無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第076話_間話_ReCreation-再創造_後編

-- 5番目の車輪は蛇足ではない --

 

アイシャが手伝いに来て二日目の昼。

フォークの先端に取り付ける環状の部品―それは環の内側に車軸を通して前輪を固定するためのパーツ―の製作作業に入った。

ナット用に用意していた部材に穴を空け、車軸となる鉄鋼棒が通るまで削る。一通り削ったら車軸の回転に干渉しないように内側を滑らかにする。削り過ぎないように注意が必要で、削り過ぎて使えなくなってしまったものもある。

失敗作を手に取ったアイシャはそれを凝視していた。

話をしたおかげで地蔵状態を脱している彼女だが、相変わらず言葉数は少ない。

まぁ実害は無さそうなので放っておくことにした。

 

それらが出来上がると今度は溶接作業に入る。

溶接作業は火魔術を使って部品の一部を熱して溶かし、溶けた状態で圧着する作業だ。

溶接個所は全部で10か所在り、その内2箇所は前輪の(クランク)に関連するため、前輪とフォークの組立時の作業になる。

よって残りの8カ所を先に溶接して繋げ、前輪のない3輪車が出来上がった。

 

さて残ったのは前輪の組付け作業となる。

2股フォークの隙間に前輪を差し込み、フォークの先端に取り付けた環状の部品と前輪の中央の穴を車軸で通した後、車軸の両端をL字の柄と溶接する。そして柄を木のペダルに通し、ペダルが抜けないようにナットで締める。やっていることは馬車の車輪を固定する作業と殆ど変わらない。

 

漸く完成した3輪車。だがこれがちゃんと動くとは限らない。

そこでアイシャに引き渡す前に最低限の動作確認をする。

前輪の組付け作業のために横向きにしていた3輪車を起き上がらせて横に立ち、サドルの組付けを確認する。

ハンドルを手で持って地面を走らせてみる。グラグラしていない。OKだ。

そのまま3輪車のハンドルを片手で握って引き摺ってみる。すると想像通りに前輪の動きに合わせてペダルがくるくると回った。

動きもスムーズだ。とりあえず良さそうではある。

他にも細部や強度をチェックして、それから何か見落としが無いか頭を捻ってみるが恐らく大丈夫だろうという結論に至る。

これで3輪車は動くはずだ。

 

「できたの?」

 

一つ満足げに頷いてみると、様子を見ていたアイシャがそう訊いてきた。

 

「あぁプロトタイプだけどな」

 

アイシャの質問に答えながら、内心随分と待たせて悪かったなぁと思った。

設計図通りにはいかない物も多く何度も作り直したので想定の倍の時間が掛かってしまった。

彼女も流石に待ち疲れただろう。むしろよく飽きずに最後まで見ていたなという印象しかない。

 

近寄って来た彼女を堅そうな鉄板のサドルに座らせて、身振りでペダルを漕ぐ動作をしてやる。

一瞬戸惑ったアイシャだが、先程の動作確認を見ていた彼女は意図を察したらしくはっと表情を変えると足でペダルを漕ぎ始めた。

3輪車が動き出す。

まっすぐに。

どこまでもまっすぐに。

旋回性能の研究をしたいのに。

小さくなっていくアイシャ。

 

「おーい、アイシャーーーー! 戻ってこーい」

 

大声で呼びかけるとアイシャが一度、3輪車を降りたのが見える。

彼女は小さな身体で一生懸命に3輪車の方向をこちらに向け、また真っ直ぐに走らせて戻って来た。

 

「たーのしー!」

 

「そうか良かった良かった」

 

大満足の顔をするアイシャ。それを見て俺もつい顔が綻ぶ。だが目的を忘れてはいかんのだ。

 

「違う! 違う! そうじゃない!」

 

「え、なに? おにぃちゃん何? 怖い!」

 

「真っ直ぐじゃなくてこうジグザグに走ったりしてくれないか?」

 

妹が怖がるので荒げた声を落ち着かせつつ、ハンドルを切りながら身体を揺らすジェスチャーをして説明する。

 

「そんなこと言ったって真っ直ぐにしか走れないよ。これ」

 

「エー!? そんなはずは」

 

アイシャは初めて3輪車に乗るから感覚が判らないのか?

今度もペダルの漕ぎ方に気付いたように表情を変えてくれるだろうか。

 

「ほんとうだもん」

 

だがそう上手くはいかず、アイシャは考えを曲げなかった。

なら実演すれば良いだけだ。

 

「悪い。ちょっと貸してくれ」

 

言葉の意図を理解したアイシャが3輪車から離れ、代わりに俺が3輪車に跨ってみる。

そして少し窮屈にペダルを漕いで前進し、3回程ペダルが回転した辺りで満を持してハンドルを切ろうとした。

だがハンドルはびくともせず、そのまま3輪車ごとに横倒しになろうとする。

 

おっとっと。

 

足が地面につく。

踏ん張った勢いのまま立ち上がり、俺は3輪車から離れた。

立ったままハンドルを持ち、右に切ろうとすると。

3輪車の後輪がハンドルにつられて左に横滑りした。

…………なるほど。

 

原因は簡単なことだ。

作った3輪車はハンドルを切ることができなかった。

そもそもハンドルとフレームは溶接によって結合しているのだ。ハンドルが切れるはずはない。

これではペダルのついたキックボードだ。

自分の失敗に少しだけ呆れたが、このままという訳にもいかない。

 

「アイシャ、折角待ってもらったのに御免な。

 新しい課題が見つかったからちょっと明日までに色々考えてみるよ」

 

「失敗しちゃったみたいだね」

 

「ああ」

 

妹の前で大きなミスをしたのはかなり恥ずかしかった。

でもこれまでの彼女との話からして失敗することを恥じてはいけない気がする。

そもそも挑戦をすれば失敗はつきものなのだ。次を考えれば良い。

 

「明日また手伝わせてもらってもいい?」

 

「そうだな。また一緒にやろう」

 

「やったぁ!」

 

アイシャは俺の心情を察するようにそう言って喜んでみせた。

今日の作業はこれで終りとして2人で一緒に家に戻ると、アイシャはリビングの方へ駆けて行く。

きっとそこにはパウロやノルンが居る。

1人になった俺は彼女が普段通りな姿を見送った。

 

--

 

設計図を描き直すために自室へと戻り、ベッドの上に座って考える。

今日のことでハンドルをサドルより後ろの部品から独立させる必要に気付けた。

一方でハンドルを切るとその動きが前輪に連動するはずである。

どうすればそれを為せるのか。まずは考える方向性をイメージする。

ハンドルとサドル側のパーツを互いに独立させるなら別々の中型のパーツが出来上がる。

そうだ。ハンドルと前輪だけの中型パーツを作ってみれば良い。

 

考えがまとまってからベッドを降り、机に向かう。

相当な時間、俺は無言で絵を描いていた。

色々な絵を描いていて、最後に描いたのが前輪とハンドルだけの絵だ。

それを見てこれだと思った。

その絵に似たものを俺は知っている。

だがちょっと違う物だ。

そう思ってハンドルをサドルに変えた絵を描いた。

 

その絵は遊具用の1輪車だった。

 

俺は4輪馬車を造ろうとして2輪車を作り、さらに子供用の3輪車を造ることになった。

そして3輪車の課題を考えていたら1輪車が出来上がった。

だからきっと考え方は間違っていないのだろうと思う。

1輪車の絵からサドルをハンドルに戻したパーツ。

それにサドルと後輪軸をくっ付けたパーツ。

2つのパーツが独立して動けば良い。

つまりハンドルを切ることによってハンドルと繋がったフォークと前輪が向きを変えるが、サドル側は動かないようにしなければならない。

 

それはどうやってこの2つを組付けるかという話になるわけだが、余り難しくはない。

なぜなら散々いままで考えてきた軸と軸受けの関係と同じだからだ。

ハンドル側を回転軸、後輪やサドルのついたパーツの組み付け部分を筒状の軸受けにし、筒の中に回転軸を通してやれば良い。

 

軸と軸受けの接する表面積が少ない程ハンドルは切りやすくなる。

しかし少なすぎると強度に問題が出てくる気もする。

強度を計算するような工学的知識もなく、サンプルに厳密な安全性も必要ない。

ましてや今、細かい実証実験をすることは難しい。

そもそもの目的は旋回性能の向上にあるわけだから、そこらはすっとぱして3輪車を作ってしまって良いだろう。

 

新しい設計図が完成する。

これで明日は3輪車製作からやり直してアイシャに乗り心地を確かめてもらう。

3輪車や前輪の車軸長を短めに設定することによる切れ角問題は既にミニチュアで検証済みだが、人の乗ることができるサイズで検証できるのはありがたい。まだあるかもしれない課題を確認しつつアイシャとの交流が深められるはずだ。

俺は頭の中で明日の事を考えて笑みがこぼれた。

明日だけの話ではない。これでようやく旋回性能の問題が一段落すると思えたからだ。

 

3輪車のハンドルフレームと本体フレームの連結―これを俺は首振り機構と呼ぶことにした―を数珠繋ぎにすれば蛇のような動きをする装置ができるだろう。そうロキシーの言っていた蛇のような動きをするものだ。

そしてこの『首振り機構を追加する』という発想は、俺の得意分野にも似たものがあると今更ながらに気付けた。

模型の技法として『関節の追加』という技法があるのだ。模型の場合は綺麗なポージングを取らせるための『曲げる』技法であって『曲がる』ための技術ではないが、綺麗なポージングを取るためにはパーツを細かく滑らかにしなやかに動かせる必要があり、そういうことが蛇の動きに繋がり、結果的に『曲がる』に繋がるのかもしれない。

だから判る。首振り機構は馬車へ応用ができるはずだ。

 

--

 

明日の段取りがほぼ付いた矢先、階下から夕食に呼ぶ声がして俺はもうそんな時間かと驚いた。

そして食事を終え、片付けをする。

片付けも終わり、台所からダイニングに戻るとアイシャが待っていた。

ノルンはパウロとリビングに行って彼女一人だ。

ここのところ彼女がこういう素振りを幾度となく見せるのは、馬車造りによっぽどの興味が湧いてきたからだろう。

 

「おにぃちゃん3輪車出来そう?」

 

「あぁ。上手く行くかは判らないけど次に試したいことは整ったよ」

 

「ならまた明日お手伝いしに行くね」

 

「上手くいくかはわからないけどな」

 

「上手くいくといいね!」

 

言い終わったアイシャがリビングの方へと歩いて行く。

それを見送ると横手から声がした。

 

「3輪車とは何でしょうか? 3輪馬車(・・)ではないのですか?」

 

ダイニングの席に座ってお茶を啜っていたロキシーが不思議そうにこちらを見る。

 

「3輪車は小さな子供が乗って遊ぶ遊具ですよ」

 

「初めて聞きました。

 人族なら誰でも知っているものですか?

 それともこの地方の独特なものでしょうか?」

 

「あぁ……そういうわけではありません」

 

「馬車の検討のついでに妹達に何かプレゼントでもしようと考えていたのです」

 

「プレゼント? もしかして節目の誕生日?」

 

「あー。いえ、ずっと離れて暮らしていたので何かしてあげたいんですよ」

 

「なるほど」

 

「昨日渡した模型も中々の出来だったでしょう?

 ああいうのを小さい女の子が喜ぶかは判りませんけど。

 ロキシーも興味があるなら作りましょうか? 3輪車」

 

「私は小さい女の子ではありません」

 

「あーそういう意味ではなくてですね。

 自分用のサイズのものを作る予定なのでロキシーも乗ってみますか?

 と言いたかったのです」

 

「それなら……使ってないときに使わせてもらいたいと思います」

 

「なら明日作っておきますので、乗りたいと思ったときは声をかけてください」

 

「わかりました」

 

--

 

日が変わる。

作業場で設計し直した3輪車を2台作り、再テスト。

アイシャと並んで2人で3輪車を走らせた。

馬車のプロトタイプを考えるという点では上々の出来だろう。

そしてアイシャは相当に嬉しかったらしく、森の方まで走って行った。

あの方向にはロキシーの作業場がある。見せに行ったに違いなかった。

 

「自慢しに行ったんだけど、ロキシー義姉ちゃんいなかった!」

 

戻って来たアイシャが俺にハイテンションな声音でそう教えてくれた。

 

「そうか、何か別の作業をしてるのかもな」

 

まぁそういうこともある。アイシャが満足してくれたなら今日は充分だろう。

そして今日も課題が1つ出来た。

自転車でペダルを漕ぐときは車輪が回るのに対し、車輪が回るときにペダルとクランクが回らないようにするにはどうしたら良いのかという課題だ。だがそれはおそらく馬車には関係ない。だからアイディア自体を日記に書いておくことにした。

 

こうして俺とアイシャの3輪車製作は終り、首振り機構のアイディアは馬車へと流用された。

舵棒と前輪軸を一体化したパーツが3輪車のハンドル側のパーツに。

御者席と荷台と後輪が付いたパーツが3輪車のサドル側のパーツに。

そして御者席の真下に回転軸を取り付けて2つのパーツをくっ付ける。

ハンドルの無い3輪車に舵棒をつけて馬に曳かせるのをイメージしてくれた方が判り易いかもしれない。

後はロキシーの作業の状況を見つつ、頃合いをみて2人で馬車の完成品を作るだけだ。

 

 

 

 

--ロキシー視点--

 

王都に連行されたルディを迎えに行き、ボレアス家の邸宅で話をしている彼を見ることでルディ自身が国や貴族からどのように思われているかその一端を知ることができました。それは恐怖。紛うことなき恐怖です。ジェイムズ氏はその事を「恐ろしい」と明確に表現しました。ですが水帝かつ、公式には水王級魔術師、その両方を備える人物がたとえ数千万人に一人の逸材だとしても、アスラ王国の貴族をここまで震え上がらせる程の恐怖を与えるとは思えません。

なぜなら彼らは力には力で抗えると知っているはずなのです。そしてその力は金で買えるということも。

 

ならばそれ以外の何か。ルディの異常性というものが彼らをそこまで怖れさせるのでしょう。

―4大貴族の1つ、その領地を救援できる程の資産。

―賢者から魔術の発展を千年加速させると言わしめる知識と才能。

―領民を災害から守り、金銭も名声も要求せぬ公明さ、正大さ。

―権謀を見通し、渦中に飛び込み、自らを囮とし、相手の土俵で戦い勝利する豪胆さ、その行動力。

―甲龍王の信託を得て地上の権力構造から脱却する。独立した権力基盤。

どれも確かにそうだと思わせるものです。

そしてジェイムズ氏の発言は甲龍王の威光というものが恐ろしいのだと言っていると私は考えていました。

ですがそれは表面的な解釈でした。いえ、よくよく思い返してみればジェイムズ氏の発言はそうではなかったのです。

それから一月も経たない間に、私はそのことに気付くことになります。

 

--

 

水神流の道場を周った後、ロアまで帰ってエリスさん達と別れると、すぐさまブエナ村に帰ることとなりました。

その途中、ガレ川のほとりで北神流の非常に強力な剣士、ルディ曰く水神並みの強さの剣士の待ち伏せを受けました。しかも待ち伏せはその1人ではありませんでした。全部で6人。私は彼の作った精霊の集合体(スパルナ)の背に乗り、上空からの支援戦闘を任されました。

 

闘気を纏う剣士達の行動に先んじて攻撃するのは不可能ですから、ルディがリーダー格らしき者と会話をしている隙に考えます。

よーいドンで始めたら目にも留まらぬ速さで近づかれて斬り殺しに来るのが剣士です。

ですが、同じ人間と思わず魔物と相対する気持ちで挑めば結果は変わります。

相手の動きを封じてそこに一撃を当てるという戦術。

タイミングはルディが戦闘を開始した後とします。

 

短い時間の中でその決断を下すと、ほぼ同時にルディが無詠唱の岩砲弾らしき魔術を解き放ちました。

その威力たるや私の知る岩砲弾とは全く別物ですが、見た目は岩砲弾でした。

しかも魔術と同時に水神流の道場でも見た剣技の迸りだけが私の目に映りました。

残念ですが、それが何でどんな結果を狙ったものかは分かりません。

 

ルディの先制攻撃によって敵の一団は2つに分断され、そこに私の『フロストノヴァ』が発動。

後続の剣士3人を足止めしたようにみえたのは全くの偶然ですが、でも結果的に私の魔術は有効な楔となったと思います。

次の支援はどうするべきか。全体を俯瞰して考えようと目線を動かせば、その時には既にルディへと向かった前衛3人が打ちのめされていました。そして無詠唱の『泥沼』が発動。リーダー格以外の二人を完全に行動不能にし、『絶対零度』、『電撃』、『風裂』、『岩砲弾』とこれでもかという無詠唱攻撃魔術が敵に襲いかかります。

ですが相手はこちらを待ち伏せしていた者。

それなりの準備をしてきたようで、その猛攻を凌ぎ切りました。

きっと何らかの装備によって魔術の効果を減衰させたのだと思いました。

 

と考えている内に……空を飛んでいる私の目の前を重力に反して下から上へと飛んでいくリーダー格の男。

これまた想像ですが、ルディの合成重力魔術だと思われます。

突進した筈の加速度を中和、さらにほぼ同時にかかっている重力加速度に『斥力』を掛けて一気に相手を重力とは逆方向、つまり空へと向かって飛ばしたのでしょうか。

一瞬の想いが一拍となり、今度は男が空から地面へと墜落していくのは敵のことながら内股に力が入る想いでした。

そして激突音と舞い上がる砂煙。

重力魔術の恐ろしさに冷や汗が噴き出したのを察知したのでしょう。スパルナが高度を上げてくれました。

おかげでもうもうと上がる砂塵が少しだけ小さく見えました。

横風が砂煙を薙ぎ払い、姿を現したのはボロボロになった男。

鎧は砕け、武器はへし折られ、全身砂まみれ、一方のルディは戦闘前とほぼ変わらぬ様子。

男が一言、二言負け惜しみを言って逃げて行くのを見送って、闘いは終りを告げました。

 

「凄かったですね」

 

闘いの後、私はそう言いました。

 

「流石、北神二世です。

 五体満足でこうして立っていられることに感謝すべきでしょう」

 

ルディには私の言葉が相手を褒めたように聞こえたのでしょう。

そんな答えが返ってきました。

 

「そうですか。

 でも相手の待ち伏せを撃退してみせたルディもやはり凄かったですよ」

 

「ありがとうございます。

 先生に褒められると嬉しいですが、状況はあまり芳しくないですね」

 

「なぜ、と訊いても?」

 

「もちろん。

 夢の中の経験を考えれば、北神二世の実力があの程度であるはずがないということを僕は判っています。

 また先程の捨て台詞も気になります」

 

「北神二世は何と言ったのですか?」

 

「彼自身の説明によれば、僕らはアスラ王国の存亡を左右するらしいです。

 それでは困るからアスラ王国を出て行って欲しい、さもなくば出て行くようにちょっかいを出すぞ。

 と言っていました」

 

その言葉のニュアンスは数日前にジェイムズ氏の口から聞いた言葉によく似ています。

であるならジェイムズ氏と同じように考えた他の貴族の差し金でしょうか。それとも別の?

 

「素直に捉えれば警告ですけれど、裏があるのかもしれないですね」

 

「そうかもしれませんが、僕は言葉のままだと考えています」

 

「何か根拠があるのですか?」

 

「確かに馬鹿みたいなお願いでしたけど、そもそも僕らがあれだけの戦力を無傷で撃退できると相手が予想していたとは思えません。

 普通に考えてみれば襲撃者が勝利し、調伏すれども見逃すシナリオだったのだろうと思います。

 そうすることで効果的な警告をしたかったのでしょう。

 そして彼は真の『英雄』であり、誰もが無理だと諦める事をいくつも成してきた人物です。

 いや―」

 

ふと私から目線を離して彼は襲撃者たちが逃げていった方角を見据えました。

私もつられてそちらを見ると、横に居るルディの言葉が聞こえてきました。

 

「順番が逆なのかもしれません。

 誰もが無理だと諦める難題をいくつも成してきたからこそ彼は『英雄』と呼ばれるのです。

 そのためには普通の人が無理だと諦めることを、まずは『いや、できるはずだ』と考えねばなりません。

 彼がそう考える時、無理だと思っている凡庸な僕らから見ればそれがどのように映るのか。

 きっと馬鹿みたいに映るのだと、僕は感じます」

 

「なるほど。

 ですが言葉通りであったとしてパウロさん達の説得が大変ですね」

 

「その時は先生の助力を請うことになるでしょう」

 

「喜んでお手伝いします」

 

そんな話をして旅から戻り、ブエナ村に到着するとこちらでも大事件が起きていました。

事件の内容は置いておくとしても、シルフィが旅に出てしまったことでルディの予定は大きく変わってしまいます。

また、あれこれと相談を受けることになるのでしょう。

上手く答えられれば良いのですが。

 

--

 

ブエナ村も襲撃を受け、似たような警告があったことで私達はラノアへと向かうことになりました。その準備の合い間に私は馬車を作ってみようと思い立ちました。

それは突然に思い立ったのではなく、いくつかの理由から考えた合理的なものです。

少し時間が前後しますが、私は転移災害の一報を聞き、ブエナ村へと戻ってきてグレイラット家の安否を確認すると同志の約束通り『水王級魔術『雷光(ライトニング)』をルディへと披露しました。しかしルディはこの魔術を見て研究の余地があり、その先には雷魔術、既存の基礎六種とは異なる新規の系統魔術があるはずだと予想しました。このことは私が転移魔術や召喚魔術と比べて自分の発見した魔術が大したことが無いと感じたことへのフォローだったかもしれませんが、とにかく彼は「雷魔術について今後、研究するつもりだ」と言い出し、続けて「手が足りないのでシルフィに頼もうと考えている」と私に告げました。「ただし私が手伝うなら私に手伝ってもらうこともできる」と提案をしてきたのです。私は『雷光』からの魔術の派生であるなら、それは自分がやるべきだと感じて研究の手伝いを申し出ました。

 

残念ながら他にも彼の前世の話や現実の時間で今起きていることを説明され、理解し分析する必要があったために雷魔術の研究に割いた時間は僅かでした。ですが、馬車造りに着手するまでに私は2つのことに気付きました。

1つは私が伝えに来る前から、ルディは『雷光』を既に知っていたということでした。

そう気付いたのは先にも話したルディの前世で体験したことを分析している際に、資料の中にその記述があったからです。

彼の夢日記を詳細に見ていくと、魔力量増大法の項に「シルフィは魔力量としては王級の魔術を使えるレベルにある。しかし結局『雷光』を習得できず水聖級魔術師に留まった」という記述がありました。また無詠唱魔術の項には「『岩砲弾』に対する魔術の重ね掛けが『雷光』の魔力圧縮と酷似している」という解説も見つけました。

少しショックでしたが、よくよく考えてみれば私は彼の夢の中の世界でシーローンで宮廷魔術師になっていたはずで、今回と同じく『雷光』を手に入れて彼らに披露したのだろうと想像できました。

さらにルディは雷魔術について前世で研究しており、結果として生み出したのが『電撃』なのだと理解しました。

 

まぁそれはこの際、事を荒立てるようなものではありません。

ですが別のことが気になりました。

彼の言葉からだけでなく、夢日記の中にも雷魔術に関する項目は『雷撃』しか記されていません。

私より優秀な彼でさえ雷魔術の研究は完成しえなかったのです。

その理由は定かではありませんが、今の私がルディの手伝いで忙しいように前世で龍神の手伝いをしていたルディも忙しくて研究が進められなかったのかもしれません。もしくは今の私のように手掛かりがなく研究は頓挫していたのかもしれません。

私は直観で後者だと感じました。

 

 

そんなことがありながらも研究テーマを「雷を生み出す混合魔術の手順を開発すること」に決めました。なぜこのようなテーマにしたのか説明すれば、それは消極的な理由だと言われるかもしれません。でも現実的にはこうならざるを得ないだろうとも思っています。

ルディが提示したのは『水弾』や『岩砲弾』のように魔力から直接に雷を生成する魔術だとは判っていますが、そのような魔術の詠唱文を発見するか新しく創る方法が私には分かりません。

そもそも既存の魔術の詠唱呪文はどのように創られた物なのでしょうか?

少し考えてもそういう物だという風にしか思えませんでしたし、調べる術がありませんでした。

ですから、私は「雷を直接発生させる新魔術の開発」を諦めました。

一方でルディが前世で研究したと思われる『無詠唱魔術の技能を使った雷魔術の開発』も私には出来ません。

ならば私に残された手段は混合魔術を使ったモノになるだろうと考えたのです。

 

混合魔術を使って雷を創る。

それですら魔術ギルドでは革新的な論文になるでしょう。

ですが、私はそれがきっと出来るのだろうという確信があります。

頭の中に思い浮かぶ光景。それが雄弁に出来ると言っているのです。

 

あれはルディが卒業試験で見せた魔術でした。

豪雷積層雲(キュムロニンバス)』は一般的には魔力を継続的に投入して維持しなければ雨雲が消えてしまうと考えられる魔術です。ですが、彼は雨雲を『豪雷積層雲』に頼らずに混合魔術を使って維持しました。その発想が私にはありませんでしたが、あの光景を見た後に私は次のように理解しました。

 

『豪雷積層雲』の制御が必要なのはなぜなのか?

それは雨雲が風に散らされないようにするためです。

 

なぜ風に散らされてしまうのか?

魔術によって自然に発生しえない状況を無理矢理に起こしているからで一時的な物に過ぎないからです。

 

では雨雲は自然に存在しないものか?

いいえ存在します。雨雲は自然に出来ることもあります。

自然環境が雨雲の出来る条件を満たしていればそこに雨雲が出来ます。

 

つまり状況を魔術で創ることができれば、雨雲は自然的に維持されるかむしろ巨大化するのではないか?

その通りです。

 

翻って『雷光』について考えてみます。

『雷光』は一段階目に『豪雷積層雲』で雨雲を呼び出し、二段階目に雨雲を圧縮して一か所に集め、雷を発生させます。最後に地面側の落雷ポイントを制御することで狙った位置に雷を落とすことができる魔術。

そういう意味では既にこの魔術の半分は混合魔術と言えるでしょう。

なぜなら魔力から直接的に雷を創っている魔術ならば雨雲として展開する工程は不要なはずなのですが、『雷光』はそうではありません。それはつまり、その工程が自然現象に由来しているのだろうという証左でもあります。

 

さぁ話はもうすぐ終ります。

強制的に魔術によって雨雲を圧縮すると雷が出来るのは『雷光』の原理から推測できました。でも自然現象として発生する雷は雨雲を圧縮しません。

自然の雷はどのように発生するのか。

雷とは一体何なのか。

それを知る手立てが思いつけないでいます。

今、雷魔術の研究はそこで行き詰っています。

 

でも良い所まで行っている気もしますし、ここまで考えることが出来たのも切っ掛けをくれたルディのおかげです。そしてルディはルディ自身の寿命が尽きた後の私の心配をしてくれています。

 

夢の中の私はそんなに頼りない存在だったのでしょうか?

 

たしかに思い返してみれば、ルディに出会ってからの私は彼に助けられてばかりいます。

そうです。ここらで自立した大人の私をアピールすべきなのです。

自分で考え、自分で行動し、挑戦を経て成長する。

それはつまり自分の殻を破ること。

固定化された概念を打ち砕き、新たな発想でこれまでを見つめ直し、これからを生きるのです。

 

そう考えていたところで襲撃者騒ぎが起き、ラノアへ引っ越すことになりました。

この時間で何か挑戦できないか。

大勢で旅をするなら馬車が必要です。

そもそも禁忌である転移魔法陣を使ってしまえば事は簡単に済むでしょうが、義理妹の命を危険に晒す結果になるような気もします。

転移魔術を使って馬車を調達するのも同じ結果を招くでしょう。

ならば馬車を自作してみたら良い気がします。

門外漢の私が挑戦してもきっとうまくはいかないでしょうが、そして失敗したとしても悩んだことが自分の研究の糧になるはずです。また私が作った事にすれば馬車を転移魔法陣で後から調達しても義理妹の中で納得ができるはずです。

 

--

 

馬車を造る挑戦。

手始めに車輪の製作に着手しました。

最初は簡単な所から……などと言う弱腰ではルディの協力者に相応しくはありません。

材料を求めて森へ入り、風魔術で木を伐り倒し、その場である程度の幅に輪切りにして丸太を作り、そして丸太を作業場へと持って行こうとして丸太を5歩ほど転がして、あまりの大変さに途方にくれました。いかに転がるといっても非力な魔術師が丸太を運ぶのは重労働すぎます。

 

手伝いのために人形を作ることも考えました。

精霊を召喚して土魔術で創った人形に宿らせる魔術。これをルディは人形術と呼んでいます。

その人形術を使って力仕事をさせるというのは召喚魔術について描かれている古いおとぎ話の中でも何度か出てきますから、何も突飛な発想ではありません。しかし、この人形術。使うのにやや変わった才能を必要とします。

それは造形力です。均整の取れた造形をしないとゴーレムは立つことすらままなりません。

なんとか直立させることができても歩くたびにバランスを崩して転倒するはめになります。

そもそも無詠唱で土魔術を使えないために大きさや形を上手く調整できないというのが最大の問題でしょう。

色々と思案しましたが、泥をこねて形にした泥人形が一番まともです。それを乾燥させて精霊を埋め込み、動かす。

おとぎ話の中では魔法陣に魔力を込めるだけで人形型の入れ物が出来るはずですが、実際は手間がかかり過ぎます。

というわけで、作業場へ丸太を運ぶのは諦めて森の傍らに作業場を移動しました。

 

ここからは大工道具、(のこ)(かんな)、ノミや金槌を使います。

再建された村のログハウス群を見るにどこかに道具があるはずです。

パウロさんに相談すると、「兵站倉庫にあるから使ってもいいし、もし誰か使っていてなければペルーンが個人でも持っているから借りてくれば良い」と教えてくれました。

どうしようかと考えましたが、新しい畑の造成作業を頼まれていたので次いでの意味をこめてペルーンさんのお宅へお邪魔しました。盛大に迎え入れられた話はこの際、説明しなくても良いでしょう。

感謝されながら借りて来た大工道具を手に一路作業場へ。

 

荷物をなるべく少なくすることで私自身が馬車や馬を手に入れることはありませんでしたが、長い冒険者生活で何度か馬に乗る機会がありましたので乗馬ができますし、馬車に乗って移動したこともあります。

ですからその時の記憶を頼りに作業を進めましょう。

 

--

 

「はぁ……」

 

なんということですか。ここまで自分が向いていないと思うこともある意味で新鮮ですが。

大工仕事をしたことはありませんでした。ですが、鋸1つまともに扱えないとは思っていませんでした。

何かをやる度に手や身体を怪我しては治癒魔術で治すハメになり、全身が疲労で悲鳴をあげるため部材を一式用意するのに5日を要しました。上手く行ったとしても後3つは作らなければならないと思うと泣きそうです。とにかく弱音を吐いてばかりはいられませんので出来た部材を組み立てましょう。

 

半日経ち、一日が経ち……部材が揃ってから結局3日。

最初は釘を使わずに車輪を作ろうとしましたが上手く行く方法が判りませんでした。

まぁそもそも作った部材自体の作り方が間違っている可能性もありますから、何もかも間違っているので"出来ない"というのもまた1つの可能性でしょう。そこまで考えて、もう釘を使って部材を固定してしまおうという流れになって釘を使いました。

 

なんとか形になった物。それを転がしてみると何度目かで釘が抜けて部材はバラバラになってしまいました。最初から職人の方のようには出来ないとは思っていましたけれど、もう少しだけやれると思っていました。

それは根拠のないことではありません。プロの料理人、プロの商売人、プロの服飾職人。世の中には色々なプロが居ますが冒険者をしていれば自分で食事を作ることがありますし、冒険で手に入った物は自分で売りますし、服にほつれができれば自分で縫います。装備のメンテもします。ですから同じように馬車造り、車輪造りもある程度は出来るのではないかと思っていたのです。

ですが現実には全く出来る気がしないレベル。これは不可能なのだと思い知りました。

木工職人の方々が積み上げた知識や技術には目で見ても全く分からない、もしくは私が全く知り得ない何かがあるのだろうと言うことなのでしょう。

 

--

 

挑戦が始まって10日目のこと。

私はついにルディに助けを求めました。

するとどうでしょう。

彼は言ったのです。

 

「失敗しながら、もしくは他人の考えに助けられながら基礎的な考え方を身に付けました」

 

と。まるで魔法のように次から次へと新しい物を生み出せるのは、基礎研究があるからだと言うのです。

そして彼は熟練の経験者であり、既に色々なことを研究し、中には失敗もあったそうです。

それを私は知っていました。彼の雷魔術は『雷撃』を生み出したに留まり、頓挫していたのですから。

 

また彼の言うことは別の解釈もできます。

彼が地道に色々な事に挑み、その中で失敗したこともありながら挫けずに研究に邁進したという解釈です。

それに比べて自分はどうでしょうか。

一足飛びに彼に追いつこうとして車輪の研究に挑み、敢え無く失敗して立ち止まっています。

立ち止まってはいけないのです。

彼と同じとまではいかなくとも私は地道な努力をしていかなければなりません。

だって彼は同志である私に雷魔術の研究を託したのですから。

どんなに険しい道であっても、その期待に私は応えていきたい。

 

しかし、40年のアドバンテージのある彼に追いつこうとする努力とはどんなものでしょうか。

彼に寄り添って力になるためには私は一体何をすれば良いのでしょうか。

努力したとしても、もし至らぬ時は彼に助けられるだけの存在になってしまわないでしょうか。

 

「その時は2人で協力して馬車を作る方針にシフトしましょう」

 

優しい言葉。

でもずっと残酷な未来が私には見えています。

協力という名の元に出来上がる馬車。それでは助けられるだけの存在と同じ。

私の望みではありません。同志としての対等な立場が良い。

そうなるためにはこの状況は良くない。

でもどうすれば……

 

「よっ」

 

ふいに呼び声がして振り向くと、そこには聞こえた声の主とノルンちゃんが立っていました。

でも一人足りない。

 

「今日はアイシャちゃんが一緒ではないのですね」

 

「ルディの所だよ。

 話があるといってそっちにいっている」

 

「そうですか」

 

「ロキシーの方は順調、では無さそうだな」

 

パウロさんは私の作った残骸を見回して、そう言いました。

勝手に結論を出したパウロさんに敢えて自分から上手く行っていないことを吐露するのは何かが違う気がしました。

 

「何か御用があったのでは?」

 

代わりに私は話を進めることにしました。

 

「あぁそうだった。

 差し入れさ。なぁ、ノルン」

 

「うん」

 

パウロさんの呼びかけに頷いたノルンちゃんが私に白い粉のかかったパンを差し出したのでそれを受け取り、パンを作業台においてからノルンちゃんの頭を撫でてあげました。彼女は嬉しそうに表情を崩してから「温かいうちに食べてね」と言って、嬉しそうにパウロさんの元へと戻っていきました。頭を撫でてもらうのが好きなのでしょうか。

 

そんな彼らは用件を終えた後も帰るでなく、近くの切り株に座って私の作業を見学するようでした。

ノルンちゃんもパウロさんの膝の上へ。どうやらまだ用事があるようです。

立っている訳にもいかず作業場の椅子に座ってパンをひとかじり。

ふわっとした口触りは寝かせて膨らんだパン独特の物。

それに焼けた麦の香ばしい匂いとたっぷりかけられたドナ砂糖の甘さが飛び交って。

至福のひとときが心を満たしてくれます。いつか奥様方から作り方の手ほどきをしていただきたいものです。

 

「1つ訊いてもいいか?」

 

私がパンを食べ終わると、パウロさんはようやく話を切り出しました。

 

「もちろん。私の答えられることでしたらですけど」

 

「なぜ息子と一緒に馬車造りをしない?」

 

「……私の研究がどうしようもなくなったら、そうするつもりではいます」

 

「最初からそうしない事の意味がわからねぇな」

 

「研究のためです」

 

「別々に馬車を造ることが?

 魔術師が魔術以外の研究もするなんて俺は初めて聞く」

 

「普通はしないかもしれません」

 

「なら余計わからねぇな。

 別々にやる理由が」

 

「魔術の研究も馬車の研究も同じ研究です。

 ですから今回の馬車造りを通して、私は研究者としての経験を重ねたいと思っているのです。

 それはルディが手伝っていては出来ません」

 

「息子が助けてしまうと経験にならないって訳か。

 ふん。まぁ、確かにそれは一理ある」

 

「ルディに助けられてばかりではダメなのです」

 

「あんたはそれが出来るのか?」

 

「出来るようになりたいのです」

 

私がそう言ったところでパウロさんは朗らかに笑った。

 

「あー、なるほどなぁ。

 息子がロキシーに助けを求めるのは先生だからって訳じゃねぇのか。

 漸くそれが本当の意味で判ったかもしれねぇ。

 そうかそうか。

 親でも騎士でもないあんたがそれに普通に気付き、そうであろうとしているとはな。

 当たり前ですってその寝ぼけた顔でよ」

 

「これは生まれつきの顔です」

 

学生だった頃もよく教師陣から『眠たいのか?』と言われていましたが、人族からはそんなに眠そうに見えるのでしょうか。

不思議です。

 

「それは横におくとしてだ。ロキシー。

 息子に相談できないってんなら俺達に相談してみろよ。

 研究、上手くいってないんだろう?」

 

そう言ったパウロさんの何かイタズラを考えているような表情にはっとさせられました。

確かにそれはあり、なのかも。

 

初めから考えてみましょう。

今回の挑戦に対して『ルディに手伝ってもらうと新概念を生み出せない』そう考え、

私は研究をして残念でありながらも予想の範囲内で行き詰り、

パウロさんからは『なぜルディと一緒にやらないのか?』と問われました。

そして私との受け答えの中で最後にパウロさんは「俺達に相談してみないか?」と提案しました。

 

これに対して、もし私が「必要ない、自分1人でやります」と答えるなら、それは「新概念とは自分1人で悩み、回答を出さなければ生み出せないものだ」と定義していることになるでしょう。

私はそう思っていましたし、パウロさんが「なぜ息子と一緒に馬車造りをしない?」と訊いた意図もそこにあったように思います。

ですが、パウロさんは私との受け答えの中で別のことを感じ取った。

私は最後の提案にそう感じました。

 

『他人の考えに助けられながら』

 

そうです。

ルディも失敗したとき、行き詰った時にはきっと1人で答えを出さなかったのでしょう。

彼が助けられながらも研究して生み出したアイディアが日記の通りなら、それが私の目指しているものでもあります。

 

そして私は『ベテランの研究者に頼れば、私の些末な疑問など簡単に答えることが出来てしまう』、それでは私は成長できないと考えてもいるのです。もしかしたらパウロさんが災害後に気付いたことは同じことなのかもしれません。

 

「そうですね。

 ご迷惑でなければお願いしたいと思います」

 

「あぁ!どんと来いよ」

 

--

 

パウロさんに自分の状況を説明して数日。

そう簡単にアドバイスを貰える訳もなく、私はまだ1人作業場で悩んでいました。

 

「よぉ来たぜ」

 

振り向くとパウロさんが。それと一緒に来たノルンちゃんが私の足元にいました。

今日もアイシャちゃんはルディのお手伝いをしているとか。

 

「あら」

 

抱き着いてくるノルンちゃんの頭を撫でてやると、また、にへら~と笑ってパウロさんの所へと戻っていきました。

随分と甘えん坊に育ったものです。あんなに甘やかせて育てればそうなるのも当たり前。その原因はパウロさんが過保護なせいでしょう。でもうちの親も考えてみたら、同じくらい過保護でした。親というのはこういうものなのかもしれません。

 

「今日はちょっと小さな冒険に付き合って貰おうと思ってな」

 

「お父さん、冒険に行くの!?」

 

私が返事をする前にノルンちゃんが声を上げました。

 

「そうだ。ちっちゃな冒険さ」

 

「私も行きたい!」

 

「当然、ノルンも一緒さ」

 

「ほんと?」

 

「あぁ、父さんが剣士だ。

 ノルンの職業は何にする?」

 

「あたしはけんしみらない!」

 

「剣士見習いな」

 

「うん、みならい!」

 

「あとは魔術師も欲しいところだな。

 できれば治癒魔術が使える魔術師がいい」

 

「うん、そうだね!

 ロキシーさんがまずつしでいいよね!」

 

なんだか勝手に決められた気がしますが、返事を迷っているとパウロさんがニヤリと笑っていました。

 

「ロキシー、この冒険はきっとあんたの役に立つ」

 

「判りました。お供します」

 

パウロさんに言われるまでもなく、もともと私はノルンちゃんの笑顔に断る術を持ちませんでした。

 

--

 

転移災害の影響でまっさらになった大地も半年の間にすっかり草が生え揃っています。

ですが災害の帰還者達と配給品を往来する馬車が踏み固めた部分だけは土が顔を覗かせたままになっていて、新たな一本の道が出来上がっていました。

その道をノルンちゃんの歩幅に合わせてゆっくりと歩くパウロさん。

彼らの後ろを私はぼんやりと付いて行きました。

両脇には点々とログハウスと開墾途中の畑があり、農作業をしている村人たちに挨拶をすることが幾度かありました。

 

歩く最中、誰も居ない場所を指差して魔物が出て来たといっては虚空を無手で斬るパウロさん。

応援するノルンちゃん。最初は何をしているのかと思いましたが、冒険者ごっこ遊びというやつでしょうか。

いつもこうやって遊んでいるのでしょう。2人には役割があって手慣れた感じでそれを楽しんでいるのが判ります。

ですが2人は雰囲気を大切にしているらしく私に詳しい説明はありません。

ルールが判らず蚊帳の外のままに2人の後ろを歩き続けました。

 

そうして一行は村の中心付近まで来ました。

昔はブエナ村の商館宿がここにありましたが、いまやそこには別の建物が建っています。

ネズミ返しの付いたログハウス風高床式倉庫、つまりは兵站倉庫です。

日用品と食糧の他、建築道具や村を運営するために必要なあらゆるものが納められていることでしょう。

 

それも一棟ではなく、倉庫群と呼ぶべるほどにずらりと並んでいるのは少し異様な光景です。

この村の住民の数に対してあまりにも多すぎる倉庫の数はどのような理由による物なのでしょうか。

この半年、それを私に説明してくれる方はいませんでした。

歩きながら、『自分の知らない事は案外この村の中にも沢山ある』と感じられたのは偶然か、それともパウロさんの意図したことなのでしょうか。それは判りません。

 

 

倉庫群の手前に用意された鶏小屋。村で共有して飼育をしているそうです。

これも私が以前いた頃にはないものでした。

その横に差し掛かると、また連れの2人が魔獣と闘う冒険ごっこの続きを始めました。

闘っている相手はラスボスのようです。

中々に強敵なようでパウロさんは相打ちになり、そして敵の呪いで寝返ってしまいました。敵となって父が娘と闘う悲壮感溢れる展開です。そういう設定なのでしょう。父親を倒す見習い剣士がついに私に声を掛けました。

 

「ロキシーおねぇちゃん! 回復お願い!」

 

これまでのノリを踏襲してまずは言われるがままに治癒魔術でノルンちゃんを癒す振りをしました。すると再度、剣で打ち合うノルンちゃん。

パウロさんはその剣を受けて「ふんその程度のなまくらでは私は傷一つつかんぞ」なんて言ってくれます。ノルンちゃんは悔しそうにしつつも何かに気付いたようでした。

 

「ロキシーおねぇちゃん、剣に雷を!」

 

「え?」

 

「いいから! 魔術で!」

 

そう言われた私はもうヤケになって叫びました。

魔術っぽく。

 

(いかづち)よ!」

 

そう言った直後、

 

「ぐわああああ! け、けんに反射した雷が防げん!」

 

と設定を説明しながら、(パウロさん)が倒れました。

駆け寄っていくノルンちゃん。

最後は意識が戻った(という設定で)別れの言葉をノルンちゃんに授けるパウロさん。

どうやらそういう様式美のようです。

 

「面白かったか?」

 

「これまでのおはなしがいーっぱい、はいってた!」

 

「よしじゃぁ最後に行くところは判るな」

 

「うん。おたからザクザク!」

 

「あぁそうだ。お宝を手に入れにいこうじゃないか」

 

「うん」

 

そんな親子のやり取りを踏まえて、どうやらさっきの剣に雷を反射させて敵を倒すというのが何かの昔話なのだろうと理解できました。きっとパウロさんのセリフがキーワードだったのでしょう。

 

--

 

入り口で門番をしながら鶏の世話をしていた村の子供達を横目に並んだ倉庫の1つに入ると、入り口から大人2人分はある真っ直ぐな通路が伸びていました。その右手と左手には棚が並んでいて、そして窓の無い建物はややヒンヤリとしています。

入り口に備え付けられているカンテラを使ってパウロさんとノルンちゃんが何やら話していますが、私は初めて入った倉庫がまるでダンジョンの隠し部屋のように感じられて、2人をおいて奥へ奥へと入っていきました。

カンテラはパウロさんが持っているので、代わりに灯りの精霊を召喚して中を照らすと、左手側には配給用の保存食が納められているのだと見てとれました。乾パン、麦袋、塩、乾燥した豆、ジャガイモ、それにチーズ。各種香辛料に酒樽。布が掛けられたものをずらすと塩漬けの肉の塊もあります。

前にペルーンさんに聞いた話だと災害後に村人総出で開墾した区画からは麦と僅かな野菜が収穫されたのだとか。

バティルスのような嗜好品のための作物の栽培はまだ少なく、日々の糧となるピーマンや人参、飼料用となるカブが栽培されたそうです。ここに保管されている野菜はそれらなのか、それとも配給品として村の外からもたらされた物なのか。

私では見分けは付きませんでした。

 

他にも建物の中は意外と広く様々な物が置かれています。

奥に行くほど日持ちがして使う量も少なくできる物が仕舞ってあるようだと考えながら、突き当りで向きを変えて逆側の棚を見ていきます。ツンとする匂いがする所で足を止めて、壺や瓶はたまた布袋の中を覗いてみました。そこには村人が採取してきたらしき薬草、薬用成分のある草や木の根など。この村には治癒術師のゼニスさん、魔術師の私とルディも居ます。といっても不在や魔力切れになったときのために必要な物だとは思います。だとしてもやや備蓄量が多い気がします。なぜなのでしょう。これもまた判らないことでした。

 

「おーい、ロキシー。こっちだ」

 

その声を聞いたのは通路を半分程戻ったところでした。

残りの棚についての探索を止めて入り口へ。

当て推量で声のしたあたりを見ていくと、何かの棚の前に立つ彼らがいました。

脇道に入り、彼らの所に行くまでに(くわ)やレーキといった農具が棚の中の吊り金に引っ掛けてあるのが目に入ります。

 

「……」

 

その奥でパウロさんは黙ったまま一点を見つめていました。ノルンちゃんも同じです。

その視線の先は目の前の棚の一番下のスペースにあるものへと注がれていました。

どうやら見せたい物はそれのようです。

私が一番下のスペースにある"それ"に手を掛けると、「重いから注意しろよ」とパウロさん。

棚がやや狭く仕切られほぼ垂直に納められた物は一見して木製の何かでした。

腰よりやや高いそれを手前へと引いてみると、"それ"は棚から転がり出てきました。

 

出て来た物。

それは車輪でした。

中心の車軸を通す環とそこから放射状に延びる6本の木が外側の大きな木の輪へと繋がっていて一番外面には鉄の輪が付いている。

記憶にある物と何も変わらない。何の変哲もない車輪がそこにありました。

 

しかし今はその出来具合が自分には想像できない木工技術によって出来ているのだろうと想像できます。

ルディが見せてくれた物とは輻と呼ばれる部品の本数が違いますし、真ん中の車軸を通す部分の造りも異なっています。

私が想像していたモノとの違い。

ルディが作っていたモノとの違い。

それが意味する物は何なのでしょうか。

どうして自分の記憶や認識が正しくなかったのでしょうか。

頭の中は整理することで溢れていました。

 

「ねぇ、お父さんこれは?」

 

「それは蹄鉄って言って馬の蹄を護る物さ」

 

「ひづめ?」

 

「馬の爪のことさ」

 

「カラヴァッジョにもある?」

 

「そりゃぁあるさ」

 

「こんどカラヴァッジョにみせてもらおー」

 

「あぁ」

 

「じゃぁこっちのおっきなのは?」

 

「こりゃぁ車軸だろうな」

 

「しゃじく?」

 

「ロキシーが持ってる車輪と別の車輪を繋げる棒さ。

 ほとんどの馬車には予備が積んであるが、もし使っちまった時はここで補充するんだろう」

 

「ふーん。

 棒なのに真っ直ぐじゃないんだね」

 

「ほんとだな。

 なんでだろうな」

 

「なんでだろー。

 おねぇちゃんしってる?」

 

ノルンちゃんに質問をされて私も考えてみましたが、理由は判りませんでした。

 

「私にも判りません。なぜでしょうね?」

 

「ふしぎー」

 

「……そうですね」

 

車輪だけではありません。

車軸一本とっても私の知らない技術や工夫があるようです。

そう考えると魔術にも同じような工夫が随所にあるのでしょうか。

私が要らないと思って短縮してしまった詠唱にもそういった叡智が組み込まれているとしたら、それを紐解くことはきっと魔術の研究として非常に重要なことと言えるのかもしれません。

 

「しかしあれだな。

 他の部品ももっとありゃぁいいのにな」

 

「あるのはどうやら修理用品のようですし、余程の事がないと壊れない部品は置く必要がないのでしょう」

 

「そか。

 まぁそんなら良いんだけどよ」

 

パウロさんが頭を掻きながら曖昧に応え、ノルンちゃんに

 

「よし。帰るか」

 

と声を掛けて『冒険』はお開きとなりました。

小さな冒険を終えた私は作業スペースではなく自室へと戻り、彼が何を私に伝えたかったのかを考えることにしました。パウロさんは「きっと私の役に立つ」と言ったのですから。

 

--

 

ルディの部屋にて。

お風呂を頂いてから、いつものようにルディの寝室で彼とベッドに入りました。

 

「そういえば。

 今日は父さま達とどこかに行っていたようですね?」

 

「確かにパウロさん達と小さな冒険に出ましたので作業場を離れている時間がありました。

 しかしなぜそれを?」

 

「父さまとノルンがそちらへ歩いて行くのが見えたのと、手伝いのアイシャがそちらに行ったら誰も居なかったと話していたのです」

 

「そうですか。

 アイシャちゃんには悪い事をしてしまったかもしれませんね」

 

「アイシャは別段気にした様子もありませんでしたよ」

 

「それなら良いのですが。

 あぁそうです。話は変わりますけど、ルディ」

 

「何でしょう?」

 

「馬車の荷車についてはルディの作っている物を使わせて頂きたいと思います。

 宜しいでしょうか?」

 

「構いません。

 でもロキシーの馬車造りが終りなら、一緒に作業しないのですか?」

 

「いえ。

 私の方はカラヴァッジョ用のハーネスと馬車に付ける幌を作ろうと思っていますので荷車の方はルディにお任せします。

 代わりにパウロさんや奥様方にもご協力をお願いするつもりです」

 

「判りました。

 幌のサイズやハーネスの接続については相談して決めましょう」

 

「ええ。

 こちらも段取りがありますので、必要になったら相談しに行きますね」

 

「判りました」

 

 

 


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