無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第072話_間話_Recreation_中編

---目的を持たぬ者は一歩手前まで来ていても諦めてしまう---

 

 

ロキシーと別々に行動し始めたその日、車輪について考えた。馬車が大量の荷物を運べるのも馬の引っ張る力を車輪が効率的に移動させる力に変換しているからだ。そう車輪こそが大いなる発明だ。ならば車輪について研究することが馬車の進化に繋がる気がする。

 

車輪―現世の馬車の車輪にはゴムタイヤは付いていないが前前世と形状に大きな差は無いように思う。この世界の車輪は4つの部品― 車軸受け、()、外輪部、輪鉄(わがね) ―から構成されていて輪鉄以外は木製だ。

紙片にそれらの絵を描いていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

絵を描きながらそれぞれのパーツの意味や役割を考えてみる。

俺の知識の中で前前世と大きく異なるのが輪鉄だ。輪鉄というのは鉄の薄い板を曲げて輪の形にしたもの。これを木製の車輪の外周に輪締めという方法で車輪にくっ付ける。木製の車輪を地面から守ると同時に締める力で車輪がバラバラにならないようにする。

前世の記憶の中でこの世界にゴムに似た樹液を出す木は無かったし、自動人形製作の過程で研究した材料の中にゴムに似た性質を持つものはあっても任意の形に成型する方法が無かった。例えば、レインフォースフロッグの頬袋は伸縮性や弾性がゴムに近い。これを使えば空気を入れるためのゴムチューブの代用品はできるが、性質を維持したまま分厚いタイヤの形にする術が判らない。

残りのパーツはそれぞれが関連し合っているからまずは役割を整理してみよう。

車軸受けは樽状の部品で中心の空洞に車軸を通す。さらに樽の側面中央には黒ひ〇危〇一髪のようにほぞ穴を開けておく。開けた穴を使って車輪の中心側に輻を突き差し、車輪の外周に向って放射状に伸ばす。一方、外輪部は小さく切ったバームクーヘンのようなもので1つ1つは輪ではない。輻2本に対し外輪部を1つ差し込んで外輪部を固定する。全部の輻に対して外輪部を用意すると大きな外周が出来上がる。外輪部同士も横棒を差し込むことで抜けにくくできる。先程説明した輪鉄を巻くので外輪部間のつなぎ目等は考慮しなくて良い。

 

このような形状になっている1つの理由が木材の強度方向に由来すると思う。丸太を輪切りにしたもの(年輪が見えるように切ったもの)は強度がなく、縦方向に切った材木から輪を作る必要がある。この場合、径がそれなりに大きな外輪部を作ろうとすると比較的大きな材木を用意しなければいけない。木の幹の部分の中でも使える部分というのは限られているから小さく部品化した方が出来上がりが良くなる。また輻は外輪部が地面から受けるもしくは車軸受けが車軸を通して受ける荷重に対して垂直方向にテンションが掛かるので、車軸受けと外輪部が一枚の円盤になっているよりも高い強度と耐荷重が得られるようになるし、輻の数を増減することで耐荷重とのバランスを見ながら荷車部分の重量を減らすことができる。

 

うーむ。紙に描いた設計図を見ながら改良するためのアイディアのために頭をひねる。

暫く悩んでいたが、ピンとくるものはなかった。

頭をひねるのに飽きて身体を動かすことにした俺は、車輪のサンプルを作ることにした。何も車輪に対するブレイクスルーではなく、車輪の作成方法に関するブレイクスルーでも良く、作成方法について研究するなら一度作ってみた方が良いだろう。

 

そう思い立って転移に飲み込まれなかった森まで移動し、風魔術で木を伐り、枝を落とし丸太にする。ある程度の量が出来ると裏庭に用意した作業場まで重力魔術を使って丸太を運んだ。

 

まずはこの丸太達を乾燥させなければいけない。ブエナ村で避難キャンプから戻りログハウスを作ったとき、木を乾燥させずに使用したために後になって木材が変形し、隙間が出来てしまうという問題が起きていた。生の木材を使用することには問題があるのだ。俺はそれを知らなかっただけで村人はそれが起こることを判っていた。判っていながらも冬までには乾燥させられないという現実から修繕を前提として作業をしたという話があった。その経験を活かす。

 

手始めに土壁で掘立て小屋を建てる。その壁に闘気を込めたナイフで入り口とそれとは別に小さな風の通り道を空け、ゴーレムを使って壁に立てかけるようにして丸太を並べさせる。並べ終えたらゴーレムが出入りした入り口は新たに土壁で塞ぐ。最後に先ほど作った風の通り道の入り口からスチームドライで温風を送り、乾燥室の中の丸太を乾燥させる。

一度乾燥が終わっても丸太には木の皮が付いたままだったので乾燥が不十分だった。そこでさらに風魔術を使って丸太から角材に加工する。角材をさらに乾燥させるために木切れで作った(さん)(スペーサー、風を通すための隙間を作るための道具)を使って角材と桟を交互に積み上げる「桟積み」をした。やり方はブエナ村の木工職人から仕入れた知識だ。

 

乾燥にはまだ時間が掛かる。

除湿機が再現できれば良いのだが、今日はここまでにしよう。

 

 

1日目のメモ:『ゴムもしくはゴムタイヤの代替物を探す』、『スチームドライによらない除湿の方法を考える』

 

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次の日、さらに半日かかって角材を乾燥させた。

乾燥しきった角材の表面は劣化してしまっているため剥ぎ取って一回り小さくする。それから設計図より少し大きめに木をカットする。少し大きめにカットする理由を木工職人の受け売りで言えば、木の加工で大事なのが板取りの仕方と変形だ。板取りとは原木から板を切り出す作業のことで板の強度に影響する。もう一つの変形は木が思ったより柔らかい素材だということだ。ほぞ穴を彫って、そこにほぞを差し込むにしても、抜けないようにするには木槌で叩いてカッチリ嵌るように加工せねばならない。そのためにはまずほぞよりほぞ穴が少しだけ小さくなるように作る。そこから軽く木槌で叩いて嵌め合いを確認し、丁度良くなるまで微調整するのが良い。そのとき丁度良い大きさはだいたい設計図よりも少し大きいほぞになる。そうなる理由は木槌で叩いて嵌めて行くときに木が変形するからだ。この変形は木槌での圧によって一時的に起こるものだから嵌った後に徐々に復元され摩擦を強くし、ほぞがほぞ口から抜けるのを防いでくれる。ならその変形分を考えて設計するべきだと思うかもしれないが、木は生き物、原木も角材もそこから取り出した板も実際は1つ1つ違うものであり、木目の形などで変形率は異なる。故に変形分を考慮した設計図を引くことは出来ない。

 

設計図と木目をみながら角材に墨を引き、なぞるように闘気を込めたナイフで切りだしていく。闘気の分量を微妙に変化させることで熱したナイフでバターを切るようにできたり、少し硬い粘土を削るように出来たり微調整する方法は最近の土像作りでも多用する手法だ。他にも板を切りやすい位置に動かす作業台があると楽だと思った俺は、万力替わりにゴーレムを作成し、そいつに板を固定するように命じつつ作業がしやすいように角度を変えさせるという工夫をした。

 

設計図通りに角材から輻を12本作った。輻2本に付き外輪部を1つ作ると外輪部の数は6個になる。円周に同じ大きさで配置するとなると60度ずつに分割できる。60度の円弧を描くためにはコンパスと分度器が必要になってくる。

コンパスは縄の一端を固定してもう一端にペンを括りつけて書けば代替できる。

また分度器は後工程の事も考えると60度と15度が必要になる。

まず手元にある紙を正方形になるように切り、対角を一致させるように折ることで45度が出来る。

次に同じように紙を正方形に切り、その一辺を半分になるように折って開くと折り目によって正方形の中に長方形が2つできる。今度は角から反対側の辺の中間にある折り目に向って折る。すると折った部分が二等辺三角形になるので60度の角度が取れる。

60度と45度の差分で15度も取れる。

そこから紙で作った角度を木に写し取り、それぞれの角度を測る冶具を作った。

冶具に合わせて木片を切る。円弧を切る場合、固定したナイフに足から闘気を送り、両手で板を動かした方が綺麗に作成することができた。これは闘気を手以外から外へと伝わらせる練習にもなる。

 

そうやって作った60度分の外輪部には2本の輻を差し込むほぞ穴が必要になる。これは外輪部の両端からそれぞれ15度分のところに作る。全体で60度だから2本の輻によって15度・30度・15度に分けるイメージだ。ここで先程の15度の冶具が役に立つ。

また外輪部同士にも結合があった方が部品はバラバラにならないので、外輪部同士の接触面の真ん中に横穴をあけ、そこに鉄の棒を差し込めるようにする。鉄の棒を作るのは少々面倒なのでルード鋼を棒状に生成して使った。

 

輻と外輪部を組立てるために必要なのが車輪の中心を成す車軸受けだ。車軸受けは筒状(中が空洞の円柱)の形をしていて、作るためには3つの工程が必要だろう。

第1工程は角材の中心に穴をあける。ドリルがあれば簡単だが、無いので木の枝を尖らせた物に闘気を込めてミノとし、手彫りすれば良い。第2工程は角材にあけた穴に棒を差し込み固定し、さらに角材もろとも棒を回転させ、外側から刃をあて削り角材から円柱を作る。第3工程は円柱に差し込んだ棒を半分引っ込めた状態で回転させ、内側に刃を当てて車軸が通せるように穴(内径)を大きくする。反対側からも棒を半分差し込み同じように内径を大きくして筒状となる。さらに、円柱の側面に60度ずつの墨を引き、輻を嵌めるためのほぞ穴を作る必要がある。

効率良くこれらの工程を進めるためには旋盤がいる。前前世のような電気で動き、高速で回転する物は無かったにしても、前世のザノバ商店には原始的な旋盤が置いてあった。その旋盤は回転する芯棒にロープを巻き付けてそのロープの端を交互に引くことで独楽(コマ)のように芯棒ごと加工対象を回転させる装置だった。俺が作るのならロープは必要ない。芯棒の一端を六角にきり、そこに嵌るクランクハンドルを繋げ、ゴーレムに一定間隔でハンドルを回転させるように命じることで芯棒と加工対象を回転させることができる。

そこまで設計してまずは旋盤を自作する。それから先の手順で車軸受けを製作した。

 

 

2日目のメモ:『闘気を使った切削加工』、『コンパス、分度器などの文房具や計測器』、『旋盤の改良、ドリルの開発』

 

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3日目に入り、まずはこれまでに作った部品を組み立てて2個の車輪に仕上げた。

次に車輪を繋ぐ車軸について考える。

 

車軸―車輪の厚みにも依るが普通は車輪だけでは自立しない。そこで2つの車輪の中心に車軸を通してバーベルのような形を考える。車輪が内側に行き過ぎないように車軸の両端は凸型にしておき、それぞれに車輪を1枚差し込む。さらに車輪が車軸から外れないように車輪の中央から突き出た車軸に溝を切ってネジとし、溝に合うように作ったナットを締めて固定する。

さて車輪と車軸の関係も考えねばならない。車軸と車輪が一体となって回転するか、もしくは車軸は回転しないで車輪だけが回転する方式があると思う。この世界の馬車の基本設計は後者だ。

 

まずは前者のサンプルを作る。

車軸には鉄の棒を使う。車輪の外輪部に差した金属棒のようにルード鋼を素材にすると重すぎるので鉄を作らねばならない。

そう考えて土魔術で鉄を生成する。攻撃用とは異なる魔力の込め方をすると白い小石片が空中に現れて、そして重力によって地面にバラバラと落ちていく。その石の山から1つを手に取り、出来に満足した。だがこれでは使い物にならないのも判っている。

俺は前世で人形作りのために行った素材研究の一環で土魔術を研究し、鉄の生成や合金の素材となる各種の金属を生成できる。ただし研究は完璧というほどでもなかったし、そもそも魔獣から採れる素材との合成や精錬方法は気の遠くなる数の組み合わせがある。

 

それから石の山の隣に小さな炉を造る。小さな炉は燃焼室と溶融室の2つで構成されるものとした。

燃焼室は、熱を発生させるために燃料を燃やす部屋だ。物質が燃えるためには空気が必要なので、この部屋は通気性が良くしてある。一方の溶融室は空気と反応しないように密閉した造りにしつつ、燃焼室の熱気が伝わるように熱伝管を這わせた。

この炉の設計の基本はタルハンドから得た知識だ。

ルード鋼を製錬するために炉の設計図を引いてもらった経験が役に立っている。

そこから神獣・朱雀とゴーレムを利用できるように改造し、不要になった構造を廃したオリジナル炉となった。

 

作った炉の燃焼室に木くずを入れ、朱雀を召喚して炉の出来を確認する。しばらくすると煙突を通って煙が噴き出し、炉に隙間が無いことを示した。

温まった炉に生成した鉄とアルスで購入した鉄鉱石を入れる。鉄鉱石よりも鉄の方が融点が低いので鉄の上に鉄鉱石を重ねる形だ。ちなみに元中卒ニートの俺は鉄の精錬方法を知らなかったが、金属を生成できるようになった体験と剣の製作やその時のタルハンドとの会話を通してそれができるようになった。

 

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話は前世の狂龍王カオスの研究を引き継ぎ自動人形を作ろうとしていた時代に遡る。

その当時、木製の人形だと理解していた狂龍王カオスの自動人形は、侵入者に杭を打ち付け、威力は人を殺せる程のものだった。一方で複雑に腕を制御する目的で腕の内部構造は輪切りになっていて、それぞれに魔法陣が彫り込まれていた。

そのような構造をしているのに材質が本当にただの木だとしたら、神子のザノバの心臓めがけて杭を打ち込んだ時点で腕や関節が壊れているはずなのだ。よって木の耐久度をなんらかの方法で向上させているとするなら、可能性の1つは魔法陣によってそれを上昇させているというもの。もう1つは木のような材質に見えて木ではないという可能性があった。

そう考えてザノバが魔法陣を解析している間に俺も後者の可能性について研究した。

人形の材料ということで最初に思いついたのが、アルビレオの青岩人形(タロス)だ。彼の人形術は魔力の込め方を変化させることで土魔術の生み出す材質を単なる土塊から岩や金属に近い材質に変化させることが出来ることを指し示していた。

その後、ゴーレムとしての動きに限界を感じた俺は龍神オルステッドに助言を請い、人間に近いボディを追求していくことになる。

とにかく、そういった研究の過程を経て土魔術で金属を生成することができるようになった。ルード鋼を作ることができたのだから別に不思議はなかったし、当時は大半の物が金で手に入ったので大したことだとは思っていなかった。そもそも魔術で作った金属は柔らかく、ルード鋼で作った岩のようなゴーレムが一番硬いという結論になった。そして自動人形に対しては魔物の素材を合成することで解決し、魔石に内蔵する魔術プログラムの開発が忙しくなったため、金属に関するさらなる研究をすることはなかった。

 

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そうした背景の元で現世に移る。タルハンドの手伝いでルード剣を作った時の話だ。

10歳の誕生日までにルード剣の製作を加速させたかった俺はタルハンドに助手を付けるかという話を持ち掛けたが、タルハンドはそれを断った。その時タルハンドがした説明を纏めると俺を助手にしたいという話だった。俺以外を助手にしたくないという意図は良く判らなかったが、職人の気質と考えることで納得できた。それに俺が手伝って俺自身もしくはタルハンドが何かのヒントを得る機会になるなら結果的に効率は良くなるだろうと思えた。

 

「少しの間だけですが、よろしくお願いします」

「早速じゃが、ルード剣の製作に関して新案がある。いくつかそこのテーブルにあるメモ用紙に書いてあるからお主にはそれについて意見を聞きたい」

 

弟子入りする気持ちで頭を下げたのに、タルハンドが俺に指示したのは別のことだった。

 

「新案ですか……タルハンドさんは今の製法に満足してらっしゃらないのですね」

「ルード剣は硬さ、重さの両面で特殊な剣じゃ。だが使い手が千差万別な以上、バリエーションというものは必要じゃと思っておる。同じ刃幅、長さでもう少し軽いものを必要とする者もおるじゃろうし、バランスも調整しやすい方が良いじゃろう。当然、量産しやすくする工夫についても考えておる」

 

俺は弟子入りした気でいたので親方の言い分には従う。タルハンドは納得の行く説明をしてくれたが、言葉を吟味するまでも無く、俺はそれを受け入れた。

 

「なるほどそういうことでしたか。ではメモを読み終わって意見が纏まったらお持ちします」

「まぁ話は最後まで聞いておくもんじゃ。儂はな、お主に呼び出されるまで魔剣の製法について調べておった。じゃからルード剣を母体にした魔剣を一本作ってみたいと思っておる。今後のルード剣の製作ではその魔剣の製作のためのテストを兼ねさせたい」

「それは面白そうですね」

 

ダンジョン産ではない魔剣というと……有名なのはハリスコが作ったとされる49の武器だ。

前世のタルハンドはルード剣を鉱神に捧げたはずだが実は魔剣の製法を調べていたというのは初耳だった。

 

それから暫くはメモを読みながら、別の紙に気になったことを書きだしていく。

いつの間にか昼飯も摂らずに陽が傾き、夜を迎えようとしていた。小さな窓に区切られた先に見える通りの反対側の建物からは既にランプの灯りが漏れている。

 

「手こずっているようじゃな?」

「そうですね。いくつか判らない所がありましたので、その点と意見をそれぞれ纏めているところです」

「夕食の後に読むとしよう」

 

少し外を見て息抜きをしていると、タルハンドも今日分の作業を終えたのか声をかけてきた。俺は手こずっているわけではなかったが、彼の言葉を否定せずにただメモ書きを渡した。

 

作業場のテーブルには日持ちのする燻製肉と酒が並べられた。肉をかじりながら自分のコップには魔術で作った水を入れて飲む。タルハンドは俺のメモ書きを眺めながら専ら手酌で酒を飲んだ。酒を2、3杯飲むに付きひとかじり。それくらいの割合だ。俺も同じように肉をかじる。質素な食事だが味覚に異常が出ている俺はこのくらいが丁度良い。

 

「ルーデウス」

「はい、何でしょうか?」

 

タルハンドが読んでいたメモから顔を上げ、ランプを挟んで対面した俺の方を見遣る。

 

「お主が大森林や魔大陸に生息している魔物についてここまで詳しいとはな」

「資金繰りのために最近は色々な情報を扱っているので、そういうのもたまに耳に入ってくるのですよ」

 

実際は前世の知識だが口からでたのは適当な方便で、タルハンドも虚言と知りつつそこは無視するようだった。

 

「まぁいい。しかし、この『魔術で作った金属は柔らかいので』というのは何だ?」

「そのままの意味ですが、そうですね」

 

俺は言葉を切って魔術で鉄を生成すると、掌サイズのそれを手の中で弄ぶ。

 

「こんな感じで金属に似た物を作っても柔らかすぎて役に立たないのです」

「どれ貸してみろ」

 

タルハンドの言葉に従って手の中の石を山なりに投げた。

タルハンドはそれをキャッチするとランプの光に当てながらつぶさに観察している。

 

「バカもんこりゃ純粋な鉄そのもんじゃ。柔らかいに決まっておろう」

「でも柔らかい鉄に使い道はないです」

 

それは解っている。前世でこれが何か成分を調べたときも鉄だった。

しかもこの鉄は単体では錆びないという不思議な特性がある。なぜ錆びないのかは職人にも分らなかったし、俺の知ってる程度の前前世の知識でも説明ができなかった。

 

「お主が想像しているような硬いものは基本的には(こう)という物じゃ。普通の鉄の中には不純物があり、不純物が多すぎると脆くなるから僅かに含めるだけにするのが難しい代物じゃがな」

「ならこの魔術で作った純鉄も鋼にできるんですか?」

「出来る。不純物を添加すれば良い。正確な配分で添加できればお主の望む鋼になるじゃろう」

「へぇ! 実は他にも何種類か使い道のない金属があります。それらも含めて相談に乗ってください」

「良いじゃろう。その代わりに儂が指定する魔剣用の素材を用意してもらおう」

「商談成立ですね」

 

タルハンドはそう言って口の端を釣り上げる。

ランプの光でその表情は盗賊の親分のような悪人面に映った。

 

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後で教えてもらった内容を合わせると、鋼というものは一般的に鉄鉱床のある山から掘り出した鉄鉱石を熱してできた銑鉄から純化し、不純物を全体の1.5%程に減らして作る。だが魔力から生成した鉄は別に不純物を減らしているわけではなく、むしろ不純物が無いために柔らかいということらしい。

そこでタルハンドが思いついた不純物の添加方法は純化が必要な銑鉄と不純物が必要な純鉄を熱した状態で混合し、良く攪拌して冷却することで不純物を鋼として十分な値に低下させることで作る。配分については不純物の量で溶けた銑鉄の粘りが変わるため、様子を見ながら純鉄を追加していく。この方法は標準的な不純物を抜く工程に比べると遥かに短い時間で済むので純鉄を魔力で大量に生成すれば、それだけで一大産業になるとも言っていた。残念ながら金属生成魔術は微妙な制御と無詠唱の両方を必要とする。俺の有限の魔力では大量に生産することはできないだろう。

 

タルハンドの手伝いで覚えた炉の耐熱温度に合わせて朱雀に命じた火力を調整しておいたので、そろそろ炉内の傾斜を通り、溜まり口へと落ちる頃合いになった。そこで炉の外側に付けた栓を抜き、ドロドロに溶けた鋼が炉外へと出て来たところを石の柄杓で受け取って同じく石で作った鋳型に注ぎ、少し冷ます。まだ表面が赤いうちにゴーレムに命じて鋳型から外し、剣製作で学んだ熱処理(焼き入れと焼き戻し)をして鋼鉄の棒とした。

 

出来た鋼鉄の棒は車軸受けより一回り太い。その両端を車輪の軸受けに通るように、車軸受けの厚みより少し広く切削加工する。鋼鉄は硬いが闘気を込めたナイフなら木を加工するのと変わりはない。それが終わると車軸に車輪を通し、はみ出た分にネジ山を切る。

それとは別にネジ山に合わせるようにナットを作る。

摩擦で締め合わせるのはかなり難しく、上手く締められなければネジ山を溶かしてやり直す。ネジやナットの効率的な作り方は判らなかったが、前前世ではおそらくもっと上手いアイディアがあっただろう。マスターを1つ作ればレジンキャストのように鋳造して複製できる気もする。

こうして最初のサンプルが完成したので、早速、サンプルを動かし様子を見た。

 

 

サンプルを動かして分かったことは、車輪と車軸が一体となって回転する場合、車輪の径はほぼ一致していなければいけない。そうでないと円周の違いにより、回転するごとにどんどん進む距離に差が出来て、径の小さい車輪を中心にしてカーブしてしまう。

そこで径をある程度の精度で一致させる技術が必要になった。

径を一致させても次の問題が出てくる。車輪と車軸の組付けがしっかりしすぎていると旋回する際に内輪と外輪の距離差が埋められないので旋回できないのだ。車輪と車軸が一体となるためには車輪を車軸にしっかりと固定せねばならないのでこういう問題が出てくる。悪いことばかりでもないのは、車輪の中心部は車軸を固定する機構が必要なだけになり、摩擦などを考えなくて済むということくらいだろうか。

明日は車軸を固定しておいて、車輪だけが回転する方式についてサンプルを作って色々と実験してみよう。

 

3日目のメモ:『ネジやナットを簡単につくる方法があると良い』

 

 

 

 

 


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