無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第096話_ナナホシの一年間_3つの指輪

--- イフ シックス ワズ ナイン ---

 

王都アルス。

街を突っ切る大きな通りから少し奥まった下宿。

小汚い宿は廊下に渡された板がギィギィと軋む安普請で、下級市民街にありがちな雰囲気をよく表しているみたい。

 

この宿に決めたのはなるべく不便で安い場所にしたかったから。

どれくらいかっていうと、綺麗な飲み水は水差しで提供される。だけど蛇口はなくて飲み水の使用量には制限がある。もし足りなければ自分で井戸へ水を汲みに行かなくちゃいけない。

下水設備はあるのよね。おかげで悪臭は最小限で私がギリギリ我慢できるライン。

オルステッドは私の健康を憂慮してもっと高い宿を勧めてくれたけど、それを断ってまでそうしたのは理由がある。

 

フィットア領に転移し、そこからドナーティ領を経由して色々な事があったし、色々な事を考えた。

すぐに始まったのは行先の判らない旅だった。

オルステッドと共に舗装もされていない道を歩き続け、夜は野宿し、喉が渇けば川の水を沸かして飲むサバイバル生活。

トイレも外だし、トイレットペーパーもない環境ではお尻を拭くのに何を使ったと思う? 小石よ。小石。なるべく丸いやつね。

お風呂にも入れなくて髪のベトつきの不快さもひどいもの。

こんな事を続けるのなんて無理だって泣きそうでいた。

だけど不思議よね。どれも数日の内には何のことも無いように慣れてしまった。

 

何日かした或る日、ルーデウス・グレイラットが空から現れた。

大きな鳥に乗って来た彼は、こちらにきて初めて日本語が通じた相手だ。

私はこの世界で独りじゃない。そう感じたら涙が出そうだったけど、外国人の人の目の前で突然泣き出したらどう思われるか判らなくて挙動不審になってしまった気がする。

そうして彼は私とオルステッドに本を手渡して去って行った。

 

その後、オルステッドは昼夜の区別なく休憩の度にルーデウス・グレイラットの本を読むようになった。

本の有る無しに関わらず旅に会話はない。まぁ話しかけられたとしても理解は出来なかっただろうから、それは仕方ない事と思う。

ちなみに私にも渡された本があって昼間はそれを読んでいた。でも目が悪くなるのが嫌で夜はすぐに寝ておいた。だって眼鏡があるかもわからないじゃない? そうして空を見上げながら過ごす夜は吸い込まれそうで、なるべく考えないようにしてもどうしても不安が募っていった。

 

小高い丘から初めて見る街並みに、少しだけワクワクする。

まるで海外に残る古い田舎の街並みがそこにあったから。

と、同時に建物や町の大きさからこの世界の文明の低さも判ってしまった。

それでもいい。せめてベッドで寝れたらいい。

きっとあれくらいの街なら宿屋があってベッドもあるはず。

なのに街を目の前にしてオルステッドは街へと入らなかった。

日が暮れるまで丘で待機してまた野宿かと覚悟を決めたところで、ようやく動き出し、まるで隠れるように宿へと入った。

オルステッドを見た、店主は泡を吹いて倒れてしまった。

どうしてこんなことをしたのか。

後で判った事だけど、それはオルステッドに掛けられた呪いのせいらしい。

 

宿の設備をみて、風呂もシャワーも石鹸もシャンプーも無かった事に愕然とした。

慌てて本を斜め読みしてみると、どうやらこの世界ではタオルで身体を拭くくらいで済ませる習慣らしい。

蛇口も無くて宿屋が置いてくれる水差しを使うか自分で井戸から汲んでくるルール。

井戸の使い方も桶の借り方も本に書いてあったが、急に無気力が襲ってきて久しぶりのベッドでふて寝した。

 

2日程宿屋に放置された私は、その間に本を読んだ。

本にはこの世界の注意点が幾つか、なぜ自分が転移してしまったかの予想、転移者の体に起こる不思議な事。

それに言語と文字の基本、日常会話のイディオムが書かれていた。

 

戻って来たオルステッドは現地の服と靴を与えてくれた。

生地の薄い服、靴は機能性が低くて履き心地も悪い。

不満の塊だったが、それでも元から履いていた服や靴は大事に取っておくべきだと思ったし、異世界人の服装は目立つのかもしれない。

そう考えて渡されたものに着替えた。

 

そしてまた旅が始まった。

20日ほどを踏破して現れたのは巨大な壁に囲まれた町。

いくつもの城壁に囲まれた都市。王都アルス。

 

オルステッドはゆっくりと単語を選びながら私にここで生活すると良いと説明した。

手渡されそうになる金の入った袋を押し戻し、「最低限の生活が出来る場所で良いから連れて行って」と本を見ながらなんとか言葉にした。

「金の心配をする必要はない」とオルステッドは言ってくれたけど、甘やかされれば元の世界に戻る気持ちも薄らいでしまうかもしれない。

そう感じた末の判断だった。

 

--

 

この異世界に一人で放り出された自分を保護してくれたオルステッドと本を書いてくれたルーデウス・グレイラット。

初めて会った時、漠然と彼らが世話してくれるのだろうと思った。

迷惑をかけることになるけど、何かの拍子にひょんなことから特別な力に目覚めるみたいな、そういうアレがアレした感じの展開が待っているのだろうという予感めいた何かもしていたし。

 

だけどルーデウス・グレイラットは家族が居るので女の子を家に連れて帰るのは難しいと言って去り、ここまで旅したオルステッドもまた自分を置き去りにして、どこかへ行ってしまった。

2人共にやるべき事があるらしく、予感は全くの的外れになった。

 

宿に独り。

見知らぬ部屋、見知らぬ街、見知らぬ人。

窓の向こうから聞こえてくる人々の会話は何一つ意味が理解できない。

そう気づいてしまったら心細さとやるせなさで動けなくなった。こんなとき誰かが傍に居てくれたら。

喧嘩別れみたいになってしまったあの2人も一緒に転移していてくれたら、どれだけ心強かった事だろう。

きっとお互いを助け合ってこんな気持ちにならずに済んだだろうに。

 

でも自分は独り。

揺るがない事実。

当たり前だったはずの事は全てが裏返って。

なら1人で生きていく力は必要じゃない?

 

決心すると徐々に身体が動くようになった。

朝、目を覚ましてから日が暮れるまでルーデウス・グレイラットがくれた本を読むくらいには。

本から文字を覚え、日常会話レベルで必要な単語を知り、地理、文明レベル、生活習慣について学んだ。

日が暮れると灯り取りのカンテラが必要なのだが、どうやって頼んだら良いのかが分からなくて、借りるのを諦めて食堂へと降りた。

黙って座っていると、勝手に食事が出てくる。

特にメニューの書かれた表や木札は無いので宿側で決めた物が出てくるだけのようだった。

話せない内はそれで助かっていた。

そして食堂に居座って本を読んだ。食堂には灯りがあったのだ。

 

「なぁ、ヤコブ。

 またあいつ、本読んでるぞ」

 

「親父が言っていた。1年分の宿代を先払いしてくれた上客だってな」

 

「そりゃすげぇ」

 

「判ったなら、掃除を続けろよ」

 

「ヘイヘイ」

 

1月程毎日のように夕食後に食堂の一席を占拠していたおかげで、ふいに宿屋の息子達の会話が理解できるようになっていることに気が付いた。

彼らは晩になっても家の手伝いをしていて、その2人のやり取りを聞いて彼らの名前、家族関係、仕事の役割を大まかに把握していった。

夜のこの時間、兄のヤコブは皿洗いを、弟のヨハンは床掃除をしているみたい。

 

そして今日、ヨハンが自分の周りを掃除した後に溜息を吐いたことも判った。

お疲れなのだ彼は。だから勇気を胸に秘めて話しかけてみることにした。

 

「大変ね、夜遅くまで」

 

「わっびっくりした。

 急に話しかけてくるなよ」

 

「あら、ごめんなさい。ヨハン君」

 

「ふんっ」

 

満足だった。

自然に話が通じたというそれだけで大きな進歩だと思えた。

 

「なぁずるいぞ」

 

だから相手がちょっと苛立たし気にそう口にしたことにびっくりした。

本に戻そうとしていた顔をヨハンに戻し、目を見れば何やら怒っている様子。

 

「え?」

 

一体何がずるいのか、もしかしてちゃんと言葉が通じなかったのかと脳を回転させてみるも意味がわからない。

だが違った。

 

「俺はあんたの名前を知らないのにずるいだろ」

 

投げられた言葉が証明していた。

相手が何を欲しているか。

それは元居た世界でも当たり前の事。

非常識で溢れるこの世界で、私は漸くここに住んでいる人達も良く似た生物なんだと思えた気がした。

 

「……そうね。

 私の名前はナナホシよ」

 

「そっか。ナナホシか。

 へへっ兄貴。この女ナナホシって名前らしいぜ?」

 

「ヨハン。客を呼び捨てにしては駄目だぞ。

 でもそうだな。ナナホシさんは人間語を喋ることが出来たんですね。

 髪の色も変わっているし、外国の人かと思っていましたよ」

 

「まだ、勉強中なの」

 

「ナナホシはやっぱり他の国から来たんだ!

 ねぇどこから来たんだ?」

 

「それは……」

 

「答えなくていいんですよ、ナナホシさん。

 ヨハンもあまり折り入ったことを聞くなよ。

 親父にどやされるぞ」

 

「あー。わりぃ。

 この通りだから、親父に告げ口したりはしないでくれよぉ」

 

「しないわ。そんなこと」

 

「助かったぁ」

 

ヨハンが手にしていたモップに顎を載せて大仰に安心してみせ、遠目に見たヤコブは食器を洗いながら弟の大袈裟さに呆れているよう。

2人の人間的な所作。

私は転移してから初めて頬が緩むのを感じた。

 

--

 

聞く力、話す力の両方を養いながら束の間の寂しさを紛らわせていた。

汚い字を読むのに苦労した2か月。その間に3回、遠くで野良犬が騒ぐのは一つの合図だった。

オルステッドが様子を見にこの宿を訪れる日だった。

オルステッドには呪いがあるため、夜更けに状況を確認したらまた去っていく。

まるで平安貴族の逢瀬のようでもあるけど、交わす言葉に色気は全くなく、「元気か?」「何か欲しい物はあるか?」「そうか」のだいたい3つの言葉で用事は済まされた。

 

そして4回目の来訪を前に辞典に記された事全てを頭に叩き込むに至る。

この書の巻末。そこには、この世界のより細かな常識や人間語に慣れるための別の本の存在が示されており、ご丁寧な事に売っている場所まで書かれていた。

なるほどルーデウス・グレイラットは手回しの良い人物らしい。

 

それでも私は部屋に引き籠り続けた。

本を読んでこの世界に対する恐怖心が芽生えていたせいで、宿屋の出口を抜けて外に出るのが恐ろしかった。

根底にあったふざけた世界への忌避感がその恐怖心に拍車をかけた。

ここには魔術が存在する。超人的な武術を使える者達がいる。人を殺す魔物が生息する。

そんな輩に出会ってしまったら、圧倒的な力で服従させられる。もしくは有無を言わさず殺される。

これではまるでゲームや映画のモブキャラクターだ。

そんな世界で態々フラグを立てるのは愚かな行為だ。

 

そしてまた(・・)、ふと思った。

ゲームやラノベの世界の主人公なら私はきっと信じられないような誰もが羨む力を持っているはずで、出会ったおばあさんに預言の話をされる。その預言に従って世界の秘密を解くために冒険したり、囚われた姫を助けたり、復活しようとしている魔王を倒したりするはず。そのために異世界へトリップしたのだと納得できるはず。

でも自分は魔力を一切持たずに帰るための研究を10年かけて行った後、この世界に適合できずに病に倒れるらしい。その後80年以上先まで冬眠状態になり、その先で『篠原秋人』を待った末に2人で一緒に元の世界へと帰るはずなのだそうだ。

そんな予言を聞かされれば誰だって分かるよね。

私はゲームやラノベの主人公じゃないんだって。

 

だから、さらに考えた。

ゲームやラノベじゃないとすると私はここで魔王退治をする訳ではないらしい。

ここはタイムトラベル物の映画のような世界なのかもしれない。

そういう映画で大事なのは時間の調律者の存在だと思う。

そういう輩を意識せずに思うがままに行動すると、タイムパトロ〇ルが来て逮捕されてしまう。

相手が人間ならまだ良いけれど、世界自体が私を排除しようとしてくるかもしれない。そう、この世界でトリッパーが魔力の病魔に侵されるのは異物を排除しようとしているからではないの?

 

『でも……』考え過ぎてこんがらがった頭でまだ考え続けた。

前世の同じ時間に召喚されたのは転移魔法陣を研究し、途中でルーデウス・グレイラット達の力を借りて3次元魔法陣を発見、応用するため。

ただそれだけだとすると、別の見方をするなら狂龍王カオスが生きている時代に彼に会うというルートもあったように思う。

まぁそれはこの際、どちらでも良いんだけど。

なら今回、私は何のためにこの時代に召喚されたの?

帰る為の技術は概ね完成していて、けれども『篠原秋人』がいつかこの世界にやってくるまで帰れない。

たった一人。それを無為に待つために?

 

深く、深く、考えていく。

そもそもなぜルーデウス・グレイラットは再度過去へと転生できたの?

誰かがルーデウス・グレイラットを過去転生させた。

どんな意図があろうとも世界に異物を排除する仕組み、いや異物が入らないようにする仕組みがあるのなら、本来その転生は成功しない。転生が成功したのなら逆説的にルーデウス・グレイラットは世界に必要とされて過去転生した。

彼の前世では何かが足りず、もう一度やり直したと言っても良いし、前世の状態でもやり直した未来でもどちらでも世界は許容するという考え方もできるし、あるいは彼の前世が過去転生することを含めた物として定義されていて転生は予定調和だったという事も出来る。

 

予定調和だったとしても、いや予定調和だからこそ、ルーデウス・グレイラットの時間軸の前世では何かが足りなかった。

何が足りなかったのか、何をやるべきなのかは私が考えても仕方ない事なのだろう。

それは未来が証明する。翻って私自身にも同じことが言える。

いや、待って。ルーデウス・グレイラットの前世において私自身の役割は歴史が証明していて、且つその役割は既に完了している。

であるのに、私がこの時間軸に召喚されたということには別の役割があり、かつそれは未来が証明するのだ。

未来が証明するのなら、未来に向かって歩き続けるしかない。

たった一人、こんなところで無為に過ごすのは立ち止まっているのと同じ。

 

ナナホシ・シズカの役割をそんなものにしたくない。

この世界を良くしてやろうとか、成り上がってやろうなんて思ってはいないけど、異世界に来てスローライフ? ナンセンスだわ。

私は元の世界に帰る。そのために世界が私に何かをさせたいのならそれをやるまで。

私が動くことで世界には何かが起きる。

でもきっとそれは排除されない。

私がすることは世界が既に許容したことのはずだから。

 

私が何をすべきだとしても私には今、何もない。

お金も情報も人脈も。

ならそれを作ることから始めるしかない。

 

--

 

夜の静寂(しじま)

俄に遠くで野良犬が騒ぎ始める。

私は本を抱いたまま眠っていたが、自分のやるべきことが何か脳内で瞬く間に結論が出る。

眠っていた分だけ身体はゆっくりとしか動かない。

それでも出来るだけ速やかに寝間着から着替えて彼が扉を開くのを待つことができた。

 

部屋の入り口から入って来たオルステッドは部屋を見てぎょっとしていた。

きっと部屋中に張り付けたレシピの紙を何かと勘違いしたんだろう。

 

「なんだ?」

 

身構え、硬直するオルステッドが再び動きだすと、カンテラで朧げに映るレシピを一枚手に取る。

 

「ジャガイモの煮込み料理?」

 

彼はレシピのタイトルを不思議そうに声に出した。

人間語でそう書かれた用紙。

 

「随分と変わった模様替えだな」

 

黙って見ていると、そんな言葉を引き出せた。

いつもは言葉少ない彼と今日はきっと会話が出来るかもしれない。

 

「そんなんじゃないわよ」

 

「ならなんだ?」

 

「ルーデウス・グレイラットがね。

 こちらと向こうで共通する食材をちゃんと書いておいてくれたの。

 だからそれを有効活用しようかなと思って」

 

「これはお前の世界にある料理のレシピか」

 

「私もうろ覚えのものがあるから間違ってるかもしれないけどね」

 

部屋の状況に納得したオルステッドが椅子に腰を落ち着ける。

 

「調子はどうだ」

 

「今のところは問題ないわ。

 お茶も飲んでるし」

 

「そうか。

 だが用心するに越したことはない」

 

「そうね」

 

「これをお前に渡して置く」

 

オルステッドはそう言ってサイドテーブルの上へと視線を動かした。

私もそれに倣うといつのまにか置かれたモノを瞳に捉える。

 

「指輪?3つも?」

 

「指輪型の魔道具だ。

 この青い石の指輪が物理障壁を生み出す『加護の指輪』。

 この赤い石の指輪が魔術を打ち消す『魔女リプルの指輪(リプルズリング)』。

 そして魔力結晶のついた指輪は魔道具を自動で起動させるための『発振環(オシレーター)』」

 

「最後の奴が重要ね」

 

「その通りだ。

 本来、魔力を持たないお前では『加護の指輪』も『魔女リプルの指輪』も起動しない」

 

「だけど、『発振環』があれば起動できるのね」

 

私が理解を示すと、オルステッドは深く頷いた。

 

「起動条件と指輪の登録は済ませてある」

 

「ありがとう。

 もしかしてこれを作りに?」

 

「俺はそこまで暇ではない。

 新しいルートを知るために最低限の道具を用事のついでに集めたに過ぎない」

 

「でも助かるわ。

 これでビクビクしながら外に出ないで済むもの」

 

「お前は魔力に耐性がない。

 護身のために指輪は大事だが、外出時以外は外しておくべきだろう」

 

「そんなことをいったら魔力はあらゆる物に存在しているのでしょう?

 この服にだって魔力があるってことよね」

 

「程度の問題だ」

 

「そう。判ったわ」

 

--

 

「ねぇオルステッド」

 

声に呼ばれて顔を上げただけでオルステッドは返事をしなかった。

 

「頼みがあるんだけど」

 

「……何度も言うが俺は暇ではない」

 

「ええ。そうね。

 でも頼みたいの」

 

「ルーデウス・グレイラットに頼まないのか?

 同郷なのだろう?」

 

「この本にも書いてあったわ。

 私はトリッパーで、彼は転生者。

 私は元の世界に帰りたいけど、彼は帰りたくない。

 それに彼が私を貴方に託したのも意味があると思うから」

 

「協力できるかは内容による」

 

「えぇ。それで結構よ」

 

私はオルステッドにこれからの予定を語って聞かせた。

自分が何のために転移したのか。

それを調べるためには必要な資金を稼ぎ、情報を集めつつ人脈を作りたい。

だから……

 

「初めだけ資金援助をして欲しいの。

 何をしようとしてもお金稼ぎから始まると思うんだけど、そこまではしてられないでしょ。

 後は龍神の後ろ盾ってどれくらい使える?

 この辺りの貴族の威光とかそういうのでもいいんだけど」

 

「そうだな。

 昔、命を助けたアスラ貴族が居る。

 無茶な要求でなければそいつが後ろ盾になってくれるだろう」

 

「龍神の人脈を使って貴族の威光が使えるってことかしら」

 

「同じ意味だな」

 

「お金は?」

 

「手持ちのアイテムを売り払えばそれなりの金は用意できるとも思うが、どうせ貴族に頼むなら金も借りてしまえば良いだろう」

 

「そうね。

 どうせ面倒をかけるなら相手の足元を見たっていいわよね」

 

「なぜ足元を見る?」

 

「そっか。

 こっちの表現じゃないわよね。

 あー、えっと。

 少し借りるより、相手の弱みをついて多めに借りても同じってことよね」

 

「そうだ。

 証書と地図を用意するからそれを持って貴族の屋敷へ行け」

 

「門前払いされない?

 そうなったら困るんだけど」

 

「もし門前払いされたら龍神の代理だと言え。

 顔も隠した方がそれらしく見えるだろう。

 仮面は用意しておいてやる。

 だが当主本人以外にはオルステッドの名を名乗ることは許さん。

 この段階で俺の名が広まるのは好ましくはない」

 

「貴方の名前って余り知られてないのね」

 

「今やルーデウス・グレイラットの方が有名だ」

 

「そうなの?」

 

「俺は調べた」

 

「ルーデウス・グレイラットの事を?

 なぜ?」

 

「奴の書には俺しか知り得ないことが確かにあった。

 だが今回も奴が俺の味方になり得る保証があるか?」

 

保証はない。

ルーデウス・グレイラットはかなりのお人好しみたいだけど、そのお人好し加減にも限界がある。

底抜けのお人好しなら私をオルステッドに預けたりはしなかっただろうし。

 

「だから調べたのね」

 

オルステッドは頷く。

 

「奴は前世において闘気を纏えないただの魔術師だった。

 強力な占命術の使い手で転移災害を予測したとの噂もあるが、内実は転生で得た前世の知識を使ったに違いない。

 そしてルード商店を経営し、莫大な富を得ている」

 

「お金持ちで救国の英雄の大魔術師か……。

 それは有名になるわよね」

 

「奴は危険だ」

 

「またヒトガミの使徒になっちゃうってこと?

 本人はそういうつもりがないらしいけど。

 それとも他に何か問題があるの?」

 

「問題は奴が始めた七星流なる剣術だ」

 

「えーっと。

 闘気を纏えない魔術師だったはずが、闘気を扱う剣士になれた?

 魔力があると何でもできて羨ましい限りって感じだけど」

 

「そうだな。

 お前は魔力がゼロだ。俺にもつまらん制約がある。

 奴のように自由に魔力が使えたならもっと簡単に事は済んだだろうな」

 

「それで何が問題なの?」

 

「魔神ラプラスは闘気が纏えない。

 だがルーデウス・グレイラットの手法は奴に闘気を与えかねん」

 

「まずいのそれ?」

 

「俺が今やっていることの大半は、ラプラスを倒すまでに如何に魔力を消費しないでおくかと同義だ。

 ルーデウス・グレイラットが持っている技術はそれを覆す」

 

「でもそれ可能性の話よね?

 逆にラプラスが闘気を纏えないのも呪いの可能性があるわけだし」

 

「呪いの類いだとしても、奴は呪いを抑える魔道具についての知識を持っている」

 

「それは貴方の為に作った物だって――」

 

「今回、奴の道具が最終的にラプラスの手助けをしないという保証はない」

 

「それは……困ったわね」

 

--

 

指輪をしっかり嵌めて、手には地図。

誰も居ない宿屋の食堂から3か月ぶりに外出することを決めた。

 

浴びせられる陽の光、その熱量を肌に感じると同時に、世界の広さ、街の雑多な空気が脳を強く刺激した。

下級市民街と中級市民街を分ける壁を越えるために大通りを抜けて門へと至ると、

 

「待て」

 

と門番の声に一瞬肝を冷やした。

どうしよう……そう考えながら声の方へと振り返る。

だが、兵士はこちらをみず自分の後ろに続いていた見知らぬ馬車へと向かっていた。

 

既に2人の門番の持つ長すぎる槍がクロスされ、馬の進路を堰き止めている。

御者と他の番兵が積み荷の方へと歩いて行くのが見えた。

ここで立ち止まっている訳にもいかない。

私は再び歩き始めた。

 

下級・中級貴族や騎士区画へと至る門では「観光ですか?」と声を掛けられた。

私の格好はどうやら外国人に見えるらしい。片手に地図を持っているせいかもしれない。

「ええ」と手短に答えると、「貴族の方達に御無礼の無きようお願いします」と注意を受けて通された。

 

そうして門が見えなくなる頃、私は腰に携えていた道具袋の中から仮面を取り出しておいた。

狭くなった視界の中で苦労して地図を見直して、目的の大きな門の前に立つと、鼓動が大きくなる。

 

「当家に何か」

 

仮面越しに見えたのはモーニングコートのようなものを着た小柄な男だった。

声はやや冷たい。

 

「こちらはバケットクーパー様のお屋敷でしょうか?」

 

「そうでございますが?」

 

「龍神の代理で来ました。

 こちらが証書です」

 

「ふむ。

 来客の予定は無かったはずですが、何用でございましょうか?」

 

男は証書をざっと見ただけで返してくれた。

どうやら話を聞いてくれるらしい。

 

「商売の後ろ盾をして頂こうと思いまして。

 ご当主様にお取次ぎ願います」

 

「我が主に、ですか?」

 

「はい」

 

「お気を悪くされないように落ち着いて聞いて頂きたいのですが」

 

取次の者は本当に申し訳なさそうに、一度言葉を詰まらせた。

声音にも得体の知れない私に対する配慮があるのかもしれない。

 

「龍神の代理で来た正体不明の仮面の者がご予約もせずに会いたいと言っている、とバトラー風情が主に伝えるのは難しいのです。

 恐らく上司に叱られるだけで、主の耳にこの話が入ることはないでしょう」

 

「この龍神の証書があったとしてもですか?

 ご当主様は以前に龍神に命を助けられた恩義があるはずなのですが」

 

「命を?」

 

「はい」

 

「そのようなお話を私は存じません。

 もちろん証書の紋章は随分ご立派だと思いますが、私めにはそれが本物かどうか分かりかねます」

 

「そう……ですか。

 ご厚意に甘える形になりますが、可能であればご当主様が昔に龍神に命を助けられたかだけでもそれとなく上司の方に確認して頂けたらと思います。

 どよめく牡鹿亭という宿屋におりますので何かありましたらお訪ねください。

 ご丁寧な対応ありがとうございました」

 

「お力に為れず恐縮です」

 

「では」

 

 




次回予告
折角の紹介だからと行ってみたものの、
バケットクーパー邸を訪ねた私は
門前払いされて資金援助の見込みを失ってしまう。
でも、それで良い。
おかげで料理で一財産稼ぐ決意が生まれたんだもの。

次回『ナナホシの一年間_ルーデウスの功罪』
ナナホシ焼きで勝負だ! おいしいよ!
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