『始めッ!』
そうミカエルの言葉が辺りに響いた瞬間、シャルは躊躇なく駆け出していた。
数瞬とかからず平塚の懐に潜り込み、短い気合いの一声と共に平塚の腹を思いきり蹴りあげる。
「シッ」
ズドッっという鈍い音と共に平塚の身体が浮き上がり、空中に放り出される。
すかさずシャルは持っていた銃を平塚に向かって乱射する。
土埃が舞う風を切って平塚に向かう弾丸は、容赦なく平塚の肉体に突き刺さっていく。
「あっ」
さすがにすべて当たるとは思わなかったのだろう、シャルが声を出す。その間に平塚の身体は地面に叩きつけられる。
「(まさか、死んじゃった……?)」
そう思ったところで平塚がむくりと起き上がる。
実に奇妙な光景だ。
シャルの攻撃をくらっても傷ひとつ付かず、何事もなかったかのように立ち上がっているのだから。
パラパラと金属片が落ちるような音がする。
平塚の足下を見ると、小さな弾丸が複数転がっている。
その形は潰れたようにひしゃげていて、元の形を留めていない。
「まさか、と言いたげな顔だね、シャル」
平塚が口を開く。
「開始直後に打って出たのは評価する。見事に不意を突かれて反応するのが遅れたよ。一瞬遅れていたら危なかったかもしれない。だが」
淡々と平塚は今の攻撃の評価を始める。
「蹴りを入れてから銃に切り換えるとき一瞬だが遅れていた!躊躇したな?シャルロット!なぜ本気を出さない!」
シャルに対して吼える平塚。
『今の一瞬であったことを説明するするならば、シャルちゃんが蹴りを入れてから銃に切り換えるまであった時間は0,2秒。常人ならば瞬き1つで過ぎてしまう時間でシャルちゃんが銃を取り出した!けど刹那だけ躊躇った!!それが遥斗さんに傷ひとつ付けられなかった原因なのデェス!』
と、マイクを握りしめ実に楽しそうにミカエルが解説する。
「はい、詳しい解説ありがとう、ミカエルさん」
手を軽く振ってミカエルに礼を言う平塚。
「蹴りは良かった。その躊躇いは捨てた方がいい。それでは俺を守る前に俺に守られることになる」
その言葉を言いながら平塚は悲しい目をしている。
シャルを見透かすような目。
或いは。
在りし日の自分を見つめるような目だろうか。
「すみません……頭冷やしてきます」
そう言ってシャルは俯いたまま踵を返す。
「あーあ、遥斗君がシャルちゃん泣かしちゃった」
観客席で事の次第を見ていたガブリエルが茶化す。
「し、仕方ないでしょう?相手を思いやることも大事でしょうが」
ぱんぱんと服についた土埃を払いながら平塚が言う。
「思いやったが結果殺されたら意味はない」
シャワールームにて、シャルは火照った身体を冷水で鎮めていた。
「(あの人の言うとおりだ……)」
シャルは後悔していた。恥じていたのだ。自身の甘さを。
「(あの目……私は……)」
あの目が見ていた。
蹴りを入れた瞬間にも。
銃を撃ち込んだ時も。
平塚は瞬き1つせずにシャルの攻撃を受けきった。
あの瞬間、蹴りを右手で受け、衝撃を空中へいなし、両手で弾丸を防ぎきったのだ。
目には見えなくとも足裏の感覚でわかった。
目には見えなくとも、耳には肉を貫く音が伝わってはこなかった。
あの強さに震えた。
獣人族ですら持ち得ないあの驚異的なまでの観察眼とそれに対応する体術。
「(私は……私はあの人に近付きたい!追い越せなくてもいい!)」
そう思考してから、シャルはシャワールームを飛び出した。
長い廊下を一息で駆け抜け、平塚のいる休憩室のドアを開ける。
すると
「「あ」」
丁度廊下に出ようとしていた平塚と正面からぶつかる。
バランスを崩した平塚が咄嗟にシャルを庇って転身した結果、床に強かに頭を打ち付ける。
「平塚さん!」
「っつつ……シャ……ル……?」
シャルが平塚に覆い被さるように倒れている状態から起き上がる。
つまりは馬乗りの状態であるのだが。
「もう一度、戦ってください!追い付きたいんです!あなたを守れるくらいに!」
「……あ、あぁわかった。わかったから」
そう言いながら、平塚はシャルから目を逸らす。
「……とりあえず服を着ろ」
そう言った平塚の頭と鼻から鮮血が溢れだす。
シャワールームから直行してきたシャルは所謂生まれたままの姿、分かりやすく言うと全裸なのである。
「きゃぁあああ!!」
悲鳴と平手打ちのパァンという音と共に平塚の意識は刈り取られた。
最後に聞こえたのは
「平塚さん!?平塚さん!!」
という、平塚の身を案じるシャルの声だった。