最近、変な夢を見る。そこでは両親や友達、先生みたいな人が別人としてそこにいて、でも僕と仲良くやってるんだ。不思議だけどどこか懐かしくて、安心できる夢だった。で、起きて学校行って友達を見ると、重なって見える。そこにいるのが夢の中の人物なのか、現実の人物なのか、はっきりしなくなってしまう。それがちょっと気持ち悪かった。でも夢は夢、時間が経てば忘れるだろう。
「ふわあ……」
高校二年生にもなってこんなことを考えているなんて、ちょっと子供っぽいか。妄想全開、って感じだから。大人に片足を突っ込んでいる年齢だろうし。精神年齢は子供のままな気もするけれど。
「面倒だなあ」
朝はいつも怠い。心地の良い日光を浴びながらの登校は、健康にはいいかもしれないけど心情的にはよろしくない。また授業が始まるなあとか、今日は体育があるなあとか、やらなくちゃいけないことがあるのは、何となく息が詰まる思いだ。
まあ、それは僕よりも先を歩いている学生も同じだろうから、頑張ろう。
「よう」
欠伸を噛み殺していると、肩越しに声をかけられた。眠い目を擦って振り返る。
「ああ……おはよう、今日も元気だね」
「一日の始まりは気持ちよくないといかん、ほれ背を伸ばせ」
そう言って僕の背中をバンバン叩く恰幅の良い男は、友達の小野田義行。角刈りの頭が実に似合うスポーツマンだ。柔道部に所属していて、持ち前の体で活躍しているらしい。興味がないから実際には見たことはない。
「痛い痛い、力強いんだからちょっとは加減してよ」
「何を言う。俺は全然力を入れとらんぞ? お前さんちょいと軟すぎやせんか」
「君と比べたら大抵の人は軟だと思う」
「減らず口を叩きおって」
小野田君は大口を開けて笑った。
何というか一つ一つの動作が豪快なんだよね。中学の頃からの付き合いだから、慣れはしたけれど。
「そう言えば今日はないの? 朝練。普段だったら僕と一緒にならないでしょ」
「今日は顧問が来られんとかでなあ。急遽なくなってしまった」
「へえ、柔道部の顧問ていうと……」
「遠田先生だ」
「そうそう、遠田先生。病気か何かかな」
遠田先生は柔道部の顧問にして生活指導担当で、ヤの付く職業の人かと思うくらい迫力のある顔をしている人だ。年中サングラスしているし。体育の授業で偶に教えられたりするけど、正直言って僕が苦手なタイプだ。
声がでかいし怒りっぽいし、まあ要するに怖いわけで。だから病気とかになりそうな人ではないと思っているけれども、ちょっとなってくれないかなって感じで僕はそう言った。
「それがどうにも不思議でな。昨日の朝はピンピンしておったのに、夜になって急に体調を崩したらしく電話が来た。何があったのかは分からんのだが、少しばかり心配している」
「でもあの人はそう簡単にやられないと思うよ」
「俺もそう思う」
にやり、と小野田君は口の端を上げて笑う。
僕もつられてちょっと笑った。それから他愛のないことを話しながら歩いた。
「お前さんと一緒に歩くのなんていつぶりだ? もうかれこれ……ひと月くらいはなかったように思えるなあ」
「帰宅部と運動部じゃあ、登下校の時間は合わないからねえ。クラスも違うからなおさら。でもそんなになかったっけ。僕としてはあんまり感じないけど」
「何だ、薄情な奴め。一緒に歩きたくないとかそう言うことか」
「そうじゃないけどね。ただそう思わないくらい最近に……あ」
「どうした?」
「あー……いや、何でもないよ」
小野田君は不思議そうに僕を見て来るけど、さすがにこれは言いにくい。
だって僕が小野田君との感覚が違うのは、多分夢で出会って一緒に歩いたり遊んだりしているからだ。昨日見たばっかりだから、どうにも引きずってしまっているらしい。こんなに実感が伴うことは初めてだった。
「? 不思議な奴だ。……お、あそこを歩いているのは坂下じゃあないか?」
「ん?」
「ほれ、あそこだ」
小野田君が僕の頭を掴んで無理矢理動かした。地味に痛い。その先には一人で気怠そうに歩いている女子生徒がいた。真っ黒な長髪の、モノクロみたいな女の子。……モノクロみたいって、自分で言っていてよく分からないけれど。
「お前さんのクラスだったよな?」
「うん、そうだよ」
「噂は知っとるか?」
「噂?」
小野田君はそう言う話を好みそうなイメージがなかったけど、意外と好きなんだろうか。
「さあ、知らないなあ」
「何でも、幽霊が見えるらしいぞ」
「ユーレイ? それはあの、足がなくて浮いてるような?」
「おう、それよ。この話をしていた奴によるとな、放課後の誰もいなくなった教室で、一人で楽しそうに話していたそうだ」
楽しそうに、と言うのは驚いた。僕は彼女の笑顔を見たことがなかったから。
「電話でもしてたんじゃないの?」
「いや、何も持っていなかったらしい」
信ぴょう性がない、まさに噂って感じの話だ。
「それだけで何で幽霊が見えるなんて話に? ただの電波さんかも」
「坂下はそう言う雰囲気があるだろう」
そう言われると返す言葉もない。
「……ちゃんとした根拠はないんだね」
「う、ま、まあなあ。見た奴が一人だけだ。実際はどんな感じだったかは分からん」
「怪しいなあ」
「だが、こういうのは何だかワクワクしないか?」
小野田君は嬉々とした瞳で聞いてきた。
ああ、何となく合点がいった。小野田君、噂が好きなんじゃなくてオカルトが好きなんだ。
「直接聞いてみようか」
「見た奴にか?」
僕は首を振った。
「坂下さんに」
小野田君は微妙な表情で見て来るが、そんな中途半端な話だけ聞いたのでは逆に気になってしまう。
僕は小走りで坂下さんの隣に並んだ。
じろっ、と睨まれた。けれどすぐにまた視線を外されてしまった。
「おはよう」
返って来る声はない。ちょっと寂しい。
「朝は辛いよね」
無言。
「ああ、そうそう。今日遠田先生いないんだって。もしかしたら女子の体育自習になるかもしれないね」
やっぱり無言……。
「あれ」
無言ではあったけど、彼女は僕を見ていた。
「えっと」
「遠田先生、休みなの?」
透き通った声だった。今にして思えば、彼女の声を聞いたことがなかったのかもしれない。
「あ、うん。そうらしいよ。なんでも昨日の夜に体調を崩したとか」
「……ふうん」
興味があるのかないのか、そう言ったきりまた無言になってしまった。
それから高校に到着するまで一緒に歩いていたけれど、結局彼女の声を聞けたのはこれだけだった。どうだったと聞いてくる小野田君に、「坂下さんて綺麗な声をしているね」と言ったら呆れられてしまった。変なことを言っただろうか。
――遠田先生はその日から一週間たっても高校に来ることはなかった。