無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第086話_レポートと打開策

--- シャドォォォキィィィィック ---

 

ロキシーに促されて俺とエリスは3人で図書館へと入った。

はて。俺が学生の時分には学生証の提示が必要だったはずだが、一体何があっただろうか。

上手く思い出せない。

もしかするとギゾルフィかジーナスの手配によって必要なセキリュティチェックをパスしているだけかもしれないが、何か引っかかる。

前世でも現世のように元々はセキュリティチェックは無くて、それが何かのせいで必要になったとか。そんな話ではなかっただろうか。

うーん。まぁ気になったら日記を紐解いてみよう。

 

さて懐かしき図書館。

館内は時の流れのない静かな世界だった。

午前中、もとから利用率の少ない施設なせいもあり、俺ら以外に人影は見当たらない。

席を決めてから3方手分けして歴史書を探すことになり、俺は1人本を探して広い館内を歩いた。

 

ここで転移魔法についてあれこれと調査した記憶。ひどく懐かしい風景。

心と身体に傷を負って灰色の学生生活を送っていたつもりが、思い出されるのは割と穏やかで仲間に囲まれた理想的な学生生活だった。

 

図書館に付けられた採光用の窓ガラスの先に教室棟が見える。

あの時、同じ生徒として集った者達が誰1人として居ない学び舎。

……うん。

リニア、プルセナは来年の春に入学し、クリフも数年後には来るはずだ。反して、アリエル一行やザノバは転移災害に関連する出来事がなければラノアへと放逐されることもない。

 

宿命を持った皆が様々な因果によりまたここに集う。

そんな話はありそうな話かもしれない。しかし、あの出会いを宿命付けることは止めておくべきだ。

なぜなら前世において、俺はあの大嫌いな神様の甘言に乗ってラノア大学に入学したのだ。もし奴の言葉がなければ入学するはずはなかった。

あの出会いが奴に宿命付けられた物だったのなら。

あの思い出が奴の見た未来のための布石だったのなら。

それがまた繰り返したい未来だったとしても、俺は御免こうむる。

 

必要だと思った本が全て揃う。

手に携えた数冊の本。

テーブルに戻ると既にロキシーとエリスは戻ってきていた。

ロキシーは1冊の本を読み始めていて、さらに脇には3冊の本が積み上げられている。

残念ながらエリスの前に本はない。

 

「私も探したけど、何が必要か判らなかったわ」

 

ということらしい。

俺はそんな彼女の言い訳を聞きながら席に座り、持ってきた本を読み始めた。

 

--

 

4200年前、第二次人魔大戦が800年にわたって続いていた。

勝敗はほぼ決し、巨大陸の西方、要塞都市ゼノビアに追い詰められた人族は僅かに残った戦力で虚しい抵抗を続けていた。

人族の寿命の短さが何世代にもわたっての戦力の維持を難しくした。

開戦時にあった精強な軍勢は800年の間に全てが壊滅し、勝つ見込みの全くない状況であった。

にも拘わらず、総大将ヒカシュー大将軍は再三の降伏勧告を拒否。

もはや人族の命運は尽き、種の絶滅も危ぶまれていた。

そして約1万の魔族の軍勢が人族最後の都市を包囲する中、燦然と現れた黄金騎士アルデバラン。

 

黄金騎士は空を飛び、あっという間に敵軍を蹴散らした。

その余勢を駆って長い兵站を維持するための拠点を次々に破壊した。

拠点にはそれぞれに強力な魔王が配されていたが、瞬く間に約半分が壊滅した。

たった一日のことだったそうな。

これ以上の被害を出させぬと遂に現れる魔界大帝キシリカ。

アルデバランとキシリカの一騎打ちが始まる。

 

2人の闘いは苛烈を極めた。

剣を振るえば街が消え、魔術を放てば森が消し飛んだという。

そして激闘の末に2人はお互いの最大奥義を放った。

神級の魔術と神級の剣技がぶつかり合ったとき、その力によって巨大陸の中央部に大穴が空き、中央大陸と魔大陸に分れた。

そして元々巨大陸とミリス大陸の間にあった海から大穴に水が流入し、ついには今のリングス海を生みだした。

膨大な力が想像を絶する土砂、島といえるほどの巨大な岩石を吹き飛ばし、各地に群島を作ったとされる。

 

リングス海の形成には他の意見もあるらしい。

他の意見の提唱者によれば巨大陸には天大陸とミリス大陸も含まれていたという。

神級の攻撃の余波で大穴が空くと共に、天大陸の大半は消滅、イーストポートとウェストポート、ザントポートとウェンポートの部分で大陸が分断、海水が流入し、リングス海ができたのだとか。

 

大学の図書館にあるいくつかの歴史書を読むと闘神アルデバランは今の技神とある。

技神によって多くの同胞を失った天族は運命石を持たせた天空の三騎士を派遣。

魔界大帝との決戦により消耗していた技神に対して三騎士は善戦し、封印することに成功する。

三騎士の内の2人は戦闘によって死亡し、残りの1人は怪我と封印による魔力枯渇で戦闘後に死亡したそうな。

彼らの遺体は従者によって回収され、封印を維持するための『パワースポット』に安置されたという。

尚、多くの歴史書では黄金騎士アルデバランは人神(ジンシン)の使徒であり、全身を覆う金色の鎧や飛行能力は神によって授けられたものと書かれている。

また一方の魔界大帝は技神の神級剣技を受けて死亡し、復活するまでは暫くの時が必要となった。

 

それから数百年。

魔大陸にて活動していた魔族ラプラスがその力を認められ、魔神の名を襲名する。

これを察知した人神は世界崩壊の危機であるとし、各地にいた12人の『超越者』を使徒に任じ、あわせて十二使徒の証を授けた。

 

『支配』を司る神秘の魔石。第1の証ブラックアゲート。

『神聖』を司る神秘の魔石。第2の証イエローベリル。

『平和』を司る神秘の魔石。第3の証ラピスラズリ。

『聖戦』を司る神秘の魔石。第4の証レッドアンバー。

『聖母』を司る神秘の魔石。第5の証クロスストーン。

『統治』を司る神秘の魔石。第6の証オニックス。

『栄光』を司る神秘の魔石。第7の証ターコイズ。

『知性』を司る神秘の魔石。第8の証マラカイト。

『勝利』を司る神秘の魔石。第9の証サードニックス。

『慈愛』を司る神秘の魔石。第10の証アメシスト。

『栄華』を司る神秘の魔石。第11の証カーバンクル。

『王者』を司る神秘の魔石。第12の証ブディッサイ。

 

名も無き使徒たちは魔大陸で魔神に挑み、十二の証を使って崩壊した魔界への門を開くと魔神ラプラスを魔界へと送って封じたという。その後、十二使徒は故郷に帰り、それぞれ神の信託についての『福音書』を書いたとされる。

 

そこからおよそ3000年の時が流れる、今から400年前。

封印された魔神は不完全ながら復活し、ラプラス戦役を起こした。

 

 

以上が第二次人魔大戦、黄金騎士アルデバランの封印戦、魔神封印戦に関する人族に残された歴史の経緯となる。残念ながら魔大陸で起こった出来事については戦闘があったのかどうかも良く判らず曖昧だ。ほとんどが妄想の部類だと思える。

少なくともオルステッドから天空の三騎士や十二使徒の話を聞いたことはなく、また技神と魔神がラプラスの分離したものだというならば人族の伝承は大事な部分が間違っていて信用性に欠ける。

もう少し正確な情報を得るためにはラノア王国のようなラプラス戦役以後に出来た国ではなく、アスラ王国の王立図書館かミリス神聖国の蔵書を読むべきだろう。

 

十二の証は運命石と同じく魔石だとギゾルフィは言いたいのだろう。そして『超越者』、使徒。その辺りの分析は後でロキシーとやろう。正直なところギゾルフィの言う運命石や十二使徒の証なる便利道具(アイテム)が現実に存在するとは俄には信じ難い。

オルステッドが集めていないなら眉唾物だろう。そもそもヒトガミは夢のお告げはできても力や道具を授けることはできないはずである。

 

ただ、今回得た知識は無駄にはならない部分もある。

人族が知り得る歴史が誤りや辻褄合わせがあるとしても、単なる噂や伝承だけでは歴史書になり難いだろう。

つまり天空の三騎士や十二使徒は居て、強力な装備品がどこかに眠っているという可能性はある。天空の三騎士は名前もあるので魔神封印戦よりはそれなりに信憑性も高いだろう。

 

そんな内容をロキシーがレポートとして清書している。

ロキシーの向いに座った俺は『転移災害に関する分析』と題した別のレポートを書いている。隣に座っていたはずのエリスは居ない。

彼女は図書館に来て、右も左も分らず手持無沙汰にしていた。

俺達がレポートを書き上げるまでただただ待たせるというのも気の毒なので、時間が潰せるように本をピックアップして渡したのだが、

 

「なんだかここにある本って小難しくて嫌いよ。

 ルディの本の方が読みやすいわ」

 

とのこと。前世の彼女は火魔術を覚えたがっていたような気がしたんだが違うらしい。

数ページ読んだっきり居眠りし始め、ひと眠りして目が醒めた彼女は俺達を見てまだ長く掛かると察したらしく、

 

「散歩してくるわ」

 

と言い残して図書館を出て行ったきり、まだ帰ってきていない。

 

 

--

 

 

図書館から出ると陽が落ちてもう真っ暗だった。

 

「エリスさん、大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫ですよ。

 それよりも母さま達に怒られてしまう気がします」

 

俺とロキシーはレポートを夕方には書き終えて、それからお互いに指摘しあった。

指摘したポイントをブラッシュアップしていたら、もうこんな時間だ。

流石に今からギゾルフィの研究室に押しかける気にもなれない。

 

「それは仕方ありません。

 正直に話をして叱って頂きましょう。

 でもまずはエリスさんを探さないと」

 

「なら任せてください」

 

俺は背嚢に入れていた薄い金属板を取り出し、エリスからもらった剣を板の中央付近にある場所に置く。

それから魔力を込める。

金属板が薄赤色に励起し、聖級結界魔術・域内探査(ルームコンパス)を構成する。

発動者を中心に不可視の魔力波が広がっていく。

まもなく1つの方向から波が返って来た。

応答のタイミングを考えると、距離もわかる。

 

「どうやら食堂にいますね」

 

「では向かいましょう」

 

俺達はそう言葉を交わして食堂に向って歩き始めた。

道すがら「いつぞやの空気を感じるやつですか?」という質問には、闘気を使った索敵はパッシブソナー、ルームコンパスはアクティブソナーだという説明をする。さらに、魔法大学の多くには耐魔レンガが使われているはずなのでその辺りも考慮しないといけないとも答えた。しかし、ロキシーは耐魔レンガの話に疑問符を浮かべていた。どうもロキシーが通っていた頃には耐魔レンガは無かったらしい。

 

入り口から食堂で黄昏るエリスを見つけると、窓から外を眺めていた彼女もこちらへ振り向いた。

そこからの彼女の動きに迷いはなかった。軽快に走ってくる。

 

「遅くなってゴメン」

 

合流してすぐに俺は謝った。

 

「気にすること無いわ。私も手伝えれば良かったのだけれど手伝わなかったわけだし。

 それよりレポートは書き上がった?」

 

走って僅かに乱れた髪を直しつつ、エリスからそんな言葉が返ってくる。

 

「バッチリです」

 

良い感じにサムズアップするロキシーに合わせて俺も頷く。

 

「なら明日、おじぃさんの所にいくのが楽しみね」

 

「ええ」

 

「さぁ(うち)に帰ろう」

 

帰途の間に1人でエリスが何をしていたかを聞き、面白い人物に出会った話をしてくれた。その話は中々に興味深いものだ。

まぁそれはそれとして。

 

 

次の日になって3人揃ってギゾルフィの研究室に行き、挨拶もそこそこにレポートを提出すると、ジーナスの所で話をしてくるようにとお遣いクエストを賜った。

それで青い屋根の教員棟へと赴き、職員室の中でジーナスを探した。

俺の記憶の中では職員室の端で大量の書類と格闘しているのが彼の姿だったが、そこにはまぁそこそこの書類の山と闘う別の男が居た。その男は見たことがない訳ではない。名前は忘れてしまったが俺の記憶では副校長だった男だ。彼が今の教頭らしい。

 

そこからもう一度、室内を見渡す。

教頭と二分するように書類の束を積み上げている男がいる。

未だ顔は見えないがきっとジーナスだろう。

俺は2人を連れて、一直線に机に向かって行った。

学生ではない俺達だが、制服という目印がなければ他の教師から奇異な目を受けることはなかった。

 

「こんにちは、ジーナス教師」

 

「やぁ、ルーデウス君。それにロキシー、後はエリスさんだったかな?」

 

「ええ」

「こんにちは」

 

2人も返事と挨拶を返す。

 

「何か御用かな?」

 

「はい。

 賢者ギゾルフィは忙しいということで、先生からお話を伺うように頼まれたのですが詳しい説明は頂けませんでした」

 

「まぁあの方らしいです。

 良いでしょう。何の事だかは概ね判りますので」

 

そう言ってジーナスは苦笑しつつ、書類に1つハンコを押印し、彼からみて右側の書類の山の一番上に乗せると立ち上がった。

そのまま彼が歩きだしたので俺達は後に続く。

行先は面接室だった。

 

部屋に入り、座り出されたお茶を一口する。

ジーナスも仕事で疲れているようで、一度、目頭の左右のくぼみを摘まむ姿が見えた。

そんな男が話を切り出す。

 

「用件は2つありますが、1つ目はお父上の腕を治す件です」

 

「朗報でしょうか?」

 

「いえ、中立ですね」

 

「というと?」

 

「申し訳ありませんが、魔術ギルドも魔法大学もあなたに帝級治癒魔術師をご紹介することはできません」

 

「私がSランクの危険人物だからですか?」

 

「違います。方々を探しましたが見つからなかったのです。

 それで一番、良い方法としてご提案できるのがルード・ロヌマーなる謎の冒険者です」

 

俺はジーナスの言に渋い顔をしたかもしれない。

あまりのことに黙ってしまった。

すると隣のロキシーが話はじめた。嫌な予感がする。

 

「その名前は……久しぶりに聞きましたが確かにそうですね」

 

「ロキシー。

 その口振りですと貴方がシーローンで魔術顧問をしていたときの話なのですね?」

 

「はい。

 名だたる迷宮を総ナメにした彼の話で王宮は持ち切りでしたので。

 そうですね。

 パルパライソ大迷宮の最深部で守護者にやられて死にかけていた剣士を救った話ですか」

 

「ええ。

 下半身を失って死にかけたSランク冒険者を帝級治癒魔術で治療した話はこちらでも噂になりました」

 

あーあの時の。

 

「そいつに頼めば小父様の腕が治って強くなるってこと?」

 

「そうなりますね」

 

「なら、是非見つけないとね」

 

毎日剣の相手をしているエリスも相当にやる気だ。

その顔を見て、俺は頭痛の兆候を感じた。

 

「それで2つ目は妹さん達の件です」

 

「あぁ、ええと何か?」

 

「できれば早めに試験を受けて頂きたいと思います。

 表立ってフォローできない部分はご自宅で身に着けて頂けると双方のためになると考えていますので」

 

「なるほど。

 それでいつ頃伺いましょうか?」

 

「6日後の日が暮れてから、学生が居ない時間に対応致します。

 小さい子には少し辛いかもしれませんのでお昼寝をさせて、万全な状態できてください」

 

「判りました。両親に伝えておきます」

 

ジーナスとの話が終わる。

その後にギゾルフィの所にもう一度出向いたが、レポートの確認はまだ時間がかかると言われて自宅へと戻った。

 

--

 

両親達に受験の日時だけを伝える。

パウロの腕については夜にロキシーと相談することにした。

 

「付かぬ事を訊きますけれど、ロキシーはルード・ロヌマーについていか程のことをご存知なのですか?」

 

「あの仮面の剣士のことは噂が独り歩きしている部分もあるようですね。

 高度な短縮詠唱を使うとか、尋常ならざる剣術の使い手で迷宮の守護者を一撃で屠ったとか。

 でもジーナスの話していた治癒魔術の件なら私の知り合いの冒険者のことですから本当のことですよ。

 彼が人を騙すために作り話をするとは思えません」

 

あの剣士はロキシーの顔見知りなのか。

聞いていて頭がクラクラした。

 

「あのーー。

 急に話が飛ぶようで恐縮ですけれど、転移災害の前に僕は商店を使って資金稼ぎをしていました。

 ただどうしても少しお金が足りなかったのでですね」

 

「ええ」

 

「そのシーローン他、有名な場所の迷宮を攻略して荒稼ぎしました」

 

「……それが今の話と何の関係が?」

 

「当時の僕はロキシーに自分の活動がバレるのは良くないと思っていました。

 だから仮面をつけて顔を隠し、偽名を名乗っていました。

 その時に名乗った名前がルード・ロヌマーです」

 

「パルパライソの迷宮でアッシュを助けたのも?

 その辺りについて日記には何も書いてありませんでしたよね?」

 

「調子が悪かった時のことはあまり思い出したくなくて。

 すみませんが、その時期の日記も飛び飛びです」

 

「そうですか。

 無詠唱魔術に独自の剣術。

 ルード商店。ルード鋼。ルード・ロヌマー。

 言われてみればルディに合致しますね。

 なぜか思い当たりませんでした」

 

俺はロキシーの瞳をじっと見つめたまま、それ以上を口にはしなかった。

 

「だとすると、なるほど。

 この展開は困りましたね。

 少し待ってください」

 

言われた通り少し待つ。

 

「いいでしょう。

 それでどうしたら良いとルディは思っているのですか?」

 

本当に少し待っただけでロキシーはそう言った。

 

「冒険者ギルドにルード・ロヌマーの捜索依頼を出しておき、折を見てルード・ロヌマーを名乗り、ギルドに行き対応しようと思います」

 

「捜索依頼を出すのはあまり好ましい方法には思えません」

 

「問題があるということですか?

 例えば、こちらの事情を調べることで帝級治癒魔術師を探していることが分かってしまうとか?」

 

「そして各国が彼を勧誘しようとすれば、この辺り一帯がきな臭くなるということです」

 

「言われてみれば。

 S級の危険人物と見なされている上に問題が起きれば、容易にギゾルフィの言葉が現実になると」

 

「ええ。相手が潜伏調査を望めば、簡単に潜伏できる大学は治安が悪化する可能性も高いです」

 

折角ラノアまできたのに妹達の安全が脅かされる理由を増やすのは愚かな選択だと言う訳か……。

 

「ではルード・ロヌマーも各国の注目の的なので使えないということですね」

 

「ルード・ロヌマーが最近の話題に上らないのはどこかの国の秘密機関に所属したから。

 もしくはそういった事態を嫌ったために姿を晦ましたのだと推測されています」

 

皆が欲しがる力を示せばどこかの国に引き抜かれる。断れば面倒な事態も待っている。

厄介だなぁ。

同じことが帝級スクロールを手に入れて治癒する場合にも言える。

そのスクロールの魔法陣の内容について俺達がコピーを取らないのは理に合わない話だと考えるだろう。

最悪、口封じのためだけに暗殺者が派遣される可能性もある。

 

「各国に警戒されていないフリーの帝級魔術師……。

 今から探して見つけるのは絶望的ですね」

 

俺は自分の考えの甘さをどう挽回しようかと頭を巡らした。

パウロを治してやることができる力を持っているのに。

こんなことならブエナ村でルード・ロヌマーを演じた方が誤魔化せた可能性が高いじゃないか。

 

「なぜですか?

 ルディ、簡単で容易な方法があるでしょう?」

 

そう言われてもピンとこない。

 

「流石、ロキシー。

 是非教えてください!」

 

「落ち着きましょう。

 簡単な方法ですよ」

 

「だから、どうやって?」

 

「あなたが治せば良いのです」

 

「しかし……それでは今度は僕が各国から勧誘を受けることになるのでは?」

 

「そもそもルディもジーナス達もルード・ロヌマーにそれをさせようとしていました。

 なら本質(・・)的にはルディが治すことになりましょう。

 ルディが治す。でもバレたくない。

 そういうことでしょう?」

 

「そうです」

 

「なら簡単ですよ。

 ルディが別の名前を名乗ってしまえば良いのです」

 

!!! これだからロキシーは痺れるぜ。

つまりルード・ロヌマーでない各国がノーマークな帝級治癒魔術師をさらに自演せよと神はおっしゃられた。その作戦、嫌いじゃない。

 

--

 

瞬く間に過ぎ去った秋。北方の大地にはまた長い冬が訪れようとしている。

子供が白いペンキをぶちまけたように、ところどころ白化粧を付けた様相は、厳しい季節が間近に迫っていることを如実に示す。

作物は育たず、屋内に引きこもった人々は実入りの少ない仕事をし、糊口を凌ぐ。

貧しき村では今年も何人が死ぬだろうかと指折り数える。

死のカウントダウンだ。

 

今日は一段と冷える。

もうすぐ大雪が降るのだろう。毎年、最初の雪が降る前は身体の芯から凍えるほど寒くなるのだ。

そうしたらこの見張り台に座って一時として居ることが叶わなくなる。

薄い板張りの壁と屋根を付け、その中から筒を覗き込むだけの簡素な見張り台。

普段の暇なときは筒を使って村の女性たちを覗くことを日課にしているが、こんな寒い日に外に出る物好きは居ない。

 

そんな静かな景色を見るはずだった筒の中の世界で、白煙と土煙の2色を棚引かせて走るのは何だろうか。この付近一帯を統括するために設置された小さな小さな冒険者ギルドの建物の最上階で見張りの男は目を凝らした。

 

ベガリット大陸という砂漠の大陸では常に暑さと戦わねばならぬと言う。

この地とは真反対の地にガラスという透明な素材があるらしい。

不思議なことに、それを使えば遠くの物が大きく見えるそうだ。

もしそれがあったなら大きなクマの怪物が何頭もこの町に向って走ってくる姿を捉えることができただろう。残念ながらこの寒村にガラスなるものはない。見えるのは白と茶色の煙だけだ。

 

だが見えなくたってわかることもある。

あれはラスターグリズリーの群れに違いない。

 

そう断定すると男は息を切らしてギルドの1階に降りていった。

 

「兄貴! ラスターグリズリーの群れが西の方からこっちに真っ直ぐ走って来やす!」

 

「数は?」

 

「わかりやぁせん。なにぶん遠くて」

 

「まぁいい。だが皮を剥げば今年の冬は良い暮らしにありつける」

 

「へぇ!」

 

兄貴と呼ばれた男は、目の前の丸テーブルに投げ出していた鞘に入ったままの剣を掴み取ると、慣れた手つきで腰のベルトについているピンに引っ掛けて、さらに胸ポケットに忍ばせていた紐を使ってベルトに鞘を縛り付けた。

具合を確かめるために、ひとしきり剣を抜き差しする音が鳴る。

 

「一応先生にも声を掛けておけ」

 

「でもあの先生は役に立たねぇんじゃ……」

 

「口ごたえせずにさっさといけ」

 

「へ、へぇ!」

 

見張りは全速力で先生の家の方向へと走って行った。

 

--

 

見張りの後ろ姿を見送りつつ、剣士は肩を回す。

 

「ったく。先生の強さを分らんとはベルゲンもまだまだだな」

 

剣士はそう呟いてギルドの建物から出ると、寒さが身に沁みる。

今日はここ数日で一番寒い。熊公もこんな日に何をしに来たんだろうか。

鍛え上げた身体でこの凍える冷気を吹き飛ばすために走り出す。

ラスターグリズリーが迫っているという西に向かって。

 

3匹までなら同時に相手にできる。それ以上で群れていたなら先生が来るまで時間を稼ぐ立ち回りをしよう。

考えながら町の建物が途切れたところまでたどり着くとそこには静かな田舎の大地が広がっていた。

町の人々が苦労して開墾に成功した畑が広がり、地平の向こうには森が見える。

いつもと同じように。

違いと言えば、数日前に軽く降った雪がところどころ融け出さずに残り、もう夏までは融けずに積もっていくだけなところくらいだ。

もしかしてベルゲンが見間違えたとかいうオチじゃねーだろうなと一瞬思い、その考えを自ら振り払った。

いくらベルゲンだってそんなミスはしない。

ならば、ラスターグリズリーはどこかへ行ったのではないか。

 

収穫の終わった畑を抜け、未開墾の背の低い草だけが生えた草原に出る。

道は頼りなく、この先に行くまでに途切れているはずだ。

俺はラスターグリズリーの足跡を求めて、そこから奴らがどこへ行ったのかを調べるつもりでいた。

だが、そこにあったのは予想を超えた事態であった。

 

目の前に熊の死骸が無数に散乱している。

そこに黒布を頭巾にして顔が判らないくらいグルグル巻きにした人物が立っていた。

 

「あんたがやったのか?」

 

驚きながら声を掛けると、黒頭巾がこちらを向く。

 

「ええ。

 森の反対側の村に相当な被害が出たので少し間引きしようと思いまして」

 

事も無げにそう言った声音は少年のもの。

一瞬、小人族の剣士かと思ったが、声の高さから事実少年なのだろうと判断できた。

黒頭巾の子供は俺よりずっと小さい背丈、抜き身の短剣を手に持ち、鎧を身につけない軽装備はまるでピクニックに来たかのような場違い感を出していた。その短剣で熊公を倒したのだろうか。

そんなはずはない。手に持つ短剣には熊公の血が全くついていないし、何より熊公達に剣で斬られたような跡が見て取れない。

そんな見るからに怪しい少年が熊公の爪や皮を剥ぎ始めた。

 

恐らくは魔術師なのだろうが、十数匹の熊公を僅かな時間で倒しきるとは並みの使い手ではない。

身のこなしもさることながら、冒険慣れした手付きで魔物をバラし、実用品としての価値がある部位を取り出していくその手付きが年齢に見合わない奇妙さを醸し出している。

作業が進み、周囲をえづくような臭気が立ち込めた。

俺は胸糞悪さを紛らわせるために言葉を放った。

 

「三大国の手の者かなんかか? あんた」

 

「違います」

 

少年は手を止めずに、あっさりと答えた。

それもそうだ。

ここは小国がひしめき合いながらも貧乏過ぎて戦争が起きない地域だ。

 

「じゃぁ、冒険者か」

 

「私はムーンシャドー。

 この辺りにある未踏の迷宮を探している 迷宮探索者(ダンジョントラベラー)です」

 

「シャドー??? 変った名前だな」

 

「申し訳ありませんが、故あって本名は明かせないのです」

 

「あぁそういうことなら俺もあまり細かいことは聞かねぇことにするよ」

 

「助かります」

 

「こっちこそ助かったぜ。

 これだけの魔物に襲われたら町は無事ではなかった。

 しかし、この周りに迷宮なんぞありはしねぇぞ」

 

「そうですか」

 

黒頭巾の少年の作業の手が止まり、肩を落とした。

それで少し俺も言葉を続けた。

まぁ助けてもらったお礼っていうヤツだ。

 

「あぁ待て。迷宮か。

 もしかしたら森の奥にはあるかもしれないが、村人で知ってるやつはいねぇだろう。

 まともな村人は森の奥には入らねぇからな。

 でも先生は知っているかもしれないな」

 

「先生?」

 

「この町で飲んだくれて住んでいる剣士がいるんだよ。

 あんたのようにちょっと事情があって外から来たんだが、詳しい事は誰も知らねぇ。

 とにかく町の用心棒として頼りになる男さ」

 

「そうですか。

 情報を教えて頂き感謝致します。

 でも私はそこに見える町の冒険者ギルドに問い合わせるつもりです」

 

「そりゃぁ残念だ」

 

「なぜですか?」

 

「俺がシャドーさんの言う冒険者ギルドの唯一の職員だからさ。

 ドラムメンって名前だ。

 よろしくな」

 

そう言って黒頭巾の少年に握手を求めた。

 

「兄貴! 兄貴!

 遅くなってすんません」

 

丁度その時、後ろからベルゲンの野郎の声がして俺は振り返る。

良く考えるとベルゲンも職員だから2人だったか。舎弟を勘定に入れるのを忘れていた。

まぁいいだろう。

 

「あぁベルゲン。

 丁度良いところに来た」

 

「丁度!?

 遅くなっちまったんだと思うんですが」

 

「観りゃわかるだろ、もう闘いは終わったんだよ」

 

「ええ!

 こんだけのラスターグリズリーをもう倒しちまうなんて流石は兄貴!」

 

「あぁ、おめぇは馬鹿だから説明してもどうせわかんねぇんだよ。

 それより先生はどうした?」

 

「へぇ! ここに!

 って、先生! んもぅ何処行ってんですか!

 俺が兄貴に叱られるじゃないですか」

 

ベルゲンは踵を返し、遠くに見える小屋の先からフラフラとした足取りの先生を無理矢理に連れて来た。

 

「なんだドラム。

 グリズリーはどこだよ」

 

「全部倒し終わりました」

 

「んだよ。

 ったく、無駄足じゃねぇか。

 心配性なんだよ。おめぇは」

 

「いえ、先生。

 そこの少年が」

 

「少年?」

 

そう言って先生が首を傾げる。ベルゲンも不思議そうな顔だ。

嫌な予感がした。

予感を振り払うように慌てて振り向いたのだが、予想通り居たはずの少年の姿はきれいサッパリ無くなっていた。

大量の剥ぎかけのグリズリーの死骸を置き去りにして。

 

 

この年、村では臨時収入のおかげで人死を出すことなく、無事に冬を乗り切ることができた。

 

 




-10歳と10か月
 ラノアに到着する
 ギゾルフィの研究を引き継ぐ
 運命理論について学ぶ
 運命石と十二使徒について聞く
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