「遅い。貴方が誘ったんじゃない」
「わ、悪い……眠れなくて」
「はぁ……ホントに珍しいわね。普段は叩き起こしても起きないのにって咲夜が愚痴ってたわよ」
「う゛……」
事実、早朝──5時半には発つ予定だったのに、今は6時だ。自慢じゃないが眠れないことも朝寝坊もほとんど無かった俺としては異例の結果である。上海と蓬莱も髪に乗ってべしべしと叩いてくるが、昨日みたく武器持ってないのは彼女なりの優しさだろうか。
「……すまん」
「いいわよ、もう気にしてないもの。その代わり、今度はわたしの方を手伝って頂戴? 2回」
「2回!?」
「今回の分と寝坊の分。異論は?」
「無いです。喜んでやらせていただきます」
「よろしい。じゃ、行きましょ」
実際、測量にはアリスと人形たちの手を盛大に借りるつもりだったから妥当ではあるか。後で更に増やされたら……いや、従おう。
***
「……よし、出来た。ありがとうアリス、お陰で想定してたより数倍早く終わりそうだ」
「私の得意分野だもの、お役に立てて光栄だわ。勿論、貴方の素材集めもね」
「お、おお……そっちも終わってんのか、手際が良い……ってアレ? 俺何が欲しいって伝えてたっけ……?」
「いいえ。小悪魔……エルザが教えてくれたの」
「はっ!? えっ、な……なんでその名前を?」
「それは勿論、知ってるからよ。 姉妹だもの」
姉妹。しまい。シマイ。シスター。厄を祓う……いやそりゃ獅子舞だ。まずい、混乱している。
「は……???? えっ、じゃあ──おb」
「それ以上 言ったら 手加減 しないから」
「イ、イエスマム……ああいや、分かりました……」
一瞬で魔力ではなく実体を持つ糸によって拘束され、突き付けられた槍が左睫毛、剣が首の産毛に触れ、思わず固まる。ちょうど上海に隠れてアリスの顔は見えないが、ある意味幸運かもしれない。今のアリスの顔を見るのは、とても怖……
と、肝が凍る一歩手前まで冷えたところで解放された。
「っは、はぁ、はぁ……でも、驚いたな。エルザ……母さんと姉妹だったなんて……」
「風見幽香もそうよ?」
「ウッソだろ……マジかよ、どんな遺伝経路したらここまで性格も見た目も別人が産まれるんだ……」
「……いずれ、改めて教えるわ」
「頼む。……さて、目的とは一切何も関係ないこの洞窟だが……」
明らかにおかしいのはここだ。ここらには自生していない栗の花のような匂いもするし、何より付近に焦げた木片が落ちている。
誰かが最近、この付近で火を起こした証。
「行く?」
「しか無ぇだろ。洞窟の奥からこんな強い匂いなんざ、怪しいにも程がある」
「ええ。私にも分かるくらいよ、これは……」
「俺が前出る。後ろ頼んだ」
「分かった。上海と蓬莱も行かせるわ」
ランプに火を灯し、1歩ずつ慎重に歩みを進める。聴力強化魔法によって研ぎ澄まされた耳は、誰かの呼吸音……それも弱った人のものを捉えた。微かだがはっきりと聞こえる。白狼天狗の女性、体格は…俺とほぼ変わらないくらいか? 眠っているようだ。たまに聞こえる鎖の音から──
「──女性だ、1人拘束されてる」
「どうする?」
「罠かもしんない。ただ……他に気配は無い」
「……助けたいんでしょ? 付き合うわよ」
「! ああ、そうと決まれば急ごう。拘束した奴が帰って来るかもしんない」
可能な限り足音を殺し、それでも駆け足で洞窟の奥へと走る。広くなっている部屋には、壁に繋がれた人影がぐったりと倒れていた。
「ひでぇなこの臭い……おいアンタ、大丈夫か? おい? ……おい!」
「声が大きい。焦る気持ちはわかるけど……ボロボロじゃない。霊夜、治療は出来る?」
「ある程度なら。〜〜〜〜………」
ランプの明かりと魔力の光だけでは顔までよく見えないが、ロクに治療されていない打撲跡や擦り傷が痛々しい。……そして、それらがよく分かる状態──要するに、一切の衣類を身につけて居ない。こんな暗い洞窟で、ここまで尊厳を踏みにじるような扱いなど、到底許されることではない。
「……酷い」
「同感だ。すまん、俺鎖壊してくる」
「ええ、お願い。……ごめんなさい、服を用意したい所だけど……」
「それはもうしょうがねー。こんなの予想出来る訳無いだろ?」
「それでもよ。見た所女性のようだし、裸で外に出す訳にもいかないわ」
「だからってこのまま置いてけない。俺の上着くらいなら貸せるから、それで我慢して貰おう」
「……そうよね。ごめんなさい、私もケープくらいしか無いけど貸すわ」
鎖自体はそこまで頑丈な……いや頑丈ではあるんだが。鎖の根元から引っこ抜く手もありだが、それで崩落したらたまったものではない。それに、重たいし邪魔だしで良いことは無い。
……となるとやっぱり──
「──待っ、て」
「「!!」」
ぶっ壊すかぁ、と拳を握った所で、捕まっていた女の子が目を覚ました。手足を鎖に繋がれたままゆっくりと上体を起こし、目が合う。先程よりもよく見えるその顔に、ごく最近見た面影を見た。
「アンタ達は……誰? ごめん、よく見えない……」
「わたしはアリス。こっちは霊夜」
「……ども。えっと、アンタの名前は?」
「一華。……風萩一華。」
「──!」
風萩一華。
「……一華。とりあえずこの鎖壊すから、逃げるぞ」
「その必要、無い。アイツはわたしが倒す」
「アイツ……? アイツってのは、まさか」
「
状況が状況なので弱っているとばかり思っていたが、ボロボロの状態で拘束されていたとは思えない、力強い眼差しでこちらを見据えた。……本気の目だ。
「それでもだ。第一、アンタ今捕まってん……」
「ああ、これ?ほら」
かしゃん、と何事も無かったように手足の拘束を外してみせた一華に、俺とアリスはぽかんとした顔を見合わせる。情報が処理し切れずにフリーズする俺達2人を尻目に、一華はすたすたと奥へ歩いていってしまった。
「……どういうこと?」
「俺が聞きてえよ……いつでも逃げられるのになんで、とか色々疑問出過ぎて固まっちまった」
「わたしも。……とりあえず、敵意は無いのよね?」
「それは間違い無いと思う。多分」
ひそひそ話している内に戻ってきた一華は、白狼天狗の装束に身を包んでいた。手には薙刀を持ち、準備万端といった顔である。
「着いてくるかと思ったら来ないんだもの。えーと、霊夜くん? 破壊力ありそうだし手伝って」
「俺? 良いけど……あと、呼び捨てでいいよ」
「そう? じゃあ霊夜、お願い」
「おう。行こう、アリス」
「ええ。一応、見張りとして人形達は置いていくわ」
「サンキュ。助かる」
一華を追って洞窟の最奥──行き止まりだと思ったら、隠し部屋が出てきた──に行くと、怪しげな機械が稼働していた。ガラス製の筒の中には緑色の液体が満ちていて、中に浮いているのは……
「……お前?」
「そ。アイツ、コレでアタシの複製作って色々やってるみたいでさ……その辺も含めて、油断した所をボコボコにしてやりたかったんだ。人里や……なんだっけ、コウマカン? にも送った、って自慢気に言ってきて……」
「ふっ、くくく…………ははは、ははははは!」
「り、霊夜……?」
「あー、悪い悪い。あまりにもおかしくってさ。……俺の人生、こんなチンケな機械に滅茶苦茶にされたと思うとさぁ! 一周回って笑けて来るわ!」
バギャア!!!
「……霊夜、キミは……」
そっくりな双子の姉、その複製体。そりゃあ俺だと思うだろう、何せ俺ですら双子がいると知らなかったんだから。今まで着せられた濡れ衣も、コレのせいだと思うと全て辻褄が合う。だからこそ、今ここでぶっ壊す。完膚なきまでに、スクラップとしてすら使えないぐらいに。
最初の一発で、とっくに機械は止まっている。恐らく未完成であった複製体も焼き払い、殴り殺し、肉とも言えないグチャグチャの塊になっている。だがそれでも、このふざけた機械をここで壊さなくては気が済まない。鉄板の切れ端やガラスの破片で入った切り傷も、殴り続けたことによる拳からの出血も気にならなかった。ただ、こんなモノのせいで先生が苦しんでいると思うと、仮に痛くても止める気にならなかった。
「いや、ごめん。アタシがもっと早く止められてたら……」
「いいよ謝んなくて。お陰で今までのクソみてぇな濡れ衣全部に説明がついたんだ」
「っ──!」
文字通りの全力を込めて殴り続けた疲労で少しふらついたが、まだ足りない。まだ、まだ、まだ──────
「霊夜、ストップ!」
「……あ゛ぁ? なんだよ、まだ──」
「
「!」
「足りない気持ちは分かるけど、迎撃か撤退は決めましょう?」
「いや、アタシは刀夜を……おおっと?」
「悪いな一華、俺は今日戦いに来た訳じゃない。お前を連れて逃げさせて貰うぜ。……だけどごめんアリス。痕跡残しまくりになっちまった」
自分の拳から垂れ、床に滴る血に視線を落とす。恐らく刀夜は、俺の血を頼りに追ってくるだろう。当事者の俺と一華はともかく、手伝ってくれただけのアリスまで巻き込む訳にはいかない。
「アリス、素材と俺の道具回収したら俺に寄越してくれ。どうにかして逃げる」
「いいえ。私も共犯だもの、責任くらい最後まで取るわよ」
「……心強いなぁオイ、カッコつけさせてもくれねぇや」
「ドンマイ。……臭いからして恐らく刀夜だ、いくよ!」
「一応撤退戦だかんな!? そこだけ注意しろよ!」
言うが早いか、3人で洞窟入口まで駆け抜ける。まだ刀夜の姿は見えていない、このままトップスピードで飛び出せば──
「聞きたいことはあるが。まずは貴様の四肢を落としてからにするとしよう」
残念ながら間に合わず、やはりと言うべきか立ち塞がる刀夜。しかしここで止まってしまっては思う壷なので、むしろスピードを上げて突っ込む。
「チッ遅かったか……やるぞ一華!」
「逃げられると──」
「フン、本気で思ってない訳ないでしょ! そっちこそ、よくも色々穢してくれたね!」
「ハ、涙を堪えて必死に睨め付ける貴様の顔は良い肴になったよ。姉弟揃った所で、オレに勝てると?」
「──姉弟? ……ってことお゛っ」
……あーしまった、なんかこの流れさっきやった気がする。凄く嫌な予感がする。
案の定フリーズした一華の脇腹に肘鉄を入れ、現実へと引き戻す。苦悶の表情は浮かべているが、最大限痛みの小さい部分に入れただけマシだと思ってもらうことにした。
「〜〜〜!!!」
「止まんな! 二度目は無いだろ!?」
「り、了解!」
刀夜の目の前で炎を炸裂させ、目が眩んでいる間にアリスを抱えて出口まで駆け抜ける。一華もちゃんと着いてきているのを確認したので、ここからは後ろを振り向くことなく紅魔館へ直行!
「舌噛むなよアリス! はぐれんなよ一華ァ!」
測量器具と薬草類を上海と蓬莱に任せ、可能な限り茂みを潜らないように山道を進む。木の幹を足場にしたり、ちょっとした穴は飛び越えたり……そうした中で、少し開けた場所に出た。
「上! すまんアリス、こっからは各自自力で飛ぶぞ!」
「っ、ええ! ありがとう霊夜!」
「シャンハーイ!」「ホウラーイ」
「お前らもありがとう! 後は捕まらないように行くぞ!」
「おおっとぉ、飛ぶの速いね零!」
「どーも。……これから俺が今住んでる場所……紅魔館に転がり込む! 迎撃すんならそこだ!」
「なんで!?」
「袋叩きにしやすいからな!」
ようやく見えてきた紅魔館に向けて、今はただ、速く、速く────
***
「……ぐぅ」
夏も午前はまだ程良い気温。天気も良いし、絶好のお昼寝……じゃなかった、門番日和。霊夜くんも帰る前に使い魔を飛ばすと言っていたし、今日の訪問客はいない。
……そもそもアポ取る客がほぼ居ないのは、もう流石に慣れてしまった。不法侵入する輩が多過ぎる。主に白黒の魔法使い。
「……うん?」
「あら、珍しい。刺されるより前に起きるだなんて」
「あっ咲夜さん! や、やだなぁ寝てないですよー! ……じゃなくて! 今、霊夜くんとアリスさんと……あと、2人……」
1人はすぐ隣にいるのに手を出していない。敵対はしていない? つまり……いや、この『気』は……!
「敵襲です! 1人、白狼天狗の男!」
「1人? 2人じゃなくて?」
「分かりませんが、1人は敵対していないようです。お嬢様にお伝えください!」
「ええ!」
咲夜さんが消えたのを確認し、私も身構える。スピードからして、このまま真っ直ぐに突っ込んでくるだろうから──
「めーりーーーーん! 迎撃よーーーーーーい!!!」
「
門を開け、3人が入ったことを確認し、構える。普段ならスペルカードルールに則る所だが、今回ばかりはそうも言ってられない。──正確に言うと、殺傷力のある弾幕を使う。
「──三華『崩山彩極砲』!」
「ぐっ……!」
「……やはりお前か。ここは通さん、どうしてもと言うのなら……この私を倒してから行け!」
「ハ、貴様に構っている暇など無い。オレの目的はあのガキだ」
「だからこそだ!虹符『烈虹真拳』!」
「チッ……いいだろう、まずは貴様だ!」
***
玄関扉を蹴破る勢いで転がり込み、思いっきり踏ん張ってどうにか止まる。……蝶番は壊れたし、カーペットもズタズタなので、後で咲夜に謝ろう。今は美鈴が食い止めてくれている間に、アリスと一華を連れて図書館に行くのが先だ。
「っは、はぁ、はぁ……生きてる?」
「勝手に、殺さないで頂戴……無事よ」
「こっちもー……いてて」
「痛がってるとこ悪いけど、休んでる暇はねぇ。これから図書館に避難だ」
「図書館? ──ああ、そういうこと」
「そ。積もる話はそこでしようぜ」
「?」
まだわかっていない様子の一華の手を取り、ヴワル魔法図書館に向けて走る。ミオ達妖精メイドにも玄関壊した旨を伝え、図書館の戸を開け──
「零! 無事!?」
「ぐぇ、ぐるじ……ぶ、無事……無事だから、離し……」
「エルザ。とりあえず中入らせて欲しいんだけど」
「あ、ああごめんなさい……早く入っ……て……」
「え、えと……どうも?」
その目にみるみる涙が溜まっていくエルザとピンと来ていない様子の一華をまとめて読書スペースまで引っ張り、改めて状況整理をする事にした。
「一華……一華ぁ〜………今までごめんね一華ぁ………」
「え、え、えぇ……? 零、あの、この方は……?」
「風萩エルザ。お母さん」
「お母さん……そっか……お母さん、かぁ……」
エルザは力いっぱい抱き締めているが、一華はまだ飲み込めていないのだろう。遠慮がちだ。
「んで、感動の再会してるとこ悪いんだけど……」
「アタシたち、追われてて」
「おっ、おかえり。追われてるって何があったってんだよ、エルザさんに聞いたけど2人とも強───」
麻見が言い終わるよりも先に、外で壁がぶち破れる音と衝撃が図書館を襲った。
「……あー、なんだ。時には撤退も大事だよな。傷は一応治ってんだっけ」
「察しが良くて助かる。……いいか、絶対出てくんなよ。絶対だぞ!」
「わ、わーってらい。なぁ?」
「ねー。……零クン、大丈夫? あとその方がお姉さん?」
「ん? おう。向こうと違って全力出せるし、アリスも一華もいるから……まあ少なくとも、完敗なんてこたないさ」
「ちょっと、アタシは負ける気無いんだけど?」
「俺もねぇよ! つかそろそろ行くぞ、変に移動されてても困る」
軽く首と肩を回し、戦闘音の聞こえる方へと駆け出す。今までの分、たっぷりと怨返しをしに……
「……? ねえ、待って」
「あ? どしたよ」
「早く行こ?」
「──何、アレ」
行こうとしたと言うのに、アリスに呼び止められる。その視線は先程の戦闘によって出来た大穴に向けられていた。
驚愕の──いや、恐怖にも見える表情をわななかせ、震える指で外を指す。いつも物事を簡潔に伝えるアリスにしては珍しく、要領を得ない返答に首を傾げ、言われるがままに穴から外を覗く。
「アレって言われ……て、も……」
「……な、なな──」
「「なんじゃありゃああああああ!!!!???」」
そこにいたのは、群れだった。いや、虫とか鳥とかそういうのでなく。