無職転生if ―強くてNew Game― 作:green-tea
---ちょっとしたアドバイスを有り難がって、絶対の真理だと思う人がいる---
ある日、夢を見た。そこで私は神と出会った。いや、記憶では確かに彼/彼女と話した記憶はある。神々しいその姿には畏敬の念を覚えている。だがなぜか彼/彼女の姿を思い出すことはできなかった。ただ、話した内容だけは覚えている。
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「君、才能あるね」
私の才能? 金を稼ぐ才能の話か?
「否、魔術の才能さ」
最近、無詠唱で魔術を使う少女にあった。彼女は魔力量もバケモノだった。ああ言うのを魔術の才能があるというんだ。私は違う。
「まぁ魔術の才能と言っても人それぞれ色々な才能があるさ」
私には魔術の才能なんてありはしない。
「そうかな」
そうだとも。
「占いに興味があるかい?」
星占いなら昔から得意だが、魔術の才能ではない。あなたと同じことを言っている者がいた。あぁ少し判ったぞ。サル顔の魔族が言っていた神というのはあなたのことか。なるほど人の夢に出てきては何かお告げをしていく。そういう存在であるということだ。
「結構、察しが良いね。話がしやすいよ。ボクには未来を視る能力があるのだけど、ちょっと立て込んでいてね。間に合わない分は君にお願いしたいのさ。君は魔術で未来を予測する力を持っている。神様のボクが保証するよ」
星占いをどうやって魔術にするのだ。だいたい完全なる新規魔術なぞどうやって作るのだ。詠唱文がわからなければ作りようもない。
「そうだな…‥」
そこからは気の遠くなるような長い長い言葉の羅列だった。
「古代長耳族の使っていた言語を人間語に翻訳するのも面倒だなぁ。まあ抜けがあるかもしれないし、実用化するための改良は君に任せるよ」
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かせるよ……せるよ……るよ……
目の覚めた私は急いで本とペンを探した。災害の中、なんとか持ち出していた愛読書を取り出す。しかし、無い、書く物が無い。私は探すのをやめて、ガレ川のほとりにある役所に走った。知り合いに頼んでペンを譲ってもらった。当然、足元を見られていくらかそれなりの金を払わされたことは言うまでもない。
役所の入り口から少し離れた場所で少しでも時間が惜しいと私は座り込み、本の余白に夢で聞いた古代長耳族の使っていた魔術の翻訳版をメモした。長い長いその言葉の羅列の一言一言が私の手から本へと書き込まれていく。これほどのやる気を見せたことが私の人生であっただろうか? まるで自分の言葉のように書き込むことができる。その全能感。間違っていると自分を疑う必要さえない。私はこの道を進む。私は神の先兵だ。疑うことは許されぬ。私は神の言葉を信じる。その先に私の望む物がきっとある。私は手に入れる。金で買えなかった物を、心を埋める充足感を。
書き終わった魔術を私は早速、唱えてみる。だめだ、起動しない。無駄が多すぎる。なぜだか原因が判った。私の魔力量ではこの魔術は起動しない。効率化する必要がある。いくつか余分な機能を削らねば。この魔術を作った者の想いが判る。だからこそのティターニアの言葉か、判り難いことをする。だが魔術の起動に感傷は蛇足だ。
書き切った内容を頭で再構成する。どこまでも真っ直ぐにどこまでも潔く、魔術の構成として最短で必要最小限に組み直さねば。あぁ紙をくれ。
--ルーデウス視点--
ジェイムズとの会話が終わった俺達は、次の日の朝に水神流宗家の道場を訪れた。朝といっても城壁にある門が開く時間は過ぎている。水神流の門弟達なら早朝練習と食事を終えた後だろう。にも拘らず、ロキシーはがたがたと揺れる馬車の中でもウトウトと眠そうにして俺にもたれかかっている。
「私、朝は弱くて……」
「ええ、判っています。でも一緒に行くと言ったのはロキシー自身でしょう?」
「だって、私1人だけ置いて行かれるのはなんだかちょっと寂しいというか」
「今は良いですけど、道場についたらシャキッとしていてくださいね。それまでは僕が膝枕してあげますから」
そう言うと、遠慮してもたれかかっていたロキシーがそのまま俺の膝を枕にして仰向けになった。前世では膝に乗せて楽しんだロキシーを、最近は膝に横たえることが多い。結婚しようと言ったときもそうだったな。考えている内に余程眠かったのか、ロキシーはスヤスヤと眠り始めた。寝顔を眺めながら自分も1つ大きなあくびをする。俺はそこまで眠くはない。あくびをしたのはロキシーの眠気が移ってしまったからだ。
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道場の門前で馬車を降りる。「帰りは徒歩で帰ります」と御者に伝えておいたので2台の馬車はジェイムズの屋敷へと戻って行った。先頭の馬車から降りたエリスの背中からはやる気に満ちた闘気が隠されもせずに発せられている。ギレーヌはいつも通りだな。
そしてロキシーが1度、伸びをし終えるのを待って歩き始めた。
「さて、中に入りましょう」
そう断って道場の建屋に入った瞬間、剣士たちの熱気が襲ってきた。ほんの少し眼に魔力を注ぐだけで彼らが持つ闘気の色が判る。といっても目立つのはエリス、ギレーヌ、イゾルテの闘気だ。エリスからは猛る炎のような、ギレーヌからは包み込むような風が、そして出迎えようと目の前に来たイゾルテからは覗き込んだ湖の底のような静かな闘気が見て取れた。イゾルテは中々に強くなっている。出会ってからまだ3年半だが水王の片鱗くらいはあるのではないか。前世のエリスから聞いて知っているよりも随分と早く思う。
「久しぶりですね! エリス! ルーデウス君!」
「久しぶり、元気だった?」
「ご無沙汰しています」
イゾルテのテンションはエリス程ではないが中々高い、歓迎してくれているようだ。だが、このままここで話し込むのは失礼だな。
「サンドラさんにもご挨拶したいのですが」
「あら、御免なさい」
「エリス、イゾルテさんとお話をしていてください」
「判ったわ!」
そんなやり取りを終えて、1番奥で微動だにしない剣士の元へロキシーを伴って近づいた。
「サンドラさん、お久しぶりです」
「大きくなったな。ルーデウス君」
「なにぶん成長期ですから、サンドラさんはお変わりなく」
「フィットア領は大変なことになってしまったな。それに君がその首謀者として捕まるとは。詳細が分からないせいで君には力があるからやっぱりと言う者もいたし、礼儀正しい君がそんなことをするはずがないという者もいた。まぁ皆、本心では一様に心配していたと思うがな」
ちょっと! やっぱりって思ったやつの名前教えてくれませんか? 失礼しちゃうなホント。
「それは何ともはや。ご心配をおかけしたようで恐縮です」
「それでギレーヌからは一戦交えたいと聞いているのだが」
「は?」
またアレか、ギレーヌが勝手に自分の想いを足してしまったかそれとも言葉足らずで相手が勘違いしたパターンか。
「ん? だから手合せに来たのだろう? 前哨戦だといって、ギレーヌが来たときにイゾルテと手合せしていったので私も楽しみにしていたんだが」
えっ……楽しみにされていたの? なんだかそれはちょっと、気の毒だな。
「な、なんですって!?」
道場に響く大音声。だがエリスではない。この声はイゾルテだが、彼女はもっとずっとお淑やかな人物である。これは彼女には相応しくない言動なのではないか。目の前のサンドラも僅かに眉を
「すみません、師範! ちょっとルーデウス君をお借りできますか?」
言葉に応じて俺は1度、その剣幕を確かめるためにイゾルテに向きやってから隣にいるロキシーと顔を見合わせた。そして最後にサンドラの顔色を窺う。別に機嫌は悪くなさそうだな。何か楽しむような気安さがある。
「まだ話の途中だが、良いだろう。私はこちらの眠た気なお嬢さんと自己紹介でもしているよ」
そう言われたが早いかイゾルテに後ろから腕を掴まれて道場の真ん中へと連れてこられた。俺が見ている間に、ロキシーとサンドラは何事か挨拶をしていた。ちゃんと先生を紹介したかったのになんて事だ。
「ルーデウス君!」
「イゾルテさん何をそんなに息巻いていらっしゃるんですか。美人が台無しですよ。エリスに何を吹き込まれたんですか?」
「あ、あたし?」
観客に回っていたエリスが驚いている。俺からしたら確実に原因はエリスだ。もしギレーヌとの手合いが原因であれば今日、会った時点で機嫌が悪かったはずだからな。
「誰に吹き込まれたかは、この際、関係がありません」
いやいや、ヒトガミに吹き込まれていたら厄介ですし。イゾルテの言葉は続く。
「君は私より強い。ですが、その年齢で女性を好き勝手できると考えてはいけません。一途さの強さを知って頂きましょう!」
彼女が片手を上げると、門弟の1人が木剣をその手に投げ、彼女は格好良くそれを掴んで構えた。俺のところには昔、聖級だと言われていた男が木剣を渡しに歩いてくる。俺はそれを受け取り、泰然と構える。
イゾルテが呼吸を整える。いままでの怒りはどこへやら厳しい目つきにあの静かな闘気を纏った。
軽く打ち込む。上段から斬り下ろすとカウンターをせずにイゾルテが木剣を受け止めた。木剣と木剣が鈍く カンッ と鳴る。
「エリスに好きと言ったようですね」
「はい」
2人にだけ聞こえるようなイゾルテの呟きに気楽に答える。
「ですが、あちらの魔族の方とも付き合っている」
「ええ」
当たり前のことなので即答した。
「そのようなことミリス様はお許しになられません」
強く弾かれ、隙を作らないように逆らわず、間合いを作る。水神流に珍しく、イゾルテから中段右から左への横薙ぎが追い打ちをかけてくるが、これを水神流・流で受け、受けた力を相手へのカウンターではなく、移動方向への力に受け流し、左側に大きく飛ぶ。そして彼女を正眼で捉えるように足を運ぶ。
「僕はミリス教の信者ではありません。それに他人の信条に口出しするのはルール違反です。ミリス様は他人の信条にあれこれ口出しせよとおっしゃる方なのですか?」
「強き者が強さにかまけて何をしても良いということはありません。強き者こそ、自制し、皆の手本となるべきです」
「その考えを否定はしません。ですが、僕は自分を偽って生きることをもう止めたのです。僭越ですが、イゾルテさんもいつか素直になれる方を見つけてください」
言い切ると同時に特殊な
「参りました」
イゾルテは神妙な顔つきで負けを認め、お辞儀をした。
「手合せするのに変な小芝居は入りません」
「お見通しだったようですね」
俺の推察を認め、少し肩を落とすイゾルテ。
「ミリス教の信者の方は、ミリス様を悪く言われるともっとこう頭に来るみたいですからね」
「それよりも最後の切り上げ前に起こったことが私の想像を超えた現象だったのですが」
「今のは本来、七星流の仁王剣を連続で3回打ち込む技ですが、3発目を少し改良しています。簡単に言えば、水神流奥義の
「断で闘気を邪魔されていた。やはりあの感覚は間違いではないのですね」
イゾルテが納得を示したところで、その肩に近づいて来たサンドラの手が置かれた。その手が何を意味するのか、労いだろうか。
「私との約束を覚えてくれていた様だが、技を披露するのは私との手合いにして欲しかったな」
サンドラから出てきたのは俺への文句だった。手早く終わらせたつもりだったが、もう先生との自己紹介は終わってしまったようだ。サンドラの置いた手に応えるようにイゾルテは壁際に歩いて行く。俺も言葉を返す。
「今のだけで良ければ……」
「今のだけ? つまり私のためのプレゼントは残っている?」
半ば強引にプレゼントを掠奪しようとする態度で言われても説得力がない。サンドラが満面の笑みで木剣を構えたのを見て、俺も構えなおした。
「仕方ありませんね」
2連戦か。素早く、技を披露するための段取りを考える。サンドラは完全に待ちの構えだ。これでは成功しない。
俺は構えた位置から左右に大きく振った
「なぜ次の攻撃をしてこない?」
尻もちを着いたままサンドラは疑問を投げてきた。
「お見せしたかった技を披露しましたので、ここまでで十分かと」
「今のは?」
「最初の連撃は七星流の技ですが、走り込んだ後に見せた技は私が編み出した
「そうか参考にさせていただこう。しかし、イゾルテに見せた技も私に使った技も使えぬ技で構成されているな。意地悪なのか?」
「使えるようになれば良いではないですか。そのために鍛錬されているのでしょう?」
「む。違いないな」
俺はサンドラが立ち上がるのに手を貸した。そこへエリスが近づいてきて、遅れてロキシーも集まってきた。
「やったわねぇ!」
「剣術をするルディを初めて見ましたが何というか想像を超えていますね」
同伴者がはしゃいでいるのを見たからか、サンドラはイゾルテに話をしに行ってしまった。頼まれていた約束がこれで果たせたと言いたかったのだが、まぁ良い。余計なことを言ってまだ足りない、もっとあるんだろう?とか聞かれたら厄介だ。2人の褒め言葉に応えながら、ギレーヌの待っている壁際に移動した。
「剣技よりも体の動かし方が良くなっている。日々の鍛錬を欠かさずにやった証拠だな」
2人の言葉をその耳で聞いたのかギレーヌは俺が立ち止まったところで別の評価を下してくれた。ギレーヌはこういうところが良い。俺のまだまだな点をしっかりと見ているからこそできる評価をくれた。
「ありがとう、ギレーヌ」
「なんだかギレーヌへの返しだけ丁寧ね」
「お互い高いレベルの剣士であるからこその会話だと思います。エリスさんもそのレベルになればルディも喜びますよ」
「エリスが今から手合いをやるなら見させてもらうよ」
「頼んでくるわ!」
そう言うとエリスはイゾルテに手合いを挑みに行った。まだイゾルテと対面するには少し力不足な気もするが。
--シルフィ視点--
災害から7か月、ブエナ村での生活もテント暮らしから急ピッチで元のような木と石で造られた家の生活に戻った。これは、それまでの話。
この冬は今まで生きてきた中で最も家のある暮らしに感謝した。もしテント暮らしのままで冬を越さなければならなかったとしたら、魔術で毎日、村人の各テントを暖めに回る必要があっただろう。当然、ルディも同じことができるから、彼とも顔を合わせることになったと思う。それを避けることができたのも師匠が手際よく村のリーダーとして仕事をしたからだ。私の知っている師匠は剣は強いけど、こういったリーダーシップに長けている感じはしていなかった。気の配り方、段取りの仕方、そういうのにとても手慣れている。イメージとしてはこういうのを得意としているのは師匠の冒険譚で言えばギースという人物、私が知っている人物で言えば……やめよう。彼のことをあまり考えたくはない。
ブエナ村に戻っても女性部の仕事が残っている間は家族に不審がられることはなかった。だけど、女性部の仕事が終わり、朝は師匠の所に行かずに家の近くで1人で修練をしているのが父と母にバレてしまうと、「喧嘩でもしたの(か)?」と心配されてしまった。私は「師匠は復興で忙しく、ルディは旅で相当疲れている。今は休ませてあげたい」と殊勝な言い訳をして父と母の疑念を晴らした。だが母は獣族の血が混じっているせいで、いろいろな事に鼻が利く。しばらくして自分の本当の想いが母にはバレてしまった。そんな母は災害前と同じように数日に1度はグレイラット家に行く。ほぼ間違いなく私のことも相談しているだろう。だが何かのリアクションがあるということはなかった。母の性格を考えてみれば、誰かに"何もしなくても良い"と言われたと想像できる。師匠かゼニスさんかリーリャさん、誰に言われたのだろうかと考えたが、3人共にそんなことを言う人物だとは思えなかった。だが例えばルディに"何もしないように"と言い含められているとすれば、こういう状況になることもあり得ると思った。彼は結婚の約束をした私を置いてどこかに雲隠れし、他人に見せることができない行為をしていた人なのだ。もうやめよう。また彼のことを考えてしまっている。頭がズキズキする……。
自室の椅子から立ち上がると違和感がした。頭よりもお腹が痛い。ズゥンという感じで内側からの地味な痛みがある。ふと何かがツツッと走る感覚があってスカートを見ると足元に血が垂れていた。何? 私は何が起きたか分からなかった。血だ。自分の血だ。私は知る限りの治癒魔術を使って痛みを止めようと思ったが止まらない。大量に出血したわけでもなく、毒かもと考えて解毒魔術を使ったがそれでも意味がなかった。
私は血で汚れた下着を脱いで、濡れた布で股間から足元を拭った。それから新しい下着に着替え、血が付いて汚れてしまった下着を洗うため家の裏手の洗濯場に移動した。今日はズボンでなくて良かった。ズボンだったら服まで台無しだったはずだ。
血が付いてしまった下着を水洗いしても完全には綺麗にならなかった。なんとかもう少し血の跡が消えないかと、普段よりゴシゴシ洗う。また何か嫌な過去を思い出しそうだったので無心でゴシゴシと洗っていた。そんな洗濯場に顔を出した母が私に尋ねた。
「シルフィ、どうしたの?」
「お母さん。あの、その、お腹が痛くなったと思ったら、急に血が出ちゃって……」
「まぁ! 良かったわね!」
私は頭がこんがらがってしまった。母が言うだろうと予想していたことと母が言ったことが真逆のことだった。まったく理解できなかった。
「そうかー、シルフィもこれで大人の身体になったのねぇ。少し遅いと思っていたから心配してたのよ。あぁ、どうしましょう。今日はいつもの豆スープの予定だったんだけど……お父さん森豚でもとってきてくれないかしら」
「大人の身体って?」
「ああ、ごめんなさい。ちゃんと説明してあげるからね」
それから母の説明で私は自分が子供を産める準備ができたということを知った。それから1月に数日、お腹が痛むことがあるということも。強く痛むときは山に自生する薬草から鎮痛剤を作って飲むことで鎮めることができるそうだ。母が少し分けてくれたが、自分で採取して作れるようになった方が良いという。
母が言っていた10歳を過ぎるまで旅に出ない方が良いというのはこのためだったと、ようやく種明かしがされた。ただ、長耳族のクォーターで獣族の血も少し混ざった複雑な血を持つため正確な時期が判らなかったとも言われた。もし来ないと不安にさせてしまうという懸念もあって黙っていたそうだ。それから私は耳の形や髪の毛の色からして長耳族の血が濃く出ているらしい。もしそうだとすると、子供ができにくい体質だという。
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夜になって母が私の身体のことを父に報告すると、父の顔色が悪くなった。私は不安になって父に声をかけた。
「どうしたの? お父さん」
「シルフィ、そこに座りなさい」
私は父の声音にただならぬものを感じて神妙な面持ちで対面の椅子に座った。母も同じテーブルに着くと、父が語り始めた。
「私の母、シルフィのお祖母ちゃんの話をしよう。もしかするとシルフィにとっても大事な話だからね。お祖母ちゃんはとても厄介な呪いを持って今も生きていると思う」
私は父が慎重に話すので少しもどかしさを感じた。
「お祖母ちゃんって長耳族の?」
「そうだ。お前のお祖母ちゃんはね。呪いのせいで大森林でいざこざを起こしてね、大変な嫌われ者なんだ。それで大森林を追い出されてしまった」
「うん」
嫌われ者。住んでいる場所を追い出されてしまった。いじめの原因は何なのだろう? 私と同じ髪の色だろうか。
「お父さんはお祖母ちゃんを恨んでいたよ。あの人の息子ということが知れたせいで母さんとの結婚も反対されたくらいだ」
「お父さん、お祖母ちゃんは何でいじめられていたの?」
「いじめではないんだよ、シルフィ。お祖母ちゃんにとっては仕方のない事だったんだが、村の人にとっても許せないことをお祖母ちゃんがしたのだからね。本来は夫婦の間柄だけでする赤ちゃんを作る儀式があってね。お祖母ちゃんはその儀式を頻繁にしないと魔力の異常で死んでしまう呪いを持っている」
「お父さんとお母さんもその儀式をしたの?」
「え? あ、ああ、それでシルフィ、お前が生まれた」
「ふぅん」
「だけどお祖母ちゃんと最初に結婚していた相手が事故で死んでしまったらしくてね。呪いを我慢できなかったお祖母ちゃんは不特定多数の村の男たちとその儀式をしてしまった。好きな男をお祖母ちゃんに取られてしまった村の女性たちはひどく怒ってね。だからお祖母ちゃんは村から追い出されることになったのだよ」
私はなんとか理解した。その儀式とやらは好きな人とだけする物って感じなのかな。
「それで本題なんだが。シルフィも今日起こった身体の変化で赤ちゃんを作る儀式のできる身体になった。だから夫婦になったなら、そう近くない将来にその儀式をする日がきっと来る。でも条件があることを覚えておいて欲しいんだ。その条件というのは、自分の寿命と同じくらいか自分よりもっと長い寿命の相手を選ぶこと。自分のためにね」
「どうして?」
「もしかするとシルフィはお祖母ちゃんと同じ呪いを引き継いでいるかもしれない。その呪いが発動してしまった時、自分と同じかもっと長い寿命なら、お互いだけで問題を起こさずにいられる。お祖母ちゃんのように事故で相手を無くすとどうしようもないけれどもね。寿命の異なる相手を旦那さんに選ぶと必ずお祖母ちゃんの二の舞になってしまうからね」
「じゃあ元から……」
「そうだ。お父さんはシルフィとルディ君の結婚を許すつもりはなかった」
「あなた、そんなことって」
「ずっと言い出せずにすまなかった。シルフィ、フィアーナ。だけど初恋が上手く行かないのもよくある話だ。この話をするまでは無理に別れさせようとも思わなかった。ルディ君のことは私も好きだったからね」
全てを聞き終えて、父が話し難かった説明を今まで長い時間をかけて用意していたと気付いた。だって、いつもはそれほど話上手ではない父がこれだけスラスラと話したのだから。
次回予告
ルーデウス不在のブエナ村。
黒狼の牙の飲み会も終わり、
訪れた者らが去った後。
復興中の静かな夜に
忍び寄る魔の手と対峙するは
この2人のみ。
次回『ブエナ村の戦い』
俺の/私の鍛錬の成果
-10歳と8か月
茶番が終わる
ジェイムズの家へ
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