魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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72話 王女様と下僕の雇用関係

 ルチルが口にした「下僕」の言葉に、私はずっと聞きたかったことを彼女が話してくれる気になったのだと気づく。

 

 昨日、彼女が操った膨大な魔力と魔法。そしてそれを成した見覚えのある剣と、「アグレス」と呼ばれた精霊。奴隷商と取引していた盗賊レレの口ぶりや話していた内容など、聞きたいことは山ほどある。でも人払いをしたところを見るに、きっと公には出来ない事なのだろう。……そりゃあ、王女様が盗賊と関わっているなんて知られるわけにはいかないよなぁ……。

 

 昨日は戦闘が終わるなり、レレともう一人の男、そして炎の精霊も姿を消していた。多分月が出ていたとはいえ夜の闇の中、その上魔物との戦闘が行われている中で彼らの姿を正確に把握出来た者はいまい。だから今のところ彼らの正体とルチルについて知っているのは私だけ、ということになる。……その正体ってのも、ルチルとの関わりを考えるに定かではないのだけど。

 

 

 そして私がルチルが話し出すのを待つ中、ルチルは天井に向かって呼びかけた。

 

「出てこい下僕ども」

「もっと言い方ねぇのか!!」

「うお!?」

 

 ルチルや呼びかけるなり、天井にぽっかりと穴があいて四人の人影が飛び降りてきた。それは赤髪を翻したにっくきドレッド男……アグレスと、盗賊レレ。名前も知らないスキンヘッドの男。そして非常に見覚えのある、若草色の髪の毛をぴょこぴょこはねさせた猫目の青年だった。

 

「え、ハウロさん!?」

「よっす、エルおひさ~!」

 

 なんかすっごくフレンドリーにあいさつされた。え、ええ~……。なんでグリンディ村で別れたはずのハウロさんが……。

 しかしながら私の驚きをよそにハウロさんがマイペースで「うぇ~い」とばかりに両手をかざしてきたので思わずハイタッチしてしまった。いや何やってんだ私。思わず乗せられちゃったけど。

 すると今度絡んできたのは赤髪男だ。

 

「おいおい、ハウロとばっかり仲良くするなよ連れねぇな~」

 

 そして馴れ馴れしく肩を抱こうとしてきたので、とりあえずこの間の恨みも込めてピースサインで目つぶしを叩き込んでおいた。

 

「ぐぉ!?」

「わっはははははははははははは!! いいぞエル! ふふっ、よくやった。そいつは旧友でもあるまいし馴れ馴れしすぎるのだ。対応はそれで合っておるぞ!」

「ひゃははははははははは! お頭だっさー!」

 

 なんかルチルとハウロさんが大笑いした上で褒めてくれた。よし、いいんだな? こいつの扱いはこんな感じでいいんだな? 把握した。次は目つぶしで油断しているうちに鼻フックで背負い投げしてやろうか。

 しかし私が行動に移す前に、レレに鼻フックは阻止された。

 

「どうでもいいですが、説明のためだけにわざわざ召集されたんです。早く話を進めてくれません?」

「そっすね。マジダルいんで早くしてくれると嬉しいんスけど」

 

 言い方が若干引っかかるが、言っている事はもっともだ。私だって早く事情を知りたいし、ここは彼らに乗っておくことにしよう。

 そう考えて、私は改めて説明を求めるようにルチルを見る。すると未だに笑っていたルチルが、もののついでとばかりにアグレスを厚底の重そ~うな靴で蹴り飛ばしてからソファーに座った。…………あいつ今本当に適当に蹴とばされたな。いい気味とは思うけど、ちょっと同情はしなくもない。ほんのちょっと。

 

「さて、どこから話そうか……」

 

 思案するように顎に手を当てたルチルは、そのエメラルドグリーンの瞳で真っすぐに私を見てきた。

 

「では、妾たちが出会った時まで時を遡ろうか」

 

 

 

 

 

 

 十二年前。私が盗賊たちに追われて首括りの樹海に入って消息を絶った後、ルチルはその後も各地に現れ犯罪を繰り返す盗賊"坩堝"をずっと追っていたらしい。その執念はすさまじく、時に自ら現場へ出向き……数年後。彼女は盗賊団全ての捕獲に成功する。

 

 当然頭目及び幹部である者達には死刑が待っていたのだが、ルチルを前に盗賊の頭……アグレスはこう言ったそうだ。

 

「はっ、ここまでか。でも俺の人生は最高だった! 楽しかったぜぇ? はっはははははははははは!」

 

 スッキリとした表情でぬけぬけと。そこでルチルはカチンとくる。

 

 ……このままこの凶悪犯罪者の馬鹿共を、スッキリした気持ちのままあの世へ送り出してよいのかと。

 

 ちなみに先ほどの台詞はさんざん拷問を受けたうえでの台詞である。どうやらアグレスと幹部三人は外法精霊術によって精霊と無理矢理同化しているために、いくら体が欠損しようと回復してしまうようなのだが……受ける痛みは普通の人間と変わらないとのこと。だというのに死ぬギリギリまでの拷問にも耐え、本心からの笑顔で自分の人生は良いものだったとぬかす男。……ルチルはそのまま盗賊たちを死刑にすることをよしとしなかった。非常に癪に障ったそうだ。

 かといって、終身刑でも生ぬるい。

 

 

 

 結果ルチルが選択したのは、外法でほぼ精霊と化している盗賊たちを、自らの使役精霊としてこき使うことだった。

 

 

 

「本当ならば、妾が施した強固な呪縛で妾に逆らう事は不可能なはずなのだがな……。こやつらやせ我慢は一級品だ。だからいくら呪縛で痛みを与えようが、やれ「女と遊ばせろ」だの「給料をよこせ」だの「美味い物を食わせろ」だの、煩い事この上ない。だから妾も面倒くさくなってな。働きによっては要求を呑んでも良い、と答えたのだ。すると忌々しい事にこやつら、もとは最上級の盗賊だけあってなかなか……いや、かなりの働きをする。蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。エキナセナの妹の探索も、真っ先に成果を上げたのはこやつらだからな。レレ。貴様には望み通り、あとで臨時給金をくれてやる」

「ありがたきお言葉」

 

 ルチルの言葉に、口を挟まず黙っていたレレは優雅に一礼する。……この人本当に盗賊っぽく無いな。

 そしてルチルの褒め言葉? に反応したのがもう一人。ハウロさんだ。

 

「やっだルチルちゃん、そんな風に言われると俺照れ、うび!?」

「え、今の何? ハウロさんが一瞬で消し炭に……」

「ああ、これは呪縛による罰のひとつでな。心配せずともそ奴らの身はすでに人にあらず。すぐに再生する」

 

 いやでも、さっき痛みはそのまま感じるって……。

 すげぇな。灰にされるような痛みを味わってなお報酬もろもろ請求するとか。自分たちの立場分かってんのかって問いがこれほどふさわしい奴らもなかなかいないんじゃなかろうか。というか今更だけどハウロさん、あんたも盗賊だったんかい。気のいい兄ちゃんかと思ってたからちょっとショック。だが今は消し炭だ。私からは何も言うまい。

 

「しかもこいつら、試しに要求の物を与えたらその働きが一気によくなってな。盗賊なだけに、現金なものだ」

「あ、普通に話しは続けるんだ?」

 

 すげぇや。今人の形をしたものを消し炭にしたのにまったく気に留めていない。多分、日常茶飯事なんだろうな。

 私は消し炭ハウロさんからそっと目をそらし、見ないふりを決め込んだ。

 

「それで、だな。こ奴らは現在妾が使役する精霊だが、妾が直接精霊として使う他、同時に妾直轄の裏部隊としての役割も与えておる」

「直接精霊として使うっていうのは、昨日の魔法みたいな?」

「そうだ。ちなみに普段はアグレスに貸し与えているが、妾が使っていたあの剣は元は精霊姫の天恵に宿っていた炎の加護だ」

「えっ」

 

 ちょっと待って。その精霊姫の天恵……今もルチルの髪の毛に飾られた漆塗りの櫛、例の国宝級のブツ。たしかちょっと前にお前に返すよ~! ってルチルに言われたような。

 

「そんな凄いものが宿ってるのに、俺に返すとか言ってよかったの? いや、断ったし今後も俺の手には余りそうだからいらないけど」

「あれを見た後でもそれを言うか? ……まあよいが。そう。精霊姫の天恵には、五柱の精霊の加護が宿っており、それぞれ武器として具現化する事が可能でな。無駄にこいつら強力な力を宿していたもんだから、それらの道具を呪縛の触媒に使ってやっと配下に置いたのよ」

「いやいやいや。ちょっと待って。それってさ、もし俺がその櫛返してもらってたら、そいつら一緒にくっ付いてきてたの?」

「ふふっ、安心してくれ。その場合はスッキリさっぱり返却できるように、こやつら全て処分してから返すつもりだった」

 

 可愛い笑顔で物騒な事言われた。処分て。

 

「レレさん。俺ら知らないうちに生死の境彷徨ってたみたいッスよ」

「そうみたいですね」

 

 そして盗賊サイド冷静だな! もし私が櫛を返してもらう事を了承してたら、お前ら今頃あの世……いやさっきの話を聞く限りこいつら的にはそれでもいいのか。

 

 

「ともかく、頑張って捕まえた盗賊を下僕にして現在便利に使役中! というのが事の顛末だな」

「ザックリまとめたね!?」

 

 リアクションに困るんだけど! しかも「十二年前の事でエルの気が収まらなければ、すぐに処分してもかまわぬぞ? 好きに拷問しても良い!」とかウッキウキで言われても! どうしろと。

 でも十二年前とは別にこの間のセクハラの恨みがあるから「ふ~、やれやれ。じゃじゃ馬姫は凶悪だぜ」とか言いながら起き上がって来ていたアグレスの股間に一発蹴りを叩き込んでおいた。ルチルはもちろん他の三人にも笑われてるあたり、こいつに頭目としての威厳とかはあるんだろうか。まあ、私が気にするこっちゃないけど。あースッキリした。

 

「だが使うとすれば使うとするで、問題もその分多くてな。ある程度自由にさせている方が成果を上げるからそうしているが、やれ女だ金だと問題は起こすし、首輪をつけてはいるが勝手に消息不明になるし……」

 

 あ、はい。その女関係の問題、私も被害を受けました。そしてそいつ、その関係でセクハラにしちゃあヤバい魔法使ってました。

 私が心の中で挙手していると、横から不満そうな声が割り込んできた。

 

「だからルチルちゃん! 俺が半年連絡できなかったのは結界のせいであって、俺は悪くな、ひゃば!?」

「言い訳は結構。もう一週間も戻るのが遅ければ、遠くから貴様を処分していた所だ」

「いやルチル。多分ハウロさん聞こえてない」

 

 いつの間にか復活していたハウロさんがまたヤバい事になった。なんか今度は内側からぱーんっって弾けた。え、バリエーション豊富だね!?

 けどハウロさん。多分すぐに罰を受けちゃう原因は、ルチルをちゃん付けで馴れ馴れしく呼んでいるからじゃないですかね。自分の命を握ってるボスをちゃん付けって、なかなか出来る事じゃないよ。

 

 

 

 

 まあとにかく、だいたいの事情は把握出来た。…………なんというか、ルチルも盗賊も逞しい。

 

(あ、そういえば)

 

 色んな情報を聞いたことで若干頭がふわふわしている中、私は唐突にアグレスに受けた呪いを思い出した。色々と不便だし、この期に解かせた方がいいだろう。自分でやるの面倒だし。

 でもそうなると街中でアグレスに会った事やら、私が女の子の格好で歩いていた事もルチルに話さないといけないんだよなぁ……。今の様子を見るに、まだルチルはアグレスからそのことを聞いていないっぽいし。う~ん、でも話すと男装で王女様を欺いてた的な罪で怒らせ……いや、無いか。

 

 少しの付き合いで分かったけど、ルチルは意外と寛容だ。魔纏刺繍で股間のブツまで再現していたことにドン引きされる覚悟だけきめれば、さっさと話してしまった方が色々と楽だろう。少なくとも騙されたと怒るほど、ルチルは狭量ではない。

 

 

 だから私はそのことを話すべく、口を開こうとした。

 

 

 が、その時だ。ふいにルチルが一枚の紙を差し出してきたのは。

 

「ところでエルよ。その紙にちょちょっと署名してはくれぬか?」

「え? あ、うん。…………?」

 

 何の脈絡もなく差し出された紙を思わず受け取る。しかしそこに書かれた内容に、私は石のように固まった。

 

「そなた、この短い期間で魔人に遭遇したり事件に巻き込まれたり、目が離せぬからのぉ。旅をするそなたの行動をあまり縛りたくはないが、約束が欲しいのだ。かつて再会を誓った時のように」

 

 そう言ってふわりと笑ったルチルは可愛いやら美しいやらで胸がドキドキしそうだけど、だからといってそれに惑わされてこの書類にサインするわけにはいかない。

 

 だって。

 

 

 

「婚約者がどうとか書いてありますけど!?」

 

 

 

 今ここで「実は女だぴょんテヘペロ!」とか言ったら殺されるだろうか。

 ジーザス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※このお話から匿名投稿を解除しました。解除前の名前は「やきとり」です。

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