雷男と猫娘   作:ぷらずまこだっく

28 / 52
合宿その2

雪を踏みつけながら、シャルは走る。

 

寒空の月に照らされる木々の間を抜け、崖を飛び越え、川を渡る。

 

およそ人間が出来ない動きで夢中で走り続ける。

 

合宿5日目の真夜中。

 

朝に平塚に言われた言葉を思い出しながら、シャルは必死で逃げ続けていた。

 

 

『明日の夜明けまで俺から逃げ切って見せてよ。明日は体術を教えてあげる。今のシャルには多分、一番必要なもんだから。……あぁ、それと、明日の朝まで飯抜きね。昨日三回捕まってるから』

 

 

最後の言葉で心を砕かれたシャルは必死で逃げた。

 

雪のなかを走るということは決して楽なことではない。

 

踏み込んだ足に雪がまとわりつき、シャルの体力を容赦なく奪う。

 

しかし、それだけではない。

 

突如背後から雪球が飛来し、それをギリギリのところで横に転んで躱す。

 

「くっ!」

 

切れた息を整える間もなく、ボロボロの身体に鞭を打って立ち上がる。

 

見ると、300メートル程後方から追い掛けてくる影がある。

 

平塚だ。

 

すると、平塚が放ったらしい雪球が顔の横を通過し、後ろの大木を大きく揺らす。

 

シャルの頬が僅かに切れる。

 

「ほらほら!捕まっちまうよー!」

 

全く疲れた様子のない平塚を尻目に、シャルは一目散に逃げ出した。

 

 

数時間後。

 

 

白んできた東の空を見つめながら、シャルは雪の上で大の字に転がっていた。

 

肺が空気を求めて忙しなく収縮と膨張を繰り返す。

 

陽の光に照らされて息が白く輝いて見える。

 

雪を踏み固める足音が近付いてきて、シャルは顔を上に向ける。

 

「お疲れさま、シャル。よく逃げきったもんだ」

 

肩で息をするシャルの隣に座って、平塚はシャルを労う。

 

「必死、でした、から」

 

「ゆっくり休め。今日は午後からにするから」

 

シャルの頭をぽんぽんと叩き、平塚は仰向けに寝転ぶ。

 

高く、澄んだ空を雲が流れていく。

 

「……なぁ」

 

しばらくして、平塚が口を開く。

 

「なんでしょう?」

 

「……本当に、後悔はしてないのか?俺と……その、契約して」

 

自虐気味に聞いてくる平塚に、シャルは少し間をとってから答える。

 

「…………後悔はしていません。……でも」

 

「でも?」

 

「……不安なんです。私だけが生き残って……いま、こうして平塚さんに教えて貰っているこの状況が、本当に正しいことなのか」

 

そう言ったシャルは、上半身を起こして膝を抱える。

 

「多分、というか俺個人の見解はね」

 

数秒とって平塚が口を開く。

 

「この世界に、本当に正しいことなんて1つもないんだと思う。すべてが正しくて、すべてが間違ってる。何が正解か、なんて誰にもわからない」

 

「…………」

 

「……けれど」

 

そう言って、平塚はゆっくりと立ち上がる。

 

「いま、この状況で、自分が本当にやるべきことはなんなのか。それを、じっくり見定めることは誰にだって出来る。それを実行するか、しないかは当人次第だけどね」

 

シャルに手をさしのべながら、平塚はそう言う。

 

平塚の手をとって、シャルは立ち上がろうとする。

が、どうにも足に力が入らない。

 

「……すみません、立てません」

 

「うーん、仕方ないな……」

 

恥ずかしそうに言うシャルを、平塚は困り顔で抱える。

シャルの背中に右腕を回し、左腕を両膝の下に差し入れ、持ち上げる。

 

「わ、わ!!」

 

突然襲った浮遊感にシャルは慌てる。

 

「危ないから、俺の首に手を回してもらえるかい?」

 

「……」

 

平塚に言われる通りに首に手を回す。世に言うお姫様抱っこ、である。

 

「(顔、近い)」

 

「し、シャル?そんなに見つめれると、さすがに照れるというか、その、恥ずかしいんだけど……」

 

平塚が赤面しながら訴える。

 

「疲れただろ?寝てて良いから!というか寝てくれ俺が困る」

 

「…それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

そう言ってシャルは目を閉じて寝息をたてる。

 

 

塒にしている洞窟についた頃。

 

平塚はシャルを下ろそうとする。

が、首に回したシャルの腕がどうにも外れない。

 

「弱ったな……」

 

仕方なく、シャルを抱いたまま火を焚く。

 

煌々とした炎が暗い洞窟のなかを照らす。

 

「……ま」

 

シャルの寝言だろうか。

 

「?」

 

「お父様……お母様……ごめん………ごめんなさい」

 

シャルは魘されていた。

 

平塚はシャルを強く抱き寄せ、優しい声で呟く。

 

「俺が、守るから。君のことを全力で。今度こそ」

 

パチパチと火の粉が舞う。

 

平塚はシャルを抱いたまま、眠りに落ちる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。