「うふふ~♪」
大きな花の中でだらしなく頬を緩めるリリア。今日も今日とて彼女はとある少年の事を考えながら自らを成長させ続けている。
ずっと前に森の中を迷っていた少女のように可愛い少年。山菜摘み用のかごをその小さい背中に背負ってこの場所までたどり着いた迷子に最初こそ緊張して上手く話もできなかったものだが、今となっては彼との時間が唯一といってもいいほどの楽しみだ。
人外としての自分を怖がるわけでもなく、蔑むわけでもない。ただ優しく包み込むような笑顔で接してくれる彼に心惹かれて言ったのは一体何時からだっただろうか・・・
それでも、彼がこの場所でリリアと話をしてくれる時間は限られてしまっている。それがどうしようもなく寂しく切ない。
でも、彼女はその切なさを少しでも紛らわすための方法を思いついていた。
「・・・・もうちょっと、のはずなのですが・・・」
それが現在彼女が必死になっている彼女自身の成長に関係していること。なにもリリアは何も考えずに蔦を伸ばしているわけではない。
それこそ今話したばかりのリオが関係したこと。
まぁ、単純にリオの住む村に向かって蔦を伸ばし、四六時中彼の事を見ていたい。という彼女の願望のためなのだが・・・
これこそが彼女の考えた作戦。蔦を通じて風景を覗くことのできるアルラウネだからこそ出来ること。完全にストーカーと言ってもいいような作戦だが、如何せんこのアルラウネに常識なんてものは通用するはずもない。
彼女はただ単純にリオを見ていたい。という願望のためだけに行動しているだけなのだ。
「ん~~・・・リオ様のお話ではそろそろのはずなのですが・・・・あっ!!」
考え込むようなしかめっ面が一瞬にして笑顔に変わった。その視線の先に目当ての人物を見つけることが出来たのだ。
まだ距離は離れているものの、少ししたところで森が途切れその先には何軒かの家が建てられているのが見える。
しかし彼女自身そんな事はどうでもよくなっていた。
その森の入り口近く。リュックを背負った小さな少年が今まさに森に足を踏み入れようとしているのだ。
リオを見守るために蔦を伸ばし始めて一週間ほどだっただろうか、気づけば得られるエネルギー全てをその成長のためだけに費やしていた。
その努力が実を結んだのだ。これは感動も人一倍である。
「リオ様っ!!」
蔦を通した先には声なんて届かないのに、思わずその場で叫んでしまった。それほどまでに感極まってしまっている自分を抑え込むこともせず。リリアはただその目に映る自分の知らないリオに眼を輝かせていた。
しかし
「・・・えっ?」
その笑顔も、目の輝きも一瞬にして消え去ってしまう。視界の先に捉えたリオ。そしてその隣にいる見たことのない女性の姿をとらえたから。
いつも自分に向けられているはずの笑顔を浮かべ、楽しそうにその女性と話をするリオ。向こうの声を拾うことができないのがもどかしい。
楽しそうに会話を広げるリオとその女性。やがて話がすんだのか、リオは相変わらず笑顔のまま、その女性に手を振って森の中へと、こちらへ向かって歩き始めた。
「・・・・・・」
そんな様子を見ているリリアの心はまるで引っかき回されたかのようにグチャグチャになって考えもまともにできなくなってしまっていた。
別にリオが誰と話していようと気にしないと思っていた。
その笑顔を誰に向けようとも気にならないと思っていた。
彼が楽しそうに笑っている姿はどれも素晴らしいものだと思っていた。
しかし実際はそうではなかった。
リオが知らない女性と話しているのを見て裏切られた気持ちになった。
女性に向けられたその笑顔は私だけのものだと叫びたかった。
彼が自分以外と話していて楽しそうにしているのが我慢ならなかった。
「わ・・・たし、どうして・・・・?」
まるで自分の物ではないような黒い考えに頭が埋め尽くされていくのを感じる。
彼に会いたいと思っているはずなのに、同時に今は彼に血被いてほしくないと考える自分がいる。
まるで脳味噌が溶かされたかのように働かない。
堂々巡りを繰り返すだけだった思考がだんだんと単純な考えしかできなくなって、最終的に彼女の頭に残った感情は・・・
「リオ様は・・・私の・・・・」
「ふぅ、今日はちょっと遅くなっちゃったかな?」
森の中を歩くこと一時間程度、いつもよりも少し遅いペースになってしまった後悔しながら、リオはいつも通り、目的の場所へとその歩を進めていた。
「リリアもう起きてるかな?・・・・・ん?」
もうすぐ大きな花が、彼女が見えてくると言うところで、何かがリオの嗅覚をくすぐった。
いつぞやに嗅いだあの甘いにおい。
いや、臭い的には同じなのだろうが、まるで濃度が違った。前のような残り香などではない。完全に現在進行形で漂ってきている。
「・・・これ・・・なん・・・の・・・」
正体を突き止めようと大きく呼吸をしてみると、一気に頭がぼーっとしてきた。これがなんの臭いでどこから漂ってきているのか、それすらどうでもいい。
ただ、もっと嗅いでいたい。この臭いの本質に近づきたい。と・・・
ゆっくりと、まるで吸い寄せられるように歩を進める。やがて、そこへとたどり着いた。
いつも自分が訪れるその場所はいつもとはまるで違っている。開けた広場の更にその周りには、真っ赤なつぼみがいくつも並べられている。まるでその広場を護っているかのように囲われたそのつぼみは、まるで何かを咀嚼しているかのようにゆっくりとうごめいている。
中にはどこかで見たような動物的な、前足がつぼみから覗いていたり、今まさにこの臭いに誘われてきたのだろう、一羽の兎が自分からその蕾の中へと吸い込まれていった。
これが、臭いの元凶か。
そう考えて、もっと臭いをかごうとそのつぼみに近づこうとした瞬間。
「貴方様はこちらです。」
優しげな声がリオの行動を止めた。
そちらへと顔を向けると、囲んでいた花達の一部が道をあけるように動いて、広場へといざなうように横へ体をどけている。
その先。中心地には見慣れたはずの大きな花。そしてその中心から上半身だけ出したままこちらへと手を広げるリリアの姿があった。
「そちらは邪魔な者達のための蕾。貴方様が入るようなところではありませんわ。リオ様をそのような場所でいただくなんて、勿体なさすぎます。」
声を聞くだけでまるで脳がふやけて言ってしまうかのような甘美さ。そんな声を聞きながら、リオはゆっくりとリリアへと向かう。
リリアの慈愛に満ちた優しい瞳に見つめられながら、リオはゆっくりと、誘い込まれるように大きな花を登り、リリアの正面へと立った。
「さぁ、こちらで私とひとつになりましょう・・・・。」
いつもの笑みを浮かべながら、こちらを受け止めるように腕を大きく広げながら、彼女は言った。
「さぁ、どうぞこちらへ。」
「・・・・・・」
その声に、その表情に逆らうことが【出来ず】、彼女の腕の中へ。リリアはそうしてリオを抱きとめると、そのままゆっくりと蕾の中へと姿を隠す。
「・・・うぁ・・・・」
蕾の中は以前とはまるで別の場所だった。ふわふわのタオルのような柔らかさはあるが、自分を包み込む全ての場所から何か液体が染み出している。
どろりとするその液体は服に染み込み、やがてその肌へと触れる。
どこか熱を感じるようなそれはリオの体中にまとわりついて離れない。目を開けてみると、自分を抱きしめているリリアもその液体を滴らせながら。恍惚とした表情でその瞳を閉じていた。
甘い臭いにつつまれながら、纏わりつくようなドロドロとした液体に溺れながら、まるで母が我が子を抱くように自分を抱きしめるリリアを感じながら。リオは現状を感じていた。
きっと自分は今まさに死へと向かっているのだろう。と
何が原因かは分からない。もしかしたら最初から騙されていたのかもしれないけれど、どういうわけかリリアに殺されて、いや、食べられてしまうようだ。
予想外にも冷静に考えられる自分に少し笑えてしまう。
{ これで、終わり・・・かぁ・・・}
心にストンとおさまるようにそんな考えが出来てしまう。死ぬ前には走馬灯が見えると聞いたが、リオはどちらかというと、フラッシュバックなどではなく。
まるで過去を振り返る年寄りのように、穏やかに自らの過去を思い返していた。
小さいころ、良くサヤと遊んで、村の皆に怒られたなぁ・・・
初めて森に入った時、怖くて泣いちゃったっけ・・・
少しでも村の力になりたくて、山菜を採りに森に入って・・・それで迷って・・・
彼女に出会った。
はじめてみた時は驚いて腰を抜かしちゃったけど・・・
おどおどしながら自己紹介してくる彼女に気がぬけちゃって・・・
良く話すようになって・・・・僕も楽しくて・・・森の中を長い時間歩いてまで話をしにいって・・
サヤにも止められたのに・・・行かないなんて選択肢考えもしなかった・・・・
危ないの何てわかってたけど、彼女に会うためなら怖くなんてなくって・・・
あぁ・・・やっぱり僕は・・・
{ あぁ・・・美味しい・・・なんて美味しいのでしょう・・・ }
瞳を閉じていたリリアは、その味覚に限界まで集中していた。一滴も残さず味わうために、一瞬の味の変化も見逃さないために、
これこそがリリアのもう一つの食事。
それは食虫植物に良く似ている。甘い蜜の香りで獲物を誘い込み、溶解液を使って何日もかけて消化し養分をいただく。
これはリオには見せられないと、隠し続けていた事であった。自分が熊や狼等、森の中の動物たちをも喰らう化け物じみたことをしていると知ったら、きっとリオはもうあってくれないと、そう思って彼女はこのことを悟られない様に隠し続けてきていた。
だが、そんなことももうどうでもいい。リオを自分の物にするために、リオを誰にも渡さないためにはこうするほかに方法が無かった。
最初は罪悪感も多少あったものの、実際にリオを目の前にしてその感情もどこかへと消え失せてしまっていた。
そして今。彼女は幸福感に満ち溢れている。
愛しい彼を蕾の中でゆっくりと味わう。人間にたとえてみれば飴玉を口に入れて舐め続けているような感覚。
ずっとこうしていたい。
ずっとこのままリオ様を味わっていたい。
この瞬間を終わらせたくない。
まるで麻薬のような中毒性。しかし、この味わいはもう二度と味わうことはない。
当然だ。彼女にとってこれほどの存在。リオ以上の存在なんてものは存在しないのだから。
だからこそ彼女は今この瞬間に集中する。普段は気を張らせている周囲の警戒も。今は関係ない。
リオという存在の味を一瞬たりとも逃すことが無いように神経をこの場だけに集中させていた。
だからだろう。彼女の味覚が一滴のスパイスを感じ取れたのは・・・・
{・・・?なんでしょう・・・この塩辛いような味・・・せっかくのリオ様の味が台無しです}
なにか無粋な存在まで招き入れてしまったのだろうか?
そう考えて集中するために閉じられた瞳を開けた。
抱きしめる形だったのだから当然だが、目の前には愛しい愛しいリオの顔。
そのはずなのに
「・・・・・好・・・・き・・・」
「・・・・えっ?」
その顔はいつものように、リリアと会話しているときにも見せるあの笑顔を浮かべたまま。
しかしその瞳に涙を浮かべながら、そうリオは呟いていた。
これから死を迎えると言うのに、
裏切られたと思われても不思議ではないはずなのに、
彼はその彼女に笑顔を浮かべながら告白していた。
「リオ・・・様・・?」
「リリアぁ・・・す・・・き・・・・」
「―――――っ!!!」
まるで頭から氷水を受けたような感覚だった。
いままで幸せの頂点。感じたことのないような幸福感に包まれていたのにもかかわらず、いまリリアを襲っているのはその逆。
とんでもない罪悪感と恐怖。
しかし、そんなリリアを前にしても、リオはその表情を崩さない。
目はすでに焦点を失い、体は力なくリリアにされるがままに脱力している。
それでも、リオはゆっくりと右腕を伸ばし、リリアの左頬へとそっと触れると、
「・・リ、リ・・・ア」
愛おしそうに。まるで愛する恋人の名を呟くかのように。彼女の名を呼び。
「あ・・・リオ・・様っ・・・リオ様ぁぁ!!」
ゆっくりとその瞳を閉じた。
「うぁ・・・・っ!!!」
声にならない声を上げ。リリアはそのつぼみの中からリオを自分ごと引きずり出した。すでに蕾の中の溶解液は止まっている。
「リオ様!!リオ様ぁ!!!」
必死に名前を呼びながらいまだ顔に残る溶解液を拭っていく。
少しでも長く味わっていたいと言ういびつな感情が幸いし、まだリオの体は原形を保ったままでいる。しかし、本来は骨まで溶かすような液体をその体に浴びたのだ。平常でいられるはずがない。
そんな彼女を哀れに思ったのか、それとも、心を取り戻した彼女に対する天の救いか。不意に二人をスコールとも思えるような雨が襲う。
その雨はリオとリリアに着いた溶解液を洗い流し、その体を清めていく。ようやくリオの体から溶解液が洗い流されたころ。リリアは、いまだ目を覚まさないリオの体に覗き込み、その頬を震える手で包み込んだ。
「・・ごめ・・・なさい・・・・ごめん、なさい・・・ごめんなさい・・・」
激しい雨に打たれながら・・・彼女はずっと、リオに謝罪を繰り返す。
その雨にまぎれて、リオの頬には雨とは別の水滴が絶えず流れ続けていた。
まずはじめに、更新が遅くなってしまって本当に申し訳ありません。最近リアルが多忙で、なかなか書く時間が取れませんで・・・言い訳ですな、すいません。
今後も更新ペースは不定期になるかと思いますが、まだまだ書き続けていきますので、気長にも街いただけたら幸いです。(・ω・;)
はい。というわけで、リリアちゃんヤンデレ化致しました。
基本的におっとりして上品な娘ほど、「裏切られた」と感じてしまうと案外簡単に病んでしまうような印象があるんですよね。(・ω・´;)
というわけで今回はリオ君に犠牲になってもらいました。
といっても死んだわけではありませんが・・・・
死を目の前にしてああも冷静でいられたのは、それをもたらしたのが自分が好意を寄せる相手であったことと、彼女が発した蜜の臭い。効力のようなものですね。一種の麻薬のように、限定的に神経を麻痺させるような効力を想像したので、リオ君はあんな感じでいられたのです。
アルラウネにこんな一面があると言うのは完全に作者の妄想です。体が大きいとその分光合成だけでは栄養足りないだろうし、たりない養分をこんな感じで補ってるのでは・・?
という考えから今回このような展開にさせていただきました。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。
感想。アドバイスお待ちしております。