爆音が耳を、硝煙が鼻を、痛いほどの熱が肌を刺す。
シャルが放った銃弾は空気中を滞留する火薬に当たり、その際に生じた火花を起点に粉塵を巻き込んで爆発を引き起こした。
「う……ああああああああ!」
無論、弾丸を放ったシャルも無事では済まなかった。
引き金を引いた時、少なからずシャルの周辺にも粉塵は在ったのだ。
結果、残りの弾丸によって銃は暴発し、シャルの右腕、肘から下は欠損していた。
爆発によって肉は削れ、白い骨が鮮血にまみれながら震えている。
「ッ!」
左の掌を右脇に入れ、力一杯血管を圧迫する。失血による死を防ぐためだ。
『シャルちゃん大丈夫!?そのまま動かないで待ってて!医療班!医療班!』
ミカエルが迅速にシャルの怪我の対応をしている。
だが。
「(駄目、だ)」
血は止まらない。
目は霞み、意識は朦朧とし、酷く耳鳴りがする。
それでも血は滴り落ちる。
・・・・・・・・・・・・・・・
その滴が突如として空中で止まる。
それはあくまでも思考速度が跳ね上がったことによるシャルの主観なのだが。
走馬灯というものだろうか、シャルの記憶が遡っては流れていく。
自分と同じ、猫耳の少年少女老若男女様々な人との会話がまざまざと甦る。
それは幸せだったことだけではなく、苦しく、辛かった記憶もつい先程起こったことも瞬時に頭のなかを駆け抜ける。
「(何……これ………)」
同族が殺されている。
同族が食べられている。
シャルの父親が。
シャルの母親が。
シャルの兄が、姉が、妹が、弟が。
叔父が叔母が祖父が祖母が。
友達が先輩が後輩が名も知らぬ人々が。
頭蓋を砕かれ、手足を毟られ、腸を引きずり出され、肉を貪られている。
大いに咀嚼されている。
シャル逃げろ、と誰かが叫んだ。
その誰かも断末魔の声をあげて喰われていく。
或いは逃げろと言うのが断末魔だったのだろうか。
彼女は逃げた。
昼夜を問わず。
照り付ける晴れの日も。
土砂降りの雨の日も。
吹き荒れる風の日も。
降り積もる雪の日も。
走って。
走って。
走り続けて逃げた。
そして、何日走り続けたかもわからないほどに憔悴しきった彼女は力尽きた。
不眠不休で走り続けたからだろうか。
飲まず食わずで走り続けたからだろうか。
彼女は混濁する意識の中で、誰かの影を見た気がした。
次に目を覚ましたとき、彼女はベッドの中だった。
そこは大きな山の麓にある老夫婦が住まう木製の小屋で、お婆さんがそばに椅子に座って看病してくれていた。
倒れてから何日経ったのだろうか。
彼女はむくりと起き上がってから自分の髪が随分と長くなっていることに気がついた。
すると、目を覚ました彼女に気付いてお婆さんは食事を作ってくれた。
しばらくたったある日、お爺さんがシャルの髪を切ってくれた。
老夫婦は良くしてくれた。
見ず知らずの彼女をまるで孫と接するかのように。
彼女は申し訳ないと思いながらも、その優しさに甘えてしまった。
それから7日が経った。
その日の深夜、外で物音がした。
野犬が騒いでいた。
3人は眠け眼を擦りながら起き、お爺さんが外の様子を見に行って来ると言って、猟銃を持って出て行った。
5分ほどした後、辺りに銃声が響き渡る。
お婆さんは何かを察したようだった。
お婆さんはなにやら鍵のようなものを彼女に渡し、裏口から山に逃げるように言ってシャルを逃がした。
山の中腹まで来た時、振り返ってしまった彼女は目撃する。
闇夜に蠢く無数のかがり火に照らされる異形の者達と、小屋の辺りから上がる紅蓮の火柱を。
追ってきた、そう思った彼女は全速力で駆け出していく。
山の頂上まで来たところで、この山が活火山だということに気がついた。
その時、強い突風が吹き荒れ、シャルは強風に煽られて火口に真っ逆さまに落ちていく。
彼女が死を覚悟した瞬間、手に握っていた鍵が火口に落ちた。
すると溶岩を押し退けるかのように門が開く。
いや、その表現は相応しくない。
溶岩とシャルの間にある空間を歪めて、門が開いたのだ。
ポッカリと口を開け、待ち受けるかのようにシャルを飲み込み、やがて門は閉じる。
そして、彼女は真実を思い出す。
「ま……だ…死ね……ない…」
時間は動き出す。
シャルの瞳に光が戻り、思い出したかのように呼吸を始める。
肺が空気を取り込み、酸素を血中に取り込ませる。
血液は移動し、全身を巡っていく。
依然として血は止まらない。医療班はまだ来ない。
当然だ。ミカエルが対応してからまだ十数秒しか経っていないのだから。
「死にたく………ない……」
涙を流しながらそう溢すシャルの前方で、黒煙をあげていた場所に変化があった。
立ち上る黒煙の中から平塚が現れる。
「絶対に、お前を死なせはしない」
そう言って平塚は。
・・・・・・・・・・・・・
己の手首を手刀で切り裂いた。