無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第070話_間話_再会の宴_後編

---己に都合の良い考え方が真実を隠し、間違った認識が己を苦しめる---

 

 

ギレーヌの悩み相談が終わり、他愛無い話をしながら出された食事を食べる。それを平らげると後は互いに残った酒を酌み交わす時間になった。だが俺はまだ話したいことを残している。今がその時だと決めてコホンと1つ咳払いした。

 

「それでよう。俺も相談したいことがあるんだが」

 

俺の言葉にテーブルを囲んでいる皆の視線が集まる。

 

「なんだお前も悩みか?

ギレーヌといい、お前といい、悩みが無いのが取柄だと思ってたやつほど悩むと解決方法を知らねぇみてぇだな」

 

ギースの揶揄混じりの言葉は気にならなかった。むしろそう話しかけてきたギースは人の相談に乗るのが上手いやつで、他の誰よりも早くイニシアティブをとって相談役に就いた気がする。それにもしかしたら息子がこういう場を設けてくれたのは、これから話すことを俺に仕向けるためかもしれないとも思ってしまう。もしそうならチャンスを大事にしたい。

 

「息子のルディのことだ。あいつが3年の間にやり遂げたことは、ここに居るお前らには細かく説明する必要はないと思う。でもよ。旅によって家族と長い時間離れたせいでルディと家族との間には大きな溝ができちまった気がする。俺はその溝をどうにか埋めたい。でもどうしたらいいか分かんねぇんだ。最近は息子と心が通じてねぇっていうのかな。距離を感じちまう。だからおまえらの知恵を借りられないか」

 

「私からもお願いしたいわ」

 

ゼニスもそう言い、料理が出尽くしたので一緒に卓を囲んでいたリーリャも頷いた。

 

「私が出会った時からルディは子供らしくない礼節のある子供だった。それでも出会ったときはユーモアがあると思ったし、商品の土像をくれたときは嬉しく思ったものだ。

だが本音で話してくれないと知ってから、私もルディとは距離を感じることがある。親にまでそうなら意図的にそうしているとは思えないな」

 

この面子の中ではルディとの付き合いが長いギレーヌも俺達と同じ悩みを感じていると表明した。それに対して「儂はお前さんらとは違う印象を持っとる」と言って続いたのはタルハンドだ。

 

「あやつの第一印象は邪悪な存在じゃとおもった。人族として年相応の子供らしさがまったく失われておったし、瞳の奥が濁って何か悪いことを考えているように見えたものじゃ。だが儂は悪魔の誘いに乗って自分の進みたい道を得た。じゃからだろうかな。今はむしろ距離を感じなくなっておる。今もルーデウスは子供らしくはないが、憑き物が落ちたようにただの優秀な人族に見える。

じゃから聞かねばならん。お主らはどんな風にルーデウスを育てたんじゃ?」

 

「3歳のときにあの子が治癒魔術を見様見真似で使ったからロキシーを家庭教師として呼んだの」

 

「男の子が生まれたら剣士にするつもりだったから剣術も教えた」

 

タルハンドの疑問にゼニスと俺が異なる説明をしたので彼の顔にはどっちが正解なのかの迷いが浮かんだように見えた。そしてリーリャがそれを否定しなかったので「まさかとは思うが両方やらせたのか」と少し呆れた声が出る。その気持ちは判った。あれが良くなかったかもという可能性はあった。

 

「剣士にするか魔術師にするかで親が喧嘩しはじめたので両方やるとルディ本人が言ったのです」

 

「そりゃ、いつぐらいのときのことじゃ?」

 

「3歳を少し過ぎた頃だったかしら」

 

「なるほどのぅ……ルディの性格の遠因はその辺りかもしれんのぅ」

 

リーリャとゼニスがタルハンドの疑問にそれぞれ事実を述べると、タルハンドはあご髭を(しご)きながら呟いた。

 

「しかしな。お前らの娘から感じる空気はあまりにも違う。その違いは不思議に思える」

 

「ルディが旅に出る直前に娘が生まれたのもある。その時にもう少し普通の子で居て欲しいと思って娘たちには英才教育をしなかった。そういう意味でルディが割を食った形になったのをどうにかフォローしてやりたいんだ」

 

「ふむ。あまり責めるつもりはないがの。育て方が悪かったとしか言いようがない。

もうそうなってしまったのじゃから、今さらルディに何かを強制しようとしてどうする。あやつはあやつなりに生き方を選んで生きていくじゃろう。それをお前さんらが満足するように歪めることが本当にお前さんらが望むあやつの幸せとも思えんのじゃがな」

 

タルハンドは今のルディでも良いじゃないかと言う。出会い方や関わり方が大きく違うからこそ、タルハンドの意見は異なる観点を持ち、その意見には斟酌(しんしゃく)する部分があると俺も思う。彼が言うように、この後にどんな意見が出ようとも、ルディを苦しめる可能性があるならその手段はとるべきじゃない。しかし、この胸に残る嫌な感じをどうにかできないだろうか。

 

「1つききてぇんだが、溝が無かった時期のルディとお前らはどんな感じだったんだ?」

 

「そりゃお前……」

 

タルハンドのやり取りをじっと聞いていたギースがした質問は、タルハンドと同じような昔を確認するような内容だ。俺はルディとの思い出を幾つか語り、それをギースが無言で聞く。

 

「あいつは昔から正しくて俺は父親らしいことは殆どできなかったが、あいつに誤魔化しや秘密は無かったと思う」

 

「そんで?」

 

ギースは災害を防ごうとするルディには全く関わらず巻き込まれただけの被災者だ。そのギースに促されて俺は旅によって溝が出来てしまった流れについてを語った。

 

「……それであいつは旅の中で俺達に内緒にしたことがいくつもあるようだし、今もちゃんと説明してくれていないことが沢山ある。俺達が馬鹿であいつが賢いから俺らに説明しても理解されないって思ってるんじゃねーかな」

 

「パウロ。お前よ、ルーデウスと腹割って話したいのか?」

 

「まぁ……そういうことになるな」

 

「これは予想だけどよ。今まで一度もお前が望むようには腹割って話してもらえたことは無いと思うぜ」

 

「は? どういう意味だ?」

 

俺は馬鹿にしたわけではなく、ギースの口にした意味が全く理解できなかった。ギースは賢いというより頭のキレるやつだから俺の想像を超えたことを言った気がした。

 

「お前らの話を聞いてみたが、ルーデウスが感情をむき出しにしてお前らに思いを伝えてきた話が見当たらねぇ。

もしかしてお前ら息子とずっと溝があったんじゃねーかって俺は思うんだが、どうなんだ?

ずっと一緒にいたからそれでも変には思わなくて、旅に出て目を離してしまってからは息子のことを信じられなくなった。

そういう風に聞こえるぞ?」

 

「はっ。何の秘密があったんだよ。生まれてきてからずっと一緒にいたんだぞ?」

 

「そうだな。少なくともパウロ、お前を倒せるほどの剣術を独自に編み出した話は旅に出る直前までお前には秘密にされていた。

 お前より強いのにお前と剣術の修行をして弟子のフリをしていたって話だろ?」

 

「そういえばパウロでない人物に教わった剣術の指導方法は誰から学んだ方法か未だにわからないな」

 

ギースの言葉に俺は言葉が喉でつっかえた。そしてギレーヌの追い打ちで俺は息子と溝ができる前から秘密を持っていたという予想を否定できない気持ちが湧いてきた。

 

「私も思い当たる節はあるの。あの子、旅に出る前には既にいくつかの上級治癒魔術を知っていたのよね。

魔術の師匠のロキシーは中級までしか知らないと言っていたし、ラノア大学の治癒系統を専門に学ぶコースかミリス神聖国に行かないと知るはずがないのだけど。占いの話もそう……もしかして魔術を新しく作っているのかしら」

 

「あぁ。俺もエリスが教わったと言うやり方をシルフィに受けさせたが、あれは確かに洗練された教え方だった。

いつあれを学んだのかは全く思いつかねぇし、ゼニスの話もさっぱり心当たりがねぇ」

 

「はぁ、なるほどな。もう1回、最初から聞いていくとしよう。

ルーデウスはまだ11歳のガキ……のはずだ。

12歳未満はガキだって、パウロ、お前自身が言ってたことだからな」

 

「あぁ……そうだな」

 

俺はよくギースと酒を飲みながらそのことを話した記憶があるせいで、しぶしぶ同意せざるを得なかった。だがルディをガキと扱うのはいまや絶対に同意できない。

 

「それが7歳のときに剣王を余裕でブチ倒して、魔術は聖級かそれ以上かで知るはずもない魔術を使う。

それだけじゃねぇ。3年でフィットア領を丸ごと救うための金を稼ぎ、水神とやり合い、王様にあって甲龍王と交渉した? おまえらがどうしてそんなやつを信じるのか。俺には判らねぇな。

客観的に見てそいつは何かがおかしいし、気味が悪いって認識になるのが妥当さ」

 

話の途中までは完全に同意できた。ルディをガキとして扱えない理由はまさにギースが語ったことだ。だが気味が悪い……冷静なギースからみればそう映ったのかもしれない。感情的にはそれを否定したいと思いながら、俺はギースの分析の続きがはやく聞きたくて必死に(こら)えた。

 

「ぷはっ、うめえ。復興中のロアじゃこういうのは飲めねえからな」

 

だがギースは見せつけるように酒を呷った。

 

「ギース」

 

「わかってるよ。ったくおめぇの都合で黙ったんじゃねぇかよ」

 

黙っているとずっと酒を飲んでいそうと感じた俺はギースを軽く(たしな)めたが、むしろ俺が黙っていた刻を待っていようとしただけのようだった。

 

「黒狼の牙の解散の原因として生まれてきたってことを考慮にいれても、あいつ自身には何の落ち度もねぇし、少し話しただけだが気さくなヤツだと思ったし、こんな状況なのに酒を用意してくれるなんて最高のやつだ。

だからよ。こんな風に悪く言いたかないって気持ちは俺にもあるさ。

剣術が凄い、魔術が凄い、その両方であっても何百年に一度の天才で済ませてやりたい。

だがな。ここまですげぇっていうならもう超人の域に入ってる。『七大列強』に数えられていてもおかしくねぇってな。

そんなすげぇルーデウスがどんな旅をするって思ってたんだ? そいつを聞く必要がある気がする」

 

「判った。それで溝を埋める方法が判るかもしれねぇんだな?」

 

「ああ。ルーデウスがどうしていたかってのはもうお前らの話で分かった。

俺が知りたいのは、パウロ、お前がどのタイミングでどう考えていたかだ。そこにヒントがある気がしてるのさ」

 

俺は酒を一杯飲んで、少し考える。

 

「フィットア領の領主とロアの町長のところに災厄の話をしにいき、それから防げなかったときのための金を稼ぐっていう話は聞いていた。正直、実際に金を稼ぐのは領主サウロスの配下の商人に任せると思ったし、息子は問題があるときは必ず俺に相談すると言っていたから心配していなかったよ」

 

「ふーん」

 

「その後も息子は旅を続けたが、俺が口を挿まなかったのは多少の失敗ぐらいは付き物だし、息子はそれなりにやってくれると期待してたんだ。実際に本人や町長のフィリップからの経過報告を聞く限り上手くやっているようだったのもある。やばくなるまでは、やりたいようにやらせてやろうってな。

災厄が本当に起こるとしても、子供1人が動いてどうにかできることなんて(たか)が知れているとも思ってた。だから、そうだな別に誰かを殺しに行くとかモンスターを討伐するってわけでもないし、能天気な旅だって考えてた」

 

「でも違ったんだろ?」

 

「ああ、それが2度目の旅からおかしくなった気がする。水神と手合せしたとか王様と交渉したとか甲龍王に会いに空中城塞に行ったとかスケールが大きくなっちまったから、当時は確か話を聞いていて少し心配になった。でもだいたいのやるべきことは終わったって息子は言ったんだ。その言葉で俺は『まぁ、済んだことだし仕方がないな』と気を抜いちまった」

 

「なるほどなぁ。それで?」

 

「それからすぐさま3度目の旅に出た息子を見て、そんなにエリスの所の居心地が良いのかと妬ましく思った。だが実は家出したと知って俺の頭の中は真っ白になった。とにかくフィリップの所に迎えに行って事情を確かめようとした。でも息子がいなくて途方にくれたよ。

それだけじゃねぇな。俺に相談してくれるという約束は破られたと知れたし、息子が旅をするために嘘や誤魔化しばかりをしていたことにショックを受けた」

 

「災害の後は帰って来たんだろ? 理由を聞けなかったのか?」

 

「そうだな。災害の直前に戻ってきた時には息子はボロボロで変に余所余所しくなっていた。その姿に溝を感じて、理由を聞けずに今に至ってる。それだけじゃないな。息子が心配で、もう止めにしようと提案しても息子は頑なに止めようとはしなかった。まぁ3年も動き回っていたことだから、根気よく説得しようと思ったんだ。でも見計らったように災害が起こって俺は息子だけを心配する余裕がなくなっちまって……息子のことは気にはしていたが後回しになった。

運が良かったのかわからねぇが、復興が一段落するまで俺は息子を放置したよ。そのせいか判らねぇけれど、息子も相変わらず余所余所しくて笑顔を失ったままだった。だけど家族と一緒にいてくれて普通に生活しているように見えたし、今まで何もしてやれなかったから、今から少しでも力になるべきだと思って俺は動きだした。

でもよ。もう何もかも手遅れだったのか……。そこまで追い込まれているなんて全く気付いてなかったのさ。俺が動き出してすぐに息子の調子が目に見える程に悪くなって、目も虚ろで……精神が壊れて死ぬのを待つだけになっていた。それを家族は見守ることしかできなかった」

 

俺は一息ついてコップの中のモノを飲み干す。そうすると黙ってタルハンドがコップの中を酒で満たして返した。

 

「もうダメかと思った時、あいつを助けたのはロキシーさ。まぁそれは良い。息子が助かったことが嬉しかったよ。でもな。未だに何が息子をそうさせたのかは教えてくれる素振りもねぇし、信用されてねぇ、頼りにされてねぇんだ。息子にとっての家族って何なんだ? それが判らねぇのが悲しいよ俺は」

 

また俺は酒を一気に飲み干した。少しペースが速いかもしれないが情けない話に自分が嫌になる。もう俺はギースの顔さえ見ていない。ただ次々に満たされる酒を飲み干すだけだ。

 

「はーん。つまり、お前は呑気に息子の言うことを信じていて、家出をされたことで初めて自分が息子のことを理解していないって気付いたわけだ。

それで仮初(かりそ)めで感じていた溝の無い関係に戻りたいってか?」

 

「いや仮初めじゃねーよ……俺の話をきいてたか?」

 

頭に入ってきたギースの言葉が理解できなかった。なぜそんな風に思うのか。周りに座っているやつらの顔をみてゼニスもリーリャも黙っていたし、その顔には俺と同じ疑問が浮かんでいる気がする。

 

「なんだお前ら。皆、今の話聞いて何も感じなかったのか?

パウロもお前らもそこが間違っている。だからいつまで経ってもルーデウスの気持ちを理解できずにいると俺は思うね」

 

ギースの何で気付かねぇんだっていう不思議そうな声。

こいつに判って俺らには判らない何かがあるのか? それともこいつの勘違いか?

 

「じゃぁ何か? もしお前の言う通りなら、ルディは家族のことを(はな)から信用していなかったってことか?

そんなはずはねぇよ」

 

「普通の子供ならな。でもルーデウスは異常だ。

最初から全てが演技、嘘や誤魔化しだらけだったと考えるべきだ。

先に言っておくと俺はそれが悪いことだとは思っちゃいねぇけどな」

 

いい加減、俺はギースの言葉に腹が立ってきた。だがこの10年で俺も大人になったのかもしれない。いきなり掴みかかろうとは思わなかった。同じようにゼニスも黙ったままだったが、どんな気持ちによるものなのかは少しわからない。

 

「異常とは言いたくないですけど、ルディは本当に凄い子です。だから私達親を未熟で力不足に感じている節があります。

私は後から親になった身で最初はメイドとしてお仕えしましたが、あの子が旅から最初に帰って来たときに、妹のアイシャをメイドのように育てるのかと私を叱ってくれました。まだ当時7歳の男の子にそんな風に言われたのです。

あの事が無かったら私はまだメイド気分で暮らしていたと思いますし、娘もメイドとして育てるつもりでいたと思います。叱ってくれたあの子がまた旅に出て、たくさん課題を渡された気がしていました。あの子が村にいて手伝わせてしまったら気付けなかったことに、旅に出て居ないからこそたくさん気付かされました。

災害だけではありません。あの子はこの奇妙な家族関係をどうにかしようとして、そこに自分がいてはいけないと考えたのではと私は思っています。

こう言ったらおかしく聞こえるかもしれませんけど、あの子は親よりも親のなんたるかを理解してるのです。

災害のこと、シルフィやエリスさんのこと、未熟な親のこと、全部をなんとかしようとして、そのために本当の自分を偽る。

災害は終わり、シルフィの事は残って居るけどエリスさんとのことはもう決着がつくそうですね。なら問題は親たちがちゃんとすることだと思いますし、シルフィと仲良くさせてやることだと思います。それでもルディの御眼鏡に適うかはわかりません。

そして今の状況でロキシーになら自分を偽らずにいられるというのなら私は別に他人行儀なことくらい気にしません。少しでも支えることができるなら支えてあげたいと思っていますけどね。

私は後から来た親です。常識的な親と子供の関係を無理に息子へ押し付けては、あの子が苦しむだけです。

私は息子が望む親でありたいと思います。それが親であることを許された私の望みです」

 

リーリャが遂にそう言った。溝が埋まらなくても彼女は良いと、ただ息子が苦しまないでいて欲しい、それが望みだと。

ギースはその言葉に大きく頷いた。本当にそれで良いのか。まだ俺にはそう思えない。

 

「最初はルディが背伸びして大人ぶっていると思っていた。だが今は良く判らない。

フィリップ様のおっしゃったことまで考えれば、ルディがしているのはただの背伸びではない。

リーリャさんの言うようにルディは他人に無理に何かをしてくれということはなかったと感じる。

責任だけを考えれば、大変ならサウロス様に投げてしまえば良かったはずだ。

そこには理由がある気がする。考えてみたが、結局のところこんな災害が起こるなんて誰も信じていなかったからだと思う。信じていない私達には、私達の出来ることを頼んだ。ルディだけがこの災害の結果を案じて動いていた。その気持ちの違いが隠し事に繋がっている。それならあの子の言うことを信じるところから始めなければ、今後も状況は改善しないのではないか?」

 

「ほぅ!ギレーヌの言ってることは重要な事だと儂も思うぞ。

あやつには災害を防ぐ、被害を小さくしたいという目的があるようじゃったからな。

人の域を越えて、例えば七大列強に名を連ねる魔族や龍神でも限界はある。7歳の子供がいくら天才じゃろうと同じじゃよ。その限界の範囲内で最大の効率を出すにはどうすれば良いかの。手段が複雑で他人に理解されない、そんな条件も考えなければならんな。そうした状況で他人が動けるように誘導することは合理的な判断じゃと言えんかのぅ。

そしてあやつが死にかけたのは精神的なモノじゃ。つまり、合理的なやり方が皆に心配をかけていたことすらあやつは判っておって気にしておったということじゃろう。

それを間違いじゃと否定したり、今後のために更生させようとすることは本当に必要な事なのかのぅ……儂にはそうは思えんのじゃがのぅ」

 

ギレーヌは俺達が真の意味では息子を信じなかったと言った。災害について俺はこんな風になるなんて思っていなかったから少しだけこいつの言い分が腑に落ちた。

続いてタルハンドは限界について語った。災害はとてつもないものだったし、家族に迷惑をかけながらも息子は減災に大きく寄与した。その通りだ。そしてそれが息子の限界だった。今思い出したが、災害後に息子は限界があることの批難を受けるべきだと言った。息子自身が人攫いの話の中で語ったことだ。

息子は誰かに褒められるために旅をしたわけではない。誰かに感謝されるために旅をしたわけでもない。そして息子は出来る範囲で最大限の結果を残した。誰にもできない偉業を為した。でもそのために家族に嘘や誤魔化しをして良いとはどうしても思えない。

 

「俺もようやく判って来たぜ。

ルーデウスが誰かに頼み事をするときは、そいつの力で出来ることだけを頼み、その分の信頼をした。それはな。ルーデウスが信じてくれないんじゃなくてそいつが信頼に値しねぇんだよ。ある意味ではな」

 

「そうだよ。あいつはすげぇやつなんだよ。期待もしてるし賢いと思ってる。でも信頼に値しねぇからって嘘を吐いたり、誤魔化して相手がどんな風に思うか、賢いなら理解できるはずだろうがよ」

 

「はぁ」

 

「なんだよ」

 

ギースのこれ見よがしの溜息が俺をさらにイラつかせ、俺の声は少しだけ険のあるものになってきていた。

 

「その考え方が間違ってるってまだ判んねーのか?」

 

「何? どういうことだ」

 

「だからある意味ではって言ってるだろ。ルーデウスが本当に信頼してねぇってこととは違うって意味だ。

ルーデウスにそんな風にさせたのはお前自身だし、溝があると勝手に思ってるのもお前だけだ。そんでもってお前がルーデウスを凄いと思ってる限り、お前の中のルーデウスはお前を認めてくれないってだけだ。そんなもん息子のせいでもなんでもねぇ。お前自身が息子を等身大で見るだけで解決するって話だぜ。それが難しいのかもしれないがな。

息子からしたら迷惑な話だぜ。そりゃ、やり方云々まで気にしなきゃいけなくなるんだろうな。

大変なことばかり背負ってよ。

気にしてるのに結果だけみてやり方にいちゃもんつけてるって知ったら、俺ならキレるか相手にしない。

家族だったら縁を切っておさらばするぜ」

 

何言ってるんだ? 俺の考え方のどこが間違っているんだよ。嘘や誤魔化しをするのは一番やってはいけない話だろう? そんなのに比べればサウロスやフィリップに全部任せて良かったんだ。

無駄に1人で抱え込んで勝手にボロボロになって。親に心配かける必要なんてどこにもなかった。そうだもっと上手いやり方があったはずだ。

 

あったはず…………本当に?

久しぶりの酒で酔いが回ったのか頭の中をこれまでの会話がグルグルと巡る。

 

歪んだギースの顔には違うと書いてある。そんな方法は無かったと。

リーリャは全てを受け入れている。己を偽った息子にこれ以上の苦しみを与えないために。

ギレーヌは告げた。ルディを真の意味で信じ、共に行動しようとした者は誰もいなかったと。

タルハンドの言葉が甦る。人には限界があり、当然、俺の息子にも限界があると。

 

言葉が脳の中で絡み合い、いつしか(あざな)い一本の細い線になろうとしていた。

 

ルディにだって限界があって全員を助けられなかった。

子供一人が他人を助けようとしたって結果は高が知れてるのだから、少しでも助けられたなら御の字だ。

そんな常識をぶっ飛ばして8万人近くを助け、助けられた奴らのこれからの資金や食糧まで用意した。

そうするためには人の命と家族に嘘を吐くことを天秤にかけざるを得ず、そして苦渋の決断をして人の命を選んだ。

そいつを指差して、もっと上手くやれたら嘘や誤魔化しをしなくて済んだだろうと結果論をぶちまける俺が立っていた。

 

ここに居ないヤツの顔まで出てくる。

家出をしたのに気付いてサウロスの屋敷に行った時、サウロスもフィリップもルディが復興資金を集めていることを知らなかった。

こんな大災害になるなんて誰も本当に信じていなかったから……かどうかは判らないが、とにかくボレアス家だけでは十分な準備はできなかっただろう。

俺だってそうだ。避難計画も復興の手順も災害が起こる直前まで何も考えていなかった。

3年前に息子を旅に出させて、その占いの内容を知っていたのに何の準備もしなかった。

ルディに頼られなかったからじゃない。

俺はブエナ村の復興の当事者で、息子の言葉を信じていたなら事前に行動を起こしたはずだ。

何もしなかった事実が示すのは、俺は息子の言葉を真の意味で信じていなかったということだ。

 

何もしなかった俺を息子が責めたことはこれまでに一度も無い。なのに息子の旅だけを批判する。

親を大事にしたいと思えば思う程に心を病むだろうよ。

溝を作っているのは誰なのか。息子を苦しめたのは誰なのか。

 

「ハッ……とんだダメ親父だな俺は」

 

「そうだお前はダメな親父だぜ。でも、気付いたなら溝を埋める方法は忘れんなよ」

 

「ああ。おまえらのおかげでどうすれば良いのか、ようやく判ったよ」

 

--

 

楽しい宴にも終りは来る。ギースはテーブルで突っ伏していて、空になった酒樽を抱きかかえながらタルハンドも眠っている。俺もここ数年の悩みに光明が差したことに気を良くして酒を浴びるように飲み、テーブルに突っ伏して寝ていたが、酔いにくい体質のために長時間は残らず、夜中の内に目が覚めたようだ。

ギレーヌ、ゼニス、リーリャは居なくなっている。記憶を辿ってみるとほろ酔い加減の3人は一緒にベッドに入ると言って家の方へ歩いて行った姿を思い出した。

テーブルの上に置いたカンテラを持って台所へ行き、水瓶(みずがめ)の蓋の上に置いてあった柄杓(ひしゃく)を手に取る。もう片方の手で蓋を開け、掬った液体を口に流し込んだ。味も素っ気もないただの水が美味い。身体に沁みるように吸収され、渇いていた喉を潤していく。

 

もう一杯飲もうとして柄杓の中の水に映った自分の姿が見える。カンテラの灯りで映った姿は陰影が濃くて表情を判別することはできなかった。それでも水面の中の俺は自信無さ気に肩を落としているように感じた。

情けない自分の姿を見ていられずに柄杓の水にさっさと口をつける。2杯目の味はひどく苦く不味かった。あまりの苦さに目を閉じると、ベッドで目を虚ろにしてロキシーの名前だけを呼んでいた死にかけのルディの姿が脳裏に映る。あの時のルディは家族の名前を呼んでくれはしなかった。今ならなぜそうしたか判る。俺達は村を守ること、娘を育てることを優先したヤツらだ。そんなヤツらではなくロキシーに助けを求めたことは自然だ。

昔馴染みに相談しても納得はしても本心では受け入れにくいところもあった。でもひと眠りしてみると、今日の今日まで家族と距離があるせいだと考えていたルディの行動に違う意味が見えてくる。それが真実かどうかは判らない。でも俺がルディの行動を悪い方向に考えていれば当然、溝は生まれる。今日の話でようやく気付くことが出来た。

それは良い、未来に繋がる話だ。

でも……。

 

 

深い溜息が漏れる。

 

 

今回、馴染みの者達が導き出した事を1つ信じるなら別のことも信じる必要があるのか、そこの部分は都合よく無視しても良いのか。都合よくそこの部分は間違っているという可能性はある。あるが……俺にとって都合の悪い話であればしっかり考えてその可能性を払拭しておかなければならない。目が冴えて眠れない今だからこそ憂鬱だが少し考えてみよう。

息子に秘密があったのは3年の旅それから復興でもうすぐ1年の併せて4年ではなく、生まれてからずっとかもしれない。いつから秘密があったのか。目が開くまでの数週間にはまさか秘密は無かっただろう。

ハイハイが出来るようになってすぐに掴まり歩きを始めたのも秘密というほどでもない。ただ自分の能力を開発しようとする意志を感じなくもない。

息子は走り回れるようになると俺の真似をして木の枝を剣に見立てて振っていた。当時は筋が良くてちゃんと基礎を教えれば俺を越える剣士になると考えていたが、旅に出る直前に見た闘気を使ったオリジナルの剣技と、間合いを読み相手の攻撃方向を誘導する戦法を身に付けるとするなら既にこの時には十分な思考力があったという可能性はある。まだ1歳の子が無邪気に遊んでいるように見えて走りながら体力作りをして?

 

『普通の子供ならな。でもルーデウスは異常だ』

 

否定しようとする気持ちを思考の中に現れたギースが否定する。

 

魔術については4歳で聖級というのは凄いのだろうが、見様見真似で実現させた治癒魔術、戦闘で有利な無詠唱魔術、未来を予知する占命術どれをとっても規格外だ。聖級というのも怪しい気がするし、どれくらい凄いのかもはや判らない。

いやちょっと待て……フィールドワークの時は習った剣術だけを使って2匹のアサルトドッグを無傷で倒していた。戦闘を有利にするための無詠唱の攻撃魔術を使わなかった。魔物を相手取り、余力を残して接近戦を挑む。さらに指示を出す余裕。そして魔術はゾンビ化を防ぐためだったり、剣に付いた血を落とすために使った。それを見て手練れの冒険者みたいな立ち回りをすると感じたはずだ。その感覚が間違いでないとすれば……

 

『最初から全てが演技、嘘や誤魔化しだらけだったと考えるべきだ』

 

本当に? そもそもフィールドワークに行ったのはダンジョン攻略をしたいという息子の希望に対し、魔術師2人では心許(こころもと)ないので前衛ができるかを見定める目的があった。だから息子はそれを示すために前衛としての立ち回りをした。嘘や誤魔化しというよりは、大人たちが納得しやすいように要望に応えただけだ。またギースの声が頭の中で再生されたが、今回は否定することに成功した。

 

どこで手に入れたか判らない鉱物と真っ黒な剣。それを使った金策。勝手に商人に渡りを付けて鉱物を加工できるかどうかを調べた話。実は自分はそれが加工できると言って持ってきた剣の話。他にもバティルスを使った媚薬……いや精力剤、石の食器、魔法陣を売ると言っていた。その金のおかげで今の暮らしがある。資金集めについては旅の前に話があった。秘密にしようとして、でも商人たちが家に来てしまったせいだともいえる。

 

『坊ちゃんって何者なんですかい?』

 

そう問いかけた商人の顔には汗と同時に異質な者を見る怯えがあった。

 

「なるほどな……」

 

俺の中のモヤモヤが整理されてきて、だんだん辻褄があって来た。

 

『お前自身が息子を等身大で見るだけで解決するって話だぜ』

 

またギースの声がする。うるせぇ……もう判ったよ。

息子が隠し事をするのは等身大に見られたい、変に凄いやつだと思われたくないという表れだ。嘘や誤魔化し、演技をしなければ家族に白い目で見られてしまう。そんな懸念や怯え。そう思ってしまった家族が自己嫌悪に陥らないようにするための配慮と対策。一方で迫りくる大災害。大災害が起こると信じ、身を削って手伝おうという者はどこにもいなかった。『災害に責任者はいない』そんな常識論だけが振りかざされる。息子にとっては秘密にしたかった力を使わねば対応できない。理解者の不在。心は病み、逃げ出した。

 

『お前は何者なんだ』

 

『僕は僕ですよ。父さま、貴方の息子、ルーデウス・グレイラットです』

 

息子との手合わせに敗北したときに聞いた言葉。いや、待て。最近もその言葉は聞いたはずだ。そう新婚旅行前の会話で……そういうことか。もうとっくに答えは示されていた。

俺はこれからルディを1人の人間として扱っていく。どんなに強くてもどんなに賢くてもどんなに正しくても、超人じみた行動にさえ理由があり限界がある、そんなちっぽけな1人の人間として扱っていく。そして俺自身、もしくは誰かが「あいつは何者だ?」と問うのなら胸を張って答えよう。

 

『あいつはルーデウス・グレイラット、俺の息子だ』と。

 

いつか2人で美味い酒を飲めるように。

 

 


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