今回の祭りの主軸が王族主催の競技会とだけあって、各地から人が集まった街はごった返していた。競技会の会場にはわざわざ外から腕試しに、と来たものもいるらしく既に会場は期待による熱気で溢れかえっていた。
特に、一番の目玉とされているのはパーンダヴァの五兄弟だろう。それぞれが半神の身で生まれ落ち、並々ならぬ才能を秘めた王子達は優勝候補とされている。勿論、カウラヴァの百兄弟もドゥルヨーダナを筆頭として猛者が揃っているが、やはりパーンダヴァの方には見劣りする。
「……とか思われてるのだろうな。気に食わないし、今からでも出場して優勝かっさらうべきか。」
「兄上。お気持ちはわかりますが、今日は大人しくしていてくださいね。」
「冗談だ、アショーカ。そもそも私が優勝出来るなどと思うのは些か傲慢過ぎる。」
王族用に置かれた天幕は昼の厳しい日差しを遮り、日陰を作っていたのだが、さっきまで多くの弟達がいたせいでまだ熱気が残っている。暑苦しいから早く競技会の方に行きなさいと言うと渋々出ていったが、人数が多いのも考えものだと感じる一件ではあった。
水を一杯煽ると同時にシャラリといつもはあまり付けない装飾類が音を立てる。
「私は病弱で今まで田舎で療養していた王子だからな。設定を狂わしてこれ以上ドゥルヨーダナに迷惑をかけることは出来ない。」
器を置くと丁度、始まりの合図に一斉に沸く観客の大歓声があたりを包む。私は場へと出た選手達の中でひときわ目立つパーンダヴァの兄弟の中に見たことのある赤髪とその弟を見つけ目を細めた。
競技が始まってみるとそこからはもうパーンダヴァの兄弟達の独壇場だった。どの選手も努力を重ねた素晴らしい戦士達なのだが、もうこれは格が違うとしか言い表せない結果だった。
今、弓で戦っているアルジュナ王子ーー前に出会った真っ暗な弟の事だーーはなんとか打たせまいと妨害してくる相手(これは34番目の弟だ)を一切近付けず、一矢で沈めてしまった。このアルジュナ王子は特にそうなのだが、ある意味既に神域に手がかかっていると言っても過言ではない。どうしても目が惹き付けられるその武技に、よく兄を含め弟達が歯噛みする理由がなんとなく見えてきた。
ああ、これは。
人間が神に憧れ希うのは、嫉妬してしまうのはもう仕方の無いことだろうと納得してしまうのだ。
そうして、このままアルジュナ王子の優勝が決定する、流れで、あったのだが。
「少し待って欲しい。」
どこかで見たような、白い幽鬼を思わせる風体の青年が名乗りを上げた。初めて脱走した夜に、助けてもらい、私が蹴った相手であり、盗品の最後の持ち主でもあった男だった。
その男はアルジュナ王子の殺気を真正面から受け止めているが、その顔にはなんの苦しみも現れない。しかも飄々とアルジュナ王子の先ほどの動きをやってのけて見せた。相手はいないものの、いれば確実に仕留められたであろうその動きと挑発にアルジュナ王子の殺気が膨らむ。
しかし、試合開始とはならなかった。
王族と試合をする権利があるのは王族のみ、という私から言わせれば何のためにあるかわからないしきたりがあるせいだった。アルジュナ王子が遠回しに駄目なのかと聞いているが審判役のクリパとかいう頑固者の爺さんが首を縦にふらなかった。
しかもどこから見つけてきたのかカルナの親を見つけた観客が騒ぎ出す。聞けば
カルナは気にしていないようだがーー内心では親を馬鹿にされて快くは思っていないだろうがーーアルジュナ王子は歯痒そうな顔をしている。やっと戦いらしい戦いを出来る相手が出てきた端から、出来なくなり、真面目な分彼はしきたりを破ることもできない……随分と難儀な性格のようだ。玩具を取り上げられた子供でももっとマシな顔をする。
「アショーカ、彼はアルジュナ王子に勝てると思うか?」
「実際にあの御二方が戦わないとわかりませんが、先程の動きを見るにないとは言い切れませんね。ただ、
立ち上がって天幕を出るとアショーカが背後で慌てる気配がしたが、罵倒が飛び交う場内を切り裂くように構わず声を張り上げた。
「クリパ!王族であれば問題ないのだな?」
「へ?は、はっ、はい!王族であれば、何も……」
「そこの戦士よ。名と何処に住んでいるのかを聞かせてくれ。」
白い青年は一瞬キョトンとするが直ぐに己のことと理解し、答えた。
「カルナだ。基本はアンガで日々を暮らしている。」
「それなら丁度いい。なあ、アショーカ。アンガと言えば最近、年老いた国主が後継を残さず亡くなっていたよな。」
「……確かに現在は代理の者が遣わされています。」
アショーカが溜息を堪えながら答えるのを確認する。後であまり怒られないといいけれども。
「では、カルナをアンガの王に命ずる。以後励むように。」
「お前は……大人しくしてろと言った筈だが、何も兄の言うことを聞いてくれぬのだな。」
「だが、私たちに足りなかった戦力が増えたから良いじゃないか。真正面から戦ったら絶対に負ける、が負けないかもしれない位にはなったと思うぞ?」
「……それは、感謝している。」
弟達の怪我を見終え大事無いことを確認したあと、今まで何処に行っていたのかドゥルヨーダナと合流し競技場の外で待つカルナの元に向かっていた。
たまにすれ違う人間がドゥルヨーダナと私のそっくりさに驚いてから呆けて、慌てて道を開けるという光景を繰り返しているのでそろそろ疲れても来た。
日は落ち、人の喧騒は街へ移った。今頃、酒場などは大盛り上がりなのだろう。見たことはないが、いつか行ってみたいものの一つだ。
人気のない道路に、カルナは立っていた。
「……闘うことは叶わなかったといえ、恩ができてしまった。オレは何を返せばいいのだろう。」
日没になってしまったため、結局一騎打ちはされることは無かった。アルジュナ王子の表情とカルナとの雰囲気からするにまた何処かで二人は戦うのだろうが、今はその時ではなかったようだった。
「俺に協力しろ。その力を俺達のために使え。お前はーーうっ!」
即答で憮然と言うドゥルヨーダナに反射的に肘を腹に突き出し黙らせる。
「兄が申し訳ない。こういう物言いしか出来ないんだ。まあ、協力はしてもらいたいけれどもそう簡単には、」
「問題ない。」
願ってもない答えなのだが、本当に協力させてもいいのだろうかとこの段になって不安が増す。この男は間違いなく、『いい人』の部類だ。もう少し悩んでくれた方が、心持ちが楽なのだが。
いや、一つだけいい案がある。
「ドゥルヨーダナは、友達いるのか?」
「お前の百倍は余裕でいるぞ。」
これはいい案だ、と我ながら満足した。今まで保護というよりも軟禁というのが正しい状態にあった私には家族はあっても友達はいない。
ちなみに何も無いのを何倍しても何も無い。
「カルナ、私たちと最初の友達になって欲しいんだ。そうすれば、お互い協力するのは、当たり前。助け合うのは当たり前だ。これは大きな要求だ。私たちの初めての友達という大きな責任が、貴方に出来てしまうのだから。」
カルナは相変わらず即答で問題ない、とだけ言葉にした。
傍から見るとその全てを抱え込もうとするカルナは問題だらけに見えるな、と不安は残ったものの、少し嬉しそうな兄の顔を見て、そんなものは消えてしまった。
さてさて、
剪定事象という言葉をご存知だろうか。
対となる言葉に編纂事象という言葉もある。
世界というのは様々な可能性で溢れている。例えば、そこにある石を蹴ったら、場合によっては国がひとつ滅びるかもしれない。石が原因で動物が驚き、それに鳥が驚いて飛び立ち、そしてはばたつ鳥の音にまた驚いた侍女がどこかの国王様にお茶をぶちまけ、外交問題になり、戦争になる。有り得ないとは言いきれない。
もし、遠い西洋の島の王が聖槍によって生かされ続けその国が滅びなかったら?
もし、新しく発見された大陸で国が興らなかったら?
もし、月の裏側で新王の努力虚しく遊星の使者の魔の手が伸びてきたら?
事象固定帯、
固定されたこの時点から枝葉のように伸びる可能性のうち、過程に差異はあるものの結局は同じ結果を迎える大本となるものが編纂事象。
編纂事象から離れすぎるか、それ以上の可能性を失ったものが剪定事象。
此処で間違ってはいけないのが、悪い結果を迎えたから剪定事象になるという訳では無い。ただ、剪定事象の先にあるのが荒廃した都市や文明が多いというだけで、剪定事象の中には正解を選び続けて発展しすぎた未来もあるのだから。
平行世界が増え続けると100年でこの宇宙は次元の容量が耐えきれなくなり破裂する。そのために100年ごとに不要と判断した可能性を剪定するため、剪定事象と呼ぶのだ。
前置きが長かったかもしれないが、これは大切な話だ。
つまり、私が何を言いたかったのかと言うと、この世界が剪定事象になるか編纂事象になるかはまだ確定していないという点だ。
どう転んでもおかしくない不安定な状況にある。
どうなるかはきっと君がどうなるかによって変わるのだろう。
確定していない未来だが、これだけは確かだ。
私は君をよく知らないが、私は君を知っている。
私は君になり、きっと君は私になる。元々、
その時は、君は苦しむかもしれない。在り方その者が君の周りを必ず害するだろう。だけれども、君は善を成すだろう。悪をきっと許せないだろう。
ところで善悪って誰が決めるんだろうね?
「ドゥフシャーサナが気になるのかい?アルジュナ。」
いつもの事だが、急に出てきては核心をつくこの親友には驚かされる。親友の方を見ると、夜色の毛先が月のあかりを浴びて、一層深みを増していた。白い肌に赤い瞳が揺れるその様は、性別を見失ってしまうほどに美しかった。
「ええ。ドゥルヨーダナと双子というのは聞いていましたし、ナクラとサハディーヴァに劣らない瓜二つ加減でした。……ですが。」
「どこかで見覚えがあるの?」
先を読むことに関してはこと、この親友は得意だ。心を読んだかのように先回りしていつの間にかそこにいる。親友である私でさえもたまに空恐ろしくなってくる。
「それは街であった娘に、ということかな?」
違う。確かにあのビーマ兄上といた娘は、ドゥフシャーサナが変装した姿なのだということは流石に分かるが、それとはまた別なのだ。一体、どこであの王子を見たのか。
容姿の話ではなく、もっと、本質的なナニカが近しい者を私は知らなかっただろうか。あの恐ろしいまでに、近くて私には遠く、誰もがどこかにあるものをたくさん持っている、そんなモノ。
そうあの王子を見た時に感じたものは圧倒的な、人間的な、
「そこまで君は気付いているのか。でも、まだ
……気にしなくていい。
気にしなくていい。ー違う、大切な、何かー気にするな。気にしなくていいなら気にしなくてーいったい、誰ー気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい
「ああ、何の話をしていましたっけ?」
「何でもないよ。もう終わったから。」
生前編終わったら、FGOの5章か新宿行きたい…。
5章の方が個人的にすごい好きだけれど、新宿の方が主人公が光るんだよなぁ…。