前回、名前だけ出てきた『風萩 日向』という男について少しだけ。
彼は本来、この作品に出てこない(=居ない)男でした。となると普通はそのままお蔵入りなんですが、それはプロットをガチガチに書いていたらの話。皆さんもご存知の通り、俺はプロットを書いていません。となると話は早くて、まだ未登場だけど少し無理がある設定をちょいと弄って彼が組み込まれた、という訳です。
ではどうぞ。
宴会当日──の、夜。新月ではあるが曇りの今日は、宴会日和とは言いづらかった。と言うか宴会日和って何だ。
「貴方が、新月霊夜君ですか?」
「は……はい。えっと、どちらさんで?」
美鈴が「霊夜君にお客さんですよー」と言っていたので会ってみたが、なるほど分からん。そもそも初対面。
ただ、白髪の狼で盾を持ち、腰には刀まで持っている事から、恐らく白狼天狗だろう。
「申し遅れました、白狼天狗の犬走椛と申します。伊吹様より命を受け、貴方の監視役として──」
「ああ分かった分かった、ただその堅っ苦しい口調を止めてくれ。敬語がどうにも慣れない」
「いえ、仕事ですので。それより、準備は良いですか?」
「へ? 準備って……あっごめんそーゆーこと!?」
「はい、そういうことです。では、舌を噛まないようにご注意ください」
肉体面での準備じゃないとは思った。でも、いきなり姫抱きして全速力で飛び立つってのは聞いてない。……つまり、心の準備って訳だった。
「〜〜〜〜〜!」
おんぶされて飛ぶことは数あれど、姫抱きの状態でここまでの速度を出されると怖い。自分以外の存在によって飛んでいる事と、何より椛が手の力を緩めている事が怖さを増幅させて──情けない話、めちゃめちゃしがみついた。
「到着しましたよ。……もしもし? 起きているのなら返事を……」
「あの、頼むから……せめて、並行して飛ぶとかにしてくれ……怖い……」
「──伊吹様が認めた、とは言っても……やはり、まだ子供みたいですね。見た目はそんなに変わらないのに」
「なっ……」
ずっと真顔だった彼女が少し微笑んだが、椛にはサディストの気があるのだろうか。……いや、恐らくは文の差し金だろう。椛の事は気にかけている反面、真面目な彼女を弄ぶ事も多そうだ。
「何をぼーっとしてるんです? 宴会は、山の頂上で行われています。ここからは普通に飛んでいただきますが、はぐれて殺されかけても責任は負いかねます」
「怖いなぁ……。あそうだ、『風萩日向』って男──うぉっ!?」
「……その名は、我々の中では禁句です。口に出す時は、それ相応の覚悟をしてください」
「っ……」
冗談だろ、と言いたいが、抜刀から横薙ぎにするまでの速さ、そして一瞬だけ変わった表情から、それが本気である事が伺える。……マジで何したんだよ、風萩って人(?)。
「……んんっ。とりあえず、そいつに会ったら逃げるように言われてるんだ。……でも、俺顔知らなくてさ」
「それについてはご安心を、私が見張っていますので。……しかし、君が顔を知らないというのはおかしな話ですね」
呼び方が貴方から君に進化した。わーい。
じゃなくて。
「……どういう事だ?俺は会った事が無いし、何より名前も初めて聞いたけど……」
「いえ、会った事が無い筈がありません。君からは、
「……へ?」
何だそりゃ、訳分からん!と思考を放棄した所で、妙に間延びして酒気を帯びた声が届いてきた。十中八九、萃香だろう。
「よ〜霊夜ぁ〜、元気してたかぁ〜い?」
「うん、お陰様で。……相変わらず酒臭いなぁ、また飲んでんのか?」
「うるひゃあい、わらしはぁ、飲んねらいと落ちひゅからいんらよ〜〜」
「うわっ、呂律回ってねぇじゃねえか……。 あと引っ付くな、地味に角が痛い」
「……ところでさ。 ずっと気になってたんだけど」
急にいつもの(?)調子に戻った萃香は、俺の右目に着けてある眼帯を取り払った。傷は大体塞がっているが、右目と涙腺は無くなった、空っぽの右目。瞼を開いても、ただ肉が見えるだけだ。
「これ、誰にやられたんだい?」
「───っ……聞いて、どうするつもりだ」
「いや、少し気になってね。 お前さんの右目を潰せるような奴だ、どれほどのものか「人間」……あ?」
「……ただの、人里に居る普通の人間さ。 巫女でも、退治屋でもない、至って普通の人間。 性格が歪み切ってるのは確かだけど、人間の枠には収まってる奴さ」
「……過程を聞いても?」
「と、言われても……そうだな、最近俺にそっくりな奴が人間を殺して回ってるそうなんだ。 俺はただ、それの濡れ衣を被っただけだよ。……反撃する事も出来た。何なら、全員殺す事も簡単だった。 でも……先生を悲しませる事になるのだけは、嫌だったんだ」
「……お前はもう、その先生とやらを悲しませてるよ。本当に悲しませたくないのなら、お前はさっさと逃げるべきだった」
「……分かってる。 だから、これは俺のエゴだ。 見栄っ張りだ。 ………でもさ」
左目から、涙が溢れてきた。手で拭い、しかしまだ流れてくる。
「……俺は、怖かったんだ。 逃げたとしたら、次に襲われるのは紅魔館。 美鈴達が負けるとは思わないけど、結局は犠牲が出る。 何なら、途中の道で襲われる事も考えられる。 ……だから、逃げなかった。それが、最善じゃなかっ………と……」
「あーよしよし、存分に泣きな。誰にも言えなかったんだな、辛かったな」
いつもカラカラ笑っている萃香にも心配されたが、でも不思議と悪い心地はしなかった。 むしろ、妖怪として最高峰の実力者ということもあり、安心感すらあった。
涙が乾き、少し腫れた目を擦りながら、ずっと静かに待っていてくれた椛と、「ついでに行くよ」と言って着いてきた萃香を伴って、いよいよ宴会場──の前に、天魔とやらの家に行くらしい。お偉いさんどころか、八雲紫とほぼ対等に話が出来る存在と聞いて、少し鳥肌が立ったのは内緒。
親しいからこそ、言えない。そんな事、皆さんはありますか?
霊夜が萃香を親しくないと思っている訳ではありませんが、それでも言えたのは大きな進歩です。
さて、次回は天魔宅訪問……と、宴会に入れば良いなぁと。
ではまた次回。