無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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ピレモン回。
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第063話_打診

---一国は一人(いちにん)を以て(おこ)り、一人を以て(ほろ)ぶ---

 

とある街の商家にて。

 

ルーデウス・グレイラットが捕まり、そして極刑を免れた。その一報が届いたのはつい最近のことだ。不明存在(アンノウン)の彼をアスラ王家ごときがどうこう出来ることは無い。ただし、彼が表の歴史に現れたことを危惧する者達はいた。

 

「やはり出てきましたか。あれほどの力を持っていればいつかはとは思いましたけれども。それにしても早すぎますね。彼がひっそりと生きていくならば良かったのですが……」

 

博士は本当に残念がった。

 

「待ってください。表の歴史舞台に現れただけで大きな問題を起こしたわけではありません」

 

勇者は勇者らしい台詞を吐いた。

 

「勇者殿、それは違います。彼は既に歴史に大きな影響を及ぼしているのです。ルード鋼を売り、災害に対して多数のフィットアの民を救い、大量の資金で難民が出ることすら防いでいます。そして彼の存在を危惧したダリウス・シルバ・ガニウスが失脚し、アスラの次期継承者の選定は4大貴族が関わりながらも、どの候補者が正当継承者になるかわからない時代がきました。このままではアスラの衰退は免れません」

 

「人の命を救うのが悪いことなのですか? 内紛もノトスが暴走しなければ問題のない話です」

 

「我々の利益に今回たまたまなったからといって彼を放置して良いわけではありません。我々はこの騒ぎを利用してアスラ王国の運命から彼を引き剥がさねばなりません」

 

「引き剥がす? なぜですか?」

 

「ルーデウス・グレイラットの力は人智を越えています。彼の力に縋ればそれにより人が育たなくなります。逆に彼の力に敵対すれば今回のように敵対者は一つ一つ叩き潰されます。どちらにせよ、アスラ王国は人材が不足して憂き目を見るのです。ですから我々、超越機関に関心を向けさせなければなりません」

 

「なるほど。引き剥がすという方針は判りました。ですが私とザック殿は唯一無二(ユニーク)への対抗で手一杯です。この状況で我々に彼を御せるのでしょうか」

 

「占星術師殿と研究所が協力して開発に成功した魔術がありますし、新しく目星をつけた超越者がおります。その者に唯一無二(ユニーク)の相手をさせる専属の部隊を新設予定です」

 

唯一無二(ユニーク)の相手を一部隊でするとは、相当使える部隊になる、ということですね」

 

「新魔術の体得者はその部隊に優先しますから、唯一無二(ユニーク)との戦いに抜かりはありません。そして、勇者殿と黒騎士殿2人を不明存在(アンノウン)にぶつける予定でいます」

 

「そうですか、あのザック殿もいれば負ける気がしませんね」

 

「勇者殿……いえ、白騎士殿の活躍、期待しておりますぞ」

 

「お任せあれ」

 

「では、実際の作戦の流れになりますが……」

 

話し合いは続く……

 

 

--ピレモン視点--

 

「ふん」

 

ノトス家お抱えである情報機関からの報告書を読み終わり、私は苛立ちを募らせて報告書を机に向かって投げ捨てた。机の上を滑った報告書はバラバラと散らかり、そして数枚が机からも落ちる。苛立たしい。思い通りにならない。昔からだ。父が死んでから上手くいかないことが多い。結婚を機に少しは私の運も上向いてきたと思っていたのにどうしたことか。

 

--

 

小さい頃、(パウロ)のことは一緒に悪さをするくらいには仲が良かった。だが、私と兄を別に扱う大人が2人いた。1人は亡くなった父だ。彼は兄には厳しかった。あれが出来ていない、これが出来ていない。子供にそんなことをクドクド言えば、言い訳の1つも言いたくなるものだ。そして剣術の指導になると兄がボロボロになるまで打ち据えた。まるで落とし穴に落として、上って来たところを何度も追い落とすようなやり口だった。一方、私には普通だった。私が言い訳をせずにいたというのもあるし、兄が矢面にいたから悪感情が小さかったということもいえるだろう。人の感情にも許容量はある。とにかく父と兄は反りが合わなかった。それで結局、兄が12歳のときに家出をした。

もう1人の人物は母方の叔父に当たるサウロス・ボレアス・グレイラットだ。彼は凶暴を体現するに相応しい荒々しい人物だった。兄はサウロスにも言い訳するなとよく殴られていたが、負けじと向かっていく兄はいつしかサウロスに気に入られるようになっていた。他方、いつもビクビクと怯えている私は「豆粒のようだ。儂の前にこいつを歩かせるな」と無体な言い様だった。その言葉に幼い私の心は傷付いた。

兄が家出した後、しばらくして父は病に倒れ、そして亡くなった。父は今際の際まで兄と大喧嘩したことを後悔していたが、未熟な私にノトス家を任せることについては何も話さずに逝った。その事がどちらをより愛していたかを如実に示していた。私は少しだけ兄が嫌いになった。

急に転がり込んできた当主の座。だが、私はまだ10歳だった。あまりにも早すぎたし、それまで欲しいとも思っていなかった。王立学校に行きたかったのに、当主の仕事のせいで行くことが叶わなかった。

そんな私を見て不憫に思ったのか、執事たち家臣とミルボッツ領の下級貴族達の勧めで、サウロスに後見人になってくれるように申し出ることになった。それが叶えば、私もしばらくは当主の仕事を任せて学校に行ける。そんな希望が見えた。だが、駄目だった。サウロスが断ったのだ。

それだけではない。サウロスに後見人を断られた後は、ノトス家の家臣が次々と離れて行った。自分が頼りないから、先が見えないからだと思っていた。しかし、15歳を過ぎると真実が見えてきた。裏でサウロスが私への嫌がらせをしているという真実が。しかも、その理由はいつか兄が帰ってきたら首をすげ替えるためだというのだ。馬鹿な。家出して父の葬式にも顔を出さなかった兄が、今さら帰ってきて当主になる? そんな可能性はひと欠片だって残ってはいない。

私は正直に言って才能の無い男だ。美醜、男らしさ、野心、政治的な判断力、そういう物に恵まれなかった。ただ家柄だけは4大貴族の1つで申し分なかった。私のせいで随分没落して普通の大貴族と大して違いもなかったし、他の4大貴族からは見限られて姻戚関係も作れなかった。王立学校に行かなかったせいで社交界では疎外感を感じるし、昔からの友人というのも居ない。それで嫁に来てくれたのは商家の娘だ。金を用立てた担保のようなものだったが、胸が大きくて私好みだった。正妻として扱うとは思っていなかったらしく、妻も売られた境遇を忘れて良く尽くしてくれている。あの頃は私の人生の絶頂期と言っても良かった。

 

子供も2人生まれた。長男のヘンリーと次男のルークだ。自分が次男だったせいかルークに少し甘かったが、私は2人の良き父親になろうと思った。

ヘンリーは野心家で周りをよく見ている。

ルークは誠実で紳士的だ。後、運も良い。ルークは年齢が近いという理由だけで5歳で第二王女の守護騎士に抜擢されたのだ。本当は誰も第二王女の守護騎士などやりたがらなかっただけだが、王族と伴に過ごすこと、大手を振って王宮に行けることは運が良い。

ルークが王都に行くことになったので、その頃から私はミルボッツ領とアルスを1月毎に往復する生活になった。アルスに行って幼いルークと普段の会話をしていくことで、アリエル王女の窮状も伝わってきた。また守護術師のデリックが王女の資質を熱く語るのもあり、ノトス家は王女を擁立することにした。私は4大貴族の不文律を知っていたが、ルークにも愛情を示してやりたかったし、サウロスへの当てつけでもあった。

 

--

 

ヘンリーは10歳から内政に関わらせて、もう2年が経った。私よりも優れた判断をする優秀さを見せているので今後が楽しみだ。ルークも守護騎士になってから剣術を習い、ハリボテだろうとそれなりの努力の結果が垣間見える。

さて第二王女が王位継承争いで勝てる見込みについては、私もほとんど芽がないと見ている。だがアリエル派を標榜することで私は社交界でも一勢力を築き、疎外感を感じなくなった。今後、グラーヴェルが王となれば王領では冷や飯を食わされるであろうが、その頃にはルークも親離れしている。私はミルボッツ領でゼピュロス家やエウロス家と同じように内政に勤しめば良い。

そんな矢先、ミルボッツ領の東側の森に近い村々が魔物に襲われたと急報が入る。私は一路、王都を離れて自領に帰り、ヘンリーと力を合わせて被害の確認と災害対策を行って急場を凌いだ。

王都に戻ると、フィットア領が神級の魔術で消滅したとの情報でもちきりだった。さんざん私に嫌がらせをしてきたサウロスに天罰が下った、因果応報だと私は思った。だが、こういう時に怪しい動きをしてはならない。まるで自分が犯人ですよと言うような物だ。まして私は犯人ではない。ダリウス大臣辺りに目を付けられれば、あっという間に犯人扱いだ。私はアリエル派の貴族にも静観するようにと忠告をして、事の推移を見守った。

 

--

 

7か月が過ぎ、漸くフィットア領で活動している水聖級魔術師が犯人として捕らえられた。その者は国家警察で尋問を受けているという。詳しい情報が上がって来たのはそれから1週間後だ。私はその者の素性を見て、腹の底の仄暗い感情を書類にぶつけて投げ捨てた。行方不明だった兄がフィットア領で下級騎士をしている。その息子が犯人。

私はこの子供が処断されたとき、アリエル派が被る被害について試算した。元ノトス家の直系の子供が遠縁のボレアス家で秘密裡に強力な魔術師として育成されていたのが事実だろうが、グラーヴェル派のダリウス配下の国家警察が同じ派閥のボレアス家を批難するような結果にするわけがない。どう考えても、ノトス家の責任にするはずだ。一体どんな理屈をつけてくるのか。

判断が付かぬまま、ミルボッツ領の土産話をすることを名目に、王女の私室へと伺った。王女も13歳、守護術師が言うように聡明な物言いが垣間見えるようになってきている。私の独断よりは良かろうと思って話を持ち掛けた。するとどうだろう。王女は心配無用と断言した。「なぜですか?」と尋ねると「その者とは以前に会ったことがあり大事な友人を頂きました」と綺麗な笑顔を向けられた。私は訳が分からず、ルークに助けを求めた。すると息子は黒い犬を連れてきた。初めて見る犬種だが大型犬特有の泰然とした様を見せている。私はその犬の存在を息子が私の視界に入れるまで全く気付かなかった。どこから現れたのか?

 

「父上、この犬のように見えますのは、実はあの者がアリエル様を守るために寄越したシャドウ丸という守護魔獣です。アリエル様はこの犬をおよそ1年前に飼い始めました」

 

デリックがそれを引き継ぐ。

 

「ピレモン殿、先日、おそらくフィットア領で災害のあった日のことです。アリエル様が白百合の庭園でお茶を楽しまれようとしていたとき、突如としてターミネートボアが現れたのです。ですが、シャドウ丸によって魔物は撃退されました。正直に申しましてシャドウ丸がいなければ全滅だったと思います」

 

シャドウ丸と呼ばれた体毛の極短い黒い犬が王女の足元になんとも優雅に音を立てず腹這いになった。私が犬の所作ともいうべきものに驚いているところへ、王女はさらに言葉を足した。

 

「そういうことです。ピレモン様。私を生かそうとするために守護魔獣を与えた者が、私を害するというならば今はその必要があるのでしょうし、害さないというならば私達は何もせずに黙っておけば良いのです。ですが、命の恩義は命で返さねばなりません。あの者が極刑を免れえぬとなったときは私があの者を助けます」

 

「あやつの素性はご存知なのですか? あれはノトス家を出奔した私の兄の息子です。今までの行動の全てがアリエル様を信頼させるための罠という可能性もあります」

 

王女は顎の横に指を当てて少し考えたフリを見せたが、ほぼそれが演技だということは透けている。

 

「素性についてはお父さまから聞きましたわ。継承権第3位の私の信頼を得たところで、彼に何か得があるとは思えません。私の身体が目当てというのであれば分からないでもないですが……」

 

王女は自分の身体のこれから成長するであろう部位に手をあててそうお道化てみせる。息子は王女の冗談に顔をしかめていたが、守護術師はそこを無視して役目を果たした。

 

「アリエル様、ご自身を蔑ろにされてはいけません。御身に宿る力こそがこのアスラ王国を長き繁栄へと導くと私めは信じておるのです」

 

「わかりましてよ。デリックの前では冗談も碌にいえませんのね。でも守護魔獣の召喚というのは普通の魔術師にはできないのでしょう?」

 

「おっしゃるとおりです。私の知る限りラノアの魔法大学にも宮廷魔術師にも召喚魔術を使える者はおりません。正直に言って、この犬がいれば私もルークもお傍に仕える必要がありません」

 

「私はシャドウ丸のことを可愛がっていますけれど、ルークのこともデリックのことも大切だと思いますのよ」

 

「身に余る光栄でございます」

 

2人の護衛がお辞儀をし終わるのを待って、必要な小芝居が終わったのを見計らうと私は疑問を口にした。

 

「お待ちください。アスラ王も兄の息子(ルーデウス)のことをご存知なのですか?」

 

「確かに、お父様は知っておりました。でもどこで知り合ったのかしら? 不思議ですわね」

 

私はその事実に押し黙った。頭が混乱している。情報を整理した方が良いだろう。しかし、王女とそう何度も問答するのは彼女を不審がらせるだけだとも思った。

 

「1年も前に兄の息子(ルーデウス)とお会いになっていたなど、初耳で大変な衝撃を受けております。申し訳ありませんが、心が落ち着きましたならば、ルークをお借りしてもよろしいでしょうか? 罠でないという部分についてもう少し確信を得たいと思います」

 

「判りました。ルーク、本日の残りはデリックに任せ、ピレモン様に我らの考えをしっかりとお伝えすることを役目とします」

 

「承知しました。デリック、負担をかけることになる」

 

「気にすることはない」

 

「父上、私の自室でお話するとしましょう」

 

--

 

私はアリエル様の前を辞去し、1人でルークの部屋へと入った。護衛騎士の部屋は護衛対象の部屋の隣にあり、有事のために廊下を通らず直接入るための専用扉がある。私は護衛騎士ではないから一旦廊下に出て一般扉から出入りした。一応述べておくと、逆隣りは守護術師の部屋だ。

勝手知ったる息子の部屋の中で、テーブルと一対の椅子が用意されている。そこに座り、息子が来るのを待った。

 

今の内に情報を整理しよう。

アスラ王もアリエル王女も兄の息子(ルーデウス)と1年以上前から面識がある。それは内密の面会であった可能性が高い。信頼されているはずの私にさえだ。息子のルークでさえ私にそのことを告げなかった。もしくは最近までルークも知らなかった。

次に兄の息子(ルーデウス)がやった事は召喚魔術を使って事前に王女に守護魔獣を付けることだった。だが、その目的は何だ? 単純に考えれば、王女を今後の危機から守るためだ。その騒動とは暗殺者のようなものを想定していたのか、それとも今回の魔物騒ぎか、もっと先のことまで含めたものか。

とにかく、その守護魔獣のおかげで災害の余波、もしくは災害の前に起こった各地の魔物の活性化の被害から王女は事なきを得た。それとも王女のところに魔物が現れたのは別の何かかもしれないが、とりあえず事なきを得た。しかし、その後に兄の息子(ルーデウス)は何も要求していない。

謎だ。苦境に陥った今になって連絡を取る術がないというなら滑稽だ。だがそうやって敵を甘く見ることは下級貴族の特権に似ている。自分より身分の低い者を人間より下に扱う。愚かな行為だ。民は宝だ。同じように敵は常に強敵として対処する。敵を倒してからいくらでも勝ち誇れば良い。それが勝者の特権である。

 

さて、これから核心部分について考えようとしたとき、ルークが部屋に飲み物を2つ持ってやって来た。息子が私の手元と自分の近くに飲み物を置き、そして対面に座る。私はその飲み物を口元に運び、匂いが鼻孔をくすぐることで、それが王室御用達の特級茶葉で入れた紅茶であると理解する。迷わずに一口、口に含む。喉が自然と動いて液体を嚥下した。

 

「さて、アリエル様の考えについてお話する前に僕の立場も聞いてください」

 

ルークは私が一息ついたのを見て、話し始めた。

 

「良いだろう。話しなさい」

 

「僕はアリエル様ただ1人の騎士です。家のためよりもアリエル様が王になれることを優先しています。当然、アリエル様の不利益にならない範囲では家のことも考えています」

 

「お前の考え方は職務に忠実だ。誰憚ることはない。当然、私やヘンリーに対してもな」

 

常にアリエル王女を優先して欲しくはない。ただルークが言っているのはこれまで情報を私へ告げなかったことへの謝罪であろう。そう理解して私はそれを許した。

 

「ありがとうございます。では早速ですが、アリエル様はルーデウスが捕らえられたと聞き、直ぐに王様へ彼が無実であると訴え出ました。それに対して王様は『安心せよ。全て彼の手中にあり、内乱に陥ることなし』と返答されたようです」

 

言葉の意味を1つずつ考えねばならない。

アスラ王の言葉『内乱に陥ることなし』の意味は何だ。確かにアスラ王の役務が領地保護、ひいては内乱の芽を事前に摘み取ることだとすれば、この言葉は意味のある言葉だ。それは問題ない。私が憂慮せねばならないのはアスラ王の考えの中で『どうやって内乱が起ころうとして、それがどのように起こらないようになるか』である。それが私の懸念を含んでいるとすれば安心できるし、私の懸念を考慮されていないのであれば安心できない。

では前段の言葉に移ろう。アスラ王の言葉『全て彼の手中にあり』の意味だ。兄の息子(ルーデウス)は何かを持っている。物だとしたらそれは国家警察に既に没収されているはずだ。ならば持っているのは情報か状況となる。そうであることをアスラ王は知っている。ではアスラ王が知っているという、その情報か状況を兄の息子(ルーデウス)が使えば彼の疑いは晴れるということだ。その結果はアリエル王女の心配を無用とする。だからこその『安心せよ』である。

翻って、アリエル王女の心配とは何かとなる。それはアリエル派が勢力を減じることのはずである。つまり、アリエル派のノトス家も含まれる。

そこまで思いを巡らし、私は応えた。

 

「そうか。私の危惧する問題の1つはそれで解決となったな」

 

「1つですか? 父上、まだ問題があるということですか?」

 

「そうだ。今回の件でまともな司法判断は行われない。おそらく王の御前でその解決を見ることになるだろう。それを兄の息子(ルーデウス)が見事に凌ぎ切れば、社交界に衝撃的なデビューを飾ることになる」

 

「たしかに言われる通り。それでどれくらい不味い話なのですか? 騎士の息子が復興中のボレアスの後ろ盾を持ったとして、ノトス家が(おそ)れる程になるでしょうか?」

 

「サウロスはノトス家の当主を兄にすげ替えようと何年も画策していた男だ。私が何度それで煮え湯を飲まされたか。今は私の元で働いている者の中でも、兄やその息子が当主の権利を主張してきたときに寝返るだろう者もいる。きっと兄の息子(ルーデウス)のことも、使える駒が手に入ったから他に知られぬように隠していたに違いない。今回の災害がなければ兄の息子(ルーデウス)が成人してから乗っ取りをかけられていた可能性も否定はできん。予定外ではあろうとも、上手く凌いで社交界に登場するならいつでも仕掛けてくる可能性がある」

 

「なるほどアリエル様を助けたのは、ノトス家を乗っ取った後もそのままアリエル派に居続け、利益を独占するためということですか」

 

「私はそう考えている」

 

息子が締め括った想定に、実のところ私は思い至っていなかった。なるほど、なんとも恐ろしい計画である。

 

--

 

謁見の間での吊るし上げ。ダリウスの発言が私を青くさせた。『兄がノトス家を追い出されて、ノトス家を恨むようになり、息子をテロリストに仕立て上げた』だと?

それは事実ではない。兄は父と喧嘩をして自ら家を出て行った。確かに父は「今すぐ出ていけ」と言ったかもしれないがそれは言葉の綾だ。しかし結局、この場に居合わせた者はテロの元凶がノトス家にあると理解する。

王女からは心配する必要はないと聞いている。事ここに至ってもそれは有効なのか? 反論の機会が与えられねば、このままノトス家は悪者だ。今、この場に割って入り、ノトス家が無関係だと主張すべきだ。だが、そもそもなぜ私が兄の息子(ルーデウス)を助けるような真似をせねばならない。2つの考えの板挟みに遭い、釣り上げた魚のように口がパクパクと動くに留まる。息子の前で情けない姿をこれ以上見せられない。そう思いながらも動けないでいるとアスラ王の一声で流れが変わった。

 

「静まれ」

 

ざわついていた部屋の空気が沈静化する。そしてあれよあれよという間にダリウスの嘘が暴かれてしまった。

甲龍王ペルギウス、ギゾルフィ、ゼピュロスの娘。全く異なる3者からの手紙によって兄の息子(ルーデウス)は助かった。否、それらを受け取ってこの場で公表したアスラ王も含めなければいけない。もしアスラ王が握りつぶしていたらこうはならなかった。

 

--

 

騒ぎが収まり、ダリウスは大臣を罷免されて自領に帰った。

私も騒動に巻き込まれず、一安心してミルボッツ領の私室に独り入る。考え事をするときは執事を部屋には入れさせない。自らワイン棚に行くと、葡萄酒を取り出し、この部屋に1つしかない椅子にドカッと座る。用意したグラスを酒で満たし、匂いを楽しまずに一息であおる。葡萄の渋味が口と喉を満たした後、遅れてやってきた酒精の味との二重奏を為す。

私は何もしなかった。あれこれと悩んだのは取り越し苦労であった。だが貴族生活とはその連続だ。であるならば、まだ考える必要はある。ここで考えを止めるのは中流貴族止まりだ。私は才能がない。分不相応の家柄で競争も無しに当主になってしまった。だから他人より考えねばならない。

兄の息子(ルーデウス)の疑いが晴れたことでテロの原因がノトス家にあるという理屈も霧散した。王女の言った通りになった。だが、アスラ王の言葉は『起こることの全てが兄の息子(ルーデウス)の掌の上にある』と示していたはずだ。

どこまでが真実か? もし本当に全てなら、兄の息子(ルーデウス)は3者の協力を取り付け、アスラ王にダリウスよりも自分に付いた方が利をもたらすと考えさせた。これは最大評価になる。

ギゾルフィやゼピュロスの娘はおまけに過ぎない。どちらがあってもダリウスと比べることは出来ない。例えばギゾルフィの言う魔術ギルドの撤退は手痛いが、逆にギルド未加入のはぐれ魔術師を集めれば良いだけだ。それだけの求心力がアスラ王国にはある。

ならば答えは1つだ。兄の息子(ルーデウス)は少なくとも甲龍王ペルギウスに書状を書かせるだけの力を持っている。これは最小評価だが、それは最強の一手を持つことを示している。アスラ王も無視できない最強の力。ただ1つを除いて王国内全ての貴族が欲しがる力。そうノトス家だけは彼を欲しがってはいけない。兄の息子(ルーデウス)を味方につければいつかは寝首を掻かれる隙になる。

 

酔いが回って来た。被害はなかったのだ。出奔した兄の息子が社交界をウロウロするのは目障りだが、対処についてはヘンリーとよく話し合おう。

 

--

 

酔いが抜けるのを待つために1日経ってからヘンリーにアルスでの状況を話した。ヘンリーからは先般起こった魔物の活性化によって受けた損害からの復旧状況が示されるとともに、復旧の見通しや再発防止のための施策を纏めた書類が手渡された。ヘンリーが示す案はどれもよく検討されている。あと3年、15歳まで内政をやらせたらアルスの王立学校に行かせる。嫁の1人でも連れ帰ってくれるのが理想だが、アリエル派の貴族として不遇な扱いを受けるかもしれない。酷い目に合えば卒業を待たずに戻ってくる可能性もある。それならそれでミルボッツでの生活に満足をするだろう。貴族同士の争いより、この屋敷で内政に頭を悩ませる方が生産的なのは間違いがないのだ。狡賢い立ち回りも国家運営には必要ではあるが、ミルボッツ領の明主としてやっていくだけならそのようなものが無くても良い。

 

「お祖父さまの紹介でとある商売人が父上に面会を求めているのですがいかが致しましょうか。私が事前に会ってみましたが中々見どころのある者に映りました」

 

私の父は既に他界している。つまりヘンリーの言う祖父とは妻の父、私の義父だ。妻の実家は商売をしているから、面会を求めているのは義父の仕事の付き合いでどうしても断れなかったクチか。時間が許せば無下に断ることも無い。無能なら金の無心だろうし、息子が言うように有能なら双方にとってプラスの話を持ってくるはずだ。初対面と言う事を考慮に入れれば、こちらにずっと良い話を持ってくるだろう。

 

「お前が見込みがあるというなら会ってみよう。私がアルスに行く前に連絡を付けて連れて来なさい」

 

--

 

10日して、ヘンリーからの呼び出しに応えて応接室へと来た。私が応接室に入ると並んだ2つの後頭部が見える。客は2人、髪型から男と女の2人組だろう。

 

「父上」

 

ヘンリーが客人との懇談を打ち切って、立ち上がり、入って来た私に声をかけた。つられて、客人も立ち上がり私の方を向く。客は若い男女の商売人であった。だが、行商人というよりはアルスで商館勤めをする者か高級服屋の店員然としたぴっしりとサイズのあったスーツを着た男とあまり見たことのない動き辛そうな先が萎む形のスカートを穿いた眼鏡の女である。ミルボッツ領の中心地である我が町でも、ここまで仕立ての良い服を普段の仕事着にする者はいない。服の流行は概ね東からやってくる。これだけの高級品を身に付けるということは王竜王国かミリス神聖国の者だろう。年齢は2人共20前後というところだな。

そう考えながら、ヘンリーの隣の空いている席の前まで歩いてきた。

 

「ヘンリー、こちらが前に話していた私に話があるというお客人かね?」

 

「そうです。ええっとこちらが……」

 

「ヘンリー様、どうか自己紹介をさせてくださいますか?」

 

「あ、出過ぎた真似でした。ど、どうぞ」

 

「では、お言葉に甘えまして。ピレモン卿、お初にお目にかかります。仕立て屋をしておりますフィガロ・クローシーと申します。フィガロとお呼びください。隣におりますのは、私の秘書でスザンナです」

 

「お見知りおきくださいませ、ピレモン卿」

 

そう言って2人は深いお辞儀をした。貴族の作法ではない、だが綺麗で心のこもったものだと感じる。

 

「フィガロさんに、スザンナさんだね。よし、さっそくだがお話を聞こう」

 

そう言って私が座り、客にも着席を促す。4人が座ると、メイドの1人がお茶を配膳した。一応私が一口嗜むと客人も口にする。女の方は無言だったが、男は一言、お茶を褒めた。礼儀もしっかりしている。私は評価をプラスに修正した。

 

「それで、今日はどのようなお話をお聞かせ願えるのかな? 仕立て屋というなら服でも見繕ってくれるので?」

 

「私は服屋なのですが、複合企業(コングロマリット)の1部門を任されているに過ぎません。今回、お話しさせて頂きたいのは、グループ内にある傭兵部門からの打診をお伝えすることです」

 

「ふむ。傭兵業ですか。こう言っては何なのですが、ノトス家にも私兵がおります。そのことはご存知ないのですか?」

 

「もちろん存じております。ですが、過日の魔物の活性化で相当数が損耗していらっしゃると聞き及んでもいます。弊社のグループではその点を大変憂慮しております」

 

「なぜ? と聞いても?」

 

「失礼ながら、ノトス家はお血筋があまりにもか細い。4大貴族の他の家では何人もの直系が競い合い、または作業を分担し合い、家業を運営されております。一方のノトス家はピレモン卿が王都と自領を往復せねばならない。ヘンリー様がしっかりしているから安心ではあるものの、ご子息が王立学校に通われるようになるとまた厳しくなることは自明です。今回のフィットア領消失騒ぎで、弊社の幹部連中は肝を冷やしました。4大貴族のバランスは欠くべからざるものと再認識したのです」

 

「そのようなことであれば、御社が提案しに行くべきはボレアス家ではありませんか?」

 

「確かに多くの物を失いボレアスの力は今、著しく低下しております。ですが、ボレアスは既に復興の兆しを見せ、こちらの予測では以前よりさらに強くなって戻って来るでしょう。バランスの面で言えば、あの地にはもう少し弱まったままでいてもらわねばなりません」

 

「ほう。商人というのがそこまで貴族や政治を知るものとは思いもよりませんでした。それとも御社が特別なのでしょうか……。それは兎も角、当方の体制が盤石でないというご意見を否定はできません。であるとして御社は何をしてくださるのですか?」

 

「まずは復興中の村への防衛戦力の派遣。必要であれば再発防止のために各村に防壁の建造をお手伝いすることもできます」

 

「見返りを求めないのですか? 今回が最初の打診とは言え、あまりにも当方に有利なお話ばかり、気後れしますな」

 

「まずは信頼を得てからと思っておりましたが、もし話に乗ってくださるのならという仮定でお話させて頂くことは可能です。この件は他言無用、もしノトスの皆さまがご了承されなくとも我々は必要な作業を行うつもりでいます」

 

「随分勿体付けたお話をなさる。相当に話しづらい事のようですね」

 

「ええ。我々はルーデウス・グレイラットという人物を大変危険視しております」

 

膝の上の握りこぶしが震える程に力んだ。

 

「その名前が出るとは……。あの者の力はアスラ王国の誰もが欲しがるもの。ですが、当家との確執を考慮すれば当家だけは欲しがるというわけにもいきません」

 

「ピレモン卿、あなたは少々お心違いをされていらっしゃる。あの者の力はアスラ王国の誰もが手に入れてはならぬ物です。あの力を誰が手にしようともアスラ王国の政治は歪み、その先に待つのは国の滅亡です。我々のように商売をする者にとってアスラ王国を失うわけには参りません」

 

「そうやもしれません。ですが、皆にそう言っても聞き入れてはくれないでしょう」

 

「そのために我々は動こうと思います」

 

「何をされるのです?」

 

「彼の生家には別の国に移転してもらいます。それと彼が冒険に出るか魔法大学に行くかどちらかになるように持って行き、彼をこのアスラ王国から引き剥がします」

 

「どうやって」

 

「それは……あまり知らない方が良いとは思います」

 

その言い方は暗に汚い手を使うと言っているようなものだ。だが私はそれについて言及せず、また止めることもしなかった。

 

「そうですか。ノトス家はあまり危険な橋は渡れません。それでもお手伝いできることがあれば話を持ってきていただければと思います。ヘンリー、お前も相応の対応をしなさい」

 

「はい、父上」

 

 


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