無職転生if ―強くてNew Game― 作:green-tea
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。
--- あなたは運命から逃げようとし、そしていつか運命の選択を迫られる ---
旅の無事を喜ぶのも1日で十分。今日からは改めて新生活が始まる。
これから何をするか。自分のことよりも前に心を占めたのは目の前の人々の事だ。
長い旅が家族に多くの負担を掛けたに違いないのだ。
誰も不平を言うことはなかったからこそ、これ以上の負担を掛けたくない。
いや掛けられない。
そのために必要なことをまずしたいと思う。
何をすべきか。
この旅の発端がブエナ村に現れた襲撃者たちが原因とするなら、ラノアに来てさらなる不幸を呼び込まぬための準備をせねばならない。
俺が不在でも悪意から家族を守る体制を整える。
相手の戦力が北神クラスであるなら、明らかに戦力は不足している。
しかも相手は組織的にオペレーションを遂行する部隊だ。
対応するためには相当の時間を要するだろう。だが焦っても意味はない。
「父さま、エリス。
朝食の前に1つお話があります」
そう呼び止めたのは早朝訓練を終えて庭から一度、各自の部屋に戻るときのことだ。
「なんだ。昨日の話の続きか?」
「これから2人にはシャリーアの地理情報の把握と町の警備をお願いします。
簡単に言うと朝昼、散歩に偽装した警邏をして頂きます。
警邏を通して、人の出入りを把握すると共に治安の向上を目指しましょう」
「お安い御用だな」
「任せてよ」
「僕の方でも警備網を敷きますから完成後に説明します。
もし何か異常があったら報告と連絡を密に取らねばなりません。
報告・連絡・相談は大事ですからね」
--
朝食が終って妹達の話も終わると、パウロは早速、町の警邏に行った。
妹達が「連れて行って」とせがんだが、「また今度な」と返していた。
一見良さそうに見えるシャリーアの治安にも何が潜むかわからない。
パウロはそのリスクをしっかりと計算に入れている。
もう少し町に馴染んだらきっと妹達を連れて行ってくれるだろう。
エリスも警邏に出ようとしたところを俺は押しとどめた。
「なによ。
朝の話があったのに」
エリスはやや不満げだ。
「ゴメン。
この後に出掛ける予定があるから。
悪いけど、今日の警邏は父さまに任せておいて」
「どこ行くのよ」
「君の苦手な所さ」
--
数刻の後、俺はロキシーとエリスを伴って魔法大学を訪れた。
登校する生徒の中を3人で歩いて行く。
前に1人で来たときは昼を過ぎた頃だったせいで気付かなかったが、こうして見渡すと懐かしさよりも別の感情が湧いてくる。
その理由はすぐに判る。歩いている生徒達の服装だ。
俺の経験した前世の魔法大学には制服があって、大学というよりは高校みたいな雰囲気だった。
だが周りを歩いて行く学生たちが思い思いの格好をしているのを見ると、良く言えば自由な、悪く言えばまとまりのない、そんな雰囲気を感じる。経験はないが、こっちの方が大学という雰囲気に合っているのではないだろうか。
守衛にアポイントを取ってもらって、案内された面接室に入る。
そこにはジーナスとギゾルフィの2人が座っていた。
空いている長椅子の前に辿り着くと、こちらが口を開く前にジーナスが立ち上がる。
「やぁ、ルーデウス君、それに……ロキシー。
よく来たね。さぁ座って」
促されて座る前に俺は口を開いた。
「お久しぶりです。賢者ギゾルフィ、それにジーナス教師。
本日はお時間を取って頂きありがとうございます」
言い終えてお辞儀をすると、残りの2人と共に椅子に座った。
「いろいろ苦労があったとは耳にしているよ。
それで、こちらのお嬢さんは?」
「初めまして。私はエリス・グレイラット。
ルーデウスの付き添いですわ」
ジーナスの言葉にエリスは一度立ち上がってそう答えると、優雅に座り直した。
「これはご丁寧にどうも。
私はこの大学で教師をしているジーナス・ハルファス」
「儂はギゾルフィ・アリアバード。一応、儂も教師じゃが、儂に教鞭を執らせる者は最近はおらんな」
平凡な挨拶のジーナスと棘のある自己紹介をしたギゾルフィ。後者は自分1人でカッカッカと笑った。
ジーナスが苦笑交じりの咳払いを1つ。
「それで……」
「儂が訊こう。何の用件じゃ?」
ジーナスが穏便に切り出そうとした声に被せて、硬い声音で問いただしたギゾルフィ。
その目付きは先程までの表情から一変し、部屋の空気を冷たく支配した。
ギゾルフィの言葉にジーナスもやや驚いた顔をしたが、すぐにその表情が引き締まる。
2人の表情で背後に隠れた事態の一端が見えた気がした。
「なるほど。
要注意人物になっているみたいですね」
「正確にはS級の危険人物じゃ」
「では指名手配されている訳ではないのですね」
自分で言ってみてそのはずはないと思えた。
もし指名手配されているならラノアに入った後、今日までになんらかのトラブルがあったに違いない。
「そう違いはないぞ。理由さえあれば憲兵が来るじゃろう」
「ちなみに私の家族、それに一緒に来たエリスやロキシーは?」
「関連人物として情報が回っとるくらいじゃな」
「情報ありがとうございます」
そう言ってから座ったままで一礼する。
「何、儂とお前の仲じゃ、気にせんで良い。
じゃからそろそろ教えてくれ。
何が目的でここへ来た?」
「お礼に参りました」
「お礼とな」
「はい。
私のような末端のギルド員のために、アスラ王との対決も辞さぬ救命の文を頂けたこと、感謝致します。
この御恩はギルドへの貢献という形で報いたいと思っておりますので、御用の際には何なりとお呼びください」
「畏まらんで良い。
なるほど、そうじゃったか。
しかしな。それは余計な申し出となろう」
「余計……ですか?」
「そうじゃ。
実を言うとな。アスラ王から孫を通じて事前に打診があったのじゃよ。
お主を助けるためだけに書簡を送った訳ではないのじゃ。
知っておったか?」
「いえ、思いもよりませんでした」
「その顔では、そうであろうな。
もしそこまで知っていて感謝するというのなら、災害についてお主が調べたことのレポートの提出で手を打とうと思ったんじゃがのぅ」
「仔細については知りませんでしたが、レポートで良ければ提出させて頂きます」
「そうかそうか。
言ってみるもんじゃのぅ。
噂では甲龍王からも手紙が来たという話じゃったが、それも頼めるのか?」
「かの王はアスラ王国と縁深きお方故です」
「ふん。それだけのはずが無かろうに。
まぁ良い。書いても問題ない部分だけレポートにしてもらうとしよう。
それで他には?」
俺はそれから、パウロの腕を治すために治癒魔術師を紹介して欲しいという件と妹達が魔法大学の入学試験を受けることになった話をした。
「君の妹さんなら相当に優秀だと期待しても良いのかい?
その子達も無詠唱魔術の使い手とか」
「いえ。普通に優秀な子と平均くらいの普通な子ですよ。
ただ2人共に問題を抱えているので、できれば少し目をかけて頂きたいのです」
「贔屓しろと?」
「断じてそういう意味ではありません。
家族は彼女達に勉強の成績よりも大事なものを学ばせたいと思っています。
年相応の未熟さがありますから、その辺りについて先生方のご配慮を頂けないかと」
「まだ会った事もない子のことを頼まれても正直困るけれど、白紙委任状というならその依頼を受けよう。
1人の教育者としてね」
「ありがとうございます。
師匠の師匠であるジーナス教師に受けていただければ私も安心できます」
「それで君自身はどうするんだい? 特別生として入学してくれるのかな?」
「残念ながら、今は他にやらねばならないことがあります。
ですので、暫くは大学に通う時間が取れません」
「そうか。
丁度良いタイミングだから儂の研究の引き継ぎをしたかったのじゃがな」
「それは賢者の後継にしたいと?」
ギゾルフィの言葉に反応したのはロキシーだった。
その声におそるおそるといった調子が含まれているのは賢者の偉大さによるものだろうか。
だがギゾルフィがその問いに答える前に俺自身が口を挿む。
「それは無理です。大変に光栄なことだとは思いますが、私は既にロキシー先生の弟子であり同志ですので」
「いえ、でも……」
「そうか、そうか。
ジーナスの孫弟子ルーデウスであったな。
失礼した。
ロキシーとやら、安心せい。お前の大事な弟子を取ったりはせんよ」
ロキシーとギゾルフィの反応を見て、自分で振っておきながら会話が噛み合っていなかったと気が付いた。
だが吐いた言葉は飲み込めなかった。
「ルディ、弟子にならなくても研究は引継いであげたら?」
そう取りなしたのはエリスだ。
「大学に通う事はできませんが、まだ研究の余地があるなら力になれるかもしれません」
「余地があるかは判らぬ。
だが、研究のために散々やらねばならぬことを放置してきてしまったのは確かじゃ。
この前もギルド員の1人が不当な責任を取らされたと聞いてな。
昔の教え子じゃった。
ギルド員の幸福なくしてギルドの発展は無い。儂は総領としての責務に残りの人生を掛ける。
そう先の長いことでもないからな」
「そうですか。そういった事情があるならば研究は引き継がせて頂きます」
「助かる。
お嬢さんもありがとう」
「構わないわ。
こういうのって苦手だったけど、最近になって自分の役割が判ってきたの」
俺達の会話が一段落すると、それを待っていたかのようにロキシーが次の話を切り出した。
「私もジーナス師匠にお話があります」
「私のことをもう師匠と呼ばないのではなかったのですか?」
「あの時のあれはその。
失言でした。申し訳ありません」
「私も師匠にあるまじき言葉をかけたことを謝りたかった。
すまなかった」
そう言って2人は頭を下げ合う。
この光景に既視感があるのは俺だけだろう。
だが歪めてしまうかもしれないと思った未来の1つがこうしてまた繰り返されることは悪いことじゃない。
「やっと胸のつかえが1つおりた気がするよ」
「私もです」
頭を元に戻し、向き合った2人は同時に笑った。やはり良い笑顔だ。
「そう言えば、ロキシーも弟子を取ったということだったね。
それに教師になりたいという話だったかな」
「あー、教師の話はまだ先のことになりそうです」
ロキシーは俺の方をちらりと見てからそう言った。
彼女は俺が余計なことを言ったと思ったのだ。
ギゾルフィに会った時にそう口走った内容だから、その予想は間違いじゃない。
確かに思い返してみれば、現世でロキシーが教師をやりたいとは言っていないし、ロキシーが教師になるのはずっと後の話だった。
ジーナスに伝えた事は俺の勇み足だったという訳だ。
「そうか。
でも教師なんていらないと言っていたのに、随分な心境の変化があったとういうことかな」
「卒業後にお金の都合もあって結局、家庭教師を始めました。
それで出会ったのがルディです」
「そして君は僕なんかよりずっとちゃんとした先生に成れた、ということのようだね。
あんなに優秀な生徒を育てあげたのだから」
「そ、その話は本人の前では恥ずかしいのですが……」
俺はギゾルフィとエリスの顔をそれぞれ見てから口を開いた。
「ではギゾルフィ。
先ほどの研究論文のお話。
少し目を通させて頂きたいと思います」
「儂の研究室に来るがよい」
「エリスも僕の助手ということでいいかな?」
「もちろん」
話しをまとめた俺と他2名が立ち上がる。
「ロキシー。
積もる話もあるでしょうから終わり次第、研究棟の方まで来てください。
部屋の場所はジーナス教師にお任せしても?」
ジーナスは「構わないよ」と言って大きく頷いた。
--
それで俺はロキシーとジーナスを残し、足が一段と悪くなってきたギゾルフィに手を貸しながら研究室に辿り着いた。
一時期、ここでギゾルフィと無詠唱魔術の理論についてあれこれと議論した。それもまた懐かしい話だ。
「それで」
ホスト役の立場を無視して一早く自席についたギゾルフィに続き、俺がエリスに椅子を渡している
俺が待ったのは研究論文を見せてもらうためのはずで、それはつまりギゾルフィの言いかけた言葉の続きだったはずだ。
「何に巻き込まれておる」
だが、事実確認されたのは別のことだった。ギゾルフィは未だに背中を向けたままで、俺はエリスとお互いの顔に浮かぶ疑問符を見つめ合った。
「なぁに伊達に巷で賢者と呼ばれているわけではない。
そうじゃな。
ペルギウスの手紙によってお主の災害に関する濡れ衣は晴れたはず。
しかして、お主の父が負傷する事件が起こった。他にも何かがあったかもしれんな。
そのせいでアスラ王国からシャリーアへ引っ越したという話だったのじゃろう? 先ほどの話は」
「ええまぁ、そうです」
「詳しく話せぬ理由があるのだろうがこの老い先短い儂に遠慮することはない。
何があったのか、話してみよ」
ギゾルフィの申し出に対して事情を隠す必要があるだろうか。
その場合にどのようなことになるだろうかを考えている内に、短くない時が流れた。
俺の結論は、どう考えても話して碌なことにならない、というものだった。
前世の運命の通りならギゾルフィの命はあと数年、彼は老いて死ぬだけの存在かもしれない。
だとしても事情を話して良い相手だとは思えない。
「話せぬか。
儂を想ってのことであればそれも良かろう」
無言の時間をそう解釈したギゾルフィが肩で落胆を表した後に、座ったままクルリと椅子を回転させてこちらを向いた。
「ところでお主も占いが出来るのじゃったな」
俺はその所作によって彼がようやく本題に入るのだと考え、居住まいを正して「ええ」と答えた。
「儂も昔、予知に興味があって才能ある若者らと色々と試行錯誤した。
その1つが
「占星術というヤツですね」
「儂のは術と呼べるようなモノではない。
もっと原初的なただの占いに過ぎぬな。
そういう意味では古来から伝わる占命術の方が余程、技術としては体系化されておる。
それで1つ聞きたいのじゃが、お主の使うという占命術はどんなものじゃ?
一般的な水晶の魔道具を使った物か?」
「あまり一般的なものではありません。
私が出来るのは『運命によって定められた歴史』を夢として見ることです。
しかも見えている事のほとんどは取るに足らないことで、そこに自分の知識を組み合わせ、起こりそうなことを推定しているにすぎません」
最近は過去の事象にも少し関わっているかもしれないが、まだ意図は判っていない。
それと昔、家族の1人が使っていた水晶占いの内容を多少織り交ぜておいた。
「夢として見る……夢見の術じゃな。
なるほど。それでお主はフィットア領が消え去ることに関する何かを見た訳じゃな。
そして、その宿命と人の命を切り離したということか」
一度、ギゾルフィは膝をさする。余程痛むのかそれとも癖になっているのか。
「お主には強い運命力があるのかもしれんな」
「強い運命力。なぜそう思われるのでしょうか?」
「ふむ」
俺の言葉にギゾルフィが1つ唸り、そして続けた。
「お主は占いに詳しいといっても体系的に学んだという訳ではないか。
ジーナスもそう言った面を研究しておったという話をきかぬし、その弟子も知らねばお主が知らぬのも道理じゃな。
良かろう少し講義をしよう」
「それは是非にお願いします」
「手短にお願いするわ」
「よかろう。
まずこの先の運命、その者の未来というものは基本的には同じモノを指す。
そしてこれらは無限の可能性を持っておる。
一方で人には生まれた時点から変わることのない宿命がある。
例えばラノア王国に生まれた者のほとんどは魔大陸に行くことも生活することもない宿命にある。
矛盾しているように聞こえるかな?」
俺は今の説明が良くわかったので首を振ったが、エリスはどうやら口をへの字に曲げていたらしい。
「お嬢さん、エリスさんといったかな?
判らぬと言った顔をしておる」
「少し……難しいわ」
「ふむ、お嬢さんは剣士のようじゃが。
例えば師匠と剣の打ち合いをするとしよう。
師匠とお嬢さんが打ち合いをしたら勝つのはどっちかな?」
「ギレーヌね。私はギレーヌに勝てないもの」
「では、お嬢さんと師匠が剣を構える。
上段、中段、下段どれに構えるか、左から打ち込むか、右から打ち込むか、選択肢があり、お嬢さんはそのどれかを選ぶ。
そして何度か打ち合うことができる。
どのような打ち合いをするかはどれを選択したかによって決まる。そのパターンは無限と言っても良いじゃろう。
じゃが、お嬢さんは師匠に負ける。
それは彼我の実力差によって負けると言っても良いが、そういう宿命にあって最初から決まっているということもできる。
実力というのは急に増えたり減ったりするものではなく、やる前に決まっておるからな。
それはどちらも矛盾せずに両立できることなのじゃ。
判るかな」
「そういうこと。判ったわ」
「もう少し難しく言うならば、選択肢のどれを選べばより良い自分の未来を得られるか、人は常に考えておる。
故に選択肢の中でいずれを選ぶのかには確率を定義することができる。
どのルートを選んでいくか、確率が決まれば、計算上ほぼ選択されることのないルートというのも出てくる。
無限に広がる可能性が有限な可能性へと縮小し、必ず通るルートができればそれを宿命と呼ぶことができる」
「よく判ります」
「次に占術について説明しよう。
占術には、命術、
命術のことを占命術と呼ぶこともある。
これらは名前に術を冠してはいても魔術ではない。占いのやり方の種類のことじゃ。
ただし、魔法陣を組み込んだ水晶球をつかうモノや古代長耳族が呪文を詠唱して使ったとされる星占いは魔術であり、命術、占星術といった魔術の種類にもなっているので注意が必要じゃ」
「民間に伝わる占いと未来を予知するための魔術が同じ名前になっているので混乱しやすいと言うことは判りました。
ですが察するにこの世界に魔力がある限り、根っこのところでは同じ原理によってそれが行われているような気もします」
「儂は別の物と解釈しておる。
占いとは統計学や確率論と心理学を統合したような物であり、一方の魔術とは結局のところ『太古の盟約』によって定義された魔力を使った手品じゃからな」
太古の盟約。久しぶりに他人の口から耳にした単語だ。
「つまり原理的な物は全く別物で、魔術を定義するときに既存の概念を応用したので同じ名前を使った可能性が高いと言う訳ですね。
流石ギゾルフィ。説得力がありますね」
「ふん。あくまで儂の解釈に過ぎんということは忘れるな」
「判りました」
「なら、ここまでは良いじゃろう。
次は占術の細かいところを話そう。そうじゃな命術から説明しようかの。
命術というのは、宿命のような不変の事柄を不変である事物を使ってひも解く占いじゃ。
魔術としては一般的には水晶球の魔道具に魔力を注ぎ込み、魔法陣を通じてこの世界の持つ運命を辿り、水晶にランダムな情景を映す術になる。古代長耳族の使った占星術は星の瞬きや太陽の動きを魔術盤と魔力によって写し取り、計算するものと聞いておる。お主のような夢見については細かいことは儂には判らぬ」
俺はうんうんと頷いた。
「次に説明するのは卜術じゃ。
卜術とは直近の選択肢のように流動的な運命に関するモノをサイコロの出目や切ったカードの並びのような偶然でた事象から占うモノじゃ。
例えばサイコロを同時に3個振って3つとも同じ目が出た者とバラバラな数字が出た者がいたとすれば、同じ目だった者は確率の少ない現象を出した運が良い者。バラバラな数字を出した者は先の者に比べて運が悪い者ということができる。
そして運が良い者は直近の未来で自分に都合の良い選択肢を取ることができ、運の悪い者は自分に都合の悪い選択肢を選んでしまうのじゃ。
先にも言ったように、より良い自分の未来を得ようと人は常に考えておるが、選択肢の中に明確な因果がなければ曖昧性は出てしまう。例えば左から打ち込むのが良いか、右から打ち込むのが良いか明確な判断基準がなければ人は運によってそのどちらかを選ぶことになる。しかしながら卜術によって事前に自分の運気や方向性を知り、運の悪いときに本来選んでしまう間違った選択肢から逃れることができる。もしくは運勢が良くなるまで選択しないという方法を選ぶことができるとされておる」
「何となく理解できますが、本当にそのようなことで運命というものを操作できるものでしょうか?」
「残念ながら儂が言っておるのは魔術のような理論ではなく、民間伝承といった類いのものじゃ。
であっても運命とその強さを定義しようとした者達はそのように考えたということじゃな」
俺が黙っていると、ギゾルフィは続けた。
「次いで説明するのは相術じゃが、相とは木の年輪や焼き物に表れる紋様のようなものを指す。
偶然性の高い物によって現れた相を使って良し悪しを決めるものじゃ。
良し悪しと言っても芸術性という意味ではなく、それを持っていたら運気が良くなったというモノがあれば、その文様や形に似ているものを縁起物と捉えるわけじゃな。験担ぎの一種ともいえる。
これも同じく魔術での再現が出来ぬ故、門外漢の儂にあれこれ聞かれても困るところじゃな」
「後半の2つは魔術としては存在しないのですね?」
「何とも言えぬな。
儂は研究しておらんし、聞いたことも無い」
「つまり『太古の盟約』に書いてあればそれらも魔術として起動できる可能性があるわけですか」
「そうかもしれん」
俺がまたうんうんと頷いたので、ギゾルフィの講義は続く。
ここからが本題になるだろう。
「さてようやくになるが占術の全体について説明できたところで、命術と卜術から導くことのできる運命力について話すことにしようかの。
宿命というのは結局のところ、どんなことをしても到達してしまう運命と説明したな。
さらに卜術で因果を読み取れば直近の選択肢で確率が低く選びにくい物でも選ぶことができるようになるとも言った訳じゃ。
命術によって見えた未来に向けても、理論上は確率の低い選択肢を選び続けることで無限の可能性の先にある未来を掴み、宿命を回避できるはずだと考えることができよう。
ならば未来が判ることで回避は簡単なように見えはせぬか? どうじゃ?
師匠がどれだけ鋭い攻撃をしても、その先が見えていれば躱すことが可能だと思えるじゃろう?」
「そうね」
「ならばお嬢さんは一手先が読めれば実力が上の師匠に勝てるかの?」
エリスは少し悩み、「どうなのかしら?」と問いかけながら俺の方を見た。
予見眼があっても全ての選択肢にあらかじめ対応されれば勝てない。俺はとんでもない強さを持つ相手に挑もうとして、そういったことを幾度となく体験した。今ならどう見えるかは判らないが、実力差があれば同じことが起こるだろう。
「いえ、無理ですね。
エリスの師匠のギレーヌ程の力があれば、あらかじめ全ての選択肢に対応できるように闘いを運びますし、私の父であれば直前の選択肢は相手の望み通りの物を提示しておきながら、選択すると痛い目をみるような罠を置くでしょう」
「そうね。
なら、やっぱり無理だと思うわ」
「お主らは良く判っておるな。運命に対しても同じことが言える。
卜術のように直近の因果関係をはっきりさせておけば起きないとしても、命術で見た未来へと辿る道には罠が待っている。
元の運命に引き戻そうとする力を『運命の反作用』、別の選択肢を選ばせないようにする力を『運命の抵抗力』、運命に逆らおうとする力を『運命への作用力』と呼ぶ」
「反作用や抵抗力についてはイメージできますが、作用力は難しい概念に思われます」
「そう難しい事を言っているつもりはないのじゃがな。
ようは、『抵抗力』とは次の選択肢に元の運命に引き戻そうとする選択肢を含める力じゃ。
逆に考えて『作用力』とは次の選択肢に自分が望む運命へと進む選択肢を含める力じゃ。
他にも『引力』という概念も提唱されておるが、今回は良いじゃろう。
最後に『抵抗力』に対してより強い『作用力』を発生させる者を運命力の強い者と定義することができる」
「なるほど……。
私は命術を使って未来を読み取り、恐らく多くの者にとって宿命となるような避けられない出来事を回避させた。
1つ1つの運命の抵抗力が少なくとも、集まればきっとそれは大きな作用力を必要とするモノになっているだろうと考えているわけですね。
大きな作用力を生みだし、望む未来を手に入れた私は強い運命力を持っているはずだと」
説明はなかったが、望む未来を無理やり手に入れたせいで『反作用』が起こり、ラノアに来たという説明になるのだろうか。
「さて運命力の強い者の定義も済んだことであるし、儂の伝えたかったことを言おうかの」
「おじぃさん、まだ本題に入ってなかったの?」
エリスの声にあるのは呆れではなく、驚きだ。
その驚きを受けてギゾルフィは口角を吊り上げた。
「つまらん話じゃったか?」
「心躍る話ではなかったわね」
正直なエリスの言葉に、
「そうか、それはすまないことをした。
お嬢さんは儂の孫にちょっと似ておるからな。
あまり嫌われぬようにせぬとな」
と、ギゾルフィは嬉しそうに返した。
俺は1度だけ出会った宮廷魔術師の顔を思い浮かべる。
似てるだろうか。
少し疑問だが、まぁ良い。
「ごほん。
そろそろ本題とやらに入りましょう」
俺は弛み始めた空気を少しだけ引き締めた。
ギゾルフィが俺の言葉でこちらを向く。
「では問うとしよう。
お主の家族を守るために必要なモノ。
もしくはお主に足りぬモノが何か判るかの?」
これまでの話を参考にすれば簡単なことだ。
「運命力の強い協力者が必要になります」
「その通りじゃ。
心当りはあるか?」
「そうですね。
獣族の村の聖樹から生まれる聖獣様辺りが適当かと」
「それだけか?」
「うーん」
「相手が組織的に動き、搦め手を使うのなら、僅か1体では不十分じゃろう」
俺は聖獣が居ればその運命力によって家族は十分守れると考えている。
ギゾルフィの考え方は違う、らしい。
「こちらも数を用意しておくべきじゃと儂は考えておる」
「数と言われても、困りましたね。
私には心当りがありません」
戦闘力の高い人物には当てがあるが。
「強い運命力を持った者を探す術がない。そう言いたいのじゃろう?」
「その通りです」
「心配はいらん。
「何ですって?」
「
「運命石。初めて聞きました。
エリスは知っている?」
「え? 私?」
「うん」
「そうね……知らないわ」
エリスも知らない。俺も知らない。前世でオルステッドから聞いたこともない。
後でロキシーに聞いてみるのが良いだろう。
そんな考えを他所に、ギゾルフィは話を進めてくる。
「ロキシーはお主の魔術の家庭教師として歴史の講義はしてくれなんだのか?」
「雑学に含まれる程度にはしてくださいました。
ですがあくまで雑学程度ですね。
むしろフィットア領の領主様の御屋敷に所蔵されていた歴史書を読んだので、そちらの知識が大半です」
「ロキシーがお主に十分な歴史を教えることができなかったのは、魔法大学の教育課程の問題じゃ。
儂は魔法大学の問題を解決せねばならぬ立場の人間じゃからな、まずは詫びよう。
お主が十分な歴史を学べなかった責任の一端は儂にある」
すまなそうにギゾルフィはそう言った。
謝られても正直困るが。
「それに不足を感じ、自主的に詳しい歴史を知ろうとしたお主の行動は素晴らしい。
そして儂は恥を忍んで言わねばならぬ。
たった一冊の歴史書に書かれた歴史とは断片的な物に過ぎぬ。
お主に今、必要なのは秘められた人の想いを汲み取り、事実を掘り起こし、見識の篩に掛けたものじゃ」
「少なくともギゾルフィが信じる歴史の中には運命石が出てくるのですね」
教育論になりそうなギゾルフィの物言いを運命石の話に押し戻しながら、俺は自分の行動に1つ罰点を付けた。
オルステッドの話から信憑性のしっかりとした必要十分な歴史の知識が俺にはある。
逆に他人から見れば、出どころ不明の情報だ。
ならばまことしやかに話さぬようにする注意が必要であり、人が知れる範囲の歴史知識を大学の図書館で再度調べてみるべきだっただろう。
俺の言葉に応えるようにギゾルフィは運命石について話はじめた。
「その通りじゃ。
第二次人魔大戦が終結した後、運命石を持った天空の三騎士が技神と闘うために天大陸から現れ、死闘の末に技神の画策していた世界崩壊のための計略を挫いたとされている」
技神……こちらのラプラスについてはあまり情報がない。
真実の歴史かどうか怪しいものだ。
「天空の三騎士、また知らない人達ですね」
「お主は天空の三騎士を知らぬ故に、運命石を知らぬ。
そう驚くことではないな。
運命石は天大陸の秘宝であり、天大陸より渡りし天空の三騎士がそれぞれ持っていた。
悪い未来から己を守る『
祈りを天に届ける『
未来を選ぶ力を得る『
3人の持つ3つの石は本来所持者の魔力に感応し、運命力を強化するだけの同一の石だと伝えられている」
「それでその天空の三騎士は技神を倒した後にどうなったのですか?」
「技神は三騎士に負けてはおらぬ。
三騎士は技神の世界崩壊計画に必要な
運命石はその後、従者によって遺体と共に彼らに
「なるほど」
「この辺りのことは正確な年数が残されておらぬが、戦闘の後に技神が石碑を建てたとするなら技神は生きていたといえるし、石碑ができた後に戦闘が起こったとしても石碑の順位が変わらなかったのじゃからやはり技神は戦闘に勝利したと証明できる」
「お話は判りました。
大変に興味深いのも確かです。
であるなら、ギゾルフィの言うように自分の見識の篩に掛けねばならないということですね」
「そうじゃな」
「では、いくつか気になることができましたので図書館で調べようと思います。
その後でまたお伺いしても?」
「良い。
儂から話し始めたことじゃからな。
さらに、もう1つ別の話。
十二使徒と魔神の戦いについても調べてくるがよい」
俺は語られなかった話について頭の中でメモする。
「判りました。
本日は貴重なお話が聴けました。
ありがとうございました」
「レポートも忘れぬようにな」
そう言って綴りになった論文が渡される。
恐らく途中になっているという研究の一部だろう。
「当然です」
立ち上がりながら、受け取った論文を小脇に挟む。
転移事件に関するレポート、運命石関連の調査、引き継いだ論文。
新たな宿題が増えてしまった。
エリスも立ち上がる。
俺は先に部屋を出て、そこで声がして振り返る。
「おじぃさん、技神って強いのかしら?」
「この世で一番強いらしいな」
「そうなの?
技神っていうのは名前なの?」
「他の序列の者をみても肩書であるからな。
名無しでない限り、おそらく本名は別にあるじゃろう」
「ギレーヌのことを剣王って呼ぶようなモノね」
「まぁ、そうじゃろうな」
「エリス、あまり遅いと父さま達が心配してしまうよ」
「そうね」
「ギゾルフィ、課題が完了したらまた来ます」
「いつ尽きるとも判らん命じゃ。
早めにな」
「失礼します」
-10歳と10か月
ラノアに到着する
ギゾルフィの研究を引き継ぐ←New
運命理論について学ぶ←New
運命石と十二使徒について聞く←New