「ダルタニャンちゃんは野良なんだね?」
そう言ったガブリエルの無垢な表情を見たこととは関係無く、平塚は突如襲われた悪寒にその身を震わせた。息は浅く、速くなる。表情は強張り、身体に刻まれた古傷に奇妙な熱を感じる。食い縛った奥歯から異音が響き、突如背中には汗が吹き出ていく。
「……ッ」
「遥斗くん、大丈夫?顔色悪いよ……?」
心配したラファエルが自分の額を平塚の額に合わせる。当然熱はないのだが、平塚の異変に3人が気付かないわけがない。膝をつく平塚をすかさずダルタニャンが横に寝かせてから口を開く。
「あの、平塚さんがこの状態になるのは初めてですか?」
「僕は直接見るのは初めてだけど、ラファエルちゃんはこの状態、見たことあるんだよね?」
ガブリエルがラファエルに目線を向けると、ラファエルは少し間を置いてから真剣な表情で話し始める。
「外部からの精神的負荷による発作……だと思う。遥斗くんにこの症状が出るのは周期的なものじゃないわ。特定の人物から過度の精神干渉が行われた直後に発生するようになってるみたい。その証拠に」
そう言って、ラファエルが平塚のシャツを胸から切り裂く。ダルタニャンは驚く。
鍛え上げられた肉体と、過去の戦闘によるものらしい夥しい数の古傷が露になる。
だが、それだけではなかった。ダルタニャンが驚いたもの、それは。
胸の中心にある黒い、満月のような痣だった。中心からは眼球のようなものが浮き出ていて、虚ろな目でダルタニャン達を見つめている。しかも、黒い無数の触手のようなもので平塚の身体を侵食している。皮膚を蝕み、なお広がろうと蠢くその痣に抗うように平塚の体は再生を続けていた。
「これって……」
「おそらく呪いの一種だろうね。しかも極めて強力だ」
ガブリエルは断言する。
「肉を蝕み、対象の力を奪う。その痣が全身を覆ったが最後、遥斗君は……」
そこまで言ったガブリエルをラファエルが止める。
「えぇ、しかもこの呪いを遥斗くんにかけた術者はまだ生きている。おそらくは干渉してきているのもそいつなのでしょう」
「そ、それじゃあ平塚さんは……!」
不安がるダルタニャンを前に、ガブリエルは不敵な笑みを浮かべる。
「だいじょーぶ!僕を誰だと思っているんだい?どんな相手からでも君達を守るために僕たちがいるんだよ!」
そう言って、ガブリエルは声高らかに謳う。
「天におわします我らが主よ。あらゆる叡知、尊厳、力を与えたもう偉大なる父よ。人を救う為、我が我欲のために貴方様から授かりし力を使うことをお許しください。福音よ、苦しみに終止符を。この者の行く末に、万雷の喝采を!!
___I am here to inform the blessing(祝福のお知らせに参りました)!!!」
一方外では、空に変化があった。
ガブリエルが歌い始めた直後、前触れなく空が陰り始めたのである。雲一つなかった快晴の空に暗雲が立ち込め、地上を多い尽くした。やがて、その暗雲の中心……異種族共存特区中央管理局庁舎の上空から輪が広がっていくように雲が引いていく。
そんな外の様子を知る由のない屋内にいるダルタニャンは、ガブリエルの頭上に輝く天輪を目にする。
ガブリエルが両腕を天高くあげたさらにその上で、ガブリエル自身の天輪が座標固定したままゆっくりと回り、何かキラキラとした粒子を下に振り撒いている。
「…………ッ」
「平塚さん!」
見ると、平塚の胸にあった目玉の瞼が半分ばかり閉じつつある。痣は平塚の肉体への侵食をやめ、瞼が閉じていくにつれて何もなかったかのように小さくなっていく。目玉の瞼が完全に閉じると、痣の色もだんだんと薄くなり平塚の肉体に馴染んで、やがて消えた。浅く、速かった呼吸も深くゆっくりとしたものになっていく。
「この分なら、あと30分もすれば目が覚めるでしょう」
ラファエルがそう言うと、力を酷使したらしいガブリエルが膝から崩れ落ちる。
「ふぃ……疲れた……僕、少し休むよ」
そう言ってガブリエルはラファエルの膝を枕がわりにして目を閉じる。
「あの……これで平塚さんは……?」
ダルタニャンが怖い顔をしてラファエルに問い詰めると、彼女は首をゆっくりと横に振り、
「今回はおさまったけど、問題のあの目玉……呪いの根元はまだ生きてるよ。しかもあれは対象の力をほぼ無制限に取り込んで弱体化させる事が出来る極めて殺傷性の高いもの……こんなことを遥斗くんにかけられる人はそう多くない」
ラファエルは苦虫を噛み潰したような顔をしながら言う。
「……この呪いをかけたのは多分……8年前の戦争の首謀者……月嶋尋だよ」