風萩日向を名乗る謎の人物の突然の襲撃から、早1週間が過ぎた。美鈴の看病の甲斐あって、本調子とまでは行かずとも基本的な運動は出来るくらいに回復した。……で、あの時死亡フラグと共に足止めしてくれた日向、もとい父さんだが……
「ふむ、順調に治ってきているようだな。傷跡は多少残るだろうが、動けないこともないだろう」
「……そりゃどうも。つかアンタが怪我の一切無く勝ってるのがすっげー疑問なんだけど、力の大半スられたんじゃなかったっけ?」
そう、ピンピンしている。どころか、返り血まみれで神社に押し入って「勝ってきた」と抜かしてきた。それだけでも十分怖いが、問題は力の大半を持っていかれているのに勝ったことだ。おかしくないか?
「ああ、あれは嘘だ。善悪で分裂なんてする訳が無いだろう」
「は? …………はぁぁ!? え、だってアンタ……」
「小粋なジョークというものだ。だが、ふむ……思っていたよりウケなかったか」
「ウケるわきゃねーだろほぼ初対面だぞ!? どんな奴なのかすら知らないんだから気付かないに決まってんだろ……」
……なんか、変な奴というか馬鹿というか……とにかく、あの襲撃者と父さんはそっくりな別人であることが確定した。いや、確定してなくても敵なんだが。
「まあ……それはいいや、うん。勝ったってどゆこと?」
「そのままの意味だ。戦闘して勝利し、消滅まで見届けた」
「返り血塗れで来た時はびっくりしましたよ……よく警察に捕まりませんでしたね」
空白の時間を埋める勢いで話しているが故に、すぐ脱線してしまう。早苗がお茶を持って部屋に入って来なければ、そのままダラダラ話し続けてしまっただろう。
「ははは、これでも15年近くこっちに居るんだ。多少なりとも考えはあったさ……今はそれよりも、幻想郷に戻る話をした方が良い。早苗さんの一件、もう片付いたのだろう?」
「……なんで言うのかなぁこのノンデリクソ親父……てか片付いたんだ、良かったじゃん」
「え、あ、ありがとうございます…?」
3人でお茶を啜り、紫から聞いていた守矢神社の『お引越し』とその手順、個人的に気になっていた早苗と友達の件が解決してから戻ろうとしていたことを話した。
だが、紫曰く連れてくるのは神奈子と諏訪子の2柱──つまり、早苗は含まれていない。それについてはどう説明しようか決めあぐねていたので、今は言わないことにした。……説明と判断は紫に任せよう。
「しかし、日程はいつ頃になる予定だ? 早苗さんも来るにせよ来ないにせよ、それが決まらない限りは受け入れる準備も出来なかろう」
──なんッッッッで人が遠慮して言わなかったこと全部言いやがるんだこの野郎!!!!!!
と言いかけたがどうにか抑え込み、話題になってしまったからには仕方ないと切り替えた。しかしこの戦闘バカ、気遣いというものを知らないんだろうか。
「あー、えっと……それに関しては、俺は専門外だから……紫ー?」
「はぁい、何かしら?」
「早苗も行く場合って何か、その……気を付けた方がいいことってある?」
つぅ、と空間に走った亀裂から上半身だけ覗かせ、口元を扇子で隠しながら出てきた紫は、少し思案するように目を伏せてから、扇子を閉じて口を開いた。
「……もし、本当に幻想郷へ来る場合ですが。こちらの世界での、貴女という存在を証明するあらゆる記憶、記録その他諸々を消去せねばなりません」
「つまり……」
「一方通行に等しい、と考えてくださって結構ですわ」
「っ…………」
「幻想郷へ来るか否かは、貴女の意志を尊重致します。3週後に意志を伺います故、どうか後悔しない選択を」
そう言って紫はスキマに戻った。そのスキマがあったという痕跡が消えても、早苗はそこをじっと見続けていた。
***
あれから夜が明け、学校。進入禁止の筈である屋上がズタボロになっていたことについてお咎めの全校集会があった以外は、特にいつもと変わらない日常を送っている。
がこん、と音を立てて缶が排出されたものの、欲しかったものとは違うものが出てきて顔をしかめる。自販機を見ると隣だったので……まあ、ぼーっとしている時にありがちなことをしたのだろう。
「それにしても、この暑いのにお汁粉ですか……しかもあったかいし……」
「やっほ、早苗。どしたの、お汁粉なんか持って」
「えっ? ううん、ぼーっとしてて……」
「あー、間違えちゃった訳だ! そんなマンガみたいなことあるんだね!?」
私もそれ思ったー、なんて笑いながらも、頭の中では紫さんに言われていたことがぐるぐると回っていた。
──貴女という存在を証明するあらゆる記憶、記録その他諸々を消去せねばなりません。
──一方通行に等しい、と考えてくださって結構ですわ。
つまり、こうして仲直り出来たのに、彼女から私に関する記憶が無くなるということ。ならばこの仲直りは無駄だったんだろうか? ……いや、流石にそれは無いと信じたい。
でも諏訪湖様も神奈子様も、どちらも大切な
「……一体、どうしたら」
「んー?」
「いえ、何でも。それより、もうすぐ予鈴鳴りますよ?」
「あっヤバ、急げ急げ!」
もう時間が無い。だが、これは誰にも相談出来ない。一難去ってまた一難とは、こういうことを言うんだろうか。
……でも。「気にしなくて良い」と言われたらそれまでだ。だからこれは私のエゴ。私だけが苦しむから、
***
「……やっぱ性格悪いよな、お前」
戦いの跡が残る屋上で、何も無い空間に独りごちる。リボンのお陰か、なんとなく紫の視線が分かるようになってきた。案の定スキマが現れ、中から最早見慣れた顔が出てきた。
「あら、どうしてです?」
「早苗に『選ばなかった方についての記憶も消せる』って教えなかったろ。出来るだろうに」
「ええ。ですが、何でもかんでも手を差し伸べれば良いものではありませんわ。 成長に繋がりませんもの」
「お前成長とか気にすんだ……意外」
「お忘れかもしれませんが」
そう言った紫は、心底楽しそうに口角を上げた。…ロクでもないことを考えついた顔に似ているのは気のせいだろうか。
「歴代の博麗の巫女を育てたのはこの私ですわよ?」
「ぐうの音も出ねぇや……そうだったな、ごめん」
「ああ、私は幻想郷の為に沢山のことをしているというのに……やはり理解は得られないのですね、よよよ……」
「いやだからごめんって!」
……やっぱり性格悪いかもしれない。少なくとも面倒臭い奴ではある。