無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第082話_新居にて

--- 好きなことをやりなさい。嫌なことも必要であればやりなさい。今必要でないことも、もし必要になったらそのときはやりなさい ---

 

馬車が屋敷の前で立ち往生していた。

 

「うーん、これは失敗してしまったなぁ……」

 

その御者は御者台から降りてから一言呟き、門の前で頭を抱えた。

 

「目的地に着いたのか? それとも問題が?」

 

荷車から降りて声をかけてきた隻腕のパウロ。

 

「両方ですよ。父さま」

 

頭を抱えるのを止めて答えたのは俺だ。

ここ数日のパウロは、御者の指導が終わったと荷車の中で妹達と過ごしていたので俺は御者を1人でこなしていた。

パウロの後ろに続いて出て来たエリス、それから馬車の移動に退屈していた妹2人が見える。

妹2人はパウロの左右に、エリスは俺の右隣りに立った。

扉の開いた門、それに塀の前に並ぶ5人。

 

「着いたのか?」

 

パウロがもう一度問い直したので俺もはっきりと「着きました」と答えた。

 

「お母さん、着いたみたいだよ!」

「ついたー!」

 

それを聞いた妹達2人が荷車の後ろの入り口へと叫びながら戻って行く。

彼女達を無事に連れて来れたことを嬉しく思う。

その声につられて出てくる3人。ゼニス、リーリャ、ロキシー。

家族が全員、屋敷の前に並んだ。

 

それから俺の左隣に立ったロキシーが言った。

 

「随分と……立派なお屋敷ですね」

 

到着した場所はシャリーアの居住区の端にあるカオスの屋敷ではない。事前に『土地管理斡旋所』に赴いて居住区の中心からやや西に残っていた広い空き地を購入し、同じく斡旋所で許可を得て新築した3階立ての館。その門の前である。

設計と建築の依頼先はバシェラント公国の魔術ギルドに所属する建築士『大空洞のバルダ』にお願いした。彼は今回もとても素晴らしい仕事をしてくれたと思う。

 

「そうですか? ロキシーに褒められると嬉しいですね」

 

「それで何に困っていたのよ。何か問題が?」

 

ロキシーからの称賛に浸っていると、呆れた調子でエリスが話を進めてくれた。というか残りの家族は皆、エリスと似たり寄ったりの表情を浮かべている。

エリスの言う通り問題がある。決してバルダのミスではない。彼に建築を依頼したのはラノア行きが決まってすぐ、馬車の製作に着手したばかりの頃だった。だからこれは依頼をした俺のミスだ。

 

「大したことではないのだけど、馬車が門より大きくて通れないんだ」

 

--

 

パウロがカラヴァッジョを馬車と繋ぐハーネスの部分で外し、門のアーチをくぐって消えた。

屋敷の庭の隅にはきっと立派な厩舎があるはずだ。

結局、門の前でパウロを除いた皆で積み荷を下ろし、俺とロキシーを除いた全員で積み荷は屋敷へと運び入れられた。

俺とロキシーは手作りの馬車をバラバラにしていき、なんとか門の中に運び入れた。

今後のことを考えると門を作り直しても良い。ただ家族皆で馬車の旅というのももう無いだろうし、荷車を一般的なサイズにダウンサイジングするのもありだ。その辺りはまたロキシーと話すことになるだろう。

 

段取りを考えつつ玄関に戻ると、館の中に積み荷が運び入れられたまま、合流したパウロも含めて全員が待っていた。

最後に入った俺が玄関をしっかり閉めると、室内は曇りガラスから差し込む外光だけではやや暗く生活しにくそうな雰囲気になった。

本来はカンテラだが、今は灯の精霊を天井へ放って対処する。

照らされたことで華美過ぎず、質素過ぎない屋敷の造りが浮かび上がり、大人達からは感嘆とも溜息ともとれる声が漏れ聞こえた。

エリスが驚かないのは生家には遠く及ばないからだろう。そして妹2人がこの屋敷の良さを判るのももう少し先のことだろう。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。

 凄いお屋敷だね! どこ使って良いの?」

 

そう聞いてきたのはアイシャだ。おお、前言撤回。

どうやらアイシャにもこの家が立派であることが判るらしい。

と言っても言い回しの1つに過ぎないのだろうが。

 

「部屋割か。リビングに行って皆で相談しよう」

 

そう応えてリビングにするつもりの2階の広間へと案内する。

屋敷本体だけでなく、ある程度の調度品が搬入されているため広間には応接セットが置かれている。

思い思いの場所に座る家族。

俺は部屋の中央にあるテーブルにどこからともなく取り出した館の図面を置き、1階から部屋の説明をしていく。

1階には厨房、食堂、風呂、応接間、客間。2階と3階はこのリビング以外は全て個室だが、一応サイズ的にツインの部屋も用意してあり、また母さま達のための化粧台を備えた部屋もある。

そのことを話すと2人は化粧台のある部屋をそれぞれ選んだ。それから同じ並びにある部屋をパウロが選び、3階の階段の西側が大人組となった。両親達の采配でノルンとアイシャは3階の階段から出て東側を一部屋ずつ。俺とロキシーとエリスは2階に一部屋ずつ。残った部屋は客間に。そして地下に俺のための研究室兼書斎があることを説明した。

 

部屋が決まったところで一旦解散し、各人が荷物を部屋へと運ぶ時間が設けられた。

荷解きが終わったら、またここへ戻ってくる予定だ。

ただし俺は自分の手荷物をロキシーに頼んだ。どうせ俺とロキシーの荷物はネットワーク内の片隅にあり、大した量ではない。

 

それで俺自身は倉庫に用意しておいた寝具を取りに行く。

最初に向ったのはパウロの部屋。既にも抜けのからだったのでシーツと枕、上掛けをセットしておいてやる。親父の性格からしてきっと屋敷中を見回っていることだろう。

次にゼニスの部屋にノックをせずに入ると、三面鏡に向って座り、備え付けておいたブラシで髪を梳いていた。バルダの造った三面鏡の使い方に説明が必要かと思ったが杞憂であった。少し弾んだ声で「あら? ありがとう、ルディ」と答えたところをみると……何も言うまい。あまり留まるのも良くはない気がしてシーツはベッドの上に置いてそそくさと部屋を出た。

 

部屋を出たところでリーリャと鉢合わせる。

 

「ルディ、手伝うわ」

 

「お母さん、なら妹達の分も頼みます」

 

有難い言葉を無下にすることもなくリーリャ、アイシャ、ノルンの3人分を手渡した。

 

「では、また後で」

 

別れて階段を降りる途中、背中からテンションの上がったノルンとそれを宥めながらシーツの準備をするリーリャの声が聞こえてくる。それからエリス、ロキシーにも同じように寝具のセットを手渡し、自分の部屋へと戻った。

 

 

慌ただしい引っ越し一日目の日暮れが窓から差し込む日差しの色から窺える。一瞬の眩しさが終わればもう夜が迫ってくる。

これから材料と足りない調理器具を買い出しに行って食事を作るのも大変だろう。

そんな想いから再び集まった家族の前でパウロに夕食を外で摂ることを提案し、了承された。

ゼニスとリーリャもきっと旅の疲れが出る頃だ。その気持ちが通じたのか2人共反対をすることはなかった。

 

家族8人で宿場街へと行き、まだ夕方の営業が始まったばかりの店に迷いなく入る。

俺からすれば懐かしいお気に入りの店に、一見の客として入る。

この店は内装も小綺麗で家族向けだ。

甘いデザートが付いてきたおかげで妹たちとロキシーは大満足。3人の大人達とエリスも残さず食べて笑顔を浮かべていた。

 

--

 

滞りなく帰宅して風呂を準備する。

屋敷2階のリビングに行くと、母達とロキシーとエリスがこれからの生活で必要なものをリストアップしていた。同じ部屋に妹達も座って2人で何事か話しているのがみえる。

 

「お風呂の準備ができましたので順番に入ってください」

 

「ならエリスさん。私と一緒に入りましょう」

 

「えっ? 私?」

 

「そうです。

 この家には入浴の仕来(しきた)りがありますから私から説明を受けるのが一番良いと思いますが」

 

「でも……」

 

「なら、ルディに教えてもらいますか?」

 

「僕は構いませんよ」

 

「っ!?

 ロキシー、教えてくれる?」

 

「ええ。そうしましょう」

 

そう言ってエリスとロキシーが連れ立って風呂に行った。

彼女達が居なくなった部屋でゼニスと目が合う。

 

「それで母さま、僕にも何か手伝うことがありますか?」

 

「こっちは良いから部屋で待っていなさい。

 お父さんが相談したいことがあるって」

 

どうやら今の作業の手は足りているらしい。

 

 

言われた通りに自室で待つと、間もなく扉が外側からノックされる。

扉を開けるとそこには予想通り、パウロが居た。

親父は中へと入ると、何も言うこともないまま部屋に1つしかない椅子に座った。

俺もベッドの端に話し合えるように座る。

 

「結局、待ち伏せは無かったな」

 

切り出した声から安堵感のようなものは感じられない。平坦なものだ。

 

「ええ。

 父さまの予想された通り、僕らを傷つけようとするならもっと簡単なやり方はいくらでもありました。

 旅の途中で仕掛けてこなかったなら本当に『アスラ王国から出て行って欲しかった』ということなのでしょう」

 

「そうだな。

 そしてお前にはその価値があって、その方面ではそれなりに有名になっているということだ」

 

「有名になんてなりたくありませんでしたけどね。

 とにかく安全にここまでこれたのです。

 これからのことを考えたいと思います」

 

「すぐにシルフィを探しに行くのか?」

 

「いえ。

 いまさら一刻を焦っても大きく変わりはしないでしょうし、会ってどう説得するか考え過ぎてしまいました」

 

「時間を置いたせいで決意が揺らぐこともあるからな。

 だがチャンスを逃すな。逃げるなよ」

 

「そうですね。

 シルフィがシルフィなりの答えを見つけた時がチャンスだと思います。

 その時は逃がしません。

 父さまがシルフィを旅に出させたのもそういう考えだったのでしょう?」

 

「そうだったんだが、旅でおまえらを見ていて思ったよ。

 ここにシルフィがもし居たとしても、ロキシーとエリスが上手くフォローしてくれるんじゃないかってな」

 

「自力で導いた答えと2人に導かれて出した答え。

 たとえ同じだったとしても、その意味は違ってくると思います」

 

「違っていたとしても、どちらが良いかは分からねぇだろ」

 

「それはそうですね。

 でも、シルフィはもう旅にでました。

 父さまが願ったことであろうとも、彼女の覚悟がそうさせたのだと思います。

 であるなら、その覚悟の先に何が待っているのか。

 彼女の満足のいくものであって欲しいのです。

 まぁ、僕にも今しかできないことがありますから、逃げるわけではないですが、彼女のことはその後にしますよ」

 

「そうか。

 お前もいろいろ考えてるならそれでいい。

 俺が手伝えるのはお前の『今しかできないこと』を早く終わらせてやることくらいのようだからな」

 

「ありがとうございます。

 家を離れることが多いので細かいことは父さま頼りになりますよ」

 

「何でも言ってくれ。

 こんな(なり)じゃ今までみたいに家族を守ることができるかはわからねぇ。

 それでも気にせず俺ができることを言えばいい」

 

パウロは隻腕を掲げてそう笑ってみせた。

腕を治す話についてはゼニスからも旅の前に聞かれていたが、本人にはまだちゃんと話せてはいない。それからも逃げてはダメなのだろうと思えた。

 

「まずは父さまのその腕についての話からしましょう。

 その腕が治せないか、魔法大学の伝手(つて)で探したいと思います」

 

「ゼニスの話じゃ、王級以上の治癒魔術がなければ治せない上に、そのレベルの治療魔術師は希少でそこらに転がってはいない、という話だった」

 

意外なことだがゼニスはパウロに腕が治せるだろうとは伝えていないようだった。むしろ王級以上の治癒魔術師が要るなら、治せる見込みが少ないと伝えたようにも聞こえる。もしくは治せるかもしれないと聞いてはいてもパウロが配慮している可能性もある。とにかく俺は俺の段取りのために説明をするだけだ。

 

「例え話になりますが、冒険者のパーティで治癒魔術師がいるかいないか。

 それがどういう違いになると思いますか?」

 

「治癒魔術師がいれば戦略に多少の無理が利くようになる。

 自然回復を待っていたらダンジョン攻略は厳しいからな」

 

「はい。同じことが軍隊でも言えます。

 治癒魔術師の人数で戦略は大きく変わりますし、治癒魔術師の能力の高い低いでも結果は大きく変わります。

 ですから、たとえミリスが秘匿しようとも、必要であれば各国はその情報を入手し、再現しようとするものなのです」

 

「つまり魔法三大国であれば当然、その手の魔術を再現しているだろうとお前は考えているんだな?」

 

「その通りです。

 三大国の魔法戦力の源泉は魔法大学もしくは魔術ギルドです。

 秘匿技術の研究機関があるにしても、大学なら卒業生、魔術ギルドなら幹部の知る人物ということになるでしょう。

 であれば、借りを作ってそういった人物を紹介してもらうことは不可能ではありません」

 

「なるほどな。

 お前の言っていることが正しいんだろう。

 もし治してくれるっていうなら断るつもりはない。

 だが聞いておきたいことがある」

 

「何ですか?」

 

「俺の腕を治した後で俺に何を頼みたいんだ?

 お前は俺の腕より優先すべきことのためにラノアに来たはずだろう?」

 

「確かに父さまの腕と妹達の成長どちらを優先するべきかという話はしましたが、かといって片腕でずっと居てくださいと僕が望んでいるわけではないですよ。

 片腕では母さまを抱きしめることもできないでしょうからね」

 

「そうゼニスの胸を片手でこう触っても……」

 

「動きを再現する必要はないです」

 

「はん。

 ロキシーは小さいようだが、エリスはきっと大きくなるぞ。

 なんせヒルダの娘だからな」

 

「……父さまがそういう目で2人を見てるなら別の家を探さないといけませんね」

 

「わー、待った待った。

 ちょっとした冗談だ。別にそんな風な目でみちゃいねーよ」

 

「ふむ。まぁ、そういう事にしておきましょう。

 話を戻しますが、お願いしたいことがあります」

 

「それが聞きたかった」

 

「エリスと共に家族を守ってください」

 

「腕が治らなくてもそのつもりだが、一度失敗してる身の俺がお前の期待に応えられるとは思えん。

 前に来た奴らが今度は別のやり口で攻めてきて、今のこちらの戦力で後手に回れば結果は危ういぞ」

 

「父さまの懸念と同じものを僕も持っています。

 だから応戦するために戦力の増強が必要でしょうね。

 腕の立つ護衛を別に雇うか、それが無理なら僕自身はあまり家を離れずにシルフィを探す方法を工夫することになるでしょう」

 

「あれだけの強さに対抗できる人物に当てでもあるのか?」

 

「見つかるかはわからないので余り期待をされても困るのですが。

 見つけることができて交渉が成立したなら連れて来ようと思っている方はいます。

 その方自身も戦力ですし、父さまとエリスを鍛えてもらうことになるでしょう。

 家族のためにも父さまとエリスにはその方から色々と戦い方を学んでいただきたいと思います」

 

「エリスは分るが……もういい歳になる俺もか?

 鍛えてはいるがピークは過ぎている俺に過剰な期待をするなよ」

 

「父さま……弱気になるのも判らないでもないですが、水神なんて父さまの倍くらい歳を重ねたご婦人です。

 だから安心してください。父さまはまだまだ強くなれます。

 水帝の僕が言うのですから諦めるのは早いでしょう」

 

「まぁお前がそういうなら」

 

「僕が言いたいのは単純なことです。

 剣士の強さとして身体能力は1つの項目に過ぎません。

 闘気の使い方、戦闘センス、戦術理論、剣技。それらが備わっていれば身体能力で負けていても勝つことができます。

 特に闘気は腕力や脚力とともに知覚速度を高めることすら可能な技術ですから、それを聖級にまで高めた父さまは三流派聖級というのも見えてきていますよ」

 

「三流派聖級ですらこの前の奴等に勝てるとは思えん。

 レイブンはギレーヌ並みの手応えがあった」

 

「では三流派王級相当になるのが目標ですね」

 

「三流派王級?

 ギレーヌより強くなれるっていうのか?」

 

「断言しましょう。

 今のギレーヌより父さまは強くなれます」

 

「つまりギレーヌを越えれば、レイブンにも勝てるはずだと言いたいのか」

 

「僕の見立てですと、父さまは闘気を身に着けるのに人より苦労されたように思います」

 

「そのとおりだ」

 

「でもそれを努力で乗り越えて闘気を練られるようになった。

 そういうのは剣の世界では非常に大きいことです。

 ギレーヌも剣聖で止まっていて、独自の戦術理論を組み立てたことで剣王になれたと言っていました」

 

「そしてアイツは剣帝になれずにまたウロウロしている」

 

「とにかくです。

 父さまは自力で苦手分野を克服したのです」

 

「躓いた石が大きすぎて随分と時間を食っちまった」

 

「……いつになくネガティブですね」

 

「いつものお前ほどじゃねぇ」

 

割と本気で嫌そうな顔をされたので「ははは」と乾いた笑いをする他なかった。

気を取り直そう。

 

「まぁ闘気を効率的に学ぶ方法が確立されていませんので、致し方ないことです。

 僕も自己流であれこれと遠回りしては自分に役に立つモノを探しているので良く判りますよ」

 

「自己流は自己流だが、シルフィに剣を教えるために魔法剣士の技術を再現しようとお前の闘気を参考にしてはいるぞ」

 

「なるほど、僕を参考にした結果ですか」

 

それで結局、腕力や脚力に闘気を集中させる結果になったというのは、ズレたように聞こえるかもしれない。

闘気について深い知識がなければ努力の方向と結果がズレてると思えることだろう。

だが俺は闘気が魔力を押し固めたモノだと陛下に教わり、アレックスから『覇気』には特徴が出ると聞いた。その2つは知識として繋がっていなかった。いや、魔術師として魔力に関する知識があったのだから理屈的には判っても良さそうなことではあったが、残念ながら実感が伴わなければ俺には無理だった。

それが現世で闘気を手に入れ、体験してみたことで1つの実感となった。

その実感とは魔術と同じように『闘気に系統がある』ということだ。

多くの魔術師が得意・不得意の系統の魔術を持つように、剣士にも得意と不得意の闘気がある。故に発現する闘気に特徴が出る。

だが闘気の系統というのは魔術のように壁となるものではない。闘気の場合は発動しないとか威力が下がってしまうということにはならない。もともと体を鍛えていればいつの間にか制御ができるようになるのが一般的な闘気の体得法であり、自分の魔力的性質に合ったように闘気の特徴が発現する。そして苦手な系統の性質であっても鍛錬を積めば発現させられるとは、誰も気付けないのだ。

 

俺は魔術に苦手系統がない。同様に闘気にも苦手系統がない。過去に転移してきた俺自身の日記のように苦しみ抜いて魔術の真理に到達しきったとはとても言えないが、魔術と闘気の2つを研究することによって魔力の深淵が俺にも見えつつある。俺が使っている闘気の技術は魔術で言えば混合魔術や聖級以上の魔術に似ている。その知見から言ってパウロの闘気の特性は平均値(バランス)強化だ。三流派全ての上級剣士だったのも頷ける。そしてなんでもできるタイプは得てして細かい能力を極めていくことが不得手だ。

 

「なら話は簡単ですね。

 弟子のためというのを一旦止めにして、家族のため、父さまに合った闘気の鍛錬をしましょう。

 衰えが見えてきたと感じている身体能力を闘気を使って底上げするなら、別の鍛錬が必要になりますから」

 

「なんかすぐできますよみたいな話し方だな」

 

「丁度良いヒントになるレベルで使ってくれる知り合いが居なかっただけですよ。

 ギレーヌはやや適任な感じはしますが、他のしがらみによって素直に学べなかったのでしょう」

 

「だから俺に丁度良いレベルの師匠を用意すると?」

 

「本当に師弟の関係にならなくても構いません。

 その人物の闘気の扱い方を見て、何かのヒントにしてくださればと思います。

 そうすれば父さまはまだまだ強くなれます」

 

「お前が教えてくれてもいいんだぞ」

 

「僕もギレーヌと同じですよ。

 父さまに効率よく教えることは出来ないと思います。

 父さまは感覚派ですし、父さまにあった修行方法を提示できるほどの余裕が僕にはありません」

 

「ならしょうがねぇな。

 腕を治してもらうんだ。今回はお前の要求を飲むことにする。

 だが、エリスにもそいつを師匠とするのは賛成できないな。

 あの娘の師匠はギレーヌだ」

 

「ふむ。

 だから父さま自身も旅の中で打ち合いはしても、アドバイスをせずに師弟関係にならないようにしていたと」

 

「そういうことだ」

 

「シルフィに剣の師匠と魔術の師匠の2人が居たように、エリスに流派の違う師匠が何人居たって良いと思います。

 そうではありませんか?」

 

「そいつぁ屁理屈だ」

 

「そうかもしれませんね。

 でも結局のところ父さまにお願いすることと同じです。

 エリスが強くなりたいと考えてその人に教えを乞うか、それともギレーヌ以外を師匠としないのか。

 もとより無理強いするつもりはありません」

 

「ルディ、なら約束しろ。

 連れて来る護衛にエリスを弟子とさせないようにしろ」

 

「父さまがそういうなら、そうしましょう」

 

それからパウロはこの館の賃料や生活費について聞いてきた。どうやらパウロはこの館を借家だと思っているらしい。ブエナ村も借家だったからか、そう勘違いするほどこの館が立派な物と映ったのかもしれない。

そこで生活費も含めて商売が順調に回っているのでお金の心配はしなくても良いと伝えてみると、「無職というのもな……」とパウロは呟いた。

 

実際のところ、この館は斡旋所で使用許可を得て空き地に建てた注文住宅だから、土地の使用料以外にはかからないし、使わなくなったら売買できる。さらに土地使用料も建物の耐久年数を見越して、今後50年分を一括で支払っておいたので賃料については全く気にすることはない。だが俺はパウロの一言から察して、事実を言うのを控えた。

 

パウロは、子供に「お父さんは働いていなくて、家でゴロゴロしています」とか「お兄ちゃんに働かせるばかりで元冒険者だからって偉そうにしています」なんて思われるのが嫌なのかもしれない。要はパウロ自身が稼いだ金で娘を育てたいと言う訳だ。

その気持ちは俺にも似たような経験があるから良く判る。

そう。オルステッドに暇を出されて家で苦手分野の克服や新分野の開拓に挑んでいたとき、「お父さんは青ママを働かせるだけで、どうしてお仕事をしないの?」と子供に言われたことがあった。俺は言われるまで気付かなかったが、パウロは既にそのことを心配している。そんな気がした。

 

パウロにお金を稼がせる方法については今の状況で冒険者をさせるわけにもいかず、すぐには思いつかない。額の多少は別にしても本人が満足できるようになると良いのだが。

 

 

それからゼニスやリーリャにどう過ごしてもらうか話し合い、一応の合意を得て、話題は妹達のことに及んだ。

話し始めたところでコンコンと扉をノックする音が響く。

 

「どうぞ」

 

俺はベッドに座ったまま、声だけで入室を促した。

扉が開き、部屋に入ろうとしたエリスが急ブレーキをかけたのが見える。

 

「え? あぅ?!」

 

「エリスさん、立ち止まっていないで中に入りましょう」

 

「でも、小父様が」

 

振り向いて通路側に話しかけているエリスをパウロも面白そうに見ている。どうやらエリスの後ろにはロキシーも居るらしい。

 

「ここで引き返して、どうするのですか」

 

ロキシーの小声のアドバイスが聞こえる。

と同時にエリスが物理的に背中を押されて、つんのめりながら部屋へと入室した。身体能力の高いエリスが転ぶことはない。

 

「パウロさん、お話し中のところ失礼します」

 

不測の事態にいっぱいいっぱいになったエリスの横にロキシーが並んでお辞儀した。

 

「こちらこそ。すまんな邪魔しちまって」

 

そんなエリスを他所に、受け応えたパウロの顔がニヤついている。

俺の寝室も一応の広さはある。大人1人に少年・少女サイズの3人が入ったからといって狭いという感じではない。ただ最低限の家具しかここにはないので結局、俺とは反対側のベッドの端にエリスとロキシーが座った。

 

「それで話を戻しますが、ノルンとアイシャはどうしますか?」

 

「どうするって。そうだな」

 

パウロは顎を手で押さえて少し考える素振りを見せた。

ただ口角が少し上がっているのを見れば、考える素振りは見せかけで別の気持ちがあるのは丸わかりだ。

ただその気持ちがどういう理由から来るのかは察することができなかった。

 

「最近までは田舎でのんびり過ごして欲しいと思ってたよ。

 村から一歩でも出れば殺伐とした世界だ。そんなことから出来るだけ遠ざけてやりたいと思っていた。

 子供を守るのが親の役目だってな。

 それにもし勉強したいと娘に強請(ねだ)られても10歳までは家族で居られる時間を確保するつもりだった。

 だが最近は色々なことが立て続けに起こったし、旅が家族の時間を増やしてくれた。

 だから新生活が始まるならこのタイミングで入学試験に挑戦させても良いと、そう考えるようになった。

 本人達が行ってみたいと言うのならだけどな」

 

パウロが10歳という数字に拘っていたのは俺のせいかもしれない。

俺がもっと上手くやっていればノルンやアイシャも小さいころから英才教育を施されたのだろうか。

そんな考えも、もう過ぎたことだ。

それよりも最後の言い方は少し気になる。

 

「なるほど。

 方針は良く判りました。僕もほぼ同意見です」

 

ほぼ(・・)ということは同意できない部分もあるってことだな」

 

「ええ。

 父さまは妹達に『大学に行ってみたいか?』と直接訊くつもりなんですよね。

 けど直接訊くのは避けるべきです。出来ることなら気持ちを汲んであげて欲しいと思います」

 

「気持ちを汲む?」

 

「父さまが言うように妹達は子供らしく親の庇護下で生きてきました。

 僕と違ってね。

 だからこそ妹達の意見というのは参考にならないのです」

 

「すまん。全然ピンとこないんだが」

 

「何と説明したら良いのでしょうか。

 そうですね。妹達と父さま達の間には『親の言うことには従う。たまに子供として我儘を言う』

 そういう関係が出来ています。

 なら、その関係はどうやって成立したものですか?」

 

「家族なんだから自然に出来たに決まっている」

 

「自然に……。そうですね。

 自然に善悪の判断を親から学んだのです。

 親の顔を窺って、親が喜ぶことをして、ときには子供らしい間違いをして叱られて、そこから行動基準を決めた結果です」

 

「それで?」

 

「故に、学校に行ってみたいかを訊ねられれば、その答えは親が喜ぶことかどうか、その意に沿おうとしたものになるでしょう。

 それは父さまの言うところの『本人達が行ってみたいと言う』事とはかけ離れています。

 父さまや母さま達が喜ぶなら行くと言うでしょうし、そうでなければ行かないと言うことになります。

 もし父さま達の間で意見が対立していて、妹達がそれに気づけば、どちらを取るかで混乱してしまうでしょう」

 

俺が説明し終わると、今まで少し前のめりになっていたパウロが残っている腕をだらんとさせて椅子の背もたれにもたれかかる。

そして、「なるほどな」と、言ったきり黙った。

また何か考えているパウロに俺は続ける。

 

「ですから彼女達が行ってみたいと思っているかどうか知りたいなら、僕の見立てをお話しますよ。

 それで結論がでたなら彼女達に伺いを立てずに決定事項として命令すべきです。

 まだ彼女達は親離れという段階ではありませんし、自分の責任で何かをするという段階でも無いでしょう。

 なら指示・命令して責任を取ってあげるのが良いと思います」

 

「理屈は判った。

 つまり俺が決めれば良い。そういうことか」

 

話を聞き終えたパウロの言葉がまた引っかかる。

だが、まぁそうだ。そんな風に考えているとパウロの話は続く。

 

「1つ聞きたい。

 旅に出る前に『シルフィが魔法大学に行きたいと言い出すから、その時に金を出してやってくれ』そう言っていたな」

 

「はい」

 

随分昔のことを引っ張り出してきたなと思ったが、俺は自分の発言を忘れてはいなかったので即座に応じることができた。

 

「あの時、既に全ての上級魔術を無詠唱で使えたシルフィにとって、魔法大学に進学することが何の役に立つと考えていたのか教えてくれ」

 

「依存しつつあったシルフィが自立していけば自分から魔法大学に興味を持って親元を離れる判断をする。

 そういう考えに至るのではと思っていました」

 

「パウロさん、私からもよろしいですか?」

 

声がした方向へ。パウロは俺から目線をロキシーへと移し、俺もつられるようにロキシーを見る。

 

「私は魔法大学に通って勉強ばかりしていましたけれど、その後の人生のことを考えるとそれでは足りなかったと感じました。

 私やルディに学べば魔術知識的には十分です。でも学生でしかできない体験や出会いが大学にあると思います」

 

出会いか……確かに学校で送る集団生活は、友人や仲間をどう作るか、どう接するか、どう喧嘩してどう仲直りするかそういう体験をさせてくれる場所でもある。ラノア魔法大学なら多種多様な出身地、種族、年齢の者が居て、住み分けはあっても身分によって受講数の多寡に違いがあるわけではない。もしかしたら番長が居てイジメられることがあるかもしれないが、それにどう対処するかも学ばなければならないだろう。

もし、それに失敗して引き籠ってしまうようなら……大丈夫。そういう対処の経験だって俺は心得ている。上手く行くかはわからないが。

俺が深く考えている間に、ロキシーとパウロは意見を交換し終る。

 

パウロが立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

 

「難しく考える程の事かしら?

 何かをするのに、先回りしてあれこれと悲観的に考えて生きるより、行ってみて合わなければ辞めてしまえば良いじゃない。

 人生は多分どう転んだってなるようにしかならないんだもの」

 

それまで黙っていたエリスがロキシーに向けて、そう訊いた。

ソースは私って話だな。

ただパウロにもその声は聞こえているに違いない。

そして、これまでの議論を無駄にするような言い方に聞こえたかもしれない。

勘違いされやすい性格だから? いや、違う。

俺達が色々議論して、それでも失敗したときにどういう心構えで居れば良いのかということを、敢えて彼女は迷彩をかけて言ったのだ。

 

「そうですね」とロキシーは苦笑混じりに答えた。

 

左手だけで器用に扉を開いたパウロは彼女達のやり取りをどう受け取っただろうか。

特に反応をせずに部屋を出て行った後ろ姿に、エリスはどう感じただろうか。

判らないが、その真意が伝わってくれたらと俺は心の中で願った。

 

--

 

次の日の朝食後、ノルンとアイシャに魔法大学の入学試験を受けさせることが告げられた。昨日の話し合いの後にパウロはゼニスとリーリャの3人で話し合ったらしく、ロキシーが入学の手続きについて説明を求められていた。

 

「手続きはできますが……今は入学時期ではありません。

 これから本格的に雪が降りますからね。

 雪解けの頃まではゆっくり待てば良いでしょう」

 

とのロキシーの説明に両親達は拍子抜けしたお互いの顔を見合わせていた。

 

 




-10歳と10か月
 ラノアに到着する←New


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