ー想い歌ー   作:土斑猫

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 本作はライトノベル「半分の月がのぼる空」の二次創作作品です。
 オリジナルキャラが登場し、重要な役割を占めます。
 オリキャラに拒否感を感じる方は、お気をつけください。

 また、今作はボーカロイドの曲、「悪ノ召使」関連に関係した表現が多く出ます。
 一連の曲を知っていると、より分かりやすく読めると思います。

 興味があれば、聞いてみてくださいな。


ー想い歌ー・⑪

                   ―11―

 

 

 カツ カツ カツ

 廊下に響く、僕の足音。

 ドクン ドクン ドクン

 それに同期する様に響く、僕の鼓動。

 今は放課後で、周りには沢山の生徒達がいて、それなりに騒々しい筈。

 なのに、その喧騒が全然耳に入ってこない。

 頭の中に響くのは、僕自身の足音と鼓動だけ。

 いつもと同じ廊下の筈なのに、酷く長く感じる。

 どうせなら、いっそこのまま永遠に続けば良いのにとか思ってしまう。

 だけど、現実は非情だ。

 やっぱり廊下には終わりがあり、その続きの階段にも終わりがある。

 階段を降りる時など、この階段が奈落の底まで続いていればとか思えたものだけど、結局何という事もなく下についてしまった。

 後はもう、昇降口に向かうしか道はない。

 僕は一人溜息をつくと、残り僅かな道程を歩き始めた。

 

 

 昇降口に着くと、そこではもう里香が待っていた。

 乾いた喉が、ゴクリと鳴る。

 「お、おう、待ったか?」

 務めて平静を装いながらそう言うと、

 「うん。待った」

 などと返された。

 相変わらず、遠慮がない。

 「遅かったね。どうしたの?」

 「い、いや、今日は日直でさ、帰り際に先生に用事頼まれちゃってよ。まいったよ、ホント」

 事前に用意していた言い訳を口にする。

 自然に自然にと思っていたが、かえってそれがいけなかったらしい。空気が喉で絡まって、裏声みたいな変な声が出てしまった。マズイ。不審に思われたか!?と全身冷や汗もので里香の反応を待ったが、里香は「ふーん」と気のない返事を返してくるだけだった。

 どうやら、感づかれなかったらしい。内心で胸を撫で下ろす。その後も当たり障りのない話題で場を持たせるが、里香は「ふーん」とか「そう」などと言った話題の中身に相応しい気の抜けた返事を繰り返した。

 この様子から察するに、昨日の出来事がまだ尾を引きずっている様だと僕は考えた。これなら、今日の昼の事は里香の耳には入っていないと考えて差し支えないだろう。

 とりあえず、僕はホッとする。

 しかし、こんな事で間を稼げるのもあとほんの少しの間だろう。

 もう少しで自転車置場に着く。着けば、ほぼ確実に蓮華(あいつ)が待っている。そして蓮華(あいつ)の事だ。昼の出来事を洗い浚いぶちまけてくるに違いない。それも、得意気に。その時に見せられるであろう、蓮華の勝ち誇った悪魔の様な笑顔がリアルに浮かんできて、頭がクラクラした。

 もしそうなったら、里香はどんな反応を示すのだろう。

 怒るだろうか。

 それとも、呆れるだろうか。

 まさか、泣きはしないだろう。

 とにかく、僕にとって決して愉快な事にならないのは確定事項だ。

 もういっそ、自転車置場に行く事を止めてしまおうか。

 そうすれば、(多分)蓮華(あいつ)には会わずに済むだろう。

 そうだ!!そうしよう!!里香には健康の為だからたまには歩いて帰ろうとか言って……。

 いいや、駄目だ。唐突にそんな事を言い出せば、里香が不審に思うに決まっている。

 自分で藪を突いて蛇を出してたら世話もない。

 しかし、このまま行ったら行ったで、待っているのは悪魔(蓮華)の待つ本当の修羅場。

 行くも地獄引くも地獄。八方塞とはこの事だ。元はと言えば自分で撒いた種とは言え、一体何の因果でこんなに寿命を削る様な思いをしなければならないのか。もし運命の神様なんてものがいるのなら、その胸倉を掴んで10回ぐらいぶん殴ってやりたい気分だ。

 そんな事をとりとめなく考えている内に、とうとう自転車置場に着いてしまった。

 もうどうしようもない。

 僕は覚悟を決めた。

 

 

 ――だけど、奇跡は起きた。

 理由は分からない。

 ひょっとしたら、さっき10回ぶん殴ると脅しをかけた運命の神様が、そりゃ敵わんと気を利かせたのかもしれない。

 とにかく、奇跡は起きたのだ。

 そう。その日、如月蓮華は自転車置場に現れなかった。

 

 

 僕は浮かれていた。

 有頂天になっていたと言ってもいい。

 とにかく、目の前まで迫っていた地獄。それが、向こうから避けてくれたという事が嬉しくて仕方がなかった。

 落ち着いて考えれば、事が先延ばしになっただけ。事態そのものは全く解決していない。けれど、今の僕には当座の問題がなくなっただけで御の字だったのだ。

 「いやぁ、変な奴も出なかったし、今日は良い日だったなぁ」

 自転車置場から校門への道程をカラカラと自転車を押しながら、僕は傍らを歩いている里香に言った。

 「……うん……」

 「全く、いい加減蓮華(あいつ)にはウンザリだったもんな。」

 「……うん……」

 「だけど、本当どうしたんだろうな。今日に限って」

 「………」

 「ひょっとしたら、あんまりはしゃぎ過ぎて鬼大仏に目でもつけられたんじゃねえか?今頃、生徒指導室で絞られてたりして」

 狭い個室の中、鬼大仏と差し向かいで座らせられている蓮華の姿が頭に浮かんだ。

 何をしでかしたは知らないが、とにかく鬼大仏の逆鱗に触れた蓮華は椅子の上に小さくなって座っている。いつもの小生意気な雰囲気はスッカリ影を潜めて、目印のサイドポニーも見る影もなくしょぼくれている。鬼大仏がドンと机を叩き、バッカモーンと怒鳴る。その剣幕に蓮華はすくみあがり、すいませんすいませんと頭を下げまくるのだ。

 いいぞ!!鬼大仏!!いや、ここは敬意を込めて近松覚正と呼ばせてもらおう。もっとやれ!!その悪魔をもっと凹ませてやれ!!

 その様子を想像して、僕はウハハと笑った。

 ……全く、僕は浮かれまくっていた。

 浮かれて浮かれて、周りが目に入っていなかった。

 だから、気付かなかった。

 傍らを歩く里香の様子が、いつもとは違う事に。

 

 

 校門についた僕は自転車にまたがると、里香に荷台に乗る様に促した。

 「ほら、乗れよ」

 でも、里香は動かない。

 「どうした?乗れってば」

 だけど、やっぱり里香は動かなかった。

 さすがに不審に思った僕が、もう一度言おうとしたその時、

 「……裕一、言わないんだね……」

 里香が唐突に口を開いた。

 「え、な、何をだよ?」

 戸惑う僕を悲しげに見つめると、里香ははっきりと次の言葉を口にした。

 「今日のお昼、あの娘と何してたの?」

 それを聞いた途端、僕の浮ついていた気持ちは、真っ逆さまに地へと落ちていった。

 ガシャンッ

 うろたえた僕の手から離れた自転車が、派手な音とともに地に倒れた。

 「ど、どうしてお前……」

 「今日のお昼、あの娘と一緒に行ってたよね?屋上」

 「ま、まさか……」

 嫌な予感が、僕の胸を過ぎる。

 「うん。見てた」

 「―――っ!!」

 確かに、里香達一年生の教室は僕達二年生の上の階にある。屋上に行くにはどうしても通らなきゃならない。という事は、当然一年連中にはその姿を見られる可能性がある訳で――

 ――迂闊だったとしか言い様がない。蓮華の事ばかりに気を取られて、周囲の事にまで気が回らなかった。

 「あ、あれは、その……」

 まともに答える事も出来ず、しどろもどろになる僕に向かって里香はさらに言い募る。

 「食べたんだね。あの娘のお弁当」

 僕は、全身の血が下がるのを感じた。

 「い、いや、あれは蓮華(あいつ)に迫られて無理やり……」

 「でも、“美味しかった”んでしょう?」

 「んな……!?」

 息を呑む僕。

 里香は表情を変えず、淡々と語る。

 『聞こえたもん。『美味かった!!』って」

 「き……聞いてたのか……!?」

 そこで初めて、里香は僕から目を逸らす様に顔を伏せた。

 「……あたし、いたもの。屋上の、ドアの裏に……」

 冗談でも比喩でもなく、本気で目眩がした。

 ……当然と言えば、当然かもしれない。里香だって、一人の女の子なのだ。

 いくら、他の女子より知恵が回るとしても。

 いくら、他の女子より精神が成熟してるとしても。

 その本質は、一人の少女に過ぎないのだ。

 つきあってる男が、他の女と、それもその男に好意があると公言している女と一緒にいるのを見て、気にするなと言う方が無理というものだ。

 「聞いちゃった。全部。あの娘が言ってた事も」

 「……!!」

 里香の言葉に、僕は愕然とする。

 「あの娘、大好きなんだね。裕一の事」

 「そ……それは……」

 最悪の事実だった。

 これならむしろ、自転車置場で蓮華に遭遇した方がまだましだったかもしれない。

 それなら、いくら蓮華(あいつ)が騒ごうが所詮口だけの話。

 幾らでも誤魔化しようがあっただろうに。

 「嬉しかった?あの娘に“恋してる”って言われて……」

 「ち、違うぞ!!あれは蓮華(あいつ)が勝手に……!!」

 言いながら、僕はこれでもかと言うくらい混乱していた。

 どういう事だ!?

 これでは、まるで蓮華が里香がそこにいるのを知りながら、あんな言動をとっていた様ではないか。

 そこまで考えて、僕は心底ゾッとした。

 そう。“知っていた”のだ。

 蓮華は、あの場に里香がいる事を知っていた。

 だからこそ、あんなに執拗に僕に「美味かった」と言う様に仕向けた。

 だからこそ、あんなに派手に自分が僕を好きだという事を喚き散らした。

 自分が聞きたいからではない。そして、僕に聞かせる為でもない。

 全ては、“里香に聞かせる”為。

 最初から計画していた事とは思えない。

 多分、僕と一緒に屋上に行く途中で、里香が見ている事に気がついたのだろう。

 それだけでその後の里香の行動を読み、即興でこんな計略を練り上げたのだ。

 ……狡猾なんて生易しいもんじゃない。それこそ、本当に悪魔の如き奸智だ。

 「勝手にしては、随分嬉しそうだったよ?あの娘……」

 「違う!!違うって!!ほ、ほら、そこまで聞いてたんなら、あれも聞いてただろ?オレがキレてあいつに怒鳴ったの……」

 溺れる中で藁を掴む様に、僕はその事実にすがった。だけど――

 「じゃあ、何で話してくれなかったの?」

 「―――!!」

 里香の言葉に、今度こそ僕は言うべき事を失った。

 「話してくれれば、それで良かったのに。裕一、そうしなかった。隠そうとしたよね?触れないようにしたよね?どうして?」

 怒鳴るでもなく、泣きじゃくるでもなく、ただ淡々と語る里香。

 返す言葉が、僕にはない。

 「……やましかったんだよね?後ろめたかったんだよね?だから、隠そうとしたんだよね?」

 ……そう。僕はやましかったのだ。後ろめたかったのだ。

 くだらない好奇心に負けて、見え見えの罠にはまってしまった自分が。

 どんな形であれ、里香を裏切ってしまった自分が。

 賢しい里香の目には、さぞ滑稽に、そして情けなく映っていた事だろう。

 ただ自身の保身の為だけに、事実を隠そうと必死で言葉を言い繕う僕の姿は。

 「………」

 「………」

 里香はもう、何も言わなかった。

 僕はもう、何も言えなかった。

 カツン

 何処か重い足音を響かせて、里香が歩き出す。

 「お、おい……!!」

 「着いて、来ないで」

 慌てて追いすがろうとした僕を、里香の声が遮る。

 「一人で、帰るから……」

 能面の様に表情のない顔でそう言うと、里香は振り返りもせずにツカツカと歩き出す。

 どんどん遠ざかるその後姿を、僕はただ見送る事しか出来なかった。

 周りで事の成り行きを見守っていた生徒達が、ザワザワとざわめき出す。

 そのざわめきの中で、僕はボンヤリと考えていた。

 あの時、蓮華が屋上から校舎の中に戻った時。

 開け放たれたドアの裏に、里香はまだいたのだろうか。

 もしそうだとしたら、蓮華はそこにどんな表情を向けていったのだろう。

 優越?

 嘲り?

 それとも悪意?

 僕の内に浮かぶどの顔も、怖気を振るう様な表情をしている。

 あの綺麗な顔を歪に歪めて、ケタケタケタと笑うのだ。

 その笑い声に、周りの連中のざわめきが重なる。

 ああ、うるせえ。

 うるせえよ。

 耳を塞いでも、喧騒に混じる笑い声は消えはしない。

 いつまでも止まないざわめきの中、僕はただただ、立ち尽くすだけだった。

 

 

                                   続く

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