ひゅぱん、と。突き出した左掌が大気を震わせる。風を切り裂いて身体に迫る平塚の腕をシャルは大きく飛び退いて避ける。
「どうした、もう終わりか?」
荒い息に顔を上気させるシャルに向けてそう言った平塚は、感触を確かめるように左手を握り締める。
「明日にはもう下山するんだから今日が最終日なんだ。今日はギリギリまで実践しないと」
「わかっ…ては…いるん……ですけど」
そこまで言ったところでシャルは膝から崩れ落ちる。
「あ…なんで……動いてよ……私の身体でしょ……!?」
「オーバーワーク……さすがに限界か」
頭を掻きながら平塚が近づいてくる。
「割と無理矢理なスケジュールだったからね……身体が追い付いてこないのも仕方ないか」
「……して」
「どうして私は……こんなにも良くして貰ってるのに……動いてよ…私の身体!」
目一杯に涙を貯めて、シャルは奥歯を噛み締める。
「今!ここで強くなれなくちゃ意味無いんだ……!少しでも追い付かなきゃいけないのに!」
「……切り上げよう。今無理したら身体に残るかもしれない」
「そんな!?」
シャルは立ち上がろうとするが、前のめりに倒れてしまいそうになるのを平塚に抱き抱えられる。
「そんな身体で何をしようってんだ。今はいち早く帰って、栄養を充分とって、身体を休めることが君のやるべきことだ」
「……っ」
そう言って平塚はシャルを背負う。
シャルも渋々体重を平塚に預けるが、それだけでは終わらず平塚はシャルを自分の身体に固定する。
軽くその場で屈伸するとシャルに振り向き、少し笑う。
「吹雪いてくる前に下山するから少し急ぐよ。口は閉じてて。舌噛むから」
その言葉を言い終わらないうちに、平塚の身体は移動を始める。
岩を駆け上がり、谷を飛び越えながら、洞窟を目指す。
その速度は二日前まで繰り広げていた鬼ごっこの速度よりも明らかに速い。しかも怪我人1人を背負った配慮しなければならない状態で、シャルに全く負担を感じさせない走りなのである。
「(あれで手加減してたんだ……この人の強さは底が見えない)」
「……なんか言った?」
「いえ、なにもってわぁ!?」
平塚が雪山の斜面から一気に飛び降りる。急に襲ってきた浮遊感にシャルが驚くと、平塚は呆れた声で応える。
「だからしゃべるなって。舌噛むぞ」
「聞いてきたのは遥斗さんじゃないですかぁぁぁぁ!?」
シャルは絶叫するが、依然として落下スピードは変わらず、みるみるうちに地面は近付いてくる。
もうだめだ、とシャルが思ったその時、平塚の右手が何かを握っているのが見えた。
平塚は“ソレ”を左掌に突き立てると、グッと45度回転させ、一気に引き抜く。途端、雷光が平塚の右手と左掌の間に迸り、一振りの大太刀が顕れる。
「セイッ」
短い気合いと共に大太刀を岩肌に突き刺すと、岩を切り裂く金属音と共に落下の勢いも収まり、足が地につく頃にはもう勢いは殺しきっていた。
だが、岩肌から引き抜いた大太刀をいそいそと左掌に戻そうとする平塚をシャルは見逃さなかった。平塚の耳に息を吹き込む。
「ふあっ」
平塚が間抜けた声と共に大太刀を落としてしまった所をシャルは追及する。
「いきなり飛び降りるとは何事ですか死ぬかと思いましたなんで相談もなしに飛び降りたりしたんですかだいたいこの刀はなんですかどこから出したんですかなんでこれを出せるんですか銃刀法違反じゃないんですか」
「ま、待て、わかった説明するから少し待って」
質問責めにされるとは思わなかったのか、平塚が焦りながらシャルを手ごろな岩の上に座らせる。
「まず、何も言わずに飛び降りたのは謝る。悪かったよ」
「はい」
シャルは謝罪を受け入れたが、目線は問題の大太刀の方にあった。
「……どうしても、説明しなきゃ、ダメ?」
「ダ・メ・で・す」
「だよなぁ……」
平塚は頭を掻きながら大太刀を手に取る。長さ1.6M近い刀を平塚は軽々と持ち上げて見せる。
「これは大太刀、日本刀の一種で……」
「ソレは見ればわかります。ソレが、どうしてなんで遥斗さんの手にあるんですか?」
平塚は目をぱちくりと二、三度瞬きする。
「その前に」
「シャル、俺の事呼ぶときさっきまで名字呼びだったのにいつの間にか名前呼びになってる」
「はうっ」
「へぇ?無意識か」
少し可笑しいといった表情で平塚が笑う。
「だ、ダメでしたか?」
「構わないさ。呼びやすい方で呼んだら良い」
「ありがとうございます!……あ、では、続きを」
「ちぃっ」
感付かれたら仕方ない、といった体で平塚が神妙な面持ちになる。
「これはね、俺の親の刀なんだ」