無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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時間軸:56話の裏側のお話になります。
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第069話_間話_再会の宴_前編

---未熟であろうとも師の行いは弟子のためにあろうとする---

 

 

息子夫婦が新婚旅行から帰って来ると、次の日には2人がまたしても出かける格好をして玄関から外へ出て行く。2歩遅れてそれに付き従って俺も外へ出ようとすると、ルディが振り返り、ほぼ同時にロキシーも振り返る。そのせいで俺は玄関口に立つことになった。

 

「じゃぁ父さま。ギレーヌの護衛の代わりを申し出てきます。上手く話しがつくかは判りませんけど、宴会は陽が落ちるまで待ってから始めてくださいね」

 

「おう。どうせリーリャとゼニスがその時間にならないと食事は出してくれねぇ話になっているからな」

 

ルディが気安く釘を刺したので、俺も釘を刺し返すことで応えようと思った。

 

「そんなことよりルディ。エリスと顔を合わせて本当に平気なんだろうな?」

 

ルディは少し不安そうな顔で黙りこみ、俺の背中を冷や汗が垂れる。似たようなミスをシルフィのときにしたばかりだというのに『やっちまった』と思った。

 

「大丈夫ですよ、パウロさん。私がしっかり見ていますから」

 

「そうか。ロキシーが言うなら大丈夫そうだな」

 

そう言ったロキシーに顔を向けると、彼女が笑顔のままで俺と息子の間に漂う空気を問題にしていないことが判る。不安がスっと消えた。彼女の状況把握能力があればエリスが2人目の嫁になったとしても、俺のときのように家族会議になったりはしないだろう。

 

(なに)か僕よりロキシーの方に信頼を置いているみたいな言い方ですね。そりゃぁ先生は頼りになりますけど……」

 

「今、どっちが信頼できる顔してるかって話だよ」

 

「良く判りませんが……」

 

俺の意図を解説しても手応えなく、ルディは首を捻る。ルディが旅に出る前はもっと会話はスムーズだった気がするのに、この4年という時が俺と息子の間に小さくない溝を作ったのだ。

そんなルディが俺やゼニスのために昔の仲間を集めようとしてくれているのは、その溝を息子も感じて埋めようとしているのかもしれない。俺は父親と折り合いが悪くて家出した身だ。俺の物差しで言えば、家族だろうが嫌いな相手のために何かをしてやろうなんて考えはしない。だから息子がなぜそこまでしてくれるのかについて希望的観測をすれば、息子は俺のことを嫌っていないということになる。

そして俺も息子を嫌ってはいない。息子は魔術、剣術、商売に高い才能を見せ、思慮深い。父親としては肩身の狭い思いをすることになった。一方で物事を難しく考えすぎる傾向があり、面倒事に首を突っ込み、そして効率的であろうとする余りに秘密主義を良しとする所は短所で、結果として家族に心配をかけた。息子の生き方を肯定することは難しく、もっと苦しまずに生きて欲しいと願っている。それでも俺は息子のことを愛している。

でも今のままでは息子が独立するときに旨い酒を酌み交わすことは出来そうにない。俺と親父が喧嘩したまま別れたように、俺と息子の間にある溝は埋まらずに別れることになる気がしている。そうならないためには溝を埋める努力が必要で、会合で昔馴染みたちの力を得られたら解決の糸口が見えるかもしれない。

そんな風に長考したおかげでロキシーのフォローが投げ込まれた。

 

「ルディ。表情が硬いってパウロさんは言っているんですよ」

 

「そうですか。ロアまでに決め顔の練習くらいしないといけないですね」

 

「ええ」

 

俺と同じ理由なのかロキシーの解説には納得できたようで、ルディの表情は元に戻った。ロキシーのたった一言で暗礁に乗り上げた会話はまた動き出す。彼女は息子とお似合いの敏い女性だ。

息子がロキシーに寄せる信頼。父親の俺でも眩しく見えるほどの信頼。ここにフィリップの娘の入る余地がどれほどあるのか。俺と同じ疎外感を味わうことになりはしないだろうか。

 

--

 

会話の後「行ってきます」と言って歩いて行く息子と軽くお辞儀をしてからついて行く息子の嫁を玄関口で見えなくなるまで見送る。

見送りが終わって振り向くと、小さな樽型の身体をした髭の男が立っていた。

 

「行ったようじゃな」

 

古い馴染みのこの男はパーティの中の後方支援と作戦指揮を執る頭脳派キャラだ。だから見たままのことを確認したわけではないだろう。そしてすぐに違う考えが浮かんだ。元黒狼の牙のメンバー達と俺は喧嘩別れしている。あの時の積もりに積もった恨みを吐きだすための切り出しの台詞というのなら、部外者のルディ達が行った今だろう。そう思って俺は身構えた。

 

「ああ」

 

「なんじゃ? 何を急にビクついておる?」

 

「パーティが解散した時の事、まだ恨んでるんだろう?」

 

「そうじゃな。皆、あのパーティが好きじゃった。だからこその(わだかま)りもあるかもしれんのぅ」

 

「あんたにも」

 

「そうか。そうじゃな。まだ恨みはあると思っておったからお主やゼニスに会いたいとは思わんかった。じゃが以前にお主へ手紙を書いた時、もう恨みがすっかり消えておることに気付くことができたわい。10年は長い。そういうことじゃ」

 

「そうか」

 

「まぁ、ルーデウスの頼みでもあるしの」

 

「酒があるからだろう?」

 

「それもある」

 

そう言って、俺とタルハンドは笑い合った。後でゼニスにもタルハンドの言葉は伝えよう。

 

--

 

「で、夕方までどうする? もう始めちまうか? 酒だけはあるからな」

 

「……いや、止めておこう」

 

「何だよ。酒好きのあんたにしては珍しいな」

 

「少し見てもらいたい物があるんじゃよ。だがお主にくれてやるわけではない」

 

「何だよ勿体ぶって」

 

「少し待っておれ」

 

そう言ってタルハンドは玄関口から家の中に引っ込んでいく。酒は1樽もあるんだ。ちびちびやる分には無くなったりしないし、最後はタルハンドが全部さらうことになる。俺が知っているタルハンドは後から来るだろうギレーヌや料理を作っているゼニスに気後れして酒を我慢する輩ではない。この10年でその点も心境の変化があったのか? なんて考えているとタルハンドが1本の黒い剣を携えて戻って来た。

持ってきた剣を一瞥する。黒地に赤い線を引いた鞘、光輪に似た形の黒地に金色の装飾的な(つば)、握りは保持しやすいように黒い革紐を巻いて丁寧に仕上げてある。そして柄頭は菱形になっていて握り部分より少し膨らみ、剣の重量を調整していると思われた。

俺の顔にはそれを早く触ってみたいと書いてあったのかもしれない。タルハンドは無言で俺に向って剣を差し出し、俺も躊躇なく両手で鞘と柄を支えて受け取る。胸元で柄を握り込むと鞘から剣を引き抜いた。刀身は鞘よりも黒く、禍々しささえ感じられた。陽の光に当てて動かすと、刀身が黒光りして反射光が白く煌めいている。

 

「ほぅ……こりゃなんかすげぇ剣だな」

 

「どう見る」

 

「どうって……随分と重い剣だ。試し切りをしてみても?」

 

普通の剣の倍近い重量がある。この剣と打ち合うと最初の打撃で剣を手放すことになりかねない。

 

「魔剣じゃから何もないところで使った方が良いじゃろうな」

 

そうだな。折角建てた家だ。壊れる可能性は確実に排除しよう。

 

--

 

俺とタルハンドはそのまま家の外周を周って家の裏手へ行くと、さらに森の方へと歩いた。

 

「やるのは良いが。どんな魔力が込められているんだ?」

 

「作った儂にもわからんのじゃ。だから持ってきた。お主は武具の真贋を鑑定する力がなかなか正確じゃからな」

 

なるほど。確かに俺は冒険者をやっているときに手に入れた未鑑定の魔力付与品にどんな効果が付与されているか率先して鑑定していた。未鑑定で売るよりも高く売れるってギース辺りは喜んでいたっけな。

 

「作った本人にもわからんとは無茶苦茶だな」

 

「魔剣なんぞ狙って作れる方がおかしいんじゃ。ちなみにベースはルーデウスが持ってきた非常に硬くて黒い石を使っておる」

 

「そいつなら俺もずっと昔に見たことがある。たしかルード鋼とあいつは呼んでいた。俺はその時、ルード鋼を使った剣も見たがこんな怪しい剣ではなかったぞ」

 

「素人が作った剣と一緒にするでない。まぁ作り方にも一工夫しておってな。そいつには強力なモンスターの素材を混ぜておる」

 

「どんな?」

 

「魔大陸中央に住むA級の魔物じゃ。トウテツの角とキラーマンティスの外骨格を粉末にしてルード鋼に混ぜ合わせたものを玉鋼(たまはがね)にして鍛えた。さらにゼラチナス・マターの内臓と火食い鳥の羽を溶かした溶液を使って熱した玉鋼を冷やしておる」

 

「イメージは出来るが……すげぇのか?」

 

「このやり方は名匠ハリスコが作ったとされる魔剣の製造法を参考にしておる。ちなみにその剣1本を製造するのにおよそアスラ金貨5千枚分の材料費を掛けた。材料はルーデウスが余ったと言って工房に置いて行ったものじゃから実質はゼロじゃがな」

 

「へぇ」

 

金貨5千枚分をうちの息子からちょろまかしたのか、そういう約束で協力したのかは知らないが、商売は騙される方が悪い。俺がとやかく言う事でもないだろう。

 

「で、お主の見立てではこの剣に何か魔力は備わっておるか?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

そう言ってから何度か剣を素振りし、足首までしか生えていない草を切ってみる。

普通の剣だ。切れ味が鋭いが魔力によって切れ味が増しているということもない。普通の剣に比べたら重いがこれはルード鋼を使ったせいだろう。何らかのバッドステータスで重くなっている訳ではない。

 

「もう少し硬いものを切らないとな」

 

俺は目前の森まで駆けて、木の枝を剣で払う。

ぬめっとした感触。少し違和感があった。

確かめるように剣を振り、届く高さの枝を払い終えてから、剣に闘気を込めて横薙ぎにする。

俺の胸の高さで真横一文字にしただけで木はヌルリと切れ、向こう側へと倒れていく。さらに軸線上にあった4本の木がほぼ同時に倒れ、別の木にもたれかかるものもあれば、ドスンと地面に横倒しになる木もあった。

倒れた木を今度は闘気を使わないようにして斬ってみる。剣は幹の途中まで食い込んで止まった。それを引き抜こうとしても剣は引き抜けない。そしてもう一度、今度は少しだけ闘気を込めて侵入角に戻るように引くと簡単に抜けた。

なるほどな……俺は眼前に刀身を立てて見つめながら闘気を込めたり、解除したりを繰り返す。見た目は何も変わらない。だが俺が普段込めている強さの闘気を込め直すと急に武者震いがした。

 

「……タルハンド。恐らくだがこの剣は斬る時の反作用を吸収している。それと闘気への感応が高いと思う。俺は最近になって僅かに闘気を操れるようになったが、普通の剣に比べてこの剣は闘気が簡単に馴染む。最初の一撃のように斬撃を飛ばせたのもこの剣の能力に違いねぇ。ギレーヌが来たら試してもらうといい」

 

「それは中々に凄そうな効果だな」

 

「ああ。それと魔術的な耐性や種族特攻もあるかもしれねぇが、その辺りは闇雲に調べても難しい。材料となった魔物の特性を調べてそこから幾つか試してみるのが良いだろう」

 

「あい判った。どうじゃ金貨5千枚に見合うと思うか?」

 

「闘気を使いこなす剣士であればあるほど強さを増すと思う。そういう意味では人を選ぶが大金を払うやつは居るだろうな。それこそ何万枚でもだ。名だたる名剣の1本に加えても遜色がない」

 

「そうか。鉱神に捧げる1本はこれで決まりだな」

 

「なんだよ。他人にあげちまうのか?」

 

「最初に言ったが、お主にやったりはせんぞ」

 

そういえばそうだったな。酒の代わりに土産でも持ってきたと思ったのにな。なら土産の代わりを作らせよう。

 

「それは良いんだが丁度良いから、この伐った木を持って帰って夕方までにテーブルと椅子を作るから手伝えよ」

 

「良いじゃろう。鑑定料の代わりに手伝わしてもらおう」

 

タルハンドの言葉に土産代わりをまだ頼めると算段した。

 

--

 

俺とタルハンドが裏庭でテーブルを組み立てていると、そこにノルンとアイシャが来た。

 

「お父さん、猫耳の女の人が来たよ」

「きたよ~」

 

ノルンとアイシャの言葉に俺とタルハンドは笑顔を見合わせる。

 

「無事これたようじゃな。最後の組立ては儂がやっておく」

 

「おう。任せた」

 

俺は残り作業をタルハンドに引き継ぐと、ノルンとアイシャに近づいて2人の頭を撫でた。

 

「ありがとう。ノルン、アイシャ。そいつは俺の昔馴染みだ」

 

「なら、あの人がギレーヌさんだね」

 

「そういうことだ」

 

ノルンは俺の昔話を良く聞きたがる。冒険自体か冒険物の物語に興味があるように見える。だからこそ家に来た人物にピンと来たのだろう。そしていつも興味無さそうにしているアイシャも『気付いていた』といわんとしたのか大きく頷いたのが見える。

 

--

 

ギレーヌを出迎えた俺がタルハンドの所に戻ってくると丁度テーブルが完成するところだった。大木を伐ったわけではなく、2枚の板を張り合わせる部分には傾斜を付けた上で、雌と雄を作り食い合わせる。そうすることで大きな1枚の天板にしている。それでも急場のテーブルとしては上出来だろう。最後にテーブルに脚が差し込まれた。

 

「おぉ、ギレーヌ。久しぶりじゃな」

 

タルハンドがギレーヌを出迎え、握手を交わす。しかしギレーヌの顔は精彩を欠いていて、笑顔が返って来ることはなかった。一緒に歩いていた時もそうだったが余り元気がない。不思議に思いながら俺達は出来立てのテーブルを挟んで椅子に座ると、ギレーヌの様子に俺が口を出す前にタルハンドが動く。

 

「なんじゃ? 来たくなかったのか?」

 

「いや、すまない。そう言う訳ではない。お嬢様たちのことが気になってな」

 

「今のルーデウスなら上手くやると思うぞ」

 

「そうだな」

 

「なら何が心配なんじゃ?」

 

「お嬢様がルディの所に行くのならと、その後の身の振り方を考えていた」

 

「そうか。なんなら……」

 

脳みそが筋肉で出来ているはずのギレーヌがあまりにまともな悩みを吐露したので、俺は意識が一瞬吹っ飛んでいた。それでもタルハンドが何かを提案しようとしたのは不味いと思った。

 

「待った待った。悩みがあるのはギレーヌだけじゃねぇ。そういう話は酒を飲みながらするべきだ」

 

「確かに。後でゼニスに同じ話をするのも面倒じゃな」

 

ギリギリで口を挿むのに成功し、言いかけたタルハンドは納得する。ギレーヌは文句があるわけではなさそうで、上手くやるだろうと聞いて表情も俺の知っている顔に戻った気がする。そして代わりにギレーヌは別の奴の名前を口にした。

 

「それならギースが来てからでも良いんだが……」

 

「ふむ、ギレーヌよ。ギースと一緒じゃったのか?」

 

「災害のときに同じ避難キャンプに居合わせただけだ。領主サウロス様の計らいであいつは孤児院の子供の面倒を見ることになり、代わりに配給と僅かな小遣いを貰っている」

 

「ほう。しかし、それではギースはこの会のことを知らずにおるんではないか?」

 

「エリスお嬢様が孤児院の手伝いをしていたから、同じ職場だったと言える。私が居なければ理由を聞いてこちらに駆けつけるだろう」

 

「じゃぁなんで一緒に来なかったんだよ」

 

俺とゼニスは他のメンバーと袂を分かった。だが、それ以外のメンバー同士に仲違いがあったとは聞いていない。当然、ギースとギレーヌだって仲間として上手くやっていたはずだ。

 

「すまない。お嬢様のことで頭が一杯で気が回らなかった」

 

返って来た言葉に俺は『こいつの頭の中は確かに筋肉だけではなくなったが、考えられる物事は最大で1つだ』と納得した。まぁギースが後で来るならそれはそれだ。

 

「そうか。ギースの野郎はそのうち来るだろうし、もう良い時間だしな。ゼニスを呼んでくるから始めるとするか!」

 

「そうじゃな」

「ああ」

 

俺はゼニスを呼ぶために席を外し、台所で彼女を見つけると皆が待っていることを伝えた。それから庭が徐々に暗くなってきたので照らすためのカンテラを取りに書斎に向った。

 

--

 

カンテラを持って戻って来るとゼニスの旧友への挨拶は済んでいた。俺はカンテラをテーブルの真ん中に置き、ゼニスの隣に座る。

テーブルには4つの木のコップが用意され、俺が座るとコップの中の月が形を崩した。

そして俺は待った。今日の宴のホストは俺だが黒狼の牙の習わしは決まっているからだ。飲みの席の仕切りは炭鉱族のタルハンドがやる。そして自然とタルハンドが宴の始まりを宣言した。

 

「皆揃ったようじゃな。解散から11年、話したいことが一杯あるじゃろう! 酒もたんまりある。今日は大いに飲み明かそうぞ!」

タルハンドがコップを上に持ち上げたのに倣って俺達もコップを上に掲げる。そして一息に酒を飲み干した。

 

それから今までの空白の期間を埋め合うようにお互いのことを語り合った。

タルハンドは王竜王国周辺から紛争地帯を旅して、いつか里に帰ったときのために魔剣の製造方法を探していたらしい。だがルディの誘いで剣を作ることになり、まさか自分で魔剣を作ることになるとは思ってもみなかったそうだ。昔聞いた話によるとタルハンドは村に居られなくなって里を出たはずだ。今回の魔剣の寄贈でその辺りのいざこざも少しは清算できるのかもしれないな。そして彼は先ほど、手紙の話で俺達のことをもう怒ってはいないと言ってくれた。

一方でギレーヌは別のパーティに参加したが騙されて文無しで捨てられたと語った。それからボレアス家に拾われたそうだ。ギレーヌの語り口に少し恨みが籠っていたのは、黒狼の牙が解散した時のいざこざを考えれば覚悟ができていたことだし、その後の話で酷い目に合ったというならそういう気持ちも理解できる。きっとゼニスも覚悟できていたことだろう。

 

「まだ怒っていると思うか?」

 

「そうだな。謝ってすらいないんだからな」

 

ギレーヌは俺の回答を聞いてからゼニスの方にも視線を動かしたが、ゼニスは口を開かなかった。

 

「確かに一文無しで死にかけたとき、自分の人生はなんて惨めなのだと嘆いたものだ。でもルディと闘う運命だったと思うことで全てを許した」

 

「そうか」

 

「ああ、だからゼニスもそんな顔をすることはない」

 

「ごめんなさい。それとありがとう、ギレーヌ」

 

「俺にも謝らせてくれ。すまなかった、ギレーヌ」

 

「ああ。私はもう気にしていない」

 

ギレーヌとのやり取りが終わった所で、リーリャが追加の料理を持ってきた。俺が彼女を2番目の妻だと紹介すると、もしかして別のパーティも解散させたんじゃないだろうなと2人に詰め寄られてしまった。心外だ。俺はパーティクラッシャーではない。俺が目指していたのは全ての種族の女とのハーレムだったはずだ。周囲がそんな風に考えるようになったか理解不能だ。そんなことを考えだした俺の前に新しい酒が置かれる。タルハンドだ。

 

「酒が進んでおらんぞ、さぁ飲め」

 

「そうだな!」

 

俺は気を取り直してまた酒をグイグイと飲み干した。バカやっていた冒険者時代を思い出す。明日どうなるかも考えず、金があるだけ飲めるだけ飲んでいた頃だ。そうだ、もう1杯。俺が思うより先に空になったコップに新しい酒が満たされて出て来る。

 

「ふん。昔のお主に戻れたか?」

 

「ああ、ありがとよ」

 

「明日には正気に戻って欲しいけどね」

 

ゼニスの一言に俺とタルハンドはまた笑った。

 

--

 

「ぜぇ、はぁ……おいっ!酒はまだ残ってるんだろうな!」

 

宴が始まって小1時間するとギースが現れた。来ると知らせを聞いていた俺を含めた3人は驚かなかったが、ゼニスは突然現れた猿顔の男に本気で驚いている。

 

「お主、会って早々言うのがそれなのか?」

 

「待て待て! 俺がいるって知っていて先に始めちまうお前らが悪いだろ!? ギレーヌ、俺のこと話してくれたよな!?」

 

「今日の昼まで一緒に孤児院で仕事をしていたという話ならちゃんとしたぞ」

 

「なら、なんで俺が来るのを待たずに宴会を始めるんだよ!」

 

「そりゃぁおめぇ……」

 

「あーもういい! 聞きたくねぇよ! 判った。俺がなんか悪いんだろう!? それでいい。とにかく酒を飲ませてくれ!」

 

「ほれ」

 

タルハンドが新しいコップを差し出すと、タルハンドの横の空いている席にギースが着いた。

 

「そんじゃ、再会を祝して乾杯!」

 

さっさと飲みたかったのか、ギースが早口で乾杯を(まく)し立てる。

お前が言うのかよ……。

 

「ぷはーーー!うめえええええ! なんだよ? えええ? こりゃ良い酒用意しているじゃねぇか。どこで手に入れたんだよ。もしかしてロアに運ばれて来る物資をここでちょろまかしているんじゃないだろうな!」

 

「人聞きの悪いことをいうな。息子が旅行から帰って来たときの土産だ」

 

「たしかラノアで買ってきたと言ってたわよ」

 

「へぇ! 運ぶのも大変だったろうに、酒を買ってきてくれるなんて出来た息子じゃねぇか」

 

「全くじゃ。この樽酒以外にもウィスキーのボトルを見たんじゃがな?」

 

「まじか」

 

タルハンドの言葉にギースが期待を膨らませた表情で俺を見る。男に見つめられたいという趣味は俺にはない。しかも片方は男色家だ。ゾっとする。

 

「待て。あれはいつか息子と飲むために取って置くと決めてるんだ。勘弁しろよ」

 

「……そうじゃったか」

 

俺が本当に嫌そうにしたのでタルハンドは残念そうにしながらもなんとか矛を収める。

 

「まあいいか。それよりよ。おめーの息子、ルーデウスだったか? やたら礼儀正しかったし、酒も買ってきてくれるし気が利いていてとてもおめぇの息子とは思えねぇんだが」

 

「私も3年前にあいつに会ったときはそう思ったがな。ゼニスの息子でもあると言われて納得した」

 

「なんだそりゃ! あいつそんなことを言ったのかよ」

 

ギースやギレーヌの言い分に俺は色々思うところがあったが、こいつらは一緒に馬鹿やった仲間だ。そう思っていることも理解できる。それよりも3年前の時点で既に息子がギレーヌが言ったようなやり取りをしていたことがショックだ。

 

「ぶはは。俺も昼にそう言われて納得した」

 

「おい、なんで納得するんだよ」

 

そんな会話にゼニスも酔っているのかケラケラと笑うだけだ。まぁ俺も心中ではそう思っちゃいるがな。あいつ本人もそう思ってるってのは話が違うだろ。

 

「でもパウロに似ているところもある。エリスお嬢様を好きにさせる手口がそっくりだった。しかも今日一緒に居た魔族ともわけありな感じだったな」

 

「あの水色の髪の魔族か? 名前は確か……」

 

「ロキシーじゃ」

 

「あの子が災害の後、息子の窮地を助けてくれたのよ」

 

「そんなような話はここに来る前に聞いたが、どうやら本当のようだな」

 

「じゃから儂はエリナリーゼを探せと手紙に書いたんじゃ」

 

「俺が居ればあいつを説得できると思ったんだ。エリナリーゼとは会えば喧嘩することは判っているしな」

 

「お主は父親を嫌って家出したから想像も付かん話かもしれんがな。普通は息子が親父と色恋の話なぞせぬ」

 

「ちげぇねぇ。ぷはー!」

 

「……それにエリナリーゼはそういう機微も説得の仕方も判っておる。つまらんプライドで息子を死なせかけた反省くらいはするもんじゃぞ」

 

「ああ、そうだな」

「私もね」

「……むっ、私もか」

 

タルハンドに言われるまでもなく俺もゼニスもリーリャもルディが死にかけてから良く話し合い、これからの方針を決めている。息子が無くした3年間は取り戻すことができないかもしれないし、負った傷が完全に癒えることはないかもしれない。だから息子を元に戻してやろうとか幸せにしてやろうとかそういうことは考えなかった。代わりにささやかな目標を作った。さっきも思ったように俺は息子が15歳になったら2人で一緒にあのウィスキーを飲む。それで息子の15年を黙って聞いてやりたい。辛い思い出もその頃には話せるものになっていると信じている。

 

「なんだなんだ、おめーら酒があるのに辛気くせーな! あぁそうだ。今日お前の息子の顔を見たが俺もあいつはエリスを狙っているとみるね。俺の直観にピーンと来た」

 

「そう。その話をしようと思っていた。問題は……エリスお嬢様がルディの所に行った後だ。やはり私が付いて行くと邪魔だろうか?」

 

「あん? エリスとルーデウスがくっつくのは別に良いのかよ」

 

「いまさらじゃな」

「覚悟は出来ている」

「あちらのご両親も公認なのよ」

「構わん」

 

「まぁ新婚夫婦にお目付け役がいるのは問題なんじゃないか?」

 

4人の返答に肩を(すく)めたギースは気を取り直してギレーヌの質問に懸念を伝える。師匠と弟子の話なら俺の出番だろう。

 

「ギレーヌ。お前、エリスの師匠やって何年だよ」

 

「もうすぐ8年になる」

 

「ッハ、正直羨ましいぜ。俺なんか3歳のときから息子に剣を教えようとしたが、最初の2年は体力作りと短剣術。まともに剣術を教えられたのは5歳から7歳までのたった2年だぞ? 8年やってまだ教えることがあるって方が驚きだな」

 

「だがまだ教えたいことが沢山あるのも事実だ」

 

「じゃぁ後何年で終わるんだよ」

 

「それは……」

 

「後5年か、10年か? それまでエリスの人生を修行だけにつぎ込ませるのか?」

 

「そんなことは言っていない。ただ修行が終わってないなら……」

 

「お前の修行の終りって何だよ」

 

「私が身に付けた全てをエリスに伝えることだ」

 

「お前は未だ指導に満足していないから師匠を続けたい。なら逆も然りだな。お前が弟子の指導に満足したとしても、弟子が満足せずにもっと教えてくれと言ったらお前はそれを受け入れるんだろうな?」

 

「身に付けた以上の物は教えられん」

 

「そうだろう。ならさっきの考え方は、お前が弟子のことを自分が満足するための玩具(おもちゃ)として扱ってると証明したようなもんだ。そういうつもりがないなら弟子を手放すタイミングがある内に手放せよ」

 

エリス嬢にルディが剣の手ほどきをして、それから驚く程成長したという話も聞いている。息子のあの教え方は俺も参考にしているし、俺自身のやる気にも繋がった。だから良く判る。ルディが近くにいるなら俺たち師匠も変わらなければいけない。そうでなければただ弟子の邪魔をするだけだ。

 

「おいおいタルハンド。こいつら馬鹿2人が高度な師弟論をぶつけ合ってる気がするんだが?」

 

「10年でこやつらも色々苦労したということじゃろう。儂はかつての仲間が人として大きく成長したことに感動すら覚えておる」

 

ギースとタルハンドは妙なところで感心しているようなのが伝わってくるが、今は相手にしている場合ではない。ギレーヌがまだ悩んでいるところにゼニスからも助け船が出された。

 

「そうねぇ、ギレーヌ。師匠って弟子に技を教えるだけの存在なのかしら?」

 

「何?」

 

「ギレーヌにも師匠がいたんでしょう? どんな方だったの?」

 

「最初の師匠は村に立ち寄った旅の剣士だった。村で爪弾(つまはじ)きになっていた私を引き取って一緒に旅をしてくれた人で、旅の最中(さなか)に野獣のようだった私を力で屈服させた男だ。それから彼に剣の基礎と人間語、人族の常識を学んだ」

 

「師匠の名前は何て言うんだよ」

 

「名はアレク……なんとかいう長い名前だった。名前で呼び合う仲ではなかった。なんというか粗野を体現したような男だった。それ以外には確か、魔王と呼ばれていたな」

 

「魔王? つまり魔族だったのか?」

 

「いや完全な人族だったはずだ。髭面の大男だ」

 

「最初の師匠と剣の聖地まできて……私は道場の門を叩いた。師匠も一緒に来てくれると思ったが師匠は夢のお告げが気になると言ってまた旅に出てしまった」

 

「夢のお告げねぇ……」

 

小さくギースが呟くのが聞こえたが、それ以上には話すつもりがなかったようだ。俺は話を繋ぐ。

 

「剣の聖地の道場ってことは次の師匠は剣神か」

 

「ん? 少し違うぞ。剣の聖地の中にはいくつも道場がある。私が入門したのはその内の1つ。そこで門弟同士お互いに切磋琢磨して剣聖になるまでを過ごした」

 

「それで?」

 

「その後は道場主だった男の紹介で剣の聖地の一番奥まった所にある『当座の間』に入り、剣神に師事した。師匠は言った『全てを合理的にやれ』と。それから師匠と何度も打ち合い、判らなければ彼に訊いた。師匠は何でも教えてくれたし、そこには合理があった。だが……」

 

「だが?」

 

 

--ギレーヌ視点--

 

ずっと昔、まだ剣の聖地にいる頃のある日、師匠は言った。

 

「お前のやりたいことは何だ? 強くなって何がしたい?」

 

私は直ぐには思いつかなかったが、師匠は私が答えを出すまで待つつもりのようだった。無言が耐えられなくて私は少し慌てて答えを絞り出した。

 

「私のことを悪童だと言って追い出した村の者を見返したい」

 

「どれくらい強くなれば見返せられるんだ? 礼儀正しい剣士であれば別によくねーか?」

 

「そうかもしれません」

 

「他にやりたいことは?」

 

「思いつきません」

 

師匠は1つ小さな溜息をついた後、「お前も結局、他のやつと一緒か」と呟いた。私の耳は人族では聞き取れなかったであろうその言葉を正確に聞きとめた。

 

「まぁいい。それなら村に帰って自分がマトモになった姿をみせてこい。それからやりたいことのために剣の修行をしてみろ」

 

そう言われて剣の聖地を追い出され、言われた通り村に帰るためにミリス大陸を目指して旅をすることになってしまった。最初の師匠と旅した経験から路銀があれば問題は無かった。順調にイーストポートに到着して、でも船に乗る金が足りなくて、ミリス大陸に渡れないことが判って、途方に暮れた。

無い知恵を絞って冒険者になることを決意し、1人では上手く行かず、誘われるがままに黒狼の牙に入る。黒狼の牙での生活は楽しかったが、博打で金を勝手につかってしまうメンバーや飲み代がかさむせいで蓄えは増えなかった。さらに黒狼の牙では能筋扱いだったせいもあり、私はパーティーの行動範囲に口出しできず、解散時には赤竜の下顎まで戻ってきてしまっていた。

そこに降って湧いたような解散話だ。散り散りになったメンバーに失望しつつも、冒険者生活の魅力に憑りつかれた私はミリス大陸を目指さずに、別の冒険者グループに参加しておもしろおかしく過ごそうと考える。

幸運にも近くの町で別の冒険者グループに入るとアスラ王国まで旅をし、そして不幸にもフィットア領近くでその冒険者らに騙されて一文無しになって捨てられた。その後は物を盗むなという最初の師匠からの教えのせいで行き倒れ、エリスお嬢様とサウロス様に命を救われることになった。

 

--パウロ視点--

 

「それで結局、『今』、お前がやりたいことは何なんだ?」

 

「エリスお嬢様を立派な剣士にしたい」

 

俺の質問に応えるギレーヌの言葉にギースが不敵に笑う。

 

「今のお前にはそりゃ無理だ」

 

「何だと?」

 

「お前の話を聞いて判ったことがある。全てを合理的にしようとする剣神の考えだからそう難しいことじゃねぇ。おそらく、剣神の見立てではお前は剣帝か剣神になれる素質があったのに、剣神の教え方ではお前を剣王にしかできなかった。だから方針を変えて剣の聖地から追いやったのさ。

ギレーヌ、お前は剣神の教え方が悪かった、剣神が教え方に苦慮していたなんて気付いていない。そんなお前が剣神の真似をしてエリスに剣術を教える。もしエリスに剣王の素質があったとしても剣聖止まりだろうな。俺からしたら剣聖でも十分立派だが、お前の立派ってのはお前と同じ剣王クラスだろう?」

 

ギレーヌは否定をしなかった。先ほど俺に自分のもてる全ての剣技を教えたいと言ったのはコイツ自身だ。

 

「剣聖にしかなれない弟子と剣王になるまで修行を終わりにするつもりがない師匠、だから俺は無理だと言った」

 

「どうすればいい」

 

「そうだな。聞いている限りだとお前とエリスは似た者同士だろ? 師匠に教えてもらった方法でエリスを教えたいならお前は剣神と同じ力を得れば良い。それが無理なら剣神に習ったやり方とは別のやり方、もしくは剣神がやろうとしていたやり方を模索しろ。それがどういうことか判るか? お前の師匠の剣神ですらできなかったことをお前はやり遂げる意志を持たなくちゃならねぇ。その覚悟があるならルーデウスの所にエリスが行った後の方が自然だ。パウロの言う通り良いタイミングだと思うぜ」

 

「俺も水神流や北神流を息子や弟子に教えていたが、剣神流が単純で教えるのも楽だっていうのは剣聖止まりの話だ。それ以上を目指すなら弟子毎に工夫は必要だろう」

 

ギースのアドバイスに俺は補足した。自分と同じレベルになれる素養があるといって、エリスに全ての剣技を教えたいと思うのは傲慢だ。それを押し通すならエリスに合った教え方を模索せねばならない。

ギレーヌは納得したことを示すように勢い良く酒をあおった。その瞳に諦めはない。彼女は弟子を育てるということを通じてより高みを目指すのではないか。そんな確かな予感があった。

 

 


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