「遠野志貴出ねぇじゃんかよ!」
それは運命の物語りではなく、人が願いを叶える物語でもなく、愛と勇気の物語でもない。
人類史を見渡しても、アレ程にまで悪運の持ち主はいないんじゃあないか、と思ってしまうまでに。
残骸燃える汚染都市では黒き聖剣使いが、
虚空の妄執が暴れる邪竜国家では黒き聖女の偽物が、
狂気の永続国家では神祖が、
閉ざされた最果ての魔海では狂神が、
―――――だから、だからこそ。
彼は多くの幸せに出会うべきであり、彼の隣で必死に並び立とうとする彼女は同等以上の幸福を得るべきだと、僕は願わずにはいられない。
彼は、遠野志貴は、どんな時でも……
たった一人の女の子のために、世界の『支配者』にだって、刃を向けて立ち向かう存在だって。
さあ、これは 【 彼 と 彼 女 】 の物語だ。
Order/_【 序章前 】
◆Eternal Waltz
「そうですか。無事に審査を通過したのなら何よりです」
「君も毎回お節介焼きだね。わざわざ室長直筆の推薦状を出すなんてさ。シエルの頼みじゃなかったら殺しにかかってたよ」
君は殺す前に頭でも下げたのかい?
と、少年のような笑みで怪物は哂う。
牢獄のような石造りの古い建物。その中で、さらに独房の様相に近い部屋の格子から顔をのぞかせたソレは埋葬機関の第7位に話しかける。
今日は伝言役のようなソレはどこか嬉しそうに、貰ったばかりの玩具にはしゃぐ子供のように目の前の修道服を着た同じく怪物に問う。
「でもさ、祖の4人…いや5人? ―――まあ、数なんて今更で、どうしようもないけれど、序列にかかわらず殺害できる、殺し得ている彼を、ああも辺鄙な辺境の機関に送り出してよかったのかい?僕みたいな殺害される側としては一度の安寧と仕事に専念できるっていうメリットがあるけれど、君たちにとってはどうなんだい?」
「それは貴方が考慮すべきことではありません。伝言が終わったなら、大人しく自身の詰め所に戻ったらどうですか?」
「つれないね。こんな僕だって一応は彼に興味があるから、こうやって君の頼みも相まって、近寄りたくもない室長のそばで尻尾を振ってきたって言うのにさ…」
あからさまな溜息と共に、それはオーバーな手振りをする。
「む、……。確かにそうですね。―――わかりました、わかりましたとも。」
格子の向こう側にいた彼女は観念したと言わんばかりの口調で、ここ数日放置されていたテーブルの資料をかき集める。
「彼はここ数年で魔眼の侵食が進行しすぎてしまっていました。いくら聖骸布で目と頭を覆っていても悪化は防ぎきれなかったでしょう」
「協会の魔道元帥が提供した情報 ―――― 人理継続保証機関『フィニス・カルデア』だったっけ。そこなら彼の眼を、直死の魔眼を治療できる技術でもあるっていうのかい?」
「いいえ、世界中のどこを見渡しても、そんなマイナーで需要のない異常性の治療なんて、できる機関はないでしょう」
「でも、彼は送り出された。―――カルデアが募集していた人材はそれこそ家柄や権力・財力に左右されず、2点の魔術適正と魔力資質によって採用の可否を決めている………ね。」
渡させた資料を読み進めながら、怪物の表情が段々と不機嫌なものになる。
「なにこれ?僕は人理からしてみれば排除対象だとは思うけど、これでも教会の一員だ。そんな僕からしてみても、これはいくら何でも……」
12のロードの1柱。天体を司る魔術師が中心となって立ち上げた科学と魔術の複合機関。
一部ではあのバルトメロイ現魔道元帥も出資していたと噂され、技術顧問として最新の学閥である現代魔術のロード、エルメロイⅡ世がかかわっているともビックネームの噂が絶えない場所だ。
教会としては当然ながら、第八秘蹟の秘匿遵守があり、協会は言わずもがなの神秘の秘匿。双方が古くから守り続けていた禁忌を、あろうことか魔術学府の最高峰に位置する一角がが国連を巻き込む大暴露を行ったのだ。
その衝撃は、こうして明るみになってしまった現在でも、教会では何かと話題として持ち上げられ、今となっては上層幹部が国連とコンタクトという名の脅迫を水面下で繰り返している状況だ。
「何というか、こんな火中に教会からの推薦状でねじ込む人員として、むしろ彼で本当によかったのかい?」
少年のような怪物は、心底呆れたように笑う。
「それが最善の選択だったという確信は今でも変わりません。」
「彼にとっては残酷な処置かもしれないけれどね。――――人理。人類の歴史を指す言葉であると同時に、人類の継続未来を描く意味を持つ。そんな場所に」
果たして、敵対する人員が、いないわけがないのにね。
「と、大人げないよシエル。いかにもな見落としを指摘している相手に対して、これはないだろう。今の僕が隻腕でなかったとしても、このトラップはあまりにもあんまりだ」
少年の姿をした怪物、死徒27祖の20位にして王冠の銘を戴く、聖堂教会の代行者。
主の名のもとに、全ての異端を殲滅する埋葬機関、第5位のメレム・ソロモンに対して仕掛けたのは、教会の同僚たる弓の異名を持つ第7位のシエルであった。
「――成程、予め仕込んでおいたのかい?この部屋一帯に火葬式典が施された黒鍵がいきなり出現するのは、流石に予想外だ。」
怪物は哂う、ちょうど先日、日本での仕事で右腕が大破してしまった為、どうにも小回りが利かない。
「右腕の機巧令嬢は外出ではなく修復中なのは解っています。右脚の空戦もここでは無力ですよ」
「ッ―――、情報が早すぎないかい?貯水庫の悪魔は文字通り手を焼いたんだけど、な。」
「ええ、憎悪の悪魔相手に、あなたの右手が活躍していたのを聞いての対策です……メレム」
「はっ。それはそれは、………二度と行くか日本なんて」
メレム・ソロモンは悪態をつき、全方位から襲い来る無数の黒鍵を建物ごと左脚で破壊する。
「君が彼の件で機嫌が悪いように、僕も僕で鬱憤が溜まっていてね、ナルバレックには悪いけど、ここで暴れさせてもらうよ!―――対城レベルに鍛えてない君じゃあ、何時まで持つかな?」
◇sprite!
「よう、ハリー。せっかくの臨時ボーナスをもらっておいて同期の俺に奢りもなしなんて、どんだけ一人占めする気だよ」
「黙っててくれ。……大体、君は技術手当が相当ついているそうじゃないか。私みたいな"
「そりゃそうだが、こっちは日がな一日中、機械部品や数字と睨めっこなんだ。その点、お前は外に出て好きな飯食って、好きな娯楽に手が出せるだろ。担当ごとの悩ましい話題だ」
そう言いながら、2か月ぶりにカルデアに帰還してきた同期入社の営業担当のハリーに、施設設備・コフィン担当のムニエルは散らかった資料室のテーブルへコーヒーを置く。
「まあ、おかげで念願の欲しい車を手に入れることができたんだ、日本人にはこの時だけは感謝っておもったよ。」
ハリーは当時のことがよほど嬉しかったのであろう、高級車が確定した瞬間を思い出す。
特に何も突出した風貌でない。強いて言うなら、顔色の少し悪い、眼鏡を掛けた青年が、一応の献血車を偽装している場所にやってきたときは余計な善意でも追い返そうかと思ったほどであったが………
「レイシフト適合率82%、魔術回路持ち。ちょっと貧血持ちみたいだが、それでも世界で5人探すことはほぼ不可能とされた一般人のレイシフト適正80%超えの逸材だ」
「……あぁーー、ハリー。その、聞いてないのか?」
「ん?なんだよ、――――おいおい、エル。そういう神妙な振りはよしてくれ。俺が連れてきた適正者だぞ、ちょっと貧血持ちだが大丈夫だって。ちょうど今日、入管日なんだ。渡航の関係で記念すべき第1回レイシフトダイブ当日になっちまったが、所長もきっと諸手を上げて喜んでくれるよ」
「いやその。俺は正直言って科学側の人間だし、詳しいことはよくわからない噂なんだが……お前の連れてきた青年、どうやら裏の世界では相当なビッグネームだったらしいぞ」
「馬ぁ鹿な。どこの噂だよ?日本人で、更に日本の都市部で献血場に来るようなビックネームが居てたまるかよ。仮に蒼崎姉妹や伝説の朔月なら解るが、遠野って名前は明らかに違うだろ?念には念をと鬼の系譜も考えて、血液検査もしたが、見事なまでに人間だ。」
まくしたてるように反論するハリーに、若干引きながらも、ムニエルは続ける。
「――――殺人貴って知ってるか?」
曰く、真祖の吸血鬼を殺した人間。27祖を5体も殺した存在。教会の埋葬機関とも繋がりがある殺人鬼。
その青い瞳に捉えられたら最期、有機物、無機物と関係なく存在ごと殺されるって。
「おいおいムニエル、お前も今じゃ立派な魔道を齧る科学者だ。少なくとも俺はそう思ってる。魔道の先達として、裏世界に少しは通じている者として言ってやるよ。―――アリエナイ。何度でも言ってやるよ。何処の世界に、献血受けにジャペンの地方都市で偽装献血車に向かってくる、デンジャラスなビッグネームが居んだよ!」
◇
オルガマリー・アニムスフィアは書状を焼き捨て一人の魔術師と会議室で詰めの話をしていた。
「まさか、ここにきて聖堂教会……それも埋葬機関から圧力がかかるとは思いもしなかったな」
「ええ、推薦された人物に至っては特に教会の人間でも特異な魔術師でも無いようだったから、空いていた一般枠に収めたけれど。特記事項として浄眼持ちらしいわ」
「浄眼……確か、霊体等を肉眼で観測することができる、超能力に分類させる目だったか。成程、サポート役にはうってつけの人材だな。サーヴァントは霊体化するとこちらでの観測は一部の機材を用いなければ困難になる。視認できる存在はこちらとしても確保しておきたい人材だ」
しかしながら推薦人は聖堂教会、その中で飛び切りのイカレた集団である埋葬機関だ。
推薦人が室長であり当代のNo.1であるナルバレック。連名で人理の敵でありながらNo.5の"王冠"、不死の怪物と言われるNo.7の"弓"
「人外まで彼を押して来るなんて、普通じゃないわね」
情報が少なすぎる怪しい人物を果たして、万全を期すまで詰めていたカルデアに招き入れるべきかどうか。
オルガマリーは彼の招致を承諾してなおも、情報を集めていたが、満足のいく結果に至っていない現状に猜疑心を深めていた。
「それで、もう到着しているのかい?ならば後は映像写真から国連のバンクを活用して照合を掛けていけば、あるいは手掛かりになるものが出てくるのではないか?」
「――っ、もうやってるわ!さっき、入管の連絡があったの。今は検索結果待ちよ」
「それは失礼した。……大事な日であることは解っている。レフ教授の多忙を考え、この件を彼に伝えず私にのみ相談を持ちかけてくれた君の心遣いも知っている。君一人の重荷ではないのだ、私も協会の生徒たちを使って情報収集させている。甚だ遺憾ではあるが、教え子達は私よりも腕の立つ輩が多くてな。顔が特定できていれば、間もなく情報を送ってくるだろうさ」
「………あ、ありがとう、ございます。ロード・エルメロイ」
「2世をつけたまえ。それと、遠慮はいらない。同じくロードである君を見ていると、私も若いころの苦労を思い出してね。」
少しでも緊張を和らげようと、エルメロイは席を立ち、入口のそばに設けられている備え付けの給湯器から2人分のコーヒーを淹れる。
そして、テーブルに戻ろうと振り返り―――――オルガマリーの表情が凍り付いていることを確認した。
「どうしたんだ!?」
急いでカップを置き、彼女の様子を確認すると、その視線は手元の通信端末器の画面にくぎ付けになっていることに気が付いた。
「どうした?……これは、検索結果が出たのか?」
彼女の動揺からして、良くないものが候補或いは確定事項として表示されているのだろう、エルメロイも同じく端末機を覗き込み。
「―――――これは。」
言葉を失ってしまう。
彼は本当に自分達と同じ人間なのだろうか。否、仮にも魔術師であり人とは異なる道を歩む魔術師ですらここまでの者は数えるほどもいない。
「バルトメロイ元帥が聞いたら殴り込んできそうだな……」
そうつぶやいた途端、エルメロイはポケットの中の携帯電話が振動していることに気が付き、受信相手を確認すると、苦虫を噛み潰した表情で電話にでる。
「お前が掛けてきたんだ。すでに結果は出たんだろうな?フラット―――」
「――――