「 捕 ま え た 」
耳元で、先程まで恐怖の象徴だった声が聞こえた。
「──────ッ!」
飛び退こうとしたが、肩をガッチリと掴まれている為に動けない。まさか、そんな、いくらなんでも早過ぎる。
「悲しいじゃあないか。折角
「……さっきの反応見るに、あいつアンタのこと嫌ってそうっすけど?」
「ははは、まあね。しばらく父親らしい事が出来ていなかったもので」
「へぇ……」
手が汗でじっとりとして気持ち悪い。鼓動はうるさいし、呼吸も荒くなってきた。……でも、何だろう。この違和感。俺は零の父親に会ったことは無いし、話を聞いたことも無いが、それにしてもおかしい。より正確に言うと──
「──しばらく、って言うけどアンタ、そもそも父親ですらないんじゃねーの? 申し訳ないけど、アンタみたいな奴と零が血縁関係ってのが信じらんねぇ」
「……そうか。では、死ね」
「ぎっ!? あ……っ!」
ミシッという嫌な音を立てて、肩を掴む手に力が込められ始めた。視界がスパークする、という表現を小説で読んだことはあるが、こんな所で本当に体験する羽目になるとは思わなかった。
「私は零の
「がっ……ああっ……! う、ぐ、あぁ……!」
ゴシャッ。
「(あ……折れた。つーか、砕けた……?)」
……いや、折れたにしては痛みが少ない。と言うより、掴まれてない……?
バランスを失って転んだ矢先、突然後ろで「ドゴォッ!」と何かが爆発する音が響いた。
「は、え……?」
ふわり、と良い匂いが漂い、顔を上げ──すぐに下ろした。……なんか、履いてなさそうな予感がした。
「大丈夫ですか? 急にりょ……零くんの気が小さくなったので、来てみたんですが……まさか、こんな畜生が居たとは思いませんでしたよ」
確か、
「……あー、痛みはするけど大丈夫っす。ヒビは入ったかもしんないっすけど」
「なら、今日はもう回復に専念してください。私は、ちょっと
「は、はい……。 あの、その……気ぃ、つけてください」
流石に片腕でぶん殴って十数メートル飛ばせるような人に言うことではないと思うが、この場から離脱させてもらえるならありがたい。……というか、零の気とやらを感知して来る人が居るんだから、助けを呼ばせる必要は無かったのでは……。
***
「カフッ……ククク、中々手荒い歓迎じゃないか……」
「手荒い、ですか。彼に傷を負わせ、その学友にまで手を出しておいて、拳一発で何を今更」
彼……霊夜くんは、恐らく屋上に居る。だが、この下郎をどうにかしなければ助けることすらままならない。
「……貴方を許す訳にはいかない。例え本当に親だったとしても、だ」
「ハッ、親すら居ない『家族ごっこ』で遊んでいる連中の言えることか? 笑わせる」
「ッ……貴様ッ!」
「何かおかしな事を言ったか? 親も居ない、身寄りも無い、そんな集団が集まって『家族』を騙る。滑稽極まりないじゃあないか、ハハハハハ! 傑作だったよ! どうせ口だけの関わりだというのになぁ!」
今まで抑えていたものが、音を立てて切れ──
「──すまんが、待ってもらおう。 紅美鈴殿、この場は私が引き受ける」
──なかった。いや正確には止められた。どことなく霊夜に似た、しかし明らかに違う
「……その言葉を信じろと? 初対面である貴方の?」
「無理は承知だ。だが疾く願いたい。傷が深い訳ではないが、出血量が多いのだ。私は戦うことしか出来ないが、貴女は違うだろう。──さあ、行け!」
きゅっ、と唇を噛み締める。……私はあの瞬間、家族の心配よりも敵への攻撃を優先してしまった。それを初対面の妖怪に教えられてしまった。……私は最低だ。
「……分かりました。ご武運を」
「すまない。ああそれと、零にはこう伝えてくれ。──『必ず戻る』と」
「は?……まぁ、良いですが……お名前をお伺いしても?」
「風萩日向。零の父だ」
それだけ言うと、日向は担いでいた槍を下郎に突き付けた。
***
「……(クソ、もうかよ……どんどん、早くなってる……)」
最近、魔力切れを起こすことが多い。恐らく、幻想郷に比べて回復するスピードが遅いからかと思われるが、キツいことには変わりない。
「(まだ止血出来てないのに……こうなったら、少しでも回復力を上げる呼吸をするしか……)」
「……く…! …こ………か!? ……うや……!」
「……?」
血が足りずに朦朧とする意識の中、視界が紅に染まった。次いで、誰かに持ち上げられているような感覚。
ああ──死ぬってこういう感じなのかなぁ……
薄く開いていた目を閉じ、同時に意識も手放した。
***
「……う」
「霊夜くん!」
「ッ……めー、りん……?」
「おー、起きた。凄いねぇ、血塗れだったってのにあらかた塞がってるよ」
どうやら、視界の紅は美鈴の髪で、浮遊感は姫抱きされているからだったようだ。……よく考えれば、小町は船頭だったか。とにかく、三途の川を渡るのはもう少し先……なんだろうか。
「ここは……」
「守矢神社だよ。アンタ、学校の屋上で死にかけたそうじゃないか」
ケラケラと笑う諏訪子だが、こっちは笑い所じゃない。魔力がスッカスカで録な魔法が使えなかったこともあるが、一撃も与えられずに負けたのだ。死ななかっただけマシである。
「ああ、そうだよ……それはそうと諏訪子。早苗が……」
「うん?」
「……いや、多分本人の口から聞いた方が良いかも。そろそろ帰ってくる頃だろうし……っづ!」
美鈴のお陰で止血は出来て、傷も塞がったものの、まだ完全ではないようだ。主に内蔵がヤバそうな気がする。
「なんだよ、呼びつけといて。まいっか、良い報告であることを祈ってるよ」
「神が誰に祈るんだよ……」
「祟り神が祈っちゃ悪いか?」
「や、そうじゃないけど……そこじゃないっていうか……」
「ああもううるさいなぁ、怪我人なんだから寝てろ! 治るものも治らないぞ!」
ごもっともである。ここは大人しく寝て……
「あ、霊夜くん。最後に1つ」
「ん、どした? 珍しいじゃん」
「えっと……槍を持った白狼天狗、っぽい人から伝言を預かってまして。『必ず戻る』だそうです」
「え……」
「いや、それ死ぬやつだろ!」とは思ったが、何となく父さんなら死なない気がした。妖力ごっそり持ってかれてトントンぐらいになってしまいそうで怖いというかなんと言うか……。
「……分かった。ありがとう」
父さんも、戦ってくれている。ありがたいことだ。……なのに、この胸騒ぎと違和感はなんだろう?
日向(善)と日向(悪)が入り交じってややこしいかと思われますが、日向(善)は槍使い、日向(悪)は刀使いです。
また、霊夜の内蔵掻き回したのは日向(善)の方です。
……ややこしいな!