シャルは後悔していた。
『私、戦います。その為に、戦いかたを教えて下さい。平塚さん』
その言葉を言ったことに。
合宿が始まってからすでに三日が過ぎた。
その三日を、シャルは逃げ続けていた。平塚から。
辺りを真っ白な雪が大地を覆う雪山にて、初日に平塚に言われた言葉を思い出す。
『これから5日間、寝る時と食事の時以外、俺と鬼ごっこしてもらうよ』
そうにこやかにメニューを伝える平塚。
『俺に一回捕まるごとにその日の食事、一回抜きね』
にこやかに残酷なことを言ってのける平塚に、シャルは顔を引きつらせる。
それから三日。
高地ゆえの低酸素濃度に息をきらし、呼吸する度に容赦なく肺に叩き付けられる冷気に喘ぎながら。
それでもなんとか、平塚に捕まることなく走れている、のだが。
「はぁッはぁッ……」
木の陰に隠れ、乱れた呼吸を調えようとした瞬間。
ズドンという異音と、ミシミシというなにか繊維が引きちぎれる音がして、シャルはまた走り出す。
「休む暇なんて与えないよ~?」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!?」
逃げるシャルが視界の端で捉えた光景は、平塚がシャルの隠れた大木を文字通り殴って折り倒すという、まさに異様な光景だった。
数時間後。
昼飯時になり、平塚はキャンプしている洞窟にて昼支度をする。
「……………」
「はい、シャル。芋の子汁」
「………」
返事がない。
「おーい、シャル?おーい?」
「………」
放心状態で芋の子汁の入った器に手を伸ばし、冷まさないまま食べようとするシャルと、それを心配そうに見つめる平塚。
「あっづ!?」
案の定熱さに驚いてシャルが取り零した器を、平塚が受け止める。
「心ここに在らずだったけど。大丈夫……じゃないよね」
「す、すみません…私……」
「どうかした?」
ズズッと汁を啜る平塚が聞く。
「……戦い方を教えて欲しいって言ったのに、もう三日です。いつになったら……」
すると、平塚がきょとんとした表情をする。
「あれ?もしかして気付いてない?」
「え?」
「シャルの戦法がもう定まっているから、俺はそれを実践できる基礎体力と身体作りをしてたんだけど……」
「???」
頬をぽりぽりとかきながら地面に図解を描く。
「んーと、シャル。君の強みは奇策と速さだ。俺との戦いではその強みに血擦という強化要素を付与していたよね?」
「え、ええ。でも……」
芋の子を咀嚼しながら、シャルはしょんぼりとする。
「うん。血擦は多用しない方が良い。あれは剥き出しの心臓で殴り続けるようなものだからね」
あからさまに落ち込むシャルを見て、平塚は咳払いをしてから口を開く。
「だったら、単純に肉体を強化してしまえば良い。筋力、瞬発力、耐久力を底上げすれば血擦を使う必要はないし、持久力も上がるから戦略に厚みが出る」
「あの、でもそれだと……」
両手の人差し指を合わせてもじもじするシャル。
「あー、大丈夫。そんなゴリゴリのマッスルボディにするわけじゃないからね。それに、モンスターと人間は筋肉の構造が違うから」
「筋肉の構造が違う?」
シャルは聞いたことのない話に目を白黒させる。
「そもそも形状が違うんだ。人間の筋肉は……そうだな、鳥のササミみたいな感じなんだけど」
「ササミ……?」
「あっ、まだ食べたことないよね……うーん……一本の筋繊維がまとまってるんだ。対してモンスターの筋繊維はまず細い筋繊維同士が互いに捻れあっていて、縄みたいになってる。その縄が複雑に絡み合って、たとえるなら……隙間なく編み込んだ注連縄みたいになってるんだ」
図解も合わせて説明してくれる平塚の説明でなんとか理解できた。
「だから……質量が同じように見えても内包している力は段違いってこと、ですか?」
「そゆこと」
器に残った汁を飲み干し、平塚は立ち上がる。
外に置いてある大きな丸太に歩み寄り、両手の関節をならす。
「だから、鍛え方によってはこんな風に」
ヒュバッという音ともに肉体を以て丸太を整形していく。
手刀で切り裂き、貫手で抉る。
2メートル近くあった丸太が次第に小さくなり、人の形になる。
経った時間は3分ほどだろうか。
平塚が手を止めた頃、出来上がったのは。
半身裸形に筋骨隆々とした荘厳たる姿。
金剛力士像。
その双璧の一角、吽形像だった。
「こんなこともできるようになる。……さて、目標はできたね?午後からは鬼のレベルアップだ。ガンガン攻めるから、逃げ切って見せなよ?」
背筋が凍るシャルを笑い飛ばす平塚。
残る合宿はあと4日。