白い空間。果てしなく広い空間に、シャルは立っていた。
つい先程、平塚に抱えられながら眠りについたところまでは覚えている。だが、なぜ自分がこの空間に立っているのかはわからない。
回りを見渡そうとして、すぐ横に黒髪の男の子が立っているのに気が付く。
「うわっ!?」
全く気配を感じなかったのだ。
「うわっ、じゃないよ。全く。人の顔を見て驚くだなんて失礼だと思わないの?」
驚いたシャルに少年は心外だと言わんばかりの呆れ顔で溜め息をつく。
「き、君は誰?ここはどこ?」
「僕は……そうだな、君が飲み込んだ平塚遥斗の血液に残った残留思念とでも言ったところかな?それで、ここは君の夢の中。君の体は疲れ果てて動けない。だから意識だけをこちらに呼んだんだ。僕は君に伝えなきゃいけないことがある」
シャルはおおまかな説明をする少年__平塚の残留思念だという彼を凝視する。上下白い簡素な長袖のシャツとズボン。
年は6~8歳くらいだろうか。
「な、なんだよ……?」
「いやぁ、可愛いなぁって思って」
そう言って、シャルは少年の頭を撫でようとする。が、頭に触れるか触れないかのところでバチッという音と共に手に衝撃が疾り、シャルは思わず手を退ける。
「……遊んでる暇はないんだけど」
「ご、ごめんなさい……」
不機嫌そうに言う少年に、シャルは謝る。
「それで、伝えなきゃいけないことって……?」
「ああ、そう。実はね」
おそるおそる聞くシャルに、少年は人差し指を立てながら答える。
「この間、君の体を治しただろ?その時に違和感があったはず。余った血液が君の中で暴れてるんだ。早く取り込まないと大変な事になるよ」
「大変な事って……?」
「目眩がしたり、頭が痛くなったり、最悪死んだりとか」
「落差がすごい!?」
しれっと怖いことを言う少年に、シャルがおおいに焦る。
「うん。まぁ取り込んでしまえば大幅に肉体強化出来るだろうから、頑張って」
「具体的には何を……?」
「筋力強化して取り込める許容範囲を広げるとかそのくらいじゃないかな」
確かに少年の言うとおり、ここ数日で身体の違和感が薄れてきている事を思い出す。
「それで、君はどうして私の夢に出てきてるの?」
「言ったろ?残留思念だって。君がちゃんと取り込んでくれないと、僕は消えることはできないんだ」
困った表情で少年はそう訴える。
「残った血液って、どのくらいあるの?」
「これ見て」
少年はズボンのポケットの中から砂時計のようなものを取り出した。よく見るとそれは、砂ではなく紅い液体が入っている。
「上の方にあるのが残りの血液を表してる。君が取り込む毎に、徐々に減っていくんだ」
「つまり、それの残りがなくなれば」
「君は今より強くなれるし、僕は消えてなくなる。まさにWinWinな関係だろ?」
どこか眼鏡を掛けたエセ社長を彷彿とさせる言動だが、シャルはその提案に頷いた。
「んじゃあ、これから僕と君は運命共同体だ。よろしく!……えーと」
少年は握手を求めた小さな手を一旦戻して、頬をポリポリと掻く。
「シャルロット。シャルって呼んで」
今度はシャルが握手を求める。少年は苦笑しながらその手をとる。
すると、シャルの足先と指先が透明になっていく。
「なっ、なに!?」
「今回はそろそろお別れみたいだ。おやすみ、シャル」
少しはにかみながら、少年は手を小さく振る。
「名前!」
「え?」
「名前、教えてよ」
シャルがそう聞くと、少年は困った顔をする。
「だから、残留思念だって言ったろ?名前なんてないよ。……でも……好きに呼べば良いさ」
「ふーん……じゃあ、ハルくんで!どう?かな?」
「なんでくん付けなんだぁ!?」
シャルのつけた名前に憤慨する少年。
「んじゃあ、ハルくん。またね」
そう言って、シャルは消える。
「ハル………ハル……か。………へへっ」
少年__ハルはこそばゆいのか、シャルにつけられた名前を反芻する。
コトン、と。
火にくべた薪が焼け落ちる音がして、シャルは目を覚ます。
洞窟の外は陽がすっかり登り、降り積もった雪がキラキラと輝いて見える。
眠い目を擦ろうと手を目元に持ってこようとしたところ、平塚の首に腕を回していたことに気づく。
どうやら平塚の腕のなかで眠っていたようだ。
すぐ近くで寝息をたてる平塚の顔を見ながら、シャルは頬を赤く染める。
夢の出来事はぼんやりとだが覚えている。体を鍛えなければなるまい。
「(でも)」
「(もう少しだけ、このままでも良いよね)」
そう思いつつ、シャルはもう一度瞼を閉じる。