無いのだな?」

 

俺は少し間をとってこれまでの旅のことを振り返ったが、ゼピュロスを名乗る人物に出会った覚えも無かった。正確に言えば、あまり人を助ける行動をしなかった。明示的に助けたのはヴェラとシェラの2人くらいだ。あの2人は確かにあの後、ドナーティ領に向ったので、その先で……うーんちょっと無理がある気もする。

 

「そうですね……たぶんありません」

 

それでも断言することは避けた。俺の回答を聞いたジェイムズは、まずアンという少女について教えてくれた。

 

「彼女についてはボレアスの方でもあまり調査は出来ていない。とにかく情報が少ないのだ。判っているのは、ゼピュロス家の三女で年齢は20歳」

 

「なぜ情報が少ないのですか? ゼピュロス家が隠匿しているからとか?」

 

「まぁ待ちなさい。君が言うような理由であればボレアス家はもっと詳しく調べる。隠そう隠そうとすればするほど、各家のもつ情報機関によって調べられるものなのだよ」

 

新しい話が始まるのを耳にしたのか、素振りを終えたからなのか、エリスがメイドからタオルを貰って汗を拭きながらテーブルの席に戻って来た。一方、一緒に鍛錬していたギレーヌはまだ1人で続けている。一昨日、1人で行った水神流の道場で何かあったとは思えないので道すがら何かあったのだろうか。エリスが近づいてくるのを見たジェイムズは座りきるまでにお茶で喉を潤し、一息つく。倣って俺もお茶を口に含んだ。大貴族らしい高級茶葉を使った風味豊かな香りが鼻孔をくすぐる。

 

「彼女はドナーティ領内の幼年学校すら1か月で自主退学している。その後はゼピュロス家の本家に引きこもり家庭教師に習ったようだな」

 

「それならここにもボレアスで同じ境遇の子がいますね」

 

俺は軽い皮肉を込めた冗談を交えて笑った。

 

「ならあの、狭苦しい雰囲気が嫌だったのよ」

 

エリスは俺の言を皮肉とは取らず、そうバッサリ切って捨てた。エリスの切れ味は剣神流として遜色ない切れ味を見せている。なんとも小気味良い。

ジェイムズは咳払いで仕切り直した後、続けた。

 

「それで彼女はアスラ王立学校にも来ていない。だから我々が情報を引き出せる人物と接点が少ないという訳だ。それでも、北方軍司令長官付きの参事官に任ぜられた時に多少は調査の手が伸びている」

 

「学校に通っていなくても参事官に成れるものなのでしょうか?」

 

とはロキシーの質問。

 

「北方軍司令長官付きの参事官という公式の役職はない。ゼピュロス家が力不足のハルファウス王子のために補佐役を付けたというだけのものだ」

 

なるほど。だがロキシーの質問が続く。

 

「待ってください。なぜ王族のハルファウス王子が北方軍司令長官に力不足でありながら成りえたのですか?」

 

「少し複雑なのだが、幼い頃からハルファウス王子はグラーヴェル王子によって王位継承争いから離脱させられていてね。それで住んでいたのがゼピュロス家の敷地なのだよ。だが先程も言ったようにノトス家がアリエル王女を擁立したことから、ゼピュロス家とエウロス家も王位継承争いに形だけは参加しなければならなくなった。そこで両家は王になる気のないハルファウス王子に付いたと言う訳だ。だがグラーヴェル王子から見れば田舎でこそこそ共倒れを待つ卑怯な奴に見え、難癖を付けてきた。難癖の対処に苦慮したハルファウスは仕方なく北方軍司令長官という役職に就き、それにアンが補佐として同行したということになる」

 

ロキシーの質問のおかげで流れは分かったものの、肝心のアンの情報に届かなくなってしまった。俺は話を知りたい方へと向かわせる。

 

「それで、アンという人物は補佐役としての能力がある優秀な人物なのですか?」

 

「伝え聞く働きによれば、彼女は家庭教師を唸らせるほどの才女で独自の剣術を扱い、猛者揃いの北方砦の剣士をまとめている実力者と聞く」

 

ヒェッそりゃ凄い。だが前世の記憶ではそんな逸材の話は聞いたことも無い。アンは上級剣士で北方砦には中級剣士くらいしかいないのかもしれない。それなら前世では目立たなかったということもできる。ただし、俺を擁護するほどの情報網と現状を正確に把握する力。貴族内で頭角を現してもおかしくないはずだ。何か致命的な欠点でも持っているのだろうか。

 

「そうですか。でもそれほどの頭脳があるなら僕を助けたのにもそれなりの理由があると考える必要がありそうですね」

 

「ここからは想像の域をでないが……」

 

ジェイムズはそこから自身の考えとしてゼピュロス家が受けるであろう2つのメリットを予測として述べた。

 

1つ目の予測は、ルード鋼関連の情報が欲しいのではないか?というモノ。これを理解するための要素が3つある。1つ、ドナーティ領の特産物に武具の生産があること。2つ、ゼピュロス家がアルスでその名を囁かれ始めた頃からルード鋼を調査していたこと。3つ、軍務省がルード剣を購入するようになってから、ルード剣が北方砦と南方砦に補給物資として搬送されたこと。その名目は実践における性能確認のため、数は数本というところだそうだ。

それらの要素から導かれたジェイムズの予測はこうだ。ゼピュロス家が武具の開発のために新素材のルード鋼に興味を示すのは自然であり、北方砦に納品されたルード剣や素材の解析が行われているのはほぼ間違いない。だがルード剣やルード鋼についての解析は難航しているだろう。だから俺に恩を着せてルード剣の製造や産出元について情報を得たいと思っているか、もしくはルード鋼を元にした望みの武具が欲しいという可能性がある。

その可能性は確かにある。だが解析が難航しているかどうかを断じるジェイムズの言い様から、暗にボレアス家でも解析していることが判ってしまった。まぁそれは構わない。

2つ目の予測はノトス家への牽制ではないか?というモノ。ゼピュロス家が内乱に巻き込まれるリスクを回避したいと動いた可能性だ。フィットア領は西にドナーティ領、南にミルボッツ領に隣接した地政学的な事情がある。ゼピュロス家のドナーティ領から見れば、東にフィットア領があり、そのさらに先にミルボッツ領がある。そして今回、フィットア領が災害で吹っ飛んだ。アスラ王国の空白地帯。ダリウスが言ったようにこういう状態は内乱の火種である。

アスラ王国内で内乱を抑制するためにアスラ王による領地保護機能があり、ボレアス家が他の地方領主から害されることは本来は無い。しかし、ノトス家のピレモンの評価は地の底であり、信用はゼロである。それほどまでにグラーヴェル派優勢の中で4大貴族の1つがアリエルを擁立するというのは暴挙だった。だからゼピュロス家は考える。ノトス家はもしかしたらボレアス家を吸収して3大貴族に再編しようとするのではないか、と。その先にあるのは、ゼピュロス家の隣にミルボッツ領が来る未来だ。一度、アスラ王の領地保護機能を無視するのを許せば、ドナーティ領もまた吸収しようと動くのではないか。当然、徹底抗戦はするだろう。その結果、自分の支配する領土の上で戦争をせねばならないかもしれない。

そこまで考えれば、現状で先んじてボレアス家の味方をした方が良いと判る。もしノトス家がフィットア領に攻め入った場合にボレアス家に反抗する力はないだろう。だからゼピュロス家がボレアス家の味方としてノトス家と戦争をする。でも戦場はフィットア領だ。お互いの中間地点が戦場になるのは当然の成り行きである。

1つ目の予測だとすると、それはルード剣にそれなりの価値を見出したということになる。だが、ルード剣を直接購入したいとか、そういう動きはない。であるなら、もしかしたらジェイムズの予測はまったくの的外れか、それとも2つ目の予測が正鵠を射たものかのどちらかに整理できる。俺はこの予測を思いつかなかった。ならば2つ目の予測に沿って考えてみることに価値があると思う。その場合に見えてくるのはゼピュロス家がとても周到に行動しているということだ。確かにアンは賢く立ち回ることが得意な人物なのかもしれない。

 

ここからは後でロキシーと議論した話になる。ゼピュロス家の周到さがガニウス家と比較することで分かるというものだ。ボレアス家を救うために、ダリウスが行ったのが犯人を早期に探し出して罰するというやり方だった。グラーヴェル派の重鎮ダリウスには同派閥の味方を助け、内乱を止めようという意図が確かにあった。それにしても焦りがあった。早く犯人を見つけた方が良いという力が働いた。それも無理はない。なにせ、ドナーティ領とフィットア領の間の緩衝地帯にダリウスの領地があるからだ。結局、怪しかろうという段階で俺に罪を擦り付けた。せめてジェイムズが裏取りをし終えるまで出頭命令を出すのを控えてくれさえすれば、ここまでの事態にはならなかった。それもこれもペルギウス王という想定外の大物がしゃしゃり出てこなければ上手く行く必勝の手だった。

ゼピュロス家が取った俺を擁護する行動は、俺を擁護しようとするボレアス家を応援することに繋がっている。あの手紙の内容を聞く限りだと、ゼピュロス家は相当の情報網を持っている。捜査の契機が大暴走(スタンピード)であるおかげで、ダリウスより早く動き始めたというところを勘案すればスピード的には驚く程ではないかもしれない。ただ内容が正確で俺とサウロスの信頼関係まで把握しており、その情報の信憑性に相当な自信を持っている。そうでなければ国王に手紙を出すことはできない。もしペルギウス王の関与やその手紙が送付されたところまで掴んでいるとしたら、ゼピュロス家の情報網は4大貴族の中でも頭一つ抜けていると思われる。

なるほど、ゼピュロス家は大暴走(スタンピード)を契機に調査して、フィットア領の消失をいち早く知るとともにノトス家が攻めてくるのを防ぐ策を練った。さらに事の推移を見守ると、ダリウスの陥穽により無実の罪である俺が極刑に処されようとしている。ボレアス家からアスラ王に弁明の手紙が送られた情報も入る。同一派閥内での情報の行き違い、結果はノトス家の得になる。それにも拘らず一派に属するジェイムズは動くことができないでいる。この状況でノトス家が大きく利を得れば、ドナーティ領に迫る可能性が高い。

もし静観の構えを見せて、俺が極刑に処されればボレアス家はダリウスと仲違いする。ボレアス家がグラーヴェル派から抜けて、アリエル派またはハルファウス派に入ることになる。アリエル派についた場合はノトス家にこき使われることが目に見えている。ならばハルファウス派ということになるが、既にいるゼピュロス家とエウロス家からすればまた火種が増えることになり、ついでにハルファウスを3大貴族が擁立することになってしまう。

次に俺を極刑に処されないように匿名でアスラ王に手紙を送った場合、ガニウス家が凋落し、ボレアス家は(わだかま)りを残しつつもグラーヴェル派のままとなる。さらに、匿名で手紙を送ったのは誰かということになるが、俺から一番血縁関係が遠いのがゼピュロス家だとすればノトス家もゼピュロス家ではない他の利害関係のある者が送ったと判断し、フィットア領への侵攻の牽制にはならない。

そこで、俺を極刑に処されないようにゼピュロス家の名をもってアスラ王に手紙を送った場合となる。ガニウス家は凋落し、ボレアス家は(わだかま)りを残しつつもグラーヴェル派のままとなる上、ノトス家がフィットア領に侵攻する牽制ができる。またジェイムズが言うようにフィットア領が戦場になるので、それ程ボレアスに得は無く、元々ハルファウス派のゼピュロス家がノトス家と反目してもグラーヴェル派に迎合しようとする動きとは考えられない。

だから最善の一手としてゼピュロス家が俺を助ける手紙をアスラ王宛てに書いて寄越した。俺は考えをまとめることができ、ジェイムズの2つ目の予測は信じる価値があると思えた。

 

--

 

時間軸を日中の話し合いの時間に戻そう。話し終えたジェイムズは少し考えこむ様子を見せたので、ロキシーと俺とエリスは顔を見合わせ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。

 

「ああ、黙り込んですまないね。君と王の動きについて考えていた。私は1つのストーリーを組み立てることができた……と思う。だが、もしそうだとすると君は恐ろしい人間だね」

 

「なぜそう思ったのですか?」

 

俺はジェイムズの言い方にあまり確信がないと思いつつも、どのように考えたのかを知りたくなった。

 

「手がかりとしたのは、謁見の場で君を監視していた薄赤髪の宮廷魔術師の存在だ。彼女はユーリア・アリアバード、宮廷魔術師の中で最近になって頭角を現した魔術師だ。名前から判るようにギゾルフィの孫にあたる。身内からの手紙があるというのにあの場に彼女を出したということのアスラ王の意図だよ」

 

あの宮廷魔術師はギゾルフィの孫だったのか。謁見の間を出た後に親切な対応だったわけが漸く理解できた。ユーリア。また知らない名前だな。

 

「その意図とは?」

 

「彼女がギゾルフィの意思を体現することで君の命が助かる芽を残したのではないか。私はそのように考えた。他の貴族連中でも私と同程度の検討をすれば皆気付くはずだ。もしそうだとするとあの謁見が示したことは別の意味をもってくる。例えば、アスラ王が大立者として全幅の信頼を置いていたはずのダリウスを失脚させるためにあのようなことをした。裏切り行為だといえる」

 

「それはアスラ王のしたことであって僕が恐ろしいとは繋がりませんね」

 

「ふむ。たしかにアスラ王がダリウスを持て余し、売国奴にしたてあげたというのはアスラ王の判断だ。だが気に食わないからといって部下を切り捨てて行けば、いつかは味方がいなくなってしまう。アスラ王とてそれは分かっている。では何等かの誰もが納得する理由がその背後にはある。その理由を明確に示さなかったのは味方となる貴族を(ふるい)にかけただけかもしれないが、私はそうではなくて、明確に示せなかった、誰かに配慮した結果だと考えている」

 

ジェイムズはもう一度、紅茶を口に含んだ。だがもう冷めてしまった紅茶を彼が有難がって飲んだ訳ではないように見える。飲み終わった後に俺を試すように見る彼の姿勢がそれを俺に伝えている。一息の間を作った後、話しは続いた。

 

「その理由が君なのではないか? アスラ王が口にしていた、ダリウスが内乱を画策したり、助長したりしているという可能性よりは、むしろ、アスラ王は君がダリウスよりも重要だったからあそこでダリウスではなく君を選んだ。そう考えると納得がいく。もっと言えば、なんであれダリウスが大事であればあの場で君は処断されるはずだった。そうだ。だが分からない。君は一体何なんだ?」

 

ジェイムズは話しながら確信を得た。そして、より自信のない質問へと辿り着いた。

 

「伯父さま、ルーデウスはフィットア領の8万人の人間を救った英雄よ」

 

エリスが答えた。ジェイムズはそれに頷き、諭すように言った。

 

「エリス。フィットア領の8万の民を救った英雄か……素晴らしい話だ。だが今、この時点からあと何人救うのだ? ダリウスが王都で活動することでダリウスの領地はもっと豊かになる。それで救われる人数とルーデウス君がこれから救うであろう人数を比べなければいけない。たしかにルーデウス君を不当に扱えば今後、彼のような英雄は出てこないかもしれない。同様にダリウスを不当に扱えば今後、彼のようにアスラ王を助ける貴族は出てこなくなる。その天秤はダリウスに傾くように思えるが、そこに私の知らぬ何かがあるかということだよ。まぁどちらも他人の領地の話だとすればやはり見当外れの答えではある。アスラ王領の民か王族かアスラ王自身に何か益があるのではないか?」

 

ジェイムズは俺の隣でメモをしているロキシーに意見を求めるように顔を向けた。

 

「私の魔術の弟子で5歳にして水聖級、そして先日10歳で水王級になりました。それに水神レイダ・リィアから水帝の認可を受けたとも聞いています。その力が欲しい、もしくはギゾルフィと親交がありますからそれを活用して魔術戦力を強化したい。そういった話が考えられます」

 

ジェイムズはロキシーの答えに首を振り、満足しない答えであると示した。そういう態度を俺の先生にするのは(かんば)しいものとは言えないが、ジェイムズがその先も見えていることを言葉の端々から感じられたので敢えて口にしなかった。

 

「エリスは騎士らしい考え方だな。武家の娘として思い切りのよい考え方は父と似て好感が持てる。それを否定する気はないが4大貴族の娘としてなら、もう少し論点は整理せねばならない。そしてロキシーさん、貴方は判っていてはぐらかしている。顔にそう書いてある。それでは言外のことが貴方の知る真実だと言っているようなものだ。謁見の場で起こった出来事で、残されているものはたった1つだ。甲龍王ペルギウスの手紙。これこそがルーデウス君、君の恐ろしさを体現するものだ」

 

ジェイムズはロキシーに話を振って、その反応から確信を得たという表情だ。なかなかに話上手だな。そう考えながら、俺は眉1つ動かさなかった。ジェイムズが言うようにそこに多くの者が気付くであろうと思っていたし、アスラ王が貴族たちに気付かせようとしていたことだからだ。そして俺はそれを許容している。

 

「なるほど。手紙と僕に関係があれば、どのように恐ろしく思うのですか?」

 

「甲龍王ペルギウスの手紙の文面はルーデウス君を間接的にしか擁護していない。だが甲龍王がわざわざアスラ王に災害の詳細について手紙を送る謂れなどなく、送り付けたのは君を助けるためだとするのが妥当だ。君の後ろには甲龍王が付いている。そういう理由ならばアスラ王の判断を誰もが納得できる。ダリウスなんて貴族と甲龍王を比べるのは馬鹿馬鹿しい話だ。だが、一体どうやったら甲龍王と知り合い、助力を請い、命の保証をしてくれるように頼めるのか。そのやり方も資格も連絡を取ることすら不明だ。だが君にはそれができた。たった10歳かそこらで、それを為す、それが私は恐ろしい」

 

「別に()の王とは友達というわけではありません。今回の災害の原因が龍族の興味を惹いただけですし、ケイオスブレイカーが近くに来たときしか会うことはできません。教えてあげたので、駄賃の代わりに手紙を1通書く約束をしただけですよ」

 

「そうか。だが他の貴族はそのことを知るわけではない。私も家のためにそのことを吹聴するつもりがないし、もし口外しても誰も本気にせぬだろう。これは取り越し苦労であれば良いことだがな」

 

ジェイムズは紅茶のカップを持って、その中身が空だったことを思い出すと、溜息交じりに締めくくった。

 

「君という存在が表舞台に出てしまった。それが今後、アスラ王国に……世界にどんな波紋を広げるのか。広がった波がどこかで返り、フィットア領に来ないことを祈る」

 

 

--元ギルド長の視点--

 

私は城塞都市ロアの魔術師ギルドを統べる元ギルド長だ。最近になってギルド長の座を解任された。心機一転、心を入れ替えた矢先の話で自分の身の不幸を嘆くこともできるが、それはこれまでの自分の為してきた悪逆が廻りまわって自分のところに返って来たということなのだ。

上手い話はそう続かない。この年になってそんな常識を身をもって経験することになるとは思ってもみなかった。

話は私がまだ現役のギルド長だった3年前に戻る。ある男の子が新種の召喚魔術の魔法陣を提出した。それはダンジョン奥深くで明りを取るのに松明を必要としない魔術だ。狭い空間で長い時間、火の魔術を使って明りを取ると調子が悪くなることがある。しかし、この魔術は火の魔術ではないのでその副作用がない。そんな画期的な魔術だ。

私はまず以ってレアな召喚魔術というのに興味を持った。そして、その男の子の魔術ギルドへの入会を許可しつつ、子供に見合った額で魔法陣の版権料を払う契約を行った。彼はどうやってこの魔術を知り得たのか、どこで手に入れたのか。疑問に思ってその辺りから調べ始めた。

結局、彼がどこでその魔術を知ったのかは証拠が得られなかった。彼が魔術ギルドに出入りすることがほとんどなかったからだ。魔法大学での師匠は誰になるのか、手の者を配して情報を探った。

半年かけて、彼が魔法大学の英才ジーナスの弟子ロキシーに魔術を教わったということが判った。そして既に師匠と同じく水聖級魔術師だという。ギルド登録時の身分提示の情報によれば、彼はまだ7歳。とんでもない逸材が現れた。

だがそこで調査は頓挫した。水聖級魔術師であるのに召喚魔術を扱う。召喚魔術というのはその仕組みを教える者すら存在しない、貴重な魔術だ。御伽話に出てくる程度の存在である。彼の歳でダンジョンや遺跡の探査に行き、過去の記録を調べたということはありえない。

そこで年齢を誤魔化しているという仮説を立てた。彼は彼の師匠のロキシーと同じで魔族や小人族という可能性だ。だが大人だと考えると辻褄が合わないことがある。あれほどの格安の版権料で召喚魔術を公開するとは思えないのだ。怪しい、何か企んでいるのか?

まぁとにかくこの3年間、私は妥当な価格で灯の精霊魔法陣を販売した。そして格安の版権料のおかげで私は私腹を肥やした。高くて手がでなかった魔術の本を買い漁り、毎日上等な酒を飲んだ。

だがある日、突然全てが奪われた。神級の魔術師が現れてフィットア領をまっさらな大地にした。

取るものも取り敢えず着の身着のまま逃げ出した。読みかけの魔術書も召喚術の版権契約書も、しこたま貯めた財産も何もかも置いてきてしまった。

避難キャンプに着くと、私は魔術ギルドの長としてフィリップに呼び出され、魔術を使った支援をするように依頼された。私は彼の頼みを聞いて、悲嘆にくれるギルド員を招集し、各所に配置した。私自身も自分のテントの近くの炊事場で真水を生成した。手伝いをすると食事をサービスしてくれるし、配給のために列に並ぶ必要がなくなるのが良かった。

ただ女性部が発足した後に来た長耳族の血の混じった少女の魔力量と無詠唱魔術には驚かされた。それを見て、私は狭い世界で私腹を肥やして喜ぶ矮小な自分に嫌気が差してきた。一応、その女の子に出身を聞いてみるとブエナ村出身だと言われた。召喚魔術を使う男の子もブエナ村出身だった。明確ではないがまたロキシーの弟子か。そう思った。

 

--

 

時が経ち、ロアに戻ってもキャンプ生活は続いた。その日も魔力が底を尽いてテントでぼんやりしていると、サル顔の男と子供が2人、こちらを覗いていた。

 

「何かようかね?」

 

「いやぁ、大したことじゃねぇんだ。こいつら孤児なんだけどな、親を探したいっつーからよ」

 

サル顔の男の端的な説明で私はおおよその事情を掴んだ。

 

「すまないが私には子供はいない。魔術のことなら詳しいが、天涯孤独の身でね」

 

「へぇ、もしかしてあんたがウォーレン・ムーンさんか?」

 

サル顔の男は私の"用が無いならとっとと失せろ"を控えめに言い換えた言葉を無視した。そして私の顔は知らなかったようだが、名前を知っていた。

 

「そうだ。何か用でもあるのかね?」

 

「そうだな。あるかときかれればある。けどきっと今は信じられないだろうさ」

 

「おかしなことをいうヤツだな」

 

「へへ、良く言われるから気にしないさ。でも情報は持ってるぜ。この災害を予言した子供を知っているか? あんたと同じ魔術師でな。たしか占命術とかいう不思議な魔術を使うんだ。話によると3年も前からこうなることを予知していたらしい。すげぇよな。でも結果はどうだ。皆、財産を奪われ、親が居ない子供がこんなに居る。そいつが悪いわけじゃねぇのは俺にだって判るが、占命術とやらがもっとちゃんとしていたら、こんなことにはならなかった。そう思うね」

 

「私にどうしろというのだ?」

 

「寄る辺無き者、夜の瞬きに依りて時の趨勢を見るべし、ってな。夢に出てきた神様のお告げ、あんた信じるかい?」

 

「なぜ魔族が信ずる神が古代長耳族(ハイエルフ)ティターニアの言葉を吐くのだ」

 

「ジンク……違えな。まぁいいじゃねぇか。夢の話なんだから」

 

サル顔の魔族は言いたいことを言うと子供を連れて何処かへと去って行った。

 

”寄る辺無き者、夜の瞬きに時の趨勢を見るべし”

 

星を見る力をもった古代の魔術師の残した言葉。

 

人生に絶望した冒険者に対して、星を眺めて未来を探すようにと元気付ける話の一節だったな。

暫くして、私はロアの魔術ギルド長として魔術師が起こしたとされるこの災害を予見できなかった責任を問われ、その座を解任された。魔術ギルド本部の意向ではない。アスラ王国からの圧力だ。だれかに災害の責任を取らせる必要があったのだろう。正直に言えば渡りに船だったから、恨みはない。

私には災害を予知できなかった。できると思っていなかった。目の前の金儲けに目が眩んでいた。だが今は違う。神様の御告げに導かれて未来を予知するための占星術の研究がある。ギルド長の仕事をしているような時間はない。

 

 




次回予告
集合意志か自然の摂理か。
或いは運命の反作用か。
傾いた天秤を立て直し、
その先に見る景色が何だというのだ

次回『打診』
いかな分銅を乗せてルーデウスと釣り合わせる

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