ようやく着いた地底の穴。思ってたよりおっきくて、中はとっても暗い。吸血鬼の視力を以てしても、底が見えない程深いのだ……と理解した途端、少しだけ怖くなった。……少しったら少しなの。
「ねえ咲夜」
「はい、なんでしょう妹様」
「……その、えっと……手、握って?」
「勿論です。お手をこちらに」
「じゃあ私とも繋ぎましょうか。これで怖くないでしょう?」
「……貴女、そういうこと言うヒトだったかしら?」
「い、良いじゃないですか。そりゃあ元々は殺し合いしていた関係ですけど、私個人としては割とお気に入りなんですよ? 紅魔館の皆さん」
「まあ、そういうことにしておいてあげるわ。……妹様、行きましょう」
「うん。それと文、怖くなんてないよっ」
「あやや、失礼しました。しかし、日が暮れるまでには地底に着きたいですね。それじゃ、レッツゴー!」
こういう笑顔のやりとりが、霊夜がまた、人里のみんなとできるようになってくれたら良いのにな。
***
「文。この穴、どれくらいまでの深さなの?」
「あやや、私にそれを聞いちゃいますか。でも、そうですねぇ……今自由落下なので、ええと……土蜘蛛や釣瓶落としに会わなければ、あと7〜8分くらいでしょうか?」
「つちぐも……?」
つちぐも、つちぐも……つち、は土だろう。ぐも、って何だろ? 雲かなぁ……。
土色の雲の妖怪をほわほわ浮かべていると、「あ」という声と共に、文と手を繋いでいた右腕がぐんっ!と引っ張られた。
「文!? 何が……」
「……っ、妹様、私の後ろに!」
「あやぁ……ごめんなさい、引っかかっちゃいました」
上を見ると、そこには──網? いや、違う。これは、この形は……
「──く、蜘蛛っ!?」
「あ、ごめんなさい。蜘蛛苦手でした? でも大丈夫ですよ、一応人型にはなれますから」
「そういう問題ではないの。……妹様、もう少しだけ腕を緩めてくださいませ。咲夜の身体が、上下に分かれてしまいます」
「えっ、あ、ごめん……」
「おや、天狗が掛かったのは久々ね。 何十年ぶりかねぇ、どっちにしろ余さず食べてあげるから安心しな」
明るく元気そうな声が、更に上から聞こえ──いや、
「残念ながら、食われるつもりはありませんよ、ヤマメさん。それでも食べるおつもりなら、そうですねぇ……8本ほど、脚を飛ばされるぐらいは覚悟してもらわないと」
「全部じゃないの。……で、そこの人間と妖怪は?」
「十六夜咲夜と申します。こちらは、我が主の妹君であるフランドール・スカーレット様です」
「ふうん。なんでここに?」
「私たち、友達を探しに来たの。《こめいじこいし》って言うんだけど……」
すると、ヤマメというらしい土蜘蛛は「へぇ」と少し驚いたような顔をした。どうやら心当たりがあるらしい。
「こめいじ、ってあの古明地? そっかぁ、妹さん見ないと思ってたら地上にいたのね。まああちこちふらついてる娘だから、ありえない話じゃないけど」
「知ってるの!?」
「勿論。なんてったって、地底のトップの妹だからね。見たことは少なくても、名前くらいは知ってるよ」
その答えを聞いて、嬉しさが込み上げてくる。そっか、また会えるんだ──
と、その時。耳が、確かな風切り音を聞いた。真上から、何かが高速で降ってくる!
「っ……!」
「妹様!」
「フランさん!?」
「……ちぇっ。外れちゃったか」
「キスメー、あんたもうちょいなんか無いの? 降ってくる以外に」
「そんな事言ったって……私釣瓶落としだから、降ってくるしか無いもん……」
とは言っているものの、吊り下げられているのはどこなのだろうか。辺りを見回してもそれらしき物は無いが……。いや、やめよう。気にしたらいけなさそうだ。
それよりも、相手が2人に増えたことについて考えよう。
上から攻撃してくるキスメと、横から攻撃してくるヤマメ。どっちに気を取られてもダメ、それでいて文が捕まってるから数の有利も無い。……正直、厳しい。でも、霊夜なら。美鈴なら。……お姉様なら。
「きっと、華麗に突破してみせるんでしょうね」
「ええ。そしてそれは、妹様も同じですわ」
「……ありがと、咲夜。じゃあ……やってみよっか!」
気を引き締めなおす為にレーヴァテインを持ち、一薙ぎすると、その気持ちに応えるかのように炎があがった。
***
「ハッ!」
「おおっと、蜘蛛糸は火気厳禁だよ?」
「甘いっ!」
「え、嘘っ……キャー!」
「あーヤマメー! うう、惜しい奴を亡くした……」
「死んでないから! 勝手に殺すな!」
「……いや、その状況で茶番するんですか貴女たち」
私が引き付けて、その隙を咲夜が突く。私が提案した訳ではなく、咲夜が自分から合わせてくれたものだ。伝えていた訳でもないので、彼女は私の動きを見ただけで判断したのだろうか。
(やっぱり咲夜は凄いなぁ……私もいつかできるかなぁ)
「……さて、残りは貴女だけですが」
「よっと。どうされます?3対1ですが」
「んー、やめた。こーさーん」
そう言うと桶の中からぴょこんと白旗が飛び出し、蜘蛛の巣にぶら下がっているヤマメの隣に降りてきた。どうやら通してくれるらしい。
礼を言って降りようとしたけど、それまで力なくぶら下がっていたヤマメがふと思い出したかのように喋り始めた。
「地底に建ってる洋館が、お嬢ちゃんたちの目的地だよ。みつかるといいねぇ」
「……うん。ありがとう、教えてくれて」
「あー、まあね。先に襲ったのはこっちだし、気にしないでいいよ」
「そういう時はお礼を言いなさい、ってお姉様が言ってたもん。だから、ありがとう」
「……ふふっ、じゃあ受け取っとくよ。どういたしまして」
ばいばーい、と手を振って別れる。ちゃんと解放してくれた文とまた手を繋いで、今度こそ地底を目指して落ちていく。
文の話では7〜8分らしいけど、どれくらいなんだろう……。
***
地面が見えた所で少し飛んで勢いを殺し、どうにか着地。少し歩いたが、程なくして橋が見えてきた。そこには1人の女性が、パルパル呟きながらこちらを見つめている。
その女性は《橋姫》らしいが、今の役目は妖怪が地上に逃げ出さないように見張ることらしい。交渉してきます、と文が勇んで話しかけて、早10分が経とうとしていた……。
「だーかーらー、地底の主に会わせてほしいんですって」
「そうやって自分の意見を曲げない所、本当に妬ましいわね。鴉天狗なんて鬼の下だったんでしょう? それなのにわざわざ行こうと思えるその度胸も妬ましい」
「そ、それは私も仕事ですし……というか、普通に通してくださいよー」
「その身体、その瞳、その髪、顔、手、翼、脚……ああ、全てが妬ましい。妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい──」
「ちょっ、……ああもう! いいから、通せーーーッ!」
「あっ」
堂々巡りの議論に痺れを切らした文が、団扇をぶぁさーっと仰いで橋姫さんを吹き飛ばした。咲夜が受け止め、ゆっくり降ろすと、小さな声で「ありがとう」と伝えてから立ち上がって……
「妬ましいわ」
「……埒が明きませんねぇ……うーん、こちらとしては通してもらえるだけで良いんですが……」
「あの、えっと橋姫さ「パルスィ」……パルスィさん。お願いします、ここを通してください」
「……妬ましいわね。どうしてそんなに強情なのかしら」
「目的があるから。大切な友達に……こいしに会いに来たの」
「……ふうん。会ってどうするつもりなのかしら。まさか考えていなかったなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「それは、無い。会って、聞きたいの。どうして、『もう会えない』のかって」
「それがあの子に迷惑だったとしても? ……ああ、その身勝手さが本当に妬ましいわ。少なくとも私は会いに行かない。会えないなら、会えないなりに理由があるのでしょう? なら、会いに行かないのが普通よ」
「っ、でも!」
「でも?」
咄嗟に反応してしまったが、それ以上の反論が出る訳でもない。……否定のしようも無い正論だ。
何も言い返せない無力感が押し寄せてきて、涙が零れそうになる──が、ぐいっと拭う。
ダメだ。ここで泣いてたって、何も解決しないんだから。
「……私ね。昔、お姉様に似たような事を言われたの。『しばらく会えない』って」
「で?」
「その時の私はまだ幼かったから、それに従ってた。でも、次に会えたのはいつだと思う? 495年後よ。私たち妖怪には、短い時間かもしれないけど……でも、その間ずっと大切な人に会えないのはもう嫌。だから、迷惑だろうと会いに行く」
「そう。でも、私から見たら貴女がどう思ってるかは関係無いの。貴女のような妖怪が、地底の連中に潰されてるのは何度も見てる。だから、私は貴女を通さない。それでも通ると言うのなら──」
「「弾幕ごっこで勝負よ」」
進路関係もいよいよ佳境に入ってきました。終わった暁には存分に執筆したいと思ってますので、もう少々このナメクジ更新でお待ちください。