魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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62話 緊急クエスト! 攫われた少年を救出せよ!

 ポプラとノレットの精霊術に黒霊術「支援(アシスト)」で魔力の上乗せをすると、彼の魔法の発現と共に目の前の景色が一変した。爆発したように色彩がはじけ飛び、極彩色に彩られたのだ。

 

 ちかちかする目を細めると、鮮やかだった色がもとの景色になじんでいくが、しかしその景色には魔法使用前と明確な違いが存在した。

 蜘蛛の糸のような細い光が無数に入り乱れているのだ。おそらくこれが今、ポプラに見えている世界なのだろう。補助している私も普段は見えない光景をこの瞬間だけ共有できているようだ。

 

 そして様々な色で構成される光の糸の中でひときわ目立つ物に気づく。手がかりである布からは薄紫色の光が伸びており、それは蛇行しながら外へと続いていた。

 

「え、あ!?」

「どうしたの?」

 

 驚いたように立ち上がったポプラにアルディラさんが問うと、ポプラは「いえ」と困惑した表情で頬をかく。

 

「古代魔法言語を使ったとはいえ、思ったよりも効果が強くて驚いたんス」

「そうだ、凄いじゃないポプラくん! いつの間に古代魔法言語を使えるようになったの? 驚いたわ」

「そ、そっすか!? え、 えへへ……」

 

 アルディラさんの賞賛の言葉に、それを言ってもらいたいがために秘密で特訓していたポプラは頬を赤らめてもにょもにょ照れていた。教え子のそんな姿に現状を一瞬忘れてよかったねーと、目の前のふわふわ茶髪を思わず撫でそうになる。カルナックも兄のごとく生暖かい視線でポプラを見ているが、そこをずばっと切ったのは清楚な見た目の修道女様だ。

 

「まあ、大きい図体でデレデレとなさって恥ずかしい」

「えっと、セリッサなんだかポプラに対してきつくない?」

「そんなことありませんわエルフリード様! なんでしょう、これもお人柄かしら? 馴染み易いのでつい気を緩めてしまうのでしょう」

 

 何だろう……。馴染み易いに副音声で「こいつはいじって大丈夫」みたいに聞こえた気がしたんだけど。基本的に最初かぶっていたでかい猫が行方不明でずけずけものを言うセリッサだけど、中でもポプラに対しては遠慮が無い気がする。

 

「ですが、短期間で古代魔法言語を習得するだなんて見直しましたわ。ぐじぐじ悩んでいるだけの人かと思えば、なかなかご立派になられましたわね。ほほほっ」

「上から目線ムカつくな!」

「あら、古代魔法言語に関してはわたくしを含めてこの場に居る皆様が先輩でしてよ? 上から目線であたりまえですわぁ~。もっと見上げてくださってもかまいませんのよ見上げて」

「ぬぐっ」

 

 ポプラが妙な声を上げて口をつぐんだ。

 そういえば、セリッサもポプラの事情は聞いたのだったか。それに対してどう思っているかは知らなかったけど、ダンジョン攻略など共に過ごした時間は何気に長い。その中で悩んでますオーラが鬱陶しくて、それが遠慮のなさに繋がっているとか? いや、推測だけど。

 

 セリッサは高々と笑うと、「けれど」と続けた。

 

「これほどの精度とは驚きました。エルフリード様の補助のおかげもあるのでしょうが、わたくしが今まで見た闇の精霊術使いの中でも頭一つぬけていますわ」

「褒めたいのか貶したいのかどっちだお前。ってか、精度ってお前これもしかして見えんのかよ」

「ええ。わたくし『魔力可視』を身につけておりますので、こうして強化された魔力ならば術者でなくとも見えるのです」

 

 セリッサはポプラの魔法によって生み出された魔力の軌跡を見てふむと満足そうに頷く。

 

「それと流石はエルフリード様ですわね。普通材料を同じくするだけでは手がかりにもならないでしょうに……こんなにはっきり軌跡が残っている。きっと刺繍をされた方の布が強い効果を発揮しているからですわ。この分なら途中で途切れることなく追えるでしょう」

「そうか。なら、さっそく行こう!」

 

 どこかわくわくした様子のカルナックに、「あ、この子嵐がきたり事件が起きるとはしゃぐタイプか」と思いつつ頷いた。

 

「ミッツァちゃん、行ってくるね。必ずヒューレイを連れて帰ってくる」

「エルさん……ありがとう。帰ってきたら、うちの料理をたくさんごちそうするね! ヒューレイにも遠慮なんてさせないで、思いっきり食べさせてあげるんだから!」

「ははっ、それは楽しみだな。ヒューレイもきっと喜ぶ」

 

 私はミッツァちゃんに約束すると、ポプラとノレットの先導でヒューレイが居るであろう場所へと向かい始めた。

 

 

 

 待ってろ誘拐犯ども。ミッツァちゃんのお店での祝勝会資金はお前らからの慰謝料だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内されるままに長い距離を進み、たどり着いたのは意外な場所だった。

 

「まさかフェランドリスに続いているなんて……」

 

 困惑をにじませてたどり着いた場所を見上げているのは、アルディラさんだけでなく私以外の全員だった。

 

 長い年月を感じさせる苔むした石壁に囲われた、地下へ続く階段。パッと見平屋の一戸建てくらいの大きさしかない建造物だが、この地下にはいくつもの階層と区画に分かれた古代の都市が広がっている。

 そう、たどり着いた場所は連日アルディラさんたちが通っていた迷宮(ダンジョン)フェランドリスだった。実際に来るのは初めてだけど、私も話にだけは聞いていた。王都から出たあたりで「ん?」と疑問に思っていたけど、まさか迷宮に続いているとは……。

 

「……。思ったより事が大きそうね。新種の魔物が跋扈(ばっこ)する迷宮を根城にしているとなれば、油断はできないわ」

「ええ」

 

 アルディラさんとセリッサが言うと、ここまで先導してきたポプラが自信なさげに口を開いた。

 

「もしかして、オレの魔法が間違えたんじゃ……」

「いいえ、ありえませんわ。エルフリード様の刺繍の手がかりに加えて、わたくしが認める精度の術を使ったのです。あなたはもっと自分の魔法と精霊に自信をお持ちなさい」

「ポプラとノレットの探索能力は凄いぜ? お前に何度も探し物手伝ってもらった俺が言うんだから間違いない」

「ラングエルドの英雄とレーディマレス聖皇国の聖職者のお墨付きじゃん。ついでに俺も保証する。術は成功してるよ」

「もしかしたら、結構大きな事件の解決につながるかもしれないわ。そしたらお手柄よポプラくん」

 

 私もそうだけど、なんか一斉にポプラの事フォローしたな。いや、事実なんだけども……あんまりにも自信なさそうに言うもんだから何か言わなきゃって。

 あれかな、いじられ気質というより年下気質なのだろうか。可愛がられるタイプというか、何というか。

 

「それにしても、アルディラさん達が危険って言うほどの迷宮に潜んでいられるとしたら……誘拐犯の組織って結構強いのかもね」

「ああ。……けど、それと別の可能性も考えておいた方がいいかもな。魔物が強化された迷宮に、職人の誘拐事件。もしかすると人間を手先に使った魔人が絡んでる可能性も高い。だったらダンジョンがアジトだってのも納得がいく」

「魔人!? カルナック、それって……」

「あくまでも可能性の話だが」

 

 それを聞いて頭に浮かんだのは以前グリンディ村で対峙した魔人。今回は「魔道具職人」を誘拐しているため殺される心配はないと信じたいが、食い散らかされた村人を思い出すと思わず体が固まった。

 ……ヒューレイがああなってる可能性なんて、考えたくもない。

 

「だとしたら魔刺繍職人のエルくんが行くのは、自ら火の中に入るようなものね……」

「でもまだそうと決まったわけではないんですし、俺は帰りませんからね。ヒューレイを助けるってミッツァに約束したんです」

「ええ、わかっているわ。幸いこのパーティーの戦力はかなりの高水準よ。だからエルくんは後ろに控えて、セリッサと一緒に支援魔法にだけ集中してちょうだい。それなら守れるわ」

 

 私の意思をくんでくれたアルディラさんの提案に、反発するつもりなんてない。見回せば他のメンバーも頷いてくれていた。

 

「よし、じゃあ私とアルディラさんが最前列を務めよう。ポプラが中衛、エルとセリッサが後衛だ」

 

 カルナックがまとめると、ようやく迷宮へ足を踏み入れることになった。まさかこんな形で初めて迷宮に入る機会が来ようとは……世の中本当に分からないものである。

 

 

 

 踏み入った迷宮は地下だというのに予想に反して暗くなく、階段を下りた先はぼんやりと明るい道が奥へと続いていた。時折何かの鳴き声が聞こえるけど、おそらく普通の動物ではなく魔物の(たぐい)だろう。

 じめっとしているし本当にこんな所を根城にする人間がいるのかと疑問に思うが、かつて都市だったということを考えると、安全な場所さえ確保できればそうおかしい事でも無いのかもしれない。

 

「あら、さっそくお出ましね」

「!」

 

 アルディラさんの声に前方を見れば、薄暗い道の先に何やら光る粒が見える。それが動物の眼球だと知れたのは、それらがこちらへ近づいてきてからだった。

 まだら模様の毛皮を持つ痩せた猫のような魔物は、そろそろと足音を立てずに近寄ってくる。しかしそれも視認した一瞬までのこと。瞬きをした次の瞬間、しなやかな筋肉を躍動させて複数匹いた魔物がこちらへ飛びかかってきていた。

 

「スチールキャットか!」

 

 その固有名詞に、私は魔物が先日発見された新種だと知れる。

 たしか条件を満たすと体毛が硬化する性質を持っている魔物で、アルディラさん達によって一番早くに発見されたため先日ギルドから名称とランクが発表されたばかりだ。平均レベル30のBランク魔物。

 

 数も多いしマリエさんに頂いた夜昌石の鞭のデビュー戦になるかと一瞬身構えたが、それは杞憂だった。私以外のメンバーは慣れたようにそれぞれ対処し、見事な連携によってあっという間にスチールキャットの群れを退けたのだ。

 あんまりに鮮やかな手際に、ここ数日彼らがダンジョンに潜っていた成果を目の当たりにした私は終始口をポカンとあけていた。

 

 その後も次々と魔物が現れるが、的確なアルディラさんの指揮のもと、強力なカルナックの魔法や、臨機応変に動くポプラの攻撃などで次々と撃破されていく。

 

 

 

 

 そうして進み続け、私たちは魔力の残滓をたどって地下十階まで到達していた。

 

 

 

 

「まったく、ここに居処を構えた方たちの神経を疑いますわ。よくもまあ、こんな魔物の跋扈する地下に住もうだなんて思いましたこと!」

 

 さすがに連続する戦闘と、仲間たちを回復する作業が続いて疲れたのかセリッサが憤慨したように言う。それは彼女だけでなく全員に共通した感想なので、それぞれ頷いたりため息をついたり反応した。

 

 ちなみにセリッサなんだけど、自分で言っていただけあってかなりの白霊術の上級者みたいだ。私は体の一部を接触させて単体ずつしか回復できないのに対して、セリッサは自身から半径二m圏内までなら範囲を広げて魔法を行使することが出来る。この広範囲回復はかなり役立つ魔法だと思う。

 

 

 

 

 

 ここまでどこまで続くかわからない道を進んできた。けれど一応ヒューレイの持つ私の刺繍布を追った魔力の軌跡は進むごとに濃くなっているので、ゴールに近づいてきているのだろう。

 

 誘拐組織に近づくにつれてカルナックの「魔人が関わっているかもしれない」という推測が頭に浮かぶ。魔人といってもピンキリあるらしいけど、少なくともこんな風に人間を使って迷宮になりを潜めている魔人だとしたら厄介な気がしてならない。

 知恵を使う相手、というのはそれだけで怖いのだ。力押しで攻めるだけの相手なら、まだそちらのほうが楽である。

 

 幸いこちらには幾人もの魔人を打倒したというカルナックがいるが、ヒューレイの身の安全が心配だ。なにせ人間相手ならば単純に金目的と考えられるけど、魔人が魔道具職人をさらう理由がわかっていないのだ。

 もしかすると、殺されないにしてもあまり想像したくないことをされているかもしれない。……無事ならいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

「この先はまだ私たちが足を踏み入れていない場所ね。みんな、気を付けて」

 

 アルディラさんに注意を促されて各人が頷く。改めて周りを見回すと、この辺りは上階に比べて通路の床や壁はあまり劣化している形跡が見えない。本来なら地下にあって崩れたりしないか、という疑問もわくのだが、もともと古代の都市である迷宮の安全性は古代魔法文明の魔法技術によって裏付けされている。しかしどうしても入口に近い方は冒険者の出入りなどもあることから破損部位が多い。それに比べると地下十階は多少上より湿気が多い気がするけど、壁の細工などがどれも美しいまま残っていた。

 

(凄いな……)

 

 そんな場合ではないのだけど、古代の装飾が時を経ても残っている光景に感銘を受ける。

 そしてそのうち一つに、かなりリアルな人間が彫刻された柱があった。聖職者をかたどっているのかベールのようなものを身につけた女性が、金色に塗られた球体を抱きかかえて静かに柱に身を沈めている。

 美しさに加え犯しがたい神聖さをまとった細工に、思わず感嘆のため息がもれた。

 

 そして何かに誘われるように無意識に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 あとで考えれば、迂闊にもほどがある行動だった。

 

 

 

 

 

 ガコンっ

 

「えっ」

 

 金色の球体に触れた手が沈み、前のめりになる。そして次の瞬間感じた浮遊感に、私は己の失態を悟った。

 

「エルくん!?」

「エルフリード様!」

「エル!?」

「おい馬鹿!」

 

 みんなの声を聞きながら、私の体は重力に従って足元に口をあけた穴に吸い込まれる。

 

 

 

 

 

 

「嘘ぉーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 段々と小さくなる落とし穴の入り口に語尾を残しながら、私は暗い穴の底に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

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