無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第6章_少年期_新生活編
第077話_グレートマザー


---太母、殺されないようにするための母の立ち回りとは---

 

ラノアに向う途中、立ち寄ったドナーティ領の最初の町ダスカニアでのことだった。

息子とロキシーちゃんの共同製作した大型馬車はとても快適だったけれど、流石にベッドを持ち込むことはできなかったので、冒険者のように硬い地面に即席で作った寝床で横になる日々が続いていた。冒険者を辞めて10年と少し経ち、錆び付いた冒険者魂はそろそろベッドでぐっすり寝たいと訴えていた。

 

「この町で一度、宿に泊りましょう」

 

そんな息子の提案は、私にとって都合の良い物だった。家族にすんなり受け入れられたということは、他の家族も同じ気持ちだったのかもしれない。

 

8人と大所帯な一行に1部屋は流石に手狭だ。それで2部屋取ることになり、部屋割が告げられる。大部屋をパウロ、私、リーリャ、ノルン、アイシャの5人。中部屋を息子とロキシーとエリスの3人。運よく部屋は廊下を挟み向かい合う形になった。

 

文句はない。もし息子と同じ部屋の部屋割だったら……私はあの子をどう扱えば良いか結論が出せていない。あの子がお土産として渡してきたミリスの実家の家族を土像にしたものを眺めながら

『私もお母様の娘なのだと実感します。

 子育てに失敗するところがそっくり似てしまいました。

 お母様は今、どんなお気持ちですか』

心の中でそんな弱音を吐くこともあったくらいだ。

 

宿の記帳を終えるとリーリャと私は娘達の面倒を見るために大部屋に残った。

パウロはカラヴァッジョの世話をしに宿屋横の厩舎へ行き、後で息子夫婦は買い出しへ行くらしい。私は娘達の様子をみながら久しぶりのベッドの感触を楽しむ。

メイド生活が染みついているリーリャは部屋の汚れが気になるらしく、あれこれと掃除を始めている。

 

リーリャがベッドメイキングをし終えて、宿屋の備品として置かれた机に向って何事かを始めた頃、向い部屋の扉が閉まる音がして息子達が出かけて行ったのが知れた。

娘達は疲れが出たのだろう。3つ並んだベッドの内の一番窓際にあった物に2人で並んで横になり、スヤスヤと眠りについてしまっている。

そんな中、私はやることも無く、自分の想いに囚われていった。

 

--

 

7歳から3年間、旅に出た息子。本当は1年半の旅と1年半の家出をした。

息子の才能に驚き、3歳から英才教育を施したことは軽率だった。

村で伸び伸びと生きる普通の子であって欲しかった。

私はあの子の母としてあまりにも力不足だった。

今さらになって娘達を見てそう思う。

 

でも宴の席でタルハンドは言った。

「もうそうなってしまったのじゃから、今さらルディに何かを強制しようとしてどうする」と。

その通りだと感じる。私に残されているのはあの子の幸せを願うことだけだ。

でも願うことだけで済むなら母親の存在とは神父様で事足りる。

教会が運営する孤児院から子供を引き取る必要は無くなってしまうし、母という存在が無価値だと言っているようなものだ。

 

だから、そうではない。

娘達を育てている実体験が母親とはやはり簡単な役割ではないと、確信を与えている。

タルハンドの言葉が間違っている訳でもない。それは事実だ。

なら間違っているのは私がルディの母親という前提だろう。

そう。結局のところ私はルディを産み出した者であっても、母親足りえぬ存在であるのだ。

 

母親の役割。

息子も含めた子供に対してのそれは慈しみ育むことだと思う。

妊娠によって家事をこなすことが出来なくなってきて雇ったリーリャ。

自分もパウロも貴族として生まれ、幼少を過ごしたために全ての家事を彼女に任せることに忌避感は無かった。

でも母になり、メイドに息子の世話を任せてはいけないと感じ、主体的に動くことにした。

 

息子がお胎の中にいる頃、私はどのように育てるかを考えていた。思い返したのは実家の事、私の実体験や妹達に対する母の態度だった。

母が貴族としての作法やルールを重んじていたせいで、広いはずの屋敷はとても窮屈だった。

笑顔は稀で威厳というよりは厳しさを顔に張り付けている母。私はそれが上の妹の不幸を招いたと感じている。

だから母を反面教師にして子供に接しようとした。

いつも笑顔で優しく、大事なときには少しだけ厳しく、そんな風に接しようと覚悟を持って子育てに挑んだ。

大人になるまで15年、親離れしていくまでをゆっくりと見届けようと思っていた。

木を育てるのに似て長い年月をかけて少しずつ成長していく様を楽しみにしていた。

 

息子が生まれて授乳が始まった。

あの頃の無垢な表情は今でも思い出せる。

悩み少なく、私は自分が理想とする母であった。

同じ頃の娘達は夜泣きが酷く悩まされたけれど、息子にはそれも無くて夜は子供部屋で1人にさせても問題はなかった。

息子が特異だとは微塵も思わなかった。でも時が進むにつれて普通の子とは違う、途轍もない存在だと思うようになった。

 

あまり泣かない息子は病弱なのかもしれないと心配していたが、歩けるようになると毎日元気に走り回った。

そんな元気な息子はパウロの剣術を真似して枝きれを振るったり、私の真似をして治癒魔術を唱えた。

同じように娘達も私の真似をして草むしりをしてみたり、リーリャの真似をして足をさすったり、パウロの口癖を真似した。流石にパウロの真似は女の子としてどうかと思うので真似しないようにさせたが、どれも微笑ましいエピソードだ。

子供は無垢で悪い事、良い事の判断基準を持たないから、小さな世界の中で父や母の真似をして育つ。あの頃の息子は才能はあっても行動の基準は普通の子供らしいモノだった。

 

そうそう。息子の口癖もリーリャに似て(かしこ)まった物になった。

リーリャの言葉遣いは王宮勤めの経験を経たメイドの立場として別段普通のことだった訳で、勝手に礼儀正しい分にはそれを止めさせようとは思うこともなかった。けれど今ではそれが近寄り難さに拍車をかけてしまう結果になったと感じる。逆にリーリャは自分に似た口調に親しみを感じているかもしれない。

 

子供はただ真似るだけではなく、そこから応用しようとする。

私がルディに「これは何かな? これはテーブルっていうんだよ」と教えると私にくっついて「母さま、母さま、あれなぁに?」と目に留まるモノ全ての名前を聞こうとしたのは応用と言えるだろう。私はそれに一つずつ答えた。アイシャも同じような感じだった。ノルンは甘えん坊だからウンウンと頷くだけだったが、抱っこしたときにだけ耳元で「何?」と指差しながら訊くことがあった。そんな子供たちの甘え方の差異が、私の心を少し軽くした。

 

息子が真似したことを切っ掛けに剣術や魔術を習い始めた頃、自分の息子が天才なのでは? と疑い始め、それまで考えていた、ゆっくり見守ろうという想いは空回りを始めた。

パウロは小さな息子に専らランニングと筋トレをやらせた。その前から息子は庭を良く走っていた。リーリャと交代でみていたから定かではないけれど見る時はいつも庭を走っていた。ランニングに加えて腕立てや腹筋が追加されても息子は辛いとか嫌だとか弱音を一度も吐かなかった。

元気な子だなと思う程度だったが、娘達を見てそれも間違いだったことに後から気付いた。

歩き始めた子供はすぐには走れないのだ。歩くだけでも筋力や体力が追いついていないためすぐに疲れてしまう。甘えたいという気持ちもあるのだろう。ノルンもアイシャも歩けるようになった後、暫くは少し歩いては抱っこをせがむ様子が窺えた。私の妹もそうだったからそれが普通だろう。

一日中走り続ける体力も異常だし、私に甘えようとしない理由がどこかにあったのかもしれない。

思い当たる節はない。これ以降、息子が私に甘えようとする態度は次第に鳴りを潜めていく。

 

一方でリーリャの助言に従って招いた魔術教師は水色の髪の魔族、ロキシーちゃんだった。

アスラ王国の片田舎に住むにあたって弱冠3歳の息子に魔族がどんな存在かの説明をしておく必要性を感じていなかった。

そのせいで出合い頭に「小さいんですね」なんて失礼なことを言ったことは許してやって欲しい。

実際、ロキシーちゃんは10歳を少し過ぎたくらいの少女に見える。中央大陸で子供扱いされるのも仕方のない話で、本人も3歳の子供に言われるのでなければその評価を受け入れることに躊躇は無いと思う。

思い出の中でも常に礼儀が正しい息子が見せた稀な一面、そうでない娘達。これからのラノア王国での生活に向け、学校でイジメられたりしないように娘達に魔族の存在や礼儀を教えておくべきかもしれない。

 

さて息子の話に戻ろう。息子はロキシーちゃんにとても懐いていた。「先生、先生」と呼んで楽しそうに話していることが多かった。

大人ばかり3人と暮らしていたからちょっと年上のお姉さんに見えるロキシーちゃんが好かれるのも不思議ではない。だけど、もうちょっと私に甘えてくれてもいいのにと思った。

娘達には住み込みの家庭教師を雇わなかったので2人共良く私に甘えてくれた。これからラノアにいって魔法大学に入学できればまた息子と同じように親にべったりも減るのだろうか。

パウロも息子が早く巣立って行った分、娘達を溺愛している。完全に親離れされなくともという心配はあるかもしれない。それでも成長と取れるくらいゆっくりなら我慢していかねばならない感傷なのだろう。願わくば12、3歳くらいまでは頼りにしてくれたら嬉しい。

 

だけど1年で卒業試験をクリアした息子が色々理由を付けてもう1年ロキシーちゃんを家庭教師で居られるように根回ししたのを見て、私はその気持ちがただの好きではないと思い始めた。

フィールドワーク、ダンジョン探索、ロキシーちゃんとの別れ。ブエナ村に住んでいるにしては息子の人生は変化に富んでいた。そのせいなのか5歳の誕生日を過ぎた頃からはっきりと大人びた行動をするようになった。

パウロも息子のことを冒険者として相当なレベルにあると言っていた気がする。

シルフィを助けた話もそうだ。パウロに殴られてもまるで対等な立場で自分の父親を諭すために立ち向かい、犯人捜しは得策ではないと、父親の立場まで考慮した対処を提案した。

家庭教師が居なくなっても今度は息子本人が先生役になってシルフィに力を授けた。

 

息子が子供らしくないのは、親に甘えるような行動をしないのは、一体なぜか。

1つの解答は息子が忙しい毎日を送ったからだとずっと後になって気が付いた。

あの子からしたらそういうのが当たり前になってしまった。

早朝から剣の稽古をし、終われば家の手伝い、それからシルフィの家庭教師。昼からはシルフィと遊ぶと言って家を出て行くが、実際にシルフィとやっているのは魔術の特訓だ。何をしているか気になって密かに見に行ったことがあるから間違いない。そして日が暮れると部屋に籠り何かの作業をする。

 

日が暮れた後に何をしていたのかはさらに後の出来事で判った。

未来を占い、危機を察知し、被害を抑えるために旅の準備をしていた。

最悪の場合を考慮に入れて商人を使ってお金を稼ぐ計画まで立てていた。

それだけではない。

残していく弟子(シルフィ)のための今後の指導カリキュラムを作り、シルフィのための染料を準備する手配をした。

気になるのはその後にパウロを倒した剣士としての修行をやる時間が朝の稽古しかなかったということ。

ちょうど元冒険者仲間の会合にてギレーヌが悩みを相談し、ギースが答えた内容とも被っている。

同じ理屈で言えば、パウロより強いということはパウロでは理解できない、より画期的な方法で鍛錬をしたということなのかもしれず、秘密裡にそれを考案し、パウロにバレることなく実践したということになる。

 

とにかく息子の成長を見るのが楽しかったし、リーリャも「子供らしくないといって無理やり子供らしくさせたり、抑えつけてしまうときっと歪な子供になってしまう」というようなことを言っていたし、母の行いと重なりもした。だから自分の胸に燻る想いが一体どんなモノなのか良く判らなかった。

それが判ったのも最近のことで、パウロが元メンバーに相談したことがきっかけなのはどういった偶然なのだろうか。

 

私は胸に燻る想いが何なのか気付いた。

息子が子供らしくないことが不満なのではない。

自分が親らしく振る舞えないのが不満なのだと。

もっと息子を甘えさせて、息子に甘えられて、親であることを実感したい。

そんな想い。

母が体面を気にして貴族としての作法を子供に押し付けたのと何が違おうか。

 

 

並行して、私はここ数年もう自分は子供が産めないのではないかと悩んでもいた。

パウロの愛し方が上手で幸せだったことも否定しないけど、夜はパウロと毎日のようにまぐわっていたのに6年間、子供を授からなかったのだ。それで漸く妊娠できた私は6年来の悩みから解放された。

だが1か月もしない内にメイドだったリーリャの妊娠が発覚し、大きなショックに晒され、家族会議が開かれた。

ミリス教徒の私はパウロを許せなかった。いやミリス教徒でなくても許せなかっただろう。私は怒っていた。リーリャは罪を受け止めようとし、パウロは顔を青くしていた。

この家には大人が3人いるけれど全員が当事者だったために大人げない結果になるところだった。しかし5歳の子供だけが冷静で大人でいてくれたことで最悪の事態を免れた。生まれてからずっと一緒に暮らしていたリーリャは息子からしたらやはり家族なのだろう。抱き着いて寝たこともあると聞いていた。そして息子はリーリャのことも「母さん」と呼ぶようになった。

 

少し嫌な思いをしたけれど、ネガティブな考えに囚われるよりポジティブな気持ちでいようと思って気持ちを切り替えた。

そもそもパウロが女誑しの性格で、息子の手が掛からなかったのに、メイドとしてリーリャを雇い続ければいつかはこうなるんじゃないかと考えないでもなかった。

放置すれば必然的にこうなることは判っていてもリーリャなら私も許せる。そんな気持ちが働いた。

でも息子がどういう気持ちになるかまでは考えていなかった。むしろ覚悟無く直面しただろう息子は事態を正確に理解し、生まれてくる子供を自分の弟妹として、リーリャを母として受け入れることを示した。

 

私はその意味を深く考えていなかった。

リーリャは一歩引いていたし、私は本当の母でリーリャは妾という風に理解していた。私にだけ一緒に花壇を作ったり、お風呂に入ったりしてくれた。それに息子は私のことを好きだといってくれた。

息子が能力的に成長しても身体はまだまだ6歳児なのだ。2人だけでいるときは年相応の雰囲気がある。そんな風に少し安心した。

いつもは大人ぶっているけれど本当は違うんじゃないか。抑えつけるのがダメというのが正しいとしても、時には甘えさせる環境を用意しておこう。そう軽く考えただけだった。でも、お腹の子供のこともあって息子を甘えさせられる環境を作れずに時は過ぎた。

 

それから娘が生まれて私もルディだけに愛情を注げなくなる。そして息子は旅に出た。

私もそういうときの気持ちをわかるつもりでいる。新しく弟妹が生まれると家族の目は皆そっちに行ってしまう。いままで構ってくれていた人々の目がすぅっと奪われてしまうのだ。

誰が悪い訳でもない。でも当事者にとっては死活問題だ。

しかしルディは気にした様子もなく、妹の世話をこなしていた。

勢い、旅に出るときに家族のことを忘れてしまうのではないかと心配していたほどだ。

そして自分がまだ子供だということを忘れていたのではと今になって思う。

 

--

 

最初の旅から息子が帰って来たとき、エリスちゃんの話を聞いて私は息子とパウロが重なった。

『浮気はダメ』と教えたのに、シルフィを応援しているブエナ村の家族の気持ちを息子はなぜ判ってくれないのだろうか。

そして息子は予定通りに2度目の旅に出ていった。

旅の間に、無理をして長旅をする息子をどうすれば良いのか考えたり、あの子が潰れてしまわないように何ができるか、どういう条件なら旅を諦めさせる決断をするかを考えた。でもそう言った親の決意を察したように息子は私の前から居なくなった。

それから手紙が届いた。『息子が遠くない内に心を壊してダメになる』と、字が書けないはずのギレーヌからのモノだった。彼女の手紙の中で、原因は『一人だけを愛せ』と教えた奴のせいだと書いてあった。

それは私だ。私が『浮気はダメ』と教えたのが悪いと書いてあったのだ。

 

そして息子はまた帰って来た。

ギレーヌの手紙にある通りに息子の態度は奇妙に変化していた。妙に他所他所しい。

それでギレーヌの話を確かめようとエリスちゃんのことを聞こうとした。それがまずかったのか1日だけでまた旅に出てしまった。

引き留めようと言葉を重ねたが、やらなくてはいけないことがあると言って息子は3度目の旅へと向かった。

 

3度目の旅が実は家出だと知り、パウロとフィアーナと3人でボレアス家の屋敷へと迎えに行った。

私が予想した通りサウロス邸に息子は居らず、さらにサウロス、フィリップ、ヒルダ、ギレーヌを加えた7人で息子がどうしてしまったのかをいろいろと考えようとした。

そして息子はただの人誑しではないらしいと判った。

何かの秘密があり、占いの力で捜索を免れるから探すことは不可能だというのだ。

あの子が家出した原因、その一端は間違いなく私にある。ならどうしろというのか。

答えを出せず、これからあの子のことをどうすれば良いのかも決められず、ブエナ村で悶々と過ごす日々が続いた。

 

1年半が過ぎ、そんな息子が家出から戻ってきた。

息子は旅から帰って来る度に大きくなっていた。旅の後半は長い期間を空けたので見違えるように大きくなっていた。

でも、それは重要ではなかった。

重要なことは息子の顔だ。

笑顔は失われ、やつれ、疲れ、目は暗く濁っていた。

10歳に満たない子供が背負った苦悩の日々がそこには表れていた。

息子は潰れる寸前だった。こんなことになる前に私がなんとかしてあげたかったのに。

 

再会してすぐに泣き崩れたせいだろうか。

食事どき以外に息子は自室から出てこなかった。食事のときも無表情でまるで抜け殻だった。

息子の好きだった食事をだしても何の反応もない。

息子を見ると胸が締め付けられ、毎日夜はベッドで泣いた。

その後シルフィとの合同の誕生会を開くことになってパウロとリーリャと一緒に息子への手紙を書いた。

息子はその手紙を読んでくれたのだろうか。判らない。あの子は何も言わなかった。

 

それからギレーヌが迎えに来て、ロアで何かの会議と誕生会をしてもらうという話を聞いた。

息子はまた家を出て行く。私はついて行くべきだ、息子と離れてはいけないと感じつつ、心の別の所で一緒にいてどうするのか? と感じ、何も口出しせずに見送ることになった。

会議が長引いているのか誕生日が過ぎてもなかなか帰って来なかったときに、ほらやっぱりと思った。

ただ帰って来ない日々に安心する自分も居た。息子と顔を合わせなければ罪悪感が和らいだ。

それでも帰りが遅すぎて、また息子が行方不明になったのではないか。

最悪の事態を想像した。

 

自分の気持ちがこんがらがっていく中で息子が帰って来る。

その瞳には力が少しだけ戻ってきていた。それを喜ぶ間もなく息子は告げた。

 

「フィットア領に災厄が来てしまう。早く避難を」

 

たったそれだけ。シルフィの家へと去って行く姿を私は見送った。

また息子の背中が遠ざかる。離れる度にもう会えないのではと感じた。

それは私の気のせいで、すぐに合流し、避難キャンプでの生活が始まる。

 

災害が起こった。これがあの子が3年間回避させようと尽力していた災厄だったのかと思った。

もし息子が予見しなければ何人の人が死んだのか……。

残念ながらそれでも数えきれない程の人が死んだ。

息子のことで胸を痛める私と似たように、死人にも家族はあり、知り合いもいることだろう。

だからあの災害で悲しんだ人の数は亡くなった人の数の数倍にもなることを考えて、身に摘まされる思いをした。

 

災害が収まった後、息子は少しの間どこかに行った。どこに行ったのか誰かと会ったのか。

戻ってきた息子の瞳にはさらに力が戻ってきて、少し持ち直していた。

妹たちにあれこれと話しをする姿が見られるようになって私はようやく胸をなでおろした。

その姿は家族が願っていたものだ。

私はシルフィのことを応援していながら、シルフィが立つ場所にルディが居ないことが残念だと思ってもいた。

そしてブエナ村に戻り……息子が私の実家に行ったことを知り、私のためにと土像を作って持ってきたのに感激した。

嬉しかった。

 

でも、その前に話したシルフィに対する考え方に触れて、自分が余りにも未熟であると突きつけられてしまった。

私は許し、受け入れることが理想の母親なのだと思っていたし、ミリス教徒としての生き方が悪いとも思わない。

一方で敬虔なミリス教徒なら許すはずがないパウロの行いを許し、リーリャと同居しているのが現状だ。

そのような矛盾に満ちた自分。

息子はそんな私のせいで悩み苦しんでいる。

解決する方法はある。未熟な私が成長すれば良い。

でもやっとの思いで成長できたとき、息子はまだ子供でいてくれるだろうか。

きっと無理。息子の成長速度は驚異的だ。

そう考えたとき、私は立ち止まってしまった。

 

そして息子が心を閉ざそうとする騒動が起き、私の腕の中でさえロキシーちゃんの名前を繰り返し呼び続ける姿は無力感を与えるに十分だった。自分を助けてくれるのは母親の私ではなく、ロキシーちゃんだと判断しているのだ。

もう私は嫌になってしまった。自分が嫌になってしまった。母親失格だ。

 

無力だと感じたという意味ではパウロもリーリャも同じようで、息子がロキシーちゃんに助けられ、日常生活に復帰するまでに3人でこれからの方針を話し合った。

 

「凄いな。ロキシーは」

「……ええ」

「そうですね」

 

「ルディのやつ、これで元に戻るといいんだが」

「心の病は魔術では回復しないわ」

「傷が完全に癒えることはないのかもしれません」

「そうか」

 

「3年……もうあの子10歳なのよ」

「あと5年で普通の子でも親離れする年です」

「そうだな。あいつならもう大人の仲間入りしちまうだろうな」

「あの子のためにわたし何ができるのかしら」

「邪魔とだけは思われたくはねぇ。ゼニスもあまり気張らない方がいいんじゃねぇか?」

「もう何もしてあげられないってことなの?」

「難しい問題です。残り時間は少ないですけれども焦らずに答えを見つけた方が良いと思います。暫くはロキシーに任せるのが無難です」

「いよいよとなればロキシーちゃんを巻き込むしかないかもしれないわね」

 

そんな親達3人の心配を越えて、息子はロキシーちゃんとの結婚を宣言したのだ。

それが意味するところ。腕の中で呼んだのは誰なのか。

頭を巡らせてみれば答えは直ぐに出た。

たった10歳で愛する相手を見つけて、もう私は要らないということ。

間違えようがなかった。

 

私が思っていたよりも息子が早くお嫁さんを見つけたことは、結局のところ私とリーリャが息子を支えきれなかったせいだろう。

いつかはそうなるとしても私の力不足がそれを早めた。

そして別のことも気になった。裏切りたくないと言っていたのに、ロキシーちゃんを選びシルフィを裏切ってしまうことをどう考えているのだろうか。そうしなければ息子が死んでしまうとしたらこの選択を否定することはないけれども、息子夫婦の考えを知りたくなって悪いとは思ったが結婚宣言を受けたその場で確認した。

 

前に聞いた時よりも、ルディの考えは深くなっていた。それはロキシーちゃんにも通じることだからかもしれない。シルフィの寿命が自分より長いことも考慮にいれて、それでも彼女が生きていけるようになって欲しいと、そしてロキシーちゃんは彼女を受け入れる準備があると。

未熟で無力な私には理解できない部分もあったが、代替案を示すことはできなかった。

 

パウロも息子の邪魔をしないようにするのが俺たちに出来ることだろうと言っていた。

だからルディの邪魔をしないようにと切り替えて、娘や家のためにと出来ることをして過ごした。

ダメな母親でも出来ることがあると信じた。

息子は新婚旅行に行き、それから黒狼の牙のメンバーを集めてパーティーを開いてくれて……再会した旧友たちの話を聞くのは楽しかった。息子がどう説得したのか分からないけれど、誰も私が冒険を続けられなくなったあの日のことを悪く言うことは無かった。

 

宴会でのギレーヌの話が胸を打った。ギレーヌがいうにはもうすぐエリスちゃんもルディの所にくるらしい。

ミリス教徒の私も昔ならそれは問題だと思っていただろうが今は気にならない。

ギレーヌの話はギレーヌ自身がどうしたら良いかという悩みの相談だった。

ギレーヌは昔、『剣神からやりたいことをみつけてこい』そう言われたと。

パウロは師弟の話というだけで偉そうに話していたけれども、私達はたった7年で息子と親という関係を手放してしまったということを忘れていると思った。それはあまりにも無責任なことだった。

と思ったら、彼にも悩みがあって深い話になった。ギースは話が上手で、リーリャも色々考えていて、私だけが何も言えなかった。

 

 

楽しい宴が終わり、また平静が帰って来る。

私はそれから色々と考えた。

ギレーヌはエリスちゃんを育てるために剣神を越える育て方を模索するらしい。

パウロが始めた相談に対しては『溝を作っているのは私達だ』という結論を得ることになった。

そしてどこかで間違ってしまったのかもと考え直し、ついに息子の旅の真の目的を知ることになった。

7歳の息子の決意。それを踏みにじって感謝を伝えることが正しいのか迷いは残った。

馬鹿な親、私が理想とした母親には程遠い。でも今さらだ。

 

そう思ったのに息子がいつまでも帰って来ない。

「エリスやフィリップに捕まってるんじゃないか?」パウロはそう楽天的に言ったが私は心配だった。

また暗い目で帰って来るんじゃないか。

そして不吉な事が続いた。村に怪しい男たちが現れて息子の血縁者はアスラ王国から出ていけと警告してきたのだ。

彼らはパウロを圧倒し、魔法剣士のシルフィを圧倒した。確かに私達より強い者はこの世界にごまんといる。

でも、この辺鄙なブエナ村に来る価値などないという合理的な判断があった。

その判断を不合理にするほどの脅威は息子の名を告げながら現れた。

 

パウロが腕を失った悲しみが家族を包んだ。

パウロはそんな自分の不甲斐なさに見切りをつけてシルフィを旅に出した。その判断は正しいと私も思う。

ルディが行方不明だったあのとき、ルディとすれ違いになることを不憫に思っていたが、事ここに来て彼女があれだけ強いのなら旅に出て世界を知るべきだと思った。あの力がブエナ村に埋もれるというのもまた不合理だ。

 

入れ替わるように息子が帰って来る。

すぐ帰って来れなかったのは、災厄の主犯として捕らえられて王宮で弁明したからだそうだ。

さらに私達と同じように襲撃を受けたとも報告があった。

そんな一大事をブエナ村の面々は全く知らなかった。そして息子はこともなげに、平気な顔で帰って来た。

いや、もしかしたらロキシーちゃんが支えたのかもしれない。見た目はお似合いだが歳の差婚だ。私の力不足を彼女に求めている、そういうことなのだろうか。

 

そして私達はブエナ村を離れ、ラノアに行くことになった。

パウロの腕を治すならミリシオンと以前の私なら思ったかもしれないが、おそらく息子は帝級の治癒魔術を使うことができる。

ミリシオンの神官の力を借りる必要などない。

むしろ私は積極的にミリシオンに行くことに反対した。

母がリーリャやアイシャをどのように扱うか想像に難くない。

 

それでも息子の旅の真の目的を知りたくて、切り出せずに口にしたことが息子の治癒魔術に関する深い知識を披瀝させた。

これまで力を隠そうとしていた息子が私に専門的な話をしたのだ。

それは頼る相手が親から嫁へと変わったからかもしれない。その変化が私にこれが最後のチャンスかもしれないという不安を掻き立て、背中を押されるように私は一歩を踏み出した。

息子との語らい。ようやく感謝の意を伝えることが叶った。私の気持ちがちゃんと伝えられたかは判らない。あの子は嫌がらなかったし、もう自己満足で構わない。

 

そして馬車での生活が始まる。

馬車の中で娘が大騒ぎしたのでリーリャとそれぞれ面倒を見ることにしたけれど、騒いで疲れた後は2人共に大人しくなった。ノルンは息子と入れ替わりで御者台に座るようになったし、アイシャは馬車の入り口付近に後ろ向きに座って静かに風景を見ている。

 

いつもより家族が近くにいる。

手持無沙汰になった私はリーリャと話しているかウトウトしているか息子の様子をみていた。

そんな息子はというと、ロキシーと魔術の研究についてとんでもなく難しい理論を話していることが多かった。

それを横で聞いているエリスちゃんは話に入れず機嫌を損ねているのが丸わかりだった。少し話に入ろうとして私も挫折したから、彼女の気持ちが手に取るように判った。

でも馬車を停めて休憩するときにはエリスちゃんと鍛錬をしてバランスを取っている様がみえる。

だけど私には?

 

日が暮れる前に野営が始まる。

リーリャ、私、ロキシーちゃん、エリスちゃんの4人で食事の準備をする。

その間に息子は焚火を囲んで娘達の先生をする。

読み書き、算術、初級魔術、歴史に地理に錬金術、街での暮らし方に至るまで。

魔法大学にちゃんと入学できるように。田舎者だといじめられないように。

そして食事をして片付けをして娘たちが寝ると、パウロと馬の世話や馬車を操るための技術の話をしている。

 

羨ましい。

 

この前は「いつまでも私の子供でいてくれる」と言ってくれたけど、私が望むように必要としてくれることはないのだろう。

例えば……そう。

あの子が叱られて落ち込んでるときに慰めるとか、勝負に負けて傷ついているときに手を差し伸べるとか。

そういうことはきっとさせてもらえないのだろう。

 

あれ? なぜだか息子がいるはずの場面なのに記憶の中ではパウロが居た。

あの時の私はどういう立場だった? ルディの母? パウロの妻?

私はいつもパウロの妻という立場を優先したのでは。

息子が用意しなければいつも私から動くことはなかった。

息子はまったく夜泣きをしなかったから息子は別部屋で、リーリャと嵐の夜に同衾したという話をきいてもパウロとしていた情事を覗かれたことを気にしていたのが私だ。

 

もしそのまま息子が旅に出ても私が死んでしまったら、あの子の思い出の中に私はきっと居なかった。

もしそのまま息子が旅に出て私が命を拾っても、息子があのまま死んでしまっていたら……。

私の思い出の中にあの子はほとんどおらず、娘達の思い出の数との違いが私を苦しめたかもしれない。

 

バカだ。私はバカだ。

旅に出る前に息子がしてくれた思い出作り。

それまでの思い出が少なすぎたのと、娘達が同じようにならないためのものだったかもしれない。

リーリャも言っていた。息子は奇妙な家族関係と私達親の未熟さをどうにかしようとした。

それには息子が居ては気付けないことが多かった。いつもあの子は家族のために動いてくれている。でも私はあの子のために何ができるんだろうか……

 

--

 

想いが今に追いついて、そして考えも行き詰まってしまった。

顔を上げると、いつの間にかリーリャは用事を終えて子供たちの寝ているベッドの端に座り、子供たちの寝顔を優しく看ている。

先程まで彼女が向かっていた鏡台の上には手紙が1通。

ふいに彼女が話しかけてきた。

 

「奥さま、随分とお悩みのようですね」

 

リーリャは賢い、考えを読み取ることに長けている。

 

「そう……ね」

 

素直になりきれず、迷いが同意を鈍らせた。

 

「ルディのことだとは思いますが、どのようにお悩みなのですか?」

 

私の悩みの原因がルディの事と言い当てられて、リーリャの質問が世間話ではないと知れる。素直になってしまおう。それが出来なくて今まで無用に苦しんだ気もする。

 

「実家の母はあまり褒められる人ではなくてね。

 子供たちにも貴族らしさを強制する、そういう人だったの。

 私はそれが嫌で実家を飛び出した」

 

リーリャは私の話を静かに聞いてくれた。

 

「今の自分は母のようではないと思うのだけれど、でもどうも力不足を感じているの。

 もうルディに私は必要ないのかなって思う反面、このまま手放してしまったらそれで私とあの子の繋がりは終わってしまう気がしているの。

 なら何をすればいいのか。それが思いつかなくて」

 

私が悩みを言い終えて、でもリーリャは何も言わなかった。

ただ黙ってじっと娘達の方を見ていた。

そんな時間は長かったのか短かったのか。

私は長く感じた後、彼女は口を開いた。

 

「そうですね。

 ルディは考え方も大人でもう結婚してしまいましたから。

 なら私達は5人の息子と娘がいるということだと思っています」

 

強い視線がこちらを向く。

 

「前にも言わせて頂きましたけど、私はルディがどんな大人になろうと世界を揺るがす存在になろうと、あの子の母親を辞めるつもりはありません。

 元々ルディの母親は奥さまだけです。

 ですけど私はルディに私も母親で良いですよ、母親で居てくださいと頼まれた者です。

 あの子がそうして欲しいと願う限り、私はあの子の母親であり続けたいと思います。

 それが私の望みですから」

 

最初からルディの母だったわけではないからこそ、リーリャは揺らぐことない決意を湛えている。そう感じられた。

私はどうだろうか。あの子が生まれたときから私はあの子の母親だ。だからこそ私の決意は揺らぎ、リーリャに負けるのだろうか。

リーリャと私との違い。

決意が揺らぐならそれは結局のところ、私に迷いがあるからだろう。

 

「私のような母親失格の女があの子の母でいいのかしら……」

 

「失格などと考えているのは奥さまだけですよ。別に私達が完璧な母でなければいけない訳ではありません。これまでは2人で支えて行こうと話しあっていたじゃないですか」

 

「でもあの子はあんな目に遭ってしまって……」

 

「そうですね。私達2人が居てもルディには不十分だったかもしれません。そこにロキシーとエリスが来た。これからは彼女たちがルディを支えてくれます。もし彼女たちで足りなければ私達がフォローすれば良いのです」

 

その通りだ。息子と娘は確かに5人になった。でも今までルディをリーリャと2人で支えていたものをロキシーちゃんとエリスちゃんが増えて4人で支えるのだ。

 

「男の子にとって母親ってどんな存在だと思いますか?」

 

「優しさで包み込んでくれる人かしら」

 

それは母とは真逆でそして私が目指している存在だ。

 

「まぁそうですね。ならお嫁さんには何を求めると思いますか?」

 

「何かしら。自分に足りないモノ?」

 

「私たち女性からしたら母親とお嫁さんというのは全く別のものに見えるかもしれないですけど、突き詰めていくと同じモノになるのではないかと最近は思うようになりました。

 お恥ずかしい話ですけど、私はパウロに実家の父を少し重ねるときがあるのです。

 でもそれって不思議ではないと思うのです。私は女ですから父性を相手に求めているのです」

 

「私からすると私の父とパウロは似てないわ……」

 

「一応、言っておきますが私の父もパウロとは似ていません」

 

リーリャは居住まいを正した。

 

「奥さま、私が言いたかったのはですね。

 ロキシーの冷静な判断に自分に似たところを見たということです。

 それで少し安心したと同時に、私より近いところで私よりも冷静な判断のできるロキシーがいるなら今までの私をルディは必要としないということです」

 

「そうね……」

 

言葉とは裏腹に私は彼女が語った冷酷な事実に同意したくなかった。

あの子に私はもう必要がないというのは判っていることだ。ただ産んだだけの一緒にいるだけの母親。

それだって本当は新妻たちと共に新婚生活を楽しみたい可能性はある。

両親達に気兼ねして無理して一緒にいてくれるだけかもしれない。そんな気兼ねも私が押し付けた常識論の延長上にあるとしたら。

あの子がパウロに剣術で勝ったからって放任してはいけなかった。妊娠中で気が回らなかったなんて言い訳だった。

あの子を傍に置いておくこともずっと目を離さずにいることも難しかったかもしれない。

だけど母親としてけじめをつけるときは必要だった。

あの子が逃げ出さない内にしっかり捕まえて、たまに帰って来たならちゃんと甘えさせて……私は息子をちゃんと育てたかった。

こんな風に私が落ち込むのも、結局は私自身があの子をもっとちゃんと育てたかったというエゴでしかない。

あの子は勝手に育った。私が育てたとはとても言えない。

 

「……でも」

「でも?」

 

リーリャが彼女自身の持論を打ち消したように聞こえて私は聞き返した。言葉には自然と縋る想いがこもってしまった。

 

「エリスを見て少し考えが変りました。エリスって奥さまや私と似ていますか?」

 

「そういえばそんな感じはしないわね」

 

「でしょう? そしてルディはまだシルフィを求めています」

 

「ええ」

 

「ロキシーとエリスでは足りないのです。

 ならシルフィが家に来るまで私と奥さまで彼女の代わりをしてはどうでしょうか?

 まだそれが何かというのはわからないですけれども、そうしている間にルディはきっと立派な男になってくれますよ」

 

私の気持ちの縫い目にすべり込むようにリーリャの提案が判ってしまった。

パウロは私と交われない日々の我慢が出来なくてリーリャを身籠らせた。

私にとっては苦い思い出の1つだけれども、今では2人で上手く手を取り合って過ごしている。

それがパウロにとっての心身の平穏だと言える。

ルディにとってはそれが3人かそれ以上で、ロキシーちゃんとエリスちゃん、それにシルフィを必要だとするなら、まだシルフィの席は空いている。

私がシルフィを旅に行かせなかったせいで、それとも息子が足踏みしてくれたおかげで、私とリーリャにはその役目が残っているということになる。

シルフィの気持ちを考えると諸手(もろて)を挙げては喜べないけれども、この巡り合わせを受け入れていくしかないようにみえる。

少なくともラノアについてそう遠くない内に、息子はシルフィを探しに旅に出るだろう。それまでが最後のチャンスだ。

全ては自己満足。私の干渉によってまた息子は歪んだり、困ったりしてしまうかもしれない。

でも将来的な関係を考えれば、シルフィが何か間違いをしてもロキシーちゃんが解決案を考えて、エリスちゃんが元気付けてそれでうまく回っていくんじゃないかしら? 私とリーリャがそのシルフィの代わりなら私達だってちょっとくらい間違ったって大丈夫だ。

そう。ロキシーちゃんが来る前は私とリーリャ2人共が間違えてしまったからあの子を支えられなかった。娘達を育てながらの片手間では無理だった。でもロキシーちゃんとエリスちゃんが傍に寄り添っているなら今、状況は違う。

思い切って踏み込んでみる勇気を持とう。あの子が私達を災害から守ってくれたことが、皆の幸せに繋がる努力をしよう。

 

--

 

気が付くと陽はもう傾いて部屋が夕暮れに染まっていた。

それに気付いて一度大きく深呼吸する。タイミング良く隣の部屋から再び物音がして、息子達が部屋へと帰って来たのが伝わってきた。

私はリーリャと2人で目配せして、部屋を出て行く。

廊下で丁度戻って来たパウロに娘2人を任せる。

何だか今日は上手く行く。そんな気がした。

そして「すぐにルディもこちらに来るからよろしく」と伝える。

きっとパウロには訳が分からなかっただろう。でも別に構わない。パウロとルディが2人で何を話すかも知ったことではない。

そして、意を決して息子達の部屋の扉をノックする。

出て来たのは息子だった。

その後ろでロキシーちゃんとエリスちゃんが買い物袋から荷物を出しているのが見える。

ルディからは私の後ろにリーリャが見えるだろう。

 

「ルディ」

「どうしました? 母さま」

 

私にはなぜだか今までにない余裕があった。息子が何かを隠している。それが気になるのではなく、可笑しくて笑ってしまえるくらいの余裕があった。

 

「悪いのだけど少しの間、大部屋に行っていてくれない?」

「あー……はい」

 

私の言葉は足りなかったが、息子は何も詮索せずに従った。

 

「大人の女性だけで少し話があるのです」

 

後ろからリーリャも一言付け加えた。

 

「そういうことらしいので後は任せます。エリスも緊張しないようにね」

「わ、わかってるわよ!」

「お任せされます」

 

息子が部屋の中にそう言い残し、中の2人との微笑ましいやり取りが終わるのを待つ。

そして息子がこちらに振り向き直したので入り口から離れ、道を作る。

作った道を息子が笑顔で過ぎ去った。

察しが良すぎる息子はこれから4人で話すことが想像できるのかもしれない。

私は自分のそんな想像がとても良いことのように思えた。

 

 

 




次回予告
前世、エリスはギレーヌと剣の聖地へ行くために、
ルーデウスは中央大陸北部に行く中継地として、
この砦を通過した。
アイシャとノルンもまたラノアを目指し、
ルイジェルドと共に通っている。
そして今、家族でこの地を通過する。
歴史は確かに変化した。

次回『北方砦の偉い人』
ルーデウスの行動に端を発した変化。
とするには時期がズレていないか?
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