無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第067話_ガレ川の戦い

---賢き弟子は師の求めたるところを求める---

 

作戦のためにブエナ村の東側の森を通ると1匹の魔獣がいた。この辺りを縄張りとする魔物というよりは魔獣に見えた。1本の角を頭頂部から生やした白い馬型の魔獣が首を動かしてこっちを見ている。目を合わせたことでその瞳が紅いことも知れた。角以外にもこの辺りに棲息する馬と違う部分はまだある。たてがみから背中を通って尻尾に至るまでボリュームのある白い体毛で覆われており、4本のそれぞれの足首にも似たような長い体毛を持つため、どちらかというと寒い地域で使われる農耕馬のような毛並みをしつつも、そういった馬に特有のずんぐりむっくりとした雰囲気はなく、すらりとした脚は優雅で気品のある姿を見せている。そして白みのある青を基調にした皮膚がなんとも神秘的な様相を演出している。

その魔獣がこちらを見たまま佇んでいる。普通の馬の全長の3倍はあろうかというその体躯。

 

「師よ。あのような魔物を見たことがないのですが」

 

同行している弟子の内の1人が私に話かけてきた。さらにその後ろからも弟子たちが口々に同じことを告げている。話している内に、その青白い馬は角の横にある尖った両の耳を動かし始めた。最初はこちらの声に聞き耳を立てているのかと思ったが、片方を前にもう片方を後ろに向けた後、それを交互に切り替えるのを繰り返している。

 

「私も見たことはないね。ただ占星術師殿からは強い魔獣を見つけた場合は、作戦に支障をきたす恐れがあるので倒すように言われている」

 

「あれは強いのですか?」

 

「おそらく相当に」

 

馬が(いなな)くと中空から突然、稲妻が(ほとばし)り、弟子のひとりに直撃した。

 

「エルヴィン!」

 

稲妻が直撃した弟子エルヴィンの隣にいたリチャードが彼の名を呼んだ。為す術なくエルヴィンは戦闘不能となり、煙を上げて倒れている。このままでは持ってきた戦力が維持できない。

 

「皆は下がっていなさい。黒の者達が来ても不用意に近づかせないように」

 

私は即座にそう判断した。

 

--

 

森での戦闘から4日が経った。占星術師殿と博士によって立案された作戦計画では「森の安全を確保し、その後にガレ川の東にて不明存在と少女の2人組を要撃し、黒の団のブエナ村襲撃の時間を稼げ」となっているため、今はガレ川の東に陣地を敷いて目標を待っている。

正直に言って、作戦を聞いた時点で占星術師殿の力を私はあまり信用していなかったが森で遭遇した魔獣の強さを見て、私は考えを変えた。一方、連れてきた弟子たちは、私の力を過信しているが故に占星術師殿への不信感を未だに拭えていない。残念ながら『北神とその弟子の戦力でアスラ王国という平和な地域の森を掃除しろ』とも取れる作戦内容では、それも致し方ない。だが、味方の1人を一瞬で戦闘不能にしたあの魔獣の強さを我が弟子たちが正確に測れないことは今後の課題である。

そして事前に黒の部隊長と情報交換した内容で言えば、順調に進んでいればだが既に黒の団は作戦を終えて撤収している。ならば『時間稼ぎ』をするという作戦目的は意味を失っている。しかし、占星術師殿の未来予知が完全でないとすれば一体どれくらいの誤差が生じているのか、今後の部隊運用の参考にするためにと私の独断で隊はここに駐留し続けている。

要撃を確実なものにするべく、煮炊きや体温確保にも火の使用を禁止しているため部隊員のストレスは大きい。また戦線離脱したエルヴィンと彼を連れ帰った他2名の荷物から帰りの分の糧食を得たことを計算に入れても、携行食糧の残量は本日の夜で3割を切る。それが意味するところは本日が最終日、明日には帰還せねばならないということだ。この状況が部隊員の占星術師殿への悪感情を増大させかねないという不安が心中で渦巻く頃、夕刻にようやく彼の者たちが現れた。情報通り、少女を連れ、剣を携えただけで身軽な格好をした少年だ。

我々が居る場所はガレ川の橋の近くといっても、橋の周囲にある避難テントが遠くにみえる程には離れた場所である。そんな場所で唐突に彼らは立ち止まった。彼らが立っている場所は作戦領域の僅かに外だ。気付かれたのか。

彼らはアルス王都でも追跡術のスペシャリスト達の追跡にいち早く気付いたと報告があった者たちだ。それを考慮に入れての要撃準備をいとも簡単に見破られたことに、不明存在の常識を超えた力を垣間見た気がした。気を引き締めなければ全滅もあり得る。

 

 

--ルーデウス視点--

 

アルスで感じたのと似た妙な気配がして、俺は立ち止まった。ロキシーと手を繋いでいたために、ロキシーも立ち止まる。水眼に込める闘気の流れでピントを変えて行く。前世で千里眼を使ったときにやっていたのと似た要領だ。すると、進行方向やや道を外れた場所から非常に大きな山のような闘気が視えた。他にもそれなりの闘気を纏った存在が5人。伏兵を考えてそのまま周囲を確認する。

 

「また何かいるのですか?」

 

ロキシーの言葉は端的で的を得ている。

 

「はい。水神並みの闘気を持った相手みたいですね」

 

「そんな存在がこの辺りをウロウロしているでしょうか?」

 

ロキシーの言うことは本当にいつも正しい。間違っていても可愛らしいから全てが正義に繋がっている。まぁそういうノリはさておき、復興中のフィットア領で何かをするにしても、これほどの戦力が必要とは思えない。

 

「判りません。この時期の前世の僕は魔大陸にいたせいでフィットア領の状況については全く知識がありません」

 

「そうですか。それでどうしますか?」

 

「ロキシーを守りながら戦うことが難しいかもしれないので空から援護していただけないでしょうか?」

 

「なるほど、やってみます」

 

「振り落とされないように注意してください」

 

俺はそう警告しながら、懐から石板を出してスパルナを召喚する。召喚したスパルナにロキシーとの連携を設定し、その後で自分用に2体のフェンリルを呼び出して横陣を取った。相手はまだ動いてこない。何が目的だろうか。判らないがこのままここでお見合いをしているつもりも無く、俺は剣を構えて横陣を維持しながら慎重に前進していった。

両脇に控えるフェンリルが唸りを上げると、見覚えのある顔の男が茂みから立ち上がって現れた。アレックス・カールマン・ライバック。北神二世。凄まじい闘気の持ち主として映る者は、そうは居ない。闘気を視た後では予想の範囲内だが、なぜこんな辺鄙なところにいるのか(よう)として知れない。

 

「やあ、初めましてルーデウス・グレイラット君。私の名前はシャンドル・フォン・グランドール」

 

真名ではなく、偽名を使っているのは予想通り。そしてここに来た理由が俺であることが知れる。

 

「こちらこそ、初めまして。シャンドル殿、それでこんな所で何用でしょうか?」

 

「一手お手合わせ願おうかと」

 

シャンドルはにこやかに言うと、左手で左肩の、右手で右肩の鎧についた何らかの留め金を外した。それから右肩についている鳥の爪のようなパーツを左手で外し、右手に装着。既に爪を装備してしまった右手で同じように左肩パーツを外し、左手に装着。その爪の長さはおおよそ10cm弱というところ。右手を長めに左手を短めに突き出し、猫のように構えている。俺が初めて会ったときは棍というかただの棒きれを武器にしていたが、今は鎧から外した鉤爪(かぎづめ)を武器としているようだ。

その構えは俺が動作の癖を増やすために行っていた猫拳にそっくりだ。1つの安心材料は他の剣士の武器は普通のミドルソードであり、変則系なのはシャンドルだけなところだ。まてまて、シャンドル以外の剣士も北神流であるとすればどんな暗器を持っているかはわからないな。

 

「このような状況にされては引き下がるわけにはいかないと思いますが、お弟子さんたちにも同じ覚悟があるのですか? あなたのような半魔と闘いながら手加減はできません。巻き添えで死なせてしまいたくなければ是非、観戦だけにしてもらいたいものです」

 

「気にされることはない。ここに居る者はいずれも武芸者。武の道に生き、武の礎とならんと欲する者たちです。やってみるが良いでしょう。君にそれができるというならですけどね」

 

「そうですか。では改めて名乗りましょう。我は七星流開祖ルーデウス・グレイラット。この手合せ受けさせていただきます」

 

まずは『岩砲弾』を重ねがけする。1回、2回、3回……あの鉤爪で防ごうとしても諸共折るつもりで。多勢の連携が始まるまでに必要な間、こちらは既に役割分担を終え、地上では俺が自由に動ける状態。そこに生ずるラグ。それを利用して相手より一瞬早く攻撃を開始する。6分身から3本の真空斬り(ソニックブレード)、2本の真空剣(メイデン・ブレード)、1つの『岩砲弾』を打ち出す。後退する者が3、前進する者が3。

超高速の『岩砲弾』を鉤爪をいくつか損傷しながらも辛うじて受け流したシャンドル、彼は俺の攻撃の圧によって後退を余儀なくされた。そして、彼に合わせるように2人が後退組となったようだ。恐らくは最初から決まっていた2部隊による波状攻撃。そこに上空からロキシーの『フロストノヴァ』が降りかかっていくのが見える。波状攻撃を分断するためのロキシーの判断か。なら、その稼いだ部隊連携の隙を突く形を取って前進組の3人を初撃で打ち倒せば良い。

前の3人は聖級レベルが2人にサンドラ並みの者が1人。そう考えつつ、3人のユニットの連携を阻止するべく、迫りくる聖級の2人に確実な牽制として剥奪剣を当てる。思った以上の効果で2人の北聖が怯み、そこへフェンリルが前足と顎でそれぞれに襲い掛かり、屠って行く。

そして俺の間合いに入った帝級相当の男が単独で俺に斬りかかってくる。二刀流の剣を僅かな時間差で振り下ろす様は、俺にぬるりとした記憶を呼び覚まさせる。嫌な臭いだ。この剣技には見覚えが、オーベールの朧……なにやらか! 俺はそれを理解すると最初に迫りくる一太刀を天沼矛(あめのぬぼこ)で受け止め、そのまま男の剣が勝手に自傷するが如くもう一方の剣の軌道に割り込ませた。だがこれで終わりではないのは判っている。男は1刀目が俺の迎撃に入ったと見るや、素早く右手を剣から離して腰の3刀目を抜刀するために動かしている。2刀目が相殺されたことでバランスを崩してはいるが、それでも尚、3刀目が煌めく。俺の首筋に入ろうというその剣は無詠唱の『物理障壁(フィジカルシールド)』が受け止め、反作用で相手を吹き飛ばした。男はそのまま俺の間合いの外まで転がっていき、勢いが止まると素早く立ち上がろうとして上半身だけを起こすにとどまった。

天沼矛の巻き込みを受けた左手、ひどく痛むのか右手でその手首を抑えている。治癒術師を用意していなければもう戦闘は出来ないだろう。フェンリルが屠った2人も伏したまま、息はある。だが北神流は最後まであきらめない。何度も痛い目にあった記憶がある。3人を行動不能にしておくために追い打ちで『土枷』を付けておく。

残りの3人は、上空のロキシーから魔術攻撃を受けたはずだが、いずれも致命傷には至っていない。身体能力で優る北神流剣士に対して広範囲の領域魔術を選択したロキシーのセンスに信頼を寄せつつ、掻い潜った後続の3人を見る。数は後半分に減ったといっても北神を含み、戦力的にはまだ8割以上と考えて良い。一方でその北神の鉤爪は『岩砲弾』を受け流しただけでボロボロだ。獲物も無しに継戦の判断をするだろうか。いや未だ北神本人とは刃を交えていない。あの男は来る。その確信の元、不可視の剣を構えなおした。

かつて英雄と呼ばれ、そして英雄と呼ばれる自分の強さに疑問を持ってしまった男。その男の覇気の使い方は『受け流し』と『緩急』にあると自ら語っていた。北神流でありながら水神流のような防御力を誇り、変幻自在の攻撃を生み出してくる。

 

喉がゴクリとなった。

 

水神レイダと闘ったときは勝てなくても良いと思っていた。だが今回は違う。この強大な相手に負けない必要がある。先程しかけてきた男たちは本気の殺意を抱いていた。元英雄が本気の殺気を剣に込めたときは、俺も覚悟を決めねばならない。そうならないように倒す!

 

まずは『泥沼』を発動する。

―シャンドルを除く2人の剣士の内、1人は逃げられず沼の中に足を足首まで沈ませ、もう1人は範囲から逃げ出すためにさらに後退した。

――シャンドルはというと、咄嗟に引き抜いた雑草をばら撒き、そしてその草の上に立っている。忍者。奇抜派を生み出しただけはある。

 

続いて広範囲の『フロストノヴァ』を発動。アクアハーティアには及ばないもののインビジブルソードに嵌め込まれた魔石によって水属性は強化されている。俺の魔術なら掠るだけでもその部分が氷結して動きは鈍るはずだ。

シャンドルは『泥沼』を飛び越えるために草の上を跳躍して突っ込んでくるが、その動きに翳りはない。『フロストノヴァ』を何等かの方法で相殺している。恐らくはあの鎧かそれとも他の装備に掛けられた魔力によるのだろう。

水魔術は効果が薄いと判断し、着地のタイミングに『電撃(エレクトリック)』と『風裂(ウィンドスライス)』を飛ばす。『風裂』が効いているようには見えず、こちらも耐性を持っている可能性がある。さらに『電撃』に対しては煙を上げ、効果がみられるが、それでも突っ込んでくる。やはり不死魔族とのハーフは厄介だ。一直線に突っ込んでくる所に再度の『岩砲弾』。が、威力を高めずに飛ばした『岩砲弾』は歯抜けながら覇気で覆われた鉤爪によって受け流されていく。『岩砲弾』が持つ運動エネルギーを使ってシャンドルの足取りを止めようとした俺の目論見は失敗していた。なぜなら受け流しつつも前進するだけでなく、あまつさえ何らかの方法によって加速している!? 俺は相手との間合いが一気に縮まるのを防ぐために僅かに後退していたが、気付くのが一拍遅れたために追いつかれ、相手の間合いの圏内へ。右の鉤爪が俺の左腕をもぎ取ろうと差し出されたため、剣を差し込む形で受け止めた。そして左の爪が動く。先程、帝級クラスにやったような『物理障壁』での防御はしない。北神はさっきその防御方法を見た可能性が捨てきれない。もし考慮された上でそれを突破する方法を持っていればそのときは死が待っている。リスクの高い選択はしない。俺は心臓めがけて付き込まれようとする攻撃へ重力魔術で対応する。北神が無抵抗に空へと飛んでいく。北神が間合いから外れることで呼吸も戻り、汗がどっと噴きだした。

シャンドルが見えなくなった頃、魔力の判定から外れた彼は真っ直ぐに落下し地上に激突した。普通の人間なら即死だが、あれで死にはすまい。そのまま剣を構えているとシャンドルはむくりと起き上がり、ケロリとした表情で告げた。

 

「懐かしい魔術です。この身で受けるとは思ってもみませんでした」

 

いつの間にか彼の両手の爪は全てが砕かれている。激突を和らげるために両手の残った爪に覇気を纏ってクッションにしたか。

 

「北神二世とまともに斬りむすぶわけにはいきません」

 

俺は種明かしをするようにしながら、話を切り替えさせる。重力魔術の話をあまりするつもりはない。

 

「やはり私の素性を知っていますか。気になりますが弟子たちを回収していかねばなりません。中々に心躍る戦いでした。また会いましょう、ルーデウス・グレイラット」

 

俺はもうあなたとは戦いたくない。命あっての物種である。

 

シャンドルは副隊長格の男を右肩に、フェンリルにやられた内の1人を左肩に背負った。フェンリルにやられたもう1人の男は、腹を抑えながらも立ち上がり、シャンドルに背負われることを断るようなジェスチャーを見せている。そこまで呆然と見ていたのだが、殺気を見せない北神が俺の元まで戻って来た。僅かに間合いの外で停まる。

 

「言い忘れていました。不躾なお願いなのですけどね。今回の行動によってアスラ王国を大きく動かし得る力が君にはあると世に示されてしまった。そして、君と君の家族の存在はこの国の存亡に関わると我々は見ています。ですから君の一族にはアスラ王国を離れて欲しいのです。アスラ王国を離れるのなら我々は追手を出しません。あなたは強いですが、我々のように組織的に動けばあなたの裏をかくことは容易です。賢いあなたならどういう意味かわかりますよね?」

 

そう言って彼は引き上げて行った。ロキシーを引き付けている男と『泥沼』からようやく抜け出した男もシャンドルの動きを見て合流し、撤退していく。

彼らの目的は気になるが、追っている気力も暇もない。彼らが南から来たとしたらブエナ村がどうなっているか心配だ。

 

 

--パウロ視点--

 

俺が目を覚ますと、そこは自宅のベッドだった。身体が重い。肉体的な身体の重さをここ最近はずっと感じなかった。それでだろうか起き上がろうとしてバランスを崩す。おっとっと……。咄嗟に利き手でベッドを掴もうとするがすり抜けて、そのせいで右側に倒れ込みそうになる。だが、俺の鍛え上げられた腹筋と背筋がそれを阻止する。絶妙に力を入れることでそのままベッドから起き上がる姿勢になった。

そこで部屋の隅から立ち上がろうと動く者がいることに気付いた。ノルンだった。俺はノルンに笑いかけようとしたが、それより早くノルンは俺から視線を逸らし、部屋の扉を開け、叫んだ。

 

「パパがめをさましたー!」

 

ノルンの行動は緊急性を告げる感じではあるが、声音に歓喜の感情を伴っている。嫌われている訳ではない。そこまで考えた時点でドタドタと階段を上がる足音がきこえ、2人の妻が押しかけた。

 

「あなた!」

 

そう言ったゼニスが俺に飛び込み、ベッドの上の俺の下半身にしがみ付く。為すがままにされながら、俺はリーリャに説明を求めるように視線を動かした。

 

「戦いから丸2日も眠っていたんです」

 

そう聞くとグゥと腹が減った。

 

「心配をかけたようだな。だが、少し記憶が混乱している。誰か何が起きたか説明できるか?」

 

「私が説明するわ」

「では、私は何か食べる物を持ってきます」

 

そう言ってリーリャが部屋を出て、ゼニスが涙を抑えつつ話し始めた。

俺が敵の大将に深手を受けた後、シルフィは魔術を使いながらも善戦した。しかし自分より実力のある剣士とそれを補佐する剣士の2人掛かりの連続攻撃が捌ききれず、致命的な打撃を受けようとした寸前に、女剣士が助けにきて敵は撤退した。だが敵は撤退する前に伏兵が俺達の前に現れて……

その話の最後にさしかかる頃、俺は自分の右腕がないことにようやく気が付いた。そうか。ゼニスの後ろに突然現れた男に気付くのに遅れて、慌てて突き出した剣が躱された。そしてそのまま右腕をバッサリと落とされたのだった。脳裏に残った記憶が今、結実した。

 

--

 

目が覚めた次の日の朝、シルフィが見舞いに来た。しばらく朝練に顔を見せていなかった弟子は今日で3日、毎日俺の様子を窺いに来たらしい。その隣には女剣士―昨日、ゼニスに聞いた話ではナンシーという名だ―が付き添っている。久しぶりに見た弟子に何を言ってやれば良いか思いつかず、とりあえずは戦った内容について話を聞いた。

話し終えた我が弟子はへこんでいた。だが、俺からしてみれば満点の出来だ。初の実戦で師匠に打ち勝った相手に果敢に挑み、怪我もなく生き残った。殺気を浴びただけで立ち竦んだ俺よりずっとマシだ。

そして想いは巡る。俺はルディが旅でやってる事の大きさに気付いてから、いつかはどこかの貴族に家族が狙われると考えていた。そのために鍛錬時間を増やした。もし俺の力だけで及ばなくてもシルフィと2人で何とかするつもりでいた。だが、シルフィに実戦を経験させる機会を与えなかった。ルディとフィールドワークに行ったとき、なんか手慣れているって思ったじゃねぇか。普通はあんな風に手慣れていない。シルフィも才能がある方だが、1つ1つ確かめてやらなきゃいけなかったんだ。それをすっ飛ばしちまった。師匠の責任だ。そう結論付けると、俺の心の中で言うべきことが決まる。

 

「シルフィ、初の実戦でお前は良くやった。ぶっちゃけ言えばこういう強敵が来る前にお前にも魔物退治くらいさせておくべきだった。そうすりゃあ、いきなりこんな厳しい実戦に放り込まれることもなかっただろうからな。俺のミスだ、本当にすまん」

 

今回は俺の腕1本で済んだ。俺のミスに俺が代償を払った。そして謝ったくらいじゃ、立ち直れないのは普通の反応だ。だからまだ言わねばならない。

 

「俺は未来(さき)のことなんかわからねぇから話半分で聞いてくれて構わないんだが、次の実戦でも今回みたいに勝てない相手と戦うことになるかもしれねぇ。それでも『不利な戦いを生き抜く力』があることをお前は証明した。それはルディが授けた物かもしれねぇし、俺のおかげってことかもしれねぇし、お前自身の元からの才能かもしれねぇ。とにかくお前にはそれがある。そいつがあれば何度だって戦える。お前自身が諦めることをしなければな」

 

弟子は未だ俯いたままだ。少し厳しい話だが、いつまでも甘やかしてもいられない。シルフィ本人が次に同じ後悔をしないために。

 

「シルフィ、顔を上げろ。俺の腕はこんなになっちまったからな。今日でお前は俺の弟子を卒業とする。その意味がお前にはわかるな?」

 

俺の命令に従って顔を上げたシルフィが迷いなく応える。

 

「……はい、師匠。次に強敵が来る前に私はもっと実戦を経験しなくてはいけません。それはたぶんブエナ村にいては叶いません。だから少し旅に出ろ、ということですね」

 

「その通りだ。ロールズ達の説得は俺も付き合ってやる。任せておけ」

 

もしかしたら既に彼女の中で旅に出た方が良いのではという想いか、それとも旅に出なければといった決意があったのかもしれん。だが、事実半人前の弟子を1人旅させるのは心苦しいところはある。そう思いシルフィの隣に静かに立つ女剣士、ナンシーに声をかけた。

 

「そんでいきなりで悪いんだが、ナンシーさん。あんたに俺の元愛弟子(まなでし)の次の師匠を頼みたい。女の1人旅より2人旅のがいろいろ便利だろうし、引き受けてはくれねぇか?」

 

「そんなことを言われても私は……」

 

ナンシーは言い淀んだ。当然か。彼女の態度からは断る雰囲気が感じられた。もしダメならドナーティ領で冒険者パーティを探すのが良いだろう。そうアドバイスをしようとしたが、それより先にシルフィが願い出た。

 

「今回のことでナンシーさんの言うことがまだ実感できていない部分もあるんです。それを理解できなければこのままずっと足踏みしている気もしています。お願いです。ナンシーさんの弟子にしてくれませんか?」

 

「……仕方ないですね。弟子というのは大仰ですが、旅の同伴者くらいなら構いません。シルフィさんのご両親が了承されるならですが」

 

俺の印象ではこのナンシーという剣士は押しに弱いタイプではない。だがシルフィの願いを断るのが心苦しいように、その願いを受け入れていた。

 

 




-10歳と8か月
 茶番が終わる
 ジェイムズの家へ
 水神流宗家の道場へ
 ロアへ戻り、サウロス達に会う
 ガレ川の近くで北神二世と闘う ←New!

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