という訳でどうぞ。
母の日。普段は感謝の気持ちが伝えられない人も、
いやまあ、この日しか伝えちゃいけないなんて規則は無いけど。
「……パチェ、ちょっといい?」
「ん、どうしたの? 分からない所でもあった?」
「残念ながら今は無い。実は今日、母の日なんだよ」
「……へえ?」
最近聞かれる事が少なくてつまらない、と言っていたパチェだったが、『母の日』という単語を聞いた途端目を光らせた。確かにパチェと接している時間は紅魔館の中でも長いし、魔法の勉強、更には魔法文字も一部教わってたりする。分かると楽しいもんだよ、魔法文字。
「んで俺の場合さ、血の繋がった母親がどこへやら……って感じじゃん」
「そうね、最近気にしてなかったけど……それで?」
「という訳で、それっぽい人をピックアップしてみたんだけどさ……その、かなり多かったんだ」
「ふ、ふうん……具体的に言うとどのくらい?」
あ、ちょっとむくれてる。自分で確定だと思ってたのか。……目を光らせたのはそれが理由だろう。
「ええと、3歳まで育ててくれた大妖精。5歳まで育ててくれて、文字や幻想郷の歴史を教えてくれた先生。それから、《家族》として迎え入れてくれたレミィ。西洋の知識と魔法を教えてくれたパチェ。武術体術の基礎を叩き込んでくれた美鈴。以上5名、かな」
「……半分くらいは教えた人な気がするのだけれど。私と美鈴はそれだから、残りの3人の………って、こあとあの蓬莱人は?」
「あの2人は、母親と言うより姉の方が近いかな。どっちかって言うと」
「そう……」
自分の可能性が消えて、かなり落ち込んでいる様子。こんなパチェを見るのは久々な気がする。いや、初めてかもしれない。
とまあ、噂をすればなんとやら。当の
「パチュリー様ぁ、見てくださいよこれ! 咲夜さんがくれたんですよ! 顔赤くしてぇ、照れくさそうに俯いてぇ……はぁぁう、可愛いぃぃ!」
「こあ、貴女今度有機王水のお風呂に入ってみる気は無い?」
「ギャーそれって○ねって言ってるようなものじゃなちですかやだー! 今日のパチュリー様怖いです!」
「ど、どうどう……2人とも落ち着いて……それと、有機王水の風呂なんて作れるの?」
注:有機王水とは、簡単に言うと超強い酸性の液体。普通の酸では溶かせない、金や白金も溶かしてしまう。
腐食性が高く人体にも有害な為、使用には細心の注意を払う事。
……なんで知ってるのかって? 魔法研究の素材として、研究室に置いてあるんだ、これ……。本で知ってなかったら、俺の手は腐り落ちてたかもね。多分。
「霊夜君助けてください、パチュリー様が怖いですぅ」
「えっとごめん、これ俺から言える事無い……」
「そんなぁ!? 助けてくださーい!」
「わっぐっあっどっちょ、揺らさな(ゴンッ!)〜〜〜〜〜〜〜〜………っ」
「……見事に自爆して昏倒したわね。霊夜、一応ティッシュ持ってきて」
「う、うん……」
今さっきぶつけた頭を擦り、こあの鼻折れたりしてないよなとヒヤヒヤしながら研究室へ向かう。後ろでパチェが不気味に笑っていたが、気のせいだと信じよう……。
***
研究室
「……うぅ、相変わらずこの匂いか……嫌いなんだよなぁ……」
蝋燭に火を灯し、暗い階段を降りていくと、フランが居る地下室……ではなく、魔法研究室がある。何故って、入口が別なんだなこれが。
それはいいんだよ、要らない情報だし。でも色んな薬品、薬草、鉱物等々が保管されてたり使ってたりするから、匂いがキツくて嫌いなんだよ……。なんでこんなとこにしかティッシュ置いてないんだよ、この図書館……。
「またヒ素使ってるのか……。だから身体弱くなるんだってのに、もう……」
「あら? その声、霊夜?」
「ん? ……アリス? アリスだよな?」
「ええ、アリスよ。上海と蓬莱も居るわ」
「シャンハーイ!」
「ホウラーイ……」
「おお、ほんとだ。と言っても、ティッシュ取ったらすぐ戻るけどな」
「あ、それじゃあ……ちょっとこれ、飲んでみてくれる? パチュリーと作ってたんだけど、効能が知りたくて」
「えぇー……なんでそんな怪しさMAXな薬飲まなきゃいけないのさ……毒々しい色してるし」
フラスコに入っていて、紫色で、コポコポと音を立てている薬を喜んで飲もうとする奴がどこに居るのだろうか。俺の知る限り居ない。幽々子だって、拾い食いはしても毒々しいのは食べないのだ。
……いや、拾い食いも勿論駄目だけどさ。
なんてぶつぶつ言い訳をしていると、焦れったくなった(?)アリスが上海と蓬莱を使って縛り上げてきた。
「うわっちょっ、んむぶ……」
「ゴメンね霊夜、これも大義の為……!」
何言ってんだこの人形遣い。言葉の使い所よ。
比較的マトモだと思ってた俺が馬鹿だったのか。ああいや、そもそも魔法使いにマトモな者は居ない(パチュリー談)からマトモ寄りのマトモじゃない人だった。
「……ぷぁっ」
「……………ど………どう………?」
「……………」
あれ、おかしいな、意識が………
朧気に残っていた意識がふっ、と途切れた時、身体が溶けているような感じがした。
***
「ハッ、ハッ、ハッ……!」
先程から溢れ出る情報量が処理出来ず、飛ぶことすら忘れて、図書館の廊下を駆け回る。何度か転びそうになるも、どうにか立て直して、部屋の扉を開け放つ。
そこには本を読んでいるパチュリーと、何故か鼻血を出して鼻を抑えているこあの姿があった。霊夜が先程一瞬だけ言っていたティッシュはこの為だろうか。
なんて、そんな事どうでもいい!
「パッ、パッパッパパパパパパチュリー!?」
「よく噛まずに言えたわね。それで、何をそんなに慌てているの? ……もしかして」
「違うの!
「ふぇ? わひゃしもれすか?」
「いいから!」
「わあぁちょっと飛び散っちゃいますからぁ! まだ止まってないんですぅ!」
「後でいくらでも謝るから! あと説明とか、私もまだ理解しきってないから出来ない!」
「………………はぁ、一体何があったって言う……の………………っ!?」
ゆったりと、気だるげに立ち上がったパチュリーの手から、何よりも大切にしていた筈の本が落ちた。しかしそれをも気に留めない様子で、目を見開いてぽかんとしている。
「……?」
「ちっ……」
「ちゃく……」
「なってるのよ! どういう事!?」
確かに霊夜だが、子供サイズになっている。それも、春雪異変で見た人間ではなく、狼の。
記憶も逆行しているらしく、パチェとこあは分かっても、私の事は分からないらしい。拙い動きで、パチュリーの長衣の裏に隠れた。
「……ごめんなさい、私もちょっと情報整理が追いつかないわ……。私達は、一時的に性別を逆転する薬を作っていた。そうよね?」
「え、ええ。それもそれで倫理的にグレーだけど……でも若返りの薬は作ってなかった筈よ」
「あ゙」
ビシッと音を立てて固まったのはこあ。……このおっちょこちょい娘(?)、まさか……
「貴女まさか、薬の中身入れ替えたわね!?」
「わぁぁん申し訳ありませんパチュリー様ぁぁぁ!」
「………ああもう、どうするのよ……」
頭を抱えたパチュリーの長衣がくいっと引っ張られ、それっぽくはあるもののやはり高い声が発せられた。
「……パチェ、魔法教えてくれるんじゃなかったの?」
「ごめんなさい、私とこのアリスは大急ぎで作らなきゃならないものが出来て……こあ、後お願い」
「わっかりましたー! はーい、こっちですよー」
「……慣れてるのね?」
「仮にも、同じ《人間》を育てたのよ?」
「そうだったわ、ごめんなさいね」
謝るくらいなら早く薬を作るわよ、とスタスタ行ってしまったパチュリーだが、顔が嬉しそうだったのは目の錯覚だろうか?
それはそれとして、こあは霊夜の扱いに慣れていること。
***
いやぁ、私とした事がすっかり忘れてたぜ。本の返却日が今日だったなんて。おかげで今日の予定がズレた。
「おーすパチュリー、遊びに来たぜー……誰だお前」
「あ、魔理沙さんこんにちはー。パチュリー様なら、アリスさんと研究室に居ますよ」
「ん、お、おう。借りてたのを返しに来たんだ」
そこに置いといてください、と言われたので置いておくと、すぐ後ろに先程「誰だお前」と素で言ってしまった
「ったく、霊夜のやつもこれぐらい可愛げあればなぁ……」
「? 呼んだ?」
「ああ霊夜か、わりぃわ─────」
待て、今この子何てった。『霊夜』と口に出したら、「呼んだ?」と帰ってきたぞ。つまりこの女にしか見えない子供は霊夜で、でもあの霊夜じゃなくて………
「ど、どういうこった?」
「あはは……実は斯々然々あってですね」
「……なるほど。そんで、この可愛いのが霊夜、って訳かぁ……到底そうは思えないぜ」
「そうですか? 紅霧異変より前から知ってる私からすれば、むしろ最近の方が違和感あるんですが……」
「へえ、意外だなぁ」
手持ち無沙汰になったので頬をつついて遊んでいると、うむぃ〜という謎の言語を発して悶え始めた。それが可愛いやら楽しいやらで続けていると、怒らせてしまったのか牙を立てられた。
「いっっっって!?」
「ゔう〜〜〜……」
「いだだだだだだ、分かった悪かったやめるやめる! ……いちち、どーなってんだこいつは……」
「重度の人見知りさんなんですよ、これは今も直ってないですけど……」
「……ウッソだろ、あれで? あの良く言えば堂々とした、悪く言えばふてぶてしい態度で!?」
「え、は、はい……。そんな感じだったんですね、魔理沙さんから見た霊夜君」
まさか本当の母親でもあるまいに……と思っていたが、大きく肩を落とす小悪魔を見て申し訳なくなってきた。謝ろうと口を開きかけた瞬間、霊夜が駆け寄って、その小さな手で小悪魔の頭を撫で始めた。
「────。……ありがとう、
「……?」
「っ、あっあああありがとうございます、霊夜君!」
何がぼそぼそと言った後、いきなり立ち上がって、逃げるように去って行った小悪魔と霊夜を交互に見ても、何も引っ掛かるものは無かった………筈だ。
「な、なんだったんだ? あいつ……」
***
最近見たことが無いレベルの速度で目の前を走っていったこあから目線を外し、後ろの本棚が少し揺れたのを確認。またか、と思う反面、もう見慣れてきた光景だ。
と、こあのスタート地点に居た魔理沙が呆然と呟いていたのが聞こえた。
「さあね。体重が増えたのを指摘でもされたんじゃない?」
「絶賛不健康のお前が言えた事じゃないだろうに」
「……まあ、とりあえず薬は出来たわ。戻すやつね」
「お、良かったじゃないか。……ところで、これ外してくれないか?」
「これ……?」
アリスが肩に乗った霊夜を見た途端、抑えきれなかったのか吹き出した。腹を抱えて笑うアリスに、何が面白かったのか聞いてみるも聞こえていないようなので、私も後ろに回って──。
「……ふふっ。良かったじゃない魔理沙、懐かれたわよ」
「ええー、大事な一張羅が伸びちまうぜ……ほら、降りろ。パチュリー大先生だぞ」
「あ、降りた」
驚くほど素直に降りてきて、屈むように言われたのでその通りにしてみる。頭に疑問符が浮かんだままだが、それはどうしたものかと考えていると、左耳に息が当たった。思わず変な声が出てしまい、魔理沙とアリスに笑われているのが妙に悔しかったが、何か話すのだろうか。
「昔っから面倒見てくれてありがとな、
「………………へぇっ?」
「………………え?」
パチェ。確かにそう言った。でもそれは、紅霧異変の2年前に初めて呼ばれた筈なので、こんな小さな時ではない。という事は、つまり
「私達を騙してたわね……?」
「いやぁ、感謝伝えようとしたらなんか落ち込んじゃったみたいで……で、薬がちょうどよく
「お仕置きが必要かしらねぇ……? こあー、ちょっとお仕置き部屋に閉じ込めておいてくれるかしらー?」
「わーやめてー! 悪かったから! ごめんなさーーい!!」
呆然とするアリスはともかく、ケラケラ笑う魔理沙が妙に腹立たしいけど……もしや、気付いていたのかしら?
因みに、この後霊夜は元に戻り、疲れた様子で部屋から出てきた。……具体的には、足腰が砕けてガクガクで。
***
「……いやー嵐のような1日だったなぁ、ははは」
「思ったよりずっと演技派だったわね、霊夜……。私達はともかく、パチェやこあまで騙しちゃって……」
「ああ、それには驚いたけどな。なんか変な気がしたんだよ。私の勘、ほとんど当たらないんだけどな」
「確かに、言われてみるとそうね」
永夜異変での、魔理沙の勘を頼りにして1時間迷った記憶が蘇ったので奥に押しやっておく。でも、逆にあそこまでして感謝を伝えたいという事は──
「愛されてるのね、パチェ」
「ああ、そりゃそうだろ。じゃなきゃ、紅霧異変で私と闘う場所は図書館内だったかもな」
「そうかも。……私もお母さんに何かしようかしら?」
「お前お母さんどこにいるんだよ。会った事無いけど」
「あら?魔理沙もう会ってるじゃない。と言うか、私に初めて会ったのも幻想郷じゃないでしょ?」
「……は? …………………あああああああああぁぁぁ!? おっ、おま……あの時のォ!?」
「っ…………。むしろ、今まで気付いてなかったのね……」
***
「──ねえエルちゃん、あの子には言わなくて良いの?」
不意にそんな事を聞かれ、私は言葉が詰まってしまった。あの子に隠し事をしている、その後ろめたさから来るものだろうか。
「ふふっ、良いのよ。別に怒ってる訳でも、急かしてる訳でもないの。貴女の言いたい時に明かしなさいな。『
「……はい。私も、努力してみますが……少し、この関係が壊れるのが怖くて」
「怖がらなくて良いのよ。大丈夫、あの子はきっと受け入れてくれる。そう育ててきたんでしょう?」
優しい言葉と共に、そっと頭を撫でられる。それだけで、不安と緊張が取り除かれているような気がして、「ああ、これが母親なんだなぁ」と思わせてくれる。
……勇気を貰った。今度、霊夜に打ち明けよう。真実を、全て。
「……私、頑張ります。
と、いう訳で。
安定のカオスでしたが、母の日特別編でした。うーん約1週間経ってるのか、デジャヴを感じる。
因みにですが、この話は本編に関係があります。最後のアレが特に。
さてさて、ようやく判明した霊夜の母親(渾名だけ)ですが、いつ出てくるのでしょうか。
ではまた次回。