──いよいよ明日、幻想郷に帰る。長いかと思われた外での日々も、始まってみればこんなにも短いのかと言わざるを得ない。
最初はあんなに拒否感があったこの景色も、今となっては見慣れたものだ。星空を持ってきたように明るい街を、肩を組んだ酔っ払いが上機嫌で歩いていく。幻想郷にも夜に出歩く人はいるが、これ程多くはないだろう。そう思うと、やはり外の人間にとって妖怪の存在というものは薄れているのがよく分かる──
「おっ、なんだい
「諏訪子か。まあ、そんなとこ。…あと、見納めだからさ」
「なるほどねぇ。隣いい?」
「いいぞ。お前は……まあ、500年ちょっと前に戻ると思えばそんな変わんないか?」
「どうだろうねぇ? お前はその《500年ちょっと前》を知らないし、私は幻想郷を知らないから何とも言えないよ」
「……それもそうだ。例えが悪かったわ」
結果として3ヶ月も居なかった外の世界だが、文字通り激動の日々だった。ただ神様相手に説明だけしてさっさと帰るのかと思えば、現人神の悩み事を解決することになり、その過程で実の父と出会い、初めて同性の親友が出来て、家族がバラバラになった元凶に襲われて、etc…。正直、どれも幻想郷では体験出来なかったことばかりだ。
「…寂しい?」
「少し。
「あー…こっちじゃ厨二病って言って、いい歳して魔法がどうとか封印がどうとか言ってるのは現実が見えてない〜って言われてんだよ」
「…………そっか、こっちじゃ魔法って無いもの扱いだから…うーん、そりゃあ紫も結界で隔離するわな…」
《見える側》の麻見や早苗はともかく、香織なんかは見えなかったのにスルッと信じてくれたのはかなり異端だったんだなぁ、と今更ながらに感心。……早苗曰く魔法使いが主役の小説シリーズを愛読しているそうなので、それもあったりするんだろうか。オカルト系はどっちかと言うと麻見の方が好きだった筈だし。
──それより。
「お前ちょっと薄くない? 現界し続けるのも限か……厳しくなってきてんじゃん、本当にギリギリまで待ってくれてたんだな」
「おっ、現界し続けるのも…なんだって? ん?」
「……台無しだよ。もういい、さっさと休めコノヤロウ。前日に力使い果たして、明日行けませんでしたなんて笑えないからな」
「ちぇっ、しょうがないな」
チロリと舌を出して屋根から降り、住居スペースに消えていく諏訪子を見送り、ふと疑問符を浮かべる。
──麻見と香織の臭い。何故?
遡ること数時間前。《送別会》と称して、両親が出張で居ないという麻見の家(流石に寺ではなく普通の一軒家だった)でどんちゃん騒ぎした俺達は、日没前に解散して帰路についた。あらすじ終わり。
……じゃあその時の臭いが付いたまんまなだけじゃん。疑問解決。
「………まいっか」
***
同時刻、守谷神社の宝物庫
「……なぁ、ほんとにやんの? 見送るったって、朝早起きしてここ来りゃ良いだろ」
「私朝弱いの知ってるでしょ! お母さんにはもう泊まってくるって言っちゃってるし……それに、年頃の女の子をこんな時間に1人で歩かせる気?」
「それを言われると……つか、美鈴さんにも親父さんにも2柱にも話つけちゃってるし……」
……いや、問題はそこじゃない。こいつ年頃の女の子だから〜とか言っといて俺とこんな狭いスペースで一緒に夜を明かすことは何とも思いませんかそーですか。
あれ? これ俺が早起きして起こさないと詰みじゃね?
守谷神社が幻想郷に行くのが確か……えーと、9時半っつってたかな。んで、こいつ確か寝坊の最遅記録が11時とかだった筈だから……うわ、責任重大。
「つーかそれなら住居スペースでも良くね?」
「それだとサプライズになんないじゃん」
「そーすか…にしても暑いな、お前水分摂ってる?」
「摂ってる。…でも少ないかも」
「んー……音からして確かに不安だな……」
夜はまだ涼しい方とはいえ、季節は夏。ましてや暗く密室である宝物庫は、時間感覚は狂うわ熱は籠るわで環境としては最悪だ。冷房の効いた住居スペースが羨ましい限りだぜ畜生。……あと、今更だけどトイレは?
「……とりあえずアレだ、最悪俺のやつ貰っていいから。今はもう寝た方がいい、朝早いんだから」
「うん……寝る……おやすみ……」
……俺も寝よう。水は……いや、鷺宮も飲むかもしれないしとっとこう……
***
「──! ───か!?」
……涼しい……いや、冷たい……?
「──起きた! おい、水飲めるか!? いや…あーもう、頑張って飲め! なんだってお前らあんなとこで寝てたんだよバカ! 死にたいのか!?」
「零……? 何…待っ、ガボゴボゴボッ、ゴッ……ゴホゴホッ、悪い……えと、どういう状況?」
「こっちが聞きてぇよ! 幻想郷入ったのにまだお前らの臭いするから、辿ってみりゃお前らが倒れてるし! もうちょっと遅かったら2人とも死んでたんだぞ!? オラ塩分摂れ! 身体冷やせ! オメーもだぞ香織! いつまで寝てんだ起きろ!」
「……零クン? う゛っ、喉が……んぐっ!?」
説教の標的が一旦離れた所で、壁に掛かっている時計をチラ見。……10時半。マジか……あぁいや、それよりもまず……
「……悪ぃ、助かった。出る直前にサプライズで挨拶、って思ったんだけどさ」
「なら朝早くに来るか、せめて住居スペースに居ろよ……香織が朝苦手だとしても、こうなっちゃ意味ねぇだろ」
「んく、んく……っぷは、ごめん提案したの私。……本当に、ごめんなさい」
「……分かったらいい。それよりお前らシャワーでも浴びてこいよ、着替えは……あー、麻見はともかく香織のは無いな……美鈴の使わせてもらおう」
「…め、めーりん?」
めいりん。……話の流れからして、
「……多分麻見が思った通りのこと。みすずって名乗ってただけで、ホントは紅美鈴。まあそれはいい、とりあえず適当に引っ張り出して、それ着てくれ。下着は…ゴメン、諦めて」
「……えっち」
「サイズ考えろ。…あ、美鈴。そういう訳だから着替え貸してやって」
「良いですよー、こちらにどうぞ」
……しかしデカいよな。香織もそこそこある方だった筈だが、うん……デカいな。
「……俺は後でいいよ。鷺宮、先浴びな」
「う、うん…ありがと。……2人とも覗かないでよ?」
「覗かねーよはよ行け。お説教はその後だ」
「うっ…はぁい……」
「見張ってますから、大丈夫ですよー」
美鈴さんに服を渡されて浴室に向かう香織を見送り、零と美鈴は「さて」と向き直った。それから、既に幻想郷であること、紫さん曰く「意識がはっきりしていない時は迷い込むことがある」こと、そしてここは……
「……妖怪の山? ……って、どの辺?」
「幻想郷の……北西の方かな。今度地図書くよ。とりあえず、来ちまったもんはしょうがないし……早苗たちが帰ってきたら、俺らも山のトップに挨拶しに行こうや」
「トップか……どんなんだろ。鬼とか?」
「鬼……まあ、鬼も居たっちゃ居たけど……」
零にしては煮え切らない答えだったので詳しく聞いてみた所、今現在は山におらず、仙人になったり神社に居座ったりしているらしい。……仙人もそうだけど、なんで神社?
「巫女を気に入ったらしい。…理由まで詳しく聞くなよ? 俺もよく分かんないから。今は《天魔》って奴がトップだな」
「《天馬》ぁ? ペガサス?」
「ちゃう、馬じゃなくて魔王の魔。胡散臭い鴉天狗だよ」
「か、鴉天狗かぁ……」
どんななんだろう、やっぱり頭だけ鴉のまんまなんだろうか。俺にとって鴉天狗のイメージはそれなんだが──
と、突然零が顔を
「すみませーん!文々。新聞社でーす! お時間よろしいでしょうかー!」
「──まあ来るよな。麻見、鴉天狗のお目見えだぞ。天魔ではないけど」
「えっマジ? ……つか、今更だけどお前一応白狼天狗なんだよな? その……上司なんじゃねえの?」
「いーのいーの、俺は妖怪の山所属って訳じゃないし。ほれ立て、行くぞ」
……こいつのこういう……変に対応変えない所、っつーの? そこは素直にスゲェと思う。
***
さて、どうせなら何かしてやりたい所だが。恐らく戸の前でカメラを構えて待っている
「……いや、やっぱ普通に会うか」
「何かしようとしてんな?」
「んーまあ……あ、どうせなら《アレ》見せてやるよ」
「《アレ》?」
「行くぞ……」
不思議がる麻見を他所に、勢いよく戸を開けると同時に小さめの弾幕を一発。驚いて退いた所に追い討ちをかけるように飛び出し、
「きゃあっ!? ……えっ零くんじゃないですか! 今までどこ行ってたんですか!?」
「よっ、久しぶり! 早速で悪いが、弾幕勝負に付き合ってくれよ」
「うーん確かにキミが戻ってきたことは特ダネとして扱いますけど…残念ながら今回の見出しは考えてあるんですよねぇ、『謎の神社出現!?博麗神社危うし!』みたいな」
まーた誇張表現使ってるよこいつ。いい加減怒られたりしないんだろうか。……でも、そういう所変わってなくて安心した。
「へー良いじゃん。…で、弾幕勝負は受けてくんねぇの?」
「あやや、今日は珍しく好戦的ですね? 是非とも受けたい所なんですが、ちょっと取材を優先させていただきたく……」
「この神社に関しちゃ、俺も一枚噛んでんのよ。教えてほしくば……ってやつだ」
「…ほう。それは聞き捨てなりませんねぇ……貴方についての話も聞きたいですし、お受けしましょう! カード4枚、被弾2回でどうです?」
「……ん? 2回?」
文曰く、俺が居ない間にスペルカードルールが一部改定されたらしい。カード枚数だけでなく、被弾回数まで決められるようになったんだとか。「弾幕をもっと見ていたい!」という声に応えたそうだが……
「他にも細かいルールが変わってたりしますね。まあ感覚的にはそれ程変わらないので、今回は気にしないことにしましょう」
「うっ……悪い、助かる。よし! そんじゃ……よーく見とけよ麻見!」
「お、おう!」
弾幕ごっこもかなり久々だ。具体的には…いや、片目になってからは初かもしれない。だが鴉天狗のプライドとして、格下相手に本気を出さないというものがあるそうだし、大丈夫だろう。きっと。
──まあ、そうは言っても文は実力者であることには変わらない訳で。数ヶ月のブランクに加え、片目が見えないというハンデは相当に大きかった。
「っ、ぶね……!」
「おやおやぁ? 自信満々に仕掛けてきた割には大したことないですねぇ〜?」
岐符「サルタクロス」──
「げっ……嫌なタイミングで使ってくんなぁオイ!」
「ほらほら、避けてご覧なさいな!」
「クソッ、また掠った……けど、まだ避けられるぞ! それに……お前こそ、避けてみやがれ!」
咆哮「月夜の狼」──
……正直、スペルカードを持ってきていて本当に良かったと思う。文の弾幕と飛行技術相手にスペル無しの弾幕ごっこは、キツいなんてもんじゃないからな……わざと大袈裟に避けたり、その場で宙返りしてみせたりと煽るだけの余裕があるのがまた腹立たしい。
「おっと。いやぁコレを見るのも久しぶりですねぇ、避け方も覚えていますとも」
「……お前傍から見てただけだったろ……? うわ目ぇ閉じて避けてやがる! 気持ち悪っ!」
「酷い! こんな美人を捕まえておいて気持ち悪いだなんて──あや?」
ピチューン、という相変わらずどこから鳴ってるのか不明な音が響き、文が目を見開いた。
「そりゃ作成時から改良してない訳無いだろ。同じ避け方で通じると思うなよ」
「うーむ、流石に調子に乗りすぎましたか…では、お返しと言ってはなんですが!」
「無双風神」──
「……は?」
超高速で縦横無尽に飛び回る文を捕捉するだけでも難しいのに、弾幕もしっかりばら撒かれているので回避に専念するしか無い。
「お前マジ……ふざっ、けん、オァーッ! マジで? 今のダメ!?」
どちらかと言うと見せることが目的な上、勝てると思って挑んだ訳ではない。それでも負けたくはない!
現在の被弾は両名1回ずつ。スペルカードは文が残り2枚、俺に至ってはあと1枚。……かなり厳しい。今も止まることなく弾幕を放っているが、全て余裕を持って避けられているのが結構心にくる。……あいつ写真も撮ってない?
ちなみに書き溜めはもう1話あります。これの続きなので、来週あたりに投稿します。