無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第090話_為替レート

--- 多数決を取るのはどちらが正しいか判断できないときである。

  これ即ち、多くの人が正しいと感じることが常に正しいとは限らないことを意味する ---

 

冬になって一月が経ち、11歳になった。

もう転移災害から1年が経ったと考えると時間が経つのは早いものだ。

 

窓からのぞく庭の木々には白い粉がまぶされて、何とも寒々しい。

降り積もった雪は、心の裡にある悩み事を覆い隠すようだ。

だが同時に思う。

真実が一目で判るものではないように、この町の真実もまたこの景色からは判らないものだ、と。

 

人は一人では生きていけない。

人々が寄り集まって暮すのはその為だ。

それを町と呼ぶならば、今日もまた町では人々が力を合わせて何かを為しているはずなのである。

ここシャリーアもそれはきっと変わらない。

 

ましてここは学生の街。

ラノア魔法大学には老若男女が揃っているとしても、若者が多いのもまた真である。

若者が活力に溢れた存在の象徴といえるなら、この白いヴェールの町に隠し切れない活気が溢れ出しているのはそうおかしい話でもないのだ。

 

例えば苦学生がバーニングブレイズを使って雪掻きのバイトをするのも、裕福な学生がお茶とお菓子を摘まみながら、おしゃべりに興じるのも、どれもこの町の活気に繋がっている。

まるで活気が熱気となり、熱気が雪を溶かし、雪が融けて湯気を立ち昇らせるように。

窓からの景色では判らない賑やかさがこの町を冬の間も凍てつかせずに動かし続けている。

 

そんな町と同じように俺も襲撃への備えのために動いている。

やるべきことを着々と。

雪が積もるまでにエリスとパウロが毎朝・毎夕に警邏してくれたことで自宅周辺の治安はすこぶる良くなったし、俺とロキシーも共同して人形精霊と転移ノードを使った監視網を作った。

 

この新しい監視網に求めるのはブエナ村で用意した守護獣とは全く異なる役割だ。

元々、俺が麒麟に求めていたのは家族やブエナ村の安全だった。だから戦闘力を重視して召喚し、パウロやシルフィで対処できないような敵を排除させることを期待した。

それで十分だと考えていた。ブエナ村に王級以上の戦闘力を持った敵が来る必然性を認めなかった。

だが実際の脅威度はこちらの想定を越えた。ならば新しいシステムに求めるのは強さではなく、家族の安全でもない。それらは俺が担保する。

だから監視網には即時性―異変が起きた時にすぐに俺がそれに気づくことができる機能―を求めた。監視網が即座に連絡することで、俺は状況に応じて対処できる事態なら対処し、手に余るなら家族を逃がす余裕を手に入れる。

 

具体的には、ラノアの郊外にある監視施設が危険や不審者を感知するかもしくは定時連絡が途絶えると、最寄りの転移ネットワークから小鳥型精霊が俺のところに伝書鳩をしにくる仕組みになっている。

仕組みが万全でないことも判っている。危険や不審者を正確に検知するのは難しく、誤検知の度に人形精霊に埋め込んだ制御用の回路を改良しなければならないし、小鳥型精霊が俺のところに来るまでの時間もネックだ。できればキーワードを言うと色が変わる指輪を使い、最寄りの転移ネットワークから連絡を受けるのが便利だろう。

だが、そういう都合の良い魔道具がすぐに手に入るということもない。

そこに不満というか不安が残っている。

なるべく早く必要な魔道具を見つけておきたい。

 

--

 

そんな作業に一段落が着いたある日、ロキシーとエリスと俺が3人で町の中を歩いている。

雪と喧噪の町の中を。

家族にはギゾルフィの研究室に行くと伝えつつも、本当の行先はルード商店。

その先には雨季直前の大森林が待っている。

 

――話は数日前に戻る。

ロキシーとエリスと3人で自室であれこれと話をしていたときのことだ。

 

「ルディは夢の中では私と今頃旅をしていたのよね?」

 

「ルイジェルドさんと3人でね」

 

「その人って護衛をしながら戦士の闘い方を教えてくれたのよね?

 かなりのお人好しな感じの」

 

「子供好きな人だよ。

 500年以上生きてるせいでそこらの人族は皆子供扱いだけどね」

 

きっと本人に会ったら涙を浮かべながら「食べられる」とか騒ぎ出すに決まっているのに、お人好しと言ってしまう辺りに笑いを隠し切れなかったが、なんとか噴き出さずにそう応えると、

 

「それで今頃はどの辺りに居たのよ」

 

エリスは自分がしたかもしれない旅に興味があるらしい。

これまでも魔大陸での旅については聞かれるがままに話してきているからかもしれない。

 

「転移災害から1年となると、うーん。

 たぶん魔大陸を抜けて船でミリス大陸に来た頃かなぁ。

 雨季は獣族の集落で足止めさせられて。

 その前って何かあったかな」

 

定期的に自分の書いた未来日記を読み返しているが、エリスが興味を持ちそうな出来事があっただろうかと、頭を捻ってみる。

 

「獣族!?

 ギレーヌやエルーニャみたいな子がたくさんいるのよね?」

 

「そうだね。

 沢山いるし、そういえば聖獣と初めて会ったのもその頃の話か」

 

「よくドルディア族に受け入れられましたね。

 獣族は閉鎖的ですから普通はザントポートで雨季が終わるのを待つものです」

 

これまで隣で黙って話を聞いていたロキシーの言葉に含まれるのは、感心か(あき)れか。

どちらにせよ、彼女の大森林を旅した経験がそうさせたのだろう。

 

「そうなの?」

 

「ええ。

 雨季の大森林は大変危険です。

 人の背を超える程に雨が降り、道を歩けなくなります。

 筏を作っても複雑な水流と立ち木に阻まれてまともに進むことはできませんし、流された先で迷子になるのは必至ですね」

 

「木から木へと伝って行けば良いんじゃない?」

 

「馬車も船も無ければ食糧は背負える分だけになります。

 それに火を焚くのも困難で、なによりエリスさんの寝相の悪さでは毎晩、木から濁流の中に落ちることでしょう」

 

「……それは死ぬわね」

 

「もし獣族に受け入れられなければ危なかったでしょう」

 

「ルディも意外とおっちょこちょいな所があるものね」

 

「うーん。

 何か違う理由があった気がするんだけどなぁ」

 

どうして俺は獣族の村に居たのだっけ?

 

--

 

少し話は戻り過ぎた気もする。

本題はこれから。

そんな会話をしていた夜。

 

俺は夢を見た。

記憶の欠片(ピース)が繋がって、いくつもの風景になっていく夢だ。

 

牢屋に現れた猿顔の男。

産まれたままの姿で飲むやけに美味いスープ。

柔軟剤を使った犬。

胸の無いギレーヌ。

カーテンで作られた服をきた少年少女たち。

 

「っ!!」

 

俺は飛び起き、その拍子に掛かっていた布団がめくれ上がる。

隣で目を擦りながら起き上がるロキシーが「どうしました?」と小さな声で呟いた。

反対側で寝ているエリスは我関せず夢の中だ。

 

俺は再び横になり、布団を直す。

 

「今日、前世の話をしたでしょう?」

 

「ええ」

 

「転移事件の後の」

 

「はい。しましたね」

 

「これまで思い出せていなかったので日記に書いていないのですが、そういえば聖獣の誘拐事件があったのです」

 

「それは……相当大きな事件ですね」

 

「まぁ未遂で終わりましたので大きな問題にはならなかったのですが、犯人一味の1人と誤認されて僕は族長筋の村の牢屋に投獄されました」

 

「なるほど。

 それでザントポートでなく、大森林で雨季を過ごす流れになるわけですか」

 

「そうです」

 

言いながら、ロキシーが横になったままで欠伸をした。

 

「また、明日の朝にお話ししましょう」

 

「ですね」

 

返事をしたときにはもうロキシーの口からすぅーと寝息が聞こえて来ていた。

 

--

 

一夜明けて。

 

「昨夜の話ですが」

 

「昨夜?」

 

ロキシーはエリスと目で会話して、エリスが頭を振ると首を傾げた。

どうやら覚えていないらしい。

 

「あー。

 えっと、昨日した獣族の話について少し思い出したことがありました」

 

エリスは獣族の話ということでまたもや目を煌めかせ始めている。

 

「何を思い出したのですか?」

 

「なぜ僕が族長筋の村で雨季を過ごしたのかという話についてです」

 

俺はそこから思い出したことをつらつらと説明した。

 

「――と言う訳ですので、レオもとい聖獣が誘拐されるのを阻止したいと思います」

 

エリスが立ち上がる。獣族に会いに行けるというのでテンションが上がっているのだろう。

いつもより一段と身のこなしが軽く見える。

一方のロキシーは対照的に座したまま何かを考えていた。

そしてこちらを見て、

 

「あの疑問なんですけれど、聖獣様を誘拐しようとした犯人は結局誰なのですか?」

 

「それは密輸組織です」

 

彼女の疑問に俺はソファから浮かせていた腰を戻して応えた。

 

「はぁ。

 密輸組織はなぜそのようなことを?」

 

「え?」

 

「今のお話ですと、何十人、50人でしたか?

 各部族の子供たちを誘拐したわけですよね?」

 

「そうです」

 

「それは聖獣様の護衛を手薄にするための作戦だった」

 

「そう聞いています」

 

「それで聖獣様を誘拐できた。

 作戦は成功したわけですね」

 

「はい」

 

「その犯人は、それだけの大規模な作戦で聖獣様を誘拐してどうするつもりだったんですか?」

 

「それは……判りません」

 

「ルディ。その記憶が確かなものかもう一度思い出してください。

 何か大事なポイントを忘れているのではありませんか?」

 

俺は言われて、あれこれと思い出してみる。

しかし、俺が何となく理解している内容はこれで全てだ。

そもそも俺はその事件の解決に直接、関わったわけではない。

 

「説明したと思いますけど、僕は密輸品を保管する倉庫で戦士長ギュエスに倒されてしまいました。

 ですから、その後の経緯はあくまでも伝聞です」

 

「夢の中のエリスさんや護衛のルイジェルドという方から聞いただけの話だったと言いたいのですね?」

 

「そうです。だから今まで記憶も曖昧だったというか」

 

俺は三食昼寝付きの牢屋で全裸でのんびりしていたのだ。

 

「良いですかルディ」

 

ロキシーが人差し指を立てて殊更、先生っぽい動きをした。

俺は真剣に聞くためにソファの上で正座する。

 

「誘拐された子供たちは魔大陸に移送する手筈だったと言いましたね。

 魔大陸に子供を連れて行って奴隷として売る。

 魔大陸の貨幣価値を知っていれば、そんなことをしてもはした金にしかならないことは自明です。

 密輸組織は慈善団体ではありません。

 そうですね。私がもし密輸組織の幹部なら商品はアスラ王国に売るでしょう。

 獣族の奴隷化は禁止されていますが、闇取引を通じて高値で買い取ってくれる貴族がいますからね。

 私でなくとも手練れの密輸組織ならその辺りのことを承知していないわけがありません」

 

「当時、転移災害によってボレアスは甚大な被害を受けていました。

 その窮状を考えると奴隷を買う余裕はないと思います。

 それに」

 

「元々は聖獣様を誘拐するための目眩(めくらま)しだったから」

 

俺が反論を繰り出そうとするのをロキシーが遮った。

ロキシーは続ける。俺はそれを黙って聞くしかなかった。

 

「そして雨季が来る直前に密かに子供たちをウェンポートへと出国させ、追撃の手から逃れようとした。

 ザントポートの役人がその辺りをお目こぼししていたために相当額の賠償金を獣族に払ったとも言いましたね」

 

「はい」

 

「手間も時間もリスクも高い。

 そこまでして聖獣様を誘拐して一体何をしようというのですか?」

 

ロキシーの確認を聞きながら、俺も自分の説明がおかしいことは判ってきた。

当時は気にしていなかったんだが。

あの事件にはまだ俺の知らない裏があるのだろうか。

そしてロキシーは俺に同じ質問をしてきている。

 

「何をって……」

 

俺はその質問に対する答えがまだ見つからない。

ただ、「判りません」と同じ応えを繰り返すのが正しくないとは思った。

 

「聖獣様の力を抑えるための結界に魔道具。

 大規模な作戦。組織にしては杜撰な意思決定。

 ルディの言っていることだけで組織が動くとはとても考えられません。

 組織の幹部や役人が誰かに唆されていたのならその限りではありませんけれど」

 

結局、ロキシーは俺の答えを待ちきれずにそう語った。

 

「存在αが仕掛けたことだと言うんですか?」

 

「そうとは限りません。

 ですが、今のルディの説明が事件の真相と言うのはいささか説得力に欠けるでしょう」

 

「まぁ。そうかもしれません」

 

「今回のことの真相が判ったとしても何かが変わるとは断言できません。

 でも何か1つのすれ違いで真実が見えなくなってしまうことがあると思います」

 

「今回の案件がそれに当て嵌まると」

 

「もし私の推測の通りなら」

 

ロキシーが何を推測したのかは分からない。

そして教えてくれるつもりも無いらしい。

 

「どちらにせよ聖獣様を助けたいというルディの気持ちは判っているつもりですし、止めるつもりはありません。

 ただ何かを見逃しているかもしれないのなら、今回の介入に対して最後まで見届けるつもりで臨んだ方が良いと思います」

 

「そうですね。

 慎重に行きたいと思います」

 

そんなやり取りがあって数日が経つ。

エリスはすぐにでも獣族の村に行くと勘違いしていたらしく、「まだなの?」と毎日のようにラノアの自宅で俺を急かした。

彼女を宥めながら俺はスパルナを駆り、ルード商店ミリス支店を出発点に炭鉱族、小人族、長耳族の集落近くに各1ケ所、獣族のテリトリーの東と西の端に1ケ所ずつ、最後にザントポートの郊外に1ケ所、あわせて6ケ所の転移ノードを新設した。

 

 

--

 

準備が整った次の日。

俺達3人はラノアのルード商店から転移ネットワークを経由して、ザントポート近くの森の中に到着し、まず冒険者ギルドに向った。

 

3人揃ってザントポートの冒険者ギルドの門を叩いたのには理由がある。

例えば冒険者ギルドの造りや役割は概ね全世界共通であり、似たようなパターンで情報収集ができるのだから、ギルドでの調査を2人にお願いしたほうが作業の分担にはなる。

ましてロキシーもエリスも新人冒険者ではなく、信頼できる。そして俺だけ商会の事務所を周って来る訳だ。

でも、どうせ後で話し合いになり、そこであーでもないこーでもないと確認するハメになる。伝言ゲームになれば効率は低下する。

なら最初から3人で一緒に行動して、情報源からの生の声を聴き、それぞれに意見を持った方が良い。

 

ギルド内を見渡す。

入り口の脇に(たむろ)していた者達の中には大森林の種族が数人混ざっているものの、半数は人族だ。

その者達に話しかける。

なんとなく魔大陸に腕試しに行く予定だと匂わせて、出国の手続きや条件について聞いてみる。

目敏い者はこちらに魔族がいることを察知して、やや不審げではあったが説明してくれた。

 

話はこうだ。

ザントポートからウェンポートに船で移動すると、ミリス神聖国の出国とウェンポートを支配する魔王領への入国が同時に起こる。

この際、ミリス神聖国は税金を取る。

ミリス神聖国が金にがめついという訳ではない。

人族の国であればどこでも同じで、国が輸出したいもの、輸入したいものには税金が掛からない。

一方で国が輸出したくないものには高い輸出税を、輸入したくないものには高い関税が掛かる。

荷物だけでなく人に対しても入国税という形で金が掛かり、荷物と同じように入国して欲しくない種族には高い入国税が掛かる。

そしてミリス神聖国には魔族を排斥する一派がいるため、魔大陸との交易が拡大しないように物価を凡そ10倍に設定している。

こうすることでミリス側から魔大陸と交易する意味が無くなる。

逆に魔大陸側からは本来メリットがあるのだが、関税を法外な値段に設定することでメリットを相殺している。

 

それに比べてウェンポートを含む魔王領は税金を取らない。

いや、ここ以外の魔王でも同じだろう。

そもそも魔王は政治をしていないし、金を集めてもいない。ふらっとどこかに行って帰って来ない魔王もいるし、ひたすらに武を求めるだけの魔王もいる。

魔王達が信じるのは力と知識であり、生きるのに必要なのは酒と食糧。

となれば、わざわざ面倒を背負い込むだけの政治をする必要を感じないのだろうし、土地の管理もしていないもんな。

ウェンポートにある関所もミリス神聖国の出張所だという話だと聞く。

 

そこまで話を聞きだして、俺達はついでに冒険者なら誰もがする、ギルド依頼の確認をする。

そして、あまり印象に残らないようにそそくさとその場を去り、次に港に向った。

 

港の近くにある関所。

その壁に貼りだされた来航予定表を見る。

予定表は毎月2回定期便が来ていることを示す。先月も来月も2回だ。

だが今月は3回。定期便とは別に新造船のテスト便がくると書かれている。

10日後に到着し、帰りの荷を積み込んだら到着の2日後の朝、早々に出港するということが判った。

俺達はそれを確認すると、受付には寄らずにそのまま関所を去った。

 

『新造船』。ピンとくるものがあった。

雨季間近、既に事件は起こっているのかもしれない。

 

--

 

その後、宿は取らずに一旦ラノアに戻り、家族と過ごし、夜は仕入れた情報の整理をする。

話を聞いてそれぞれが感じたこと、疑問点を話し合う。

そんな中、情報交換会の終わりにロキシーが話した内容は印象的だった。

 

「お2人は貨幣・紙幣の価値というものについてどう理解していますか?」

 

「銅貨10枚で大銅貨1枚、大銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚よ」

 

ロキシーの質問にエリスがそれくらい判るわっといった感じで答えた。

エリスの答えとロキシーの表情。

俺は別の答えを口にした。

 

「魔大陸の屑鉄銭がミリス大陸の銅貨と交換できます。

 同じようにミリスの大銅貨がアスラの銅貨と交換できます」

 

俺の答えにロキシーは頷いたものの、どうやら満足のいく答えではなかったようだ。

表情で判る。

 

「エリスさん。

 銅貨10枚で大銅貨1枚になるのはなぜですか?」

 

「なぜって。

 だって昔にルディがそう言ったんだもの。

 それに町でお金を使うときもそれで間違いなかったわ!」

 

「そうですか。

 では銅貨10枚に使われている銅の量と大銅貨に使われている銅の量、どちらが多いと思いますか?」

 

「知らないわ。

 それと今日の話と何か関係があるの?」

 

「そうですか。

 判り易く話そうと思ったのですが……」

 

「つまりロキシーは、

  『アスラの貨幣価値は使われている金属の含有量によって決められている訳ではない』

 そう言いたいのですね」

 

「その通りです。

 ルディ」

 

「それで?」

 

「金銀銅のそれぞれに相場があり、価値があります。

 ですからずっと昔は、それらの含有量で貨幣の価値というものを決めていました。

 秤量貨幣(しょうりょうかへい)と言うものです。

 ですが含有量は溶かしてみないと判らないことが多いので贋金(にせがね)が多く出回りましたし、取引をするのに毎回天秤で量るのは効率が悪いということになりました」

 

「そうね」

 

「ですから、アスラ王国は金銀銅と交換できる通貨を造りました。

 通貨を持って王国造幣局に行けば、決められた重さの金銀銅と交換できる通貨です。

 これを兌換(だかん)通貨と言います」

 

金本位制とか銀本位制というヤツか。

でもたしかそれには限界があって……。

 

「ですが埋蔵金属に限りがあるために、兌換通貨では採掘できた金属以上には通貨を発行できません。

 採掘量より経済規模の拡大が上回ることにより貨幣の流通量が不足する事態に直面しました」

 

「流通量が不足すればデフレになりますからね」

 

「デフレ?」

 

「あぁ、えっと。

 貨幣の供給が追い付かないために、経済が収縮し始める現象の事を言うのですが、何の本で読んだっけな」

 

「ルディも商人なればその辺りのことは知っているようですね。

 私は専門の用語は知りませんが、昔に少し習ったことが今日の話に繋がると思います。

 とにかく通貨の供給を間に合わせるために通貨と金属の交換は行われなくなりました。

 これを不換(ふかん)通貨と呼びます」

 

「交換しないなら価値が無いんじゃないの?」

 

「いえ、王国の行政府は税金の支払いを王国発行通貨で支払うように取り決めたのです。

 故に王国発行の通貨には、税金という相対的な価値が生み出されました。

 これは表現を変えると、政府が発行通貨の価値を決めたということになります」

 

「税金を支払うための通貨をなんで普段の生活で使うのよ」

 

「それが便利だからですよ。

 勝手に決めても皆がその価値を信じていれば、良い訳です」

 

「信じる?」

 

「そうです。

 アスラ王国が豊かだから。ちゃんとした王国だから。急に破産したりしないから。

 そういう信頼がこの貨幣の価値を決めているのです。

 ですから不換貨幣は信用貨幣とも呼ばれています」

 

「なら、ミリスで使われる王札や将札というのも教皇の信用によってなるわけですか」

 

「そういうことになりますね。

 交換レートが違うのは信用の違いではなく、価値の与え方が異なっているからですけどね」

 

「あぁ、なるほど」

 

「ちょっと。

 それが今回の話とどう関わってくるのよ」

 

「魔大陸では税金もなければ宗教もありません。

 魔王様には信用がありますが、結果、貨幣というものを用意していません」

 

「待ってください。

 魔大陸には貨幣がありますよ」

 

「それは各魔王領地の通貨ではありません。

 魔大陸で活動する商会と各種ギルドが信用を担保する形で発行している魔大陸共通通貨です」

 

「なるほど……」

 

「それでエリスさんの疑問に答えるとするならですね。

 冒険者の方に聞いた話ではミリス国が魔大陸と交易をしたがらないのは魔族排斥派がいるから、と冒険者ギルドで聞いた話がありましたね。

 ですが私はそうではないと考えているということです」

 

「じゃぁ何なのよ」

 

「これまでの話からすると魔大陸では政府信用の発行通貨がないから、というのが原因になるのでしょうね」

 

「そうです。

 不換貨幣の流通量は行政府による管理の下で行われますから、経済規模、貨幣の需要に合わせて正しく流通量を制御しなければ不換紙幣であっても供給不足または供給過剰になる可能性を持っています。

 だから正しく制御する信用を行政府が持っている必要があるのです」

 

「なるほど。

 魔王たちは行政をしない。

 魔大陸で共通通貨を発行している商会や各ギルドにはその信用がない。

 それは貿易相手として相応しくない、ということなんですね」

 

「相応しくないというか、そのような国と貿易を行うと自国の通貨の管理が難しくなってしまうのです」

 

「だから、ミリスは魔大陸とは貿易をしないというわけですか」

 

「私はそう考えています」

 

魔族排斥の教義によるものであれ、管理通貨問題によるものであれ、ミリスは魔大陸と貿易をしたくないということに代わりはない。そして、なぜ大量の獣族を奴隷にして密輸しようとしたのかは謎のままだ。

それを明らかに出来る相手は誰だろうか。

本人に聞くなら密輸業者の幹部だ。

だが俺はこの時代の誰が密輸業者の幹部なのか知らない。三下なら判るだろうが、そこから幹部の所まで調べ上げるには相当な手間がかかるだろう。

ならその線は無しだ。

別の線を考えるとするなら船会社とザントポートの商人組合くらいか。

 

なら明日はどちらかに話をしに行こう。

 

 




次回予告
使われた魔道具と魔法陣。
誘拐された聖獣。
聖樹とはなんぞや。
限られた力で関らせられたのだとしたら
何に気付いて欲しかったのか?
分からない事だらけのままで、
なぜ誰も気に留めてくれぬ。

次回『魔女デネブ』
ヤダ、み~つかっちゃっタ。
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